1999年度 生理学研究所
第10回 生理科学実験技術トレーニング・コース
“生体機能の解明に向けて”
−分子・細胞レベルからシステムまで−

実習内容

 

 

実習日程 8月3日(火)午後1時〜6日(金)午後3時まで 

 

「連合学習の成立と遺伝子発現変化」

(6人)

小幡 邦彦

神経化学

 ウミウシを、光を条件刺激、振動を無条件刺激として訓練する。光で逃避行動が起こるような連合学習が成立したウミウシと訓練しないナイーブなウミウシの神経節を摘出し、発現に差がある遺伝子を分析する。あわせて、マウスにブザー音を条件刺激、電気ショックを無条件刺激として恐怖条件付けを行い、恐怖条件付けで発現変化する遺伝子の解析についての当部門での成績を示説する。

 

「生殖細胞活性時(受精時)のCa2+変化と画像解析」

(4人)

毛利 達磨

細胞内代謝

 当部門では、細胞ー細胞間、細胞内情報伝達機構の解明を目指して、セカンドメッセンジャーとしてのCa2+の重要性に注目し、生理学的研究を行っている。特に受精機構の研究を中心に行っている。当部門には、通常のCa2+画像解析装置、高速Ca2+画像解析装置、共焦点レーザー走査顕微鏡装置(高速時間分解)、微小部位紫外線照射装置が設備されている。実習では、Ca画像解析装置を実際に操作し、哺乳類卵受精時の細胞内Ca2+の時間的、空間的変化の画像解析を主な目的とする。また、その問題点も併せて考察する。

 

「パッチクランプ及びデータ解析法」

(14人)

久木田 文夫、筒井 泉雄、岡田 泰伸

生体膜、機能協関

 パッチクランプ法は電気生理学実験として、非常に有用であるにも係らず、今や必要な装置はすべてセットで市販され、誰にでも簡単に行えるようになりました。しかし、いざ自分で始めてみると、あちらこちらによくわからないことがでてきたり、躓きの種がころがっていたりします。本コースでは、これまでの毎年の経験を生かし、電気生理が全く初めてのかたから、パッチクランプ法に少し経験のある方まで、パッチの仕方だけでなく、電気回路、コンピュータへの取り込み(A/D変換)、データ解析まで一通り学んでいただこうと鋭意企画中です。奮ってご応募ください。

 

「 1.脳内N−結合型糖鎖発現パターンの解析

  2.脳神経系の各種初代培養法と遺伝子導入法 」

(1:2人)

(2:3人)

池中 一裕

神経情報

 1.これまで糖脂質の生理的意義については多くの研究がなされているが、糖タンパク質の糖鎖部分の生理活性に関してはあまりなされていない。われわれは脳組織から直接糖タンパク質糖鎖を切り出し、蛍光標識(ピリジルアミノ化)した後にHPLCを組み合わせて解析する方法を半自動化し、簡単にだれにでも行えるようにした。この方法を用いてマウスやヒト脳内糖鎖を解析したところ、糖タンパク質糖鎖構造は同じ発達段階のマウスやヒト個体間で驚くほど保存されていること、しかし異なる発達段階ではそのパターンがダイナミックに変動していることを見いだした。脳や他の組織の糖タンパク質糖鎖を直接解析する方法はわれわれのグループで開発したものであり、世界的にも他に類を見ない。糖鎖が生理学的に重要な働きをしていると言うことは充分に認識され、その構造修飾によりどのように働きが変わるか多くの研究者の興味の対象となりつつある。今回のトレーニングコースにおいては、組織からのサンプル調製からHPLCによる解析まで実際にどのように糖蛋白質糖鎖の解析を行うか実習したもらう。この研究は発達や病態に伴って変動する糖タンパク質糖鎖の生理的意義を解明する第一歩であり、極めて意義深い。

 2.神経情報研究部門では神経系の初期発生を分子生物学、細胞生物学、遺伝子操作マウス等を組み合わせて多角的に解析している。今回の実習では、レトロウイルス及びリポフェクションを用いた培養細胞への遺伝子導入法を紹介し、細胞株さらに脳初代培養系への導入を体験してもらう。

