1.分子生理研究系 神経機能素子研究部門(久保義弘教授)の評価

1.1 Dr. Ravshan Z. Sabirov,National University of Uzbekistan

Reviewing Reportfor the Division of Biophysics and Neurobiology, Department of Molecular Physiology, National Institute for Physiological Sciences.

Dr. Ravshan Z. Sabirov
Department of Biophysics
National University of Uzbekistan

This report is based on my visit of the laboratory headed by Professor Yoshihiro Kubo on 26th of October 2007.

My main area of interests is the molecular physiology and biophysics of ion channels and transporters. I have been following publications by Dr. Kubo for many years and I was happy to accept an offer to visit his laboratory at NIPS. The visit has been very exciting for me, and I was overwhelmed by new discoveries and findings of the laboratory. Professor Kubo was very kind to organize a series of PowerPoint presentations on every aspect of the research projects run in his laboratory. Some of them were presented by Prof. Kubo himself and some by the key authors. In all cases, I had a chance to discuss the results with the researchers involved in these studies, and this was very helpful both in clarifying some details and in getting acquainted with the stuff members, postdocs and students of the laboratory. Followings are my impressions and thoughts on the studies of Prof. Kubo's laboratory.

The projects of Prof. Kubo's laboratory are divided in several different directions. One group of projects comprises the studies of ion channels structure and function. Yoshihiro Kubo is well known for his cloning of several members of a very important family of potassium channels, which are responsible for anomalous rectification, a classical phenomenon in cardiac and skeletal muscle physiology, as well as in physiology of many other tissues and organs. I had a chance to use some of these cloned channels in my previous studies, and therefore I was happy to learn that this line of research is continued in the lab with special emphasis on the molecular determinants of permeation and gating of the inwardly rectifying potassium channels (Fujiwara and Kubo).

Several other ion channels are also subjects of research in the laboratory. Thus,voltage-gated potassium channels of KCNQ family and their regulation by PKC and beta-subunit proteins, KCNE1-3 was extensively studied by Dr. Koichi Nakajo using large-scale mutagenesis including state-of-the-art cystein-scan technique.

A very impressive project concerning the biophysical properties of ionotropic purinergic receptor, P2X2, was run by Dr. Fujiwara, a former Ph.D. student, who has left recently for USA for postdoctoral training. The authors made an unexpected discovery of pore dilatation dependent on the density of the expressed channel protein. The P2X2 channel turned out to be even more enigmatic since high agonist (ATP) concentration induced a voltage-dependent gating phenomenon, which has not been described previously. The molecular mechanism of such gating is still illusive and is currently being dissected by a doctor course student from Turkey, Batu Keceli, using extensive mutagenesis of the ATP-binding extracellular sites of the channel pore. Prof. Kubo teamed up with a very successful group of Dr. Chikara Sato of AIST in Tsukuba to visualize the trimeric P2X2 channel pore using single-particle analysis of negatively stained EM images. And finally, yet another ion channel has been incorporated into the Program of Prof. Kubo's research team. This resulted from an ab initio cloning of a putative caffeine-receptor in an intestinal epithelial cell line, a doctoral project of Katsuhiro Nagatomo. This researcher provided compelling evidences that TRPA1 is differentially expressed in gastro-intestinal tract and serves as a plasma membrane ionotropic receptor protein for caffeine, a well-known antagonist of adenosine receptors and ryanodine receptor activator.

Second group of projects deals with metabotropic glutamate receptors. Although I knew about these studies from Prof. Kubo's laboratory from meeting presentations, I was very much impressed after learning the whole story from Dr. Kubo himself and Dr. Michihiro Tateyama, an associate professor and a key present investigator in these studies. The authors used a cutting-edge technique of FRET in combination with site-directed mutagenesis and their own very wealthy fantasy and imagination to make an unpredicted discovery of multiple signaling pathways triggered by the very same receptor protein, mGluR, depending on the environment and coupling partners. The studies of the glutamate-ergic responses in brain slices are currently underway in the lab (Dr. Ishii) providing new important evidences of the in vivo involvement of the phenomena found in the cloned receptors. Professor Kubo keeps widening his area of interests. It was surprising for me to learn that the laboratory started new projects on the structure-functional analysis of prestin, a mechanosensor protein of hear cells in the ear. Given close relationship of this unique protein to the anion transporters of SLC family, I anticipate that these studies will result in unpredicted new discoveries. My overall evaluation of Professor Kubo's laboratory is very positive. In the conclusion of my visit, I was offered a laboratory tour and had a chance to talk to the most of the members of the Department including postdocs and doctoral course students. Yoshihiro Kubo gathered young and very enthusiastic team of active researcher and inspired them with his deep knowledge and passion for fundamental neuroscience. I wish the laboratory will develop further and be successful in enthralling investigations in the field of ion channels, transporters and receptors.

