生理学研究所年報 第30巻
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15.第2回Motor Control研究会

2008年5月29日-5月31日
提案代表者:五味裕章(NTT基礎研)
世話人:田中真樹(北大医学研究科)
所内対応者:伊佐 正,関 和彦(生理研・認知行動発達)

特別講演
大脳皮質の神経生理学的研究―40年の流れ
酒田英夫(東京聖栄大學)

(1)
視覚運動変換学習に関連したサル脳部位のPETによる同定
宮下英三(東工大院・総理工)

(2)
一時間の試行中断によるプリズム順応の固定
落合哲治(順大・医・生理学)

(3)
反対側上肢運動に応じた運動学習メモリの切り替わり
横井 惇(東大院・教育・身体教育学)

(4)
力場環境下における内部モデルの不完全性とインピーダンス制御による適応
登美直樹(東工大院・総合理工・知能システム科学)

(5)
徐々に生じる視覚運動適応学習の座標系
山本憲司(放医研・分子神経イメージング)

(6)
上肢到達運動における座標変換と筋活動選択を行うニューラルネットワークモデル
平島雅也(東大院・教育・身体教育学)

(7)
奥行き方向の注視距離が到達運動の速さおよび正確さに与える影響
國部雅大(京大・院・人間環境)

(8)
姿勢の安定性に伴う視覚誘導性腕反射応答のゲイン変化
門田浩二(ST-ERATO下條潜在脳機能プロジェクト)

(9)
運動皮質‐視床下核投射が運動制御において果たす機能の解明
纐纈大輔(京大・霊長研・行動発現分野)

(10)
運動実行・認知処理頻度の制御に関わる基底核皮質活動
花川 隆(NCNP・神経研・疾病研究第七部)

(11)
眼球運動の随意性制御における運動性視床の関与
國松 淳(北大院・医・認知行動学)

(12)
多段階報酬の学習と比較による行動決定
鮫島和行(玉川大・脳研)

(13)
熟練ドラム奏者の最速スティッキング制御
藤井進也(京大・院・人間環境)

(14)
熟練ピアニストの打鍵動作における重力の利用
古屋晋一(関学・理工・情報科学)

(15)
心理的ストレスがピアノ奏者の筋活動及び打鍵強度に及ぼす影響
吉江路子(東大・院・総合文化)

(16)
個々の指の運動機能に対する長期的訓練の効果
青木朋子(熊本県立大・環境共生)

(17)
視覚情報に依存した左右指運動を規定する基準座標系
櫻田 武(東工大院・総合理工・知能システム科学)

(18)
片腕・両腕運動時の運動学習過程の数学モデル:
空間構造と時間的動態の密接な関係
野崎大地(東大・院・教育)

(19)
車体型BMI「ラットカー」における運動皮質および大脳基底核の同時計測系
深山 理(東大・情理)

(20)
Stop Signal課題における運動抑制の体部位局在性
美馬達哉(京大院・医・高次脳)

(21)
磁気共鳴機能画像 (fMRI),筋電図 (EMG),経頭蓋磁気刺激 (TMS) の
同時計測に関する基礎的検討
設楽 仁(精神・神経センター研)

(22)
適応機能を有する筋電義手を用いた運動機能再建に関する研究
加藤 龍(東大院・工・精密機械)

(23)
幼若時片側除皮質ラットにおける皮質脊髄路の大規模変化
梅田達也(生理研・認知行動発達)

(24)
一次運動野の機能脱失にともなう鏡像運動の生成機構
坪井史治(総研大院・生命・生理,生理研・認知行動発達)

S(1)
視覚と運動感覚を用いた手の位置知覚
羽倉信宏(NICT/ATR 脳情報研)

S(2)
環境適応的な随意運動を可能とするリアルタイム制御機構
冨田 望(東北大学・電気通信研究所)

S(3)
Frontal activity and intelligence in action
Xiaofeng Lu(陸 暁峰)(順大・医・生理)

(25)
他者の手の力発揮の視覚情報が自己の力発揮に与える影響
廣瀬智士(京大・院・人間環境)

(26)
7b野・VIP野の多種感覚領ニューロンによる自他身体のマッチング機能
石田裕昭(近畿大,医,第一生理)

(27)
サルAIP野における手操作関連神経活動の情報量解析
石田文彦(電通大院・情報システム学)

(28)
MST野の破壊が短潜時腕応答に及ぼす影響
竹村 文(産総研・脳神経)

(29)
手を動かす視覚,眼を動かす視覚
五味裕章(NTTコミュニケーション科学基礎研究所,下條ERATOプロジェクト)

(30)
複雑な運動における軌道計画
小池康晴,神原裕行(東京工業大学精密工学研究所,JST CREST)

(31)
サルのトレッドミル歩行に伴う一次運動野の神経細胞活動
中陦克己(近畿大・医・生理1)

(32)
下肢ペダリング運動が上肢皮膚反射に及ぼす影響
笹田周作,田添歳樹,中島 剛,小宮山伴与志(東京学芸大院・連合学校教育,
国立身障者リハセンター・運動機能系障害,千葉大・教育)

(33)
受動歩行時における足関節屈筋および伸筋の皮膚反射動態について
中島 剛,上林清孝,高橋 真,小宮山伴与志,中澤公孝(国リハ研・運動障害部)

(34)
求心路の可逆的遮断のための冷却方法の提案
原 昌宏1,宮下英三2,阪口 豊1
1電通大院・情報システム学・人間情報学,2東工大院・総理工・知能システム)

(35)
表面筋電信号に基づいた神経疾患における運動機能の定量的な評価に関する研究
李 鍾昊,筧 慎治
(東京都医学研究機構・東京都神経科学総合研究所,認知行動研究部門)

(36)
末梢神経信号の方向別信号分離―末梢神経を介した運動制御を目指して―
伊藤孝佑,鈴木隆文,満渕邦彦(東大院・情報理工・システム情報)

(37)
短期間の関節固定・非荷重が脳波-筋電図コヒーレンスに与える影響
遠藤隆志1,花村 学2,牛場潤一3,米田継武4,櫻庭景植4
1国リハ研・運動機能,2順大院・スポーツ健康科学,
3慶大・工・生命情報,4順大・スポーツ健康科学)

(38)
脊髄内微小刺激によって把握運動を誘発する
関 和彦,Andrew Jackson, 鈴木隆文,竹内昌治,武井智彦,五條理保
(生理研・認知行動,ニューカッスル大学,東大・情報理工,東大・生産研)

(39)
手首運動における小脳Golgi細胞の活動と役割
戸松彩花,筧 慎治(東京都神経科学総合研究所,認知行動研究部門)

(40)
運動学習の分散効果と運動記憶の転移
岡本武人,白尾智明,永雄総一
(群馬大学大学院・神経薬理,理研脳センター・運動学習制御研究チーム)

(41)
大脳-小脳連関の謎I. 橋核での中継
筧 慎治,角田吉昭,戸松彩花,李 鍾昊(東京都神経研・認知行動)

(42)
小脳プルキンエ細胞におけるニューロン活動のregularityの解析
小林 康,岡田研一,河野憲二,竹村 文
(大阪大学・生命機能研究科,京都大学・医学研究科,産業技術総合研究所)

(43)
サル前頭前野内側皮質における時間長の認知と検出
湯本直杉,陸 暁峰,宮地重弘,南部 篤,深井朋樹,高田昌彦
(東京都神経研・統合生理,順天堂大・医・第一生理,京大霊長研・行動神経,
生理研・生体システム,理研・BSI・脳回路機能理)

(44)
Missing刺激を用いた時間情報処理機構の探索
田中真樹,田代真理(北大院・医・認知行動,JST・さきがけ)

(45)
離散運動と周期運動の間の非対称な学習転移
池上 剛,平島雅也,多賀厳太郎,野崎大地(東大・教育)

(46)
前頭前野腹側部から運動前野背側部への経シナプス投射
高原大輔,星 英司,宮地重弘,井上謙一,南部 篤,高田昌彦
(東京都神経研・統合生理,生理研生体システム,総研大・生命科学,
玉川大・脳科学研究所,京大霊長研・行動発現)

(47)
視覚運動変換における運動前野背側部と腹側部の機能的差異
星 英司,中山義久,山形朋子(玉川大学・脳科学研究所)

(48)
系列指運動課題セットの切り替えに関わる脳活動
細田千尋,花川 隆(神経研・疾病研究第七部,東京医科歯科院)

(49)
歩行運動の中枢制御機構:システム構成原理の解明
松山清治(札幌医大・保健医療・作業療法)

(50)
二足歩行運動に大脳皮質機能は必要なのか?
森 大志,中陦克己(山口大学・獣医・生体システム科学,近畿大学・医・生理)

(51)
遺伝子改変マウスを用いた歩行CPGの研究
西丸広史(筑波大院・人間総合科学・基礎医学系・生理)

(52)
随意運動の空間表現は不随意な実時間運動制御に影響を与えるか?
安部川直稔,五味裕章(NTTコミュニケーション科学基礎研究所・人間情報研究部,
JST・ERATO下條潜在脳プロジェクト)

(53)
ヒトの視覚誘導性switching運動と一次視覚野
大木 紫,渋谷 賢,関口浩文,門田 宏,竹内成生,中島八十一
(杏林大・医・生理,国立リハセンター研究所・感覚障害部,
早稲田大・科健機構,芝浦工大院・工・機能制御)

(54)
脳梁間線維を介した連合性対刺激法による運動皮質の可塑性誘導
小金丸聡子,美馬達也,中塚昌博,植木美乃,福山秀直
(京大院・医・高次脳機能総合研究センター)

(55)
サルを対象とした脳活動からの行動予測
竹中一仁1,長坂泰勇2,入來篤史2,國吉康夫1,藤井直敬2
1東大院・情報理工・知能機械,2理研・BSI)

(56)
硬膜外電位計測による運動意図推定技術の研究
上嶋健嗣,藤井俊行,瀧田正寿,横井浩史
(東大院・工・精密機械工,産総研・人間福祉医工学)

(57)
随意運動を生ずる意思の脳機構
松橋眞生,Mark Hallett,美馬達哉,福山秀直
(京工繊大・ベンチャーラボ,京大院・高次脳センター,HMCS/NINDS)

S(4)
腕到達運動の視覚誤差情報に応じた学習戦略の変化
西條直樹,五味裕章
(NTTコミュニケーション科学基礎研究所,ERATO下條潜在脳プロジェクト)

S(5)
価値と戦略に基づいて選択の結果を評価する線条体神経細胞活動
山田 洋,井ノ川仁,木村 實(京都府立医科大学・神経生理学)

S(6)
脊髄は手の運動をどのように制御しているのか?
武井智彦(生理学研究所)

