生理学研究所年報 第27巻
 磁気共鳴装置共同利用実験報告 年報目次へ戻る生理研ホームページへ

 

1.MRIによる前頭連合野の観察と電極定位への応用

船橋新太郎(京都大学)
新田統昭(京都大学)
渡邊 慶(京都大学)
Jorge Mario Andreau(京都大学)
小松英彦(生理学研究所)

 前頭連合野は外側部,眼窩部,内側部を含む広い領域であり,これらの部位によって大きく機能が異なる。前頭連合野の機能を理解する目的で,主として背外側部より単一ニューロン活動を記録し,解析してきたが,背外側部を構成する主溝の背壁,腹壁,溝底に位置するニューロンの機能については十分に解析されていない。解剖学的研究により,これらの領域で入出力関係が異なること,また,同じ領域でも前後軸に沿って入出力関係が異なることが報告されている。主溝内での部位の違いにより機能的な相違が存在するのか,このような違いが前頭連合野の機能にどのように反映されているのか,を明らかにする研究を計画しているが,そのためには,主溝の走行に関する解剖学的なデータが不可欠である。そのため,MRI画像により主溝の位置,走行を確認した。

 1頭のマカクザルの頭部MRI画像を撮影した。ネンブタール麻酔したサルを磁気共鳴装置内にセットし,脳のMRI画像を撮影した。撮影後,SPM99を用いて外耳道,眼窩を基準にした標準表示にした後,前額断,矢状断,水平断の3方向の脳断面を作成した。これら3方向の脳断面を用いて,主溝,弓状溝,中心溝の位置の確認,主溝の3次元像の構築を行い,記録電極の固定方法,電極先端位置の定位方法を考案した。

【追加情報】(調査月2007年8月、記入月2008年6月)

発表論文

  1. Watanabe K, Igaki S, Funahashi S (2006) Contributions of prefrontal cue-, delay-, and response-period activity to the decision process of saccade direction in a free-choice ODR task. Neural Netw,19: 1203-1222.
  2. Watanabe K, Funahashi S (2007) Prefrontal delay-period activity reflects the decision process of a saccade direction during a free-choice ODR task. Cerebral Cortex,17:Suppl1,i88-100.

 

2.筋の痛みの脳内投射

水村 和枝(名古屋大学環境医学研究所 神経性調節分野・教授)
乾 幸二(生理学研究所 感覚・運動調節研究部門・助手)
高橋 賢(財団法人長寿科学振興財団・リサーチレジデント)
田口 徹(名古屋大学環境医学研究所・大学院博士課程4年)

 本研究は皮膚痛でなく筋痛に特異的に応答する脳部位をfMRIを用いて特定することを目的とし,平成16年度の共同研究を継続・発展させたものである。

 被験者として健常男性成人14名を用いた。皮膚および筋に対する痛み刺激として,左前脛骨筋部位の皮膚および筋に長さ48 mm,直径0.05 mmの針電極を刺入して電気刺激を行った。電極の刺入深度は皮膚で1.5 mm,筋で20 mmとした。刺激針より30 mm離れた部位に直径8 mmの皮膚表面電極を貼付して陽極とし,両電極間に1 msの矩形波刺激を与えた。刺激強度は実験前に被験者ごとに0,5,7の3種類(強度0: 痛みなし,強度10: 想像し得る最大の痛み)を決定した。fMRIスキャンは皮膚刺激実験と筋刺激実験の2つに分け,各々の実験において3種の強度の刺激をそれぞれ30回ランダムに与えた。

 筋および皮膚への痛み刺激に共通に応答を示した脳部位は,同側の小脳,両側の視床下部,島,前帯状皮質,および対側の一次感覚皮質であった。これらの脳部位が痛み刺激に対し反応を示すことは一般に認められており,特に島および前帯状皮質における脳活動は多数のイメージング研究による報告がある。このことから,本研究で得られたデータは被験者の痛み刺激に対する脳活動を適切に捉えていると考えられる。

