部門公開セミナー

日 時 2009年03月04日 16:00~17:00
場 所 5階講義室
演 者 本間 光一 教授 (帝京大学薬学部病態生化学教室)
演 題 ニワトリヒナ臨界期における記憶形成の分子基盤
要 旨

私たちは、孵化直後の鳥類(ニワトリ)雛に見られる刻印付け(刷り込み)を記憶のモデル系として利用し、大脳における神経回路の変化を、分子レベルで明らかにすることを目指している。刻印付けの成立には、IMM(Intermediate and Medial Mesopallium)と呼ばれる領域が必要であるといわれているが、包括的な遺伝子発現の解析は行われてこなかった。私たちは、cDNAマイクロアレイによって、刻印付けに依存して発現変化する大脳遺伝子群を同定した。また、in vivoエレクトロポレーション法を確立することにより、IMMをカバーする領域に遺伝子導入し、特定の遺伝子発現を神経細胞選択的に抑圧することに成功した。さらに、ルシフェラーゼ発光を利用したin vivoイメージングにより、目的遺伝子のプロモーター活性を測定することで、脳内での遺伝子発現変化をリアルタイムに追跡、定量する方法を確立した。本セミナーではまず、これらの方法について紹介する。つぎに、刻印付けに伴う遺伝子発現上昇が大きかったMAP2に注目して解析した結果を紹介する。発現解析の結果、MAP2 は、刻印付けに伴い、IMM領域と海馬の神経細胞でタンパク発現が高まっていることがわかった。興味深いことに、MAP2が結合するβ-tubulinもMAP2と共に発現が上昇していたのに対し、MAP2が結合しないActinの発現は増加しなかった。この結果は、 MAP2が記憶形成に伴い、神経回路を部分的に改編していることを示唆しており、β -tubulinを介した細胞骨格の変更または新生が起こった可能性がある。そこで、in vivoエレクトロポレーション法を用いたRNA干渉によって、MAP2の発現を大脳神経細胞選択的に抑圧した。その結果、神経細胞体の細胞質と樹状突起に存在するMAP2の劇的な減少が蛍光抗体法によって確認された。次にMAP2発現抑圧個体に対して刻印付けトレーニングを行った。すると対照個体と比較して、オブジェクトに対する好みや運動量に差異は見られなかったが、記憶が成立したか否かを判定するためのテストを行うと、MAP2発現抑圧個体では刻印付けが成立しなくなっていた。これらの結果は、 MAP2が刻印付けの成立に必要なタンパクであり、刻印付けに伴う神経回路の改編に関与する実動分子のひとつであることを示している。本セミナーでは、これらの分子的動態と形態レベルでの部分的改編とを結びつけるアイディアについて議論したい。

連絡先 鍋倉 淳一 (生体恒常機能発達機構)