【参加者名】
酒田英夫(東京聖栄大学),福士珠美 (JST),高原大輔(総研大),五味裕章(NTT基礎研),山田 洋(京府大・神経生理),小林 康(阪大・生命機能),木下 博(阪大・医),青木朋子(熊県大・環境共生),松山清治(札幌医大・保健医療),國松 淳(北大・院・医),岡本武人(群大・院・医),宮下英三(東工大・院・総理工),小幡哲史(阪大・院),程 殷傑(東工大・院・総合理工),櫻田 武(東工大・院・総合理工),中原裕之(理研・脳総研),坪井史治(総研大),設楽 仁,細田千尋,花川隆(精神・神経センター研),大前彰吾(順大・院・医),中村加枝(関西医大・第二生理),西條直樹(NTT基礎研),大木 紫(杏林大・医),阪口 豊(電通大・院・情報システム),野崎大地(東大・院・教育),西丸広史(筑波大・院・人間総合科学),戸松彩花(都神経研・認知行動),田代真理(北大・院・医),石田文彦(電通大・情報システム),山本憲司(放医研・分子イメージング),小金丸聡子(京大・高次脳機能),登美直樹(東工大・院・総合理工),横井 惇(東大・教育),田中真樹(北大・院・医),笹田周作(学芸大・院・連合学校教育学),原 昌宏(電通大・情報システム),羽倉信宏 (NICT/ATR),池上 剛(東大・院・教育学),高草木薫(旭川医大・医),星 英司(玉川大・脳科学),中陦克己,村田 哲(近大・医),大須理英子 (NICT/ATR),宮地重弘(京大・霊長研),小池康晴(東工大・精密工学),上林清孝(筑波大・院・システム情報工学),内藤栄一(NICT/ATR),平島雅也(東大・院・教育学),北澤 茂(順大・医),中島 剛(国立リハ研・運動機能),古屋晋一(関学大・理工),竹中一仁(東大・院・情報理工),深山 理(東大・院・情報理工),湯本直杉(都神経研・統合生理),廣瀬智士(京大・院・人間環境),竹村 文(産総研・脳神経情報),上原信太郎(京大・院・人間環境),森 大志(山口大・農学獣医),纐纈大輔(京大霊長研),小原一樹(京大・院・人間環境),石川拓海(電通大・院・情報システム),渋谷 賢(杏林大・医),筧 慎治(都神経研・認知行動),國部雅大(京大・院),伊藤孝佑(東大),美馬達哉(京大),大藤智世(筑波大),落合哲治(順大),吉安亮介(京大),陸 暁峰(順大),松橋眞生(京都工芸繊維大),香川高弘(名大),宇野洋二(名大),中尾和子(関西医科大),遠藤隆志(国立リハ研),内田雄介(早大),上嶋健嗣(東大・院),鈴木隆文(東大),池田琢朗(生理研),門田浩二 (JST),加藤 龍(東大),鹿内新平(東大),松崎竜一(関西医大),大築立志(東大・院),平野 剛(東大・院),近藤玄大(東大),三浦哲都(東大・院),冨田 望(東北大),藤井進也(京大),吉江路子(東大),石田裕昭(近大・医),藤井直敬(理研),鮫島和行(玉川大・脳科学),関 和彦(生理研),安部川直稔(NTT・基礎研),福井隆雄(NTT・基礎研),李 鍾昊(都神経研),南部功夫(奈良先端大),村岡哲郎(早大),鈴木裕輔(奈良先端大),水口暢章(早大・院),有村奈利子(名大),杉本健治(愛知県厚生連 足助病院後),石田文彦(電通大),鯨井 隆(山形県立保険医療大),大見健輔(岡崎東病院),鈴木啓介(理研BSI),一戸紀孝(理研BSI),南部 篤,畑中信彦,橋本章子,加勢大輔,平松千尋,佐々木章宏,渡辺秀典,鯨井加代子,原田卓弥,定藤規弘,斉藤紀美香,上條真弘,金田勝幸,平井真洋,郷田直一,小松英彦,岡本悠子,吉田優美子,岡澤剛起,武井智彦,梅田達也,杉山容子(生理研)


【概要】
 平成19年に開催された当該研究会には合計130人,平成20年度には108名の参加があった。前年度の世話人は北海道大学の田中真樹(准教授)であった。参加者の平均学位習得後年は3.8±7年であり,また工学・体育・リハビリテーションなど学際分野からの参加者が大半をしめた。従って,若手・中堅中心の学際分野を含めた参加者が多数集まるという目的は達成されていると考えられる。また本研究会ではボトムアップ的な運営を行うという方針から,希望者には全員口演発表をしてもらうという新たな試みを行った。その結果,合計57の口演+ポスター発表があり,活気のある議論が行われた。さらに,研究会以降も参加者同士のコミュニケーションや議論を活発化する意図で,統合脳5領域が口演している「神経科学者SNS」内の「生理研 MotorControl研究会コミュニティ」を立ち上げた。その結果,参加者のほとんどがコミュニティメンバーとして登録があり,研究会直後から活発な議論が交わされた。さらにベストプレゼンテーション賞などの新たな試みも第2回で定着してきた。また今回新たに行った,特別講演では長年頭頂葉の研究に関わり,世界の研究をリードされてきた酒田英夫先生にお願いし,若い世代研究者にとっては今後の研究生活のよい指針となった。さらに新たに行ったランチョンシンポジウムでは,生理学だけでなく工学・心理学など学際分野で活躍しているPDや若手研究者に講演をいただいた。普段の学会シンポジウムでは聞くことのできない多様な分野の話が聞けると,参加者にも好評であった。以上のように,今年度の本研究会の目的は達成され,ほとんどの参加者から次年度以降の参加の意思表示があった。本研究会によって,これからの我が国の,学際分野としての運動制御研究の基盤となる研究者が一同に会することができた意義は大きい。今後,この交流を基盤に当該研究分野が飛躍的に発展することが期待される。

 

特別講演 大脳皮質の神経生理学的研究―40年の流れ

酒田英夫(東京聖栄大學)

 私が東大脳研生理(医学部脳研究施設生理学部門)の大学院に入学したのが1960年,ちょうど60年安保と呼ばれる日米安全保障条約に対する反対運動が空前の盛り上がりを見せている最中でした。それから2000年に日大医学部を定年退職するまでの40年間に大脳皮質の神経生理学的研究は大きな変貌を遂げ,研究の中心は第1次運動野と感覚野から連合野に移りその中でもより高次の領域に広がりつつあります。そこでこの機会に私自身が研究した頭頂連合野を中心に研究の流れを振り返ってみたいと思います。

 1960年に私が手がけたテーマは海馬のCA1領域の樹状突起に活動電位が発生するかどうかという問題でした。先輩の藤田安一郎さんの手伝いで始めた研究でしたが,そもそも海馬がどういう機能を持つ領域なのか何も知らず,藤田さんも何も教えてくれないまま闇雲に細かい層別分析などをしていました。実は私に脳研究の面白さを教えてくれた時実利彦先生は1960年に「よろめく現代人-相争う二つの心をどう操るか」という本を講談社のミリオンブックスの一冊として出版しました。その第11章「体験と知識」(記憶はどうして作られるか)の中で先生はただ一度だけの体験が長い間印象として残るのは「古い皮質」の海馬に直接貯えられるからである。それに対して反復して覚える知識としての記憶は「新しい皮質」の側頭葉を介して貯えられると述べています。今で言うエピソード記憶には海馬が不可欠であり,知識としての意味記憶は必ずしも海馬を必要としないという臨床神経心理学の新しい理論とよく一致します。その証拠として海馬刺激によって犬がなにかを探すような探索行動を起す実験を図示しています。せっかく記憶の座である海馬の神経活動を記録しながら,記憶とのつながりを調べようとしなかったわが身の愚かさを今になって痛感しています。

 という訳で私の大脳皮質の神経生理学的研究は大学院を修了して大阪市立大学医学部の浅沼広先生との共同研究に参加してから始まったというべきでしょう。浅沼さんは大脳皮質運動野を微小電極で刺激するICMS (intracortical microstimulation) という方法を開発し運動野の体部位局在を細かく調べ同時に同じ電極で運動野ニューロンの活動を記録して入出力関係を明らかにしようとしました。目標は運動野で機能的コラムを証明することでした。当時V.B. Mountcastleが体性感覚野で発見した機能的コラムとHubel & Wieselが視覚野で発見した方位コラムが良く似ていることから大脳皮質の情報処理の基本単位としてコラム構造が脚光をあびていたからです。確かに同じ運動を起す領域が縦に並ぶ傾向は見られましたがその機能的意義ははっきりしませんでした。

 1967年に私はJohns Hopkins 大學のV.B. Mountcastle教授のところに留学して体性感覚野ニューロンの振動刺激に対する反応を分析しました。その実験の中で皮膚表面の動きに反応する方向選択性ニューロンが見つかりました。大学院入学のころ発表されたHubel & Wieselの視覚野の単純細胞と複雑細胞の論文に深い感銘を受けていた私は,体性感覚野にも似たようなニューロンがあることを知って大変興味を惹かれぜひ詳しく調べてみたいと提案しました。しかしMountcastle 先生はあまり乗り気ではありませんでした。そこで,いっそのこと日本に帰ったら体性感覚野より高次の頭頂連合野でもっと複雑な刺激に反応するニューロンを調べてみようと考えてしばらく待つことにしました。1968年の秋に帰国してみると70年安保と大學紛争が重なってとても研究どころではなく,まもなく基礎医学棟は封鎖され日本赤軍の拠点になってしまいました。こんな時に,開所したばかりの京大霊長研で共同研究員の募集があり,時実先生と久保田さんの御好意でサルの実験を始めることができたのは大変幸運でした。この時最初に手を付けたのは体性感覚野のすぐ後ろにあるBrodmann5野の体性感覚ニューロンでした。そこで驚くほど複雑で多彩なニューロンが記録されました。主なものは関節組み合わせニューロンと関節皮膚組み合わせニューロンで,もっとも複雑なのは両方の手または手と足を擦り合わせたときに最適の反応を示すニューロンでした。

 1972年に東京都神経研に移った私は再度Mountcastleのところに留学しました。今度は行動するサルで下頭頂小葉(Brodmann7野)のニューロン活動を記録する実験に参加しました。ここは5野とは全く違って体性感覚刺激に反応するニューロンはほとんどなく到達運動(Reaching) や把握運動,追跡眼球運動や注視運動など手や眼の運動に関係の深いニューロンが記録されました。Mountcastleは運動との関係を重視して指令機能に関係があるという解釈を取りましたが,私は頭頂葉が後連合野に属することから,むしろ知覚との関係が深いのではないかと考えました。帰国してから始めた実験で追跡ニューロンが背景の網膜像の動きに反応することから視覚性のニューロンであることを証明しました。同様に注視ニューロンも大部分が目標の空間的位置を表象する知覚性のニューロンであることを明らかにしました。

 1982年に発表されたUngerleider & Mishkinの「大脳皮質の二つの視覚経路」の考えはその後の視覚関連領野の神経生理学的研究に大きな影響を与えました。私たちも頭頂連合野が空間視の中枢であるという考えに共鳴して純粋に視覚的ニューロンを探してまずMST野が運動視の高次中枢であることを明らかにしました。特に回転運動に選択的に反応するニューロンの中には奥行き回転に選択的に反応するニューロンもあってMSTが空間の中の運動を知覚する領域であることが明らかになりました。

 80年代後半には前からの懸案であった手の把握運動の視覚的制御に関係するAIP野のニューロン群を記録して手の運動と視覚のどちらにより深い関係があるニューロンかをあきらかにしました。特に意外な発見は純粋に視覚的なニューロンの中に対象の三次元的な形に選択的に反応するニューロンがあったことです。

 最も新しい研究は立体視の高次中枢であるCIP野の発見です。これは空間視の心理物理学的研究で有名なJ.J. Gibsonの研究を基礎にしたDavid Marrの視覚の計算論から導かれた奥行き知覚の理論を実証する研究です。今までのところ「両眼視差の勾配から平面の傾きへ」と「肌理の勾配から平面の傾きへ」を計算しているニューロンが見つかっていますが3次元図形の知覚という最終目標のための情報処理の実態は将来の課題です。

 

(1) 視覚運動変換学習に関連したサル脳部位のPETによる同定

宮下英三,小松三佐子,程 殷杰,塚田秀夫,尾上浩隆
(東工大院・総理工,浜松ホトニクス・中央研究所,理研・分子イメージング)

 本研究は視覚運動変換学習に関連したサルの脳部位を同定することを目的とする。視覚運動変換学習課題遂行中のサル1頭の脳血流量(CBF)を陽電子照射断層撮影装置(PET) を用いて計測した。PET計測環境下で課題遂行が可能なように開発した二次元SPIDAR(Space Interface Device for Artificial Reality)を用いて,中心から周辺8方向への到達運動を右手でサルに訓練した。学習課題として,画面中心を座標原点として反時計回りに45º 回転した位置に提示された手先位置の視覚フィードバックを用いて到達運動を遂行させた。学習課題遂行中のCBFを解析した結果,左半球の一次体性感覚野,5野,内側頭頂間溝皮質では学習の進行に伴ってCBFが減少したのに対し,右半球の眼窩前頭前皮質尾側部,側坐核,7m野,および,左半球のV4野,外側後頭頭頂皮質では学習の進行に伴ってCBFが増加した。

 

(2) 一時間の試行中断によるプリズム順応の固定

落合哲治,北澤 茂(順大・医・生理学)

 標的への手の到達運動は,プリズムにより視覚入力情報をシフトさせると誤差が生じることが知られている。この運動誤差は試行を繰り返すことにより学習により修正され,小脳がこの過程に重要であると考えられている。その後プリズムを取り除くとプリズム順応のafter-effectにより逆方向の誤差が出現する。我々は以前にニホンザルを用いた実験で,250試行の学習の後に24時間経過するとafter-effectはほぼみられないが500試行の学習の後であれば72時間経過してもafter-effectが観察されることを報告した。今回,我々は300試行のプリズム順応の途中でニホンザルに1時間試行を強制的に中断させてその効果を観察した。結果,同回数(300試行)のプリズム順応を時間的に連続して行った場合より有意に大きなafter-effectが認められた。

 

(3) 反対側上肢運動に応じた運動学習メモリの切り替わり

横井 惇,平島雅也,野崎大地(東大院・教育・身体教育学)