 一方筋特異的に応答を示した脳部位は,両側の中側頭回,被殻,中脳,対側の下前頭回および帯状運動野であった。中側頭回における脳活動は群発性頭痛によって起こることが報告されている。被殻を含む大脳基底核群は運動の処理過程に重要な役割を担っていることが一般に知られているが,体性感覚刺激の入力を受けることも分かっている。また大脳基底核群は侵害性情報の調節に関わり,高次の運動野に対し運動計画の情報を伝達するという報告がある。下前頭回における脳活動は痛み特異性でないという報告があるが,詳細は不明である。

 帯状運動野における脳活動は,手足の運動,運動のイメージや運動の知覚によって生じることが知られており,この反応は痛み刺激からの逃避要求に関わる反応だと考えることができる。この部位における筋痛特異的な脳活動は最近のPAIN誌の報告と一致し,これは我々の研究の妥当性を裏付けるものである。

 我々は本研究の成果を日本生理学会で報告した。今後はデータ解析をさらに進め,学会誌に論文を投稿する予定である。


 

図:皮膚痛および筋痛に対し共通に活動が見られた脳部位(左)および筋痛特異的に活動が見られた脳部位(右)。

 

3.脳における時間順序判断メカニズムの解明

北澤 茂(順天堂大学・医学部)

 脳のニューロン間の信号の伝達には時間がかかり,しかも多数のループがあるので,信号の前後関係は逆転しやすい。しかし,信号の順序の誤りは生存を脅かす可能性があるから,脳の中には,時間を安定に表現するための何らかの原理が隠されているはずだ。脳の中の時間情報処理の基本原理に迫ることが本研究の目標である。

 先行する心理物理学的研究と非侵襲脳活動計測の結果から,われわれは,2つの事象の時間順序は,空間内の2つの事象としての情報と,事象の情報を含まない動きの情報に一度分離され,その後統合されて再構成される,という時間順序判断の「動き投影仮説」を提案した。

 本研究では,非侵襲脳活動計測の結果から,左右の縁上回が両者の統合に重要であるという仮説をたて,その仮説を検証するために経頭蓋磁気刺激装置を用いて外乱を与え,時間順序判断にどのような変化が生じるかを精査した。研究には6名の被験者が参加した。右手と左手に加えた触覚刺激の時間順序判断を,該当部位の経頭蓋磁気刺激(0.9Hz,10分間)の前後で比較した。その結果,一部の被験者では,刺激の前後で判断の正解率が最大50%程度変化した。ある被験者では,変化の方向が左側刺激と右側刺激で正反対となった。これらの結果は,左右の縁上回が右手と左手に加えた触覚刺激の時間順序判断に,重要な役割を果たしていることを示唆する。また,左右半球の機能分化があることも示唆された。しかし,効果の個人差が大きいので,次年度以降の研究ではMRIスキャナーを用いた非侵襲脳活動計測等を行い,個人差の原因を探る必要があるだろう。

 

4.磁気共鳴画像診断用新規造影剤の開発

阪原晴海(浜松医科大学医学部)
定藤規弘(自然科学研究機構生理学研究所)
竹原康雄(浜松医科大学医学部)
村松克晃(浜松医科大学医学部)

 本研究の目的は,組織特異性あるいは病変特異性をもった,磁気共鳴画像診断用の新しい造影剤の開発を行うことである。

【背景】現在臨床現場で使用されている造影剤は血管外漏出性の造影剤が主たるものであるが,血管内に滞留する造影剤を使用することにより,診断能の向上が期待できるのみならず,tumor angiogenesis等の様々な付加的な情報が期待できる。我々は血管内に一定時間停滞する性質を有する造影剤dendrimers DTPA-D1Glu (OH)(分子量1448.45D;以下デンドリマーと呼称)を使用して,従来の血管外漏出性造影剤であるGd-DTPAとの比較において,その有用性を調査している。昨年度はこのデンドリマーを用いることにより,通常のspin-echo法(SE法)で,富血性腫瘍の代表である肝細胞癌の検出が可能であることを示した。本年度は通常の臨床機で使用される頻度の高いgradient-echo法をベースにした高速撮像法においてもデンドリマーがGd-DTPAよりも有意に高い腫瘍の信号増強効果を有するかどうかを評価する実験を施行した。

