生理学研究所年報 第30巻
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25.第2回伴侶動物の臨床医学研究会

2008年12月4日-12月5日
代表・世話人:丸尾幸嗣(岐阜大学応用生物科学部獣医臨床腫瘍学)
所内対応者:木村 透(動物実験センター)

(1)
骨軟骨腫瘍の病理学的概要(医学)
廣瀬善信(岐阜大学医学部附属病院病理部)

(2)
動物の骨軟骨腫瘍の病理学的概要(獣医学)
内田和幸(東京大学大学院農学生命科学研究科獣医病理学)

(3)
骨軟骨腫瘍の臨床における現状(医学)
杉浦英志(愛知県がんセンター中央病院整形外科)

(4)
骨軟骨腫瘍の臨床における現状(獣医学)
森 崇(岐阜大学応用生物科学部獣医臨床腫瘍学)

(5)
ヒトにおける骨軟骨腫瘍の画像診断(医学)
西堀弘記(木沢記念病院放射線科)

(6)
骨軟骨腫瘍の画像診断(獣医学)
夏堀雅宏(日本動物高度医療センター)

(7)
骨軟骨腫瘍の課題(医学)
大島康司(岐阜大学医学部整形外科)

(8)
獣医領域での骨軟骨腫瘍の課題(獣医学)
岡本芳晴(鳥取大学農学部獣医神経病・腫瘍学)

(9)
悪性骨軟部腫瘍の臨床試験(医学)
大野貴敏(岐阜大学医学部整形外科)

(10)
骨軟骨腫瘍の臨床試験と医学獣医学連携(獣医学)
小林哲也(日本小動物がんセンター)

【参加者名】
内田和幸(東京大学獣医病理学),廣瀬善信(岐阜大学医学部付属病院病理部),森 崇(岐阜大学獣医臨床腫瘍学),杉浦英志(愛知県がんセンター中央病院整形外科),夏堀雅宏(日本動物高度医療センター放射線部),西堀弘記(木沢記念病院放射線診断科),岡本芳晴(鳥取大学獣医神経病・腫瘍学),大島康司(岐阜大学医学部整形外科),小林哲也(日本小動物がんセンター),大野貴敏(岐阜大学獣医学部整形外科),酒井洋樹(岐阜大学獣医病理学),代田欣二(麻布大学獣医病理学),浅野和之(日本大学獣医外科学),藤田道郎(日本獣医生命大学獣医放射線学),宇塚雄次(岐阜大学獣医臨床放射線学),佐々木伸雄(東京大学獣医外科学),星野有希(岐阜大学応用生物科学部獣医学課程),児玉篤史(岐阜大学獣医病理学),武田聡(各務原動物病院),杉田恵子(ハート動物病院),柴田博人(中郷動物病院),原田淳子(獣徳会動物医療センター),小山田和夫(松原動物病院),長南孝司(ダクタリ動物病院),長谷吴輔(おざわ動物病院),村上麻美(岐阜大学),島淵景子(おがわ動物病院),弘瀬 勝(桜山動物病院),鈴木秋沖(カニエ動物クリニック),檜山武史(自然科学研究機構基礎生物学研究所統合神経),須田 綾(いわた動物病院),稲垣 武(稲垣獣医科病院),近藤広紀(りんごの樹動物病院),山崎 愛(りょう動物病院),矢野将基(岐阜大学動物病院),中山 萌(岐阜大学動物病院),伊藤祐典(岐阜大学動物病院),松立大史(川瀬動物病院),矢田治郎(日名わんにゃんクリニック),高柳直哉(ホーミどうぶつ病院),東 豊子,蔵所宏好(ロッキー動物病院),栗林正伯(小野薬品工業(株)),関口智子(てらかど動物病院),高野弥佳(動物病院心恵堂),平手知洋(日本全薬工業(株)),岡野久美子(平成動物病院),横井作知(あいち犬猫医療センター),下谷真智子(つづき動物病院),野口俊助(南が丘動物病院),家村龍司((株)インターベット),古川敬之(あいち犬猫医療センター),服部光伸(アサギ動物病院),吉崎友佳子(シュリングプラウアニマルヘルス(株)),駒澤 敏(岐阜大学腫瘍),若園多文(ながまつ動物病院),古橋秀成(ふるはし動物病院),岩谷 直(岐阜大 腫瘍),後藤 淳(岐阜大 腫瘍),戸田知得(生理研:生殖内分泌),浴本久雄(テムリック(株)),森 聡子(獣徳会 動物医療センター),長坂真由(おざわ動物病院),岩城周子(湯木どうぶつ病院),松浦里子(岐阜大学獣医病理学教室6年),中島規子(カニエ動物病院),中川史洋(なかがわ動物病院),中川尚子(なかがわ動物病院),原本美代子(大阪大学医学研究病態病理学研究室),中山一也((有)中山犬猫病院),上田綾子(東京大学院農学生命科学高度医療学研究室),村上 章(岐阜大学),鈴木義之(サンライズ動物病院),高木 哲(北海道大学),飯田恒義(岐阜 飯田動物病院),松井多美子(ふみもと動物病院),木村英夫(日本全薬工業(株)),大矢勇一郎(郡上八幡動物病院),瀬山 昇 (NCA),竹内康博,村井厚子(湯木どうぶつ病院),山本英森(中根犬猫病院)