 両腕を協調させて動かして外界に働きかける場合,一方の腕の運動は物体や環境を介して他方の左腕が置かれている力学的状況を変化させる。このような複雑な力学的相互作用のもとで運動を行うためには,一方の腕の運動学習のための脳内過程(メモリ)が他方の運動状況によって切り替わる仕組みが必要である。我々はこの仮説を検証するため,両腕リーチングにおける運動学習中に右腕の運動方向を変化させる実験を行い,右腕の運動方向が左腕の運動学習に及ぼす影響を検討した。まず被験者は両腕リーチング課題中に左腕にかけられる力場を学習する。次にランダムに力場を切るキャッチ試行を行い,右腕の運動方向を左腕と同方向(parallel)と逆方向(anti) として,後効果の大きさを調べた。その結果,parallel条件とanti条件では後効果の大きさに有意な差がみられ(P<0.05),上記運動学習メモリ切り替わり機構の存在が示唆された。

 

(4) 力場環境下における内部モデルの不完全性と
インピーダンス制御による適応

登美直樹,郷古 学,伊藤宏司(東工大院・総合理工・知能システム科学)

 対象物操作など,外力拘束環境下で腕運動を行う際には,人間の中枢神経系は,内部モデルを用いた制御と筋の粘弾性を利用したインピーダンス制御をフィードフォワード的に協調させて動作させる必要がある。本研究では,腕に加わる外力パターンを複雑化させた際に,人間が学習する環境の内部モデルが不完全となり,その状況下で補完的にインピーダンス制御が使用されることを実験的に示す。実験課題として,被験者には力場環境下での2点間到達運動学習を行わせた。この際,回転性の速度依存力場と位置依存力場を線形に足し合わせて合成力場を構成し,これに対する到達運動の適応プロセスを解析した。実験を行った結果,被験者は合成力場に関する正確な内部モデルを学習しておらず,運動前半の速度依存の負荷に対してはインピーダンス制御,運動終盤の位置依存の負荷に対しては内部モデルを用いた制御を主要な補償法として適応していることが示された。

 

(5) 徐々に生じる視覚運動適応学習の座標系

山本憲司,ドナ・ホフマン,ピーター・ストリック
(放射線医学総合研究所・分子神経イメージング,ピッツバーグ大学医学部神経生物学部)

 徐々に生じた視覚運動適応の後効果は長く続いた(Yamamoto et al., 2006)。この適応の生じる座標系を調べた。ヒト被験者は,手の平が下の状態(pronation: Pro)と手の平が横の状態(midway: Mid)で手首運動用バーを握り,モニター上のカーサーを中心ターゲットから周辺8方向のターゲットに入れるために手首を動かした。Proでの左上への手首の動きは,Midでは外部,筋肉,関節座標系でそれぞれ左上,上,右上への手首の動きに相当する。Proで左上ターゲットに繰り返し手首を動かすときに,バーとカーサーの動きの間に徐々にずれを与え120試行で40度のずれを作った。Proでは左上方向に大きな後効果が生じた。Midでも多くの被験者が左上に動かすときに大きな後効果を示した。この結果は,徐々に生じる視覚運動変換適応は空間座標系で運動をコードする脳部位で生じることを示唆する。

 

(6) 上肢到達運動における座標変換と
筋活動選択を行うニューラルネットワークモデル

平島雅也,野崎大地(東京大学・大学院教育学研究科・身体教育学)

 目標到達運動を行うには,空間内での運動表現から身体座標での運動表現に変換する必要がある。また,ヒトの冗長な筋骨格系においては,無数の解の中からある1つの筋活動パターンを選ぶ必要がある。本研究では,この2つの問題を同時に解決する皮質ニューラルネットワークモデルを提案する。本モデルでは,一次運動野(M1) ニューロンは後頭頂葉(PPC)からの入力で発火し,各々が多数の筋に接続している。また,誤差フィードバックによってPPCからM1へのシナプスの重みが修正される。このモデルに,到達動作の初期加速度を生成する課題を学習させたところ,筋の機械的作用方向(MD)と最適方向(PD)のずれや,M1ニューロンのPD分布の偏りなど,特徴的な知見を再現することができた。これらの結果は,誤差フィードバックの備わったM1の多入力多出力構造が,座標変換と筋活動選択のための神経基盤であることを示唆している。

 

(7) 奥行き方向の注視距離が到達運動の速さおよび正確さに与える影響

國部雅大,小田伸午(京大・院・人間環境)

 奥行き方向に対して肢の到達運動を行う際には,両眼が非共役的に動いて奥行き注視の調節を行う輻輳及び開散眼球運動が重要となる。本実験では,注視点を予め近方および遠方に向けることが,奥行き方向への到達運動の制御に与える影響を調べることを目的とした。被験者は右手示指を前方20cmに位置させた状態で,近方 (20cm)あるいは遠方(60cm)のLEDを注視して準備し,前方3ヶ所(30,40,50cm)に呈示されたLEDターゲットへの眼球運動と到達運動を行った。その結果,遠方注視条件では,近方注視条件に比べて有意に手の到達運動が速く,空間的なばらつきが小さかった。また到達運動中の眼球運動は,輻輳が開散に比べて安定していた。さらに眼球運動のみの測定においても,輻輳が開散に比べ速くかつ安定していた。奥行き方向への到達運動を制御する際には,輻輳及び開散眼球運動が影響を与える可能性が示唆された。

 

(8) 姿勢の安定性に伴う視覚誘導性腕反射応答のゲイン変化

門田浩二,五味裕章
(ST-ERATO下條潜在脳機能プロジェクト,NTTコミュニケーション科学基礎研究所)

 到達運動中に視野背景が運動すると,その運動方向に追従する腕応答が観察される(視覚誘導性腕反射応答,Manual following response: MFR)。MFRの機能的役割の1つとして姿勢の動きに起因する腕運動誤差の修正が考えられているが,それを直接的に支持するデータは示されていない。そこで本研究では,姿勢や支持面の安定性が異なる環境下で到達運動を行った際のMFRを計測し,その変化からMFRの機能的特性を検討した。その結果,立位時のMFR振幅は座位時と比較して増大した。またこの傾向は視野背景の運動速度によって異なり,姿勢動揺に起因するものに近い,比較的低速度の背景運動においてより大きな振幅増加が認められた。さらに立位時における支持面の安定性の低下はMFR振幅を増大させた。以上からMFRのゲインは姿勢動揺と密接に関連して調整されており,到達運動の正確性向上に貢献していると考えられる。

 

(9) 運動皮質‐視床下核投射が運動制御において果たす機能の解明

纐纈大輔,宮地重弘(京大・霊長研・行動発現分野)

 マウスの運動皮質→Stn投射を選択的に破壊することで大脳基底核内の経路のうち「ハイパー直接路」だけを遮断し,生理学的,行動学的なレベルでの変化を調べた。まずGPeで皮質電気刺激に対する細胞活動を記録した。正常なマウスのGPeは皮質刺激に対して早い興奮-抑制-遅い興奮の三相性の反応を示す。しかし皮質→Stn破壊マウスでは早い興奮だけが抑えられた。また運動量の測定を行ったところ正常マウスに比べて運動量が増加していた。これは皮質→Stn投射を破壊したことでまず大脳基底核の出力部であるGPiの活動が弱まり,GPiから視床への抑制性の出力の程度が小さくなり,続いて視床から皮質への興奮性の出力が大きくなり,結果として運動皮質の活動を増強することによるものと考えられる。以上の結果は「ハイパー直接路」が運動皮質の不必要なニューロン活動を抑制する役割を持つという考えを支持するものと思われる。

 

(10) 運動実行・認知処理頻度の制御に関わる基底核皮質活動

花川 隆(NCNP・神経研・疾病研究第七部)

 パーキンソン病には,古典的な運動速度低下に加え,非運動依存性の心内操作速度の低下が存在することが明らかとなり,基底核の機能が運動実行速度だけでなく認知処理速度制御にも関わることが示唆されている。20歳- 80歳台の被験者計36名に,様々な視覚刺激提示頻度に応じた手指系列運動の実行,想像並びに暗算課題を行わせた。磁気共鳴機能画像により,課題頻度依存性を示す脳活動を測定すると,それぞれの課題に特異性の高い基底核皮質ループが同定された。暗算頻度に相関するループは,運動頻度に相関するループより前方に存在し,想像頻度に相関するループは中間部に認められた。基底核の活動は加齢要因だけでは低下を示さなかった。基底核皮質ループは,運動と認知を含む行動一般の処理速度の制御に関わる可能性がある。その円滑な遂行とドパミンレベルの関係を今後明らかにしていく。

 

(11) 眼球運動の随意性制御における運動性視床の関与

國松 淳,田中真樹(北大院・医・認知行動学,JST・さきがけ)

 大脳による随意運動の制御には視床を介した皮質下入力が重要であることがよく知られている。周辺視野に現われた視覚刺激にむかう反射的な眼球運動(pro-saccade)と,反対側にむかう随意的な眼球運動(anti-saccade)を,試行ごとに与えられるルールに従って切り替えるようにサルを訓練した。運動性視床の多くのニューロンではpro-saccade中と比べてanti-saccade中に活動が増大していた。記録部位を薬理学的に不活化したところ,anti-saccadeの成功率の低下と,成功試行での運動パラメータの変化が認められた。これらの結果から,運動性視床がanti-saccadeの発現に関与していることが明らかとなった。また,同様の課題を用いた先行研究および解剖学的な知見から,anti-saccadeの制御には運動性視床を介した上行性経路による情報処理が必須であると考えられた。

 

(12) 多段階報酬の学習と比較による行動決定

鮫島和行(玉川大・脳科学研究所)

 報酬に基づく行動選択の計算論的モデルである強化学習では,選択結果の予測(行動価値)の差分に基づいて確率的な行動選択を行い,結果フィードバックと予測の誤差によって学習を行う。これまでの研究では,2段階の報酬予測(報酬の有無・大小・確率の高低)間の選択状況のみで調べられていた。この場合,2段階の行動価値の学習途上に起因する確率性と,行動価値の差分が小さいことによる確率的選択を分離することができない。今回,2頭のサルを用いて4段階の報酬量と刺激属性(色または形)の間の学習を動物に行わせた時の,選択行動およびその学習による変化を研究した。2頭のサルに,4種類の色と形からなる16種類の視覚刺激から2つのターゲット刺激を提示しその1つを選択させる課題を行わせ,毎ブロック新しい連合関係を学習させたときの選択行動を観察した。その結果,行動選択確率は行動価値の差によってよく説明できることを示す。

 

(13) 熟練ドラム奏者の最速スティッキング制御

藤井進也1,工藤和俊2,大築立志2,小田伸午3
1京大院・東大院・学振特別研究員,2東大院,3京大院)

 熟練したドラム奏者は日々たゆまぬ鍛錬をおこない,感銘的なパフォーマンスを発揮する。その運動制御機構の解明は,(自分も含め)ドラム実践者の観点から興味深いのはもちろん,運動制御研究の観点からしても,長期的な運動学習が感覚運動系にもたらす影響を調査するのによいモデルといえる。われわれはこれまでに,ドラム奏者の基本的な演奏技術のひとつである,すばやく叩く動作に着目し研究してきた。過去の運動制御研究では,一般にヒトの上肢の運動周波数の限界は5-7Hz(1秒間に5-7回叩く動作)とされていたが,われわれは世界最速ドラマーコンテストの優勝者が,この運動周波数の限界を大幅に上回っていることを明らかにした。本研究会では,この世界最速ドラマーのパフォーマンスをはじめ,われわれがこれまでにおこなってきたドラム奏者の筋電図学的調査や非線形力学系モデルを用いた両手協調動作制御機構の検討等について発表する。

 

(14) 熟練ピアニストの打鍵動作における重力の利用

古屋晋一1,片寄晴弘1,木下 博2
1関学・理工・情報科学,2阪大・医・予防環境医学)

 本研究は,熟練度の違いがピアノ打鍵時の肘の筋活動パターンに及ぼす影響について明らかにすることを目的とした。7名の熟練ピアニストと同数のピアノ初心者に打鍵動作を行わせ,その際の上肢関節運動と筋活動を計測した。さらに,逆動力学計算によって,筋力由来トルクを算出した。打鍵動作に伴う肘関節伸展動作の開始に先行し,重力に拮抗する肘の屈曲トルクの減少が双方のグループで認められた。それに伴う肘の伸筋の活動の開始は,ピアニストに比べ初心者の方がより早くに認められた。一方,ピアニストでは,肘の屈曲筋の抗重力的な筋活動の顕著な減少が認められた。したがって,肘関節を伸展させるために初心者は伸筋を収縮させており,ピアニストは抗重力筋である屈筋を弛緩させていることが明らかとなった。これらの結果は,長期的な訓練に伴い,ピアニストは重力を利用し,筋力の仕事量を軽減するような運動制御方略を獲得していることを示唆している。

