生理学研究所年報 第30巻
年報目次へ戻る生理研ホームページへ



12.シナプス成熟と可塑性のダイナミクス

2008年12月4日-12月5日
代表・世話人:渡部文子(東大・医科研・神経ネットワーク)
所内対応者:重本隆一(生理研・脳形態解析研究部門)

(1)
Protrudinノックアウトマウスにおける神経疾患と膜輸送との関連
白根道子(九州大・生体防御医学研究所 分子発現制御学分野)

(2)
小胞型アスパラギン酸トランスポーターの発見
宮地孝明(岡山大・薬学部 総合薬学科 分子細胞薬品科学)

(3)
シナプス形成におけるアファディンの機能
富樫 英
(神戸大・医学研究科 生化学・分子細胞生物学講座 分子細胞生物学分野)

(4)
上丘の動き感受性視覚ニューロンの樹状突起におけるIh電流の機能的役割
遠藤利朗(スウェーデン王立カロリンスカ研究所)

(5)
無脊椎動物中枢ニューロンの樹状突起における
シナプス統合作用の計算機シミュレーション
高嶋 聰(東京大学・先端科学技術研究センター)

(6)
一次体性感覚野における受容野の成熟と樹状突起の興奮性
駒井章治(奈良先端大・バイオサイエンス研究科)

(7)
ラット運動野の錐体細胞と介在細胞の機能的活動の解析
磯村宜和(理研)

(8)
報酬予測と行動モニタリングにおけるげっ歯類眼窩前頭皮質の役割
古屋敷智之(京都大・医学系研究科)

ポスター
1.
GPCRシグナル・クロストークによる小脳LTDの制御
上窪裕二1,2,下村岳司3,藤田洋介3,田端俊英3,櫻井 隆2,狩野方伸1
1東大・院・医・神経生理,2順天堂大・院・医・薬理,
3富山大・院・工・神経系情報処理)

2.
小脳プルキンエ細胞におけるAMPA受容体トラフィッキングの
速度論的解析とLTP/LTDのメカニズム
山口和彦(理研・脳センター・記憶学習)

3.
嗅索形成における新規軸索ガイダンス分子LOTUSの機能解析
池谷真澄,山口めぐみ,有江裕子,五嶋良郎,竹居光太郎
(横浜市立大学医学部分子薬理神経生物学教室)

4.
Cbln1欠損マウスにおける瞬目条件付け学習障害は
成熟後のCbln1投与により急速に回復する
江見恭一1,幸田和久1,掛川 渉1,川原茂敬2,柚崎通介1
1慶応義塾大 医学部 生理学,2富山大学大学院理工学研究部)

5.
成体ラット脳内における新生ニューロンへの放射線感受性の検討
水上喜久(群馬大学大学院医学系研究科 生命医科学専攻 神経薬理学)

6.
ラットにおける海馬学習のメカニズム:
CA1-CA3シナプスで必要なAMPA受容体のシナプス移行
美津島大,石原康至,紙谷義孝,高橋琢哉
(横浜市立大学大学院医学研究科生理学)

7.
視覚剥奪ラットのバレル皮質におけるセロトニンによる
AMPA受容体のシナプスへの移行促進
実木 亨,高橋琢哉(横浜市立大学大学院医学研究科生理学)

8.
社会的隔離による経験依存的AMPA受容体のシナプス移行阻害
宮崎智之,多田敬典,高瀬堅吉,高橋琢哉
(横浜市立大学大学院医学研究科生理学)

9.
Differential regulation of cortical dendritic and axonal development via distinct activation of CaMKK-CaMKI pathways
上田(石原)奈津実,竹本-木村さやか,安達-森島亜希,
野中美応,奥野浩行,尾藤晴彦(東大・医・神経生化)

10.
海馬CA1錐体細胞の樹状突起における膜特性分布の推定とその機能的意義の検討
大森敏明1,2,青西 亨2,3,宮川博義4,井上雅司4,岡田真人1,2
1東京大学大学院新領域創成科学研究科,
2理化学研究所脳科学総合研究センター,
3東京工業大学大学院総合理工学研究科,4東京薬科大学生命科学部)

