生理学研究所年報 第30巻
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19.上皮膜輸送制御の分子機構:
体内環境恒常性維持機構解明を目指して

2008年7月16日-7月17日
代表・世話人:丸中良典(京都府立医科大学大学院医学研究科)
所内対応者:鍋倉淳一(生体恒常機能発達機構)

(1)
Cl- /HCO3-交換輸送体SLC26A3におけるN -結合型糖鎖付加の役割
林 久由,山下裕香理,鈴木裕一(静岡県立大学食品栄養科学部)

(2)
アラキドン酸による胃幽門線粘液細胞Ca2+調節性開口放出の増強:
PPARa/NOS1/cGMP
中張隆司(大阪医科大学生理学)

(3)
胃酸分泌細胞の膜マイクロドメインの構成と機能
酒井秀紀(富山大学大学院医学薬学研究部)

(4)
V1aRノックアウト (KO) マウスの体液量調節機構
小林瑞佳(北里大学大学院医療系研究科)

(5)
本態性高血圧症の成因の分子病態生理
尿細管イオントランスポーターの調節因子と分子進化からの考察
石上友章(横浜市立大学大学院医学研究科病態制御内科学)

(6)
新規腎特異的プロスタグランジン輸送体OAT-PGの同定と生理機能の検討
波多野亮(大阪大学大学院医学系研究科)

(7)
熱ショック転写因子による蛋白質ホメースターシスの維持
林田直樹(山口大学大学院医学系研究科)

(8)
食品由来脂溶性成分の腸管吸収に及ぼす共存物質の影響
室田佳恵子(徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部食品機能学分野)

(9)
ヒト胃癌細胞株において細胞内Cl-はMAPKを介して
G1/S細胞周期チェックポイントを制御する
宮崎裕明(京都府立医科大学大学院)

(10)
セリンプロテアーゼ阻害薬による食塩感受性高血圧症治療の可能性
實吉 拓(熊本大学大学院医学薬学研究部腎臓内科学分野)

(11)
ヒト腎臓の経細胞性尿酸輸送分子機序:新規尿酸トランスポーター分子URATv1
安西尚彦(杏林大学医学部薬理学教室)

(12)
Nek8 (NIMA-related kinase 8)と嚢胞性腎疾患
蘇原映誠(東京医科歯科大学医歯学総合研究科腎臓内科学)

(13)
特定味覚情報を伝導する神経回路の発生工学的トレーシングと細胞機能の解析
杉田 誠(広島大学大学院医歯薬学総合研究科,PRESTO・JST)

(14)
肺癌組織における水チャンネル(アクアポリン)発現の研究
佐久間勉(金沢医科大学呼吸機能治療学)

(15)
マウス耳下腺腺房細胞膜の水透過性の解析
瀬尾芳輝(獨協医科大学医学部)

【参加者名】
金井好克(大阪大学医学系研究科),鈴木裕一(静岡県立大学食品栄養科学部),河原克雅(北里大学医学部),小林瑞佳(北里大学医学部),安西尚彦(杏林大学医学部),室田佳恵子(徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部),酒井秀紀(富山大学大学院医学薬学研究部),藤井拓人(富山大学大学院医学薬学教育部),北村健一郎(熊本大学大学院医学薬学研究部),宮崎裕明(京都府立医大大学院医学研究科),丸中良典(京都府立医科大学大学院医学研究科),柿添 豊(熊本大学大学院医学薬学研究部),中張隆司(大阪医科大学医学部),杉田 誠(広島大学大学院医歯薬学総合研究科),金沢和樹(神戸大学農学研究科),波多野亮(大阪大学大学院医学系研究科),實吉 拓(熊本大学大学院医学薬学研究部),中井 彰(山口大学大学院医学系研究科),新里直美(京都府立医科大学医学研究科),中島謙一(京都府立医科大学医学研究科),山田敏樹(京都府立医大医学研究科),平田 拓(杏林大学医学部),瀬尾芳輝(獨協医科大学医学部),佐久間勉(金沢医科大学呼吸機能治療学),趙 希トウ(金沢医科大学呼吸機能治療学)