 

(15) 心理的ストレスがピアノ奏者の筋活動及び打鍵強度に及ぼす影響

吉江路子,平野 剛,三浦哲都,工藤和俊,大築立志(東京大・院・総合文化)

 演奏不安とは,心理的ストレスの高い音楽演奏場面で喚起される状況特異的不安であり,その過度の高まりによって巧みな運動制御が損なわれることがあるため,多くの演奏者を悩ませる深刻な問題となっている。本研究では,演奏中の筋活動に着目し,パフォーマンスが低下するメカニズムを解明することを目指した。低ストレス/高ストレス条件下で熟練ピアノ奏者12名にアルペジオを演奏してもらい,主観的不安強度,平均心拍数,足底の精神性発汗量,上肢の筋電図,MIDI信号を記録した。その結果,高ストレス条件下では主観的不安,心拍数,発汗量が増加し,ストレス操作の妥当性が確認された。高ストレス条件では前腕,上腕,肩の筋活動が増加しており,さらに前腕筋活動の増加が打鍵強度の増大につながる傾向が認められた。心理的ストレスによって筋活動及び力発揮が増大することで,芸術的パフォーマンスに重要な弱音制御が損なわれる可能性が示唆された。

 

(16) 個々の指の運動機能に対する長期的訓練の効果

青木朋子(熊本県立大学環境共生学部)

 一般成人12名とピアニスト13名を対象に,1指及び2指(交互操作)による最速タッピング課題を実施した。実験条件は1指のみでの5条件,2指すべての組み合わせの10条件であった。両群ともに,1指課題では人差指のタッピングが最も速く,薬指で最も遅かった。2指課題では人差指&中指が最も速く,薬指&小指で最も遅いという結果であった。群間の比較では,1指課題のすべての条件,2指課題の10条件のうち7条件で,ピアニストの方が有意にタッピングが速く,その結果,ピアニストでは1指課題での指間差,2指課題での組み合わせ間の差が一般成人に比べて小さくなっていることがわかった。これらの結果から,ピアニストでは,ピアノの長期的訓練によって,指の運動に関わる中枢神経系の機能が発達し,指間差を生じさせる,筋の構造や指間の解剖学的結合などの比較的先天的な要因の影響が小さくなっていることが示唆された。

 

(17) 視覚情報に依存した左右指運動を規定する基準座標系

櫻田 武1,五味裕章2,伊藤宏司1
1東工大院・総合理工・知能システム科学,2 NTTCS研・人間情報・感覚運動)

 左右身体部位を制御する場合,脳半球間にまたがる情報処理が必要となり,この時,左右脳半球間では共通の座標系により運動が規定されていることが予想される。本研究では,左右示指のリズム運動により,脳半球間で使われる基準座標系について検討した。実験では,左右示指を体幹に対して前後および左右方向に曲げ伸ばしする異なる姿勢条件を設定し,被験者は各条件において,左右屈曲・伸展位相差が0º (in-phase)と180º (anti-phase)の運動を行った。この時,運動中の右示指運動変化が,左示指運動に及ぼす影響を評価した。結果,in-, anti-phase運動中における左示指への影響の強さが,姿勢条件間で逆転した。これは,本タスク条件下で左右示指の協調関係を組み立てるために使われる座標系は,筋指令や直接的な体性感覚レベルではなく,視覚や作業空間レベルの外部環境に依存した座標系であることを示唆している。

 

(18) 片腕・両腕運動時の運動学習過程の数学モデル:
空間構造と時間的動態の密接な関係

野崎大地(東京大学大学院教育学研究科)

 手先速度依存性の力場を課した状況へのリーチング運動の適応過程を調べた我々の先行研究から,運動学習のための「メモリ」が片腕運動・両腕運動の間で部分的に切り替わることが明らかになった。この結果に基づき,片腕運動専用,両腕運動専用,共用メモリ領域が存在し,また,それぞれに含まれる要素過程の内部状態が運動遂行の度に更新されるという数学的モデルを構築した。「全ての要素過程が運動誤差という共通情報を内部状態の更新に用いる」というモデルでのみ,学習曲線の時間的動態も含め先行研究の結果がほぼ全て再現された。複数のメモリが共用部分を有しながらも乖離しているという構造,要素過程の内部状態が運動誤差という共通情報に応じて更新される,という二つの特徴によって片腕運動と両腕運動の運動学習の間に複雑な相互作用が生じ,学習の時定数の変化や運動順序の効果などが産み出される事を示す。

 

(19) 車体型BMI「ラットカー」における運動皮質および
大脳基底核の同時計測系

深山 理1,谷口徳恭2,鈴木隆文1,満渕邦彦11東大・情理,2東大・医)

 我々は,車体形状のbrain-machine interfaceとして,ラットカー(RatCar)と呼ぶシステムの開発を行っている。これは,運動中枢に神経電極を慢性刺入したラットを車体上に搭載し,その意図に応じた車体駆動制御を目指したものである。これまでに,自由行動ラットの運動皮質を計測部位として,歩行速度および方向変化の概形を推定したが,神経系から得られる信号の生理学的意味づけは明らかでなく,推定精度も限定的であった。そこで,本発表では計測対象として大脳基底核を加え,両領域に対して一括刺入できるよう構造化した神経電極を開発し,これが目的の部位に対して精度良く到達できることを確認した。また,歩行動作との相関および推定誤差分散の観点から計測信号を逐次的に解析できる処理系を構築し,本質的に異なる機能を担う両領域における,信号特性差の検討を行った。

 

(20) Stop Signal課題における運動抑制の体部位局在性

美馬達哉,Rea Badry,福山秀直(京大院・医・高次脳機能総合研究センター)

 Stop Signal課題では,被験者は視覚提示されたGo刺激に対して左か右のボタンを押すように指示される。内20%ではGo刺激から50-400ミリ秒の時間差でStop刺激が提示され,被験者はボタン押しを抑制しなければならない。時間差はコンピュータ制御で,成功率50%になるように調整されている。昨年度は,Stop Signal課題中のM1興奮性の時間的変化を,経頭蓋的磁気刺激法 (TMS) によって検討した。今回は,課題遂行する上肢とは反対側の上肢筋および下肢筋に対応したM1皮質脊髄路興奮性の変化を検討した。その結果,上肢での成功したStop課題においては,課題遂行に関わる筋だけでなく,反対側上肢と下肢でも皮質脊髄路興奮性の低下が認められた。この結果は,本課題における運動抑制では体部位局在が弱いことを示しており,皮質下の抑制性回路の関与を示唆する。

 

(21) 磁気共鳴機能画像 (fMRI),筋電図 (EMG),経頭蓋磁気刺激 (TMS) の 同時計測に関する基礎的検討

設楽 仁,花川 隆,本田 学(国立精神・神経センター 神経研究所 疾病研究第七部)

 TMS,fMRI,EMG同時測定システムの基礎的検討を行った。被験者8名の右母指・小指外転筋からEMGをモニターし,安静時運動域値120% (TMS120),活動運動域値の90% (TMS90),機械出力の30% (TMS30)の強度で単発TMSを加え(頻度~0.1 Hz),stepping stone sampling法による同時計測を行った。TMS30条件では自発運動を行わせ,運動強度の指標としてEMG積分値を計算した。TMS30とTMS120では運動対側の一次運動野と体性感覚野を中心に脳活動を認めた。TMS90ではこれら領域の活動を認めなかったが,補足運動野の活動は全条件で観測された。運動強度指標と相関する脳活動として,TMS120で体性感覚野,TMS30では運動前野の活動が検出された。TMS,fMRI,EMG同時測定システムは,随意・誘発運動の発現メカニズムの解明に有用であると思われる。

 

(22) 適応機能を有する筋電義手を用いた運動機能再建に関する研究

加藤 龍,横井浩史(東大院・工・精密機械工学)

 本研究では,手指を失った切断者の運動機能再建を目的とした筋電義手開発を行ってきた。この義手は,筋電位を用いた長期安定的な多動作意図識別,手指機能を補う五指ハンド(筋骨格系),人工触覚(感覚系)という3つの身体代替機能を提供する。特に制御機能の実現は最重要と捉えており,信号の個人差や時変性に適応するオンライン学習法を採用することで長期安定的な動作意図の推定を可能にしてきた。そこで本発表では,適応機能を有する義手が,切断者の運動機能再建にどのように影響するかを検証するため脳科学的側面と臨床的側面の両方から解析を行った。前者では,義手使用時の使用者の脳活動をfMRIにより計測し,習熟が与える運動野への影響や人工触覚が与える感覚野への影響などを明らかにしている。また,後者では日常生活で行う手指機能を用いる動作事例に関して日常生活動作(ADL)評価をすることで,手首動作と手指動作の複合動作の重要性を示している。

 

(23) 幼若時片側除皮質ラットにおける皮質脊髄路の大規模変化

梅田達也1,高橋雅人2,ワタナチャン・アニュサラ3,伊佐かおる1,伊佐 正1
1生理研・認知行動発達,2杏林大・整形外科,3プラモンクットカラオ大・生理)

 幼若脳は可塑性に富む事が知られている。幼若時に片側除皮質したラットでは,成熟時において対側上肢の運動機能に異常が少ないと報告されている。本研究では,その代償機構の神経メカニズムを調べるため,解剖学的・電気生理学的手法を用いて,幼若時片側除皮質ラットにおいて形成された下行性の神経回路を調べた。損傷皮質と対側の運動野に順行性トレーサーBDAを導入した結果,導入領域と対側の上丘・赤核・橋核,同側の後索核・脊髄灰白質といった通常の投射領域とは反対側の領域にも軸索投射が確認された。更に,錐体を電気刺激した結果,両側の運動ニューロンから多シナプス性の活動が惹起された。同側運動ニューロンへのシグナルは脊髄介在ニューロンを介する経路と網様脊髄ニューロンを介する経路によって伝わっていた。以上の結果は,幼若時片側除皮質後,上肢運動を制御する代償的な神経回路が広範囲で形成される事を示唆する。

 

(24) 一次運動野の機能脱失にともなう鏡像運動の生成機構

坪井史治1,西村幸男2,斎藤紀美香3,伊佐 正3
1総研大院・生命・生理,2ワシントン大学・生理・生物物理学,3生理研・認知行動発達)

 鏡像運動は脳卒中や脊髄損傷等で中枢神経系に障害を負った際に発現し,その出現時には両側の感覚運動野の活動が上昇するとの報告があるが,この活動が鏡像運動の生成に寄与しているか不明である。本研究では,脳損傷時に発現する鏡像運動を,サル一次運動野(M1)の一時的な機能脱失モデルによって再現し,鏡像運動生成に関与する中枢機序を調べた。機能脱失にはGABAA受容体のアゴニストであるムシモルの微量注入を用いた。サルに右手を固定した状態による左手の把持運動を行わせ,上肢筋のEMG活動とビデオ撮影によって動作を記録した。右のM1指領域へムシモルを注入した結果,左手の機能が障害され右手に鏡像運動が出現した。更に,左のM1へムシモルを注入したところ,この右手の鏡像運動は消失した。以上の結果は反対側のM1が鏡像運動に関与している事を示し,M1ムシモル注入によって,反対側のM1の活動が高まった可能性を示唆した。

 

S(1) 視覚と運動感覚を用いた手の位置知覚

羽倉信宏(NICT/ATR 脳情報研究所)

 ヒトは様々な感覚情報によって自己身体の状態を知る。その中で,身体部位の位置を脳に伝える主な求心性情報として運動(固有)感覚情報が挙げられるが,視覚情報も同時にその伝達に寄与することができる。両情報は異なる感覚器官から入力されるため,それぞれの伝える身体位置が完全に一致するとは限らない。よって,感覚間で統一された身体を維持するためには,両情報の統合が重要となる。本発表では視覚と運動感覚情報を用いた手位置知覚をとりあげ,1) どのような性質の視覚情報が自己の手位置情報として統合されるのか,そして2) 視覚および運動感覚が伝える手位置情報を統合する際にはどの脳領域の働きが介在するのか,について私たちが行ってきた研究を紹介する。

 研究を行うにあたり,私たちは被験者が腱への振動刺激によって惹起される運動錯覚を経験しながら様々な視覚情報を観察する,という状況を設定した。もしある視覚情報が自己の手位置情報として処理されるなら,その視覚情報は運動感覚情報と統合され,運動錯覚経験を修飾するはずである。

