2008年9月11日-9月12日
代表・世話人:松元健二(玉川大学 脳科学研究所)
世話人:吉田正俊(生理学研究所 認知行動発達研究部門)
所内対応者:伊佐 正(生理学研究所 認知行動発達研究部門)
【参加者名】
松元健二(玉川大学 脳科学研究所),細川貴之(東京都神経科学総合心理学研究部門),守口善也(国立精神・神経センター 心身医学研究部),遠藤利彦(東京大学 教育学部 教育心理),南本敬史(放射線医学総合研究 分子イメージング研究),村山 航(東京工業大学 大学院社会理工学),藤井直敬(理化学研究所 脳科学総合研究センター),小川 正(京都大学 大学院 医学研究科),村田 哲(近畿大学 医学部 生理学),永福智志(富山大学 大学院医学薬学),菅生康子(産業技術研究総合 脳神経情報研究部),七五三木聡(大阪大学 大学院医学系研究),河村章史(平成医療専門学院作業療法学科/畿央大学大学院健康科学研究科),鹿内 学(京都大学 認知行動脳科学分野),小川昭利(理化学研究所脳科学総合研究センター象徴概念発達研究チーム),山川義徳(京都大学大学院情報学研究科),平松千尋(生理学研究所 感覚認知情報部門),篠崎 淳(大阪大学社会経済研究所),吉田優美子(生理学研究所 心理生理学研究部門),長塚昌生(大阪大学経済学研究科),吉田慎一(江南厚生病院リハビリテーション科),高雄啓三(藤田保健衛生大学),三島友美(JA愛知厚生連 江南厚生病院),藤本 淳(旭川医大医学部医学科),駒田致和(京都大学大学院医学研究科 先端技術センター生体遺伝子機能解析グループ(宮川グループ)),桑原 優(RIKEN BSI 認知機能表現チーム),牧田 快(生理学研究所 心理生理学研究部門),二本杉剛(大阪大学経済学研究科),永井貴士(平成医療専門学院),桑島真里子(東京都神経科学総合研究所 心理学研究部門),松本惇平(富山大学大学院医学薬学研究部システム情動科学),西條辰義(大阪大学社会経済研究所),柴田和久(ATR脳情報研究所),中原裕之(理化学研究所 脳科学総合研究センター 理論統合脳科学研究チーム),土井隆弘(大阪大学大学院 生命機能研究科 認知脳科学(藤田)研),高田昌彦(東京都神経科学総合研究所),平井大地(京都大学 霊長類研究所 行動発現分野),西田知史(奈良先端科学技術大学院大学 情報科学研究科 論理生命学講座),喜多いずみ(奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科 論理生命学講座),則武 厚(玉川大学 脳科学研究所),野澤真一(東京工業大学),池谷裕二(東京大学・大学院薬学系研究科),杉山 崇(神奈川大学人間科学部),齋藤慈子(東京大学大学院総合文化研究科),仁木和久(産総研 脳神経情報研究部門),国里愛彦(広島大学大学院医歯薬学総合研究科精神神経医科学),福島 愛(東北大学加齢医学研究所脳機能開発研究分野),関口 敦(東北大学加齢医学研究所脳機能開発研究分野),小野田慶一(広島大学大学院医歯薬学総合研究科),廣本建一(トヨタ自動車(株)FP部),岩崎麻衣(慶應義塾大学大学院 理工学研究科),宮崎由樹(首都大学東京人文科学研究科),雨宮 薫(東京大学大学院),大良宏樹(東京工業大学総合理工学研究科知能システム科学専攻),荻野正樹(JST ERATO 浅田共創知能システムプロジェクト),伊藤岳人(東京工業大学大学院生命理工学研究科),佐々木哲也(基礎生物学研究所・脳生物学研究部門),横井 功(自然科学研究機構 生理学研究所 感覚認知情報部門),鮫島和行(玉川大学脳科学研究所),佐柳信男(国際基督教大学),安藤史高(一宮女子短期大学),原 塑(東京大学大学院総合文化研究科),石津智大(慶應義塾大学),沖津健吾(東京工業大学大学院 総合理工学研究科 知能システム科学専攻 三宅研究室),江木 衷(協和発酵フーズ),内山 薫(筑波大学),宇賀貴紀(順天堂大学医学部生理学第一講座),田中あゆみ(同志社大学文学部心理学科),権藤元治(国立精神・神経センター精神保健研究所心身医学研究部),御代田亮平(東京大学大学院新領域創成科学研究科複雑理工学専攻武田研究室),住井泰介(京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科情報工学専攻),松元まどか(玉川大学脳科学研究所),大石 仁(愛知医科大学医学部解剖学講座),中原 潔(国立精神・神経センター),一戸紀孝(理化学研究所 BSI),出馬圭世(生理研 心理生理),小村 豊(産業技術研究総合),星 英司(玉川大学 脳研),伊藤 南(生理研 感覚認知情報),鈴木匡子(山大・医・院・高次脳機能),岡澤剛起(生理研 感覚認知情報),柴田智広 (NAIST),小林 康(大阪大学),中村加江(関西医大),加藤利佳子(生理研 認知行動発達機構),筒井健一郎(東北大学),杉山容子(生理学研究所 認知行動発達機構部門),綾部友亮(生理学研究所 感覚運動調節部門),平井真洋(生理学研究所 感覚運動調節部門),佐野香織(生理学研究所 心理生理学研究部門),稲垣晴久(生理学研究所 NBR),金桶吉起(生理学研究所 感覚運動調節部門),伊佐 正(生理学研究所 認知行動発達部門),吉田正俊(生理学研究所 認知行動発達部門),梅田達也(生理学研究所 認知行動発達部門),渡辺秀典(生理学研究所 認知行動発達部門),坪井史治(生理学研究所 認知行動発達部門),高浦加奈(生理学研究所 認知行動発達部門)(合計98人)