11.
Immunohistochemical localization of a1G subunit of T-type calcium channel in the dorsal lateral geniculate nucleus of mouse brain
Laxmi Kumar Parajuli (National Institute for Physiological sciences)

【参加者名】
上田(石原)奈津実(東大院・医),池谷真澄(横浜市大・医),礒村宣和(理研・BSI),江見恭一(慶大・医),遠藤利朗(スウェーデンカロリンスカ研究所),大塚稔久(富山大院・医薬),大森敏明(東大院・新領域),掛川 渉(慶大・医),狩野方伸(東大院・医),上窪裕二(順天堂大・医),川田慎也(東大院・医),喜多村和郎(東大院・医),駒井章治(奈良先端大・バイオサイエンス),崎村建司(新潟大・脳研),実木 亨(横浜市大・医),白根道子(九大・生体防御医学研),高嶋 聰(東大・先端研),高橋琢哉(横浜市大・医),竹居光太郎(横浜市大・医),竹本研(横浜市大・医),多田敬典(横浜市大・医),坪川 宏(東北福祉大・健康科学),富樫 英(神戸大・医),野村寿博(慶大・医),林 康紀(理・BSI),古屋敷智之(京大・医),堀之内和広(奈良先端大・バイオサイエンス),真鍋俊也(東大・医科研・神経ネットワーク),三國貴康(東大院・医),水上喜久(群馬大・医),美津島大(横浜市大・医),宮崎智之(横浜市大・医),宮地孝明(岡山大院・医歯薬),山肩葉子(生理研・神経シグナル),山口和彦(理研・BSI),柚崎通介(慶応大・医),渡部文子(東大・医科研),Laxmi Kumar Parajuli(総研大),重本隆一(生理研・脳形態),籾山俊彦(慈恵医大・薬理),渡辺雅彦(北大・医),松波謙一(中部学院大),深澤有吾(生理研・脳形態),鍋倉淳一(生理研・生態恒常機能発達),佐竹伸一郎(生理研・生体情報),中川 直(生理研・神経シグナル),渡辺秀典(生理研・認知行動),窪田芳之(生理研・大脳神経回路),他


【概要】
 本研究会では,広範な分野の研究者,とりわけ若手研究者を集め,「シナプス成熟と可塑性のダイナミクス」のテーマの下,活発な質疑応答,情報交換が行われた。特に,分子レベル(セッション1),局所回路レベル(セッション2),個体システムレベル(セッション3)という多層的な切り口により,シナプス機能の成熟および可塑性の分子機序や生理的意義に関して,徹底的な議論が行われた点が非常に意義深いものであった。その他,11演題から成るポスターセッションを行い,参加者の投票によって選出された上田(石原)奈津実氏(東大院・医)と美津島大氏(横浜市大・医)の口頭発表がセッション4として行われた。

 記憶・学習や情動などの脳の高次機能は,複雑な神経回路網のネットワークによって担われており,その基盤を成す基本ユニットが“シナプス”である。シナプスは,外界環境や経験依存的にその構造や機能を変化させる可塑性を有する。生後発達期および成熟期におけるシナプス形成と可塑性の分子機序を明らかにすることは,現代の神経科学における最重要課題の一つである。更に,これらの研究は基礎科学的重要性のみならず,広く社会的な関心事でもある教育や学習効果の問題に対する科学的知見の提唱や,神経変性疾患などの神経系の病態発症機構の理解にも大きく貢献しうる。このような課題の研究逐行には,解剖学・生化学・生理学・遺伝学・システム脳科学など,異なる領域の有機的な融合が不可欠であり,最新情報と最高水準の研究手法を有する研究者らが密な共同研究を行うことが求められる。

 本研究会を介して,このような共同研究体制の礎を築くと共に,今後の神経科学研究の到達点と問題点を明らかにし,検証可能な魅力的かつ新規の課題を発掘する糸口に一歩近づけた点が大きな収穫であった。

