生理学研究所年報 第30巻
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20.中枢・末梢臓器間連携による摂食,
エネルギー代謝調節

2008年9月25日-9月26日
代表・世話人:矢田俊彦(自治医科大学医学部生理学講座統合生理学部門)
所内対応者:箕越靖彦(生理学研究所発達生理学研究系生殖・
内分泌系発達機構研究部門)

(1)
肝臓由来分泌タンパクセレノプロテインPが全身の糖代謝に及ぼす影響
御簾博文1,篁 俊成2,金子周一2
1金沢大学大学院医学系研究科地域連携腫瘍内科学,
2金沢大学医薬保健研究域医学系恒常性制御学)

(2)
肝グルコキナーゼの核外移行促進による血糖上昇抑制
豊田行康1,森 茂彰1,熊澤良祐1,二村由里子1,梅村展子1,三輪一智1
徳田雅明2,村尾孝児3,石田俊彦3
1名城大学薬学部病態生化学,2香川大学医学部細胞情報生理学,
3香川大学医学部内分泌代謝・血液・免疫・呼吸器内科)

(3)
Parathyroid hormone-related proteinの摂食・消化管運動への作用
浅川明弘1,藤宮峯子2,新島 旭3,藤野和典2
児玉典子4,加藤郁夫5,難波宏彰4,乾 明夫1
1鹿児島大学大学院医歯学総合研究科社会行動医学講座,
2札幌医科大学医学部解剖学第2講座,3新潟大学医学部生理学講座,
4神戸薬科大学薬学部微生物化学講座,5北陸大学薬学部生物薬品化学教室)

(4)
食欲調節ペプチドの臨床応用
中里雅光(宮崎大学医学部内科学講座神経呼吸内分泌代謝学分野)

(5)
摂食と高次脳機能活性化
大村 裕(九州大学医学部)

(6)
The Brain-Adipose Axis(脳-脂肪細胞系)の役割:匂い刺激による脂肪代謝調節
新島 旭(新潟大学医学部)

(7)
Nesfatin-1の摂食抑制は室傍核オキシトシンニューロンを介する
前島裕子1,Udval Sedbazar 1,河野大輔1,須山成朝1
吉田なつ1,清水弘行2,森 昌朋2,矢田俊彦1
1自治医科大学医学部生理学講座統合生理学部門,
2群馬大学大学院医学系研究科病態制御内科学)

(8)
PPARg -DNA-binding domain-interacting protein (PDIP)1のクローニングと
肥満代謝に及ぼす影響
佐藤哲郎,吉野 聡,森 昌朋(群馬大学大学院医学系研究科病態制御内科学)

(9)
レプチンは新規フォスファターゼCIPPを介して視床下部弓状核のAMPK活性を抑制する
鈴木 敦,志内哲也,箕越靖彦
(自然科学研究機構生理学研究所生殖・内分泌発達機構研究部門)

(10)
IL-6/STAT3経路による個体糖代謝調節
井上 啓(金沢大学フロンティアサイエンス機構)

【参加者名】
大村 裕(九州大学),新島 旭(新潟大学),嶋津 孝(愛媛大学),児島将康(久留米大学),佐々木努,森 昌朋(群馬大学),窪田直人(東京大学),乾 明夫,浅川明弘(鹿児島大学),山田哲也(東北大学),幸田修一(アスビオファーマ(株)),中林 肇,井上 啓,御簾博文(金沢大学),中里雅光,伊達 紫,武藤絵里(宮崎大学),豊田行康,熊澤良祐,森 茂彰,二村由里子,梅村展子(名城大学),加藤郁夫(北陸大学),矢田俊彦,前島裕子,須山成朝,岩﨑有作,安藤明彦,Udval Sedbazar,吉田なつ(自治医科大学),箕越靖彦,鈴木 敦,志内哲也,岡本士毅,李 順姫,戸田知得,江崎麻耶,上條真弘,藤野祐介,松尾崇,Sanda Kyaw,高山靖規(生理学研究所)