【概要】
 本研究会は昨年度にスタートし,第2回目である。対象疾患として難治性疾患を取り上げ,医学と獣医学の専門家をシンポジストとしてお招きし,比較医学という立場で相互に議論を深め,臨床医学・獣医学の発展に寄与することを目指している。将来的には,医学・獣医学に加えて実験動物科学の専門家の参加を考慮し,実験医学・獣医学・医学の流れを形成することによって,基礎と臨床の交流を円滑にして,難治性疾患の克服に寄与するのが究極の目標である。

 今回は骨軟骨腫瘍を取り上げた。5つのシンポジウムを企画し,医学と獣医学の専門家にそれぞれ講演をしていただいた。人と伴侶動物の骨軟骨腫瘍のテーマ毎の比較をして,それぞれの類似性,相違性を議論し,それぞれの問題点を明らかにするとともに,今後実施しなければならない課題を確認した。

 各シンポジウムは,「骨軟骨腫瘍の病理学的概要」,「骨軟骨腫瘍の臨床における現状」,「骨軟骨腫瘍の画像診断」,「骨軟骨腫瘍の課題」,「骨軟骨腫瘍の臨床試験と医学獣医学連携」で構成した。

 参加者は80名を越え,活発な議論が行われ,医学と獣医学の交流が実現した。参加者の専門分野は獣医学がほとんどであるが,シンポジストの医学領域,さらには少数ではあるが製薬企業の参加も得られ,医学関連領域の交流のきっかけともなった。

 今後は,当面の課題として継続的に『がん』を取り上げ,来年度の生理学研究会の申請を準備している。本研究会の補助に対して心より感謝する次第である。

 

(1) 骨軟骨腫瘍の病理学的概要(医学)

廣瀬善信(岐阜大学医学部附属病院病理部)

 骨(骨内および骨膜)に発生する腫瘍について,その病理学的ポイントを概説する。

1) 疫学・病因
 ヒト腫瘍の中では,骨軟骨腫瘍は稀な部類に属する。その特徴として,発生しやすい場所と年齢が比較的はっきりしている。発生原因はほとんど分かっていないが,多分化能を有する間葉系幹細胞の存在が示唆されている。

