生理学研究所年報 第30巻
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21.電子顕微鏡機能イメージングの医学・生物学への応用

2008年12月20日-12月21日
代表・世話人:臼田信光(藤田保健衛生大学医学部)
所内対応者:永山國昭(岡崎統合バイオサイエンスセンター)

(1)
医学生物学用超高圧電子顕微鏡の開発と応用
有井達夫(生理学研究所)

(2)
STEMトモグラフィーの生体試料への応用
青山一弘(日本エフイー・アイ(株)アプリケーションラボラトリ)

(3)
生物分子トモグラフィーを目指して
宮澤淳夫(理化学研究所 播磨研究所)

(4)
走査透過電子顕微鏡と電子エネルギー損失分光法による結晶構造観察
木本浩司((独)物質・材料研究機構 ナノ計測センター)

(5)
超高圧電子顕微鏡の歴史と期待
濱 清(生理学研究所)

(6)
電子波の位相情報の活用
丹司敬義(名古屋大学 エコトピア科学研究所)

(7)
強位相物体の位相回復法-Iterative Complex Observation
永山國昭(生理学研究所)

(8)
Zernike Phase Contrast for Single Particles and Cryotomography
Radostin Danev(生理学研究所)

(9)
3次元フーリエフィルタリング法と動的ホローコーン照明法の原理と応用
生田 孝(大阪電気通信大学工学部電子工学科)

(10)
電子線ホログラフィーの最近の開発状況 ――多段電子線バイプリズム干渉法――
原田 研(日立製作所 基礎研究所)

(11)
強相関電子系酸化物のローレンツ電子顕微鏡観察
浅香 透((財)ファインセラミックセンター ナノ構造研究所)

(12)
低加速電子回折顕微鏡の開発
上村 理(日立製作所 中央研究所)

(13)
X線回折顕微法
西野吉則(理化学研究所 播磨研究所)

(14)
X線位相イメージング
百生 敦(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻)

(15)
X線マイクロナノトモグラフィーによる4D観察とその材料工学への応用
戸田裕之(豊橋技術科学大学生産システム工学系)

(16)
放射光CTによる骨の形態・生理解析
松本健志(大阪大学基礎工学研究科機能創成専攻)

(17)
時分解X線回折による溶接金属急冷組織形成過程のin-situ観察
米村光治(住友金属工業 総合技術研究所)

【参加者名】
金子康子(埼玉大学教育学部),一色俊之(京都工芸繊維大学大学院 工業科学研究科),亀井一人(住友金属工業(株)総合技術研究所),陣内浩司(京都工芸繊維大学),丹司敬義(名古屋大学 エコトピア科学研究所),青山一弘(日本エフイー・アイ(株)アプリケーションラボラトリー),宮澤淳夫(理化学研究所 播磨研究所),木本浩司((独)物質・材料研究機構 ナノ計測センター),生田 孝(大阪電気通信大学工学部電子工学科),原田 研(日立製作所 基礎研究所),浅香 透((財)ファインセラミックセンター ナノ構造研究所),上村 理(日立製作所 中央研究所),西野吉則(理化学研究所 播磨研究所),百生 敦(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻),戸田裕之(豊橋技術科学大学生産システム工学系),松本健志(大阪大学基礎工学研究科機能創成専攻),米村光治(住友金属工業 総合技術研究所),磯田正二(京都大学化学研究所),加藤幹男(大阪府立大学),松田健二(富山大学工学部),東 華岳(岐阜大学医学系研究科),藤田 真(島津製作所),佐々木勝寛(名古屋大学大学院工学研究科量子工学専攻),上山友幸(住友金属テクノロジー株式会社 物理解析室),山田博之((財)結核予防会結核研究所 抗酸菌レファレンス部),瀬藤光利(浜松医科大学),箕田弘喜(東京農工大学共生科学技術研究員),臼井健悟(理化学研究所オミックス基盤研究領域),根岸 豊(横浜市立大学 国際総合科学研究科 生体超分子化学),新井善博(テラベース(株)),陶山直樹((財)材料科学技術振興財団分析評価部),関口浩美(日本エフイー・アイ株式会社アプリケーションラボラトリー),有井達夫(生理学研究所),濱 清(生理学研究所),臼田信光(森田保健衛生大学医学部),永山國昭(岡崎統合バイオサイエンスセンター),Radostin Danev(岡崎統合バイオサイエンスセンター)