【概要】
 「中枢・末梢臓器間連携による摂食,エネルギー代謝調節」に関する生理学研究会は,平成19年度の研究会を発展する形で,平成20年9月25日-9月26日に行われた。今回は,この分野の世界のパイオニアである大村裕,新島旭,嶋津孝の3先生にそろってご参加いただき,同時に多くの若手研究者・大学院生が参加し,文字通り3世代が集う研究会となり,学問の歴史と伝統を若手に伝えるという意味で極めて意義のある研究会となった。

 発表された10演題の内容を大別すると,(1)中枢-末梢連携の生理学,(2)摂食・代謝調節に関与する新しい分子やメカニズム,(3)臨床応用に分けられた。(1)中枢-末梢連携に関しては,食事に伴い変動する摂食因子による高次脳機能調節,匂い刺激が脂肪代謝を調節する脳-脂肪細胞軸,ホルモンによる摂食・消化管運動の連携制御,中枢インスリン作用による肝IL-6/STAT3系を介した肝糖産生抑制経路について紹介された。(2)摂食・代謝調節に関与する新しい分子やメカニズムに関しては,肝臓由来分泌タンパクセレノプロテインPによる全身の糖代謝調節,肝グルコキナーゼの核外移行による血糖上昇機構,新規のPPARg -DNA-binding domain-interacting protein (PDIP)1やフォスファターゼCIPPによる代謝調節,新規満腹物質Nesfatin-1の摂食抑制神経経路について紹介された。また(3)臨床応用に関してはグレリンによる慢性閉塞性肺疾患(COPD)とカヘキシアの治療について紹介があった。いずれも新しいデータや新しい概念を提出するものであり,夜遅くまで活発な質疑応答と学術交流が行われた。

 

(1) 肝臓由来分泌タンパクセレノプロテインPが全身の糖代謝に及ぼす影響

御簾博文1,篁 俊成2,金子周一2
1金沢大学大学院医学系研究科地域連携腫瘍内科学,
2金沢大学医薬保健研究域医学系恒常性制御学)

【目的】肝臓は生体内最大の生理活性物質産生工場であり,各種の分泌因子を血中に放出することで体内の恒常性を維持している。そこで我々は,肝臓由来分泌タンパク“ヘパトカイン”のなかに,2型糖尿病の原因物質があると仮説を立てその同定をこころみた。

【結果】糖尿病患者と耐糖能正常者の肝臓発現遺伝子プロファイルを包括的に解析した結果,微量元素セレンの輸送タンパクとして知られるセレノプロテインP(以下SeP)の肝遺伝子が,インスリン抵抗性の程度と比例して糖尿病状態で亢進することを見出した。精製SePタンパクの投与実験の結果から,SePが末梢細胞でのインスリンシグナル伝達を減弱させ,インスリン抵抗性,高血糖を誘導することが明らかとなった。このSeP投与によって生じるインスリン抵抗性は、肝でのAMPK不活性化による脂肪酸b酸化の低下によって一部説明できることが明らかとなった。さらに,ノックアウトマウスを用いた検討から,SePが中枢神経系における食欲制御に関連していることが示唆された。肝由来分泌タンパクSePを介した臓器間連携が,2型糖尿病の病態を形成する可能性について議論したい。

 

(2) 肝グルコキナーゼの核外移行促進による血糖上昇抑制

豊田行康1,森 茂彰1,熊澤良祐1,二村由里子1,梅村展子1,三輪一智1
徳田雅明2,村尾孝児3,石田俊彦3
1名城大学薬学部病態生化学,2香川大学医学部細胞情報生理学,
3香川大学医学部内分泌代謝・血液・免疫・呼吸器内科)