 

「組み換発現系を用いたイオンチャネル活性測定」

(6人)

井本 敬二

液性情報

 興奮性細胞においては、様々のイオンチャネルサブタイプが共存しているために、それぞれのサブタイプに特徴的な機能的性質(薬剤感受性等)が不在の場合、サブタイプの分離・同定は非常に困難である。このような場合、単離したイオンチャネルサブタイプをコードするcDNAの組み換え発現は、非常に威力を発揮してくる。本実習においては、幾つかの発現系を用いながら、1)細胞の調製、2)cDNAの導入、3)電気生理学的(パッチクランプ法等)、及びFura-2等を用いた光学的イオンチャネル活性測定を行いたい。特に、1)に力点をおくことを考えている。

 

「ジーンターゲティング法」

(5人)

八木 健

高次神経機構

 ジーンターゲティング法はマウス個体レベルでの分子機能を明らかにする手法として、現在世界的に一般化されている方法である。本実習では、これらを踏まえ1)コンディショナルターゲティング法を含めたジーンターゲティング法の原理と新たな方法論、2)ターゲティングベクターの作製法、3)マウス胚幹細胞の培養、遺伝子導入、相同組み換え体の同定法、3)キメラマウス作製法、4)遺伝子欠損マウスの組織学、行動学的解析法、5)ジーンターゲティング法から生まれた遺伝情報の考え方、についての講義と実習を行う。対象としては、実際にジーンターゲティング法を行っている人及び近い将来計画している人にレベルを設定して、一方的に教えるのではなく、具体的な問題点の解決や研究の方向性への足がかりになるよう対話形式にて進行する。

 

「電気生理学及び心理物理学的手法による視知覚メカニズムの解析」

(5人)

小松 英彦

高次神経性調節

 われわれの知覚や行動の基礎となる神経情報処理の内容を生理学的に明らかにするための重要な実験方法は、動物に色々な感覚刺激を与えたり行動を行わせたりして、その時に脳内で生じる神経の活動を記録し刺激や行動との相関を見るというものである。このトレーニングコースでは大脳皮質において視覚情報がどのように表現されているかを明らかにするために、皮質ニューロンのインパルス発射頻度が視覚刺激にどのように依存するかを調べるという実験方法をとりあげる。またこのような実験を行うためには対象とする視知覚の性質をよく把握する必要がある。このコースではパーソナルコンピュータを用いて視覚刺激を作り、それを用いて視知覚を測定すないようなる基本的な心理物理実験の実習も予定している。

 

「神経ネットワークの標識・同定」

(5人)

森茂美

生体システム

 本実習では動物の中枢内神経ネットワークの標識・同定を対象とした神経標識法の手技全般についてのトレーニングを目的としている。このため、各講習者は中枢神経系内への神経標識物質の注入、動物の潅流固定、神経組織切片標本作製の一連の手技・操作について実習する。実験動物にはラットを用い、神経標識物質としては主としてHRPおよび各種蛍光色素を用いる。神経標識物質の注入部位については各講習者が目標部位を有する事が望ましい。

 

「スライスパッチ法」

(12人)

伊佐 正、重本 隆一

高次脳機能、脳形態解析

 スライスパッチクランプ法の基本的理論、技術を習得することで、中枢神経系のニューロンとシナプスの基本的性質を電気生理学的に正確に記録・解析できるようになることを目的とする。主な実習内容は、スライスパッチクランプ実験システムの理解と操作方法の習得。脳スライス(大脳皮質、海馬または大脳基底核)の作製。そして、ニューロンからホールセルパッチクランプ法による記録を行い、発火特性の解析、イオンチャンネル(ナトリウム、カリウム、カルシウムチャンネルなど)特性の解析、及びシナプス後電位・電流の記録から神経伝達物質受容体チャンネルを解析する。

 

10

「免疫電顕法による受容体局在の解析」

(2人)