【概要】
 本研究会は平成12年よりスタートした電子顕微鏡の研究会(“定量的高分解能電子顕微鏡法”,“電子位相差顕微鏡の医学・生物学的応用”,“位相差断層電子顕微鏡の医学・生物学的応用”)を継承しており,本年で9年目になる。今回は特に,これまでの多くの共同研究の成果を踏まえ,今後の進展の方向性について展望するための集中的な発表・討論を期した。

 今年度は平成20年12月20日から21日に岡崎コンファレンスセンター小会議室で開催した。専門性を追求するために,平成20年度日本顕微鏡学会関西支部特別企画講演会「電子顕微鏡機能イメージング法の展開-生物科学・材料科学における立体像構築と位相情報抽出-」と共催し,延べ約100人が参加した。生理学研究所 有井達夫先生「医学生物学用超高圧電子顕微鏡の開発と応用」の基調講演の後に1. 超高圧電子顕微鏡とクライオトモグラフィーの出会い,2. 位相情報抽出とイメージング (I),3. 位相情報抽出とイメージング (II),4. X線イメージング最前線の主題について,それぞれ約4演題ずつ,総計16演題の講演があった。材料系・生物系の双方から新規の位相情報抽出法の提案があった。さらに今後の新しい潮流となるX線イメージングに対し,広い範囲を包括する性能について議論が行われ,技術革新について個々の具体的に必要な新規技術が提案された。

 本研究会と呼応する形で岡崎で開発されてきた位相差電子顕微鏡法は,無染色の生物試料観察に特に威力を発揮し,従来法では観察が困難であった様々な生物試料の微細構造を明瞭に提示してきたが,生物科学・材料科学にいてトモグラフィー観察と光顕・電顕の相関イメージングにおいて基軸となる研究手法であることが理解された。

 

(1) 医学生物学用超高圧電子顕微鏡の開発と応用

有井達夫(生理学研究所)

 生理学研究所の超高圧電子顕微鏡は,1980年3月の生理研研究会を経て導入された日本で最初の全国共同利用の医学生物学用専用機種である。所外委員を含む機種選定委員会からの答申を経て機種が決められた。当時東京大学医科研におられた濱清先生と協力して詳細を詰め,1982年3月に医学生物学用としての重要な特徴を持った三次元情報を得られる超高圧電子顕微鏡(H-1250M型)として導入された。前年に開発された超高圧電子顕微鏡(H-1250S型)のクリーンな真空排気系と高分解能光学系を基に,医学生物学用に役立てるために各種の新しい工夫をしている(例えば生理研年報27, pp370, 2006)。

 1994年に低倍像をより重視した新対物レンズを製作して取り付けた。より広視野で照射電子線をより平行に照射できるようになっている。1995年,設置当初には±45度の範囲内でのサイドエントリー試料傾斜台を,トモグラフィー再構築を有効に行えるように,より高角度(±60度の範囲内)まで傾斜できるように改良した。

 このようにして開発された生理学研究所の超高圧電子顕微鏡(H-1250M)は医学生物学用超高圧電子顕微鏡として国内外の研究者に有効に活用され,26年余のうちに,400件を越える課題が実施され積極的な応用研究が行なわれて,これまでに170編を超える英文和文の論文を生み出してきている。

 なかでも,この装置を用いての試料厚さ5mmのエポン包埋切片によるねずみ脳内の神経細胞の立体観察および三次元解析や厚さ3mmのエポン包埋切片によるグリア細胞突起を用いてのトモグラフィー手法による三次元定量解析などは,超高圧電子顕微鏡を用いてはじめて可能となる研究である。光学顕微鏡では分解できない微細な構造を5mm程度までの厚い試料の状態で三次元再構成できる超高圧電子顕微鏡は,脳神経疾患,細胞の癌化の過程の解明や老化のメカニズムの解明などの社会に役立つ情報をも発信できる大型装置として,ますます発展することが期待される装置であるといえる。

 

(2) STEMトモグラフィーの生体試料への応用 -厚切り切片の3D観察-

青山一弘(日本エフイー・アイ(株)アプリケーションラボラトリー)

 医学,生物学の分野においてSTEMはなじみの薄い結像法であるが,トモグラフィと組み合わせた場合,以下のような数々のメリットがある。

1) 試料に厚さに対して強い。ボケが少ない。
2) 傾斜時にも全視野にフォーカスが合う。
3) HAADFを含む暗視野が使いやすいため,高コントラストが得やすい。
4) コントラストがリニアである。