【方法】F344ラットに100 ppmのdiethylnitrosamineを混和した蒸留水を給水して100~110日間通常飼育下で化学発癌(肝細胞癌)を誘導した10匹を対象に,Gd-DTPA (0.1mol/kg)による造影T1強調画像(3DVIBE法)の連続撮影を(直後,30分後,1時間後,2時間後のtime tableで)2時間後まで行った。Gd-DTPAによる造影MRI終了後,5時間以上間隔をあけて,引き続き同様の撮像をデンドリマー(0.05mol/kg) を用いて施行した。MR画像撮影終了後,肝臓を摘出し,連続切片を作製,H&E染色を施し,MR画像と比較した。

【結果】現在,組織切片で癌巣を判定中であり,MRI上それに対応する結節に関して,結節,背景肝,画像の背景部分の信号のSDを計測し,コントラスト雑音比 (CNR)を計算する予定であるので,まだ断定はできないが,preliminary-dataとしては,デンドリマーではGd-DTPAと比較して明らかに高い信号強度で肝細胞癌を濃染させ,しかもその濃染がGd-DTPAよりも長時間にわたり持続する傾向があるようである。


















図1:デンドリマー0.05mmmol/kgを急速注入後3DVIVEにて撮影したT1強調画像。背側から連続2断面の冠状断像を表示。矢印は濃染された肝細胞癌を示す。

図2:同断面と同一のスライスの組織標本ルーペ像。H&E染色。デンドリマーで濃染されている結節はN/Cの高い低分化の肝細胞癌で,極めて富血性の結節である。

 

5.磁気共鳴画像装置による脳賦活検査を用いたヒトの高次脳機能研究

飯高哲也(名古屋大学 大学院医学系研究科)

 エピソード記憶の想起にかかわる脳内の活動が,健常若年成人と健常高齢者でどのように異なるかfMRIを用いて検討した。若年成人を用いた実験結果では,想起の成功に関る脳領域として頭頂間溝付近の領域が賦活されることが分かっている。またこの領域は記銘時の処理水準の深さによって活動が調節され,recollectionに関する領域であると推測された。これらの研究結果はCerebral Cortex誌に発表予定である。

 健常高齢被験者において,上と同じ実験を行った。高齢者では,ベースライン条件からの脳賦活という点では若年者と比較して前頭葉の活動が強くなっていた。しかし反応時間を共変量として加えると,この高齢者における前頭葉の賦活は少なくなった。従って課題の困難度などを考慮した解析を行う必要性があった。さらに想起の成功にかかわる前頭葉や海馬領域の活動は,高齢者で低下していた。

 また近年注目されているdefault-mode network の活動を若年者と高齢者で比較した。その結果は,若年者では前頭葉内側面と後部帯状回領域の課題遂行時の低活動が確認された。高齢者ではそれらの領域の低活動が有意に減少していた。課題成績との関係を見ると,後部帯状回の活動が年齢との相互作用を示した。これは後部帯状回がPapezの記憶回路の一部であることと関連すると考えられた。

 今年度は以下の2本の論文を発表した。

 1) Iidaka T, Matsumoto A, Haneda K, Okada T, Sadato, N. Hemodynamic and electrophysiological relationship involved in human face processing. Evidence from a combined fMRI-ERP study. Brain and Cognition 60 (2) 176-186, 2006.

 2) Iidaka T, Matsumoto A, Nogawa J, Yamamoto Y, Sadato N. Frontoparietal network involved in successful retrieval from episodic memory. Spatial and temporal analyses using fMRI and ERP. Cerebral Cortex (in press).