Ravshan Z. Sabirov, Ph.D., D. Sc.
Professor and Chair
Department of Biophysics
National University of Uzbekistan
Adjunct Professor, Department of Molecular Physiology
Institute of Physiology and Biophysics
Academy of Sciences of Uzbekistan

(和訳)
レビュー報告
生理学研究所 分子生理研究系 神経機能素子研究部門

このレポートは、私が2007年10月26日に久保義弘教授の研究室を訪問した際の評価に基づくものである。

私の主な学問的興味の対象は、イオンチャネルとトランスポーターの分子生理学と生物物理学である。私は久保博士の論文・出版物を長年にわたってフォローしてきており、今回生理学研究所の彼の研究室を訪問する機会を得て嬉しく思う。今回の訪問はとてもエキサイティングなものであり、私は研究室の新たな発見の数々に圧倒された。久保教授は研究室で走っている研究プロジェクトのすべてについて、パワーポイントを使ったプレゼンテーションで順序良く紹介してくれた。プロジェクトのいくつかは久保教授自ら、残りはそれぞれのプロジェクトの主要メンバーによって紹介された。すべてのプロジェクトについて、研究に実際に携わった研究者と結果について議論する機会が設けられ、研究の詳細を把握することだけでなく、研究室のスタッフ、ポスドク、学生を知る上で大いに役立った。以下久保研究室の研究について、私の印象と考えを述べたい。

久保教授の研究室のプロジェクトはいくつかの異なる方向性をもっている。第一のプロジェクトグループは イオンチャネルの構造と機能に関する研究を行っている。久保義弘氏は、心筋や骨格筋あるいは多くの組織や器官で昔から知られていた特徴的な整流性を示す電流の分子実体である、カリウムチャネルの大変重要なファミリーを世界に先駆けてクローニングしたことでよく知られている。これまでの私自身の研究においても彼によってクローン化されたチャネルを使う機会があり、それゆえにこの種の研究、特に内向き整流性カリウムチャネルのイオン透過とゲーティングの分子基盤の決定(藤原、久保)が継続されていることを知り、嬉しく感じた。

その他の種類のイオンチャネルも研究の対象になっている。電位依存性カリウムチャネルであるKCNQファミリーのPKCによる制御、βサブユニットであるKCNE1-3による制御は、システインスキャンを含んだ大規模な変異体の作成を用いることで、中條浩一博士によって研究されている。

イオンチャネル型プリン受容体P2X2の生物物理学的性質に関するプロジェクトは特に印象的であった。プロジェクトはかつて研究室の博士課程の学生であった藤原博士によって行われていたが、彼は最近ポスドクとして渡米し、すでに研究室を離れている。彼らはP2X2のポアの拡張が発現密度に依存するという驚くべき発見を行った。P2X2チャネルのさらに不思議な現象として、高い濃度のアゴニスト(ATP)に対して電位依存的なゲーティングを示すという、これまでに記載されていない現象も見出している。このようなゲーティングの分子機構はいまだ解明されていないが、ATPが結合する細胞外領域の広範囲な変異体作成を行うことで、現在トルコからの博士課程留学生であるBatu Keceli氏により解析が進められている。さらに久保教授はつくばの産業技術総合研究所の佐藤主税博士のグループとチームを作り、陰性染色による電子顕微鏡観察像の単分子解析によって三量体P2X2チャネルの可視化に成功した。

そして最後に、さらにもう一つのイオンチャネルが久保教授の研究チームのプログラムに組み入れられている。これはもともと腸上皮細胞のセルラインから推定上のカフェイン受容体をクローニングするという、博士課程の長友克広氏のプロジェクトから始まっている。彼は、アデノシン受容体のアンタゴニストそしてリアノジン受容体のアクチベーターで知られるカフェインの細胞膜上のイオンチャネル型受容体がTRPA1であるという、説得力のある証拠を示してくれた。

第二のプロジェクトグループは代謝型グルタミン酸受容体を扱っている。私は学会発表から久保研究室のこれらの研究内容について知ってはいたが、それでも久保博士自身と研究の中心人物である立山充博准教授からすべての研究内容についての話を聞き、とても感銘を受けた。彼らは最新の技術であるFRETを変異体作成技術と併せて用い、また豊かな想像性を発揮することで、mGluRという同一の受容体が環境や相互作用するタンパク質によって複数のシグナリングパスウェイを活性化しうるという、驚くべき発見を行った。脳スライス標本におけるグルタミン酸応答も研究されており(石井)、クローン化された受容体で発見された現象が生体内でも起こっているという新しい重要な証拠を提供しつつある。

