特定領域研究「統合脳」の夏のワークショップ・合同班会議が、8月21日から24日まで開催され、私も参加しました。会場は昨年に引き続き、札幌市厚生年金会館(ウェルシティ札幌)でした。
今年は、8月に入ってから突然の猛暑の到来で、日本各地で最高気温の記録が更新され、熱中症で倒れる人も続出し、大変な騒ぎになりました。私の住む愛知県でも最高気温が35度を越すことが珍しくありませんでした。そんな酷暑の時期でも、さすがに札幌市は本州各地に比べると遥かに涼しく、ワークショップ・班会議での活発な議論のために、最高の環境であったと思います。もっとも、札幌市内の気温も日中は30度程度までは上がったので、地元の人に言わせれば、「とんでもない暑さ」ということでしたが。
以前は、夏の班会議と言うと、蓼科、越後湯沢、松代など、本州中央部で開かれるのが常でしたが、「統合脳」では昨年度から開催地が北海道に移りました。昨年初めて参加する前は「飛行機に乗らなければいけないとは、なんと不便なことか」と思ったりもしましたが、それは全く杞憂でした。新千歳空港から札幌駅へ向かう列車は本数も多く、30分ほどで行けるので、非常に便利。しかも大都市ゆえ安いビジネスホテルも多く、旅費の面でも本州の山奥で開催するのとさほど変わりはありませんでした。唯一困ることと言えば、食べ物がおいしく魅力的な繁華街が会場近くにありすぎるということでしょうか。しかしそれも、各地から集まった研究者との虚心坦懐なディスカッションに大いに資するものでありました。
さて、今回のスケジュールは、基本的に午前中が各班の班会議、午後はワークショップ等、夜がポスターセッションとなっていましたが、この構成は非常に良かったと思います。午前中は自分の班の班会議でセレクトされた話をまとめて聞き、かつ議論を行ない、午後はシンポジウム、ワークショップで普段自分にはあまり馴染みのないテーマの話を聞き、勉強になりました。だだ、3日目の午前中は私の所属する第1領域と第2領域の班会議が重なったため、第2領域の興味あるいくつかの発表を聞くことが出来なかったのは残念でした。ポスターセッションは夕食後の午後7時から10時だったため、後の予定や食事の時間の心配をすることなく、存分に議論が出来ました。カンパで用意された飲み物も、議論の活発化に一役買ったと思います。私自身の発表は、初日夜のポスターでしたが、多くの方々に貴重なご意見をいただき、大変有意義でした。最終日のサテライトシンポジウムでは、久しぶりにAnn Graybielのまとまった話を聞くことが出来、個人的にはとても満足でした。全体として大変stimulatingな会で、「頑張って、来年またここに来よう」と決意を新たにして札幌を後にしました。総括班員の先生方、来年も宜しくお願い致します。
統合脳ワークショップへは今回初めて参加しました。私は学生の身分ながら、スタッフとして幸いにも参加させていただくことができました。ワークショップには日本の脳研究をリードする研究が集結し、研究者を志す者としては、一流の研究に触れ、またその研究を進めていらっしゃる先生と交流できる贅沢な機会となりました。私は統合脳第1領域と第2領域を中心にセッションに参加しましたので、印象記としてその一部を紹介させていただきます。
第1領域の班会議では、研究トピックは多岐にわたり、MRIとTMSを併用した手法や電気生理学的手法から遺伝子改変動物を用いた研究まで幅広く、かつ、いずれも先鋭的な研究が発表されました。久場博司先生の発表である両耳間時間差検出機能の研究では、その脳内システムの面白さに喝采しました。また、礒村宜和先生による傍細胞記録法には興味をかき立てられました。ポスター発表では、脳研究の右も左も分からない私に、脳研究の今を支えていらっしゃる先生方が丁寧に説明してくださり感激しました。中でも伊藤功先生は脳の左右差について、海馬CA3細胞に見られる左右差に対し、分子から行動までシステマティックに取り組んでおられました。また、窪田芳之先生は非錐体細胞の形態からインピーダンス整合に言及しておられ、研究の切り口と解釈について考えさせられました。