 1) 厚い試料を観察する場合,STEMを用いればTEM像よりも鮮明な像が得られることは良く知られている。これはSTEMでは基本的に対物レンズの色収差の影響を受けないためである。トモグラフィに厚い試料を用いることができれば,当然のように,より多くの三次元情報を得ることができる。2) トモグラフィでは高角度まで試料を傾斜し像を撮影する必要があるが,試料を高傾斜した時,TEMでは試料のごく一部にしかフォーカスをあわせることができない。これに対し,STEMではフォーカスを変えながらプローブをスキャンすることにより像全体にわたりフォーカスをあわせることが可能である。3) TEMトモグラフィでは自動取得を行うにあたり条件を統一した暗視野像シリーズの取得が技術的に非常に困難であるが,STEMでは環状暗視野像を容易かつ安定した条件で得ることが可能であり,また取り込む散乱角度の選択も容易である。4) STEMでは対物レンズの球面収差の影響も受けず,またデフォーカスする必要も無いため,これらに由来するアーティファクトとは無縁である。

 厚い切片を試料とするとき,STEM-Tomographyを用いればTEM-Tomographyと比較して鮮明な三次元再構築が可能であることが明らかとなった。また,加速電圧300kVの通常市販タイプの顕微鏡でも,厚さ2mmにも達する樹脂包埋切片の3次元構造再構築も可能であった。医学生物学分野においてはSTEM自体があまり広く普及していないが,今後,この手法は大きく展開することが期待される。

 

(3) 生物分子トモグラフィーを目指して

宮澤淳夫(独立法人理化学研究所 放射光科学総合研究センター)

 電子線トモグラフィーは,細胞内構造の三次元イメージを得ることができる観察法である。生体分子の同定には,一般に金コロイドを用いた免疫染色が用いられる。しかし,比較的厚い切片試料や凍結試料では,免疫反応が非常に困難である。そこで,光学顕微鏡法で用いられる蛍光分子GFPのように,標的分子の遺伝子に直接組み込んで融合タンパク質として発現できる,電子顕微鏡で観察可能な分子標識法の開発を試みた。電子顕微鏡で観察できるのは原子散乱因子の大きい金属のクラスターである。そこで,金属クラスターを分子内に形成する金属結合タンパク質の一種,メタロチオネイン(MT)が分子標識として利用できるか検討を行った。標的タンパク質として,まず1分子がホモオリゴマーである大腸菌のシャペロンタンパク質,GroELを用いた。1サブユニットあたり3分子のMT (3MT) を融合させたものを,カドミウムを含む培地中で大腸菌にて発現,これを精製し,電子顕微鏡で観察した。ネガティブ染色により,3MTを融合してもGroELは14量体(GroEL-14 (3MT))を形成していることを確認した。また無染色条件では,GroEL-14 (3MT) の1分子と思われるコントラストが確認できた。次に,神経細胞のポストシナプスに存在するPSD-95に,3MTを融合させたタンパク質(PSD-95-3MT)の観察を試みた。PSD-95-3MTを海馬初代培養細胞に感染させ,細胞を固定する1日前にカドミウムを培地に添加した。無染色条件で観察した神経細胞には,PSD-95-3MTと思われる電子密度の高い領域がポストシナプスに見られた。また,3MTと融合しても,ポストシナプス肥厚部に集積し,神経伝達に関わるタンパク質と結合するPSD-95本来の性質を保持していることを確かめた。これらの結果は,3MTが細胞内分子標識としての条件を満たしていることを示している。

 

(4) 走査透過電子顕微鏡と電子エネルギー損失分光法による結晶構造観察

木本浩司(物質・材料研究機構 ナノ計測センター)

 走査透過電子顕微鏡 (scanning transmission electron microscopy: STEM) と電子エネルギー損失分光法 (electron energy-loss spectroscopy: EELS),および環状暗視野 (annular dark-field; ADF) 像を用いた最近の結果を紹介します。STEM-EELSは,TEMを基本としたEELSであるエネルギーフィルターTEMと比較しますと,色収差や非弾性散乱の非局在性の観点から,より高い空間分解能が期待できます。ADF像では,元素識別能が高く,コントラストが結像条件や回折条件にあまり依存しない直視的な観察ができることが利点とされています。

 我々はSTEM-EELSを用いて,原子コラム毎の元素マッピングをはじめて実現することができました[1,2]。また最近はADF像を使って結晶構造の投影原子位置を10pmオーダーの精度で決定できることを報告しました[3]。当日はこれらの結果を報告します。