【概要】
人間の心の仕組みを脳を起点にして明らかにすることを目指す認知神経科学は,神経生理学,心理物理学,脳機能イメージング,計算論的神経科学といったさまざまなdisciplineからなる学際的領域であり,また実験対象も人間からサル,ラット,マウスと多様なものが扱われている。このような学際的領域を発展させるためには1) 専門分野を超えた共同研究(情報交換)の促進と2) 研究者の層の厚みを増やすこととが不可欠である。そこで本研究会では,認知神経科学における2つの重要なトピック「動機づけと社会性」に絞ったうえで,1) 共通するテーマに関連するさまざまな研究領域から,2) アクティブに研究成果を出している実際上の研究実施者を中心にして人選を行った。内訳は,サル電気生理(2名),脳機能イメージング(2名),心理学(2名)であり,広範な領域から最新の話題を提供してもらった。発表では議論の時間を多く取ることによって,特定のテーマについて様々な角度から議論を深める形式を採用した。また本研究会の特色として,講演者以外にも指定討論者として研究活動のアクテビティが高い研究者を招き,より活発で深化した議論を目指した。さらに,各講演に対して座長を2人配置することにより,議論のリードがよりスムーズになるように配慮した。さらに総合討議の時間を2回それぞれ60分設けた。その結果,活発で広範な分野からの質の高い議論がすべての講演で行われ,研究会参加者から高い評価を得ることができた。
細川貴之(東京都神経科学総合研究所 心理学研究部門)
我々は競争場面に特有のニューロン活動を調べるため,サルに対戦型シューティングゲームを行わせた。ゲームでは,モンキーチェアに座った2頭のサルが,コンピュータモニタ上で互いに競い合った。ゲームが始まるとモニタの左右両端に砲台を模した三角形が表示され,サルは相手の砲台(ターゲット)を狙って互いに弾を撃ち合った。これら競争条件・非競争条件でサルがゲームをしているときに,前頭連合野背外側部から単一ニューロン活動を記録した。
その結果,サルの行動およびニューロン活動に競争条件と非競争条件で違いがみられることを見出した。たとえば,競争条件における命中率は非競争条件よりも高く,競争条件においてサルがより集中していると考えられる。またニューロン活動では,競争条件で勝って報酬をもらったときの活動と,非競争条件で報酬をもらったときの活動に差があるニューロンが数多く見つかった。また逆に,競争条件で負けて報酬がもらえなかったときの活動と,非競争条件で報酬をもらえなかったときの活動に差があるニューロンも多く存在した。これらの結果は,行動レベルおよびニューロンレベルで競争事態と非競争事態が区別されていることを示している。
守口善也(国立精神・神経センター 心身医学研究部)
心身の疾病の発症・増悪に関わる性格背景として,自己の情動の認知障害「アレキシサイミア(失感情症)」という概念が臨床のフィールドから提唱されている。この概念は「自己」の表象に関わる能力を指すが,自己にとどまらず,「他者」の表象に関わる精神疾患(例えば自閉症スペクトラム)やその研究においてもアレキシサイミアが関わっているという知見がある。さらに近年神経科学の領域では,ミラーニューロンや共感など,自己と他者の表象には共通項があることも知られるようになった。そこで考えられるひとつの仮説は「自分の事がわからないひとは,他人の事もわからないのではないか?」というものである。そこで,脳機能画像を用いて,「自己」の情動の同定・表象困難であるアレキシサイミアを有する人々において,昨今の神経科学の領域で取り上げられている様々な他者理解のコンテクスト(心の理論,他者の痛みの評価,ミラーニューロン)において,脳の活動が異なるのかどうか,またどのように異なっているのかを検証してみた。
遠藤利彦(東京大学 教育学部 教育心理学コース)