3日目の第2領域の班会議とポスター発表では、脳研究の大きな柱の一つである脳の高次機能システムについて、最先端のトピックも盛りだくさんに発表がありました。私としましては、泰羅雅登先生らによる仮想空間環境でのナビゲーション課題を用いた研究と、渡辺正孝先生らの被験体どうしのゲーム対戦課題による研究の、その手法の面白さに感じ入りました。乾敏郎先生らと酒井邦嘉先生らからは、それぞれ言語の脳内メカニズム研究について発表がありました。言語や文法は脳でどのように表現され、それぞれにどのような脳機能が必要で、そしてどういった脳機能の連携により言語処理が実現されるのか、考えさせられました。そして、大脳基底核と視床をめぐる研究では、ネットワーク構造を明らかにせんと、シングルニューロンレベルから、視床や、線条体の微細構造を調べる金子武嗣先生らの研究に出会い、証拠を一つ一つ掴みながら緻密に研究する姿勢に大いに学びました。
また、支援班の研究が会期中を通しポスターで公開されました。シリコン電極の開発、ノックアウトマウスの提供、single-cellマイクロアレイ技術の頒布、トランスジェニックラットの開発など、脳研究を躍進させうる最先端の手法のポスターが、ホール壁にずらっと並びました。中でも、狂犬病ウイルスの有用性を高めた飯島敏夫先生らの研究が印象に残っております。脳研究の革新的な手法が、日本から世界に発信されるという予感にわくわくするとともに、脳研究の起爆剤とも言える手法開発が統合脳で推進されていることをうれしく感じました。また、このポスターを前に支援班と領域研究者との交流がなされているのを目にし、班会議がコラボレーションを生む土壌として一役かっているのだと感じました。
班会議全体を通じ、日本の脳研究をひっぱる先生方の熱い研究に触れることができ、研究者を志す者として大いに刺激を受けました。また、研究者の卵といえる才能あふれる方々とも交流することができました。ここに、夏のワークショップに尽力された実行委員会の諸先生方に感謝いたします
平成19年度「統合脳」夏の班会議に、第3領域の公募班員として参加しました。気がかりな地球温暖化のせいか今年の札幌は例年に比べ暑いとのことでした。それでも私が勤務する名古屋に比べてはるかに過ごしやすい天候のもと、例年同様、熱い研究討論が会場内外で続きました。具体的な発表の内容については、抄録集がありますので、ここでは全体についての個人的な印象を書かせていただきます。
この会議は、脳機能の理解を進めるために、様々なバックグランドを持つ研究者が一堂に会してざっくばらんに話し合える機会であり、私にとってはとても重要な研究交流の場です。「統合脳」のワークショップ・班会議では、様々な研究に触発されて、実験的に証明したいけれど自分の持つ技術だけではどうにもならないと思っていたことが、実現できそうな気になってきます。実際、過去の班会議がきっかけで始めた共同研究もあります。
言うまでもなく近年の技術進歩には素晴らしいものがあります。私が参加したセッションでも、実験材料の利点と分子の特性を知り尽くして行われる巧妙な遺伝子操作、ウイルスベクターを用いた高等動物への応用、分子イメージング、多光子励起法、リアルタイム計測技術、多点計測技術など新しい技術の開発やそれを用いた実験に関する話題が目白押しでした。また、比較的古くから用いられてきた技術による研究も健在でした。例えばサルの電気生理学的実験などは、他の技術では取って代われない成果を出していましたし、私自身も愛用していますスライス標本を用いた神経回路解析も20年以上の歴史がありますが、他の技術と組み合わせることによって、さらに発展しそうでした。電子顕微鏡の歴史は古くても、その美しい写真はまだまだ新しいことを教えてくれると感じました。また、これら新旧の優れた手法の組み合わせもどんどん実行されていました。班会議を通して、確かな技術は正しい知見をもたらすというのは本当だと改めて思いました。私が大学院に入った頃には考えられなかったミラクル技術が、その簡便化や共同研究などによって利用可能になってきており、良い時代だなあと思います。
