生理学研究所年報 第30巻
年報目次へ戻る生理研ホームページへ



1.コモン・マーモセットを用いた脳特異的レトロウイルスベクターの安全試験

清水惠司(高知大学 医学部)

 悪性脳腫瘍の代表であるグリオブラストーマは,手術,放射線療法,化学療法のすべてを併用しても平均予後が一年半程度であり,新しい治療法の開発が期待されている。我々は,脳特異的に自殺遺伝子HSVtk を発現するレトロウイルスベクター産生細胞を,力価の高いもの8:29 2010/01/14に改良し,さらにそのウイルスを濃縮することで,1x1011-12pfu/mlの高力価のウイルスを調製できた。レトロウイルスは分裂細胞特異的に感染する。脳内の分裂細胞は脳腫瘍だけであることから,このウイルスを脳腫瘍近傍の脳内に注入しても,腫瘍にのみ感染して自殺遺伝子が導入される戦略である。マウス脳腫瘍モデルにて,このウイルスの注入とガンシクロビル投与により,治癒させることが実験上可能となった。

 この脳特異的にHSVtk を発現するベクター (MBP/pIP+) を用いた遺伝子治療の臨床応用を計画するにあたり,まずレトロウイルスベクターにて懸念される,replication competent retroviruses (RCR) の混入は,GLPレベルでも認めないことが,外部機関への依頼で証明された。また,正常マウス脳内へのベクター移植での安全性も確認された(平成18年)が,さらに霊長類であるコモン・マーモセットを用いた安全性試験を遂行すべく本研究を行った。具体的には,患者に一回あたり投与する予定量の1x1011pfuのウイルスをマーモセットの脳実質に投与し,3ヶ月後の血液検査,8ヶ月-12ヶ月後の血液検査,脳内の腫瘍形成の有無や他臓器の形態変化のMRIによる観察を行った。また最終的には解剖による脳実質の変性の有無も含めた検索と,各臓器からのウイルスゲノムの検出をPCR法にて行った。現在まで3匹の検査にて,毒性,発ガン性,ウイルスゲノムの混入を認めていない。

 現在我々は,脳特異的な遺伝子発現用ベクターに加えて,腫瘍特異的なベクターを構築した。悪性脳腫瘍のみならず,他の組織のガンに応用可能な遺伝子治療に発展できると考えている。

 

2.MRIによるサル脳構造の観察と電極定位

岡崎安孝,田村 弘,藤田一郎(大阪大学大学院生命機能研究科)
郷田直一,小松英彦(生理学研究所感覚認知情報研究部門)

 両眼立体視は,一次視覚野から後頭頂葉皮質に向かう頭頂葉経路が担っていると考えられていた。しかし,近年のわれわれの研究から,一次視覚野から下側頭葉皮質にいたる側頭葉経路も両眼立体視を担っていることを明らかにしてきた。側頭葉経路の両眼視差感受性細胞の中には,相対視差,両眼大域対応を計算する細胞が存在することが分かった。また,下側頭葉細胞は,細かい奥行き弁別時において,神経活動の試行間のゆらぎと知覚判断の試行間変動が相関することも示した。これらのことから,側頭葉経路は相対視差を必要とする「細かい奥行き判断」と両眼大域対応がなされることによってもたらされる「奥行き面の知覚」を担っているという考え方を提唱した。

 他グループの研究から,頭頂葉経路が絶対視差を伝え,両眼大域対応を伝えないこと,「粗い奥行き弁別」に関与していることが示された。これらの研究を合わせて考えると,側頭葉経路と頭頂葉経路では,両眼立体視に関して異なった機能を担っているという結論に至った。しかし,頭頂葉経路の知見はMT野の神経細胞の性質に大きく依存しており,また側頭葉経路の知見に関してもV4野の神経細胞の性質に依るところが大きい。両者の経路の中でも,それら以外の部位における処理に関しては不明な点も多い。

 本研究は,頭頂葉経路のV3野及びV3A野の神経活動を注視課題中のサルから計測することで,両領野の両眼立体視における役割を明らかにすることを目的としている。V3野及びV3A野は脳溝の中に位置し,受容野構造,反応特性がその同定基準になり得ないので,脳溝をMRI画像によって明らかにした上で,電極を刺入する必要性がある。