 肝グルコキナーゼは核/細胞質間を移行して肝糖代謝の調節に関与している。肝グルコキナーゼの核から細胞質への移行(核外移行)により,肝臓の糖利用が促進して食後の血糖上昇が抑制される。グルコキナーゼの核から細胞質への移行を促進する物質には,食後の血糖上昇抑制効果が期待できる。そこで,グルコキナーゼ活性化剤(GKA)および希少糖のD-プシコースによるグルコキナーゼの核外移行促進作用とグルコース負荷時の血糖上昇抑制作用を調べた。

 24時間絶食したGoto-KakizakiラットにGKAを投与し,2g/kgグルコースを単回経口投与した。GKA投与30分後において,GKA未投与群と比べて有意なグルコキナーゼの核外移行促進が認められた。また,血糖上昇も有意な抑制効果が認められた。一方,0.2%D-プシコースを添加した2g/kgグルコースを投与した場合においても,D-プシコース未添加2g/kgグルコース投与群と比べて有意なグルコキナーゼの核外移行の促進と血糖上昇の抑制が認められた。GKAおよびD-プシコースは,肝グルコキナーゼの核外移行を促進して肝糖利用を高めることにより血糖上昇を抑制したものと考えられた。

 

(3) Parathyroid hormone-related protein の摂食・消化管運動への作用

浅川明弘1,藤宮峯子2,新島 旭3,藤野和典2
児玉典子4,加藤郁夫5,難波宏彰4,乾 明夫1
1鹿児島大学大学院医歯学総合研究科社会行動医学講座,
2札幌医科大学医学部解剖学第2講座,3新潟大学医学部生理学講座,
4神戸薬科大学薬学部微生物化学講座,5北陸大学薬学部生物薬品化学教室)

【目的】癌性悪液質においてはparathyroid hormone-related protein (PTHrP)の血中レベルが上昇していることが知られている。我々はPTHrPの腸管運動,エネルギー代謝に与える影響に関して薬理学的な検討を行った。

【方法】マウスの腹腔内にPTHrP (3-300 pmol/mouse)を投与し,摂食,胃排出への影響を評価するとともに,視床下部における神経ペプチド,胃におけるghrelin, leptinの発現を検討した。また,ラットにPTHrPを静脈内投与し,胃十二指腸の空腹期腸管運動,迷走神経求心路の電気活動を測定した。さらに,7日間のマウスの腹腔内へのPTHrPの持続投与を行った。

【結果】PTHrPは末梢投与により摂食抑制作用を示し,胃排出を遅延させた。PTHrPの摂食抑制作用は味覚嫌悪には影響しなかった。PTHrP投与により視床下部のurocortin 2および3,室傍核のc-fosは増加し,白色脂肪におけるadiponectinの発現は減少傾向を示した。Urocortin 2および3の抗血清の脳室内投与は,PTHrPの摂食抑制作用に拮抗した。PTHrPの静脈内投与は,迷走神経胃枝,肝臓枝の求心性の電気活動を上昇させ,迷走神経切断はPTHrPの摂食への作用を消失させた。PTHrPの末梢持続投与は,マウスの摂食量,体重を減少,脂肪,筋肉量を低下させた。

【結論】以上より,末梢におけるPTHrPは,生体内における消化管運動,エネルギー代謝の調節に重要な役割を果たしており,PTHrP及びその受容体由来の創薬が,癌性悪液質などの疾患における消化管機能異常や食欲低下など対して臨床応用される可能性が示唆された。

 

(4) 食欲調節ペプチドの臨床応用

中里雅光(宮崎大学医学部内科学講座神経呼吸内分泌代謝学分野)

 グレリンは,ヒトとラットの胃から発見されたペプチドで,強力な成長ホルモン分泌作用や摂食亢進作用をはじめとする多彩な生理作用を有する。カヘキシアによりグレリン産生は増加し,エネルギー同化に対して代償的に働いている。