2) 病理学的分類
 骨軟骨腫瘍の病理学的分類としては,WHO分類(2002) が頻用されており,腫瘍組織に含まれる基質と腫瘍細胞の分化方向に基づいている。

3) 骨性腫瘍の病理各論
 骨肉腫は8亜型に分類され,それ以外には類骨骨腫,骨芽細胞腫がある。

4) 軟骨性腫瘍の病理各論
 軟骨肉腫は5亜型に分類され,それ以外に内軟骨腫,骨軟骨腫,軟骨芽細胞腫,軟骨粘液線維腫がある。

5) Ewing/PNETの病理各論
 全悪性骨腫瘍の6% ほどの稀な腫瘍で,5~15歳男児に好発する。長管骨骨幹部の発生が多い。組織学的には大きな線維性隔壁に囲まれた小円形細胞の密な増殖から成る。遺伝子変異としてEWS/FLI-1のキメラ遺伝子の形成が知られている。

6) 生物学的特性
 Ewing肉腫を除いてBrodersの分類を基にした組織学的gradingが行われており,4段階(あるいは3段階)に分類する。

7) 今後の課題・提言
 この分野の腫瘍は,新規治療がそれほど成されていない現状があり,これからの新規治療戦略の可能性が大と思われる。

 

(2) 動物の骨軟骨腫瘍の病理学的概要(獣医学)

内田和幸(東京大学大学院農学生命科学研究科獣医病理学)

 現在,動物の骨関節腫瘍は,1994年に改正されたWHO分類に基づき診断されている。本分類は,過去のWHO分類(1976年制定)を元に,改正までに動物で確認された病態が新たに加えられたほか,悪性腫瘍については,腫瘍発生部の解剖学的特性により骨内性と骨周囲性(骨膜性骨肉腫や傍骨性骨肉腫等)に大別し,さらに骨内性骨肉腫については,その優勢な細胞形態に基づいて,組織亜型分類(未分化型,骨芽細胞型,軟骨芽細胞型,線維芽細胞型,血管拡張型,巨細胞型)が設けられた。これらの骨肉腫の再分類にあたっては,ヒトの骨肉腫の知見を参考にされたものと思われる。

 一方,対象動物が多岐にわたる獣医学領域では,動物種ごとの生物学的特性の相違がしばしば問題になり,骨・軟骨腫瘍についても,発生状況やその種類は動物種により多様である。このため,動物の腫瘍を総括的に分類することには,問題も多い。現在のWHO分類の良性腫瘍は,ウシやウマ等大動物の骨疾患の知見に基づく情報が多く,逆に悪性腫瘍では,イヌやネコの小動物,特にイヌの骨疾患の知見が多く参照されている。今回の発表では,基本的に情報が多く蓄積されているイヌ,ネコ等の伴侶動物における骨・軟骨腫瘍の中でも,特に動物種特異性の高いと思われる病態を中心に紹介したいと考えている。

 

(3) 骨軟骨腫瘍の臨床における現状(医学)

杉浦英志(愛知県がんセンター中央病院整形外科学)

1. 発生状況
 原発性骨悪性腫瘍の疾患別発生件数,発生率,好発年齢,男女比,発生部位,ステージ分類について概説する。

2. 診断
 骨腫瘍の診断にはX線検査が不可欠であるが,最終診断は病理診断によって確定されることになる。MRI検査は腫瘍進展範囲の評価に有用である。また,神経や血管と病巣との位置関係の把握に有用であり,切除範囲をより正確に判断できる。

3. 治療
 骨肉腫の治療は化学療法と手術治療による集学的治療を必要とする。1970年以前においては,全例患肢切断が行われ,生存率は10% 程度であったが,化学療法の進歩,画像診断の発達,手術手技の確立により現在では患肢温存率は80% 以上,生存率も60% 以上である。

4. 今後の課題
 骨悪性腫瘍に対する現状の問題点としては化学療法不応症例や初診時遠隔転移症例では治療成績が悪く,これらの症例に対する新しいアプローチが必要である。また,十分な切除縁が確保できない部位での治療法の開発が必要である。

