生理研研究会は講演者6人、指定討論者5人、ポスター発表者19人、参加者96人
の参加のもとで、盛況に終了しました。みなさまどうもありがとうございました。


[要旨1] 10/22(金) 13:10-14:10

チンパンジーの自己認識

平田聡
(株)林原生物化学研究所類人猿研究センター

チンパンジーは、鏡映像自己認識を示すことが知られている。鏡を見ながら口を開けて自分の口の中を調べるなど、鏡に映っている像が自己であることを認識している証拠となる行動を自発的におこなう。また、自分の目では直接見えない身体部位にマークを付けるマークテストをおこなうと、鏡を見ながらそのマークを取ろうとする行動も示す。こうした行動は、霊長類のなかでは大型類人猿に特有であり、サルでは自己認識の証拠は得られていない。ただし、これまでのヒト以外の霊長類における自己認識の研究は、もっぱら鏡を媒体にしておこなう鏡映像自己認識に関するものであった。ヒトを対象とした研究ではビデオ映像などを用いた多角的研究がおこなわれているが、それと比較可能なデータはヒト以外の霊長類では非常に少ない。そこで、チンパンジー対象に、ビデオカメラを用いて自己認識の諸側面を調べる実験的研究を大きく2つおこなった。ひとつめは、ビデオカメラを通してモニターに映された生の自己像に対する反応を調べた研究である。ビデオカメラを通した映像は、鏡映像とは異なるいくつかの特徴がある。左右の対応が逆である、顔の正面ではない角度からの像を映すことができる、実物大ではない縮尺の映像を映すことができるといった点である。10個体のチンパンジーでテストをおこなった結果、2個体において自己認識の証拠となる行動が自発的に観察された。これらの行動は、モニターに映る映像を見て比較的初期に生じた。チンパンジーの自己認識が鏡映像に特有のものではなく、別の媒体の自己像に対しても容易に般化する能力であることが示された。ふたつめの実験は、遅延自己像に対する反応を調べた研究である。ヒトを対象とした先行研究で、2秒遅延の自己像を3歳児は正しく自己と認識できないことが示されている。つまり、3歳児の自己認識は、「いまここ」の世界に強く密着しており、過去や未来の時間軸を通した自己認識とは異なるものであることが示唆される。今回の実験では、チンパンジーを対象に、1)ライブ(0秒遅延)、2)0.5秒遅延、3)1秒遅延、4)2秒遅延、5)4秒遅延の映像に対する反応を、自発的行動によるもの、および変形版のマークテストによるものを元に観察した。その結果、4秒遅延の映像に対しても、チンパンジーは自己認識の証拠となる行動を示した。つまり、チンパンジーの自己認識は「いまここ」の世界に限ったものではなく、ヒト4歳児以上のものと同様に時間軸を通じた理解であることが示唆される。本発表では、こうした実験結果を紹介し、自己認識の系統発生的基盤をチンパンジーの研究結果から考察する。

[要旨2] 10/22(金) 14:10-15:10

身体を通じて獲得する自己-自己認識発達研究への新アプローチ-

宮﨑美智子
玉川大学脳科学研究所

私たちは鏡に映った自己像を自分であると容易に判断することができる.このような能力は自己鏡像認識(Mirror self-recognition)と呼ばれ,自己認識のターニングポイントとして長年にわたり注目を浴びてきた.本講演では自己鏡像認識を可能にする二つの重要な能力として「身体表象の統合的処理」と「運動主体感の自己身体外への拡張」という二つのトピックを取りあげる.

◆ 自己/他者認識における身体表象の統合的処理
ヒト乳幼児は2歳までに鏡に映る自己像を自分であると認識できると言われる.幼児に気づかれないよう頭にシールを貼り,鏡を見せると,2歳児は鏡に映ったシールを手掛かりに実際の自分の頭に貼られたシールに手を伸ばす.この課題はマークテストと呼ばれ(Gallup, 1970),自己鏡像認識の有無を検討する課題として用いられてきた.先行研究では自分の頭に貼られたシールに手を伸ばすかどうかが専ら注目されてきたが,我々はシール探索のファースト・サーチに注目することにより,身体表象の統合に関する特徴的な処理を反映したエラーが観察されることを見出した(Miyazaki & Hiraki, 2009).具体的には,知らないうちに前頭部に貼られたシールを自己像のみを参照しながら探索させると,実際のシールに手を伸ばした2歳児のうち,4割近くの被験児が「後頭部から」探索を始めた.鏡に映る視覚的自己像の身体部位が実際の自己身体(体性感覚性の身体表象)のどの部位に相当するか,という身体表象の統合的処理を行う際に,前後軸の反転を無視したかのような対応づけをすることが示唆された.さらに興味深いことに,実験者が自身の身体を指し示してシール位置を教示した場合では,後頭部探索エラーの割合は有意に減少した.このことは自己身体表象に対応づける対象が自己像であるか他者であるかによって,幼児が異なる視覚-体性感覚間の統合処理を駆動させている可能性を示唆する.

