社会能力の神経基盤

archive 2015-2018

 

成果概要

社会信号をやり取りするコミュニケーションの神経基盤を、その発達過程に沿って出現する行動里標(milestone behavior)を実験系に埋め込むことによって健常成人を対象とした機能的MRI 実験を遂行した。
 

詳細

対面模倣

対面模倣は、相手のフィードバックに基づいて共有行動が実行される独特の社会的相互作用である。相手の模倣は、模倣者の行動へのフィードバックであり、結果的に行動の共有化をもたらす。主観間性の中核である対面模倣における行動の共有表現の神経機構はよく知られていない。ここでは、予測符号化理論に基づいて、ペア固有の順モデルが、ミラーニューロン系の一部の個体間同期によって表現される行動の共有表現であるという仮説を立てた。顔の表情の即時模倣課題を用いて、16 組の参加者を対象に、顔と顔の相互作用中に2個体同時計測機能的磁気共鳴イメージングを実施した。ペアになった参加者は、幸せな顔、悲しい顔、または非感情的な顔を表現するように促された。模倣者または模倣者の役割は交互に割り当てられた。模倣することと模倣されることによって誘発される神経活性化は異っていたが、オンライン模倣的相互作用は右下頭頂葉における脳間同期を促進し、顔の動きの運動学的プロファイルの類似性と相関があった。このことは、右下頭頂葉が、模倣的相互作用を介して、ペア固有の前方内部モデルとしての行動表現を共有する上で重要な役割を果たしていることを示している(Miyata et al.2020)。

 

アイコンタクト

アイコンタクトは、最も単純な相互模倣と考えられる。2 台のMRI を用いて2 個人間の相互作用中の神経活動を同時に計測するシステムを開発して、アイコンタクト時の神経活動を計測した。2 名の被験者が二個体同時計測用fMRI 装置に入り、ビデオコミュニケーション装置を介してアイコンタクトを行った(オンライン条件)。また映像遅延装置を利用することで,相互作用が存在し得ないオフライン条件も設定した。アイコンタクト中の行動上の相互作用として瞬目に注目し、多変数自己相関解析法の一種であるAkaike causality (Ozaki, 2001)を適用して、パートナーからの影響の程度の指標としてノイズ寄与率(Noise Contribution Ratio, NCR)を計算し、これを相互作用の定量指標として評価した。参加者は条件の違いに全く気が付かなかったにも関わらず、オンライン条件時には、瞬目のタイミングが相手のそれに影響を受けていた。また小脳半球及び前部帯状回の脳活動がオンライン時に高かった。加えて前部帯状回と前部島皮質への機能的結合が,オンライン時に増強されていた(Koike et al. 2019)。 これらは小脳と大脳辺縁系ミラーシステムがアイコンタクト時の相互作用を媒介していることを示している(Koike etal, 2019)。

 

社会的随伴性

社会的随伴性とは、自己の行為によって他者の行為が惹起されるという因果関係のことで、その理解は生後3 ヶ月ころに出現するとされている。社会的相互作用は、自己の行動が他者からの適切な反応を引き起こすという行動結果随伴性によって促進される。これまでの研究で、線条体報酬系が行動・結果の偶発性信号の生成に関与していることが示唆されている。しかし、自己の行動と他者の反応に関する信号が統合されて成功報酬信号が生成される神経メカニズムは不明である。そこで、自己を表す脳活動が、線条体報酬系と他者の反応を処理する感覚領域との結合を調節するという仮説を検証するために、機能的MRI を行った。実験では、参加者がジョークを言って聞き手を笑わせるという条件付きの課題を用いた。参加者は、自分のジョークの後に他人のジョークよりも大きな笑いが起きたときに、より大きな喜びを報告した。自己に関連する聞き手の反応は、内側前頭葉皮質(mPFC)でより強い活性化を示した。笑いは聴覚野の活動と関連していた。腹側線条体は、参加者が聞き手を笑わせたときに、他の人が笑わせたときよりも強い活性化を示した。生理的相互作用解析では、腹側線条体は、mPFC と聴覚野から抽出した信号との相互作用効果を示した。これらの結果は、自己関連処理に関与するmPFC が、腹側線条体での価値処理の際に、他者の反応に関連する感覚入力を変調するという仮説を支持するものである (Sumiya et al. 2017)。
自閉症における社会動機仮説においては、社会的信号の低報酬性が自閉症者を社会的交流へと動機づけない理由と想定している。健常成人において、自己の行動に随伴する他者の適切な反応社会的随伴性)が報酬となること、その神経基盤として前部頭側内側前頭前野(arMPFC)が重要であることを示した実験系 (Sumiya et al. 2017) を自閉症者に適用したところ、mentalizing network の一部であるarMPFC の反応減弱と社会的随伴性の報酬価値減弱が確認された。意思決定における社会的随伴性認知過程の神経基盤としてのarMPFC の機能性を示した。
社会的随伴性の一つとしての褒め(praise)が運動成績を増強することを示してきた(Sugawara et al.2012)が、その伝達経路は明らかでなかった。本研究では社会的随伴性認知過程の神経基盤としてのarMPFC の活動がその信号経路を修飾する、という仮説を検証するため、英会話の教師と生徒の関係を模した実験系を設定し、生徒の発声にたいする教師の容認と拒絶の効果を行動と神経活動の両レベルで計測した。その結果、教師の容認は右一次視覚野、拒絶は左一次視覚野にて表象され、これらの領域から一次運動野への影響はarMPFC の活動増強と正相した。これらの所見から、社会的随伴性信号が運動領域にフィードバックされること、そしてその信号が一次視覚野を経由することが明らかとなった。

