[講義概要:要旨]

もしあなたがgoogleのwebサイトに行ったなら、まず最初に目が向くのはgoogleのロゴでしょう。これは白地の画面にカラーのGoogleのロゴはほかのものよりも目立つようにデザインされているからです。つまり、私たちの注意は自然とそこに向けられる。このような視覚刺激だけによって規定される注意のことをボトムアップ性注意と呼びます。

本講義ではこのようなボトムアップ性注意の計算論的モデルとして、南カリフォルニア大学のLaurent Ittiによるサリエンシー・マップおよびベイジアン・サプライズをソフトウェアを動かして実際に計算してもらいます。ボトムアップ性注意と意識とが乖離する例として知られるいくつかのillusionに関して、じっさいにサリエンシー・マップおよびベイジアン・サプライズを計算して検証するのがメインの作業になります。

この講義では意識はボトムアップ性注意とは別ものであり、計算論的にも異なるものであるということを強調します。では意識とはなんなのでしょうか? 意識の計算論的モデルというものは可能なのでしょうか? 可能だとしたらどういうものなのでしょうか? 本講義はこういった議論を深めることに使っていただきたいと考えております。

また、本講義で行う実習では、無料のソフトウエアをインストールして実行する過程があります。詳しい説明を[実習説明] に記載しましたのでこちらもごらんになって、あらかじめ準備をしておいてください。実習当日にセットアップしてるとそれだけで実習が終わってしまいますので注意。(10/27 [実習説明]をアップデートしました。)

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[講義概要]

[ボトムアップ性の注意]とは?

もしあなたがgoogleのwebサイトに行ったなら、まず最初に目が向くのはgoogleのロゴでしょう。これは白地の画面にカラーのGoogleのロゴはほかのものよりも目立つようにデザインされているからです。つまり、私たちの注意は自然とそこに向けられる。このような視覚刺激だけによって規定される注意のことをボトムアップ性注意と呼びます。

いっぽうで、googleを使い慣れている人はgoogleのロゴには目もくれずにすぐ検索用のボックスに目が向くことでしょう。これは検索という目的によって目が向く場所が規定されているということで、トップダウン性注意と呼ばれます。本講義では前者のボトムアップ性注意についての話をします。

ボトムアップ性注意に関して大事な点は、何が目立つかを決めるのは周りの物体との位置関係だということです。たとえば、明るいものが常に目立つわけではない。背景が白い画面の中だったら黒い丸がよく目立つ。

[サリエンシー・マップ]とは?

ではどういう刺激がボトムアップ性注意を誘引するのでしょうか? Koch and Ullman 1985は脳内でボトムアップ性注意が計算される過程の計算論的モデルを作りました。このモデルでは、色や明るさなどの視覚属性に基づく注意がそれぞれ並行して処理された後に足し合わされ、ひとつのサリエンシー・マップという平面に表現されると考えています。

このサリエンシー・マップを実データに応用可能なコンピューターシミュレーションとして実装するのに成功したのが現在南カリフォルニア大学にいるLaurent Ittiです。彼は脳の構造と機能に関する知見に基づいたモデルを作り、我々が実際に注意を向ける過程を予測できるような計算プログラムを作成しました。このソフトウェア(The iLab Neuromorphic Vision C++ Toolkit (iNVT))はC++で書かれたフリーソフトであり、GNU General Public Licenseに基づいて公開されています。そこで今回の実習ではこのソフトを動かしてみて、どのようにサリエンシー・マップが計算されるかなどについて体験していただきます。

[ベイジアン・サプライズ]とは?

上記のサリエンシー・マップとは違ったアプローチでボトムアップ性注意をモデルするために、Laurent Ittiはサプライズという概念を持ち出しています。たとえばですが、あなたがテレビ番組を見ているとき、いきなり画面が砂嵐になったらびっくりしますよね。でもすぐにどっか故障したのか放送事故が起こったんだろうと思うから、砂嵐の画面を見続けたりはしないわけです。これはどういうことか? つまり砂嵐そのものがサプライズなのではなくて、番組の画面が砂嵐に変化したことがサプライズなんだっていうことです。

ではこれをボトムアップ性注意と繋げて考えてみます。もし白い背景にいきなり黒い丸が現れたとしたら、私たちはそこに注意が向く。つまり、「時間的な」サプライズのある場所にボトムアップ性の注意が誘引される。白地に黒丸が点灯しっぱなしでも私たちはそこに注意が向く。これは周りが白なのにそこだけ黒という意味で「空間的な」サプライズがあるからと捉えることができる。このようにしてサプライズという概念を使ってボトムアップ性注意をモデル化することが可能なのです。

上記のIttiのソフトウェアでは、サリエンシー・マップと同様にして、ある視覚刺激のベイジアン・サプライズを計算することもできるようになってます。本講義の実習ではこちらもソフトウェアを動かして確認していただきます。サリエンシー・マップとベイジアン・サプライズはどのくらい違うでしょうか?

このサプライズの大きさをベイズ的立場から定量化したのがベイジアン・サプライズです。(情報理論で一般的に使われる「サプライズ」とは別の概念ですので注意。) サリエンシー・マップとの違いは、ベイジアン・サプライズが情報理論的立場から天下り的に定義されるものであるということです。また、ここで説明するサプライズがボトムアップ性注意と同じものであるとは言っていないことに注意していただきたい。サプライズの高いところが注意を誘引する、としか言えない。

[ボトムアップ性の注意]と[意識]とは同じもの? 別もの?

ではこのようにして定量化されたボトムアップ性注意は意識的視覚と同じものなのでしょうか? 両者が乖離する例として、非常に目立つ物体が見逃されるという現象がいくつか知られています。たとえば、change blindness。それからinattentional blindness。Motion-induced blindnessというものあります。どうやらボトムアップ性注意は意識的視覚とはべつものらしい。今回の実習では、このようなillusion刺激のサリエンシー・マップやベイジアン・サプライズを実際に計算して検証してみることにします。

もう一つの例として、blindsight (盲視)という現象が知られています。盲視は第一次視覚野が損傷して暗点ができる、つまり視覚経験が失われているにもかかわらず、暗点内の視覚情報処理が可能であるという症例です。講演者の吉田はblindsight monkeyがサリエンシーの高い部分に目を向けることができるということをLaurent Ittiとの共同研究で明らかにしています。

この講義では意識はボトムアップ性注意とは別ものであり、計算論的にも異なるものであるということを強調します。では意識とはなんなのでしょうか? 意識の計算論的モデルというものは可能なのでしょうか? 可能だとしたらどういうものなのでしょうか? 本講義はこういった議論を深めることに使っていただきたいと考えております。

参考文献

今回お話をする計算論モデルについては以下の論文に詳細が記載されています:

わかりやすい説明が必要な方には以下のサイトが役に立つと思います: