2009月3月17日-3月18日
代表・世話人:清水重臣(東京医科歯科大学難治疾患研究所)
所内対応者:岡田泰伸(自然科学研究機構・生理学研究所)
【参加者名】
一條秀憲(東京大学大学院薬学系研究科),山内翔太(東京大学大学院薬学系研究科),片桐一美(東京大学大学院薬学系研究科),服部一輝(東京大学大学院薬学系研究科),Christopher Runchel(東京大学大学院薬学系研究科),岡田泰伸(生理学研究所),小澤岳昌(東京大学大学院理学系研究科),垣塚 彰(京都大学生命科学研究科),福士順平(京都大学生命科学研究科),小池雅昭(京都大学生命科学研究科),大沼洋平(京都大学生命科学研究科),後藤由季子(東京大学分子細胞生物学研究所),岡崎朋彦(東京大学分子細胞生物学研究所),樋口麻衣子(東京大学分子細胞生物学研究所),須田貴司(金沢大学がん研究所),茂谷 康(金沢大学がん研究所),高橋良輔(京都大学大学院医学系研究科),田代善崇(京都大学大学院医学系研究科),辻本賀英(大阪大学大学院医学系研究科),鍔田武志(東京医科歯科大学疾患生命科学研究部),築地 信(東京医科歯科大学疾患生命科学研究部),岩井佳子(東京医科歯科大学疾患生命科学研究部),中野裕康(順天堂大学医学部免疫学),中山敬一(九州大学生体防御医学研究所),西山正章(九州大学生体防御医学研究所),諸石寿朗(九州大学生体防御医学研究所),片山雄太(九州大学生体防御医学研究所),長田重一(京都大学大学院医学研究科),仁科博史(東京医科歯科大学難治疾患研究所),平山 順(東京医科歯科大学難治疾患研究所),宮村憲央(東京医科歯科大学難治疾患研究所),畠 星治(東京医科歯科大学難治疾患研究所),三浦正幸(東京大学大学院薬学系研究科),倉永英里奈(東京大学大学院薬学系研究科),武石明佳(東京大学大学院薬学系研究科),明 銘(東京大学大学院薬学系研究科),宮崎 徹(東京大学医学系研究科疾患生命工学センター),森 真弓(東京大学医学系研究科疾患生命工学センター),黒川 淳(東京大学医学系研究科疾患生命工学センター),安田賢二(東京医科歯科大学生体材料工学研究所),林 真人(東京医科歯科大学生体材料工学研究所),米原 伸(京都大学生命科学研究科),中津海洋一(京都大学生命科学研究科),高橋涼香(京都大学生命科学研究科),伊藤 亮(京都大学生命科学研究科),小林洋平(京都大学生命科学研究科),清水重臣(東京医科歯科大学難治疾患研究所),荒川聡子(東京医科歯科大学難治疾患研究所),山口啓史(東京医科歯科大学難治疾患研究所),長谷川裕一(生理学研究所機能協関),佐藤かお理(生理学研究所機能協関),鍋倉淳一(生理学研究所生体恒常機能発達機構),檜山武史(基礎生物学研究所統合神経)
【概要】
細胞の生死に関する研究は,多様な生命現象や疾患病態を解明していく上で必要不可欠なテーマである。細胞死に関する研究は,アポトーシスの分子機構を中心に精力的になされ,主要な分子とその機能が同定されてきた。これらの研究成果は,さらなる研究の拡がりを促し,具体的には,新たな細胞死機構の同定,死細胞処理機構の生理的重要性,他の細胞機能との相互作用,細胞死の生理的意義,疾患克服への臨床応用,等々,細胞死研究において解明すべき事象が多面的となってきた。このような状況において,細胞死を包括的に理解し,疾患克服に応用する為には,細胞死を様々な立場から論じ,各々の関連を理解する事が必要である。本会においては,このような趣旨に則り,我が国の細胞死研究の第一人者が一堂に会し,これらの諸問題に対して多面的,包括的に交流を行なった。活発な議論と情報交換は,細胞死研究の進捗に一定の効果を与えることになったものと考えている。
米原 伸(京都大学大学院生命科学研究科)
FLASHはFas誘導アポトーシスシグナルに関わるとして見いだされた分子であるが,その生理機能に関しては不明な分子である。多様なヒト細胞株において,FLASHの発現抑制を誘導すると細胞周期の進行がS期で停止した。その分子機構を解明するためにFLASHと会合する分子ARS2を同定した。ARS2の発現抑制を誘導しても,細胞周期の進行がS期で停止した。また,FLASHとARS2は核内でCajal body様(Cajal bodyとは一致しない)の構造体を形成していることを示し,FLASHの発現抑制でもARS2の発現抑制でもS期特異的ヒストンの転写が抑制されることを明らかにした。さらに,ARS2と会合するFLASH分子の領域を決定したところ,FLASH中の13アミノ残基がその会合に必要十分であることが示された。