 

共同注意

共同注意は生後6~12ヶ月ころに出現する。他人の意図を忖度する能力(心の理論)の萌芽でありまた言語発達の前駆と目されており、さらにその欠如は自閉症の早期兆候とされている。個体間の相互作用である「共有」の神経基盤を明らかにし、視線を介してどのように二者が単一の「我々」を構成するかを明らかにするためには、2個体の神経活動を同時に記録解析することが必須である。アイコンタクトと共同注意は、個人間で注意状態を共有する際、密接に関連している。オンラインおよび遅延オフライン条件を含むアイコンタクトの2個体同時計測fMRI によって、アイコンタクトを介した実時間性相互作用が、前帯状皮質および右前島皮質(AIC)を含む小脳および辺縁系ミラーシステムを活性化することが判明した。一方joint attention 中の2個体同時計測fMRI によって、右AIC の神経活動が共同注意課題特異的、パートナー特異的に同期することが明らかとなった。右AIC は、共同注意開始時にターゲットを自発的に選択する際に賦活されることから、右AIC の神経活動同期は、特定のターゲットに注意を向けるという意図の2者間での共有を表象するものと考えられた(Koike et al. 2019)。これらの結果は、辺縁系ミラーシステムと小脳の両方が、視線を介したリアルタイムの社会的相互作用に関与しており、視線を介した注意と意図の共有が相互視線中のペアに固有な右AIC の神経同期によって表され、保持されることを示している。
共同注意から心の理論への発達は、言語コミュニケーションにより担われると考えられている。経験を共有することは、人間の社会的認知の基本である。視覚的経験は世界に向けられた心的状態であることから、視覚的経験の共有は、共有の指向性に対する共同注意と心的状態の推論(心の理論)によって媒介されるという仮説を立てた。この仮説を検証するために、健常成人被験者44 名を対象に、hyperscanning fMRI を実施した。実験では、音声言語を用いた空間的・特徴的な共同注意課題を用いた。この課題では、発話者が空間的な位置や物体の特徴を指示することで相手の注意を引きつけ、応答者が注意を向けるというものである。その結果、共同注意ネットワークの主要ノードである右前島皮質(AIC)-下前頭回(IFG)複合体と、ターゲットの共有カテゴリーを表す右後上側頭溝において、課題特異的な神経活動のペア間同期が見られた。また、右AIC-IFG は、default mode network の主要ノードである右側頭頭頂接合部と背内側前頭前野とともに、残差時系列データの個人間同期を示した。この背景同期は、状況を共有するという信念の共有を表している。このように、視覚体験の共有は、default mode network と右AIC-IFG を介して結ばれたsalience network との間の機能連関によって表現される(Yoshioka et al. 2021)。

 

