生理学研究所年報 第30巻
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14.大脳皮質機能単位の神経機構

2008年11月27日-11月28日
代表・世話人:金子武嗣(京都大学大学院・医学研究科)
所内対応者:川口泰雄(大脳神経回路論研究部門)

(1)
In vivoパッチクランプ法を用いた痛覚伝達回路の解析
古江秀昌(九州大学大学院・医学研究院・統合生理学)

(2)
マウスを用いたステップパターン学習課題:走行するマウスの神経活動の解析
木津川尚史(大阪大学大学院・生命機能研究科)

(3)
軸索終末と終末シュワン細胞はいかに皮膚感覚受容器を構築しているか
榎原智美(明治国際医療大学・医学教育センター・解剖学ユニット)

(4)
非合理行動とシナプス学習則
酒井 裕(玉川大学・脳科学研究所)

(5)
線条体ストリオソーム/マトリックスの局所神経回路
三浦正巳(東京都老人総合研究所・老化ゲノム機能研究チーム)

【参加者名】
宋 文杰(熊本大学大学院・医学研究科),福田孝一,古江秀昌(九州大学医学研究院),木津川尚史(大阪大学生命機能研究科),金子武嗣,藤山文乃,古田貴寛,日置寛之,中村公一,雲財 知,越水義登,田中琢真(京都大学大学院・医学研究科),青柳富誌生,野村真樹,太田絵一郎(京都大学情報学研究科)榎原智美(明治国際医療大学・医学教育センター)三浦正巳(東京都老人総合研究所),小島久幸(東京医科歯科大学・医歯学総合研究科),山下晶子(日本大学医学部),酒井 裕(玉川大学・脳科学研究所),坪 泰宏,一戸紀孝(理化学研究所),川口泰雄,窪田芳之,大塚 岳,森島美絵子,重松直樹,植田禎史,平井康治,牛丸弥香(生理学研究所)


【概要】
 「大脳皮質機能単位の神経機構」第4回は,狭い意味の大脳皮質神経回路にとらわれず,大脳皮質機能に関わる様々な機能を多角的に検討する会になりました。まず,感覚系の話題提供を古江 秀昌先生(九州大学大学院・医学研究院・統合生理学),榎原 智美先生(明治国際医療大学・医学教育研究センター・解剖学ユニット)にお願いし,体性感覚の情報処理機構について解説していただきました。前者は脊髄および皮質での痛覚情報処理についてin vivoパッチクランプ法を用いて解析する話題であり,後者は末梢神経における機械感覚受容の多様性を形態学的に探索したという話題でした。残りの3題は運動系に関わる話題であり,まず木津川 尚史先生(大阪大学大学院・生命機能研究科)には,複雑な運動学習に伴う皮質運動野・線条体のニューロンの活性化について議論していただき,三浦 正巳先生(東京都老人総合研究所・神経回路動態)には線条体の局所神経回路とニューロンの特性について議論していただきました。酒井 裕先生(玉川大学)には行動学習とシナプス学習則について理論的な話題を提供していただきました。この研究会の最終年度において,いままで詳しく探って来た大脳皮質の機能をもう一度,神経系の機能の全体像の中で見直すことができたように感じます。

 この研究会の顕著な特徴となっているのが,講演中での活発な議論であり,1時間の講演時間に対して概ね1時間半を超す講演と議論になっていました。また,議論の中心も金子・川口等の世代の人ばかりでなく,若年層の研究者による質問・議論が盛んになりつつあります。この研究会では話しを遮って質問して良いのだという姿勢が浸透してきているようでして,こうした「がちんこ」議論は,通常の学会等では行うことができませんので,それを可能にする当生理研研究会は貴重な存在であろうと感じています。

 

(1) In vivoパッチクランプ法を用いた痛覚伝達回路の解析

古江秀昌(九州大学大学院・医学研究院・統合生理学)

 最近,炎症モデルにおいて痛覚回路の器質的変化が生じる事が明らかにされ,触刺激を痛みと感じるアロディニア(異痛症)や痛覚過敏の発症機序として注目されている。本研究では,炎症初期のin vivo 標本からパッチクランプ記録を行い,脊髄や大脳皮質における痛覚伝達に如何なる変化が生じるかを解析した。

 ウレタン麻酔下に,痛みの伝達や修飾に重要な役割を果たす脊髄後角表層,膠様質(第Ⅱ層)細胞から記録を行い,皮膚への生理的な痛み刺激によって誘起される興奮性シナプス後電流(EPSC)を解析した。行動学的解析から炎症患部へ機械的刺激を加えると逃避行動の閾値が著明に減少した。炎症患部に受容野を持つ膠様質細胞から記録を行うと,振幅が大きく,TTX感受性の自発性EPSCが観察された。機械的痛み刺激を加えるとEPSCの発生頻度と振幅が著明に増大した。一方,同じ髄節レベルの膠様質細胞で炎症患部から離れた皮膚に受容野を持つ細胞から記録を行うと,振幅の大きな自発性EPSCの発生頻度も低く,刺激誘起の応答も小さかった。また,これらのEPSCの電流―電圧曲線から,患部に受容野を持つ細胞に誘起されるEPSCにCa2+透過性AMPA受容体を介するものが多く含まれる事が示された。また,大脳皮質第1次体性感覚野では炎症患部に受容野を持つ細胞のなかに自発性の活動電位を発生し,痛み刺激によって活動電位の発生頻度が増大する細胞が多く観察された。