 ADF像もSTEM-EELSによる元素マッピングも,基本的には物体と入射電子とのインコヒーレントな散乱情報から,無機材料を中心とした結晶構造の投影像を観察しようとしています。換言すれば「非生物試料投影像観察のための振幅情報抽出」ですので,本講演会のテーマ「生物科学・材料科学における立体像構築位相情報抽出」と比べますと,観察する対象目的原理のすべてで異なっています。当初講演会の御案内を頂いた際,あまりに場違いではと逡巡しましたが,私自身の向学のためにも大変良い機会ではとも考え,発表させていただく所存です。御議論ご指導いただければ幸いです。

[1]K. Kimoto, T. Asaka, T. Nagai, M. Saito, Y. Matsui, and K. Ishizuka, Nature 450, 702 (2007).
[2]K. Kimoto, K. Ishizuka, and Y. Matsui, Micron 39, 257 (2008).
[3]M. Saito, K. Kimoto, et al. J. Electron Microsc. in print (2008).

関連ホームページ
http://www.nims.go.jp/AEMG/recent/eels-e.html
http://www.nims.go.jp/AEMG/index-j.html

 

(5) 超高圧電子顕微鏡の歴史と期待

濱 清(生理学研究所)

 初期の長高圧電子顕微鏡(HVEM)は電子線の高い透過能に注目した生物学者によって主として生鮮細胞の観察に使われたが,1966年の国際電顕学会発表まで見るべき成果が無かった。演者は薄い切片試料と厚い切片試料を用いてHVEMの分解能と透過能を検討し,薄い試料の高分解能観察では初めて電気シナプスの観察に成功し,厚い試料の観察では三次元の構造情報の素晴らしさ示すデーターを得て第一回国際超高圧電子顕微鏡学会 (1967) に発表した。HVEMの生物分野への有効な応用は此の発表を契機として始まった。更に立体写真用いて行った神経細胞樹状突起棘の3次元定量解析では,正確でかつ重要な定量的データーを得る事が出来た。星状グリア細胞突起についてはトモグラフィー解析を行い,正確な表面積と体積比を算定する途を開いた。生体分子の構造と機能の情報を細胞,組織,更に生体の機能解明に繋いで行く為のガイドとして,厚い試料,広い視野のHVEMトモグラフィー解析の将来の展開を期待している。

 

(6) 電子波の位相情報の活用

丹治敬義(名古屋大学エコトビア研究所)

 量子力学の教えるところ,電子は粒子の性質と波の性質とを併せ持っている。しかし,通常の透過電子顕微鏡像は,試料での吸収の差や,散乱・回折のされ方の違いにより像面に現れる電子の強度分布を記録したものである。だが,電子顕微鏡の観察対象には,主として電子波の位相のみを変化させるものが少なくない。図のように物質に入射した電子は一般に真空中よりも低いポテンシャルを感じ,その速度を増すことになる。従って,物質中を通過する電子の波長は真空中よりも短くなり,真空中を通過してきた電子と比べて波面に遅れが生ずる。また,電子線に垂直な電界や磁界がかかると,像面では曲げられた方に波面が遅れている。従来からも,弱位相物体とみなされる超薄膜試料の高分解能観察時や,生体試料の観察時には,対物レンズの収差とデフォーカスを使って位相の観察がなされてきた。しかし近年,更に積極的にその位相情報を取り出し利用しようとする試みが盛んになってきた。特に,電界や磁界は最近のナノテクノロジーの進展において,数~数百ナノメーターの分解能での位相の観察が強く求められ出している。また,生体材料でも,焦点のあった状態でサブミクロンの構造観察が求められ,従来の焦点はずれを使った観察では対応できない所に来ている。本セッションではTEMによる位相情報抽出の各手法と応用の現状を紹介してもらう。

 

(7) 強位相物体の位相回復法 -Iterative Complex Observation-

永山國昭(自然科学研究機構 岡崎統合バイオサイエンスセンター)

 位相差法を用いる電子顕微鏡は,一般に弱い位相物体,すなわち位相の相対変動が p/4より小さい物体に適用されるとされている。しかし,位相板を用いる我々の位相差法(ゼルニケ位相差法,ヒルベルト微分法)では,バクテリア丸ごとのような強位相物体でもコントラストの回復が見られた。図1のシアノバクテリアでは,細胞の厚みは1mm近くなり,位相の絶対的変化は10p 近く,相対変動でも1p 近くなると予想される。従って,従来のゼルニケ位相差理論とは異なる新しい理論とさらに強位相物体一般に適用可能な位相回復法が求められている。本講演では,次の4つのステップを踏みゼルニケの発明に端を発する従来型位相差法の枠組みを越えた新しい位相回復法について報告する。最終目標は,試料から射出される波動の複素振幅(波面とも射出波動関数とも呼ばれる)そのものの再生である。