【追加情報】(調査月2007年8月、記入月2008年6月)

発表論文

  1. Iidaka T, Matsumoto A, Nogawa J, Yamamoto Y, Sadato N (2006) Frontoparietal network involved in successful retrieval from episodic memory. Spatial and temporal analyses using fMRI and ERP. Cereb Cortex 16: 1349-1360.
  2. Iidaka T, Matsumoto A, Haneda K, Okada T, Sadato N (2006) Hemodynamic and ectrophysiological relationship involved in human face processing. Evidence from a combined fMRI-ERP study. Brain Cogn 60:176-186.

 

6.「心の理論」の神経科学的研究

板倉昭二(京都大学 大学院文学研究科)定藤規弘(生理学研究所)

 他者と円滑に付き合う能力を社会能力と呼び,社会生活をおくる上で必須の能力である。これは言語性・非言語性のコミュニケーション能力を基盤とした高次脳機能と捉えられる。その発達過程および神経基盤については不明の点が多い。生後9ヶ月ころに,他者の注意をモニターすることにより注意を共有できるようになること(共同注意の成立)が,社会能力の起源とみなされている。本研究は,共同注意の神経基盤をあきらかにすることを目的とする。本年度は,共同注意を機能的MRIにより検証するための課題の作成を行った。次年度より,実際の実験に入る予定である。

 

7.視覚障害者視覚領野内における体性感覚情報処理の脳内再現地図の作成

内藤栄一(京都大学大学院人間・環境学研究科)

 申請者らは,四肢の腱への振動刺激が運動感覚情報を脳に運ぶIa求心性線維を動員するという技法を用いて,健常被験者の脳活動を測定してきた。この一連の研究により,運動関連領野および右半球前頭-頭頂葉の活動が,運動感覚情報を基に形成される動的な身体像の脳内表象に関与することが明らかになった (Naito 2004a,b; Naito et al. 1999, 2002a,b, 2005; Naito & Ehrsson 2001; Ehrsson et al. 2005; Naito & Ehrsson 2006)。一方で,身体像形成には自分の身体に関する視覚情報も重要な貢献をする。ヒトの視覚有線外野外側部には身体に関する視覚情報処理に特化した領域(身体視覚領野)がある(Downing et al. 2001)。申請者らの先行研究(Hagura et al. 2005)は,脳が自分の四肢運動に関する視覚情報と運動感覚情報とを統合する場合に,左小脳外側部が上述の右半球頭頂葉およびこの身体視覚領野と連携を取りながら活動することを明らかにした。これは身体視覚領野が体性感覚システムと相補的関係をもちながら身体像の脳内再現形成に寄与することを示唆する。このように体性感覚と視覚は連携をとりながら,空間情報処理を行っている。申請者は,ある特定の機能に特化していた感覚領野が本来の感覚機能を果たす必要がなくなった場合,その領野は感覚の相違を超えて,機能的に関連のあった他の感覚情報処理に積極的に関与するようになると仮説する。もしそうならば,視覚障害者の身体視覚領野は,感覚の相違を超えて,本来補助していたと考えられる四肢運動感覚情報処理に関与し,視覚情報の欠如に伴う体性感覚情報処理の精度の向上に貢献しているに違いない。そこで,右利き視覚障害者1名(54歳男性)の参加によるパイロット実験を行った。

 右手,左手,右足のそれぞれにつき,(1) 伸展筋の腱への80Hzでの振動刺激(運動錯覚条件),(2)腱をはずした骨皮膚上への80Hzでの振動刺激(皮膚振動刺激・錯覚なし条件),(3)安静条件を行った。運動錯覚経験中に賦活する脳部位の同定には,(1)条件の脳活動を(2)条件と比較した。

