昼食セミナー

日 時 2013年06月27日 12:00~13:00
場 所 山手地区 大会議室3号館2F西
演 者 足澤悦子 先生(生理学研究所 神経分化研究部門 特任助教)
演 題 クラスター型プロトカドヘリンによる大脳皮質神経結合特異性の制御
要 旨

大脳皮質の機能的な神経回路の形成には、遺伝的に定められた大まかな結合形成と生後の感覚体験に依存する結合の可塑的調整の2つの段階が考えられる。我々は、大脳皮質の特異的な神経結合形成に遺伝子プログラムが関与している可能性を検証するために、多様化膜分子群であるクラスター型プロトカドヘリン(cPcdh)に着目した。この分子は、58種類のアイソフォームからなるが、胎生期のメチル化制御により、最終的に個々の神経細胞には10数種のアイソフォームを発現し神経細胞の個性を決定している。しかし、その神経細胞の個性が果たす役割はまだ明らかにされていない。一つの可能性として、接着分子であるcPcdhが神経回路の特異的シナプス形成に関与していることが考えられる。そこで我々は、cPcdhを全て欠損した神経細胞におけるシナプス結合特異性を電気生理学的に検証した。

cPcdh全欠損マウスは生後すぐに死亡するため、我々は胎生期のcPcdh全欠損マウスからiPS細胞を作製し、野生型マウスの受精卵に戻すことでキメラマウスを作製した。大脳皮質のバレル野4層の星状細胞からダブルホールセル記録を行い、シナプス結合確率を調べたところ、cPcdh全欠損細胞間シナプス結合確率は、野生型細胞間と同レベルであり、機能的なシナプスを形成していることがわかった。しかし、野生型細胞間では、約7割が双方向性にシナプス結合しているのに対し、全欠損細胞間では、3割程度と有意に減少していることが明らかになった。さらに、4層の星状細胞のバレル皮質内における興奮性シナプス入力様式をレーザースキャン光刺激法で網羅的に調べたところ、cPcdh全欠損細胞は正常細胞に比べて全層からのシナプス入力数が増加していた。以上の結果より、cPcdhの欠損は、シナプス結合確率には影響しないが、その特異性やそれに伴うシナプス入力数に影響を与えることが明らかとなった。

さらに我々は、cPcdhの発現様式を制御するメチル化酵素(Dnmt3b)の欠損によって、個々の神経細胞においてほとんどのアイソフォームを発現するようになったマウスから同様にiPS細胞を作製し、キメラマウスを解析したところ、Dnmt3bを欠損した細胞同士においても、シナプス結合確率は変わらないが、双方向性結合確率が3割程度と有意に減少していることを突き止めた。また層間の神経結合にも異常が観察された。したがって、メチル化制御を受けず、ほとんどすべてのcPcdhアイソフォームを発現している細胞、つまりcPcdh発現の多様性を欠く細胞においてもシナプス結合の特異性が低下していると考えられる。以上2つの実験結果は、大脳皮質のシナプス結合特異性は、cPcdhの全アイソフォームの欠損、および全アイソフォームの発現のいずれかにより、cPcdh発現の個性が失われると、シナプス結合の特異性が低下することを示唆している。

連絡先 古江 秀昌(神経シグナル#5887)