中野裕康(順天堂大学医学部)
TNFレセプターを介するシグナル伝達に関与するアダプター分子であるtraf2 -/- マウスを解析した結果,traf2 -/- マウスは大腸炎が自然発症することを見いだした。traf2 -/- マウスは生後1週頃より野生型マウスに比較し,発育や体重増加の不良が認められ,生後約3週以内に全個体が死亡する。組織学的な検討の結果,大腸粘膜および粘膜下へのB細胞の著明な細胞浸潤が認められることが明らかとなった。また大腸局所におけるサイトカインの産生をreal-time PCRで解析したところ,tnfa, il-6, ifn-g, il-17 などの炎症性サイトカインの発現の上昇が認められたことより,TNFaの中和抗体をtraf2 -/- マウスに投与したが腸炎は改善されず,さらにil-17 ノックアウトマウスあるいはifn-g ノックアウトマウスとの二重欠損マウスを作製しても腸炎は改善しなかった。一方,これまで腸炎を抑制すると考えられてきたil-10 の発現亢進が大腸で認められ,さらにその亢進はtraf2 -/- マウスの胎生期の腸でも認められたことから,IL-10に対する中和抗体を全身投与したところ,予想外な事に腸炎の著明な改善が認められた。以上のことより,traf2 -/- マウスで認められる大腸炎は局所におけるIL-10産生の亢進の結果であることが明らかとなった。
須田貴司(金沢大学がん研究所免役炎症制御研究分野)
NLRファミリーは,人では20種類以上のメンバーからなる蛋白ファミリーで,その一部は細胞質に浸入した病原体を感知し,細胞死や炎症応答を誘導するパターン認識受容体として働く。また,一部のNLR蛋白の突然変異は,家族性自己炎症性疾患の原因となる。我々は,細胞質アダプター蛋白質ASCを介したNLRのシグナル伝達機構を解析し,アポトーシスやNF-kBの活性化にカスパーゼ8が重要な役割を果たすことを示してきた。しかしその後,ASCはBAXと直接結合し,BAXをミトコンドリアにリクルートすることでアポトーシスを誘導するという報告がなされた。そこで,さらに検討した結果,ASCはBaxとは結合せず,イニシエーターカスパーゼとしては専らカスパーゼ8が働くが,タイプII細胞ではBidを介してミトコンドリア経路のアポトーシスを誘導することを明らかにした。また,ASCの活性化によりNF-kB以外にもAP-1が細胞自立的かつカスパーゼ8, JNK, p38依存性に活性化し,転写,炎症,細胞死に関る遺伝子群の発現が誘導されることが判明した。
茂谷 康(金沢大学がん研究所免役炎症制御研究分野)
我々は様々ながん細胞でASCが活性化するとカスパーゼ8依存性のアポトーシスが誘導されることを示してきた。しかし,マクロファージでは細菌感染などでASCが活性化すると,カスパーゼ1依存性の細胞死(pyroptosisと呼ぶことが提唱されている)やカテプシンB阻害剤CA-074Meで阻害されるネクローシス様細胞死(pyronecrosisと呼ぶことが提唱されている)が誘導される。しかし,何がこれらの細胞死の様態を決定するかは不明である。我々はNUGC4ヒト胃癌細胞株とCOLO205ヒト大腸癌細胞株でASCを活性化すると前者ではアポトーシス,後者ではネクローシス様細胞死が誘導されることを見出した。このネクローシス様細胞死はリソゾームの崩壊(アクリジンオレンジ染色性の低下)を伴い,CA-074MeとV-ATPase阻害剤Bafilomycin Aで細胞死とリソゾームの崩壊が共に阻止された。以上の結果から,1) ASCを介した細胞死の様態は細胞のタイプによって異なること,2) COLO205細胞におけるネクローシス様細胞死はpyronecrosisに類似し,ASCの下流でカテプシンが活性化され,リソソームが崩壊することにより誘導されることが示唆された。
宮崎 徹(東京大学大学院医学形研究科 疾患生命工学センター)