 行動学実験から,視覚情報は,i) それが手位置情報を伝えていることを被験者が知っているとき,およびii) 運動感覚情報の入力を受けている手と同じ視覚的特徴をもっているとき,運動錯覚経験を修飾することが分かった。また,iii) 視覚的特徴が一致しているときには,視覚情報の運動方向が運動感覚の伝える方向と一致する場合に,とくに運動錯覚経験に対する影響を強くすることも示された。fMRIを用いた脳活動測定からは,運動方向の一致した手の視覚と運動感覚情報が与えられる場合,左小脳-右下頭頂小葉間の大脳-小脳連関が介在することで両者が統合されることが示唆された。

 適切な視覚刺激の選択および上述の脳領域間の活動協調によって,多感覚によって伝えられる身体情報間の整合性が保たれ,空間内で統一された身体像が維持されると考えられる。

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 (in press; Open access at<http : // cercor. oxfordjournals. Org/ cgi/ content/ full/ bhn068v1>)
 Hagura N, Takei T, Hirose S, Aramaki Y, Matsumura M, Sadato N, Naito E;“Activity in the posterior parietal cortex mediates visual dominance over kinesthesia.”The Journal of Neuroscience. 27:7047-53; 2007

 

S(2) 環境適応的な随意運動を可能とするリアルタイム制御機構

冨田 望,矢野雅文(東北大学・電気通信研究所)

 生命システムを取り囲む環境は常に予測不可能的に変化する無限定環境である。そのような環境でも生物は運動目的を達成するため,柔軟かつ適切に運動を実現している。しかし,この環境適応的な運動生成メカニズムは未だに解明されていない。これまで生命システムにおける運動制御の問題は,環境とシステムとを分離し,環境をあらかじめ限定しモデル化することで解かれてきた。しかしながら,運動遂行中においても環境及びシステムの状態は予測不可能的に変化するため,全ての環境変化を事前に観測・モデル化することは事実上不可能である。また,生物のもつ適応性を学習システムのみに結論づけることも適切ではない。学習システムは試行錯誤的に身体や環境をモデル化し,環境適応性を後天的に獲得することができるが,その適応性は学習の時間スケールより十分遅い環境変化に限定される。そのため,個体の生存のためには学習によらない即時的な環境適応機構が必要である。

 この問題を解くにあたり,生物が持つ様々なレベルの冗長性と自律性は有用である。冗長性は多様な運動パターン生成を保証し,あらゆる状況に対応しうる可能性をもたらす。また各階層の自律性により,適切な運動パターンの決定が自律分散的に可能になると考えられる。その一方で,システムが冗長性を持てば,なんらかのルールに基づいて運動パターンを一意に決定する必要がでてくる。この問題は不良設定問題,もしくは自由度問題と呼ばれ,解くためには拘束条件が必要となる。これら問題を解決できる機構として,学習を必要とせずリアルタイムに運動パターンを生成できる自律分散制御機構が有効な手段となる。この制御機構を実現するための設計手法の一つが,我々が提案している「拘束条件生成充足法」である。この設計手法においては,パターンの多様性を実現するための,(1) 多形回路性,パターンを一意に決定し,且つリアルタイム最適化を実現するための,(2) 競合・協調関係(抑制性・興奮性結合),環境との即時的な関係性を実現するための,(3) 特性調節機構の3つが重要な設計要素となる。

 シンポジウムでは,上記3つの設計要素を満たした制御機構として,「6足歩行ロボットにおける歩容パターン生成」,「2足歩行ロボットにおける環境適応」,「リーチングにおける自律分散的な随意運動制御」について紹介する。

 

S(3) Frontal activity and intelligence in action

Xiaofeng Lu(陸 暁峰)(順天堂大・医・生理)

I. Area 9 cells contribute to temporal processing.
 Time is a fundamental element in living system. Without time, there is no past, present or future. In other wards, time is a fundamental element of existence since everything exists in time. Several areas of the brain including parietal cortex, prefrontal cortex, basal ganglia and olivo-cerebellar system are known to reflect the different aspect of the temporal processing. We describe a group of prefrontal cells (chiefly in area 9) that became active with a specific elapsed time (1, 2, 4, 5, or 7 second) but weaker activity with other times (post-time-instruction activity). Another group of cells showed higher activity only when reproduced a specific time but not other times. Moreover, the post-time-instruction activity during performance of the successful trials was significantly greater than that during the failed trials. These results suggest that prefrontal cortex plays a key role in both sensing and reproducing time.

II. Supplementary eye field (SEF) cells tell where is good to go.
 A group SEF cells became active during the period of reward delivery in the specific target location but weaker activity in other locations even though the same amount of reward was given in each location. Moreover, the reward position dependent activity varied following the modulation of the reward size. Our results suggest that the SEF cells may play an important role in providing the value of each saccade according to their spatial target location. In other words, SEF cells provide information of where is good to go.

III. SEF cells provide information necessary to act in the best timing.
 To initiate a voluntary action smoothly, it is always important to sense anticipated and elapsed time to events like “Go-signal”. We now describe a number of cells in the SEF with phasic, delay activity and postdelay activity modulation that varied with the length of the delay period. This variation occurred in two manners: cells became active with the shorter delay periods (GO signal presented earlier); cells became active with the longer delay periods (GO signal presented later). These results suggest that the delay-dependent activity may reflect anticipated and elapsed time during performance of a delayed saccadic eye movement.

IV. Frontal cells generate procedures of multiple actions to reach the goal.
 We perform limited forms of movements in various serial orders to achieve a large number of the volitional goals. How does the brain present such sequences? A group of cells in the primary motor cortex (M1) was fund to display higher activity with a specific arm movement direction, but only when this direction is within a specific sequence. Yet, many neurons in the supplementary eye field (SEF) became active with a specific target direction or a specific target/distractor combination. Furthermore, such activity was often selective for one among several sequences that included the combination. These results suggest that the M1 and SEF cells are involved in generating arm and eye movement in memorized sequences.

 

(25) 他者の手の力発揮の視覚情報が自己の力発揮に与える影響

廣瀬智士1,大内田裕2,松村道一1,内藤栄一3
1京大院・人環・共生人間,2東北大院・医・肢体不自由学,3 NICT)

 他者の運動を観察しながら運動を実行すると,他者運動の視覚情報が運動実行に影響を与えることが知られている。本研究では1)移動を伴わない力発揮(等尺性運動)を行う他者の効果器の視覚情報が自己の力発揮に影響するか,2)その影響が効果器特異的であるか,を調査した。16名の健常男性が実験に参加した。被験者は,他者が力発揮と脱力を繰り返す顔,足,手の映像を見ながら,精密把握による弾道的な力発揮を行った。映像が力発揮を行っていときに同時に力を発揮する条件を同位相条件,映像が脱力しているときに力を発揮する条件を逆位相条件とした。被験者の発揮した力は手の映像を観察中かつ同位相条件でのみ大きくなった。本研究により,他者の等尺性運動の視覚情報も自己の力発揮に影響を及ぼすことが明らかになった。またこの際,視覚情報が干渉するのは,体部位再現性を持つ運動領野における運動生成の過程であることを強く示唆した。

 

(26) 7b野・VIP野の多種感覚領ニューロンによる自他身体のマッチング機能

石田裕昭,稲瀬正彦,村田 哲(近畿大・医・第一生理)

 頭頂連合野は視覚と体性感覚情報を統合し,運動を制御するために自己の身体周辺空間や身体表象に関わる。さらに頭頂葉損傷による身体失認の患者の一部は,自己に加えて他者の身体の認識が障害されることが報告されている。こうしたことは自他の身体の知覚に,頭頂葉にある共通した神経基盤が関わっている可能性を示唆する。われわれは,行動下のサルの下頭頂小葉(7b)および頭頂間溝底部(VIP)から,自己および他者の身体をマッチングする視覚-触覚バイモーダルニューロンを記録した。これらは1)自己および他者の身体周辺空間(<30cm) を符号化し,2)受容野が,自己と他者の身体で,鏡像的に位置するものが多く,3) 他者の身体部位上にある受容野は,自己から見た他者の身体の位置に依存しないこと(身体部位中心の符号化)が明らかになった。これらのニューロンは脳内で自他の身体を対応付け,他者の行為理解に関与すると考えられる。

 

(27) サルAIP野における手操作関連神経活動の情報量解析

石田文彦1,清水崇司1,村田 哲2,阪口 豊1
1電通大院・情報システム学,2近畿大・医・第一生理)

 ヒトや動物が環境中で適切に行動するには,行動決定や運動発現に関わる情報処理が環境と同等の時間スケールで行われなければならない。本発表では,感覚入力から運動発現までの脳内過程を環境の物理的時間に沿って理解することを目指し,3次元物体の手操作運動中にAIP野で観察された神経活動の情報量解析の結果について述べる。本研究では,3次元形状による操作対象分類と神経活動間の相互情報量を一定の時間幅ごとに計算することにより,神経活動に含まれる対象形状に関する情報が課題遂行に応じて変化する様子を分析し,その可視化を試みた。その結果,AIP野神経活動の情報量の時間変化は大まかに5つのタイプに分類されることがわかった。さらに,視覚入力と運動情報表現によって活動が異なるニューロン群ごとに情報量の変化を追跡することにより,視覚運動変換過程においてこれらのニューロン群が担う情報表現と機能的役割の考察を行った。

 

(28) MST野の破壊が短潜時腕応答に及ぼす影響

竹村 文,大藤智世,安部川直稔,河野憲二,五味裕章
(産総研・脳神経,筑大院・感性認知,NTT・CS基礎研,
京大院・医,ERATO・下條潜在脳機能)

 最近の研究で,上肢を正確に目標に到達させるために機能している2つの視覚入力で生じる修正運動が明らかにされた。1つは,小さな視標に向かう到達運動中,視標がジャンプしてずれた状況で生じる運動で,その潜時はサルで約100ミリ秒(ヒト:約140ミリ秒)である。もう1つは,到達運動中に背景が動いたときに生じる運動で,背景にひきずられるように腕が動く。この修正運動の潜時はさらに短く,サルにおいては背景が動いてから約70ミリ秒(ヒト:約110ミリ秒)で生じる(MFR:Manual Following Response)。サル脳皮質MST野にムシモールを注入し,これら腕の修正運動に及ぼす影響を観察した結果,視標のジャンプに対する初期反応は減少し,MFRは消失した。このことから,MST野が,腕の短潜時応答のための視覚―運動変換に関与する領域であることが示唆された。

 

(29) 手を動かす視覚,眼を動かす視覚

五味裕章(NTTコミュニケーション科学基礎研究所,下條ERATOプロジェクト)

 運動には様々な視覚情報が使われる。脳の細分化された視覚情報処理では,入力の特長によってのみ解析機能の分離分担を行っているばかりではなく,知覚と運動のための視覚情報処理も分離していることが,近年の脳研究で明らかになってきた。さて,このような視覚処理系の分離は,知覚と運動の間に限られたことであろうか? 我々はこれまでの研究で,腕到達運動中に広い視野が動くとその方向に短潜時で手が動くManual Following Response (MFR)について報告してきた。その視覚解析の特徴は,視覚運動によって誘発される眼球運動(OFR)と酷似しており,共通の視覚処理系の関与が示唆された。しかし,目と手では視覚運動情報の空間統合特性が異なることを最近突き止めた。この結果は,それぞれの運動系に応じた視覚解析があることを示唆しており,目的に応じた視覚解析システムの分離はより一般的なものであることが予想される。

 

(30) 複雑な運動における軌道計画

小池康晴,神原裕行(東京工業大学精密工学研究所,JST CREST)

 これまで,腕の運動計画については,始点,終点,運動時間などの情報を基に最適規範により運動軌道を計画し実行しているとする脳のモデルが提案されている。しかし我々のグループでは,2点間到達運動のような簡単な運動は終点だけの情報で軌道計画をすることなしに実行が行えるモデルを提案し,実際に人の運動を矢状面に於いて再現できることを確認した。このモデルを用いて経由点のある運動などより複雑な運動を実現する場合には,経由点を通るためにどのように運動を切り替えなければいけないかを計画する必要がある。しかし,この場合でも始点と経由点,経由点と終点の間の軌道については計画する必要が無い。本報告では,経由点のある矢状面に於いて運動をどのように計画するかについて提案モデルを用いて計算機シミュレーションを行い,実際の人の運動と比較した結果について述べる。

 

(31) サルのトレッドミル歩行に伴う一次運動野の神経細胞活動

中陦克己(近畿大・医・生理1)