懇親会での丹治順先生のお話では、この特定研究を維持するために、さらに将来の脳研究に対する予算獲得のために、リーダーの先生方が多大のご苦労を担って下さっているということを感じ、心より感謝申し上げます。それとは別に、会場内外で耳にしたことをふくめて、予算面で多くの大学では存続そのものが危ぶまれ、極端な業績主義や、すぐに役に立たない基礎科学研究は低く評価されがちなことなど世知辛い話を聞く機会が増えたような気がします。将来の見通しが立たず、住み難い世の中になってきたと思うこともあります。それでも、知りたいと思う現象に対して多面的なアプローチが可能になっており、自由に研究を進められることは、やはり時代の流れと共に研究環境は良くなってきていると言えます。爆発的に技術が進む中、どうすれば知りたいことを実験の土俵に乗せられるか、技術は先端だけれど、内容は「はるか昔に諸先達が工夫し抜いたアイディアと技によって看破していたことを追認しただけ」というような研究にならないように、これからも年に2回の班会議で刺激を受けて勉強したいと思います。
九州大学生体防御医学研究所
白根 道子(第4領域)
今年の夏も、「統合脳」班会議が札幌で開催されました。4日間にわたった会議は、各領域別の班会議の他に全体の統合シンポジウムや海外研究者を招いてのワークショップ、ゲノムとの連携シンポジウムなど、多くの企画が盛り込まれていました。自分の研究テーマに関連する話だけでなく、他領域の話も広く聴け、まさに複雑多岐にわたる脳科学研究を統合的に勉強できる有意義な機会であると感じました。
今回の班会議は公募班員の一部が口頭発表、計画班の先生はポスター発表という形になっていました。第4領域の班会議は、発表、議論ともに非常に盛り上がり、熱気と緊張感に満ちていました。発表10分、質疑応答10分という構成は、良い時間配分であると感じました。各先生とも精力的に研究を進められている様子がうかがわれ、聴き応えがありました。内容のレベルの高さとバラエティの豊かさとから、全く飽きることもなく一日があっという間に過ぎた感じでした。Openな学会とは違いClosedという形がとられていたため、最新の成果や現状もかなりお話しされていて、ディスカッションが盛り上がっていました。質疑応答時間が十分にとられていて、話す方も聴く方も満足度が大きかったように感じました。特に、高頻度に質問に立たれていた先生が何人かいらっしゃったのが非常に印象に残り、発表者からだけでなく聴衆者の先生方からも大変刺激を受けました。
今回は、私も公募班員の一人として口演の機会を頂きました。班会議では「公表済みのデータだけでなく、未発表のデータや新たな考えを自由に発表する」ことにより、領域全体の研究を推進しようという方針が示されていました。私も口演内容については迷ったのですが、やはり報告済みのまとまった話だけではなく現在格闘している問題について発表させていただきました。皆さんにご意見をいただくことが何よりも意義があると思い、結論の出ていない内容ではありましたが、途中段階の現状報告をさせていただきました。しかし心配とは裏腹に、未熟な内容にもかかわらず多くの先生に大変有意義なディスカッションをしていただけて、とても勉強になりました。活発な議論と情報交換のために、事前に班会議の趣旨や方針を班員に通達していただいたことは良かったと思いました。また、今回は領域の壁を取り払った形がとられていたため、他領域の先生方にも話を聴いていただけて、自分の専門外の先生方と講演後に共同研究の話などができたことが非常に有り難かったです。
統合シンポジウムは「樹状突起・スパイン」と「小脳」に参加しましたが、大変楽しめました。異なった分野の研究内容が組み合わせてあったことも良かったですし、やはり発表内容が面白かったことで満足感がありました。
また、丹治先生より、脳科学の研究費や研究拠点や体制についての今後の動向についてお話しがありました。現在の特定領域研究が残り2年半で終わり新しい体制が発足するとのことを、かなり具体的なところまでお話し下さいました。研究実績やコミュニティ活動といった面での、私たち個々の研究者の努力が重要なことが理解できました。脳科学研究を推進するために代表の先生方が文科省などと折衝され、そのような過程で国からの研究予算が決められていく様子が興味深かったです。
懇親会では、この統合脳を通じて知り合った先生方とお話しが出来て大変楽しかったです。領域の壁を越えて多くの研究者が交流できる良い機会だと思いました。
最後に、これだけの大所帯をまとめることは大変なことと察しますが、会議の運営に関わられた諸先生方に心より感謝申し上げます。
東京大学大学院薬学系研究科遺伝学教室
三浦正幸(第5領域)