重本 隆一

脳形態解析

 グルタミン酸受容体およびGABA受容体について、ラット脳における電子顕微鏡的局在を特にシナプスとの位置関係において観察する実習。動物の固定から切片の作製、免疫反応、電顕標本作製までをコンパクトにまとめて行うと同時に既に作製済みの電子顕微鏡用標本を観察し、電顕写真の解釈について簡単に学ぶ。特に受容体のサブタイプによって、興奮性や抑制性シナプスとの空間的関係が異なっていることを電顕観察を通じて実感していただく。

 

11

「ホールセル記録と細胞内染色」

(2人)

川口 泰雄

大脳神経回路論

 大脳皮質から脳切片標本を作成し、顕微鏡下で、錐体細胞と非錐体細胞を細胞体の形から区別しながらパッチ電極でホールセル記録を行い、細胞ごとの発火様式の違いを見る。また、膜電位固定の状態で興奮性・抑制性シナプス電流を記録し、それらに対する拮抗薬の作用を観察する。さらに、記録した細胞がどのような種類に属するかを見るために、バイオサイチンを細胞内に入れ、生理実験終了後、切片を化学固定し、注入した細胞をDABで発色し、その形態を観察する。希望があれば、皮質以外の部位から、同様に切片を作成し実験を行うことも検討します。

 

12

「脳機能画像の統計処理」

(15人)

定藤 規弘

心理生理学

 脳機能画像法は、人間のライブな脳活動を手軽に可視化する強力な武器であるだけに、その誤った取り扱いは思わぬ誤解を産む。本コースでは、脳機能画像法の可能性とピットホールの両者を肌身に刻み、システム神経科学の武器として使いこなす術を体得することを目的とする。実際のデータを教材として(1)生理学的疑問をいかに実験パラダイムに翻訳するか?(2)記録データをどう処理するか?(3)結果をどう論文にまとめるか?(4)予想外の結果に直面した時の探索的検討とは?(5)異なる特徴をもつ他の手法といかに組み合わせるか? といった立体的かつ実戦的視点から講義と実習をおこなう。扱いに困った「じゃじゃ馬データ」の持ち込みも歓迎。

 

13

「医学生物学用超高圧電子顕微鏡操作実習」

(3人)

有井 達夫

形態情報解析

 研究所の医学生物学用超高圧電子顕微鏡(H-1250M:1,000kV) の操作を実際に行い、動作原理を理解する。特に光軸合わせに対する理解を深める。さらに、試料支持膜などの作製とこれらを用いての電子顕微鏡像と電子回折模様の撮影を行うことにより、結像の仕組みに対する理解を深める。次に厚い生物試料の立体撮影および観察を行い、立体写真の解析法を理解する。

 

14

「脳磁図を用いたヒト脳機能の研究」

(5人)

柿木 隆介

感覚・運動機能

 脳磁図(magnetoencephalography, MEG)を用いて、ヒトの脳機能を計測する。脳磁図はmm単位の空間分解能とmsec単位の時間分解能を有している。全く非侵襲的であり、また脳の生理学的活動を記録する点が特徴であり、PETやfMRIとは異なる優位性を持っている。実習では、脳磁図検査の基本を学ぶとともに、聴覚、視覚、体性感覚などの刺激に対する脳内の活動部位を実際に計測する。また言語認知や顔認知のような高次脳機能に関する脳活動も計測する。参加者が被験者あるいは験者となって、脳磁図検査の実際を学ぶことにこのコースの特徴がある。

 

15

「霊長類眼球運動の記録解析法」

(2人)

伊佐 正

高次脳機能

 視覚誘導性サッカード(衝動性眼球運動)を記録し、眼球運動の種々のパラメーターを解析する。また、サッカード中枢である上丘の単一神経細胞記録と眼球運動の解析より上丘のサッカードへの寄与を調べる。なお、解析には生体情報処理に関する知識と計算機プログラミングが必要となるのでMatlabソフトウエアを用いた統計数学、計算機シミュレーション等の実習も行う予定である。