 アカゲザル2頭のMRI画像を撮影し,脳回,脳溝の構造図を作成した(図1)。その構造図を基に,神経活動を記録するための電極設置用のチェンバーを取り付けた。手術後,十分な回復を確認して,再びMRI画像の撮影を行いチェンバー位置及び,電極刺入経路の確認を行った (図2)。

 2匹のサルの注視課題の訓練後,神経細胞の活動の記録を開始した。現在2頭のサルから,V3野とV3A野から61個の神経細胞の活動を記録しており,解析を行っている。

 

09K01_02_01

図1 MRIに脳水平断面図

 

09K01_02_02

図2 脳矢状断面図と電極刺入路

 

3.非侵襲統合脳機能計測技術を用いた高次視覚処理の研究

岩木 直,須谷康一(独立行政法人産業技術総合研究所)

 網膜における視覚刺激の「動き」に基づいて対象の物体を知覚する場合,低次視覚野から頭頂部へ至る背側視覚経路と側頭部へ至る腹側視覚経路の両方が寄与していると考えられる。本研究は,高次視覚情報処理にかかわる複数の脳領域間における神経活動の相互作用を,MEGとfMRIの両方を用いて得られる高精度な脳神経活動可視化技術を用いて,定量的に評価することを目的としている。

 今年度は,視覚刺激の動きから3次元物体が知覚される現象に関して,MEGとfMRI実験データを統合的に解析する技術の開発を進めた。具体的には,申請者がこれまでの研究で開発してきたMEGデータを用いた脳内活動分布可視化アルゴリズムをベースに,fMRI計測データから得られる脳内活動の空間分布を先見情報として用いる統合データ解析モデルを作成し,さらに関心領域(regions-of-interest: ROIs)から推定される神経活動の時系列を抽出するデータ解析技術を開発した。

 上記のMEG/fMRIデータ解析技術を用いて,視覚刺激の動きに基づく対象知覚にともなうMEG/fMRIデータ(平成21年度計測予定)の解析を行い,その脳活動ダイナミクスの高精度な可視化を図るとともに,ROI間における神経活動の相互作用を定量的に評価する技術の開発と,得られたデータに対する適用を進める。

 

4.磁気共鳴画像装置による脳賦活検査を用いたヒトの情動と
ストレス脆弱性に関する研究

飯高哲也(名古屋大学 大学院医学系研究科)

 顔刺激と不快な音声刺激を同時に呈示することで,被験者に情動的なストレスを与えるfMRI実験を行っている。すでに健常被験者18名を用いた研究結果は国際学会での発表なども行い,現在は英文誌に投稿中である。さらにこの実験では被験者の同意のもとで,セロトニン・トランスポーター遺伝子多型(5-HTTLPR)の解析を行った。この結果では日本人被験者群では,従来から報告されている5-HTTLPRによる扁桃体活動の有意差は認められなかった。さらにBrain-derived neurotrophic factor (BDNF) の多型で最も多くの研究結果がある,rs6265 (val66met) についても検討した。その結果では,リスクアレルの数が増えるほど,海馬の活動が低下することが分かった。BDNFは海馬において学習や記憶に関係していることから,本実験においても顔刺激と音声の関連付けがval66met多型によって調節されている可能性が示唆された。

 国際共同研究として,米国Northwestern大学心理学のChiao博士らと性格傾向と人種差が脳活動に与える影響について論文を発表した。ここでは個人主義と集団主義という,社会生活の上で白人と日本人で異なった行動様式を示す類型を取り上げた。結果としては主に内側前頭前野の活動が,このような行動様式と関連することが分かった。

1) Chiao, JY, Harada T, Komeda H, Li Z, Mano Y, Saito DN, Parrish TB, Sadato N, Iidaka T, Dynamic cultural influences on neural representations of the self. Journal of Cognitive Neuroscience (in press)
2) Chiao JY, Harada T, Komeda H, Li Z, Mano Y, Saito DN, Parrish T, Sadato N, Iidaka T, Neural basis of individualistic and collectivistic views of self. Human Brain Mapping (in press)。

 

5.呼吸困難感の中枢情報処理機構の解明

越久仁敬(兵庫医科大学生理学第一講座)
岡田泰昌(慶應義塾大学月ヶ瀬リハビリテーションセンター内科)
豊田浩士,定藤規弘(生理学研究所大脳皮質機能研究系心理生理学研究部門)