5. 医学・獣医学相互への提言
 人の骨悪性腫瘍がそのまま動物に適用は出来ないと思われるが,個々の動物に合った抗癌剤投与の仕方や手術法の開発が必要である。抗癌剤投与については全身投与が良いのか動注療法が良いのか,どの薬剤をキードラッグとして用いていくのが良いのか,また,手術法については切断術+装具療法が良いのか,患肢温存が良いのかなど考えていく必要があると思われる。

 

(4) 骨軟骨腫瘍の臨床における現状(獣医学)

森 崇(岐阜大学応用生物科学部獣医臨床腫瘍学)

1. 発生状況
 動物の骨軟骨腫瘍の発生率,発生年齢,体重,好発犬種,去勢や避妊手術と発症率との関係,発生部位について概説する。

2. 臨床症状
 四肢の骨肉腫では,跛行,疼痛,腫脹を認めるケースが多い。

3. 診断
 最も一般的な変化はX線上での骨融解像である。確定診断には生検が必要であるが,骨融解を認めるタイプであれば,コア生検による生検が,骨融解を認めない場合は皮質骨の切開生検が推奨される。

4. 予後因子
 7-10才の患者では,それよりも若年,あるいは10才以上の患者と比較して,予後が良い。血中ALPの上昇は,無病期間と生存期間の短縮と関連している。

5. 治療
 犬の骨肉腫の場合,断脚は,疼痛除去が大きな目的となり,全身状態が改善することが多い。ただし,断脚後1年以内に90% が死亡する。一方,患肢温存手術も様々な方法が考案されているが,適応には限界がある。犬の骨肉腫の化学療法は,現在行われているどの治療法を行っても,生存率の劇的な改善が見込めない。犬の骨肉腫の放射線治療では,疼痛緩和目的で使用される。

6. 動物の骨肉腫治療の今後
 犬の骨肉腫治療では,生存期間の延長がほとんど期待出来ない点が,最も大きな問題の1つである。

7. 医学・獣医学相互への提言
 骨肉腫については,犬は人の骨肉腫と生物学的動態が類似していることから,この類似点をうまく利用することが今後の課題と思われる。

 

(5) ヒトにおける骨軟骨腫瘍の画像診断(医学)

西堀弘記(木沢記念病院放射線科)

1. はじめに
 骨軟骨腫瘍における画像検査の役割のうち,今回は病変を正確に診断する事によって,良性病変に過度の侵襲を与えたり,浸潤傾向の高い病変を見過ごしたりしないようにするということを中心に述べたい。

2. 総論
 我々放射線科医が骨軟骨腫瘍を分類するときに,およそ10項目にわたる要素を確認するようにしている。すなわち,患者の年齢,軟部への進展の有無,骨破壊のパターン,病変のサイズ,病変の部位,病変部と正常部分の骨との移行帯,病変の辺縁の硬化の有無,基質の視認,骨の反応性変化,多骨性か単骨性か,の10項目である。これらを正しく評価する事が,正しい診断につながる。

 画像診断では単純X線写真以外に,CT,MRI,シンチグラフィーなど,様々な画像診断のモダリティーが発達しており,その役割は骨軟骨腫瘍診断においても非常に重要となりつつある。

3. 各論
 線維性骨異形成,骨巨細胞腫,類骨骨腫,単純性骨脳腫,内軟骨腫,巨細胞腫,骨肉腫,軟骨肉腫,脊索腫についての画像所見特徴について,画像を供覧しながらシンポジウムにて述べたい。

4. 今後の課題
 PET診断の応用,MRSの汎用化,コンピューター支援診断の開発が課題である。

5. 医学・獣医学相互への提言
 ヒトに対して保険適応や,様々な制限がある分野に関して,獣医学の分野がリードしていただきたいと考えている。

 

(6) 骨軟骨腫瘍の画像診断(獣医学)

夏堀雅宏(日本動物高度医療センター)