既存の治療法では十分な制御が困難な疾患に対する新規治療法の開発を目指すにあたって,その疾患の病態メカニズムを新しい側面から明らかにする必要がある。その考え方に基き,私たちは,マクロファージが病態生理に重要な役割を果たしていると考えられるメタボリックシンドロームの様々な疾患群に対して,“病巣の劣悪な細胞環境においてもマクロファージはアポトーシス抵抗性である”というユニークな視点から,私たちの同定したAIM (Apoptosis Inhibitor of Macrophage)分子の機能解析を元に取り組んでいる。動脈硬化巣においては,アポトーシス誘導性の酸化LDLを取り込み,泡沫化することによって動脈硬化巣を形成するマクロファージが,核内受容体LXRの活性化に際してAMを発現し,自らのアポトーシスを抑制し病態発症に重要な役割を果たしていることが分かった。したがって,AIMを欠損した状態では,動脈硬化巣においてマクロファージが激しくアポプトーシスにおちいり,その結果,病変が著しく軽減するため,AIMの機能制御は動脈硬化の予防・治療に非常に有用である可能性があることが示唆される。さらに,肥満した個体の脂肪組織に浸潤したマクロファージもまたAIMを強発現しており,マクロファージの生存に重要である。興味深いことに,脂肪組織においては,AIMはマクロファージのみならず脂肪細胞にも直接作用しており,肥満のメカニズムに重要な役割を果たしていることが明らかになった。さらに,“病巣の劣悪な細胞環境におけるアポトーシス抵抗性”は一部の癌組織でもAIMを介し獲得されている可能性が高いことが分かった。今回は,これらAIMとアポトーシス抵抗性に関する新しい知見を紹介したい。
鍔田武志(東京医科歯科大学疾患生命科学研究部)
CD72分子は主にBリンパ球に発現する45kDの2型膜タンパクで,細胞外領域にはC型レクチン様ドメインが,細胞内には抑制性チロシンモチーフ (ITIM) がある。B細胞抗原受容体 (BCR) が架橋されると,CD72のITIMがリン酸化され,リン酸化ITIMがチロシンフォスファターゼSHP-1を活性化することによりBリンパ球の活性化を制御する。また,CD72は自己反応性Bリンパ球の除去に関与するとされているBCR架橋によるアポトーシスを制御する。ヒトCD72には多型があり,CD72*1とCD72*2のハプロタイプがある。CD72*2は自己免疫疾患全身性エリテマトーデス (SLE) のリスクを軽減する。ヒトCD72には全長CD72 (CD72fl) とエクソン8を欠くスプライスバリアント (CD72Δ8) の2つのアイソフォームがあり,CD72*2では (CD72Δ8) の産生が増加している。CD72flはBCR架橋によるアポトーシスを制御するが,CD72Δ8はCD72flとは全く異なるメカニズムによりCD72flよりも強くBCR架橋によるアポトーシスを制御する。このような強いアポトーシス制御により,自己免疫疾患が制御されることが示唆される。
小澤岳昌(東京大学大学院理学系研究科)
動植物個体内ではたらく「生体分子の機能および動態」を詳細に解析する分子イメージングは,基礎生命科学や医学研究の新たな基盤技術として大きな期待が寄せられている。このイメージング技術は,生きた細胞内におけるタンパク質の局在や動態,細胞内小分子の濃度変動,タンパク質間相互作用など,これまで細胞をすりつぶして解析していた生命現象が,リアルタイムにイメージングできる大きな利点を有している。我々は,二分した蛍光タンパク質(GFP)あるいは発光タンパク質(luciferase) を再構成させ,発光能を回復させる新たな技術—タンパク質再構成法—を開発した。タンパク質再構成法の重要な特徴は,細胞内のシグナルを,蛍光・発光の大きなシグナル変化として直接検出できる点にある。これまでに,タンパク質間相互作用検出法,ミトコンドリアおよび細胞内小胞局在タンパク質の網羅的解析法,RNAの動態検出法,酵素活性検出法等を開発してきた。本シンポジウムでは,タンパク質再構成法の基本原理を概説し,生きた細胞や動物個体内で機能する生体分子の新たな可視化解析法について紹介する。
三浦正幸(東京大学大学院薬学系研究科)