ステップ1:波動現象のベクトル表示とオイラー公式併用による新表記法の導入。

ステップ2:新表記法によるゼルニケ位相差原理の説明と強い位相物体への拡張。ここで位相差法の背景にある波の可干渉性について触れ,シアノバクテリアが可干渉光源に対しては,云わば弱い位相物体と同等になることを証明する。

ステップ3:可干渉光照射下でも強い位相物体としてふるまう場合について考え,0次光を特別視するゼルニケ法の枠組みを離れる。ホログラフィー法との対応で参照波-信号波干渉について考察し,次に回折法で用いられている再帰反復法について考察する。

ステップ4:干渉法と再帰反復法の融合を考え,ヒルベルト変換を基礎とした最も効率的な複素波動再生法を提案する。これは,1999年筆者により提案された複素観測法(complex observation)の顕微鏡法一般,回折法一般への拡張である。

 

(8) Zernike Phase Contrast for Single Particles and Cryotomography

Radostin Danev (Okazaki Inst. for Integrative Bioscience, NINS)

 In the last few years there is a growing interest in the development and applications of methods for in-focus phase contrast electron microscopy. The oldest such technique is the Zernike phase contrast TEM based on thin film phase plates. It was the first one to demonstrate the benefits of the in-focus phase contrast TEM. Few other approaches based on electrostatic or magnetic devices are under development but, despite its limitations, the thin film phase plate is currently the only method available for applications.

 In order to explore the benefits of the in-focus phase contrast, we are working on applications in two major fields of biological cryo-microscopy: single particle analysis and cryotomography. At this point, the absence of automation software for unattended phase plate data collection negates most of the advantages provided by the in-focus phase contrast for single particle analysis. Large and medium size structures (>~200 kDA) can, in most cases, be solved by defocus phase contrast (conventional TEM). The information loss due to CTF is compensated by the increased data volume provided by an unattended automated acquisition. The phase plate techniques will open the doors to solving the structures of small particles (<~200 kDa), as soon as the technology enables their seamless integration into the data acquisition routines.

 Ceyotomography is expected to have the largest benefit from the implementation of in-focus phase contrast techniques. A tomogram is based on tilt series of a specimen area using a limited dose. Assuming the specimens is a unique object; the information lost during the acquisition cannot be recovered at a later stage. The in-focus phase contrast, with its uniform spectral transfer characteristics, can reduce the information loss due to CTF. In addition, it provides an overall contrast increase, which could aid the alignment steps during reconstruction making possible the use of lower total doses, smaller angular steps or smaller fiducial markers. As a result, the application of in-focus phase contrast to cryotomography is expected to produce tomograms with higher resolution and more details.

 Examples of applications of Zernike phase contrast to both, single particle analysis and cryotomography will be shown. The discussion will include the current state and the future directions of the Zernike phase contrast based on thin film phase plates.

 

(9) 3次元フーリエフィルタリング法と動的ホローコーン照明法の原理と応用

生田 孝(大阪電気通信大学工学部電子工学科)

 3次元結像理論 (N. Streibl, 1985) により,結像光学系を通す以前の段階で試料後方伝搬波の干渉効果から,試料の3次元散乱関数実部(振幅),虚部(位相)両成分に対して独立した対称および反対称型の3次元光学的伝達関数 (3DOTF) が定義できる。

 デフォーカスシリーズ3次元収集画像に対し,3次元フーリエ空間上でのフィルタリング操作によってエバルト球殻上のみの情報を抽出すると,大部分の非線形結像成分が除去され,ほぼ線形結像成分のみが抽出できる。また結像光学系の波面収差関数による位相変化は,3次元フィルターの複素係数を波面収差関数に対応させる事で補正出来る。さらにフィルター係数を両エバルト球に対して対称,反対称に選ぶことで,薄い試料に対して実部(振幅)・虚部(位相)分離結像が実現される。本方式は波面収差関数が既知である必要があり,かつ現状では非実時間処理に留まる。

 3次元結像理論からuv平面上の3次元スペクトル情報のみの3次元像は焦点深度が無限であることが判る。逆に焦点深度拡大処理は3次元スペクトル情報をuv平面近傍に制限することになる。