気候のいい札幌での夏のワークショップが開催された。4つのセクションで構成されたワークショップをそれぞれ紹介する。午前のセッションIでははじめの3題がポリグルタミン病に関するものであった。理研・BSI・貫名先生からポリグルタミン凝集物に含まれる蛋白質の分析から新たに転写因子NF-Yが凝集体に含まれることが示された。この転写因子の結合部位はHSP70遺伝子プロモーターにもあり、転写因子のsequestrationによる細胞の機能障害が示唆された。阪大・医・永井先生は伸長ポリグルタミンの構造変化を詳細に解析しα-へリックス構造から可溶性β-シート中間体モノマーをへてアミロイド様凝集に至る変化を示した。細胞へのマイクロインジェクション実験によって可溶性β-シートモノマーに毒性があることが明らかになり、コンフォーメーション変化による毒性の獲得が示された。東京医科歯科大・難治研・岡澤先生は培養神経細胞の核を単離してそこから可溶性成分を抽出し、伸長ポリグルタミン凝集物の存在によって変化を示す蛋白質を分析した。その結果HMGB1/2が伸長ポリグルタミンと結合することで可溶性成分でのHMGB1/2が減少し、この変化によってDNAストレスが生じることが示唆された。東京都精神研・長谷川先生は前頭側頭葉変性症患者脳の不溶性画分のプロテオミクス解析によって患者脳に見られるユビキチン陽性封入体にTDP-43が含まれることを見いだした。この蛋白質は患者脳において異常りん酸化を受けることも明らかになった。東大・医・郭先生はALS運動ニューロン死に関するGluR2 Q/R部位のRNA 編集の関与に関して、RNA 編集酵素ADR2フロックスマウスとVAChT-Creマウスとを用いて実験的に検討した。その結果、GluR2 Q/R部位のRNA編集率の低下が運動ニューロン死に関わるとの仮説が支持された。午後のセッションIではAβ生成に関する研究が4題紹介された。北大・薬・鈴木先生は軸索でのAPP小胞はAlcadein小胞とは独立して存在し、それぞれの細胞質断片AICDとAlc-ICDとが生成される。Alc-ICDはAPPの軸索順行性輸送を阻害することで細胞体でのAPP小胞の蓄積とAβ産生が亢進する新たなメカニズムを提示した。順天堂大・医・櫻井先生はAPPが集積したマイクロドメインを単離してその分析を行った。その結果、APPとBACE1は異なったマイクロドメインに存在することが示された。APPと結合した蛋白質を解離させる操作を行うことでAPPとBACE1 との共局在が誘導されβ切断の亢進が観察された(マイクロドメインスイッチング)。この現象にはコレステロール依存性が見られた。東大・薬・冨田先生はAPP切断に関わるγ-セクレターゼの膜内トポロジーをsubstituted cysteine accessibility methodで解析した。その結果、基質の疎水性環境から親水性環境である触媒部位への移動・切断を説明するモデルが提示され、γ-セクレターゼ活性制御のターゲットが浮かび上がってきた。同志社大・生命・舟木先生はホスフォイノシチドPI(4,5)P2が培養細胞におけるAβ産生を低下させるメカニズムに関する研究を行った。γ-セクレターゼ活性調節機構の検討から、PI(4,5)P2がγ-セクレターゼと基質の相互作用を阻害して酵素活性を抑制する新たな制御機構を提示した。続く午後のセッションIIではパーキンソン病に関する研究が3題紹介された。東大・薬・岩坪先生はパーキンソン病発症に関わるα-synucleinの作用をモデル生物である線虫を用いた遺伝学的・薬理学的なアプローチによって解析した。その結果、α-synucleinの過剰発現はシナプス小胞におけるエンドサイトーシスの機能低下をもたらし、その結果として神経伝達物質の放出抑制が起こることを示した。順天堂大・医・服部先生はParkinとPink1がミトコンドリア外膜近傍で相互作用を示し、さらにPink1の半減期がParkinの存在によって影響されることも明らかにした。また、SNCAの過剰発現がパーキンソン病におけるLewy小体形成のみならず多系統萎縮症に見られるglial cytoplasmic inclusions形成への関与を示唆する病理学的所見も紹介された。京大・医・高橋先生はParkin基質であるPael-Rのパーキンソン病発症に関わる役割をParkinノックアウトマウスバックグラウンドでPael-Rを発現するトランスジェニックを作製して詳細に解析した。その結果、黒質ドーパミンニューロン及び青斑核ニューロンの脱落と、それに先立つ持続的な小胞体ストレスが観察され、晩発性AR-JPの新たなモデルとしての有用性が示された。