【概要】
 上皮組織は,体内環境の恒常性を保つ上で重要な機能を果たしており,生体における外部からの刺激に対する種々のバリアーとしても重要な役割を担っている。体血圧や体液量は上皮組織におけるナトリウム吸収量により制御されており,一方,肺気道などの防御機構はクロライド輸送を通じた水分分泌により制御されている。このような,生命維持,生体環境恒常性維持に重要な意義を有する上皮組織におけるイオン輸送の制御機構に関する研究は,最近のイオンチャネルのクローニングを基盤として,急速な発展をみせている。しかしながら,上皮組織におけるイオン輸送の制御機構の解明は,上皮組織としての特殊性,すなわち頂部膜 (apical membrane) と基底側壁膜 (basolateral membrane) という極性を有して,しかもこれらの2種類の膜を介して,イオン輸送が行われるという複雑な機構が存在することから,チャネルのクローニングのみならず,細胞内イオンチャネルトラフィッキングのメカニズムの解明等が不可欠なものとなって来ている。これらのことを踏まえ,上皮組織におけるイオン輸送制御の分子メカニズム解明を目指し,研究を推進するために,上皮膜輸送の制御機構解明に携わっている研究者に講演を行って頂いた。講演発表内容に対する活発な意見交流も行われ,今後の共同研究へと進展する可能性も生まれた。本研究会を開催したことによる今後の本分野の研究成果が生まれることが大いに期待されるところである。

 

(1) Cl-/HCO3-交換輸送体SLC26A3におけるN- 結合型糖鎖付加の役割

林 久由,山下裕香理,鈴木裕一(静岡県立大学食品栄養科学部)

 SLC26A3は消化管に発現しているCl-/HCO3-交換輸送体であり,Cl-吸収を担っていると考えられている。SLC26A3は糖タンパク質であるが,糖鎖の役割および付加部位については研究されていない。このためSLC26A3のテトラサイクリン誘導発現系を用いて検討した。N- 結合型糖鎖付加抑制剤であるツニカマイシン処理後にも細胞膜表面への発現が示唆され,Cl-/HCO3-交換輸送活性を測定した結果,細胞膜表面への発現が確認された。この条件下で,糖鎖除去されたSLC26A3のイオン輸送機能を評価した。Cl-/HCO3-交換活性は低下していたが,陰イオン選択性は糖鎖除去されたSLC26A3では変化は観察されなかった。糖鎖の役割としてタンパク分解酵素からの保護作用が報告されており,SLC26A3が発現している消化管では多くの消化酵素が存在しているため,糖鎖除去したSLC26A3のトリプシン感受性を検討したが,糖鎖除去によりトリプシン感受性が亢進した。N結合型糖鎖付加がされるアスパラギン (N) をグルタミンに置換した点変異体作製によりN結合型糖鎖付加サイトを検討するとN153,N161,N165が糖鎖付加される可能性が示唆された。

 

(2) アラキドン酸による胃幽門線粘液細胞Ca2+調節性開口放出の増強:
PPARa/NOS1/cGMP

中張隆司(大阪医科大学生理学)

 胃幽門線粘液細胞のCa2+調節性開口放出は様々な物質により増強される。アラキドン酸 (AA, 2mM) もその一つであるが,その信号経路は未だ明らかにされていないが,AAの効果は,少なくとも[Ca2+]iとcAMPを介したものではなかった。AAを含む天然脂肪酸は程度の差はあるものの,PPARのリガンドとなることが知られている。本研究ではAAによるCa2+調節性開口放出に増強がPPARを介したものではないかと考え,実験を行った。AAによるCa2+調節性開口放出の増強はPPARa の阻害剤(MK886)により消失し,PPARa 刺激薬 (Eicosatetraynoic acid (ETYA), WY14643) により再現された。さらにAA及びPPARa 刺激薬の効果は,L-NAME,PKG阻害薬 (Rp8BrPET-cGMPS) により消失し,NO donor (NOC12),8BrcGMPにより再現された。一方で,ACh刺激により活性化した胃幽門線粘液細胞の開口放出は,MK886,Rp8BrPET-cGMPS,L-NAMEより2/3に抑制された。また,胃幽門粘膜を用いたNOとcGMPの測定では,AA及びPPARa 刺激薬は幽門粘膜における両物質の産生を増加せせることが明らかとなった。免疫組織化学的検査により,胃幽門腺粘液細胞では,PPARa が存在し,且つNOS1も同時に存在していることが証明された。これらの結果から,胃幽門線粘液細胞ではACh刺激による[Ca2+]iの上昇を介しAAの集積を引き起こす。このAAがPPARaを刺激しNOS1を活性化,引き続いてNO/cGMPの集積を引き起こし,開口放出を増強していることが示された。