 この視覚障害者が運動錯覚を経験すると,右半球視覚有線外野外側部[活動ピーク座標(52,-72,-7)および(47,-77,-3)](図1上段左黄色○)が四肢の相違に無関係に賦活した。しかも錯覚を生じない皮膚への単純な刺激ではこの領域は賦活しなかった。この領域は閉眼健常被験者群では賦活しない(下段)。視覚障害者でも運動錯覚を経験すると,健常被験者と同様に,四肢に対応した運動関連領野の体部位再現部位の活動(図略)と,四肢に共通の右半球前頭-頭頂葉の賦活(上下段左)が認められた。これらは,(1)視覚障害者が健常被験者とある程度同様の運動感覚情報処理を行っていること,(2)視覚障害者では健常者の脳領域に加えて,右半球視覚野や前述の小脳外側部(視覚-運動感覚統合領域)(-30,-75,-35)(上段)などをさらに動員して付加的な情報処理を行っていることを示唆している。1名のパイロット実験ではあるが,この結果は,失明以前には身体視覚情報処理に特化していたと推測される視覚有線外野外側部が,失明(約30年前)とともにその機能を果たす必要がなくなったため,おそらく本来身体像形成のために相補的関係をもっていた四肢運動感覚情報処理に関与するようになった可能性を示唆した。

【追加情報】(調査月2007年8月、記入月2008年6月)

発表論文

  1. Hagura N, Takei T, Hirose S, Aramaki Y, Matsumura M, Sadato N & Naito E (2007) Activity in posterior parietal cortex mediates the visual dominance over kinesthesia. J Neuroscience, 27: 7047-7053.
  2. 内藤栄一 (2006) ヒトの四肢運動感覚情報処理と身体像形成に関与する脳活動 (Kinesthetic processing and neuronal correlates of human “body image”) 理学療法の医学的基礎 Vol 9 No2 4-14.

 

8.非侵襲的脳機能検査による疲労・疲労感と学習意欲の評価法

渡辺恭良(大阪市立大学・大学院・医学研究科・システム神経科学)
水野敬(大阪市立大学・大学院・医学研究科・システム神経科学)
田中雅彰(大阪市立大学・大学院・医学研究科・システム神経科学)
石井聡(大阪市立大学・大学院・医学研究科・システム神経科学)
定藤規弘(岡崎生理研大脳皮質機能研究系心理生理学研究部門)
田邊宏樹(岡崎生理研大脳皮質機能研究系心理生理学研究部門)
尾上浩隆(東京都神経科学総合研究所心理学研究部門)

 学習意欲の神経メカニズムを解明するため,機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて意欲賦活時の脳血流反応の変化を検討した。大学生14名(22.4 ± 1.2歳)を対象に,ワーキングメモリ課題(3-backテスト)を施行させた。3-backテストは,3個前に呈示された数字と,今,呈示された数字が同じかどうかを判断するテストである。課題遂行中に,正解するとポイントが加算される金銭的報酬セッションと,「課題の正解率が被験者の知能レベルを示す」というインストラクションによる成績的報酬セッションを設け,それぞれのセッション時のパフォーマンス(正解率と反応時間)と脳神経活動を比較検討した。また,全ての被験者は,課題前に学習意欲に関する自己記入式質問票の記入を行った。金銭的報酬時と成績的報酬時における反応時間,正解率には差がみられなかった。ワーキングメモリと関連して賦活された脳部位は,先行研究とほぼ同様であった。金銭的報酬時には,大脳基底核,頭頂葉の賦活がより顕著にみられた(Fig. 1)。また,成績的報酬時には,被験者全体のグループ解析では,有意に賦活する脳部位はみられなかった。次に質問票による学習意欲のスコアとの相関解析を行った結果,成績的報酬時にのみ,学習意欲が高い被験者ほどと大脳基底核の賦活レベルが大きいことがわかった(Fig. 2)。以上のことから,金銭的報酬時には,先行研究の結果と同様に,大脳基底核の神経活動が亢進することで意欲が賦活されることを確認した。成績的報酬により意欲が賦活されるかどうかは,個人差があり,学習意欲度が,成績的報酬により意欲をより賦活させるかどうかを規定するパラメータの一つであることが示唆された。単なる金銭的報酬により賦活された意欲ではなく,脳科学と教育という視点から,成績や学習といった因子と関連のある,意欲の脳機能イメージング研究の第一歩として,大変重要な成果が得られた。