◆ アイ・スクラッチ課題の開発 ―運動主体感の自己身体外への拡張
自分が操作している感覚(運動主体感)を自己身体外の鏡像に対しても拡張することにより,自己鏡像認識が成立するという見方がある.Iriki et al. (2001)は通常自己鏡像認識をしないマカクザルに段階的に複雑化する道具使用を獲得させると,自分の手の映像にも自己を帰属させる自己鏡像認識の兆候が現れることを示した.従って,運動主体感の拡張過程の発達を評価することは自己鏡像認識の成立メカニズムの解明に役立つと考えられる.しかし,四肢の発達が未熟かつ内省を得ることが困難な乳幼児では成人を対象とした検討で用いられるような指標を用いて運動主体感の有無を評価するのは難しい.そこで我々は乳児から成人までを統一的に扱う新たな実験パラダイム,アイ・スクラッチ課題の開発に取り組んでいる.アイ・スクラッチ課題とは黒い画面が自らの視線に伴って削れて背後から絵が現れるという,従来の乳幼児研究では困難と考えられていた乳児の主体的行動が反映されるインタラクティブな課題である.この課題は,乳幼児から成人まで適用可能であり,成人の内省にもとづく視線の傾向の違いを指標として,乳幼児の視線から運動主体感の有無を評価できると期待される.この課題を用いることによって,乳幼児の運動主体感という内的な感覚を定量的に検討できる可能性について述べる.

これら二つのトピックを紹介することで,自己鏡像認識,ひいては自己認識を構成する認知要素の相互の関係性について議論をしたい.

[要旨3] 10/22(金) 15:30-16:30

Your action or mine? A neuronal code for others’ action in monkey medial frontal cortex

Masaki Isoda1,2,3
1Unit on Neural Systems and Behavior, Okinawa Institute of Science and Technology
2Laboratory for Symbolic Cognitive Development, RIKEN Brain Science Institute
3PRESTO, Japan Science and Technology Agency

What neuronal code in the brain might allow us to distinguish between self-action and others’ action? The self-other distinction in the domain of motor act is of crucial importance for our productive social exchanges. For instance, people must accurately assign a shared outcome to one’s own actions or those of another individual to decide the optimal level of cooperation and reciprocity. It remains unknown where and how the action of others is uniquely represented.

To address this issue, we devised a task called the role-reversal choice task. In this task, two monkeys monitored each other’s action for planning adaptive behavior of their own. We recorded single-neuron activity in the medial frontal cortex, including the pre-supplementary motor area (pre-SMA) and the rostral cingulate motor area (rCMA), which has been implicated in behavioral monitoring and planning and increasingly recognized as important for social cognition.

In this talk, I will show that apart from neuronal activity specific to one’s own action (self type) or nondifferential activity between self-action and the partner’s action (mirror type), the medial frontal cortex encompasses a unique neuronal code for the action of one’s partner (partner type). These partner-type neurons were significantly more prevalent in the dorsomedial convexity region including the pre-SMA than in the cingulate sulcus region including the rCMA. Further, the firing property of these neurons was not accounted for by gaze direction, muscular activity, or social hierarchy. I suggest that the medial frontal cortex is involved in the self-other differentiation in the domain of motor act and may provide a fundamental neural signal for social learning.

[要旨4] 10/22(金) 16:30-17:30

運動と感覚の双対性と感覚脳から社会脳への拡張を支える共通神経基盤

内藤 栄一
(独)情報通信研究機構、ATR認知機構研究所

ヒトの運動、感覚、知覚、認知機能は脳の神経活動によって支えられており、 ミラー・ニューロン・システム(MNS)でみられるように、脳は共通の神経基盤を利 用してこれらの機能を司る。この発表では、手足の運動制御を司る運動野の神経基盤 を用いてヒトがその運動感覚を知覚できる証拠、空間的(物理的)距離の判断に関与 する後頭頂葉の神経基盤が他者との社会的(心理的)距離の評価にも拡張されて利用 される証拠などを紹介する。MNS以外でみられるこれらの証拠を通して、脳の共通の 神経基盤が「運動と感覚の双対性」や「感覚脳から社会脳への機能拡張」を支える可 能性について議論したい。

[要旨5] 10/23(土) 9:00-10:00

慢性疼痛の発症基盤としての身体性(知覚-運動協応)

住谷昌彦1,2、宮内哲3、四津有人4、山田芳嗣1
1東京大学医学部附属病院麻酔科・痛みセンター
2大阪大学大学院医学系研究科生体統御医学麻酔集中治療医学講座
3情報通信研究機構神戸先端研究センター
4東京大学大学院医学系研究科感覚・運動機能講座リハビリテーション医学講座

