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セミナー詳細

2012年09月26日

視床下部ストレス中枢におけるシナプスの可塑性

日 時 2012年09月26日(水) 13:30 より 14:30 まで
講演者 井上 渉 博士研究員
講演者所属 Drs. Bains' and Pittman's lab, Hotchkiss Brain Institute, University of Calgary, Canada
お問い合わせ先 吉村由美子(神経分化研究部門 内線5256)
要旨

外的から身を守ったり、体内外環境の変化に対処することは生物の生存に必須である。この際の一連の生体反応(ストレス反応)の主役を演じるのが神経内分泌反応、すなわちHypothalamus-Pituitary-Adrenal (HPA) axis(視床下部-下垂体-副腎皮質系)の活性化である。ストレス時に速やかにHPA axis を活性化することにより、血糖値・血圧の上昇、免疫機能の抑制など、体を緊急事態に備えさせるのであるが、一方で、過去のストレス経験によりHPA axis機能が長期的に増大(感作)または低下(馴化)することが古くから知られている。これは神経内分泌系の適応、つまり一種の記憶形成であると考えることができるが、この神経生理学的な機構は分かっていない。我々のグループは、HPA axisの基点となるParaventricular Nucleus (PVN) (視床下部室傍核)へのシナプス入力が、この記憶形成に重要な役割を果たすという仮説のもとに研究を行っている。今回の発表では、このPVNにあるCorticotropin Releasing Hormone (CRH) (コルチコトロピン放出ホルモン)を分泌するParvocellular Neuroendocrine Cells (小胞性神経内分泌細胞)へのGABAシナプス入力の可塑性を、ラット急性スライス標本でパッチクランプ法を用いて調べた結果を報告する。これまでの研究で、スライス作成の直前にストレス(30分の拘束ストレス)を与えたラットの標本においてのみ、GABAシナプスのLong-term potentiation (LTP)を誘導することが可能であることが分かった。正常ラット(ストレスを与えていない)の標本ではLTPは起こらない。この結果は、in vivoストレス経験がPVNへの入力GABAシナプスの可塑性能の制御(メタ可塑性)を行っていることを示す。このメタ可塑性は、ストレス時のノルアドレナリンβ受容体シグナル伝達により制御されていることが、アンタゴニスト、アゴニスト、オプトジェネティクスを用いた実験により示された。さらに今回観察されたGABAシナプスのLTPは、シナプス数の増加を伴うことが示唆された。これらの結果は、慢性的にストレスを与えたラットのPVNで、GABAシナプスの数が増加するという組織学的な知見と一致し、HPA axis機能の適応に重要な役割を果たしている可能性がある。