ショウジョウバエの蛹期には大規模な組織再構築がおこることから,細胞死の研究テーマとして古くから取り上げられてきた。しかし組織崩壊や新たな器官構築時の細胞死パターンを取り上げた研究は少なくそのシグナルプロセスは不明である。生体での細胞死シグナルのダイナミクスを感度よくモニターすることが出来れば,細胞死の生体調節機構を詳しく調べることが可能になる。そこでカスパーゼ活性インディケーターSCAT (sensor for activated caspase based on FRET) 及び,DIAP1の分解を検出するプローブPRAP (pre-apoptosis probe by detecting DIAP1 degradation)を作成し,生体での細胞死シグナルのイメージング解析を行っている。その結果,1) 細胞死シグナルに組織中での伝播パターンがあること,2) 細胞死は周りの組織増殖に関わること,さらに3) カスパーゼが活性化されるタイミングによって細胞死か非細胞死かの機能的な違いを細胞にもたらすことが明らかになった。
清水重臣(東京医科歯科大学難治疾患研究所)
マクロオートファジーは,細胞内のタンパク質を大量に分解するシステムとして,酵母から哺乳動物まで広く保存されているシステムである。このオートファジーに関連する遺伝子としてATGが出芽酵母の飢餓誘導によるオートファジーの欠損株を用いた研究により30近く同定され,それ以降哺乳動物についてもその相同遺伝子のノックアウトマウスの解析が詳細に行われるようになった。その結果,オートファジーは飢餓応答以外にも,細胞内タンパク質の恒常的な品質管理を行い神経細胞における機能の維持を担うこと,細胞内に進入した細菌の除去を行うこと,細胞死の制御に関わることなどが相次いで報告されてきた。一方で我々は,アポトーシスが誘導されないBax/Bakのダブルノックアウトマウス胎児由来繊維芽細胞に,抗ガン剤であるエトポシドを添加すると,(1) DNA二重鎖切断によってストレス応答性のオートファジーが誘導されること,(2) このオートファジーを介して細胞死が誘導されることを明らかにしてきた。
今回我々は,ストレス誘導性オートファジーの特徴を把握すべく,電子顕微鏡を用いて詳細な形態解析を行った。その結果,エトポシドをマウス胎児由来繊維芽細胞の培地に添加すると,(1) オートファジーが大幅に亢進すること,(2) オートリソソーム内の内容物が蓄積していることなど,いくつかの特徴を見出した。
中山敬一(九州大学生体防御医学研究所)
p53は細胞周期停止やアポトーシスを誘導する転写因子であると同時に,最も有名な癌抑制遺伝子産物である。われわれは最近p53機能をクロマチンリモデリング因子CHD8が強力に抑制することを発見した。CHD8を過剰発現するとp53によるアポトーシスが阻害され,逆にCHD8をRNAiでノックダウンすると,アポトーシス感受性が亢進した。われわれはCHD8ノックアウトマウスを作製したところ,胎生早期にアポトーシスの異常な亢進によりマウス胚が死亡することを発見した。さらにp53/CHD8ダブルノックアウトマウスでは,胎生早期におけるアポトーシスが回避され,マウスは延命した。これらの遺伝学的証拠はCHD8がp53の強力かつ生理的な抑制因子であることを示している。
CHD8はクロマチン上でp53と結合し,さらにそこへヒストンH1をリクルートしてくる活性があることが明らかとなった。CHD8はp53によるp21, Noxa, MDM2遺伝子等の転写活性化を抑制するが,ヒストンH1がないとこの抑制効果は見られない。ChIPアッセイにより,p21などのp53依存的プロモーター上にp53/CHD8/ヒストンH1複合体が形成されることが示された。この複合体形成が起こるとp53の活性は抑制され,アポトーシスは回避される。
胎生早期には細胞周期が高速度で回転しており,細胞は常にp53誘導性のアポトーシスに陥る危険を伴っているが,CHD8/ヒストンH1はこの時期におけるアポトーシスへの感受性を弱め,逆に胎生後期にはCHD8発現が減少することによって,組織形成に必要なアポトーシスが起こるようになるとわれわれは考えている。
長田重一(京都大学大学院医学研究科)