 

(1) Protrudinノックアウトマウスにおける神経疾患と膜輸送との関連

白根道子(九州大学・生体防御医学研究所)

 神経細胞における小胞輸送は,軸索や樹状突起への特異的物質輸送や神経伝達物質放出など,多くの場面で重要な機能を担っている。

 Protrudinはわれわれが近年発見した膜タンパク質で,限定方向への小胞輸送の制御により神経突起形成を誘導する分子である。この突起形成機能はProtrudinのN末端側にあるRab11結合ドメインによって制御されるが,一方でそのC末端側の脂質結合ドメインであるFYVEドメインの機能は今まで不明であった。

 典型的なFYVEドメインはPI(3)Pに結合し小胞の膜融合促進に働くドメインとして知られているが,ProtrudinのFYVEドメインはPI(3)Pとの結合に重要なアミノ酸が保存されておらず,結合が認められなかった。そして,ProtrudinのFYVEドメインが,神経系に豊富に存在する硫酸化糖脂質に結合することを新たに見出した。この硫酸化糖脂質は神経機能調節に重要で,その代謝異常の患者では神経機能不全となり,一方でその欠損マウスでは有髄神経軸索のドメイン形成不全による進行性の麻痺を発症することが知られている。

 われわれは,Protrudin と硫酸化糖脂質の結合の生理的意義を解析するためにProtrudinノックアウトマウスを作製し,その異常を検討した。Protrudinノックアウトマウスは外見上は正常に産まれてきたが,数ヶ月後より進行性の麻痺を呈することがわかった。

 Protrudinノックアウトマウスの神経細胞では,軸索が短く樹状突起が長くなるという極性形成の不全が見られた。そして,その極性形成に硫酸化糖脂質の関与が示唆された。また,Protrudinノックアウトマウスではパラノード形成が不全で,それに伴い電位依存性イオンチャンネルの分布が乱れていた。

 以上の結果から,ProtrudinはRab11を介する小胞膜輸送と硫酸化糖脂質との結合により,神経軸索における選択的輸送を制御していることが示唆された。そしてその結果,正常な軸索ドメイン形成と電位依存性イオンチャンネルの分布に寄与していることが明らかになった。

 近年,ヒトProtrudinの遺伝子変異が遺伝性痙性対麻痺の患者家系で発見された。われわれの作製したProtrudinノックアウトマウスも同じ表現型を示したことより,この疾患は,Protrudinと硫酸化糖脂質の結合による小胞を介した軸索輸送の不全と,それに伴う軸索ドメインの形成異常が一因であることが予想された。

 

(2) 小胞型アスパラギン酸トランスポーターの発見

宮地孝明,日浅未来,越後典子,森山芳則(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科)

 アスパラギン酸はNMDA受容体の天然のリガンドであり,海馬神経のシナプス小胞や松果体のシナプス小胞様オルガネラに含まれ,開口放出されることが知られている。しかしながら,どのような機構でアスパラギン酸が小胞内へ濃縮されるのか全くわかっていない。そのため,アスパラギン酸はグルタミン酸に次ぐ脳内に多量に存在する興奮性アミノ酸であるにも関わらず,アスパラギン酸化学伝達が本当に存在するのか未だに議論されている。

 我々は小胞内の濃縮を司る仮想小胞型アスパラギン酸トランスポーターの候補として,リソソームのシアル酸/H+トランスポーターであるシアリン(SLC17A5)に着目した。なぜなら,シアリンはリソソーム以外のオルガネラに広く分布しており,他の輸送機能も想定されたこと,シアリンが属するSLC17ファミリーの他のメンバーはいずれも膜電位駆動型のアニオン輸送活性とともにNa+/Pi輸送という二つの輸送システムを示すからである。シアリンも膜電位をかけるとアスパラギン酸が輸送されるのではないかと考えた。