 さて傾斜照明での3DOTFのエバルト球対はuv平面と8の字状に交差する。8の字領域上の線形結像スペクトル成分は回転不変波面収差に影響されていない。よって焦点深度拡大処理(焦点位置移動平均や円環上対物瞳による)と8の字領域抽出フィルターにより無収差線形結像が可能になる。

 8の字領域以外の情報欠落は,傾斜照明のローテーションシリーズを収集し,対応する方位の8の字領域抽出フィルターを独立に適用,合成して補填する。これを動的ホローコーン照明法と呼んでいる。個別8の字抽出フィルターの段階で8の字の上下に対し同符号のフィルター係数を使えば実部(振幅)像が,逆符号では虚部(位相)像が再構成される。虚部(位相)像についても焦点深度が拡大されるので,高分解能位相CTが実現できると期待される。

 

(10) 電子線ホログラフィーの最近の開発状況
――多段電子線バイプリズム干渉法――

原田 研(日立製作所 基礎研究所)

 干渉顕微鏡法にとって重要な干渉像中のパラメータである干渉縞間隔s と干渉領域幅W は,電子線バイプリズムを2段に構えた光学系を利用することにより,独立したコントロールが可能となった。しかし,未だ干渉縞の方位角q のコントロールに関しては,電子線バイプリズムを回転させて対応することが一般的である。この方法は確実である反面,2つの電子線バイプリズムをそれぞれ個別に回転させねばならない煩雑さへの対応と,回転後にしかるべき参照波を得る空間が確保されていることが必要である。そこで本会では,電子線バイプリズムを3段に用いることによって,干渉縞の方位角をもコントロールする干渉光学系とその取り扱い方法について紹介する。

 図1aに光学系の模式図を示す。上段,中段の電子線バイプリズムを試料の像面に配置し,例えば,フィラメント電極を互いに直交させることによって,対角に位置する2つの波面に,相対的に任意の角度関係(傾斜)を与える。そして,下段の電子線バイプリズムにてその対角に位置する2波を重畳させ,干渉現象を観察・記録するものである。図1b, cに干渉領域の下段のフィラメント電圧V3依存性を示す。図1cの干渉領域(中央部矩形領域)には,干渉顕微鏡像にとってノイズとなるフレネル縞が含まれていない。2段電子線バイプリズム干渉計での利点の1つであったフレネル縞の発生回避が,この光学系においても踏襲されていることがわかる。図1d, e, fに,本干渉光学系を用いた観察例として,MgO微結晶の干渉顕微鏡像を示す。干渉縞の間隔s,および縞の方位角q が独立にコントロールされていることがわかる。

 以上の結果は,波面分割型干渉計であっても,操作自由度が十分に確保できることを示している。試料形状の都合上,物体波・参照波ともに定められた領域を用いなければならない半導体素子などの観察に適した干渉光学系と考えている。

 

(11) 強相関電子系酸化物のローレンツ電子顕微鏡観察

浅香 透((財)ファインセラミックセンター ナノ構造研究所)

 

(12) 低加速電子回折顕微鏡の開発

上村 理(株式会社 日立製作所)
郷原一寿(北海道大学大学院 工学研究科)

 回折パターンから計算機処理で実像を再構成する回折顕微法は,近年X線を中心に急速に開発がすすめられており,電子ビームでも実証例が増え始めている。通常の結晶構造解析と異なり,回折顕微法では規則的な周期構造を有しない試料に対しても構造解析が可能となる。また,振幅像とともに位相像も再構成できることも本手法の特徴である。しかしこれを実現するためには,試料からの弾性散乱が精度よく記録された回折パターンの取得が必要で,非弾性散乱や装置からの散乱などを極力抑えることが重要である。

 我々はこの回折顕微法を低加速電子ビームに適用し,試料ダメージが少なく,かつ高分解能な構造解析ができるよう研究および装置の試作を進めている。プロトタイプ実験機(加速電圧20kV)による実験では,多層カーボンナノチューブ (MWCNT) の再構成像を得ることで,低加速での回折顕微法の実証を行った。さらにこのプロトタイプ実験機で得た知見や課題をもとに,汎用SEM(日立ハイテクノロジーズ製 S-5500)をベースとして,低加速電子回折顕微鏡を試作した。この装置では,高い分解能 (0.4 nm) での試料概観の観察と30kV以下の加速電圧で回折パターンの取得が可能となっている。本発表では,これまで開発してきた低加速電子回折顕微鏡の概要,結果と課題を紹介する。