共同作業

複数個体間の「協力」は、対人関係におけるヒトの柔軟な意思決定過程の典型である。それぞれの行動が、相手の意思決定により自己の意思決定が影響を受けながら共有する目的に向けて自己組織化される、という点で1個体に還元できない過程である。どのように複数人が冗長な個々の役割を自律的に組織化するのか、またどのような神経基盤がこの組織化に関与しているのかを明らかにすることを目的として、2 個体同時計測fMRI を用いた実験を実施した。実験課題はモニター画面上にカーソル位置によって示される握力を、標的力(個々の最大握力の20%)に可能な限り正確に一致させ続けることであった。課題条件として「(1)個々の力を一致させる個別課題」「(2)2 人の平均力を一致させる共同課題」「(3)個別課題時のパフォーマンス(カーソル運動)を注視する課題」「(4)共同課題に関する同様の注視課題」の 4 条件が課された。課題中のペアの脳活動は2 個体同時計測fMRI によって、握力は非金属製・fMRI 用特殊フィルター付握力測定装置によって、それぞれ2 人同時に測定された。共同課題時の握力データにAkaike Causality 解析を適用し、パートナーからの影響の程度の指標としてNCR を算出した。NCR は、時系列のある時点での状態がうけるその時系列の過去からの影響と、他の時系列の過去からの影響を分離して定量する指標であることから、被験者の協力の測度とした。共同課題と個別課題の脳活動を比較したところ、側頭頭頂接合部後部(posterior Temporo-Parietal Junction: TPJp)、楔前部、下頭前回、小脳、上頭前回などが共同課題時に有意な活動の増大を示した。これらの領域の中でも右のTPJ の前部(TPJa) は共同課題と個別課題の活動の差異に関してNCR と有意な正の相関を示した。この相関は共同課題時に右TPJ の活動が大きくなる被験者ほどパートナーからの影響を大きく受けていたことを意味し、この領域が共同課題におけるパートナーとの相互作用に直接関与する領域であることを示唆した。さらに協力課題遂行時にTPJa からTPJp へのeffective connectivity が増加し、さらにTPJa はペア特異的に個体間相関することがわかった。これらのことから、右TPJ には機能的な下位領域が存在し、全体として心の理論ネットワークと連関して協力行動の調整に関わっていることが明らかとなった (Abe et al.,2019)

 

語用論(皮肉)

語用論とは、話し手と聞き手(ないし書き手と読み手)を想定した場合、聞き手が「話し手が伝えたいと思っている意味」を理解できるのはどうしてか、を研究する研究領域であり、その研究対象の1つに皮肉がある。皮肉は、話し手が発話した文字通りの意味とは反対の意味を聞き手に伝える話法で、聞き手が皮肉に気づくきっかけは、発話の内容と論理的にかみ合わない文脈や口調などを感知することによる。
自閉症においては、心の理論能力の障碍に応じて皮肉理解困難が生じることが知られており、その神経基盤解明は自閉症の病態理解に向けて重要な意義がある。皮肉の神経基盤研究において、心の理論に関係する領域の関与は知られていたが、口調がどのように皮肉理解に関与するか、は明らかにされていなかった。これは、従前の機能的MRI が、音声会話を用いず文章の視覚提示課題を用いていたことによる。会話中の皮肉は、文脈、内容、口調の不一致として知覚されることから、韻律が文脈-内容不一致効果を修飾するとの作業仮説に基づいて、会話中の機能的MRI 実験を行った。その結果、文脈-内容の不一致効果は小脳と心の理論ネットワークで顕著であり、特定の文脈で発話された内容を表象していることが判明した。また、内容-口調の不調和効果は、発話における情動を表す両側扁桃体で観察された。これらの不調和効果の相互作用は、両側背外側前頭前皮質、下前頭回、前島皮質と背内側前頭前皮質の尾部を含む顕著性ネットワーク(salience network)に及んでいました。これらの知見は、皮肉理解のための2 つの異なる不調和検出システムが、顕著性ネットワークを介して前頭前野で統合されていることを示している(Nakamura et al. 2022)。この結果は、論文化された予備検討結果(Matsui et al. 2016)も含めて、語用論としての皮肉の理論に基づいて神経基盤解明を進めた点、更に音声を介した語用論処理過程を明らかにした点で意義深い。

 

向社会行動

良い評判は肯定的な自己イメージを高め、それが向社会的行動を動機づける。この現象は間接的互恵性として知られている。したがって、良い評判は、直接的な互酬性につながる感情反応が抑制された疎遠な人に対する向社会的行動を促進するはずである。このような行動には、内側前頭前皮質(mPFC)と楔前野で処理される自己イメージと、報酬系で処理される社会的報酬の相互関係が関与していると予測された。この仮説を検証するために、21 名の被験者に仮想ボール投げゲーム中に、他のプレイヤーに対してネガティブな印象(疎外感)またはニュートラルな印象を形成させた後、fMRI を行った。ゲーム中のいくつかのブロックでは、他のプレイヤーはトスを受け取らず、参加者はそのプレイヤーへのトスを増やすことができた(すなわち、向社会的行動をとることができた)。参加者は、孤立したプレイヤー全員へのトスを有意に増加させた。したがって、疎遠度に関わらず、向社会的行動は発生した。疎遠なプレイヤーに対する向社会的行動は、肯定的な自己イメージを高め、MPFC 前部および楔前部の活性化を増加させた。楔前部は線条体との機能的結合が増強された。このように、正中皮質構造と線条体の相互作用に表象されるポジティブな自己イメージは、疎遠な人に対する向社会的行動に重要な役割を果たすことが明らかとなった(Kawamichi et al. 2019)。