 精製シアリンをリポソームに組み込み,膜電位をかけると,予想通りアスパラギン酸が輸送された。さらに,我々は,シアリンが海馬神経のアスパラギン酸含有シナプス小胞や松果体のシナプス小胞様オルガネラに局在しているおり,この部位でのシアリンの発現をRNA干渉法で抑制するとアスパラギン酸の開口放出が抑制されることを実証した。以上の結果から,シアリンは小胞型アスパラギン酸トランスポーターであると結論した。シアリンはアスパラギン酸だけでなく,グルタミン酸も輸送したため,小胞型興奮性アミノ酸トランスポーター(Vesicular Excitatory Amino acid Transporter: VEAT)と名付けた。

 シアリンがVEATであるという結果は,シアリン遺伝子の変異により引き起こされるシアル酸蓄積症の未解決問題を解く鍵となる可能性がある。シアル酸蓄積症は,乳児シアル酸蓄積症(ISSD)とサラ病に分類される。ISSDは典型的なリソソーム病の特徴を示し,リソソームへのシアル酸蓄積による病変から生後二年ほどで死に至る。一方,サラ病は致死性ではないが強い神経障害を引き起こすことを特徴とする。サラ病を引き起こす変異シアリンのシアル酸輸送活性はある程度保たれているため,本当にサラ病の原因がシアル酸輸送活性の低下によるものなのか疑問視されていた。我々は,サラ病を引き起こす変異シアリンにアスパラギン酸,グルタミン酸輸送活性が全くないことと,ISSDを引き起こす変異シアリンにはシアル酸輸送活性が全くないが,アスパラギン酸,グルタミン酸輸送活性は保持されていることを見いだした。これはサラ病がアスパラギン酸とグルタミン酸化学伝達の欠損症であることを示唆している。

参考文献
Miyaji et al. PNAS 105 11720-11724 (2008)

 

(3) シナプス形成におけるアファディンの機能

富樫 英1,出来祐子1,匂坂敏朗2,三好 淳3,高井義美1
1神戸大院・医・分子細胞生物学,2神戸大院・医・膜動態学,
3大阪府立成人病センター研究所・分子生物学)

 神経シナプスはニューロン間の特殊な細胞間接着であり,その特異性と可塑性の制御には細胞間接着分子が重要な役割を果たしている。海馬においては,歯状回の顆粒細胞から軸索である苔状線維が伸びてCA3に投射し,CA3錐体細胞の頂上樹状突起とシナプスを形成している。このシナプスにはsynaptic junction(SJ)とpuncta adherentia junction(PAJ)と呼ばれる二つの接着構造が存在する。PAJは上皮の細胞間接着装置アドへレンスジャンクション(AJ)と類似の構造であり,前,後シナプス膜が対称的な形態を保ち,細胞間接着分子が集積している。これまでに私達は,AJの接着機構としてネクチン-アファディン系を見出している。ネクチンは免疫グロブリンスーパーファミリーに属する接着分子で,細胞内裏打ち蛋白質アファディンを介してアクチン細胞骨格系と連結しAJの形成を促進する。ネクチン-アファディン系はPAJにも局在することが明らかにされている。そこで私共は,シナプス形成におけるアファディンの機能を調べるために,脳特異的にアファディンをノックアウトしたコンディショナルノックアウトマウスを作製した。この変異マウスは生後まもなく,脳室における細胞間接着の形成不全による水頭症によって死亡した。さらに観察を行った結果,アファディン変異マウスの海馬CA3領域においてはネクチンのみならず,カドヘリン・カテニン複合体の局在も見られなくなっており,PAJがほぼ消失していた。また神経細胞のシナプスの形態を調べると本来きのこ様の形態を示す樹状突起スパインが細長い糸状突起様になっていた。さらに,電子顕微鏡でシナプス結合を観察するとPSDの断片化(perforated synapses)が多数見られた。また培養海馬神経細胞においてアファディンを欠失させると,樹状突起スパインの変化とともに,シナプス分子の集積が減少していた。これらの結果から,アファディンはPAJの形成を制御すること,またシナプスの形態や機能を制御することによりその形態的可塑性にも関わると考えられる。