 

(13) X線回折顕微法

西野吉則(理化学研究所 播磨研究所)

 X線回折顕微法は,コヒーレントX線で試料を照射した際に得られる回折パターンから試料像を再構成する斬新なX線顕微法である[1,2]。図にX線回折顕微法の概念図を示す。X線回折顕微法はレンズを必要とせず,高分解能が達成可能である。X線は透過能が高いため,透過電子顕微鏡などでは不可能であったマイクロメートル以上の厚さを持つ大きな試料に対しても,非破壊での三次元イメージングが可能となる。さらに,この手法はレンズによるコントラストの低下のない理想的な位相コントラスト顕微法であるため,無染色の細胞小器官など,X線に対して透明な物体に対しても高いコントラストでのイメージングを行うことができる。

 最近になって,我々は,細胞小器官の三次元観察に世界で初めて成功した。コヒーレントX線回折データのみから,ヒト染色体の二次元像および三次元像が再構成され,高い電子密度を持つ軸状構造が観察された。軸状構造の観察は,染色や標識の処理をしない状態に対しては初めてであり,X線回折顕微法が無染色の生物試料を高いコントラストで観測するのに有効であることが示された。

[1]西野吉則,石川哲也:放射光,19, 3 (2006).
[2]西野吉則,石川哲也:まてりあ,45, 99 (2006).
[3]Y. Nishino, Y. Takahashi, T. Ishikawa, N. Imamoto, and K. Maeshima, Phys. Rev. Lett., in press (2008).

 この研究内容はPhysics Today誌で紹介される予定である。

 

(14) X線位相イメージング

百生 敦(東京大学大学院 新領域創成科学研究科)

 硬X線領域では,弱吸収物体による位相シフト検出に基づくイメージング(X線位相イメージング)を行うことにより,吸収コントラスト法に対して最大で約千倍の感度向上が実現する。1990年代より,シンクロトロン放射光源の発展もあいまって,いくつかのX線位相コントラスト生成法が実現されている。単に位相コントラストによる濃淡観察に留まらず,被写体によるX線位相シフトの定量計測が可能であることが重要であり,それに基づく三次元観察(X線位相トモグラフィ)も実現している。高分子材料や生体軟組織など,X線透視画像が必ずしも有効とされない被写体に対して,こうしたX線位相イメージングの威力は魅力的であり,多くの応用研究が展開されるようになっている。

 硬X線領域の位相情報を利用することの利点は,吸収と位相シフトの相互作用断面積の比較および複素屈折率から定量的に示される。これまでにX線位相コントラストを生成するために提案・実現されている方式には,(a) Zernike microscope,シリコン結晶製X線干渉計を用いる(b) two-beam interferometry,フレネル回折(あるいはデフォーカスによるコントラスト)を利用する(c) propagation-based method,およびX線の屈折を検出する(d) analyzer-based methodなどがある。(b) については,フレネルゾーンプレートを用いたX線結像顕微鏡においても実現している。(d) については結晶によるブラッグ回折を用いる方法と,X線透過格子を用いたTalbot干渉計を用いる方式がある。これらの原理を実際の撮像結果を示しながら紹介する。

 

(15) X線マイクロナノトモグラフィーによる4D観察とその材料工学への応用

戸田裕之(豊橋技術科学大学)

 数年前からSPring-8等におけるX線CTにより,分解能1ミクロン前後の金属組織観察や各種その場観察が報告されている。本講演では,筆者らの金属材料の損傷・破壊特性のその場観察例を中心に紹介する。特に,3次元像を定量解析することで,従来間接的な測定や表面観察で推測するより他に手段がなかった金属材料内部の各種事象が,3次元的,局所的,かつ高密度に定量評価できるようになってきたことを紹介する。

 Fig.1は,アルミニウム合金中の亀裂進展挙動をその場観察したものである。破壊抵抗が低いAl-Si共晶相では早期に亀裂進展開始しているのに対し,破壊抵抗が高いAl-Si共晶相は,亀裂進展がより遅れて生じることが明らかである。このようなことは定性的には表面観察などで報告されていた。図中のプロットは,破壊力学で亀裂進展駆動力を表す物理量である亀裂先端開口変位を画像解析により求めたものである。これにより,材料内部の局所的な損傷破壊挙動と内部ミクロ組織との関連性について,直接的かつ定量的な情報が得られる。