 慢性閉塞性肺疾患(COPD)は,有毒な粒子やガスの吸入によって生じた肺の炎症により,進行性の気流制限をきたす疾患である。主たる症状は呼吸困難で,進行した患者では肺機能低下に伴ってるいそうや筋力低下が著しく,軽度の労作も不可能となる。40歳以上の日本人の約530万人がCOPDに罹患し,今後もCOPD患者は確実に増加すると報告されている。呼吸筋の疲弊や全身のるいそうをきたしたCOPD症例へのグレリン投与は,呼吸筋力,下肢筋力,運動耐応能を改善した。慢性下気道感染症はCOPDや気管支拡張症などが基礎疾患となり,緑膿菌や非定型抗酸菌等による慢性感染と消耗をきたす。グレリンの持つ抗炎症やアナボリック作用は,良い治療適応と考えられ,臨床応用研究を進めている。

 グレリンはエネルギー同化を促進するだけではなく,交感神経活性を抑制することで異化を抑制する。グレリンには既存の治療薬とは異なる作用機序により,カヘキシアや筋萎縮などの病態を改善させる可能性があり,臨床研究の発展が期待される。

 

(5) 摂食と高次脳機能活性化

大村 裕(九州大学医学部)

 摂食の中枢機構は視床下部にあるハード系とそれに作用するソフト系からなっている。ハード系は満腹系と摂食系である。前者は腹内側核,弓状核外側部および基底外側扁桃体,後者は外側視床下野,弓状核内側部および中内側扁桃体からなる。満腹系ニューロンの3割を占めるブドウ糖によりニューロン活動の上昇するブドウ糖受容ニューロンと,摂食系ニューロンの3割を占めるブドウ糖でニューロン活動の抑制されるブドウ糖感受性ニューロンそれぞれが,ソフトである満腹および空腹物質に反応する。摂食中に増加する満腹物質は,ブドウ糖,インスリン,グルカゴン,カルチトニン,CRH, 2-buten-4olideなどであり,また1989年に酸性線維芽細胞増殖因子 (aFGF)が,1994年にレプチンが発見されている。空腹時に増加する空腹物質は,FFA, NPY,アグウチ関連タンパク質,メラニン凝集ホルモン,2, 4, 5-trihydroxy-pentanoic acid g -lactoneなど,また1998年にオレキシンが,1999年にはグレリンが発見されている。ブドウ糖受容および感受性ニューロンが感知した化学情報は自律神経の最高中枢である眼窩前頭前野と背側前頭前野に送られ,これらの中枢が適切な摂食行動を指令する。

 摂食調節物質は,さらに海馬に働き脳高次機能を促進あるいは抑制する。すなはち2-buten-4olide, aFGFおよびレプチンはCA1ニューロンに作用して長期増強を促進して学習記憶を促進する。一方オレキシンは両者を抑制する。

 このように摂食行動は生体のホメオスターシスに必須のものであると同時に,脳の高次機能の活性化にも必須のものである。

 

(6) The Brain-Adipose Axis(脳ー脂肪細胞系)の役割:
匂い刺激による脂肪代謝調節

新島 旭(新潟大学医学部)

 最近脂肪代謝の調節系としてThe Brain-Adipose Axis(脳-脂肪細胞系)の役割が注目されている。脳から脂肪細胞へのシグナルは主として交感神経系により送られているが,交感神経は各種感覚受容器からの入力を受けている。その中で匂い刺激による脂肪代謝調節について実験した。

