[archive] 7TMRIの導入と運用(福永准教授)

7TMRIの技術開発

7テスラMRI計測環境の導入

7テスラMRIは、従来装置に比較し、感度および組織コントラストの向上が期待される。しかし、背景磁場や送信波の均一度に敏感なため、7テスラの特徴を活用するためには、適切な対応が必要となる。これら3テスラ以下の装置では問題とならない事項に対する最適化と、各種実験に応用可能な標準的測定プロトコールの策定を基礎に、革新脳、脳プロ意思決定、双方向型連携研究のそれぞれプロジェクトに適切な計測系を確立した。構造計測では、RFパルスを多用する計測が主流であり、送信波の不均一(B1+ inhomogeneity)が問題となる。この対策としてMP2RAGE法の導入、0.75x0.75x0.75 mm の空間分解能を持つ3次元T1強調画像をスタンダードプロトコールとして策定した。一方、機能的MRI(functional MRI: fMRI) 計測では、神経回路としての入出力の分離が期待される皮質深度方向の分割や、皮質表面を走行する大きな静脈の影響を抑制するために、数mmの厚さの皮質灰白質を分割して計測できる1-2mm程度の空間分解能が必要となる。このため、multiband法を導入・最適化し、1.2x1.2x1.2 mmの空間分解能を持つ全脳スキャンを2秒程度の時間分解能にて収集することが可能とした。

また、7TfMRIで用いられるEPI法は、画像歪みを伴うため、適切な補正による構造画像とのレジストレーションが肝要となる。高分解能計測では、幾何学的な歪みなどのエラーが顕著となるため、従来型の後処理、解析方法では、その恩恵を受けられないだけでなくアーチファクトの原因となる。その対策として、画像収集後の解析に、米国ワシントン大・ミネソタ大が推進するHuman Connectome Project で公開されている解析パイプラインを研究室内のクラスタシステム導入し、7TMRIによる高分解能計測への最適化を実施した。その結果、前頭眼窩部や側頭葉下部などの磁場不均一度の高い領域では、ユークリッド距離にて最大約15mmの画像歪みが補正された。脳表ベースの評価では、ユークリッド距離による直線的な歪みが顕著でない中心溝付近や視覚皮質を含め、構造画像と機能画像のミスレジストレーションに起因する皮質外信号の混入が 22.3% 低減した。高精度の機能画像計測が期待される7テスラfMRIでは、適切なレジストレーションが適用されない場合、予期せぬ脳部位への活動推定を招く。特に、近年応用が進む脳表ベースの解析では、そのエラーはより顕著となるため、適切な補正技術の適用が必要となる。現在は、全ての7TfMRI、拡散MRIは、このパイプラインを標準的に適用できる段階にある。

 

高分解能MRI研究

前項で確立した計測系のもと、1.2mm等方ボクセルによるfMRI、1.05mm等方ボクセルによる拡散MRI、200μmの面内分解能にて皮質内髄鞘密度分布を描出する磁化率マッピング、T1強調画像とT2強調画像の演算から導出するミエリンマップを収集した。1次体性感覚野を対象に、指尖単位での機能表現の抽出とミエリン分布を対比したところ、複数人のデータを加算平均することなく、個人単位のデータにおいて同定が可能であった。これらの個人データから得られた指毎の機能局在の分布は、被験者間で高い再現性を示し、第2指の機能局在は、ミエリンコントラストにみられる境界と高い一致率をみた。現在、皮質内深度(レイヤー)別脳活動計測のためにサブミリメーターの分解能を持つfMRI計測法の確立を進めている。これらは、ミネソタ大学Essa Yacoub博士、ワシントン大学のMatt Glasser博士らとの共同研究と、菅原翔特任助教への指導のもとに実施した。国際学会にて報告すると共に、革新脳、脳プロ意思決定、国際脳プロジェクトにて、現在、追加実験を実施している。

 

MRスペクトロスコピー研究

静磁場強度の上昇は、MRスペクトロスコピーにも感度の向上をもたらす。また、スペクトル分解能も磁場強度に比例して上昇するため、3テスラ装置では、単独ピークとして検出が困難であった代謝物質の同定精度が向上する。一方、代謝物質間のケミカルシフトにみられる周波数分解能は、位置同定の為の周波数エンコードと同義のため、これらの位置ズレを補完するためにケミカルシフトイメージング(CSI)の導入を進めた。現在、CSIを用いて、神経細胞マーカーでアルNAA、GABA、グルタミン酸などの神経伝達物質計測への応用を試みている。また、グルコース観測のための新規MRS計測法をSiemensと協力のもと開発した。従来の脳内グルコース計測は、PETなどの放射性トレーサー投与による外来性グルコースを観測していたが、局所脳組織が含有する内在性のグルコースの観測が可能となった。

 

ニホンザルMRI研究

安静時機能的MRI計測による機能回復バイオマーカーの確立

マカクザルの皮質脊髄路損傷後に見られる手指機能の回復過程において、脳の大規模回路にどのような変化が起きているかは不明であった。本研究では、3テスラMRI(Allegra)を用いて皮質脊髄路を損傷させたマカクザルの麻酔下安静時MRIデータを取得し、機能回復に伴う大規模回路の再編がどのように起きるか検討した。マカクサルの3テスラMRIにおける安静時機能的MRI、拡散MRI、高分解能構造MRI計測系の最適化のため、SIEMENS社との共同研究のもと、サル計測に特化したMRIパルスシーケンスを開発した。これは画像歪みに対して必要となる補正技術を付加したものである。また、健常サルを対象に麻酔条件を検討し、イソフルランガス麻酔にて、安定した安静時脳活動を検出可能な維持条件を同定した。本条件にて、健常サル16頭のMRI計測を実施し、セッション内、セッション間、個体間のいずれにも高い再現性をもって機能的脳ネットワークを検出した。

次に、手指の巧緻運動課題を訓練した6頭のニホンザルに、頸髄下部の片側2/3亜半切術による脊髄損傷モデルを作製し、損傷前から損傷後1週ごとに術後4ヶ月間にわたり、手指の巧緻運動の機能評価を実施するとともに、麻酔下での安静時fMRI、拡散MRI、脳構造MRIを収集し回復過程を経時的に追跡した。これらのうち、3頭には機能回復促進効果が期待される抗RGM抗体を投与した。

精密把持動作の成功率と動作時間による行動解析の結果、抗体投与群では、術後、より早期から把持動作を開始する傾向がみられ、動作時間は、経過に伴う短縮率が大きく、術後4ヶ月時点で非投与群より短縮していた。抗体投与群では、安静時脳機能MRIにて、回復初期の課題成績が比較的急峻に回復する期間に一致して、頭頂葉領域を中心に、ネットワークの中心性(ハブネス)を示す指標(Eigenvector centrality)の上昇が観察された。また課題成績の改善が持続する例では、本指標が高値で持続する傾向がみられ、機能回復の過程を反映するパラメーターとしての可能性が示された。現在、HCP解析プロトコールのサル解析へ拡張を進めており、構造および拡散画像を含む追加解析を予定している。

 

7テスラMRIによる種間比較研究のためのMRI計測系の確立

3テスラにて構築した計測系をもとに、7テスラMRIによるヒト-非ヒト霊長類種間比較研究への展開に必要な計測技術開発を行った。高島製作所川畑氏と理化学研究所林拓也博士と協議、シミュレーションを重ね、サル専用の24チャネルアレイヘッドコイルを設計、導入した。現在、本コイルを用いた性能評価と計測シーケンスの最適化を進めており、革新脳および国際脳プロジェクトへの応用を予定している。

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