統合脳ニュース
 

日本学術振興会ロンドン研究連絡センター主催シンポジウムに参加して

蔵田 潔 (弘前大学) 

 去る平成17年9月8日と9日の2日間にわたり、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)ロンドン研究連絡センターの主催による’Cognition and Action’と題するシンポジウムが、共催機関であるロンドン大学(University College London, UCL)において開催された。本センター主催の大規模シンポジウムは毎年一度、英国を代表する大学と共催で開催されており今回が11回目である。このシンポジウムは、学術振興の上で重要なテーマに関する最先端の研究発表と討論を行うことにより、日英相互の学術交流がさらに推進されることを目的としている。小山内優ロンドン研究連絡センター長のお話では、これまではジャパノロジーやナノテクノロジーといったテーマで開催されてきたが、ライフサイエンスをテーマとしたシンポジウムは今回が初めてとのことであり、認知・脳科学分野がライフサイエンスでのさきがけとなったことは大変意義深いものと考えられる。
会場となったUCLは大英博物館に歩いていけるほどの場所にあり、先日のロンドンでの多発テロでバスの爆発のあったラッセル広場の近くにある。この爆発によってUCLの教授が1名死亡、もう1名が片足を失う重症を負ったとのお話であった。ラッセル広場には大きな花輪と飲み物やパイなどが供えられていたが、これは亡くなった方々への追悼の品と思われ、テロの悲惨さを実感した。
 英国のシンポジストはいずれもUCLの所属で、英国側のとりまとめをされたRoger LemonとDaniel Wolpert両教授に加え、Prof. Jon Driver、Dr. Masud Husain、Prof. John Rothwell、Prof. Chris Frith、Prof. Peter Brown、Prof. Patric Haggard、Prof. Semir Zekiの9名であった。一方、日本からは、日本側の取りまとめ役を務められた入来篤史氏に加え、丹治順、木村實、川人光男、北澤茂の各先生、それに私の6名がシンポジストとして参加した。今回のシンポジウムの大きな特徴は、個々の発表が他の発表と密接に関連しており、全体の統一感が素晴らしかったことである。これは、研究のアプローチの方法こそ違っても、この分野における先端的研究の到達すべき目標点が日英双方で極めて共通の認識下にあることを示している。このような観点から今回の講演をいくつかのテーマに分類することができそうなので、以下にそれを試みる。第一に、中枢におけるさまざまな感覚マップ(あるいはframe of reference)が動的に変化すること(Driver、北澤、入来)。第二に、単一ニューロン活動解析、障害実験、磁気刺激、局所電場電位(local field potential, LFP)といった多方面のアプローチにより、運動前野、頭頂連合野、小脳、大脳基底核など運動中枢間の連関の機能的意義が解明されつつあること(Lemon、Rothwell、Husain、Brown、蔵田)。第三に、意識、意思、あるいは意欲といった定義が明確にされ、それらを表出するそれぞれの神経活動の具体例が前頭前野、基底核、視覚皮質などで明らかにされてきたこと(Frith、Zeki、Haggard、丹治、木村)。第四に、運動の最適化が運動要素の目的別に脳内の独立した領域で生じており、これらの知見にもとづくモデルを背景にしたロボティクスが極めて発展したこと(Wolpert、川人)などである。
 シンポジウムにはこれまでJSPS主催シンポジウムでは前例のない百数十名もの参加をいただいたとともに、それぞれの発表に対して極めて活発な討論が交わされ、英国における脳研究への関心の高さが伺われた。初日終了後のレセプションでは在英国大使館の経済班(科学技術を含む)の御担当である高岡正人公使がお見えになられ、私共とも大変気さくにお話をしていただいた。また、参加者と色々なお話をするうちに、英国の動物実験を取り巻く環境の厳しさがあらためて伝わってきた。すでによく知られているように、英国では動物、特に霊長類を用いた実験に対する強い反対運動が長期にわたって展開されており、特に脳機能研究のための動物実験に関する環境は極めて厳しいと言わざるを得ない。過去数年でサルやネコを用いてきた優秀な研究者の多くが、ヒトを用いた実験への転換、あるいは英国外へ活動の場を求めることが余儀なくされている。Sherrington以来築かれてきた英国の神経科学の輝かしい歴史を思うとき、この現状は大変残念でならない。いったん学問のインフラがソフト・ハードの両面で中断されれば、仮に現在の事態が改善しても、学問レベルの回復はままならないであろう。少なくとも日本が同様の事態にならないよう、英国の先例を参考にして、将来を見据えた対策が是非とも必要と思われる。
最後に、この紙面を借り、全面的なご支援・ご協力をいただいたUCLとJSPSロンドン研究連絡センターの皆様に篤く御礼申し上げる。

講演中のWolpert教授