 ラットを用いて自律神経活動,脂肪分解,熱産生,血圧,摂食量と体重に対するグレープフルーツ精油とラベンダー精油の匂い刺激効果を観察した。グレープフルーツ精油の匂い刺激は白色脂肪組織,褐色脂肪組織と副腎を支配する交感神経活動を促進し,胃を支配する迷走神経(副交感神経)活動を抑制した。一方ラベンダー精油の匂い刺激は白色脂肪組織,褐色脂肪組織と副腎を支配する交感神経活動を抑制し,胃を支配する迷走神経活動を促進した。これらの自律神経活動の変化から予想されるごとく,グレープフルーツ精油の匂い刺激は脂肪分解,熱産生を亢進させ,血圧を高め,摂食量と体重を減少させた。ラベンダーの匂い刺激は脂肪分解,熱産生を抑制し,血圧を低下させ,摂食量と体重を増加させた。更に交感神経活動を活性化させ脂肪分解の亢進が期待される感覚刺激としては,強い光り,皮膚の痛み,冷刺激,音(行進曲),味(酸味など)があげられる。さらにレプチン,グレリンなどのホルモンの役割も期待される。

 

(7) Nesfain-1の摂食抑制は室傍核オキシトシンニューロンを介する

前島裕子1,Udval Sedbazar 1,河野大輔1,須山成朝1
吉田なつ1,清水弘行2,森 昌朋2,矢田俊彦1
1自治医科大学医学部生理学講座統合生理学部門,
2群馬大学大学院医学系研究科病態制御内科学)

【目的】近年発見された摂食抑制物質Nesfatin-1 (Nes)は,視床下部摂食中枢核に局在し,レプチンと独立に作用することが報告されている。本研究はNesの摂食抑制作用の神経経路を明らかにすることを目的とした。

【方法】ラット脳室内にNesなどを投与し,摂食量を測定,免疫染色によりc-FOS発現を観察した。視床下部室傍核(PVN)から単離したニューロン内Ca2+濃度([Ca2+]i) をfura-2蛍光画像解析により測定し,反応細胞を免疫染色し細胞種を同定した。

【結果】Nesの脳室内(ICV)投与によりPVN,孤束核にc-FOSタンパクが発現した。NesのPVN局所投与で摂食が抑制された。また,Nes ICVによりPVNでc-FOSを発現する細胞の28%がオキシトシン(Oxy)ニューロンであった。さらにNesは,PVNから単離したOxyニューロンの[Ca2+]iを増加させた。Nesの摂食抑制作用はOxy受容体拮抗薬で抑制された。さらに,PVNに局在するNesはOxyニューロンに共局在または隣接していた。

【結論】Nesによる摂食抑制にPVN Oxyニューロンの活性化が関与する。

 

(8) PPARg -DNA-binding domain-interacting protein (PDIP)1の
クローニングと肥満代謝に及ぼす影響

佐藤哲郎,吉野 聡,森 昌朋(群馬大学大学院医学系研究科病態制御内科学)

 核内受容体は,標的遺伝子プロモーターの応答配列および結合パートナーの様式により主として3型に分類される。2型に属するPPARは多彩な生理作用を有するが,中でも代謝調節作用は重要である。私達はヒトPPARg のDNA結合部位をbaitとするYeast-two hybrid systemによりクローニングした蛋白をPDIP1と命名した。PDIP1はPPARa, PPARd, PPARg のco-activatorとして作用し,RNAiによるPDIP1発現knock-downによりPPARg のリガンド依存性転写活性化が消失したことから,PDIP1の生理学的重要性が示唆された。そこで,相同遺伝子組み換え法によりPDIP1ノックアウトマウス(KO)を作成し,野生型マウス(WT)と比較した。通常食ではPDIP1 KOの体重,耐糖能は正常で,血清中性脂肪が低下していた。一方,高脂肪食負荷では,PDIP1 KOの摂餌量はWTと差がなかったが,体重増加量と脂肪重量はWTに比較し有意に減少しており,耐糖能も悪化せず,インスリン感受性は亢進し,血清中性脂肪低下も認めた。定量的RT-PCR法において高脂肪食負荷のPDIP1 KO肝臓ではPPARaならびにPGC1a mRNAが増加し,CPT-1a, CPT-1b, UCP2の発現も増加していたが,白色脂肪,筋肉および褐色脂肪におけるこれらエネルギー消費に関わる遺伝子発現には有意な変化を認めなかった。一方,肝臓のSREBP1c, ChREBP, ELOV16, GPAT, DGAT, MTPの発現は変化せず,SCD1およびAGPAT2発現が有意に低下していた。以上の成績より,PDIP1KOは高脂肪食下では肥満抵抗性とインスリン感受性亢進性を示し,それは主として肝臓における脂肪酸b酸化能の亢進と中性脂肪合成能の低下に拠ることが判明した。