 

(3) 胃酸分泌細胞の膜マイクロドメインの構成と機能

酒井秀紀1,藤井拓人1,高橋佑司1,森井孫俊2,竹口紀晃1
1富山大学大学院医学薬学研究部,2鈴鹿医療科学大学)

 我々は,胃酸分泌機構に関わる膜マイクロドメインの構成と機能を明らかにすることを目的とした。ブタ胃細管小胞に富むベシクル (TV) および分泌膜に富むベシクル (SA) をCHAPSで処理後,不溶性画分 (DRM) および可溶性画分 (non-DRM) の単離を行った。総リン脂質は,TVでは大部分がDRMに分布していたが,SAではDRM,non-DRMに同程度に分布していた。TVではcaveolin-1が高発現しており,SAではflotillin-2が高発現していた。これらの結果から,TVはカベオソームであり,SAにはラフトおよび非ラフト領域が存在するものと考えられた。TVに高発現しているCLC-5は,胃プロトンポンプと共にDRMに分布し,両者は免疫共沈降した。MbCD処理により,CLC-5とプロトンポンプはnon-DRMに移行し,コレステロール添加によりDRMへ再分布した。プロトンポンプ活性は,MbCD処理により減少し,コレステロール添加により回復した。SAに高発現しているKCC4は,プロトンポンプと免疫共沈降した。KCC4阻害薬は,SAにおけるプロトンポンプ活性を阻害した。胃プロトンポンプ阻害薬はKCC4によるCl-輸送活性を抑制した。以上の結果から,胃酸分泌細胞の分泌膜と細管小胞では,胃酸分泌に関わるマイクロドメインの構成が異なっていることがわかった。

 

(4) V1aRノックアウト (KO) マウスの体液量調節機構

小林瑞佳1,安岡有紀子1,2,田上昭人3,河原克雅1,2
1北里大学大学院医療系研究科,2北里大学医学部生理学,
3国立成育医療センター薬剤治療研究部)

【背景・方法】バソプレッシン (AVP) の受容体 (V1aR,V1bR,V2R) のうち,腎ネフロンにはV1aRとV2Rが発現している。Tanoueらは,V1aR-/-マウスを作製し,血漿レニン活性 (PRA)・血漿アルドステロン濃度 (PAC)・循環血液量・体血圧が,野生型に比べ低下していることを報告した (Koshimizu T et al, 2006)。我々は,V1aRのネフロン内局在(In situ hybridization法),低Na+食(NaCl 0.04%,1週間)で飼育した場合の血漿電解質濃度・PRA・PAC変化を調べ,体液量調節におけるV1aRの役割を明らかにする。

【結果】V1aRは,糸球体と下位ネフロン (MTAL-IMCD)に発現していた(V1aR mRNA発現量:CCD, MD >糸球体,他セグメント)。WTマウスの尿中Na+排泄量は,240.6 mmol/d(標準食,n=3)から127.1(低Na+食,n=2)に減少したが,KOマウスの尿中Na+排泄量は,173.8 mmol/d(標準食,n=2)から112.9(低Na+, n=2)に低下した。血漿電解質濃度は,食餌,V1aR KOの違いによりあまり変化しなかった。PRAの結果は,既報 (Koshimizu T et al, 2006) を確認したが,PAC(KOマウス)は,低Na+食で大いに増加した(379→1,920 pg/ml)。