動物の発生過程では数多くの細胞が死滅する。しかし,死滅した細胞は速やかにマクロファージなどの貪食細胞によって貪食されることから,発生のどの時期にどのような細胞が死滅するか明らかになっていない。発生過程での細胞死の大部分はアポトーシスで進行すると考えられているがアポトーシスでは死細胞の染色体DNAは死細胞内でCAD (caspase-activated DNase) によって分解されるとともに,死細胞がマクロファージによって貪食された後,リソソーム内のDNase IIによってさらに分解される。私達はこれまでにDNase II遺伝子のノックアウトマウスを作製し,このマウスは発生の後期に死滅するが,その臓器には未分解のDNAを蓄積したマクロファージが散在することを見いだした。今回,このDNase IIノックアウトマウス胚を組織化学的,免疫化学的に解析することにより,未分解DNAを蓄積したマクロファージは指間,大脳皮質のWhite Matterと呼ばれる層の細胞など規定された細胞であることを見いだした。また,DNase IIとApaf-1両遺伝子を欠質したマウスを解析することにより,マウスの発生過程での細胞死は大部分,Apaf-1に依存したアポトーシスであること,Apaf-1が欠損すると細胞はネクローシス様の形態を持って死滅し,発生過程は一見正常に進行することを見いだした。
岡田泰伸(生理学研究所)
アポトーシス性細胞容積減少(Apoptotic Volume Decrease: AVD) はアポトーシス死の初期過程に起こる特徴的な現象であり,容積感受性外向整流性アニオンチャネル(VSOR)の活性化によってもたらされる。正常細胞は,容積縮小の後には調節性容積増加(Regulatory Volume Increase: RVI) を示すが,アポトーシス性細胞ではこのRVI達成のためのNa+流入を担うカチオンチャネル(HICC)活性化が抑制されており,持続性の細胞縮小を示してアポトーシス死に陥る。今回,HeLa細胞におけるストレス応答性MAPキナーゼカスケードとAVD誘導及びRVI抑制の関係を調べた。ASK1ノックダウンや,p38やJNKのブロッカーによってスタウロスポリン(STS) によるAVD誘導は影響を受けなかった。一方,RVI抑制はASK1ノックダウンによって大きく軽減された。HICCブロッカー存在下で高浸透圧刺激を与えることによって物理的に生じさせた細胞縮小の持続によっても,p38やJNKの活性化やそれにつづくカスパーゼの活性化が誘導された。以上の結果から,アポトーシス過程におけるASK1やp38やJNKの活性化はAVD誘導の下流に,ASK1活性化はRVI抑制の上流にあること,そしてp38やJNKの活性化は持続性細胞縮小の下流にあること,さらには持続性細胞縮小そのものがアポトーシス誘導の十分条件となりうることが結論された。
安田賢二(東京医科歯科大学生体材料工学研究所)
オンチップ1細胞培養計測システムを用いた免疫細胞(マクロファージ)や大腸菌等の1細胞レベルでの刺激応答の計測結果についてシステムの構成の簡単な説明を交えて研究紹介を行った。まず,マクロファージの1細胞計測については,孤立化したマクロファージ1細胞の表面の特定の位置に,餌(ザイモサン)を光ピンセットを用いて接触させ,その後に起こる貪食のダイナミクスの特性を検証した結果の幾つかについて紹介をした。マクロファージの細胞表面の異なる位置に複数の餌を接触させた時、それらの接触開始した時間差が40秒より短くなる場合には,これらの餌に対して同時に貪食が起こり,40秒より長い場合には,最初に接触した餌の貪食が終わるまで2番目以降に接触した餌の貪食を開始しなかった。また,この性質は,5個の餌を順次,細胞表面の異なる位置にランダムに各40秒程度の時間差で接触させた場合にも成り立ち,その接触を開始した順番に従って貪食を開始することがわかった。他方,細胞表面の同一位置に,繰り返し餌を与えた場であっても,細胞表面のその位置での,細胞の貪食開始と貪食にかかる時間について大きな変化はなく,この観点では貪食現象自体がヒステリシスとして貪食を行った細胞表面の特定の部位の反応性に変化を与えることは見当たらなかったことも明らかになった。最後に,これらの実験結果に基づいて,他の参加者たちと可能な機構についての議論を行った。
後藤由季子(東京大学分子細胞生物学研究所)