 

(4) 上丘の動き感受性視覚ニューロンの樹状突起における
Ih電流の機能的役割

遠藤利朗(カロリンスカ研究所)

 中脳の上丘は視覚定位行動や空間視に関わる中枢の一つである。上丘浅層のニューロンは受容野内に呈示された光刺激に対して反応するが,中でも主要な投射ニューロンの一つWide field vertical (WFV) cellは受容野内を動く視覚刺激に選択的に反応する。WFV cellは視覚地図上で数十度にも相当する範囲に多くの樹状突起を伸ばしている。視覚対象が受容野を横切るときに受容野内の各小部分から入力を受ける樹状突起が順次活性化されることにより動きに対する選択的応答性が生じていると考えられている。

 これまでの研究から,WFV cellはIh電流を顕著に示すことが明らかになっている。本研究では,WFV cellにおけるH電流の役割について検討した。ラット上丘のスライス標本のWFV cellからのホールセルパッチクランプ記録による活性化キネティクスの解析と,免疫染色の所見から,WFV cellはIhチャネル(HCNチャネル)のうちでも特にHCN1を強く発現し,それらは主に樹状突起に分布していることが示唆された。一方WFV cellは視神経線維の刺激に対して短潜時で活動電位応答を示すが,これは樹状突起において電位依存性ナトリウムチャネルの活性化により開始されることを明らかにした。Ih電流を抑制すると,視神経刺激に応答して樹状突起で活動電位が開始される確率が減少し,かわりにしばしば細胞体近辺で活動電位が発生し,その結果,活動電位の開始が遅れ且つタイミングのばらつきが大きくなった。Ih電流は静止電位付近で持続的にある程度の活性化状態にあることから,Ih電流が存在することにより樹状突起の膜電位が常に活動電位の閾値付近に固定され,そのことによって活動電位の開始ないしは細胞体への伝播が促進されていると考えられる。

 大脳皮質や海馬の錐体細胞における研究から,Ih電流には樹状突起においてシナプス後電位を時間的・空間的に限局させる働きがあることが知られている。WFV cellにおいては,同様の作用に加えてHCNチャネルが電位依存性ナトリウムチャネルと機能的にカップルすることにより遠位樹状突起への視覚入力に対する各樹状突起の応答を促進し,この性質がWFV cellが動く視覚刺激を検出する機構に寄与していると考えられる。

 

(5) 無脊椎動物中枢ニューロンの樹状突起における
シナプス統合作用の計算機シミュレーション

高嶋 聰,高畑雅一(北海道大学大学院 生命理学部門 生命機能科学分野)

 脊椎動物中枢ニューロンの樹状突起膜には種々の電位/リガンド依存性膜コンダクタンスが存在するが,その空間分布が樹状突起でのシナプス統合に及ぼす影響は必ずしも明確でない。節足動物のノンスパイキング介在ニューロン(NSI)も活動電位は生じないものの,その樹状突起膜には種々の電位依存性膜コンダクタンスが存在する。しかしその空間分布とシナプス統合における機能的意義の関係は不明である。

 ザリガニ腹部最終神経節に存在する同定NSIであるLDS細胞は,樹状突起の形態学的・生理学的性質が実験的に詳しく調査されおり,2種類の一過性および1種類の持続性電位依存性外向膜コンダクタンスを持っていることが知られている。私たちはこれらの実験データに基づき,LDS細胞のマルチコンパートメンタルモデルを作成し,シナプス活動を計算機シミュレーションにより再構成した。3種類の電位依存性外向膜コンダクタンスは時間および電位依存性のHodgkin-Huxley型活性化/不活性化ゲートカイネティクスで記述してモデルに組み込んだ。これらコンダクタンスが樹状突起膜上に均一に分布していると仮定した時のシナプス活動をシミュレーションした結果,これら能動的膜コンダクタンスは脱分極性シナプス波形を時間的に短縮することが示唆された。また,感覚神経束を電気刺激したときに見られる特徴的なシナプス電位波形はLDS細胞の多数の樹状突起末端に入力があった際にのみ現れ,単一のシナプス入力では生じないことが示された。さらに,3種類の能動的膜コンダクタンスの樹状突起上でのさまざまな空間分布パターンがシナプス電位の波形とその拡散に及ぼす効果をシミュレーションにより体系的に調べた。その結果,シナプス電流の細胞内経路に沿った特定の分布様式がシナプス電位の波形とその拡散に有意な影響をもつ可能性が示唆された。以上の結果から,樹状突起膜の電気的特性がシナプス出力にどう影響を与えうるかを考察する。