【結論】標準食で飼育されたマウス (WT) は,V1aRの働きで尿中Na+喪失を防止している可能性を確認した。低Na+食で飼育されたV1aR-/-マウスのPAC上昇は,Renin-Angiotensin-Aldosterone系以外の体Na+量調節系の存在を示唆する。

 

(5) 本態性高血圧症の成因の分子病態生理
尿細管イオントランスポーターの調節因子と分子進化からの考察

石上友章(横浜市立大学大学院医学研究科病態制御内科学)

 我々は,まず本態性高血圧症の特徴のひとつである,家族集積性,多因子遺伝性に注目し,候補遺伝子アプローチによる分子遺伝学的手法を用いることによって,原因遺伝子・疾患感受性遺伝子を明らかにした。

 アンジオテンシノーゲン遺伝子は,近位尿細管に発現し,結合尿細管に発現するレニンと尿細管特異的なレニンアンジオテンシン (RA) 系として働いて,ナトリウム再吸収機構を調節しているモデルを提唱した。

 尿細管RA系によって生成されたアンジオテンシンII (AII) が作用する集合尿細管では,上皮性ナトリウムチャンネル(ENaC) と,その細胞膜発現を制御するユビキチンリガーゼNedd4Lに着目した。ヒトNedd4Lのゲノム解析により,新規エクソンとSNPを明らかにし,SNPによって産生されるisoformが,他のisoformに対してantagonisticに働く可能性を,in vitroに明らかにした。

 

(6) 新規腎特異的プロスタグランジン輸送体OAT-PGの同定と
生理機能の検討

波多野亮1,平田 拓2,安西尚彦2,松原光伸3
武藤重明4,永森収志1,遠藤 仁2,金井好克1
1大阪大学大学院医学系研究科生体システム薬理学,2杏林大学医学部薬理学,
3東北大学大学院医学系研究科遺伝子医療開発分野,4自治医科大学腎臓内科)

 演者らは,SLC (solute carrier) 22 familyに属する新たな有機アニオン輸送体OAT-PG (Prostaglandin specific Organic Anion Transporter) を同定した。OAT-PGは,様々な有機アニオン化合物の中でProstaglandin E2 (PGE2), PGF2a, PGE1, PGD2などの代表的なProstaglandinを輸送し,prostaglandin特異的な輸送体であることが判明した。OAT-PGは腎近位尿細管の側基底膜に局在し,側基底膜上でPGE2代謝酵素15-hydroxy-prostaglandin dehydrogenase (15-PGDH) と共局在していた。培養細胞における共発現実験において15-PGDHの膜局在化にはOAT-PGが必要であることが示され,両者の間の蛋白質間相互作用の存在が示唆された。以上より,OAT-PGは,15-PGDHとの機能共役により,緻密斑細胞から放出され傍糸球体装置で作用するPGE2の周囲に拡散した成分を除去することにより,即時的な尿細管-糸球体フィードバック機構を保障していることが示唆された。

 

(7) 熱ショック転写因子による蛋白質ホメースターシスの維持

林田直樹,藤本充章,王 倍倍,大島功司,新川豊英,瀧井良祐,中井 彰
(山口大学大学院医学系研究科)

 上皮細胞を含むすべての細胞にとって,蛋白質ホメオスターシスの維持は細胞機能の発現に必須である。その維持システムの中で,蛋白質の合成・成熟の過程に重要な役割を演じているのが熱ショック蛋白質群の誘導を特徴とする熱ショック応答である。この応答は,熱ショック転写因子HSF1によって統合的に制御を受ける。蛋白質ホメオスターシスの維持機構を凌駕する蛋白質の変性により,神経変性疾患等をはじめとする病気を導く。我々は,伸長したポリグルタミン蛋白質 (polyQ) が細胞内で凝集体を形成することで蛋白質毒性を発揮するポリグルタミン病をモデルとして,HSF1を介する蛋白質ホメースターシスの維持機構のインパクトとその分子機構を解析してきた。その結果,HSF1がポリグルタミン病モデルマウスの病態進行を著しく抑制していることを明らかにした。さらに,その分子機構として,熱ショック蛋白質の誘導のみでなく,様々な遺伝子発現を介して蛋白質ホメオスターシスの維持に寄与していることを示した。