 

(9) レプチンは新規フォスファターゼ CIPPを介して
視床下部弓状核のAMPK活性を抑制する

鈴木 敦,志内哲也,箕越靖彦
(自然科学研究機構 生理学研究所 生殖・内分泌系発達機構研究部門)

 レプチンは視床下部に作用を及ぼして摂食を抑制するが,その作用の少なくとも一部は視床下部AMPK活性を抑制することによって引き起こされる。今回,ヒト神経芽腫細胞株SH-SY5Yを用いて,レプチンによるAMPK活性抑制作用に関わるPP2Cファミリー新規フォスファターゼCIPP (CaMKKb-AMPK cascade-inhibitory protein phosphatase) を発見した。レプチンは,SH-SY5YにおいてPI3キナーゼ-Akt依存性にCIPPをリン酸化した。その結果,CIPPはCaMKKb に結合してこれを脱リン酸化し,CaMKKb 活性を抑制した。CaMKKb 活性が抑制されることによりAMPK活性が低下し,その結果NPYの発現も低下した。また,CIPPが視床下部弓状核 (ARH) に選択的に発現しており,ARHでのCaMKKb の活性抑制並びにAMPKの活性抑制作用に関わることを見出した。CIPPは,ヒト脳を含む様々な組織に発現するが,レプチンによってAMPKが活性化する骨格筋では発現していなかった。このようにCIPPは,レプチン-CaMKKb-AMPK経路に関わる重要な新規制御因子であることが明らかとなった。

 

(10) IL-6/STAT3経路による個体糖代謝調節

井上 啓(金沢大学フロンティアサイエンス機構)

 肝IL-6/STAT3は,中枢神経インスリン作用のエフェクターとして糖産生制御に重要な役割を果たしている。一方,肥満状態においては,血中IL-6が増加し,肝・骨格筋に作用し,インスリン抵抗性を誘導する可能性が指摘されている。本研究では,IL-6/STAT3経路の個体糖代謝調節における役割を検討した。

 IL-6中和抗体投与により,非肥満マウスでは肝STAT3活性低下とインスリンによる肝糖産生抑制の減弱を来した。肥満・インスリン抵抗性モデルであるdb/dbマウスでは,肝・骨格筋STAT3の活性低下と末梢糖利用亢進と耐糖能異常改善を呈した。肥満・インスリン抵抗性状態における肝・骨格筋STAT3の役割を検討するために,肝特異的STAT3欠損db/dbマウス・骨格筋特異的STAT3欠損db/dbマウスを作製した。肝特異的STAT3欠損db/dbマウスは対照db/dbマウスに比べ耐糖能異常の増悪・肝糖産生増加を呈し,骨格筋特異的STAT3欠損db/dbマウスは,対照db/dbマウスに比べ耐糖能の改善・末梢糖利用の増加を呈した。

 野生型マウスに対しIL-6持続投与を行い,糖代謝に対する影響を検討した。IL-6持続投与に伴い,肝・骨格筋STAT3は活性化され,肝糖産生は抑制されたが,末梢糖利用には変化がなかった。

 以上より,IL-6/STAT3経路は肝ではインスリン感受性の亢進,骨格筋ではインスリン抵抗性の誘導という2つの異なった作用を担うと考えられた。しかし,骨格筋におけるインスリン抵抗性の発現には,IL-6/STAT3経路の活性化に加え,肥満・インスリン抵抗性に伴う何らかの要因が必要である可能性が示唆された。

 



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