日本ヒトプロテオーム機構第5回大会シンポジウム 
「脳・神経系のプロテオミクス研究の現状と展望」報告


 

神戸大学大学院医学系研究科 生理学・細胞生物学講座 分子遺伝学分野
饗場 篤

7月30日(月)〜31(火)まで日本未来館(東京)で日本ヒトプロテオーム機構第5回大会(プロテオミクス生物学から医科学研究へ向かう新たな潮流)が開催された。特定領域研究「統合脳」リソース委員会から支援を受けている「脳科学におけるプロテオミクス手法の開発と普及」委員会の山森哲雄委員長(基礎生物学研究所)と五十嵐道弘委員(新潟大医学研究科)が同大会のプログラム委員であり、同委員会研究組織委員5名の研究室からの発表がシンポジウム「脳・神経系のプロテオミクス研究の現状と展望」で行われた。新潟大学の五十嵐道弘教授からは「成長円錐のプロテオミクスからわかった新知見」という演題で、成長円錐・成長円錐膜から2次元LC-LC-MSのshotgun法で合計900種類の蛋白質を同定し、そのうち200種に対する免疫染色実験により全てが成長円錐で発現することを明らかにした。さらにRNAiにより15種類が神経成長に関係することを証明した。我々の研究室からは葛西秀俊博士が「mGluR1複合体分析による小脳機能の解析」という演題で、mGluR1複合体のLC-MS/MS分析により125種類の構成因子を同定したこと、mGluR1a-およびmGluR1b-rescueマウスの小脳から得られたmGluR1複合体をMALDI-TF MS分析し、mGluR1a特異的相互作用因子を同定したことを報告した。名古屋大学の貝淵弘三教授研究室の田谷真一郎博士は「統合失調症の発症脆弱因子のプロテオミクス的解析」という演題で、統合失調症の発症脆弱因子DISC1の結合蛋白質をMS分析により解析し、未知および既知のDISC1結合蛋白質を100種以上同定した。それらの分子の機能解析により、DISC1が「積み荷」となるNUDEL複合体とGrb2をKinesin-1に連結させる「積み荷受容体」として機能することで、「積み荷」の軸索先端への局在化に関与していることを示した。東京都精神医学総合研究所の長谷川成人チームリーダーは「前頭側頭葉変性症(FTLD)、筋萎縮性側索硬化症(ALS)に出現するユビキチン陽性封入体のプロテオミクス解析とTDP-43の同定」という演題で、FTLD脳の不溶性画分からTDP-43を同定し、この分子の蓄積が、FTLD, ALS等の神経変性疾患の共通の変性プロセスであることを示唆する結果を示した。また、京都大学の高橋良輔教授研究室の川又純博士は「プレセニリン(PS)1リン酸化モデルマウスの神経系プロテオーム解析」という演題で、アルツハイマー病(AD)で見られるN-カドヘリンとの結合活性が減弱したリン酸化PS1と類似したPS1(S353D, S357D)を発現するマウスの解析結果について報告した。このADモデルマウス脳蛋白質を二次元電気泳動で分離し、ATP synthase subunit alphaやendophilin 1のスポットの変動が確認された。いずれの講演もプロテオミクス解析が脳・神経系領域で強力な手法に成り得ることを示す発表であった。今後、脳・神経研究者が多く参加する学会等で同様の企画が行われ、プロテオミクス解析の神経科学分野への導入を推進することが重要だと強く感じた。この大会の参加者はプロテオミクス解析の専門家が多かったが、この分野の急速に進歩している技術(萌芽的なものも含め)を様々な生命科学の分野への応用している例を見ることができ、この分野の技術的進歩を常に知っておくことの重要性も感じることができた。