 

(8) 食品由来脂溶性成分の腸管吸収に及ぼす共存物質の影響

室田佳恵子,寺尾純二(徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部)

 食品中にはさまざまな脂溶性成分が存在しているが,これらは細胞膜との親和性が強く古くから単純拡散で細胞膜を通過し細胞へ取り込まれると考えられてきた。しかし近年では,脂肪酸やコレステロールに対する膜輸送担体が見出され,脂溶性成分についても細胞膜輸送のためには何らかのタンパク質が介在することが知られるようになり,脂溶性成分の細胞取り込み,さらには腸管吸収機構が見直されつつある。脂溶性成分の腸管吸収においては,腸管内でのフードマトリックスからの遊離,腸内液(水相)中の輸送,細胞膜通過,カイロミクロン合成とリンパ輸送,といった過程を経る必要があり,それぞれのプロセスにおいて内因性あるいは食事由来の共存する分子の影響を受けることが推測される。そこで,食事性脂質および代表的な脂溶性食品成分であるa-トコフェロールと,両親媒的な性質を持つフラボノイドについて,ヒト小腸Caco-2細胞株を用いて腸管吸収に及ぼす共存成分の影響を検討した。その結果,これらの成分は,刷子縁側溶液中における溶解度の上昇をもたらす界面活性作用物質の共存により腸管吸収が促進されること,また構造類縁体の共存により細胞取り込みおよび細胞内代謝が抑制されることを見出した。すなわち,食品由来脂溶性成分の腸管吸収においては,腸管管腔での輸送と細胞膜通過に関わる膜タンパク質との相互作用が重要であることが示唆された。

 

(9) ヒト胃癌細胞株において細胞内Cl-はMAPKを介して
G1/S細胞周期チェックポイントを制御する

宮崎裕明,大澤るみ,塩崎 敦,新里直美,丸中良典
(京都府立医科大学大学院細胞生理学)

 細胞周期の進行に伴ってCl-輸送体の活性・発現が変化することが報告されているが,Cl-輸送がどのように細胞増殖に関与しているかは明らかになっていない。近年の我々の研究結果から,細胞内Cl-が細胞の生理機能に対する細胞内シグナルとして重要であることが明らかになった。そこで,Cl-輸送体を介した細胞内Cl-濃度変化が,細胞増殖の調節シグナルとして機能している可能性が強く示唆される。そこで本研究では,胃ガン由来細胞株であるMKN28細胞において,細胞内Cl-濃度変化が増殖に与える影響について検証した。MKN28細胞を,低Cl-培地(Cl-をNO3-で置換)で培養を行ったところ,細胞周期のG1期からS期への進行を遅延させ,細胞増殖を抑制した。また,G1期からS期への進行を抑制するp21タンパクの発現量が有意に上昇していた。p21発現調節経路であるMAPK経路に対する低Cl-の影響を検討したところ,低Cl-環境下ではERK, p38, JNKすべてのリン酸化レベルが亢進した。また,MAPK特異的阻害剤の処理により,低Cl-環境下におけるp21発現亢進および細胞増殖抑制効果が消失した。以上の結果から,細胞内Cl-はMAPK経路を介してp21の発現レベルを調節することで細胞増殖を制御している可能性が強く示唆された。

 

(10) セリンプロテアーゼ阻害薬による食塩感受性高血圧症治療の可能性

實吉 拓,柿添 豊,冨田公夫,北村健一郎(熊本大学大学院医学薬学研究部)