はじめに
 骨軟骨腫瘍の標準的画像診断法は,対象とする罹患部位の正しい画像の作成とその画像に対する客観的・主観的評価のみならず,患者の病歴および他の検査結果と疫学的背景,品種,年齢を考慮して総合的に診断することが重要になる。

標準的画像診断法の総論
X線検査/X線CT検査:
 早期疾患では腫瘍・非腫瘍性変化は鑑別できない。骨に対する変化は,骨溶解性,骨増殖性および混合性のいずれも起こりえる。また,原発性骨腫瘍の特徴は,単骨性の骨溶解像を基調とする変化であり,一方で滑膜肉腫などの軟部組織性腫瘍の骨浸潤では多骨性の骨溶解像を示す。

骨シンチグラフィ・PET
 骨シンチグラフィ用放射性製剤として,Tc99m-MDPまたはTc99m-HDPが主に利用される。PETにはF18-FDG-PETによるPETまたはPET-CTが用いられる。

各論
 骨腫・外骨症・軟骨性外骨症などの良性腫瘍,悪性原発性骨腫瘍,傍骨性または骨外性骨肉腫,頭蓋骨に発生する多小葉性骨軟骨肉腫 (MLO),骨髄由来腫瘍として骨髄腫・多発性骨髄腫・リンパ腫,転移性骨腫瘍についての画像所見を概説する。

今後の課題,医学・獣医学相互への提言
医学・獣医学
 画像診断モダリティはほぼ同一である画像診断上の特徴から,ヒトと動物を含めた比較画像診断上の情報を共有することで,種を超えた共通性とともに明らかな種差も提示されていく可能性に期待したい。

 

(7) 骨軟骨腫瘍の課題(医学)

大島康司(岐阜大学医学部整形外科)

~骨肉腫を中心に~

(現状での問題点)
 骨肉腫治療の基本は,術前,術後の系統的化学療法と外科的切除である。予後を左右する最も重要な因子は骨外転移,特に肺転移である。しかし,術前化学療法は,奏効性・根治率共に限界に達している。

(問題点に対する最新情報)
 基礎研究においては,ゲノミクス解析が行われており,分子標的治療の候補遺伝子の探索に重要な役割を担っている。またプロテオミクスでは腫瘍マーカー,組織・予後マーカーの探索がなされている。さらに,分子標的治療として,血管新生阻害剤,Ecteinascidin-743,ペプチド免疫療法などの治験も行われている。

 臨床においては,術前化学療法の効果に応じて術後化学療法を変更する比較試験(European and American Osteosarcoma Study: EURAMOS),新しい人工関節の開発や肺転移に対する抗がん剤の吸入治療やレーザー治療なども試みられている。

(今後の方向性)
 手術後の効果的補助療法が必要であり,新規薬剤や全身治療法の開発・確立が急務である。また,不完全切除となった悪性骨軟部腫瘍の救済効果は否定的で,外科切除手技としての完全切除が原則であり,そのため,手術技術の確立,熟練が必要である。

(医学・獣医学相互への提言)
 国内外の大規模な多施設共同研究を展開し標準的治療法の確立を行い,治療成績の改善を目指すべきである。

 

(8) 獣医領域での骨軟骨腫瘍の課題(獣医学)

岡本芳晴(鳥取大学農学部獣医神経病・腫瘍学)

はじめに
 今回,獣医領域における骨腫瘍,特に犬の四肢の骨肉腫に焦点を絞ってその問題点を提示する。またその問題点に関する最新情報を紹介し,今後の方向性について提言したい。

現状での問題点
 骨肉腫を早期に確定診断することが現時点では困難となっている。治療については,四肢を温存するか,断脚するかの判断基準が現時点では明確ではない。抗がん剤の選択や化学療法以外の補助療法,特異タンパク質あるいはがん関連遺伝子等のより詳細な検討が必要である。

問題点に対する最新情報
 X線検査のみならず,骨シンチグラフィーやPET-CTが使用可能になることで,より早期に骨肉腫の診断が可能になると思われる。早期診断が可能となれば,断脚術だけの選択肢でなく,同種骨移植という選択肢も可能となる。また,演者らも実施している自家がんワクチン療法などの免疫療法の可能性が以前より示唆されている。