 

(6) 一次体性感覚野における受容野の成熟と樹状突起の興奮性

駒井章治(奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科)

 大脳皮質や海馬など多くの脳領域の神経回路は遺伝子による制御のみならず感覚活動や個体経験により大きく影響を受けていると考えられています。こういった活動・経験依存的な脳の変化の例として視覚野や体性感覚野では感覚遮断実験により神経細胞の支配領域が小さくなり,他の領域に取って代わることが知られています。またこれらの変化には神経可塑性が非常に重要な働きを担っていることが多くの研究から示されてきております。一方で神経細胞は高度に分化しており樹状突起や軸索といった多数の突起を持っています。なかでも樹状突起は主にシナプス前細胞からの入力を受け統合する働きを持っており,神経可塑性現象を含め情報統合の非常に重要な場であると考えられています。さらにこの樹状突起が単なる能動的ケーブルではなく,興奮性を有した積極的情報伝搬の素子であることが近年の研究により明らかになってきており,これら積極的情報伝搬の責任分子として(特に大脳皮質神経細胞では)ナトリウムチャネルが挙げられております。

 私たちはこの活動・経験依存性の神経可塑性における樹状突起の興奮性の役割を検証するためにレンチウイルスベクターを利用したRNAiにより樹状突起のナトリウムチャネルの発現を抑制,この神経細胞から体性感覚受容野を記録計測しました。その結果,バレル皮質2/3層細胞の樹状突起ナトリウムチャネルを発現抑制した細胞では感覚刺激に対応したシナプス後電位の振幅が減少することが明らかとなりました。またこの変化は臨界期に特有な現象であり,臨界期後のナトリウムチャネル抑制では受容野の変化を示さないことが明らかとなりました。さらにTurrigianoらの提唱する恒常的神経可塑性はこの例では見られず,活動性を抑制したにも関わらず微小興奮性シナプス後電流 (mEPSC) は振幅が減少,発生頻度も減少することが明らかとなりました。

 以上の結果は樹状突起におけるナトリウムチャネルは逆伝搬活動電位に影響し,タイミング依存的神経可塑性などの可塑性現象を介し,臨界期に正常な感覚受容野の形成・成熟に非常に重要な役割を果たしている事を示していると考えられます。また本研究課題でみられた可塑性現象(受容野形成・成熟)には恒常的神経可塑性は含まれないということを示していると考えられます。

 現在は成熟個体脳における神経可塑性現象においても樹状突起の興奮性が必要なのか否かを検討する目的で,上記実験で使用したウイルスベクターの再構築を行うとともに,洞毛のトリミング,ペアリングなどの行動学的課題の検討を行っています。今後はこれら神経可塑性現象が一般的に脳の可塑性に重要な機能を持っているのか否かを検討してゆきたいと考えております。

 

(7) ラット運動野の錐体細胞と介在細胞の機能的活動の解析

礒村宜和(理化学研究所 脳科学総合研究センター 脳回路機能理論研究チーム)