このセッションの最後はゲノムとの連携シンポジウムということで東大・医・辻先生による神経変性疾患解明に向けたcomprehensive resequencingに関する講演があった。患者集団と健常者集団のゲノム比較によるcommon variantとcommon diseaseというアプローチが弧発性疾患の場合にどの程度有用であるかに関しては結論が必ずしも得られていない。網羅的なresequenceによる弧発性神経疾患や多数の遺伝子が関与する疾患への新たなアプローチが紹介された。以上、神経変性疾患の原因遺伝子の機能解析が分子レベルで着実に進展してきたことが印象づけられ、個体レベルでの検討も適切なモデルを作製して行われてきた感が強い。
名古屋大学大学院医学系研究科精神医学分野
尾崎紀夫(第5領域)
統合失調症や気分障害(うつ病や双極性障害)などの精神障害は、いずれも多因子疾患であり、さらに明確な神経病理学的所見が見出されていない。したがって、単一遺伝子疾患として原因遺伝子が同定されている、あるいは病因論的な分子が脳で確認されている神経変性疾患のように、特定の分子を出発点とした研究を実行できる状態ではない。しかし、精神障害の病因、病態を解明しようとする試みが積極的になされており、今回のワークショップでも下記の様な意欲的な研究が発表されていた。東京医科歯科大・医・精神・西川先生は、統合失調症が思春期以降に発症すること、さらに統合失調症モデル動物作成に使われる異常行動惹起物質、methamphetaimine(MAP)とphencyclidine(PCP)も発達期以降(臨界期)に異常行動を引きおこすこと、の二点に着目した。その上で、異常行動惹起物質によって発達依存的応答を示す遺伝子としてMAP-responsive trasnscpript とPCP-responsive transcriptを同定し、これらの分子が統合失調症の発症・再発と類似の逆耐性現象に関与していることも確認した。今後、これらの分子が、どの様な機構で統合失調症の情報処理に関わり得るのかに興味が持たれる。気分障害に関しては、理研・加藤先生が、単一遺伝子疾患であるWolfram病が気分障害を併発すること、Wolfram病の原因遺伝子であるWFS1は気分障害の病態との関連が示唆されている小胞体ストレスに関わっていること、に着目してWFS1ノックアウトマウスの解析を行った。結果としては、1) 行動上、うつ病モデルに汎用されている学習性無力の障害があり、2)海馬のDNAマイクロアレイによる検索により神経発達関連の遺伝子が変化していることが確認された。名大・医・精神・尾崎は、家族集積性統合失調症の病因遺伝子として単離されたDISC1に結合し、機能的にも共同して軸索伸長に関わっていることが確認された分子を候補遺伝子として、統合失調症のゲノム解析を行った。その結果、14-3-3ε遺伝子の5’flanking regionに位置するSNP-1のGアレルは統合失調症において頻度が高く本疾患発症誘発因子の可能性が示唆された。また、Gアレルを持つ個体は14-3-3ε遺伝子・タンパクの発現が低下しており、神経発達が不十分になることが考えられる。加えて、14-3-3εノックアウトマウスの行動解析の結果、ノックアウトマウスは作業記憶の障害と不安行動を示した。
以上、多因子疾患である精神障害の原因遺伝子は、同定されていないものの、発症臨界期に着目、あるいはgenetic heterogeneityを考慮して特殊例に着目したところからアプローチが加えられ、分子メカニズム解明に向けた成果が上がりつつあることが感じられる。また、多因子疾患に関与するrare variantsの探索に関しては、辻先生が神経変性疾患において提唱されたmedical resequencingは精神障害でも考慮すべき手法である。ただし、現時点でresequencingは費用がかかる方法論であり、一般化するには技術的なbreak throughが必要であろう。