 呼吸困難感は呼吸器疾患における最も一般的な臨床症状であり,様々な情動反応を引き起こすと考えられている。その中枢情報処理機構の局在や情報処理過程は,これまで脳波解析とPETで主に検討されてきたが,測定方法や時間・空間解像度に問題があり,未だ解明されていない。我々は,fMRIを用いた呼吸困難感の中枢情報処理機構の解明を目指している。

 本実験では,呼吸抵抗負荷時の呼吸困難感を,換気量を変化させることなしに増減させ,fMRI信号の差分を計測することによって情報処理過程の解明を目指す。吸息時に吸気筋である上部肋間筋を振動させ,呼息時に呼気筋である下部肋間筋を振動させる同相胸壁振動刺激は,換気量を変化させることなく呼吸困難感を軽減させ,逆相胸壁振動刺激は呼吸困難感を増加させることが知られている。そこで,胸壁振動刺激を与えながらfMRIを行い,同相胸壁振動刺激時と逆相胸壁振動刺激時のfMRI信号の差分をとることにより,大脳皮質運動野あるいは脳幹呼吸中枢から生じる呼吸運動指令 (respiratory motor command) に関連する脳領域を除去し,純粋に呼吸困難感に関与する脳領域の分離抽出を試みた。健常被検者8名に対して,粘性吸気抵抗負荷の下で,非金属製の胸壁振動装置を用い,無刺激,同相胸壁振動刺激,逆相胸壁振動刺激をそれぞれ30秒間,10サイクル繰り返し,その間のfMRI信号を計測した。その結果,無刺激-同相胸壁振動刺激,あるいは無刺激-逆相胸壁振動刺激間のfMRI信号差分では,振動感覚に対応する大脳皮質感覚野に信号が見られ,また4名で逆相より同相の方が呼吸困難感(VAS)が軽減していた。現在,同相-逆相胸壁振動刺激間のfMRI信号差分の解析中である。

 

6.非侵襲的脳機能検査による疲労・疲労感と学習意欲の評価法

渡辺恭良,水野 敬(理化学研究所分子イメージング科学研究センター)
田中雅彰,鴫原良仁(大阪市立大学大学院医学研究科システム神経科学)
定藤規弘,田邊宏樹(岡崎生理研大脳皮質機能研究系心理生理学研究部門)

 これまでの我々の研究から,健常中学生あるいは小児慢性疲労症候群 (CCFS: Childhood Chronic Fatigue Syndrome) において,質問紙調査によりスコア化された学習意欲または疲労の程度と,注意配分機能(二つ以上のことを同時に遂行する機能)を要する仮名拾いテストの成績が関連することが明らかになっている。しかしながら,仮名拾いテストの神経基盤は十分明らかになっていない。そこで,本研究ではfMRIを用いて健常成人,健常中学生およびCCFS(中学生)を対象として仮名拾いテストの神経基盤を比較検討した。仮名拾いテストは,紙面上に平仮名で記されたある物語を黙読し,物語の内容を理解しながら,同時に母音(あ,い,う,え,お)に○印をつける二重課題である。fMRIバージョンの課題では,母音拾い上げセッションと内容に関する質問回答セッションと分けて,それぞれのセッション遂行時に賦活する脳領域の神経賦活度を解析した。

 母音拾い上げ数および内容理解度は,健常成人と健常中学生間で差は認められなかった。一方,健常中学生に比べCCFSは内容理解度が低下していることが認められた。母音拾い上げセッション時に健常成人,健常児およびCCFSで共通して賦活がみられたブローカ野の神経賦活度を比較すると,健常成人に比べ健常中学生は,神経賦活度が低いことが認められた。一方,健常中学生に比べCCFSは,ブローカ野の神経賦活度が高いことが認められた。質問回答セッション時にもブローカ野の賦活は3群に共通してみられたが,神経賦活度は3群間で差が認められなかった。以上より,健常成人に比べ健常中学生はブローカ野の神経活動レベルが低く,中学生から成人にかけての発達段階において注意配分機能の神経基盤が構築されていくことが示唆された。来年度に実施する健常中学生の追跡調査から,注意配分機能の発達変化についてさらなる検討ができるものと考えている。一方では,CCFSは健常中学生と比較し,内容理解度が低いにも関わらずブローカ野の神経活動レベルが高いことが明らかとなった。従って,慢性疲労病態の背景には,脳神経過活動または非効率神経活動状態があることが示唆された。