 

(2) マウスを用いたステップパターン学習課題:走行するマウスの神経活動の解析

木津川尚史(大阪大学大学院・生命機能研究科)

 楽器の演奏や発話,歩行など,複数の動作が連続してリズミカルに行われることによってはじめて意味をなす行動があります。そのような運動の遂行には,要素となる一つ一つの動作が正確に行われることはもちろん,それらの動作が順序よく正確なタイミングで行われることが要求されます。

 私たちは,そのような運動やその学習の神経機構を解明することを目的として,マウスのステップパターンを制御するホイール走行装置を作製しました。この装置では,一定のスピードで回転するホイール中を,特定のステップパターンで走るようにマウスは訓練されます。マウスのステップ一歩一歩は単純な運動ですが,複雑に組み合わされた一連のステップを効率よく走り続けないと,報酬である水を飲み続けることができません。未経験のパターンに遭遇した時にはマウスは最初はうまく走れませんが,しばらくするとかなり複雑なパターンでもステップを空間的・時間的に調節して走れるようになることがわかってきています。

 また,大脳皮質運動野と線条体がこのステップ走行学習に関与している可能性が高いことを組織化学的手法により見出しています。現在,走行するマウスの脳のこれらの部位から神経活動の記録を行っており,この結果についても紹介したいと思います。

 

(3) 軸索終末と終末シュワン細胞はいかに皮膚感覚受容器を構築しているか

榎原智美(明治国際医療大学・医学教育センター・解剖学ユニット)

 皮膚感覚を末梢端で担う感覚受容器の形態的最小単位は,自由神経終末の一部を除き,有髄線維が末端でミエリンを失う地点 (terminal point (TP)) より先で,軸索終末(axon terminal (AT)) と終末シュワン細胞 (terminal Schwann cell (TSC)) により構成される。ATは多様に分岐し,肥厚することが多い。TSCsは,ATsから少し離れた細胞体から複数の突起を伸ばし,個々のATに,ミエリンのないシュワン鞘を与える。この最小単位の形態的特徴により,受容器は分類される。近接する複数の最小単位が集積したものが,しばしば,ひとつの受容器とみなされる。
 (参照: http://pns.ucsd.edu/Winkelmann.images/index.html)

 ネコの指先皮膚ヒダで,1本の剛毛を取り囲む約130個のメルケル細胞を包括する毛盤の,TPは15を数えた。ATsは,TPの末梢側で,それぞれさらに網状に分岐し,複数のメルケル細胞に小盤を付着させてメルケル終末を形成し,求心側では,唯1本の基幹有髄線維に収束した。顔面ヒゲ洞毛には,1TPの先で分岐しない短い棍棒状の終末もあり,毛包の特殊な位置に,毛軸と平行に整然と配列する。なお,複数のTPsを連携するTSCsもある。

 神経終末の特徴的な形態と,基幹線維に至るまでに経由するRanvierの絞輪のtopologyが,その受容器の反応特性を示唆している。

 

(4) 非合理行動とシナプス学習則

酒井 裕(玉川大学・脳科学研究所)

 動物はしばしば,報酬を最大化するような合理的な意思決定の仕方を学習できずに,非合理な行動を示すことがある。しかも,非合理な意思決定の仕方は無数に存在する中で,特定の法則性を示すことがある。このような法則性を生み出す学習アルゴリズムを絞り込むことで,報酬最大化という本来の目的以外の脳の学習原理を探っていくことができる。さらにその学習原理を実現するシナプス学習則に必要な性質を導くことができる。

 ここでは,確率的に報酬が与えられる単純な選択課題において観測される非合理行動として知られているマッチング行動に注目する。その法則性が出る学習アルゴリズムに共通の性質を明らかにし,シナプス学習則として必要な性質を導く。また,この種の学習戦略は,一見,非合理のようであるが,意思決定に用いる情報源を適切に探索するメカニズムと共に用いれば,最終的に報酬最大化できることが示せる。つまり,マッチング行動を生む学習戦略自体は合理的であるが,適切な情報源を探索できていない段階で非合理な行動が顕れるのではないか,と考えられる。

 

(5) 線条体ストリオソーム/マトリックスの局所神経回路

三浦正巳(東京都老人総合研究所・老化ゲノム機能研究チーム)

 線条体のストリオソーム(パッチ)とマトリックスは,解剖学的,神経化学的に多くの違いがあるため,機能的コンパートメントといわれている。近年,両者の神経活動のバランスの崩れと運動異常の関係が示唆された。しかし,ストリオソーム/マトリックス間には直接の投射がないので,両者が協調して働くとすれば,インターニューロンを介して影響を及ぼしあっている可能性がある。例えば,ストリオソームとマトリックスの境界に偏在するコリン作動性インターニューロンが,コンパートメント間の情報伝達の仲立ちをするモデルが提唱されてきた。

 しかしながら,ストリオソーム/マトリックスをとりまく局所神経回路は,ほとんど生理学的には調べられていない。そこで,ストリオソームをEGFPで識別できるトランスジェニックマウスを用い,ペアレコーディングなどの手法で,局所神経回路を解析した。ストリオソームに発現しているミューオピオイド受容体によるシナプス伝達の調節作用,コリン作動性インターニューロンと投射ニューロンの関係,また,アセチルコリンがGABA性シナプス伝達について及ぼす影響について報告し,ストリオソーム/マトリックスの局所神経回路モデルについて考察したい。

 



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