Fig.1

Fig.2
















 

9.人での立体視機能,並列情報処理過程の解明

宇賀 貴紀(順天堂大学医学部)
神作 憲司(生理学研究所大脳皮質機能研究系)

 立体視とは両眼視差,すなわち物体が両眼に落とす網膜像の位置のズレから生じる奥行き知覚のことである。サル大脳皮質視覚野では,背側経路(空間視経路)で絶対視差(1つの物体の注視点に対する両眼視差)の情報処理が,腹側経路(物体視経路)で相対視差(2つの物体の絶対視差の差)の情報処理が行われていると考えられている。本研究では,これらサルでの知見を基に,人でも絶対視差・相対視差情報の並列処理が行われているのか,それぞれの情報処理がどの脳部位で行われているのかを検証する。

 本研究では,絶対視差・相対視差それぞれを弁別中に,fMRIを撮影し,絶対視差・相対視差に特異的な脳の賦活が見られるか検討する。さらに,脳内磁気刺激を用いて特定部位の脳活動を一時的に休止させ,絶対視差・相対視差に特異的な情報処理過程の欠落が見られるか検討する。絶対視差検出課題では,被験者は1つの物体が注視点の手前にあるのか,奥にあるのかを答える。相対視差検出課題では,被験者は2つの物体のどちらが手前にあり,どちらが奥にあるのか,その相対関係を答える。サルの知見では,大脳皮質MT野は絶対視差の検出をしているのに対し,V4野は相対視差の検出をしていることが示されている。もし人でも同様であれば,絶対視差検出課題ではMT野が,相対視差検出課題ではV4野が賦活されると予想される。現在プログラムの作成中であり,まだデータを取得してない。今後は予備実験を施行後,本実験に移る予定である。

 

10.マカクザルのMRIテンプレートの作成とPET研究への応用

尾上浩隆((財)東京都医学研究機構東京都神経科学総合研究所心理学部門)

 これまでに我々は,マカクサル(アカゲサル)に陽電子断層撮像法 (positron emission tomography, PET)を用いた非侵襲的な脳機能イメージング法を適用して,視覚認知,時間知覚,記憶・学習などの脳高次機能に関わる神経機構について明らかにしてきた。この方法を用いて,今回我々は,皮質脊髄路損傷後の手指の機能回復にはどのような中枢神経機構が作用しているか検討した。昨年度に引き続き,雄のアカゲザル(5-7才)から得られた良好な頭部画像を用い,脳の部分の平均画像を作成し,数回のデフォルメ処置を繰り返し,標準脳MRIを作成した。3頭のサルにおいて到達-把持運動遂行中にPETによる脳賦活イメージングを行なった。上記のアカゲザルの標準脳をテンプレートとして用い,3頭の個体のPET脳画像を標準脳に合わせ込み,SPMにて群間比較を行った。切断1ヵ月後には両側の一次運動野 (M1)・感覚野 (S1) の活動増大が観られた。3ヵ月後には両側のM1/S1における活動増大が残存し,加えて両側の運動前野腹側部において活動の増大が残存した。そこで,損傷後に活動の増大が見られた両側のM1がprecision gripの機能回復に貢献しているか検討するために,それぞれの領域にGABA agonistのムシモルを注入し,CST切断前後においてprecision gripを観察した。その結果,切断反対側のM1への注入では,切断前,切断後2週間,3ヶ月後に,precision gripの成功率の低下が観られた。しかしながら,切断同側のM1への注入では,切断前および切断の3ヶ月後にはムシモルの効果は見られなかったが,切断後2週間後では,第一指と第二指の対立した把持ができなくなり,成功率が低下した。以上の結果より,C4/C5レベルでのCST切断後の機能回復には,切断の反対側のM1のみならず,切断前にはprecision gripには貢献していなかった同側のM1も機能回復に貢献していることが示唆された。

 


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