 

7.fMRI信号を用いた視知覚像の再構成

神谷之康(ATR脳情報研究所 室長/奈良先端科学技術大学院大学 客員准教授)
宮脇陽一((独)情報通信研究機構/ATR脳情報研究所 研究員)

 ヒト視覚野のfMRI信号パターンと,その際に与えた視覚刺激の関係とを機械学習することにより,ヒトが何を見ているかを予測することができる。しかしながら,従来の手法では線分方位などで特徴付けられた画像のカテゴリに脳活動を「分類」することはできても,画像そのものを画像として予測することはできなかった。本研究では,画像の局所コントラストを多重解像度で予測する局所画像復号器を組み合わせることにより,ヒトが見ている画像を画像として「再構成」することを目指した。

 昨年度までの研究により,ランダムなコントラストパターンからなる画像刺激を提示した際の脳活動を用いて局所画像復号器を学習させ,それらを組み合わせることで,学習時には使用していない幾何学図形等が再構成可能であることを示した。本年度では引き続き,どのような脳活動を利用することにより高い再構成精度が実現されているのかを詳細に解析し,脳内での視覚画像表現様式を探ることに重点を置いた。

 まず,局所画像復号器がどの脳部位の信号を用いて予測を行っているかを解析した。結果,画像の網膜対応部位表現(レチノトピー)と合致した脳部位が多く使われており,特に初期視覚野の信号がよく使われることが分かった。これは初期視覚野において画像の空間情報がレチノトピーに即した形で最も高い解像度で表現されているためと思われる。

 本研究で用いた局所画像復号器は,複数脳部位(ボクセル)間の相関構造も情報として利用可能な仕様となっている。そこで次に,脳部位間の相関構造がどれだけ画像の予測に実際に重要だったかを調べた。同じ刺激条件間で取られたfMRI信号をランダムに入れ替えてボクセル間相関を除去したデータを用いて画像再構成を行い,その精度を比較した。結果,ボクセル間相関を除去した場合に再構成精度が有意に低下した。この精度低下は第一次視覚野で最も大きかった。これらの結果は,高精度の画像再構成が,レチノトピーの情報だけではなく脳部位間相関の情報も有効に使うことによって達成されていることを示している。特に,第一次視覚野では他の視覚領野に比べて脳部位間相関に画像情報が有意に含まれている可能性があることも示唆された。

 視覚像再構成の手法ならびに結果,および視覚野での画像表現についての上記の解析結果等をまとめた論文を米神経科学誌Neuronの2008年12月号にて誌上発表した。

 

8.ヒトの視覚野における身体像形成過程

内藤栄一(情報通信研究機構)
羽倉信弘(国際電気通信基礎技術研究所)
広瀬智士(京都大学)

 近年のヒト脳機能イメージング研究から,自分の身体筋骨格系に由来する感覚情報処理には体性感覚野のみならず頭頂葉ひいては身体視覚領野の関与が明らかになりつつある。しかし,これらの身体運動感覚情報処理には不明な点が多い。そこで,視覚情報を利用できない視覚障害者の視覚野の身体運動感覚情報処理に対する関与について検討した。

 健常者が単純に自分の手の動きを見ている際には,視覚有線外野外側部(身体に関する視覚情報処理に特化した領域=身体視覚領野)が賦活する (Downing et al. 2001)。現在までに,脳が複数の感覚情報を同時処理する場合,体性感覚情報処理は視覚野に,視覚情報処理も体性感覚野の情報処理過程に影響を与えることがわかっている。つまり,体性感覚による身体像形成過程においても視覚野の関与が予想される。実際,閉眼健常被験者で行った運動錯覚実験で個人ごとに脳活動変化を調査すると,19名中約25%で運動錯覚体験時に身体視覚領野が賦活することがわかった。健常被験者の視覚野さえ体性感覚情報に基づいた身体像形成過程に関与するのだから,視覚機能を失った視覚障害者の身体視覚領野は,この身体像形成過程に大きく寄与しているに違いない。

