平成17年度 「統合脳・プロテオミクス教育研究講演会」


 

日時
2005年11月24日(木)〜11月25日(金)
会場
自然科学研究機構・岡崎コンファレンスセンター

 

 

「統合脳・プロテオミクス教育研究講演会」レポート

神戸大学大学院医学系研究科
葛西秀俊

2005年11月24-25日に行われた「統合脳・プロテオミクス教育研究講演会」に参加しましたので、その中身について簡単に報告します。会場は自然科学研究機構の岡崎コンファレンスセンターで、大きなホールに大きなスクリーンと快適な環境でした。講演会の内容は大きく分けて以下の3つのカテゴリーに分かれており、理論・技術面から実践面へとプログラムが進められました。
(1) プロテオミクスの最新技術
岩松明彦先生「質量分析による蛋白質の同定率の持つ意味とその向上法」
梶裕之先生「糖タンパク質の大規模解析」
高尾敏文先生「修飾タンパク質の質量分析」
藤博幸先生「共進化情報を利用したタンパク質間相互作用予測」
(2) プロテオミクスの応用
早野俊哉先生「巨大副交代のプロテオミクス解析」
中山敬一先生「翻訳後修飾プロテオミクスから見えてきた意外な新事実」
石濱泰「定量的組織プロテオーム解析法の開発とその応用」
(3) プロテオミクスによる脳研究
貝淵弘三「シグナル伝達分子と軸索伸長制御の分子メカニズム」
五十嵐道弘「成長円錐のプロテオミクス:その意義と展望」
稲垣直之「プロテオミクスを用いた脳神経回路網形成の分子機構の解析」
荒木令江「病態プロテオミクスによる脳疾患の解析」
下濱俊「アルツハイマー病のプロテオミクス」
一方、聴衆の方々はおそらくプロテオミクスのディベロッパーまたはユーザーに分かれていて、それぞれの立場から各々の研究へのプロテオミクスの適用可能性を考えながら講演を聴いていたのではないでしょうか。
前半の技術面の講演では、質量分析システムの威力にただただ目を見張るばかりでした。タンパク質という高分子物質の質量同定における正確性や感度の向上はもはや当然のことで、さらに定量性を持たせることも既に実用化されているという。それだけに実験の成否は、分析システムなどのハード面よりも、むしろサンプル調製の良し悪しというユーザー側の技量に大きく依存しているようです。また、タンパク質の翻訳後修飾の解析も盛んで、私の大学院当時の研究も紹介されてうれしい限りでした。翻訳後修飾はゲノム情報からは読み取ることが困難であることから、今後のプロテオミクス技術が進むべき方向性の一つを示しているように感じられました。
講演会の中盤は、前半で見てきた最新技術の具体的な適用例がいくつか紹介されました。タンパク質複合体の構成因子の同定・チロシンリン酸化タンパク質の網羅的解析・タンパク質発現の生体組織間での定量解析といった、いずれも現在の技術を遺憾なく発揮した魅力的なテクニックです。プロテオームは非常に高感度な質量分析システムを利用しているため網羅的な同定が可能な分、非特異的なノイズも大きいのではないかと思っていましたが、いずれのデータも共通して非常にきれいだったのが印象的でした。とはいえ、これらは膨大な予備実験を通して得られたノウハウの蓄積の賜物であり、今のところ一部の研究室でのみ実現可能な実験といったところでしょうか。
後半は、プロテオミクスを利用して実際に脳科学で実績をあげられている先生方の講演でした。ここでは技術面より実践重視であり、従来型の研究では見えてこなかった面白い現象や新規分子が次々と見出されていました。ただ、数百個もの候補タンパク質が一挙に同定できるのはいいのですが、それらをどう料理するかが問題です。タンパク質の同定が包括的である以上、ある程度は包括的に解析する方法の樹立が重要であると感じました。さもなければ、プロテオミクスは単に候補分子を列挙するだけのツールになってしまい、その後の解析はそれぞれの研究者の視点と勘にたよって面白そうな分子を選び出すといった従来型の研究手法と変化がなくなってしまいます。
全体を通して思ったことは、技術分野は今後も進めば進むほど良いとは思います。しかしせっかく技術が進んでも、脳神経科学を含めた各分野への応用がまだまだ追いついていないところに現在の問題があるように感じました。今のところ技術の進歩よりも定着を図るのが先決だろうか。そうしないと、いつまで経ってもプロテオミクスは「素人にはちょっと垣根が高い感じ」という印象ばかりを与え、数年後にはマニアックな一分野になってしまいかねないと思います。そうならないためにも、プロテオミクスで何ができるのかということに対する(特にユーザー側の)正確な理解が必須であり、今後のプロテオミクスを用いた脳科学研究の発展の核心を占めるのではないかと思いました。そういった意味で、今回の講演会は技術と応用の出会いの場として非常に有意義であったと思います。

 

 

プロテオミクス講演会PHOTO

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