 上皮型Naチャネル (ENaC) は腎尿細管におけるNa再吸収に重要な役割を果たしており,血圧や体液量調節に関わっている。私達は膜型セリンプロテアーゼであるプロスタシンがENaCを活性化することを報告した。ENaCg サブユニットはアルドステロン負荷により85から70kDへ分子量変化を起こし活性化される。DS ratは高食塩負荷で高血圧,腎機能障害を発症するが,この時DS ratは低アルドステロン血症であるにも関わらず,ENaCg サブユニットが85から70kDへ分子量が変化していた。すなわち高食塩負荷に対しENaCは奇異的に活性化状態であった。DS ratに対してENaCの阻害剤であるアミロライドは降圧,腎保護効果を認めたのに対し,選択的アルドステロン拮抗薬であるエプレレノンはこれを認めなかった。次にセリンプロテアーゼインヒビターであるメシル酸カモスタット(CM)について検討した。CMは組み換えプロスタシン蛋白の活性を抑制し,マウス集合尿細管細胞におけるNa電流を抑制した。さらにDS ratへCMを投与すると,降圧及び腎保護効果を認め,尿中Na/K比が上昇した。今後,新規クラス降圧薬としてセリンプロテアーゼインヒビターの臨床応用が期待される。

 

(11) ヒト腎臓の経細胞性尿酸輸送分子機序:
新規尿酸トランスポーター分子URATv1

安西尚彦(杏林大学医学部)

 腎臓の尿酸輸送は,その尿酸排泄亢進により腎性低尿酸血症を生じ,その排泄低下が高尿酸血症・痛風の原因となるため,これらの病態に重要と考えられていたが,長年その分子実体は明らかでなかった。2002年,我々は腎近位尿細管管腔側膜に存在する尿酸トランスポーターURAT1 (SLC22A12) を同定したが,URAT1により細胞内に取込まれた尿酸が,どのようにして血管側に送られるのか,その機序は未だ不明である。今回我々は,腎近位尿細管基底側に存在する一つのトランスポーター様分子に注目し,それが腎尿細管の尿酸排出路として働く可能性を検討した。同分子はアフリカツメガエル卵毋細胞発現系を用いた検討により,RI標識尿酸の時間依存性および濃度依存性取込みを示す事 (Km, 365mM),またその輸送は外液中NaClのKCl置換により,尿酸輸送活性が増加するため,膜電位依存性である可能性が示された。さらに卵毋細胞内に注入したRI標識尿酸は時間依存性に排出されるため,我々は同分子を電位依存性尿酸トランスポーターURATv1と命名した。腎性低尿酸血症患者の中で,URAT1 (SLC22A12) 遺伝子の変異のない患者を選び,ゲノムDNA解析を行った所,URATv1遺伝子の変異を同定した。以上より,URATv1は生理的に,URAT1が管腔内から細胞内に取込んだ尿酸の,基底側での排出経路となる可能性が示唆された。

 

(12) Nek8 (NIMA-related kinase 8) と嚢胞性腎疾患

蘇原映誠(東京医科歯科大学医歯学総合研究科)

 多発性嚢胞腎の病態生理についてはまだ多くは解明されていないものの,近年多くの嚢胞性腎疾患に関わる蛋白が繊毛へ局在することが報告されつつある。

 Nek8 (NIMA-related kinase 8) とはserine/threonine kinaseであり,jckマウスという多発性嚢胞腎モデルマウスにおける嚢胞発生の原因がこのNek8の変異であることが報告されたが,Nek8の機能についてはよくわかっていない。我々はこのjckマウスを用いて,Nek8の局在や他の嚢胞性腎疾患に関わる蛋白とNek8の関連についての検討を行った (J Am Soc Nephrol 2008)。

 腎臓においてNek8は細胞質内のみならず,他の嚢胞性腎疾患の原因蛋白と同様に腎集合管細胞の繊毛に局在し,それも繊毛の近位側に限局していた。

 さらに共同免疫沈降によって,Nek8と多発性嚢胞腎の原因蛋白であるPolycystin-2 (PC2, TRPP2) との相互作用が確認され,Nek8変異によるjckマウスの嚢胞発生にPC2が関係している可能性が考えられた。そこで,JckマウスにおけるPC2を確認すると,発現増加と過剰なリン酸化を認め,同時に腎臓の免疫染色にてPC2の繊毛への局在が強くなっており,PC2のリン酸化が繊毛への局在,ひいては腎嚢胞の疾患メカニズムに影響している可能性を示唆した。