 霊長類の大脳皮質における歩行制御機序の解明を目的として,トレッドミル上を無拘束の状態で四足歩行するサルの一次運動野から単一神経細胞活動を記録した。また体幹と四肢から筋活動を記録した。そしてベルトの速度を段階的に変化させ,記録された神経細胞の活動様式に対するベルト速度の効果を明らかにしようと試みた。ベルト速度を増加させると,サルは歩幅と歩行周期頻度を増加させた。またこのような肢運動の変化に伴って前後肢の筋活動は増加した。一方,一次運動野・下肢領域から記録された神経細胞は,歩行周期に一致した相動的な活動様式を示した。これらの細胞の多くは,ベルト速度の増加に伴って発射頻度を増加させた。以上の結果は,サルの一次運動野が脊髄リズム生成神経回路網の出力を直接的/間接的に制御することによって推進力の生成に関わることを示唆する。

 

(32) 下肢ペダリング運動が上肢皮膚反射に及ぼす影響

笹田周作,田添歳樹,中島 剛,小宮山伴与志
(東京学芸大院・連合学校教育,
国立身障者リハセンター・運動機能系障害,千葉大・教育)

 近年ヒトにおいても頸髄と腰髄に中枢パターン発信器(CPG)が存在し,さらに両CPGを連結する神経機構の存在が示唆されている。これまで皮膚反射はCPGの影響下にあり,上肢もしくは下肢ペダリング運動によって強い修飾を受けることが明らかにされている。そこで本研究では,下肢ペダリング運動が上肢皮膚反射に及ぼす影響について検討を加えた。被験者(13名)は上肢の筋を随意収縮し,エルゴメーターによる下肢ペダリング運動を行った。皮膚反射は浅枝橈骨神経を手関節部で刺激(1ms ×3発,333Hz,知覚閾値2-2.5倍)することで得た。下肢ペダリング運動は上肢皮膚反射の短潜時成分へ筋特異的に影響を及ぼした。特に,その効果は上肢筋の背景EMG量と回転数に依存した。しかし,上肢皮膚反射は下肢のサイクル相に依存せず,また下肢の等尺性筋収縮の増加による影響も見られなかった。これらの結果は下肢CPGの活動は上肢皮膚反射を構成する神経回路に影響を及ぼす可能性を示唆する。

 

(33) 受動歩行時における足関節屈筋および伸筋の皮膚反射動態について

中島 剛,上林清孝,高橋 真,小宮山伴与志,中澤公孝(国リハ研・運動障害部)

 本研究は,ヒトの歩行に関連した感覚情報が足関節屈筋および伸筋の皮膚反射動態にどのような影響をあたえるのかについて検討した。特に,歩行時の荷重に関連した感覚情報に着目した。受動歩行は動力型歩行補助装置を用い,トレッドミル上での受動歩行(TS)と完全免荷による空中受動歩行(AS)の2課題であった。皮膚反射(脛骨神経刺激)は,受動歩行の立脚相に着目し,前脛骨筋(TA)および内側腓腹筋(MG)から導出した。その結果,AS課題では両筋ともに皮膚反射の振幅は歩行位相に依存しなかった。しかしながら荷重が脚部に加わるTS課題ではTAの促通成分は立脚相後半で増大し,MGの抑制成分は荷重が脚部に加わる位相である立脚前半から中盤にかけて促通に転じた(反射の逆転現象)。これらの結果から,受動歩行時における皮膚反射の歩行位相依存性は荷重情報に関連して生じ,その動態は足関節屈筋および伸筋で異なることがわかった。

 

(34) 求心路の可逆的遮断のための冷却方法の提案

原 昌宏1,宮下英三2,阪口 豊1
1電通大院・情報システム学・人間情報学,2東工大院・総理工・知能システム)

 本研究では,随意運動制御における固有感覚の役割を調べることを目的として,脊髄神経後根の神経伝達を可逆的に遮断する冷却装置を開発し,その能力を検証した。本装置は,冷却源としてペルチェ素子を用いており,温度の電子制御が可能である。また,神経に接する冷却プローブはグラファイトシートを珪素樹脂で覆ったものを開発した。このプローブは柔軟性に優れ,繰り返し使用可能であるうえ,高い生体適合性が期待できる本装置の神経伝達遮断性能を麻酔下のラットを用いて試験した。露出させた第7頸神経後根に冷却プローブを接触させ,その周辺部分を冷却すると共に,同側の前肢に外力を加えて上腕三頭筋に伸張反射を誘発させ,その筋活動を計測した。その結果,脊髄神経後根の冷却と脱冷却により伸張反射を可逆的に抑制できることを確認した。今後,本装置を慢性的に埋め込み,覚醒した動物の感覚フィードバックを遮断する装置へ発展させていきたい。

 

(35) 表面筋電信号に基づいた神経疾患における運動機能の
定量的な評価に関する研究

李 鍾昊,筧 慎治
(東京都医学研究機構・東京都神経科学総合研究所,認知行動研究部門)

 我々は,種々の神経疾患における運動機能を表面筋電信号に基づいて運動指令レベルから定量的に把握できる方法を確立することを目指した。つまり疾患の病態をより根本的に評価するには,動きの原因である運動指令(筋活動)の異常を捉えることが望ましい。そこで我々は,手首運動を利用して異常運動だけではなく,その原因である筋活動の異常も同時に分析できるシステムを開発し,これまで手首運動に関わる4個の筋活動(ECR,ECU,FCU,FCR)の中に,異常運動を十分に説明できる情報が含まれていることを確認した。今回は,4個の筋活動から各疾患における病態の評価及び疾患の診断に有用なパラメータを抽出することを試みた。特に,これらのパラメータは単独でも筋活動のパターンを特徴付ける固有の機能的意味を持つが,組み合わせて評価することにより,疾患の位置づけや治療のためのナビゲーションへも応用できると期待される。

 

(36) 末梢神経信号の方向別信号分離
―末梢神経を介した運動制御を目指して―

伊藤孝佑,鈴木隆文,満渕邦彦(東大院・情報理工・システム情報)

 上肢切断患者の上肢運動機能を代行する義手はその入力情報として,従来筋電信号が用いられてきたが,損傷の程度により対象部位の筋自体が失われる事もある。こうした場合の解決策に,末梢の運動神経の情報そのものを利用した義手が考えられる。しかし末梢神経は感覚情報を含む求心性信号と運動情報を担う遠心性信号が混在しており,運動情報を抽出するには遠心性信号のみを選択的に取得する事が望まれる。以前の発表では,遠心性及び求心性信号の混在する末梢神経信号を伝搬方向別に分離する手法の概念を述べた。末梢神経の走行方向に複数の電極を配置し神経信号を取得する場合,各電極における信号の間には伝播遅延が発生する。この遅延が伝播方向により異なる事を利用して,各電極で計測される信号から伝播遅延を推定し,伝播方向別に信号を弁別するアルゴリズムである。そこで本発表では,そのアルゴリズムの詳細及びその後の進捗を含めて報告する。

 

(37) 短期間の関節固定・非荷重が脳波-筋電図コヒーレンスに与える影響

遠藤隆志1,花村 学2,牛場潤一3,米田継武4,櫻庭景植4
1国リハ研・運動機能,2順大院・スポーツ健康科学,
3慶大・工・生命情報,4順大・スポーツ健康科学)

 本研究では,固定・非荷重による短期不活動が,運動制御機構に与える影響を脳波‐筋電図コヒーレンス法を用いて明らかにすることを目的とした。健康な成人男性10名を対象とし,被験者の左足関節をギプス固定し,松葉杖による免荷を1週間行った。その固定期間の前後に下腿周囲径および筋断面積,足関節底背屈における等尺性最大トルクを計測した。また,両足それぞれで持続的筋力発揮課題を行い,このときの脳波および筋電図を測定し,コヒーレンス解析を行い,周波数領域における両者の相関を算出した。固定解放後に下腿両側の筋の形態に変化はみられなかったが,固定側の等尺性最大トルクは有意に低下した。持続的筋力発揮課題中に固定側のみで有意なコヒーレンスの低下が観察された。これらの結果は,短期不活動による神経系の機能低下の一部として,皮質運動野および脊髄運動ニューロン活動における同期性の低下も含まれる可能性を示唆する。

 

(38) 脊髄内微小刺激によって把握運動を誘発する

関 和彦,Andrew Jackson,鈴木隆文,竹内昌治,武井智彦,五條理保
(生理研・認知行動,ニューカッスル大学,東大・情報理工,東大・生産研)

 我々は脊髄介在ニューロン群に手の運動の筋シナジーが表現されているのではないかと考えている。もしこの仮説が正しいとすれば,脊髄内電気刺激(ISMS)によって機能的な手の運動が誘発できるはずである。そこで我々は最近,1頭のサルを対象とした急性実験を行い,ISMSによってどのような把握運動が誘発されるかを調べた。単発刺激では主に示指,拇指の単収縮が誘発され,それらは複数の脊髄内部位への刺激によって非線形的加重を示す場合があった。また連続刺激を与えると,把握様運動など多様な運動が誘発された。次に2頭のサルの脊髄にステンレス線電極及びMEMS技術を用いて開発された柔軟神経プローブを複数埋込み,刺激効果の持続時間を比較した。その結果,刺激効率は柔軟神経プローブの方が有意に長く持続した(一ヶ月以上)。これらの結果は,把握運動の制御における脊髄神経回路の重要性を示していた。また,ISMSは上肢麻痺患者の再建のための基盤技術となる可能性が示された。

 

(39) 手首運動における小脳Golgi細胞の活動と役割

戸松彩花,筧 慎治(東京都神経科学総合研究所,認知行動研究部門)

 ゴルジ細胞は小脳における介在細胞の1つで,その波形および発火頻度より他のニューロンと明確に弁別することが可能である。小脳では,小脳外→苔状線維→顆粒細胞→平行線維→プルキンエ細胞→小脳核→小脳外,という流れがメイン経路である。ゴルジ細胞は,苔状線維および平行線維から興奮性入力を受け,顆粒細胞に対して抑制性投射を持つ。すなわち顆粒細胞は,苔状線維から興奮性入力を,ゴルジ細胞から抑制性入力を受けることになる。小脳の入力経路に働きかける位置を占めるゴルジ細胞は,従来からその役割について注目されてきた。今回は,手首による8方向の運動にともなう,右lobule5,6のゴルジ細胞の活動特徴を報告するとともに,その作用に関して考察してみたい。

 

(40) 運動学習の分散効果と運動記憶の転移

岡本武人,白尾智明,永雄総一
(群馬大学大学院・神経薬理,理研脳センター・運動学習制御研究チーム)

 適度な間隔をあけた学習と集中的な学習とでは,その効果が前者のほうがより長期間持続する。心理学ではこれを「分散効果」と呼ぶが,そのメカニズムは知られていない。私たちは,マウスに5つの異なったスケジュールで視機性眼球運動の訓練を行い,運動学習の分散効果を調べた。(1)群には800周期の訓練を1時間集中的に行い,(2)~(3)群には,200周期の訓練を0.5~1時間の間隔で4回続けて行い,(4)~(5)群には100~200周期の訓練を24時間間隔で8~4回続けて行った。訓練直後,全群に同程度の運動学習が生じたが,(1)群の学習のみは24時間で減衰した。さらに訓練直後に局所麻酔剤を用いて,小脳皮質の出力遮断をしたが,(1)群の学習は消去されたが,(2)群の学習は変化しなかった。これらの所見は,小脳皮質から前庭核への記憶痕跡の移動が,訓練開始後の早い時期におこり,それが分散効果に関与することを示唆する。

 

(41) 大脳-小脳連関の謎I. 橋核での中継

筧 慎治,角田吉昭,戸松彩花,李 鍾昊(東京都神経研・認知行動)

 運動に際し,多数の筋活動を適切なタイミングと強さに協調させて初めて,我々は目標に到達する。この協調過程に大脳―小脳連関が必須であることは今や定説である。大脳と小脳が協調してタイミングを制御するには,様々な時間情報を正確にやり取りする必要がある。しかしながら大脳ニューロンの多様な活動は,橋核での中継に際して高度な発散と収束により重ね合わされ平均化され,大脳ニューロンがコードする情報のエントロピーは時間的・空間的に小脳到達前にかなり失われてしまう可能性がある。実はこの問題は高次中枢での情報伝達全般に共通する潜在的問題でもある。われわれは手首運動課題を行うサルの小脳皮質半球部で,大脳入力を小脳に中継する単一苔状線維の活動を分析した。驚くべきことに苔状線維の活動は入力元の運動野ニューロンに酷似する多様な時空間パターンを保持し,大脳皮質情報の正確なコピーが小脳に到達することが明らかになった。

 

(42) 小脳プルキンエ細胞におけるニューロン活動のregularityの解析

小林 康,岡田研一,河野憲二,竹村文
(大阪大学・生命機能研究科,京都大学・医学研究科,産業技術総合研究所)