 そこで,右利き視覚障害者1名(54歳男性)の協力を得て,機能的核磁気共鳴装置を用いた実験を行った。右手,左手,右足のそれぞれの伸展筋の腱を80Hzで刺激することで運動錯覚を惹起した。統制条件としては,腱をはずした骨皮膚上への80Hz刺激を加えた。この刺激は単純に皮膚振動感覚を惹起するだけで,特に錯覚は引き起こさない。

 視覚障害者が運動錯覚を経験すると,右半球視覚有線外野外側部が四肢の相違に無関係に賦活した。錯覚を生じない皮膚への単純な刺激はこの領域を賦活しなかった。視覚障害者でも運動錯覚を経験すると,健常被験者と同様に,四肢に対応した運動関連領野の体部位再現部位の活動と,四肢に共通の右半球前頭-頭頂葉の賦活が認められた。さらに,健常被験者で確認された,視覚-運動感覚統合領域である小脳外側部の活動も,視覚障害者であわせて観察できた。

 これらは,(1) 視覚障害者が健常被験者とある程度同様の運動感覚情報処理を行っていること,(2) 視覚障害者では健常者の脳領域に加えて,右半球視覚野や小脳外側部などがさらに動員されていることを示唆している。この結果は,失明以前には身体視覚情報処理に特化していたと推測される視覚有線外野外側部が,失明(約30年前)とともに,おそらく本来身体像形成のために相補的関係をもっていた四肢運動感覚情報処理に関与するようになったと推測可能であった。

 

9.機能的MRIを用いた非自国語模倣学習の神経基盤解明

吉田晴世(大阪教育大学)
横川博一(神戸大学)
定藤規弘(自然科学研究機構生理学研究所)

 第一言語におけるさまざまな心理言語学的・神経心理学的言語処理モデルを踏まえ,第二言語の獲得・処理・学習の神経基盤を機能的MRIを用いて描出することを目指している。言語習得において模倣はきわめて重要である。そこで模倣による言語学習過程,特に語彙習得過程を,行動学的指標とともに神経活動の変化を観察することにより解明する。仮説としては,視聴覚提示に模倣を加えることにより,単語記銘力が増大する。本年度は, 昨年度大阪教育大学にて機能的MRI実施のための予備実感結果をもとに,機能的MRIを用いて本格的な実験を実施した。

<被験者>
 日本人成人18名(男性9名,18歳から22歳)。全員,ウズベク語未習者であることを確認した。

<語彙選定>
 長さ(シラブル数)がほぼ均一なウズベグ語30表現(A群:15表現,B群:15表現)。

<デザイン>
 fMRIを用いて未知語(ウズベク語)の学習法の違いによって,学習者の負荷はどの程度変化するかを測定。
 fMRI内部で2種類のウズベク語単語群(A群,B群)と対照刺激を提示。
 A群提示後にはリピート(8回)
 B群提示後には受動視聴(8回)のみをさせる
 検定:学習時の血流変化を測定。リピート時の反応潜時および発話時間。

<結果>
 模倣と観察のいずれにおいても,反復回数の増加に伴って左腹側運動前野 (BA6) からブローカ領域 (BA44) の神経活動が低減した。この所見は,音声模倣学習の神経基盤が左半球前頭葉ミラーニューロン・システムにあることを示唆する。また,反復回数が増えるにしたがって,反応潜時が有意に減少し,発話時間が有意に増加しモデル音長に近づいた。さらに,模倣と観察の両グループともに直後のポストテストにおける発話時間が同程度(有意差なし)で,モデル音長にさらに近づいていた。このことは,模倣と繰り返しにより手続き記憶が強化され,学習効果へと繋がったと推測される。

 

10.美しさを判断する脳~視覚と聴覚の複合刺激による脳賦活部位の解明

中村浩幸,白数真理,白数正義,高橋 豪,伊藤和夫(岐阜大学,大学院医学系研究科)