 従来の単一ユニット記録法はさまざまな機能に関連する脳領域を特定することに大きな威力を発揮したものの,記録した神経細胞のサブタイプの同定をおこなうことは不可能に近かった。そのため一次運動野でさえ各層の錐体細胞や介在細胞が実際にどのような機能的役割を担っているのかほとんど解明されていない。一方,近年になって単一ユニット活動を記録し詳細な細胞形態も観察できる傍細胞記録法juxtacellular recordingや,多数の神経細胞からユニット活動を同時に記録できるマルチユニット記録法multiunit recordingが開発・改良されつつある。

 そこで我々は,運動の実行を必要とする課題を訓練したラットにこれらの新しい記録技術を適用し,運動の発現に関与する大脳皮質の錐体細胞と介在細胞を機能的かつ形態的に同定して,運動機能を担う大脳皮質内の局所神経回路を解明することを目指してきた。まず,頭部を脳定位固定装置に固定した複数の被検ラットに単純なレバー押し課題の訓練を効率よく施す「脳定位固定オペラント訓練装置」を独自開発し,訓練完了ラットを毎週2頭の割合で記録実験に安定して供給する体制を確立した。このような被検ラットをもちいて,運動野の前肢領域から傍細胞記録法により課題に関連した単一細胞活動を記録し,同時にテトロード電極やシリコンプローブをもちいたマルチユニット記録法により近傍にある複数の細胞活動を記録した。傍細胞記録中にバイオサイチンやニューロビオチンを電気浸透的に負荷した記録細胞は,灌流固定後に介在細胞マーカーであるパルバルブミンやカルレチニンとの蛍光三重染色を施し,次いでABC - DAB法により細胞形態を再構築した。

 その結果,課題遂行ラット74頭の運動野から運動関連活動を示す多数の錐体細胞や介在細胞を可視化した。錐体細胞は,運動の準備,開始,実行,停止に関連する発火応答を示すものがさまざまに観察された。一方,パルバルブミン陽性のfast-spiking (FS)介在細胞のほとんどは,運動実行時に発火活動が上昇し,その方向選択性は錐体細胞よりも低かった。このような所見は併用したマルチユニット記録の結果からも支持された。本研究において開発された「慢性傍細胞記録法」は,行動に関連する神経細胞の各サブタイプの機能を直接的に調べることができる非常に有用な研究アプローチであるといえる。

 最後に,国内の研究者がマルチユニット記録に積極的に挑戦できることを目指して試作した,小型で低コストの普及版マルチユニット記録システムを簡単に紹介したい。

 

(8) 報酬予測と行動モニタリングにおけるげっ歯類眼窩前頭皮質の役割

古屋敷智之(京都大学医学研究科神経細胞薬理学教室)

 動物は外界の刺激に応じて入手可能な報酬を予測し,適切な行動を選択する。また行動の成否に応じて,報酬の予測は変化する。この報酬予測と行動制御の相互作用は報酬指向行動の柔軟性に不可欠であり,強迫性障害などの情動障害ではこの認知過程に障害が見られる。眼窩前頭皮質は前頭前野の一部であり,報酬指向行動の柔軟性に不可欠な脳領域である。また電気生理学的な解析により,この脳領域の神経細胞の多くは将来の報酬に関わる情報をコードすることが明らかにされた。一方,行動制御に関する神経活動は眼窩前頭皮質において十分解析されておらず,報酬予測の情報がどのように行動制御に結び付くのかは不明であった。我々は報酬予測に関する神経活動と行動に関する神経活動を分離するための匂い分別課題を開発し,ラット眼窩前頭皮質における課題施行時の神経活動を解析した。その結果,ラット眼窩前頭前野では報酬予測に関する神経活動に加え,行動モニタリングに関わる神経活動がほぼ独立して観察された。本演題ではこれらの神経活動の特徴を説明し,報酬指向行動における眼窩前頭皮質の新しい役割を示唆する。現在,報酬予測と行動制御に関する神経活動の相互作用について,脳局所損傷と神経活動記録を組み合わせた解析を行っており,その最新の知見も報告したい。

 



このページの先頭へ年報目次へ戻る生理研ホームページへ
Copyright(C) 2009 National Institute for Physiological Sciences