主な研究業績

最近の主な研究業績

大脳皮質視覚野の神経細胞の同期的活動が発達するメカニズムを解明

2018年09月05日

 外界の物を認知・識別する能力は、生後の発達期にさまざまな視覚体験を経ることで向上します。もし発達期に比較的長期間眼帯をかけるなど、視覚体験をはく奪されると弱視となってしまうことはとても有名な話です。大脳皮質の一次視覚野は、表層から深部にかけて6つの層から構成されており、視覚情報はこの領域に存在する多くの神経細胞が協調的に活動することで処理された後、さまざまな高次脳領域へと伝えられます。このような複数の神経細胞による同調活動は、一次視覚野の個々の神経細胞の出力が弱く、複数の神経細胞をミリ秒単位で同期活動することによって、初めて様々な脳領域へ視覚情報を出力していくことが可能になると考えられます。したがって、この同期的な神経活動パターンの発達メカニズムを明らかにすることは、物をみる能力がどのようにして向上するか理解する上で非常に重要です。しかし、複数の神経細胞の活動パターンがどう発達するのかといった過程や、その発達に具体的にどのような生後の視覚体験が必要なのかについては、これまで全く明らかにされていませんでした。
 今回私たちはまず、正常な視覚体験を経たラットを用い、一次視覚野の浅い層(2-4層)と深い層 (5/6層)にある複数のニューロンの神経活動を計測しました(図1)。正常な視覚体験を経たラットでは、サルなど視覚機能が非常に発達した動物と同様に、視覚反応性が似ている神経細胞のペアで同期的な神経活動が生じることが分かりました(図2A)。この同期活動の特性は層によって異なり、浅い層の細胞ペアは深い層に比べ、似た視覚反応性を示す神経細胞のペアがより強く同期活動を示しました。この結果は、信号の出力先が異なる浅い層と深い層の神経細胞集団が、それぞれの出力先に異なるタイプの視覚情報を伝えていることを示唆します。
 次に、このような同期活動の発達過程を明らかにするため、開眼直後の未熟なラットにおいても調べたところ、どの層の神経細胞のペアも視覚刺激によって同期活動を生じませんでした (図2B)。つまり、同期的な神経活動は生まれながらにして備わっている機能ではなく、開眼後に形成されることがこの結果からわかります。さらに、その形成に視覚体験が必要かどうかを調べるため、暗闇で物を見せずに飼育した場合や、両瞼(まぶた)を閉じ光による明暗の情報のみを与えて発達期を生育したラットを用いて同様の解析を行ったところ、一次視覚野の浅い層では神経細胞の同期活動の形成が著しく阻害されていることがわかりました。一方深い層では、正常な環境で育ったラットと同様、神経細胞の活動の同期がみられました(図2C)。
 これらの結果は、浅い層では、正常な視覚体験下でのみ視覚反応性の似た神経細胞の同期的な神経活動が形成され、深い層では視覚体験の影響をあまり受けずに神経細胞の同期活動が形成されることを示しています。
 本研究成果により、一次視覚野の神経細胞の同期活動が、層によって異なる特性を持つことが示されました。どの層においても神経細胞の同期的な活動は生後に形成されますが、浅い層では視覚体験が必要で、深い層では必要ありませんでした。浅い層の神経細胞は高次の視覚領域に出力する特徴を持っています。つまり、この層でみられた経験依存的な同期活動が成熟することで、大脳皮質領域間の情報伝達が促進され、結果として物を見る能力が向上するのではないか、と考えられます。

Ishikawa AW, Komatsu Y, Yoshimura Y (2018) Experience-Dependent Development of Feature-Selective Synchronization in the Primary Visual Cortex. J Neurosci. 2018 Sep 5;38(36):7852-7869.