 美しい景色や人の顔,絵画や音楽は,“美しい”という精神活動を賦活する。音と視覚刺激が,うまく組み合わされると,さらに大きな感動を経験する。音や光のような複数のモダリティ刺激を考察した。しかし,fMRI装置の騒音がかなりの限界要因であり,さらに組み合わせの数が多すぎることから,このまま実験パラダイムを設定することは困難であるという結論に達した。絵画を用いると,視覚皮質,前頭眼窩面皮質,頭頂葉,運動野皮質が賦活される(Kawabata and Zeki, 2004; Di Dio et al., 2007)。しかし,島皮質,帯状回,扁桃体,前脳基底部等の活動に関しては述べられていない。情動系の活動は,感覚入力を変化させる。私たちのラットを用いた神経トレーサー実験では,扁桃体から三叉神経中脳路核へ,直接投射していることが明らかとなっている。したがって,情動系の活動と,噛み締めや食いしばり等による固有感覚入力とが密接に関連していることが示された。2009年度以降は,情動系の活動と固有感覚入力制御,さらに固有感覚入力の変化による情動系の活動の変化について,脳活動の変動を調べるパラダイム作成を行う。

 

11.サルを用いた動脈硬化の観察およびPETトレーサーの開発

外村和也(浜松医科大学・分子イメージング先端研究センター)
河野賢一,岩城孝行,梅村和夫(浜松医科大学・薬理学)
竹原康雄(浜松医科大学・放射線医学)

 高脂血症治療薬は単に血液中のコレステロール値を下げるばかりでなく,動脈硬化の進展を食い止め退縮させる事もわかってきた。近年,種々のタイプの高脂血症治療薬が開発されつつあるが,WHHLウサギモデル等既存の動脈硬化モデルで有効性が確認されても臨床試験の結果に必ずしも反映しないことが指摘されている。そのため,ヒトの病態に近いと思われるカニクイザルの動脈硬化モデル開発を試み,MRIを用いたイメージング技術で経時的な動脈硬化の進展を追跡するための基礎検討に着手した。今期においては,サルにコレステロール負荷を開始し動脈硬化の経時的変化を観察し始めた。また,サルのMRI評価に先立ち,WHHLウサギを用いたMRI撮像の基礎検討を開始した。その結果,血管壁の肥厚をMRIイメージとして捉える事が出来た。また,陽性造影剤であるマグネビストによる大動脈のイメージング像が得られた。今後はMRIの解像度向上のために作製したBird cage型コイルを利用した撮像を行うと共に,マクロファージに取り込まれるタイプの陰性造影剤を用い,動脈硬化巣描写を検討を進める。

 

12.サルMRI標準脳画像のPET分子イメージング研究への応用

尾上浩隆(独立行政法人理化学研究所・分子イメージング科学研究センター)

 これまでに我々は,マカクサル(アカゲサル)に陽電子断層撮像法(positron emission tomography, PET)を用いた非侵襲的な脳機能イメージング法を適用して,視覚認知,時間知覚,記憶・学習などの脳高次機能に関わる神経機構について明らかにしてきた。また,生理学研究所の伊佐教授との共同研究により,サルの脊髄損傷モデルにおける回復過程で起こる大脳のダイナミックな可塑的変化についても明らかにした。現在,我々は,一次運動野(M1)の傷害が手の精密で器用な動きに与える影響およびその回復過程における神経連絡網の変化についてPETを用いた検討を行っている。本実験は,産業技術総合研究所の肥後博士らとともに行った。精密把握タスク実行中の脳局所血流(rCBF)をPETで測定し,傷害前および傷害後の回復過程における脳機能マッピングを行い比較した。傷害の作製は,まずM1の手の表現の精密な地図をintracortical microstimulation (ICMS) で決定し,さらに,同定された指領域にイボテン酸をmicroinjectionすることで行った。イボテン酸投与直後から手の機能の損傷が反対側の手で観測されたが,精密把握タスクを1日30分,1週間あたり5日間リハビリテーションを行うことで運動は徐々に回復し,約1ヶ月で傷害前と同じくらいのレベルまで回復した。回復後に活動が有意に増加している部位を明らかにするために,回復過程におけるPET画像をSPM (statistical parametric mapping)法を用いて統計解析した。得られた統計画像を生理学研究所のMRI撮像装置にて測定したT1強調画像を使って作成したMRIの平均脳画像に重ね合わせたところ,統計的に有意に活動が上昇した部位は腹側運動前野(PMv)であることが同定された。この実験系においては,すでに産業技術総合研究所の肥後,村田らによって,可塑性関連の分子であるGAP-43がM1傷害後に,PMvで増加することが報告されており(Higo N. et al. J Comp Neurol, 2009),今回のPETの結果と一致するものであった。

 

