部門公開セミナー

日 時 2012年02月29日 16:00~17:00
場 所 職員会館2F大会議室
演 者 古屋敷 智之先生(京都大学大学院医学研究科 神経・細胞薬理学教室 助教)
演 題 ストレス脆弱性における前頭前皮質ドパミン系の役割とその制御機構
要 旨

ストレスはうつ病や統合失調症、PTSDなど精神疾患のリスク因子とされる。しか しストレス脆弱性に関わる分子機序は不明であり、創薬標的として確立していな い。近年、小動物ストレスモデルでの解析やうつ病患者の脳イメージングによ り、前頭前皮質がストレス脆弱性に関与することが示唆されている。そこで我々 は小動物うつ病モデルである反復社会挫折ストレスを用い、ストレスによる前頭 前皮質の機能変化とそのメカニズムを調べた。情動制御にはモノアミン系が重要 であることから、前頭前皮質と側坐核におけるモノアミン系の応答を、モノアミ ン放出の生化学的指標とされるモノアミン代謝回転と中脳ドパミン細胞における c-fos発現を指標に調べた。その結果、社会挫折ストレスにより前頭前皮質に選 択的なドパミン応答を認め、その皮質ドパミン応答は社会挫折ストレスの反復に より減弱した。
さらに、その減弱の度合いは反復社会挫折ストレスにより誘導さ れる社会的忌避行動と正の相関を示した。前頭前皮質ドパミン系の役割を調べる ため、6-hydroxydopamineの局所投与により前頭前皮質へのドパミン投射を選択 的に破壊したところ、単回の社会挫折ストレスによる著明な社会的忌避行動が誘 導された。すなわち、皮質ドパミン系は社会挫折ストレスへの脆弱性を抑制する と考えられる。さらに我々は反復ストレスによる皮質ドパミン系抑制の分子基盤 を探索し、プロスタグランジンPGE2とその受容体EP1の関与を明らかにした。 PGE2はアラキドン酸由来の生理活性脂質であり、EP1などG蛋白共役型受容体に結 合して作用を発揮する。EP1欠損マウスでは、単回の社会挫折ストレスによる皮 質ドパミン応答は正常であるにも関わらず、反復社会挫折ストレスによる皮質ド パミン応答の減弱が特異的に消失した。さらにEP1欠損マウスでは、反復社会挫 折ストレスによる社会的忌避行動や不安行動が惹起されず、この行動異常はドパ ミンD1受容体阻害薬SCH23390により正常化した。すなわちEP1欠損マウスの行動 異常は前頭前皮質ドパミン系の脱抑制によると考えられる。
以上の結果から、 PGE2-EP1系による前頭前皮質ドパミン系の抑制が反復ストレスによる情動行動可 塑性に重要であることが明らかとされた。今後、前頭前皮質ドパミン系制御に関 わる分子群は精神疾患における新たな創薬標的になると期待される。

連絡先 南部 篤(生体システム研究部門 内線7771)