部門公開セミナー

日 時 2012年02月01日 15:00~16:30
場 所 生理学研究所 山手地区3号館9階 セミナー室B
演 者 清水 健史研究員(MechanoBiology Institute (MBI), National University of Singapore)
演 題 神経外胚葉およびオリゴデンドロサイト系譜への発生分化を制御する分子機構の解析:GSK3-β-catenin経路とMechanotransduction
要 旨

神経外胚葉およびオリゴデンドロサイト系譜への発生分化を制御する分子機構の解析:GSK3-β-catenin経路とMechanotransduction ■_要旨= オリゴデンドロサイト(以下OL)の発生分化機構を明らかにすることは、脱髄 性疾患の治療法の確立に向けて、内在性のOL前駆細胞(以下OPC)、及び移植した OPCが、どのような分子メカニズムで脱髄部位において成熟したOLに分化し、効 率よく髄鞘を再形成するのかを理解する上で極めて重要である。和田ら (Wada et al., Dev Biol, 2000)により、マウス胚OLの発生を抑制する未知の脊髄背側 因子の作用が報告されていたので、その因子の同定を試みた。この背側抑制因子 の活性変化と、脊髄背側におけるWnt1, Wnt 3, Wnt 3aの発現変化が相関してい ることからWntタンパク質に着目した。マウス胚脊髄の分散培養と組織片培養に おいて、Wntタンパク質の添加、Wntシグナルの下流因子active -cateninの遺伝 子導入、およびWnt阻害剤、GSK3阻害剤の添加を行い、OLの発生過程への影響を 調べた。それらの結果、液性因子Wntがcanonical -catenin経路を活性化するこ とによって、PDGFR陽性のOPCからO4陽性のOLへの分化ステップを抑制すること を明らかにした。これらの結果によって、マウス脊髄腹側のShhと、脊髄背側の Wnt、BMPの双方の複合的なバランスによって、OLの発生が厳密に制御されること が示唆されるとともに、OLの発生がWntシグナルによって制御されることが初め て明らかになった。
近年、液性因子のみならず、機械的刺激による化学シグナルの活性化 (Mechanotransduction)によっても細胞の性質が制御されることが明らかとなっ てきている。中枢神経系の再生医療への応用が可能な多能性幹細胞であるマウス ES細胞をモデル細胞として用い、その機械的刺激に対する応答、及び活性化され るシグナリング経路について解析を行なった。まず異なった弾性硬度をもつポリ アクリルアミドゲル基質上でES細胞を培養したところ、特定の硬さの基質上から ES細胞が抗力を受けた場合に、ES細胞の形態が伸長し、Focal Adhesion Kinase (FAK)-Src-ShcA-MAP kinase経路が活性化され、ES細胞の分化が誘導されること を見出した。次に、GSK3とMAP kinaseに対する2つのinhibitior (2i) をN2B27培 地に添加した状態下では、血清とLIFを添加しなくてもマウスES細胞の未分化性 が維持されることが知られているが、弾性の柔らかい基質上で2i培養を行うと、 ES細胞が伸長し、その形態変化に伴ったFAK-Srcの活性化を介して、神経外胚葉 系への分化が誘導されることを見出した。最後に、Mechanotransduction経路を 遮断することによってES細胞の多能性が維持可能かどうかを解析したところ、 GSK3とSrcのDual inhibition (Alternative 2i)によっても維持可能であること が明らかとなった。これらの結果から、液性因子のみならず Mechanotransductionを介してもES細胞の分化が誘導されることが明らかにな り、今後、細胞骨格、細胞形態、細胞接着と関連した様々な生理現象における更 なる研究の展開が期待できる。 本セミナーでは、上記二つの話題と共に、今後展開するOL研究についても議論し たい。

連絡先 池中一裕教授(生理学研究所分子神経生理)