13.予備情報の与え方の違いによる英語教授法効果の検討:
ペーパーテスト結果とfMRIによる脳活性状態の観測より

大石晴美(岐阜聖徳学園大学経済情報学部)
木下 徹(名古屋大学大学院国際開発研究科)
定藤規弘(自然科学研究機構生理学研究所)
杉浦元亮(東北大学)
齋藤大輔(福井大学)

【研究の背景】
 英語教授法におけるschema theory (Rumelhart, 1980; Carrell & Eisterhold, 1983.) では,リーディング課題を遂行する前に,予備情報を与えることが効果的であるとされている。

【本研究の目的】
 本研究では,リーディング指導において,予備情報を提示した教授法の効果をペーパーテストとfMRIを使用した脳活性状態の両面から解明することが主たる目的である。その事前段階として,今回は語彙レベルにおけるプライム効果を検証することとした。

【研究方法】
 英語教授法において,予備情報の内容や提示方法によって,英文読解プロセスの異なったモジュールに授業の効果が反映されると考えられる。そこで,脳活性状態の変化(おそらく低下)部位を測定することで,どのモジュールに効果が反映されているのか推測が可能であると思われる。本研究では二つの予備情報の効果を ペーパーテストとfMRIを用いた学習者の脳活性状態の結果を合わせることで,学習者の表面上で表現される能力と脳内での現象を照合し,効果的な英語教授法を探求する。

 本年度は,教授法の検討に入る前に,語彙レベルでの予備情報を提供することの効果,いわゆる,語彙における意味プライミング効果が,脳内のどの部位で行われているのか,そして,どのような活性状態であるのかをfMRIを使用した観測結果に基づき検証することとし,その実験方法について検討した。

【実験課題の検討と予備実験】
 実験課題については,Crinion et al.(2006)の報告に基づき,英語-英語,日本-英語,英語-日本語の組み合わせについて検討した。また,予備実験として,プライム刺激がターゲット刺激に対して,意味的に関連のある場合と関連のない場合でプライム効果を導くかについて,英語の熟達度の上級者と初級者の2群で,反応時間のみを計測した。

【今後の方向性】
 今後の方向性としては,今年度計測した反応時間の分析をすること。そして,Crinion et al.(2006) における実験課題で,英語-英語,日本-英語,英語-日本語のペアを使用し,再試をすることとした。

 実験参加者は,TOEICの得点により分類された上級者群と初級者群の2群である。Crinion et al.(2006)で報告されている実験参加者とは,学習レベル,学習環境が異なるため,その違いと結果について分析し,教授法の比較検討の可能性に結びつける。

 

14.磁気共鳴画像診断用新規造影剤の開発と評価

阪原晴海1,定藤規弘2,竹原康雄1,村松克晃1
1浜松医科大学医学部,2自然科学研究機構生理学研究所)

【背景】肝細胞癌 (HCC) の高リスクグループであるウイルス性肝炎患者を対象として全肝造影ダイナミックスタディがCTやMRIを用いて行われているが,その造影パフォーマンスの向上に優れた造影剤の開発は欠かせない。

【目的】平成19年度にひきつづき,血管内滞留性の高いガドリニウムデンドリマー型造影剤の肝細胞癌イメージング製剤としての有用性を動物モデルで確認し,血管描出能を従来型の造影剤との比較において評価する。その信号増強が腫瘍の血管増生によるのかその他の因子によるのかを調べる。

【方法】Dimethylnitrosoamineによる化学発癌で作製したF344ラットの多血性肝細胞癌の担癌モデルを用いて,側鎖を修飾した20種類に及ぶ新規ガドリニウムデンドリマー型MR造影剤の造影効果をGd-DTPA並びに,既存の血液プール造影剤の造影効果と比較した。造影剤は0.2mlになるように調整し,尾静脈より0.015mmol/kg ~0.05mmol/kgをbolus注入した。MRはT1強調画像,T2強調画像を撮像した。撮像後,肝臓を採取し,組織切片をヘマトキシリンエオジン染色,免疫組織化学染色し,血管新生と造影効果との関連について検討した。各結節と近傍の背景肝,背景の空気に関心領域を設定し,平均信号強度とその標準偏差を計測した。得られたデータは反復分散分析とTukey-Cramer testにより解析した。平均信号強度の差に関してはBartlett’sの均一性検査にて正規分布が確認された場合は2群対応のt testにて判定し,正規分布が保証されない場合にはMann-Whitney testにて差を検定した。