話者の立ち位置は基本的に脳神経科学のはるか埒外に在る。無論,遠く外側から眺めても,脳神経科学,特にまさに今回の主要テーマである社会性や動機づけをターゲットとする,いわゆる"social neuroscience"の内部が相当に熱く喧しそうなことは,図書やメディアを通したその夥しい知見発信から,否応なく伝わってくる。とりわけ,近年のミラーニューロンを巡る研究の飛躍的な進展には,これまで少なからず共感性や自他理解の起源と発達あるいは自閉症の中核的特異性などに関心を有してきた話者の目からしても,それこそ「目から鱗が落ちる」ほどの衝撃性があったと言っても過言ではない。しかしながら,偽りなく言えば,話者にとって,こうした知的好奇心が大いに掻き立てられるような研究例はきわめて稀少であることを素直に述懐しておくこととしたい。むしろ,耳目に飛び込んでくる知見の大半は,興奮にはほど遠い,場合によっては「またか」という思いを強いてくるものばかりである。蓋し,こうした幾分冷めた印象は話者一人に限られたものではなく,脳神経科学の外に立つ者の多くに通底する思いなのかも知れない。果たして,それはいったい何故なのだろうか。
南本敬史(独立行政法人 放射線医学総合研究所 分子イメージング研究センター)
モチベーション(動機付け)はヒトや動物を行動へ駆り立て,目標へ向かわせる脳内過程です。モチベーションは,行動の結果得られると予測される報酬の量やタイミングなどの外的要因である誘因(incentive)と,その報酬を身体がどの程度欲しているかという内的要因である動因(drive)の2要因によって脳内で制御されると考えられます。
我々は,このモチベーション制御の脳内機構を探るために,誘因を操作し,動因をモニタした状態で,サルに同じ行動を要求し,そのモチベーションを測定できるような行動課題を開発しました。サルに行動課題を,喉が渇いた状態から十分に水をもらって満足するまで行わせたところ,課題を開始してしばらくはほとんどミスなしに試行をこなすが,満足して課題をやめようかという頃には,特に報酬が少ない/遅延が長いと予測される試行において,バーを早く放してしまったり,放すのが遅かったりというエラーが多く観察されました。サルはこの課題をミスなしにこなす能力が有るにもかかわらず,状況によってミスをすることから,課題の成功率をモチベーションの指標となると考えられます。
出馬圭世(生理学研究所 心理生理学研究部門)
ヒトが見せる血縁関係にない他者に対する利他的行動は,ヒト特有であると考えられていること,さらに自然淘汰の原理からは簡単に説明できない現象であることから,多くの研究者の注目を集めてきた。このような利他的行動は,行動は利他的ではあるが,その動機は利己的であるという見方が最も有力である。社会的交換理論によると,社会的な報酬を得ることが,利他的行動をとる一つの大きな理由であると考えられ,実際に社会心理学の研究からその考えを支持する証拠が報告されている。しかしながら,このヒトにとって重要な社会的報酬が脳内でどのように処理されているかは未だわかっていない。そこで,本研究では,「自分に対する他者からの良い評判は,金銭報酬と同様に脳の報酬系を賦活させる」という仮説を検討した。fMRI内で,自分に対する良い評判と金銭報酬を知覚させると,報酬系として知られる線条体の賦活が共通して見られた。これは,他者からの良い評判は,報酬としての価値を持ち,脳内において金銭報酬と同じように表象されているということを示している。この結果は,様々な異なる種類の報酬を比較し,意思決定をする際に必要である「脳内の共通の通貨」の存在を強く支持しており,複雑なヒトの社会的行動の神経科学的理解への重要な最初の一歩であると考えられる。
村山 航(東京工業大学 大学院社会理工学研究科 人間行動システム専攻)
本発表では,心理学の動機づけ(またはその周辺領域)研究を概観しながら,それらが脳科学の研究パラダイムにどのような影響を与えうるか(またはその逆)について,筆者自身の研究も交えて考察する。
動機づけという概念は一枚岩ではない。例えば,「○○が好き」ということ1つをとっても,内発的に好きなのか,外的な報酬と連合しているから好きなのか(内発-外発の問題)という違いがあるし,また顕在的に好きだと言っていても潜在的には好きではないかもしれない(潜在-顕在の問題)。Hedonic valueから考えると明らかにネガティブなことを,好きだといって主体的に取り組む人もいる。そして,それぞれの概念に適切な指標が存在する。こうした概念の多元性は,モデルの構築や結果の解釈に大きな示唆を持つ。
動機づけ理論は,そうした最終的な「価値」を算出するモデルにどのような付加的なパラメータが必要なのか,ということに示唆を与えるだろう。例えば内発的動機づけ・好奇心という概念は,情報の探索行動にも何らかの主観的価値が伴っていることを示している。これは実際に近年の脳科学研究において,そのようなことを数理モデル化する試みが行われている。また,外的報酬が学習者の動機づけを低下させるというアンダーマイニング効果の研究では,報酬が必ずしもその行動の価値を増加させない(むしろ低下させる)可能性があることを示唆している。