 

(13) 特定味覚情報を伝導する神経回路の発生工学的トレーシングと
細胞機能の解析

杉田 誠(広島大学大学院医歯薬学総合研究科,PRESTO・JST)

 本研究では口腔内の味細胞で感知される特定味覚情報を伝導するニューロン群の回路様式を,トランスジェニックマウスの作製を通して可視化することを試みた。特定味覚受容体を発現する味細胞に,シナプス間を移動するトレーサータンパク質 (tWGA-DsRed) を選択的に発現させ,トレーサーにより標識される脳内ニューロンの局在を可視化した。延髄弧束核内において,苦味受容味細胞から移行したtWGA-DsRedを保有するニューロンは,甘味/うま味受容味細胞から移行したtWGA-DsRedを保有するニューロンに比べ,後方に分離して集積した。tWGA-DsRedにより標識されたニューロンにLucifer Yellowを注入することによりその樹状突起構造を可視化したところ,延髄弧束核内の苦味伝導路構成ニューロン中には,樹状突起をrostral側に伸張するニューロン,caudal側に伸張するニューロン,rostral・caudal両側に伸張するニューロンが分類観察された。また延髄弧束核内の苦味伝導路構成ニューロンはtyrosine hydroxylaseを発現するカテコールアミン作動性ニューロンであることが示唆された。

 

(14) 肺癌組織における水チャンネル(アクアポリン)発現の研究

佐久間勉(金沢医科大学呼吸機能治療学)

 非担癌肺ではアクアポリン (AQP) 1は肺血管内皮細胞に,AQP3は肺胞II型上皮細胞と気管支上皮細胞に,AQP5は肺胞I型上皮細胞と円柱細胞に多く発現する。今回,肺癌組織におけるAQPの発現を45症例の切除肺癌で研究した。組織型は腺癌27例(細気管支肺胞上皮癌14例,高分化腺癌4例,低分化腺癌10例),扁平上皮癌10例,大細胞癌4例,小細胞癌4例であった。免疫組織学的にAQP1,3,5,ナトリウムチャンネルの発現を測定し,Laser- Capture Microdissection法を用いて採取した肺癌組織でmRNAの発現を測定した。AQP1は粘液産生性細気管支肺胞上皮癌と高分化腺癌に発現が強かった。AQP3は粘液非産生性細気管支肺胞上皮癌と扁平上皮癌に発現が強かった。AQP5とナトリウムチャンネルは粘液産生性細気管支肺胞上皮癌と高分化腺癌に発現が強かった。mRNAの発現は免疫組織学的な発現を裏付ける結果であった。この研究結果よりAQP5とナトリウムチャンネルが肺癌での肺胞内粘液貯留に関与していることが示唆された。

 

(15) マウス耳下腺腺房細胞膜の水透過性の解析

瀬尾芳輝,今泉好偉,横井実佳(獨協医科大学医学部)
佐藤慶太郎,松木美和子,杉谷博士(日本大学松戸歯学部)

 マウス耳下腺腺房細胞細胞膜の水透過性をH-1核磁気共鳴法により解析した。耳下腺腺房細胞浮遊液に磁気緩和試薬 (Gd-DTPA) を加え,水分子の磁気緩和(T1緩和)を解析した。29℃にて,細胞膜を介する水の流出速度係数(約5/秒)を得た。細胞の表面積・体積比より,拡散水透過係数を1.4 x 10-3 cm/秒と推定した。また,水透過係数の温度依存性から水透過の活性化エネルギーは約4.6 kcal/molと推定した。これらの値は,AQP1などの水チャネルを介した水輸送を行っている細胞と,ほぼ同等の値であった。よって,耳下腺腺房細胞においても,何らかのチャネルを介して水分子が細胞膜を透過していることが示唆された。

 



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