慢性疼痛疾患の発症原因は末梢神経および脊髄レベルでの分子生物学的な異常による神経過興奮と説明されて久しい。しかし、慢性疼痛患者に神経ブロックによる求心路遮断が必ずしも有効でないことや神経系(脊髄、視床、大脳運動野)への電気/磁気刺激が鎮痛効果をもたらすことなどから、末梢神経および脊髄レベルだけの異常とは考えられない。我々は慢性疼痛の専門医として「ヒト難治性疼痛患者の訴える病的疼痛の多くは大脳認知機能の異常に由来する」という立場を取り、中枢神経系、特に大脳レベルに働きかける神経リハビリテーションと身体性(知覚-運動協応)をキーワードに診療を行っている。

我々が行っている神経リハビリについてA)幻肢痛に対する鏡を用いた治療、B)慢性疼痛疾患の視空間認知障害とその矯正による治療の2つの話題を発表する。

A)【幻肢痛】四肢切断後に知覚される幻肢痛に対して鏡を用いた治療法が提案されているが、その鎮痛機序は依然として不明である。これまでの我々の経験では、幻肢痛に対する鏡療法を行うと幻肢の随意運動感覚が出現し、それとともに深部知覚に関連した痛み(例:関節を捻られるような)は改善する一方、皮膚表在感覚に関連した痛み(例:針で刺されるような)には無効であった。このことから、深部感覚に関連した幻肢痛の発症基盤は身体性の破綻にあると考えている。

B)【疼痛による目的指向性運動の障害】些細な外傷後に疼痛が遷延するCRPSという疼痛疾患では視空間知覚が障害されていることを明らかにした。さらにCRPS患者は、合目的な運動も正確に行えない。そこで視空間知覚障害を視野偏位プリズム順応療法によって改善させると運動障害だけでなく疼痛も改善したことから、視空間知覚障害に起因する身体性の破綻が疼痛の発症基盤となっていると考えている。

[要旨6] 10/23(土) 10:15-11:45

身体性情報構造が初期発達に与える影響の構成論的解明

國吉康夫
東京大学大学院 情報理工学系研究科 知能機械情報学専攻 & JST ERATO浅田共創知能システムプロジェクト

ヒトの認知・行動とその神経科学的基盤の動作原理と構成原理を正しく根本的に理解するためには,発達論的理解,特に,ごく初期の発達過程の理解が極めて重要である.ヒト胎児の振る舞いの発達については近年多くの知見が蓄積され始めているが,それらを貫く発達原理については定性的な推測の域を出ない.

初期発達期において,脳の形成・機能構築と並行して身体運動や知覚が発生し変化し続ける.この知覚・運動経験が脳神経系の自己組織化に影響しないとは考えにくいから,両者の双方向的影響がどのように発達の道筋を形作るかを理解することは重要である.しかし,特にヒトの胎児においてこれを明らかにする実験を行うことは,技術的にも倫理的にも不可能に近い難事である.

我々は,構成論的方法によりこの問題にアプローチしている.胎児・新生児の筋骨格系,身体形状,感覚器,子宮内等環境,脳神経系の一部,などをシミュレーションモデルとして構築・統合し,これを実行することで,その行動,発達を支配する基本原理を明らかにしようと試みている.これまでに,主に胎生中期までを対象として,脊髄・延髄の振動ニューロン系と身体ダイナミクスの相互作用によりヒト類似の身体運動が発生する例,四肢運動発達や手―顔接触行動発達が,体表触覚分布の違いに影響を受ける例,原始歩行が胎内感覚運動学習により獲得される例,など,いくつかの具体的なデータを通して,身体性が初期発達に与える効果を検証してきた.

これらを通して言えることは,身体性に内在する情報構造が,皮質下神経系に駆動された身体運動を通して顕在化し,行動パタンと感覚運動情報構造を形作り,それが脳神経系の自己組織化に反映されていく,という原理が構成可能なことである.さらに,この原理に基づく胎内学習の結果として,従来生得的反射とされてきた行動の一部が再現可能なことも新たな重要な知見である.

現状のシミュレーションモデルは実際のヒトの赤ちゃんよりはるかに単純化された構造であるが,それでも,発達を支配する基本的な原理(ロジック)を実験的に構成できる場合があり,有用な知見となりうる.そして,このアプローチは,超早産児やハイリスク児の一部にみられる発達障害のうち,胎児期の環境と発達に起因するものについて,その基本的な発生ロジックの候補を提起することで,原理解明と適切なケア方法の選択に寄与する可能性も秘めていると考える.

参考文献:
Yasuo Kuniyoshi and Shinji Sangawa, Early Motor Development from Partially Ordered Neural-Body Dynamics -- Experiments with A Cortico-Spinal-Musculo-Skeletal Model, Biological Cybernetics, vol. 95, no. 6, pp. 589-605, Dec., 2006.
國吉康夫, 寒川新司, 塚原祐樹, 鈴木真介, 森裕紀, 人間的身体性に基づく知能の発生原理解明への構成論的アプローチ, 日本ロボット学会誌, vol.28, no.4, 2010.


生理研研究会は講演者6人、指定討論者5人、ポスター発表者19人、参加者96人
の参加のもとで、盛況に終了しました。みなさまどうもありがとうございました。