カプサイシン受容体TRPV1は初めて分子実体が明らかになった温度受容体であり、現在までにTRPイオンチャネルスーパーファミリーに属する11の温度受容体(TRPV1, TRPV2, TRPV3, TRPV4, TRPM2, TRPM3, TRPM4, TRPM5, TRPM8, TRPA1, TRPC5)が知られています。TRPV1, TRPV2, TRPM3は熱刺激受容、TRPV3, TRPV4, TRPM2, TRPM4, TRPM5は温刺激受容、TRPM8, TRPA1, TRPC5は冷刺激受容に関わります。これらは、「温度感受性TRPチャネル」と呼ばれています。43度以上、15度以下の温度は痛みを惹起すると考えられており、その温度域で活性化するTRPV1, TRPV2, TRPM3, TRPA1は侵害刺激受容体と捉えることもできます。TRPV3, TRPV4, TRPM2, TRPM4, TRPM5は温かい温度で活性化して、感覚神経以外での発現が強く、皮膚を含む上皮細胞、味細胞、膵臓、中枢神経系等で体温近傍の温度を感知して、種々の生理機能に関わることが明らかになりつつあります。つまり、感覚神経だけでなく、私たちの身体の中の様々な細胞が温度を感じており、普段ダイナミックな温度変化に曝露されることのない深部体温下にある細胞も細胞周囲の温度を感じながら生存していることが明らかになってきました。また、私たちは、感覚神経だけでなく皮膚の細胞の温度感受性TRPチャネルも環境温度を感知していることを明らかにしました。温度感受性TRPチャネルの異所性発現系を用いた機能解析(パッチクランプ法やカルシウムイメージング法)、変異体等を用いた構造機能解析、感覚神経細胞を用いた電気生理学的な機能解析、組織での発現解析、遺伝子欠損マウスを用いた行動解析などを通して温度受容・侵害刺激受容のメカニズムの全容解明とともに、細胞が温度を感知する意義の解明を目指しています。また、生物は進化の過程で、温度感受性TRPチャネルの機能や発現を変化させて環境温度の変化に適応してきたと考えられ、温度感受性TRPチャネルの進化解析も進めています。
温度受容は全ての生物に備わった機能で、私たちはショウジョウバエを用いた温度受容の研究も進めています。ハエの豊富な分子遺伝学ツールを活用した行動解析を中心に、TRPチャネルやそれ以外の分子の温度受容における働きを明らかにしようとしています。さらに、TRPチャネルが侵害刺激受容体であることから、害虫のTRPチャネルに作用する新しい殺虫剤や忌避剤の開発にも取り組んでいます。
11の温度感受性TRPチャネル