 視覚運動変換過程でのニューロンの発火頻度とスパイク間隔の変遷から脳内情報表現の変化を考察した。広い視野の動きによって誘発される追従眼球運動時の,大脳MST野,橋DLPN核,小脳腹側傍片葉のプルキンエ細胞のニューロン活動を解析した。大脳MST野,橋DLPN核のスパイク間隔はirregularで,小脳プルキンエ細胞(単純スパイク)のスパイク間隔はregularであることがわかった。プルキンエ細胞の発火のregularityには活動電位の不応期が関与しており,さらにプルキンエ細胞は毎試行の発火がregularであっても,多試行の発火頻度の時間パターンで高時間分解能の情報が保持されていることが確かめられた。この結果を細胞アンサンブルで考えると,小脳での大規模な情報の発散,収束があることが示唆される。

 

(43) サル前頭前野内側皮質における時間長の認知と検出

湯本直杉,陸 暁峰,宮地重弘,南部 篤,深井朋樹,高田昌彦
(東京都神経研・統合生理,順天堂大・医・第一生理,京大霊長研・行動神経,
生理研・生体システム,理研・BSI・脳回路機能理)

 時間長の情報が脳においてどのように処理されているか調べるため,時間再生課題を構築し,課題遂行中のサル前頭前野皮質から神経活動記録を行った。課題において提示される時間情報は2秒,4秒,もしくは7秒間であり,Instruction Cue LEDの点灯持続時間によって表される。Go Signal 出現後,サルはInstruction Cueによって提示された期間と同じ時間長だけ待機した後にボタンを押す。この課題を遂行中のサル前頭前野内側面(9野)から時間長に特異的な神経活動が記録された。試行結果の正否により,Post-instruction期間中の発火率に有意な差が見られ,また9野へGABAアゴニストであるムシモールを注入した結果,課題試行時の失敗率に有意な増加が見られた。これらの結果から,前頭前野皮質が時間情報の認知と再生に大きく関わっている可能性が示唆される。

 

(44) Missing刺激を用いた時間情報処理機構の探索

田中真樹,田代真理(北大院・医・認知行動,JST・さきがけ)

 時間の情報処理には小脳や基底核などの皮質下構造が関与することが知られている。その神経機構を調べる目的で,一定間隔で繰り返し提示される視聴覚刺激を小脳患者(SCA6),健常人,サルに提示し,突然あらわれるoddball刺激(deviantまたはmissing条件)に対する反応時間を調べた。Missing刺激を検出するためには,刺激が現われるタイミングを正確に予測し,これを感覚入力と比較する必要があると考えられる。健常者では600~1200ミリ秒の刺激間隔ではふたつの条件間で反応時間に差がみられなかったが,小脳患者ではdeviantに較べてmissing条件で潜時の延長を認め,タイミングの予測に小脳が関与する可能性が示唆された。また,健常者でより短い刺激間隔での反応時間を比較すると,多くの被験者では300ミリ秒以下で条件による違いを認めた。今後,サルに同様の課題を行なわせ,神経活動を探索する。

 

(45) 離散運動と周期運動の間の非対称な学習転移

池上 剛,平島雅也,多賀厳太郎,野崎大地(東大・教育)

 同じ動作でも,一回一回の動作を単発で行う運動(離散運動)の方が,周期的な繰り返し運動(周期運動)に比べてより広範囲の脳活動を伴う(Schaal et al., Nat Neurosci 2004)。運動制御と学習の神経過程間の関連を考慮すると,この脳活動の違いが運動学習動態に影響する可能性がある。この仮説検証を目的に,視覚運動変換(30度回転)条件下で,被験者が単一標的へのリーチング運動を離散運動(30試行)および周期運動(連続100試行)として行ったときの,両運動課題間の学習の転移を調べた。その結果,離散運動で獲得された学習効果は,周期運動でもそのまま活用された。一方,100試行もの周期運動で獲得されたはずの学習効果は,引き続き行われた離散運動ではほとんど活用されなかった。この両運動間の非対称な学習転移は,我々の仮説どおり,離散運動と周期運動の制御機構の違いを反映しているものと考えられる。

 

(46) 前頭前野腹側部から運動前野背側部への経シナプス投射

高原大輔,星 英司,宮地重弘,井上謙一,南部 篤,高田昌彦
(東京都神経研・統合生理,生理研生体システム,総研大・生命科学,
玉川大・脳科学研究所,京大霊長研・行動発現)

 条件付き視覚運動変換過程に前頭前野腹側部(PFv)と運動前野背側部(PMd)の両方が関与していることが示されている。興味深いことに,PFvからPMdへの直接的な投射は無いことが分かっている。そこで,我々は,PFvからPMdへ経シナプス性の投射があるとの仮説のもと本研究を行った。逆行性蛍光トレーサをPMdに注入したところ,前頭葉皮質の内側部と46野の背側部がPMdへ直接投射することが明らかとなった。先行研究により,何れの領域もPFvから入力を受け取ることが示されている。次に,狂犬病ウィルスをPMdに注入し,一段階の経シナプス性の逆行性伝播を許したところ,PFvに標識された細胞が新たに現れることが分かった。以上の結果は,PFvから前頭葉皮質を経由してPMdへ到る経シナプス性の投射経路があることを示唆する。

 

(47) 視覚運動変換における運動前野背側部と腹側部の機能的差異

星 英司,中山義久,山形朋子(玉川大学・脳科学研究所)

 本研究は,視覚情報を運動情報に変換する過程への高次運動野(運動前野腹側部と背側部)の機能的関与を明らかにすることを目的として行われた。視覚運動変換には大きく分けて,ダイレクトな過程(視覚物体がそのまま動作の標的となる場合)とインダイレクトな過程(視覚物体は標的とはならずに,動作内容を指示する場合)があるので,これら2つの要素を含む行動課題を行っているサルの運動前野より単一神経細胞活動の記録を行った。その結果,運動前野腹側部にはダイレクトな過程が表現されているのに対して,運動前野背側部にはインダイレクトな過程が表現されていることが明らかとなった。更に,これらの結果を,頭頂葉ならびに前頭前野と形成されるネットワーク構造という観点から見ると,2つの視覚運動変換過程に対応する2つの大きなネットワークがあることが示唆された。

 

(48) 系列指運動課題セットの切り替えに関わる脳活動

細田千尋,花川 隆(神経研・疾病研究第七部,東京医科歯科院)

 健常成人18名を対象に,複数の系列指運動課題セット間の切り替えに関わる脳活動を,機能的MRIを用いて検討した。視覚刺激を2.5秒毎に提示し,背景色の変化で課題セットの切り替えを指示した。被験者は,右手の示指,中指,薬指の3指を用いて,2.4Hzの頻度で系列運動を行った。合計で6回のタッピングを基本単位とし,どの指を動かすかを空間配列,各指を動かす回数を数系列と定義した。課題セットとしてどちらかの系列要素が複雑な固定系列運動(空間配列課題,計数系列課題)及び系列運動自由生成の3種類を用いた。計数系列課題から空間配列課題への切り替え時には,背側運動前野と中心後回に活動が見られたのに対し,空間配列課題から計数系列課題への切り替え時には,補足運動野での活動を認めた。空間配列課題と計数系列課題の切り替えに,異なる高次運動野の活動が関わっていることが示唆された。

 

(49) 歩行運動の中枢制御機構:システム構成原理の解明

松山清治(札幌医大・保健医療・作業療法)

 歩行運動は全身性に発現するリズム性協調運動であり,その発現・制御に関わる神経機構は大脳から脊髄に至る中枢神経系広範囲に分散配置されている。本研究では中枢歩行制御機構のシステム構成原理を明らかにするため,歩行運動の基礎的発現・制御機構である脳幹~脊髄系に着目し,その構造及び機能的特徴について解明を進めてきた。脳幹~脊髄系の中でも,上位脳からの歩行駆動信号を脊髄に中継伝達する網様体脊髄路は,これからの下行性入力を受ける脊髄介在ニューロン群とともに,基礎的な歩行発現・制御システムの基本骨格を成すと考えられる。今回はこれまでに行ってきた網様体脊髄路と脊髄介在ニューロン機構に関する構造的及び機能的解析から得られた成績について述べるとともに,これらが構成する脳幹~脊髄システムの役割について考察する。

 

(50) 二足歩行運動に大脳皮質機能は必要なのか?

森 大志,中陦克己(山口大学・獣医・生体システム科学,近畿大学・医・生理)

 歩行運動は姿勢制御と肢運動制御の統合・協調運動として表現される。この神経制御機序については,主に除脳ネコ標本による研究が進められ,1) 基底核-脳幹系の筋緊張制御への関与,2) 脳幹・小脳内の歩行運動誘発野の存在,3) 律動的な肢運動を生成する脊髄内神経機構の存在の可能性,などが示されてきた。これらの結果は四足歩行運動が脳幹・脊髄という下位神経機構によって達成され得ることを示唆する。一方,二足歩行運動は両下肢での体幹支持と推進力産生により形成される。また,二足歩行はヒトや一部の霊長類にのみ観られ,四足歩行とは異なる制御機序を必要とする可能性がある。我々は二足歩行運動の中枢制御機序を解明する目的で,サル二足歩行モデルを確立した。一連の運動学的・機能画像・神経活動不活化,神経活動記録法などによる研究から,皮質運動野が二足歩行運動の基本的制御にも関与している可能性があることが明らかになりつつある。

 

(51) 遺伝子改変マウスを用いた歩行CPGの研究

西丸広史(筑波大院・人間総合科学・基礎医学系・生理)

 歩行運動は足のそれぞれの筋肉が各関節をリズミックかつスムーズに曲げ伸ばしすることで生み出されている。これはそれぞれの筋群を支配する脊髄運動ニューロンが協調してリズミックに発火することによって実現されており,その基本的な発火パターンを形成するCentral Pattern Generator(CPG; 中枢パターン発生回路)は脊髄に局在していると考えられる。しかしこのCPGによるリズムおよびパターン形成の神経メカニズムは依然として不明であり,現時点で哺乳類の歩行CPGの理解はブラックボックスに近い状態である。この歩行CPGの神経機構の解明を目指して,私たちは遺伝子改変マウスを用いた生理学的研究に取り組んでいる。今回のシンポジウムでは脊髄摘出標本において歩行運動様リズム活動において筋活動パターンの異常を示すalpha-chimerin欠損マウスおよび小胞型GABA輸送体(VGAT)欠損マウスを用いた研究を紹介する。

 

(52) 随意運動の空間表現は不随意な実時間運動制御に影響を与えるか?

安部川直稔,五味裕章(NTTコミュニケーション科学基礎研究所・人間情報研究部,
JST・ERATO下條潜在脳プロジェクト)

 視覚誘導性到達運動において,視線と到達目標の位置は重要な要素であり,空間情報が主に運動計画時に処理されるメカニズムについて多くの研究がなされてきた。本研究はこれら空間情報が運動遂行中に担う役割の解明を目的とする。具体的には腕運動中に視覚運動刺激によって生じる不随意な腕応答(MFR)に着目し,視線,到達目標,および視覚運動刺激の位置関係がMFRに与える影響を調べた。その結果,視線と到達目標の方向が近いほど,MFRは大きく誘発された。また,これら空間的関係性が位置知覚や眼球応答に対して与える影響はMFRに対してとは異なり,MFRのゲイン修飾は腕制御特有の処理系で行なわれていることが示唆された。更に,到達運動中にサッカードによる空間情報の更新を行なうと,その更新に応じたMFRの修飾が観察された。視線と到達目標の空間的関係性は,運動遂行中に実時間でMFRの修飾に反映されることが明らかになった。

 

(53) ヒトの視覚誘導性switching運動と一次視覚野

大木 紫,渋谷 賢,関口浩文,門田 宏,竹内成生,中島八十一(杏林大・医・生理,
国立リハセンター研究所・感覚障害部,早稲田大・科健機構,芝浦工大院・工・機能制御)

 腕の到達運動中にターゲットの位置が変化すると,ヒトは素早く運動を修正し,新ターゲットに到達できる。運動中の一次視覚野に経頭蓋磁気刺激(TMS)を加え,この修正が意識下で起こる可能性を検証した。4人の正常被験者が,眼前に置かれたモニター中央に呈示されたターゲットに到達運動を行った。運動中に時々ターゲットが消え,新ターゲットが左か右に短時間(約8ms)もしくは持続的に呈示された。新ターゲット呈示100ms又は70ms後に,時々TMSを加えた。各試行後被験者に,新ターゲットが見えたか,その位置は左右どちらかを強制選択させた。TMSを加えない場合,被験者は呈示時間に関わらず新ターゲットに運動修正できた。TMSを加えると新ターゲットを見落とす確率が増加した。遅延時間100msでは,見落としたターゲットに対する修正運動が観察された。また被験者は,見落としたターゲットの位置をかなり正確に報告できた。

