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素材表面のテクスチャを知覚する脳メカニズムを解明

プレスリリース 2014年12月23日

内容

私たちの持つ重要な視覚機能の一つに様々な素材(木材、金属、布など)の表面のテクスチャを識別する能力が挙げられます。この機能が私たちの脳内のどのような働きで実現されているのか多くは知られていませんでした。今回、自然科学研究機構 生理学研究所の小松英彦教授、岡澤剛起研究員および理化学研究所の田嶋達裕研究員(現所属:ジュネーヴ大学)のグループは、ヒトと近縁な種であり高度に視覚機能の発達したマカクザルがテクスチャを見ているときの脳活動を計測し、得られた活動が、以前米国の研究者の開発したコンピュータ上のモデルにより部分的に説明できることを明らかにしました。本研究結果は、米国科学アカデミー紀要(2014年12月23日オンライン)に掲載されます。

 私たちが目にする多くの物体の表面には、様々なテクスチャが存在し物体固有の質感を生み出します。テクスチャを識別する視覚の機能は、物体の素材の判断(木材、金属、布など)や、物体の状態の判断(硬い、重い、新鮮である、など)に貢献する重要な働きをしています。しかしこれまで視覚入力が脳内でどのように処理されてテクスチャの識別が行われ素材の認知に繋がっているのか、そのメカニズムについてはあまり知られていませんでした。そこで本研究ではヒトと近縁な種であり高度に視覚機能の発達したマカクザルを用い、様々な素材から得た多数のテクスチャ画像(図1)をサルに見せた時の大脳のV4野と呼ばれる領域の神経細胞の応答を調べました。
 その結果、V4野の神経細胞は特定のテクスチャ画像に選択的に応答することが分かりました(図2)。そしてこれらの細胞応答は、「テクスチャ合成」モデルと呼ばれる以前米国の研究者が開発した画像処理の工学的手法(Portilla & Simoncelli 2000、図3左)で用いられる画像特徴量の組み合わせにより部分的に説明できることが明らかとなりました(図3右)。また、この応答はヒトがさまざまなテクスチャを見分ける能力とよく対応していることも分かりました(図3右)。本研究は大脳の神経細胞がどのような画像特徴にもとづいてテクスチャを見分けているかを初めて示した研究であり、テクスチャの知覚やそれに基づく質感認知のメカニズムの一端が明らかなりました。また本研究の成果はヒトと同じように物の質感を見分ける機械を作る上でも役に立つ示唆を与えると考えられます。
 本研究は文部科学省科研費新学術領域「質感脳情報学」および日本学術振興会特別研究員奨励費の支援により行われました。

今回の発見

1.ヒトと近縁な種であり高度に視覚機能の発達したマカクザルがテクスチャを見ているときの脳活動をコンピュータ上のモデルで部分的に説明することに成功した。
2.得られた脳活動がヒトのテクスチャ識別能力ともよく対応していることが明らかとなった。

<用語解説>

テクスチャとは
さまざまな自然物や人工物は物体表面に素材に固有な細かい凸凹模様を持ちます。このような物体を見ると、網膜の画像には素材に固有な細かい模様が生じます。これがテクスチャです。テクスチャは物の素材や状態を判断する重要な手がかりになります。

テクスチャの画像特徴量とは
物体表面画像のテクスチャは、一見同じパターンが規則正しく繰り返しているように見えますが、細かく見ると細部が違っています。同じように見える理由は、画像中の画素の明るさや色の配置に何らかの規則性があるからです。このような画像の持つ規則性をはかる物差しのことを画像特徴量といいます。

テクスチャ合成とは
あるテクスチャの画像と同じように見えるテクスチャの画像を人工的に合成する技術はニーズが高くさまざまに開発されています。これらの手法では、元画像と同じ特徴量を持つように別の画像を変化させることにより、元と一見見分けのつかないテクスチャ画像を合成することができます。それらの中で、生体が処理する画像特徴量を用いた手法がいくつかあり、今回研究に用いたPortillaとSimoncelliの手法はその代表的なものです。

V4野とは
目から大脳に伝えられた視覚情報は最初に第一次視覚野(V1とよばれる)で処理され、その後段階的に複数の視覚野で処理が行われます。V4野はそれらの視覚野の一つで、物体に関する視覚情報の処理に関係していると考えられています。

図1 使用したテクスチャ画像の例

 

20141224Komatsu-1.jpg実験には8つの素材を撮影した写真から採取した一万枚以上のテクスチャを用いました。(図はその中の一例です)

図2 V4野の神経細胞のテクスチャへの応答の例

20141224Komatsu-2.jpg左図:サルがテクスチャ画像を見ている時のV4野の神経細胞の応答を記録しました。
右図:ある神経細胞から得られた応答の一例。この細胞は木目のようなテクスチャに強く応答しました。各テクスチャの下部にあるグラフは、神経活動の強さを時間経過とともに示したヒストグラムです。横軸は時間、縦軸は20ミリ秒あたりの発火率を表します。神経細胞ごとに応答するテクスチャは様々でした。

図3 「テクスチャ合成」モデルと結果の概要

20141224Komatsu-3.jpg左図:V4野の細胞応答を説明するのに用いた「テクスチャ合成」モデル。このモデルでは一枚のテクスチャ画像から、「フィルタ処理」や「相関計算」といった複雑な演算により、多数の特徴量を算出します。
右:結果の概要。多数のテクスチャ画像を見ている時のマカクザルの脳活動を計測した一方で、「テクスチャ合成」モデルに基づき画像の特徴量をコンピュータ上で計算したところ、モデルが得られた脳活動の一部を説明できることが分かりました。またこのモデルに基づき解析を行った結果、脳活動がヒトのテクスチャ識別能とよく類似した特徴を持っていることが分かりました。

この研究の社会的意義

今後さらに研究が進むことで、ヒトの脳がテクスチャを識別する仕組みをコンピュータ上で再現できる可能性があります。このようにヒトと同様の識別能を持つ機械があれば、商品や素材の画像に基づく自動品質鑑定やユーザーの希望に合わせた写真の質感加工技術などといった工学的応用が期待されます。

論文情報

Image statistics underlying natural texture selectivity of neurons in macaque V4.
G. Okazawa, S. Tajima, H. Komatsu
Proceedings of the National Academy of Sciences, USA.   2014年 12月

お問い合わせ

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 感覚認知情報研究部門
教授 小松英彦 (コマツヒデヒコ)

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室



 

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