【結果】Gd-DTPA-D1-Glc (OH) をはじめとするデンドリマーコアタイプの造影剤のいくつかは,血中における停滞能を呈し組織特異性造影剤としての優れた効能をin vivoでも証明した。その最も優れたものでは,0.0125mmol/kgという低用量でもGd-DTPAよりも優れた信号増強効果を呈したものがあり,従来型の血液プール造影剤に匹敵する特性を呈した。HCC結節の染まりの程度は鏡検上の血管密度と概ね正相関した。

【結論】デンドリマー型造影剤は側枝の修飾によって血液プール効果をコントロール可能で,そのうちのいくつかは,非特異性造影剤よりも優れた信号増強効果を呈することがわかった。

 

15.単語復唱時の脳賦活研究

萩原裕子(首都大学東京大学院)
尾島司郎,杉浦理砂(科学技術振興機構)
定藤規弘(生理学研究所)

 正常な言語能力を持つ成人は,人の発した言葉を復唱する能力を持つ。この能力は幼児期から備わっており,言語学習を促進すると考えられている。また,特異的言語障害のある子供では,知らない単語の復唱能力が健常児に比べて劣っていると言われている。

 本研究では,ことばを学習する際に重要な役割を果たすと考えられている復唱能力を取り上げ,その脳活動と神経基盤を探ることを目的とした。

 研究の一環としてこれまでに,日本人小学生484名(男子236名,女子248名,平均年齢8.93歳,標準偏差±0.89,6歳~11歳)を対象として,母語と外国語〔英語〕の単語復唱時の脳活動を光トポグラフィーにより計測した(1)。言語刺激として,日本語高頻度語,日本語低頻度語,高頻度英単語,低頻度英単語を各80語,合計320語用意した。

 刺激単語の意味を知っているかどうかを問うたところ,日本語高頻度語91%,低頻度語12%,高頻度英単語42%,低頻度英単語8%の割合で,知っていると答えた。脳計測ブロックデザインにより単語復唱時の脳活動を測定したところ,第一次聴覚野(BA41)では,言語の種類(日本語・英語)や使用頻度(高・低)に関わらず,同じレベルの脳活動が見られた。ウェルニケ野 (BA21/22) では,左右差はなかったものの,英語より日本語(母語)の活動が有意に高かった。角回(BA39)では,右半球に比べて左半球の活動が有意に高く,英語より日本語,特に高頻度語での活動が高かった。一方,縁上回(BA40)では,左半球よりも右半球での活動が顕著に高く,英語の活動が日本語に比べて明らかに低かった。ブローカ野 (BA44/45)では,左半球よりも右半球の活動が有意に高く,言語や頻度による活動の差異はなかった。

 これらの結果から,6歳から11歳の年齢の児童では,まず第一次聴覚野では,言語を物理的な「音」として入力していること,また左角回では特に,意味を理解している単語を処理していることが示唆された。このことは,左角回が言語の意味処理に関わっているという先行研究の知見と矛盾しない。一方,縁上回,ブローカ野での右半球の活動の高さは,知らない単語を復唱する場合,意味は理解できないので音を聴くことが優先されたためと思われる。これは,これらの領域が意味処理ではなく,音韻処理に深く関与している先行研究の知見と一致する。言い換えれば,この年齢の子供の脳では,左半球の分節的処理と右半球の超分節的処理とが並列的に行われており,特に,知らない単語や低頻度語については右半球で超分節的処理が行われていることが示唆された。

 今年度は,子供の脳における言語処理について「音」から「言語」に移行していくプロセスを見てきたが,光トポグラフィーでは脳の深部に関する賦活領域について情報が得られない。最近,言語産生には右視床が関わるという研究が報告されていることもあり,機能的MRIによる研究は不可欠である。今後,パラダイムを改良して,光トポグラフィーで得られた結果について,機能的MRIにより再現性を確認するとともに,復唱の神経基盤の精密な分析を行い,教育や臨床に役立てて行きたい。

引用文献
 (1) Sugiura, L., et al., Sound to language: different cortical processing for first and second languages in young pupils as reavealed by large-scale study using fNIRS. (Under review)

 



このページの先頭へ年報目次へ戻る生理研ホームページへ
Copyright(C) 2009 National Institute for Physiological Sciences