 

(54) 脳梁間線維を介した連合性対刺激法による運動皮質の可塑性誘導

小金丸聡子,美馬達也,中塚昌博,植木美乃,福山秀直
(京大院・医・高次脳機能総合研究センター)

 SStefanらにより末梢神経電気刺激とその支配領域の運動皮質を経皮的磁気刺激法(TMS)にて一定のタイミングで刺激する事で運動皮質の可塑性を誘導する連合性対刺激法が確立されている。連合性対刺激法の原理を用いて,TMSにて両側運動皮質を一定のタイミングで刺激する事で脳梁間線維を介して同様に運動皮質の可塑性が誘導されるかを検討した。【対象】健常試験者10人(男9,女1,年齢27~34歳)【方法】TMSにて両側1次運動野における各母指外転筋のHot spotを特定し,一方の運動皮質を刺激後15msの刺激間隔で両側運動皮質の連合性対刺激を30分間行う。この前後及び20分後,40分後で皮質脊髄路の興奮性の評価として,Input-Output curveを測定する。【結果】介入前に比較し,介入直後は有意に皮質脊髄路の興奮性が高まった。20分後,40分後と徐々に介入前の状態に戻った。両側運動皮質の対刺激にて運動皮質の可塑性が誘導されたと考えられた。

 

(55) サルを対象とした脳活動からの行動予測

竹中一仁1,長坂泰勇2,入來篤史2,國吉康夫1,藤井直敬2
1東大院・情報理工・知能機械,2理研・BSI)

 脳から直接情報を読み取るブレーンマシンインターフェースは現在盛んに研究されているが,その多くが訓練を必要とし,行われるタスクは自然環境の中の行動とはかけ離れている。本研究ではニホンザルを用い,サルが自律的に移動できる環境を構築し,その環境下でエサとりタスクを行わせることで自然な行動をしている際のサルの脳活動から行動を予測することを試みた。計測は多点電極による複数領野からの同時計測を行い,予測はフィールドポテンシャルを移動の開始および移動方向ごとに判別することで行った。また予測を各領野ごとに行うことで,領野ごとの活動の違いを考察した。その結果,移動の予測が可能であり,また領野によって予測性能のよい時間帯が異なることがわかった。

 

(56) 硬膜外電位計測による運動意図推定技術の研究

上嶋健嗣,藤井俊行,瀧田正寿,横井浩史
(東大院・工・精密機械工,産総研・人間福祉医工学)

 計測した脳神経活動から個体の運動意図を推定する技術は,特に身体機能障害を補償する外部機器の操作等への応用が期待されている。しかし,通常の計測手法では電極を脳実質へ刺入するか硬膜下へ留置するため,神経細胞の損傷や感染症などの影響が懸念される。脳波,脳磁計測は非侵襲だが,信号が頭皮に到達するまでの重畳・減衰が著しく,運動意図推定の可否さえ危惧される。そこで我々は侵襲を硬膜外までに留め,頭蓋骨と硬膜の間に電極を置くことで脳への損傷を防ぎ,硬膜外電位から運動意図推定することを試みた。本発表ではラットの運動状態に対応する複数同時計測した硬膜外電位データを周波数解析し,自己組織化マップによる可視化と人工ニューラルネットワークを用い解析した。推定精度が周波数帯に応じて異なることを予備的に見出しているが更に解析を進め,本計測方法による運動意図推定の可能性の詳細について報告する。

 

(57) 随意運動を生ずる意思の脳機構

松橋眞生,Mark Hallett,美馬達哉,福山秀直
(京工繊大・ベンチャーラボ,京大院・高次脳センター,HMCS/NINDS)

 視覚誘導性到達運動において,視線と到達目標の位置は重要な要素であり,空間情報が主に運動計画時に処理されるメカニズムについて多くの研究がなされてきた。本研究はこれら空間情報が運動遂行中に担う役割の解明を目的とする。具体的には腕運動中に視覚運動刺激によって生じる不随意な腕応答(MFR)に着目し,視線,到達目標,および視覚運動刺激の位置関係がMFRに与える影響を調べた。その結果,視線と到達目標の方向が近いほど,MFRは大きく誘発された。また,これら空間的関係性が位置知覚や眼球応答に対して与える影響はMFRに対してとは異なり,MFRのゲイン修飾は腕制御特有の処理系で行なわれていることが示唆された。更に,到達運動中にサッカードによる空間情報の更新を行なうと,その更新に応じたMFRの修飾が観察された。視線と到達目標の空間的関係性は,運動遂行中に実時間でMFRの修飾に反映されることが明らかになった。

 

S(4) 腕到達運動の視覚誤差情報に応じた学習戦略の変化

西條直樹,五味裕章
(NTTコミュニケーション科学基礎研究所,ERATO下條潜在脳プロジェクト)

 プリズム眼鏡やコンピュータ環境などを利用して,視覚空間と運動空間のあいだに大きなずれを作ることができる。このような,視覚的な手先位置に誤差がある中で到達運動を学習するとき,突然大きな誤差が与えられる場合と比較して,小さな誤差から徐々に大きくなる誤差が与えられると,より大きな学習効果が得られると言われている。しかし,その学習効果の違いを生み出す運動学習の計算メカニズムはいまだ明らかではない。本研究ではそのメカニズムを,運動計画,フィードフォワード/フィードバックコントローラから構成される一般的な到達運動の生成モデルに基づいて考察した。

 被験者は,手先位置に回転座標変換を加えてスクリーン上に提示したカーソルを,始点の周囲12方向いずれかに提示される目標位置へカーソルを素早く動かす到達運動を繰り返し訓練した。そして,手先回転変換の学習前後で,到達運動開始までの反応時間と到達運動軌道の誤差,およびカーソルと手先の位置関係を運動中に変化させる視覚摂動に対する手先応答から推定した視覚フィードバックゲインを比較した。

 手先回転変換の回転角をある試行を境に突然大きくした場合(sudden条件),学習後に反応時間が上昇し,到達運動はほぼ直線的な軌道で適応した。一方で,回転角をある試行数をかけて徐々に大きくした場合(gradual条件),学習後でも反応時間はあまり変化せず,到達運動は曲がった軌道に収束した。このとき,カーソルを提示しない試行を学習後に与えると,手先到達位置は目標位置から大きく外れた。さらに,推定した視覚フィードバックゲインは学習後に上昇していた。これらの結果から,到達運動の学習後,sudden条件では主に運動計画が変化し,一方のgradual条件では視覚フィードバック制御を含む到達運動のコントローラが適応していたことが示唆される。

 では,gradual条件で運動中の視覚フィードバックが利用できない場合,到達運動は適応可能なのか。別の被験者に,gradual条件において,到達運動中にカーソルを提示せず,到達運動終了直後からカーソルを提示した中で到達運動を訓練させた。すると,学習後に視覚フィードバックゲインは減少し,逆に反応時間は上昇して到達運動が達成されていた。つまり,gradual条件であっても,オンラインの視覚フィードバックが利用できない場合には,フィードバックコントローラは利用せず,主に運動計画を変化させて手先回転変換に適応していたことが示唆される。

 これらの結果から,到達運動の学習戦略が視覚的な到達運動の誤差情報に応じて柔軟に変化していることが示唆される。この学習戦略の変化が,先行研究で示された学習効果の違いを生み出しているものと予想される。

 

S(5) 価値と戦略に基づいて選択の結果を評価する線条体神経細胞活動

山田 洋,井ノ川仁,木村 實(京都府立医科大学・神経生理学)

 人を含む動物は,過去の経験から現在どの程度の報酬が得られるのか,報酬の価値を推定して比較することで複数の選択肢から1つを選ぶ。その一方で,過去の行動とそれに伴う報酬の経験から学習した行動の規則,すなわち行動戦略に従って意志を決めて行動する。報酬を求める行動の制御アルゴリズムは,近年,強化学習理論(Sutton and Barto. 1998)として体系化され,盛んに研究が行われている。

 大脳基底核の線条体は報酬に基づく行動の選択と発現に重要な役割を果たす脳部位の一つで,中脳ドーパミン細胞から“報酬の予測誤差信号”(報酬予測と実際に得た報酬との差;Schultz et al. 1997)を受け取り,選択肢の価値の高低(Kawagoe et al. 1998, Samejima et al. 2005)を学習する。線条体の背側部は大脳皮質の広範な領域から感覚・運動情報を受け取るが,特に前頭前野から状況に応じた戦略の発現に関わる情報 (Genovesio et al. 2005, Barraclough et al. 2004) が送られる。我々は環境や他者の振舞いに応じて行動戦略を使い分けるが,報酬に基づく単純な行動戦略として,直前と同じ行動を行うか(Stay)行動を変えるか(Switch)を,報酬が得られたか(Win)得られなかったか(Lose)に応じて選ぶWin-Stay-Lose-Switch戦略が知られている。価値に基づく行動も戦略に基づく行動も,選択結果の良し悪しを評価することが適切な行動に重要だが,そのメカニズムは十分に明らかでは無い。

 価値と戦略に基づいて,3つの選択肢から報酬と結びついた1つを試行錯誤で探す課題を遂行中の2頭のサルの背側線条体から,投射細胞と推定される292個の細胞を記録した。サルが手元のボタンを押し,その後点灯する3つのボタンから一つを選ぶと報酬の有無を知らせるビープ音が鳴る。サルはこの正と負の評価信号を手がかりに,Lose-Switch戦略を使って試行錯誤で報酬の得られるボタンを探す。サルは一度目の選択で33%,2度目で50%,3度目で平均85%の確率で報酬を獲得した。もう一度同じボタンを選ぶことで報酬を得られるので,サルはWin-Stay戦略に従ってボタンを選び,平均95%の確率で繰り返しの報酬を獲得した。線条体の神経細胞は課題遂行中に現れる感覚・運動事象に一過性の放電応答を示した。ビープ音の直前に放電した細胞128個のうち25%が,報酬確率に正や負に相関する活動を示した。これら報酬の価値に基づいて評価信号を予測する細胞は,サルが選択したボタンの位置に依存して放電の強度を変え,正か負の評価信号に対して放電を増減させた。その一方で,25%の細胞が試行錯誤のLose-Switch,もしくは繰り返しのWin-Stay戦略を反映して評価信号をコードした。この結果から,選択した行動の結果を評価する線条体の対照的な細胞群が,報酬に基づく意志決定と行動選択に重要な役割を果たすと考えられる。

 

S(6) 脊髄は手の運動をどのように制御しているのか?

武井智彦(生理学研究所)

 私たち人間をはじめとする霊長類は,手先を自由自在に使って物を掴んだり操ったりすることが出来る。我々の多くの社会的,文化的な営みが,これらの手の運動によって成し遂げられていると言っても過言ではない。それでは,どうして霊長類の手はこれほどまでに器用なのであろうか?

 このような手の動きの多彩さは,他の身体部位では見られない特殊な解剖構造によって実現されている。ヒトの手の運動には39種類におよぶ骨格筋が関与し,さらに有効な関節数は18個にも及んでいる。この高い自由度によって変幻自在な手の運動が実現されているのである。しかし一方で,このような自由度の高さは,制御側の中枢神経系に非常に複雑な力学的計算負荷を要求することになる。例えば,ボール状の物体を手で握ろうとするとき,物体の形状に合わせて関節を動かすために各筋肉の活動を逐一決定しなければならない。この際,同じ手の姿勢を実現する筋活動の解は一義的に決定せず,正解となる筋活動のパターンは無数に存在してしまう。それなのに私たちはいとも簡単に,しかも非常に一貫した所作で何度でもボールを掴むことが出来る。それでは一体,中枢神経系は自由度をどのように制御しているのであろうか?

 この問題の解決には,今まで随意運動制御における「ブラックボックス」として存在して来た脊髄の神経機構に重要な手がかりが存在すると考えられる。我々のグループでは,把握運動(精密把握)中のサルの脊髄(頚髄第5節~胸髄第1節)から単一ニューロン活動および局所電場電位の記録を行い,脊髄神経機構における把握運動制御の役割について研究を行ってきた。その結果(1)個々の脊髄介在ニューロンが手指の複数の筋肉に対して協働的に活動させる機能を持っていること,(2)運動中の感覚入力が脊髄介在ニューロンへとフィードバックされていることを示す結果が集まってきている。今回の発表では,これらの最近の実験結果を紹介しつつ,霊長類の手の運動制御における脊髄神経機構の機能的な役割について考察を行う。

(参考文献)
 Tomohiko Takei, Kazuhiko Seki “Spinomuscular coherence in monkeys performing a precision grip task.” Journal of Neurophysiology, v 99, pp 2012-2020 (2008)

 



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