Aktは,細胞の増殖・生存・運動・糖代謝など,様々な過程において必須の役割を果たすキナーゼである。このような様々な機能を発揮する際,Aktは異なる基質をターゲットとしているが,それぞれのコンテクストにおいてAktがどのようにして必要な基質を選んでいるのかは不明であった。我々は最近,セリン/スレオニンキナーゼPAKがAktおよびAktの活性化因子PDK1に結合し,Aktの活性化を促進するスキャフォールド分子として機能することを見出した。そして興味深いことに,PAKはAktの基質全てのリン酸化を促進するのではなく,一部の基質のみのリン酸化を促進すること,さらにPAKがAktのもつ様々な機能のうち,細胞運動・浸潤性に関わる機能を選択的に制御している可能性を示唆する結果を得た。このことは,スキャフォールド分子PAKがAktのターゲット特異性を制御している可能性を示唆している。これまで,Aktがどのようにして様々な機能をコンテクストにより使い分けているのか,というメカニズムはほとんどわかっていなかったが,今回我々はそのメカニズムの一つを明らかにした。
岡崎朋彦(東京大学分子細胞生物学研究所)
高等哺乳動物は,ウイルス感染の初期応答においてはインターフェロン (IFN) の誘導が中心的な役割を果たす。また一方で,感染細胞が自殺して感染の拡大を防ぐ事も示唆されていた。しかし,IFNの誘導と細胞死という二つの初期防御機構の間に何らかの分子的な関連があるのかについては全く知られていなかった。本研究により,ウイルス感染およびdsRNA刺激によるIFN-bと細胞死の誘導にはRIG-I経路を介したASK1の活性化が必須であることが初めて示され,IFN誘導と細胞死誘導には共通の分子経路が関わっている事が明らかになった。更にASK1ホモオリゴマーはIFNを,ASK1/ASK2ヘテロオリゴマーは細胞死を誘導することから,ASK2の有無による抗ウイルス防御機構の使い分けの存在が示唆された。
仁科博史(東京医科歯科大学難治疾患研究所)
ストレス応答性SAPK/JNKシグナル伝達系は細胞増殖促進,細胞老化抑制,細胞死誘導など様々な細胞応答に関与することが知られている。また,SAPK/JNKはnon-canonical Wntシグナル伝達系により活性化され,初期胚の形態形成にも関与することが示されている。しかしながら,SAPK/JNKがどのような分子機構によって形態形成運動を制御しているかについては不明な点が多い。
そこで申請者は,母体外で発生し初期発生過程の観察に適したゼブラフィッシュを用いて,SAPK/JNK活性化因子MKK4およびMKK7の観点から,初期形態形成におけるJNKシグナル系の役割解析を行った。その結果,1) ゼブラフィッシュにはMKK4A, MKK4BおよびMKK7の3種類の遺伝子が存在すること,2) モルフォリノアンチセンスオリゴを用いてMKK4Bをノックダウンしたところ,原腸形成期における収斂伸長(convergent and extension; CE) 運動に異常が認められること,3) MKK4Bをノックダウン胚では上流分子であるWnt11自身の遺伝子発現が亢進することなどを見出した。これらの結果は,MKK4B→JNKシグナル系がWnt11 遺伝子発現を制御し,初期原腸胚形成に関与していることを示唆する。
高橋良輔(京都大学大学院医学研究科)
小型魚類であるメダカは純系があり,遺伝子変異導入法(Targeting Induced Local Lesions In Genomes:TILLING法)が確立しており,またマウスに比べると維持のコストが比較的安価である点から,遺伝性疾患モデル動物として期待がもてる。そこでメダカでパーキンソン病モデル作製の試みを行った。まずドーパミン神経毒として知られるMPTPを幼魚の時期に曝すと,ヒトの黒質に相当すると思われる線条体に投射する間脳腹側のドーパミンニューロンが選択的に変性,ドパミンとその代謝産物であるDOPACも減少し,行動解析では自発運動量をはじめ,運動の指標が有意に低下していた。以上より始めてメダカのパーキンソン病モデル作製に成功した。次に常染色体劣性遺伝性パーキンソン病PARK6の原因遺伝子PINK1のノックアウト(KO)メダカをTILLING法を用いて作製した。このメダカは,若干寿命が短縮傾向にあった。また野生型やヘテロのメダカと同じ水槽で飼育すると体重が減少する傾向がみられたが,KO群を隔離して飼育するとそのような傾向は消失したことから餌の獲得で遅れをとる傾向があるためと解釈した。PINK1-/-メダカではドーパミンニューロン数は減少しなかったが,4-8ヶ月令ではドーパミンの量が増加,12-18ヶ月では自発運動量が低下し,一部のパーキンソン病様症状がドーパミン代謝異常を伴って出現することが注目された。今後はすでに作製済みのParkin-KOの行動・病理組織学的解析を進めるとともに,PINK1/Parkin二重変異メダカで表現型が増強するかどうか解析する予定である。
