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手や足の「運動」をストップさせる大脳基底核の神経経路の働きを証明
―ハンチントン病のモデルマウス、パーキンソン病の病態解明にも期待―

プレスリリース 2013年4月24日

内容

ハンチントン病やパーキンソン病といった難治性神経疾患で起きる手や足の「運動」の異常は、脳の大脳基底核と呼ばれる部分の異常により生じることが知られています。今回、自然科学研究機構生理学研究所の佐野 裕美助教、南部篤教授らの研究チームは、大脳基底核内部の神経回路の一つである線条体-淡蒼球投射経路が手や足の運動をストップさせる機能を担うことを、遺伝子改変マウスを用いた巧みな実験で実証することに成功しました。本研究成果は、米国神経科学会雑誌ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス(The Journal of Neuroscience)で公開されます(4月24日号)。なお、本研究は、文部科学省科学研究費補助金の助成を受け、また、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラムの一環として行われました。
 

 研究チームは、大脳基底核の線条体-淡蒼球投射経路だけをなくすことができる遺伝子改変マウスを用いてその働きを調べました。これまでの定説では、線条体-淡蒼球投射経路をなくすと、運動と関係のない自発的な大脳基底核からの出力信号(黒質網様部の活動)が減るとされていました。今回の実験結果はこれまでの定説とは異なり、この経路を無くしただけでは自発的な出力信号の変化は生じませんでした。一方、大脳皮質を刺激して運動の指令を出したところ、正常であれば大脳基底核の出力信号に三相性(興奮―抑制―興奮)の反応が見られるところが、三相目の遅い興奮が見られなくなりました。これまでの研究から、線条体-淡蒼球投射経路が働かなくなると、手や足の「運動」を止めることができなくなることが知られていました。今回の研究成果から、線条体-淡蒼球投射経路は大脳基底核出力信号の三相目の遅い興奮をもたらして手や足の「運動」をストップさせる役割を果たしており、この経路が働かなくなると手や足の「運動」を止めることができなくなると考えられました。

 南部教授は、「難治性神経疾患であるハンチントン病の初期には、この線条体-淡蒼球投射経路が侵されることから、今回のマウスは初期のハンチントン病のモデル動物と考えることができます。ハンチントン病の病態生理の解明や治療法の開発に貢献できるでしょう。また、大脳基底核はパーキンソン病とも深く関わる領域です。パーキンソン病の場合、本実験で明らかにした「運動」をストップさせる機能が逆に亢進し、動きづらくなってしまっていると考えられています。今回、線条体-淡蒼球投射経路が運動のストップ機能を担っていることが明らかになったので、この経路を働かなくすることができれば、パーキンソン病の治療法や病態生理の解明にもつながるものと期待できます」と話しています。  

今回の発見

1. 大脳基底核の線条体-淡蒼球投射経路だけをなくすことができる遺伝子改変マウスを用いてその働きを調べました。
2. これまでの定説と異なり、線条体-淡蒼球投射経路をなくしても、自発的な大脳基底核からの出力信号(黒質網様部の活動)は変化しませんでした。
3. 大脳皮質を刺激して運動の指令を出したところ、正常なら大脳基底核の出力信号に三相性(興奮―抑制―興奮)の反応が見られるところが、三相目の遅い興奮が見られなくなりました。
4. 線条体-淡蒼球投射経路をなくすと、手や足の「運動」をストップさせる機能がなくなることが知られています。このことから、大脳基底核の出力信号の三相目の遅い興奮が、手や足の「運動」をストップさせる役割を果たしていることがわかりました。

図1 大脳皮質からの指令は、大脳基底核の3つの経路を通り、「運動」を制御する

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大脳皮質から「運動」の指令が出ると、その情報は大脳基底核の中でハイパー直接路、直接路、間接路という3つの経路を通り、出力部(黒質網様部)に伝えられ、「運動」が制御されます。今回の遺伝子改変マウスでは、このうち、間接路の途中で線条体と淡蒼球をつなぐ、線条体-淡蒼球投射経路のみを選択的にイムノトキシンと呼ばれる毒素を使って無くすことができます(上図点線赤丸)。

図2 大脳基底核出力部(黒質網様部)の三相性の反応のうち第三相の遅い興奮が消失

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黒質網様体部の神経の活動の記録。正常(左側)では、興奮―抑制―興奮の三相性の反応が見られます。一方で、線条体-淡蒼球投射経路を無くした遺伝子改変マウス(右側)では、三相目の遅い興奮が見られなくなりました。

図3 大脳基底核からの出力の三相目の遅い興奮がなくなると、手や足の「運動」のストップ機能が消失し、「運動」の活動性が上昇する

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遺伝子改変マウスで、線条体-淡蒼球投射経路を除去すると、黒質網様部での遅い興奮がなくなり、「運動」をストップさせることができず、自発運動量が上昇しました。このことから、線条体-淡蒼球投射経路は、「運動」をストップさせる機能があることがわかりました。

この研究の社会的意義

ハンチントン病やパーキンソン病の病態と、「運動」のストップ機能異常との関連性の解明
難治性神経疾患であるハンチントン病の初期には、この線条体-淡蒼球投射経路が侵されることから、今回のマウスは初期のハンチントン病のモデル動物と考えることができます。ハンチントン病の病態生理の解明や治療法の開発に貢献できるでしょう。また、大脳基底核はパーキンソン病とも深く関わる領域です。パーキンソン病の場合、本実験で明らかにした「運動」をストップする機能が逆に亢進し、動きづらくなってしまっていると考えられています。今回、線条体-淡蒼球投射経路が運動のストップ機能を担っていることが明らかになったので、この経路を働かなくすることができれば、パーキンソン病の治療法や病態生理の解明にもつながるものと期待できます。

図4 ハンチントン病とパーキンソン病の運動障害

20130424nanbu-4.jpg画:はやのん理系漫画制作室

論文情報

Signals through the Striatopallidal Indirect Pathway Stop Movements by Phasic Excitation in the Substantia Nigra
Hiromi Sano, Satomi Chiken,, Takatoshi Hikida, Kazuto Kobayashi, Atsushi Nambu
米国神経科学会雑誌ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス(The Journal of Neuroscience) 4月24日号

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 生体システム研究部門
助教 佐野 裕美(さの ひろみ)
教授 南部 篤(なんぶ あつし)

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 
 




 

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