 これをさらに進め,材料内部に膨大な量含まれている粒子やポアをひずみマーカーとして追跡して材料内部の歪みなどの力学量を3次元的に計測した例も紹介する。通常は知り得ない材料内部の情報を高密度で,非破壊で,かつ3次元的に解析できるのがこの手法の長所である。歪みマッピングのほか,亀裂進展駆動力,変位,応力など様々な力学量がこの手法により測定されている。これにより,材料のミクロ・ナノ構造と力学的性質など様々な材料特性の関係を局所的に評価できるとともに,イメージベースシミュレーションの結果を直接的に検証できる実験結果ともすることができる。最近では,これらを基に,結晶粒の抽出,各結晶粒の変形挙動,結晶粒内部の歪み分布計測などが可能な粒界トラッキング技術も開発されている。これらも合わせて紹介する。

 

(16) 放射光CTによる骨の形態・生理解析

松本健志(大阪大学 基礎工学研究科・生体工学領域)

 マルチスケール性,異方性,不規則性や非一様性を呈する骨の形状・形態に基づく機能解析には,広範囲を高解像度で3次元イメージングすることが求められる。一方,骨モデリングやリモデリング,骨疾患の時間発展プロセスの解明,あるいは治療効果の精度の高い評価には,高分解能インビボ・イメージング/トラッキング技術を欠くことはできない。

 放射光CTは広い3次元領域を非破壊・高分解能で高速にイメージングできる骨形態計測に適した手法である。単色放射光を利用することで,吸収係数分布からアパタイト密度分布がほぼ正確に決定でき,吸収端を利用したサブトラクションCTによる骨内血管の抽出も可能となる。さらに,短時間照射でも高いSNで再構成像を得ることができ,高速インビボCTも可能である。

 筆者は放射光施設SPring-8の協力のもと,これら単色放射光CTの利点を生かした骨形態解析に取り組み,ラボCTマシンでは困難であったラット成長期における皮質骨孔ネットワーク形態の2相性変化や廃用性萎縮に伴う退行化を検出し,骨成長における骨循環の関与を示す重要な知見を報告した。さらに,インビボ放射光CTによる経日的なイメージングに基づき,一個体内の骨形成/吸収を局所的に追跡する手法を確立し,局所的な骨密度変化を検出することにも成功した。本講演ではこれらの内容を中心に紹介し,骨-血管連関の理解に向けて現在着手している新しいジルコニア血管充填剤と非脱灰摘出骨における骨再生/血管新生の同時検出にも触れる。

 

(17) 時間分解X線回折による溶接金属急冷組織形成過程のin-situ 観察

米村光治(住友金属工業株式会社 総合技術研究所)

 アーク溶接は,極めて急速な加熱・冷却を伴う過程であり,かつ,鋼材あるいは環境雰囲気に含まれる微量な元素に大きく影響される代表的な複雑系の現象である。そのため,溶接起因の破壊改善のためには,実験的な急冷過程での凝固形態の経時変化の把握が求められている。そこで放射光施設に実際に溶接機を持ち込み,回折結晶学的検討に基づいた装置開発により,溶接中に一方向成長するデンドライトからの微弱回折の複雑な変化を最速0.01sの時間分解能で二次元時系列観測した。

 図1に急冷過程で生じる代表的な低炭素鋼(亜共析鋼),ステンレス鋼,そして,炭化物析出型ステンレス鋼の二次元時間分解X線回折像を示す。まず,低炭素鋼では,1500℃付近にブロードなミスト状の d220の回折パターンが現れる(a)。つづいて d g の相変態(b),さらにa 相 (BCC)の回折ピークが出現し,g a の固相変態が始まる (c)。400℃までに,a 相の回折強度が増大する一方,g 相の回折強度が減少する(d)。オーステナイト系ステンレス鋼では,g 相が初晶であり,1440℃以上の高温域で回折スポットがランダムに明滅する(e, f)。第二相 d 相の回折スポットの出現により,g 相の回折も凝集する(h)。さらに炭化物析出型では,まず液相を示すハローパターンから d 相が晶出する(i)。つづいて g 相も晶出し(j),NbC晶出で液相が消滅する(k)。最終的に g 相や d 相はリング上に極大値を有する一方,NbCは均一なリング状に分布する(l)。

 本手法は実用的価値も高く,溶接金属凝固過程やHAZ形成過程の観測のみならず,凝固初期・核生成観測や実空間可視化手法との融合など挑戦的な研究に展開している。

 



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