垣塚 彰(京都大学大学院生命科学研究科)
優性遺伝型をとる遺伝性神経変性疾患では,ほとんどすべての場合,遺伝子変異によって凝集しやすい蛋白質が産生され,そのような蛋白質の蓄積・凝集像が認められる。多くの孤発性神経変性疾患においても,病変部位に異常蛋白質の蓄積・凝集が共通して認められる。したがって,このような孤発例では,遺伝子変異以外の原因で,ある種の蛋白質が易凝集性になっていることが推測される。我々は,神経変性疾患の発症には,このような異常蛋白質の凝集・蓄積に対する生体反応が深く関わると考え,それらの過程に関わる因子を検索してきた。その結果,VCPと呼ばれるATPaseが,異常蛋白質を認識し,凝集体の形成と除去に重要な働きを担っていることを示してきた。ポリグルタミンなどの異常蛋白質が細胞内に蓄積してくると,VCPはリン酸化やアセチル化の修飾を受け,核に移行して,ヒストンのアセチル化の抑制と転写の抑制を引き起こすこと,そしてその結果として,新規の蛋白質の合成が抑制させることを明らかにした。この結果は,VCPは,上記に示したような異常蛋白質の蓄積を認知し,凝集体の生成・除去に直接関わるばかりでなく,核に移行することによって,新規蛋白質の合成を抑制するという新たなフィードバッック経路の主要な担い手であることを示している。一方,小胞体に異常な蛋白質が蓄積した場合には,小胞体内での異常蛋白質の量を軽減させる種々の反応が引き起こされ,unfolded protein response (UPR) と呼ばれる。我々は,新たなUPRとして,rRNAの転写が抑制されることを見いだした。rRNAの合成では大量のATPが消費される。従って,この結果は,rRNA合成でのATPの節約を通して,シャペロンや小胞体関連分解の方にATPを回す機構が存在することを示唆している。
一條秀憲(東京大学大学院薬学系研究科)
本研究は,神経細胞における細胞死耐性のメカニズムを小胞体ストレス応答シグナル伝達経路の破綻という観点から解析することを目的としている。特にストレス感受性MAPキナーゼスーパーファミリーによるストレスシグナルの解析を通して,筋萎縮性側索硬化症の発症ならびに病態進行のメカニズムを明らかにすることを目標としている。具体的には,ストレス感受性MAPキナーゼ系分子群としてのASKファミリーの機能解析を軸に,ノックアウトマウスの作製ならびに変異型SOD1Tgマウスとの交配を行い,ストレス感受性MAPキナーゼスーパーファミリーが,筋萎縮性側索硬化症の発症・進展において果たす役割が明らかになりつつある。また,変異型SOD1がERADコンポーネントのひとつであるDerlin-1に結合することによってERADを阻害し,小胞体ストレスを惹起するメカニズムが明らかになりつつある。本発表では,家族性変異型SOD1が共通してDerlin-1に結合することによって小胞体ストレスを誘導する新たなメカニズムについて報告する。
辻本賀英(大阪大学大学院医学系研究科)
我々は,哺乳動物細胞が有する多様な細胞死機構の包括的な理解を目指し,培養細胞株を利用した実験系およびマウス個体を利用いた実験系を用いて解析を行ってきている。特に,動物個体内で起こるプログラム細胞死の分子メカニズムを理解するために,プログラム細胞死が関与する生物現象の代表として,マウスの個体発生時の形態形成,成体の組織での細胞のターンオーバーなどを選び,それぞれに対応する多くの生命現象の中から適当なものをモデルとして選択し,そこで見られるプログラム細胞死の詳細な解析を行ってきた。
本研究会では,特に,成体組織での細胞のターンオーバーのモデル系として選択し解析してきた小腸上皮細胞系に焦点を合わせた最近の解析結果を紹介する。ここで見られるプログラム細胞死の分子レベルでの詳細な解析のために,試験管内で培養でき,細胞のターンオーバーの観察が可能な器官培養系を確立したので,それを用いた解析結果も合わせて紹介する。