今後の方向性
 診断に関しては,遺伝子あるいは関連タンパク質の検出,治療に関しては,早期発見による患肢の温存手術がより発展することを期待したい。また免疫療法および分子標的薬についても今後さらに開発されるものと思われる。

医学・獣医学相互への提言
 ヒトと動物の腫瘍は多くの共通点を有している。本シンポジウムが起爆剤となって,日本においても医学と獣医学が共同で骨肉腫をはじめとする各腫瘍の研究体制が整備されることを切望する。

 

(9) 悪性骨軟部腫瘍の臨床試験(医学)

大野貴敏(岐阜大学医学部整形外科)

 本シンポジウムでは,これまで行われてきた骨肉腫,ユーイング肉腫,悪性軟部腫瘍の臨床試験を紹介する。

1. 骨肉腫に対する化学療法の変遷
 1970年以前の骨肉腫の治療は患肢の切断であり,1970年代に入り,アドリアマイシン(ADR)や,メソトレキセート大量療法(HD-MTX)が骨肉腫に有効であることが示され,1983年,Rosenらは術前から化学療法を導入するプロトコールを報告した。1980年代後半には,イホスファミド(IFO)が骨肉腫に有効であることが示された。

2. 近年の臨床試験
 術前にHD-MTX,CDDP,ADRを投与し,奏功しない症例には術後IFOとエトポシド(VP16)を投与したが,薬剤の変更は予後を改善しなかった。

3. ユーイング肉腫の臨床試験
 腫瘍体積が大きい群でのIFOの追加投与は,予後を改善した。さらに5剤にエトポシド(VP16)を加えたプロトコールで5年生存率69 %まで改善した。

4. 悪性軟部腫瘍に対する臨床試験
 四肢発生に限定した高悪性度非円形軟部肉腫に対して,エピルビシン(EP)とIFO併用による術後化学療法が,手術単独に比較して有意に累積生存率を改善した。

5. 展望
 今後は難治例に対する新規の治療法の開発が望まれる。また現在のプロトコールでは治療期間が長期にわたり,患者の被る身体的精神的苦痛も大きい。今後これをいかに短縮・軽減するかも重要な課題である。

 

(10) 骨軟骨腫瘍の臨床試験と医学獣医学連携(獣医学)

小林哲也(日本小動物がんセンター)

犬の骨肉腫に関する臨床研究の現状
 犬の骨肉腫に関する研究報告は比較的多いが,臨床試験と呼べる研究はまだ少なく,大部分が回顧的研究(後向き研究)である。犬の骨肉腫に関する代表的な既臨床研究を紹介する。

犬の骨肉腫に関する代表的な臨床試験
1. 犬の骨肉腫における術後補助治療としてのロバプラチンの効果
2. 多施設無作為化比較臨床試験:犬の自然発生骨肉腫におけるステルスリポソーム封入型シスプラチン(SPI-77) vs. カルボプラチンの効果
3. 犬の骨肉腫の補助治療:シスプラチンとリポソーム封入型MTP (L-MTP-PE) を用いた無作為化比較臨床試験

獣医臨床試験に関する主な問題点
1. 費用:臨床研究を実施する際の経済的負担は?
2. 倫理:無作為化や盲検という考え方が日本の飼い主に許容されるか?
3. 人材:臨床研究を構築できる獣医師,あるいはデータ管理者の育成?
4. データ解析:臨床研究の構築,管理,解析する統計学者との連携?

医学・獣医学連携の可能性
 獣医領域におけるもう一つの臨床研究の役割とは,犬や猫に自然発生した癌が人間の悪性腫瘍のモデルとなり得るかということ,すなわち小動物における臨床試験が人医の前臨床試験としての役割を担うことができるかということである。

 



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