久保教授はさらに興味の領域を広げ続けている。耳の有毛細胞の機械受容タンパク質である プレスチンの構造機能連関を解析する新たなプロジェクトが研究室で始まったと聞いて、私は驚いた。このユニークなタンパク質と陰イオントランスポーターであるSLCファミリーが分子的に近い関係にあることを考えると、この研究も予測できないような新しい発見につながるのではないだろうか。

私の久保研究室の全体的な評価はとてもポジティブなものである。今回の訪問の最後に、私は研究室ツアーに案内され、ポスドクと博士課程の学生を含む部門のほとんどのメンバーと話す機会を得た。久保義弘氏は活気のある研究者で構成される若くてとても情熱的なチームを作りあげ、彼の深い知識と基礎神経科学に対する情熱によってチームを刺激している。研究室がさらなる発展をとげ、イオンチャネル・トランスポーター・受容体の分野における心奪われるような研究によって成功されるよう、お祈りしたい。

1.2 東京大学 狩野方伸教授

神経機能素子研究部門(久保義弘教授)の外部評価

東京大学大学院医学系研究科
神経生理学分野
狩野方伸

神経細胞の機能は、その興奮性を決定する様々なイオンチャネル、受容体、GTP結合蛋白質等の膜関連蛋白質によって支えられている。久保義弘教授は、1990年代初頭に内向き整流性カリウムチャネルをクローニングし、また1990年代後半には代謝型グルタミン酸受容体が細胞外カルシウムによって活性化されるという意外な事実を発見するなど、この分野で常に世界をリードしてきた。2003年12月に東京医科歯科大学から生理学研究所に着任し、以来4年間、イオンチャネル、受容体、GTP結合蛋白質の構造機能連関をメインテーマに順調に研究を発展させている。現在の研究室は、久保教授、立山准教授、中條助教をはじめ、1名のポスドク、4名の大学院生、1名の技術職員、1名の技術支援員の10名から構成されている。研究手法としては、神経機能素子分子の卵母細胞、HEK293細胞、CHO細胞などへの再構成と、2本刺し膜電位固定法、パッチクランプ法、細胞内カルシウム測定法を用いた機能解析を主体にしている。さらに全反射照明下でのFRET計測を取り入れ、神経機能素子分子の構造機能連関を解析している。現行のメンバーは、Nature Struct & Molec Biol, PNAS,などの一流国際誌に質の高い論文を着実に発表しており、研究室全体としてのactivityはきわめて高い。今回の研究室訪問において、特に印象深かったいくつかの研究について、以下に紹介する。

A. ATP受容体チャネルP2X2に関する研究

藤原祐一郎研究員(現カリフォルニア大学サンフランシスコ校)と久保教授は、ATPをリガンドとするイオンチャネル型受容体であるP2X2受容体のユニークなチャネル特性に注目してその機構を研究してきた。P2X2をアフリカツメガエル卵母細胞に発現させ、2本刺し膜電位固定法によってATP 投与後の定常状態におけるP2X2受容体電流を記録した。整流性のばらつきの解析から、P2X2受容体の発現密度の上昇に伴って整流性が減弱することを発見した。さらに、リガンド感受性やイオン選択性などの種々の性質を精査した結果、膜上に存在する「開状態」のチャネル密度に依存してP2X2受容体のポアの上部の構造変化が起こり、ポアの性質やリガンド感受性が動的に変化することを明らかにした。また、アフリカツメガエル卵母細胞発現系と2本刺し膜電位固定法の実験手法を用いて、P2X2受容体チャネルには膜電位に依存したゲート機構が存在し、過分極側でチャネルが開口しやすいことを明らかにした。この活性化相は細胞外のATP濃度に依存しており、ATP濃度が低いと活性化が遅く、濃度依存的に活性化は早まった。すなわち、P2X2受容体チャネルはATPが細胞外に存在する定常状態では、膜電位とATP濃度に依存するゲート機構を持つことを明らかにした。これらの研究は、手法はオーソドックスではあるが、精密な実験によって、P2X2受容体チャネルのユニークな特性を明らかにした点で、高く評価できる。

さらに、産総研の三尾、小椋、佐藤研究員らとの共同研究により、P2X2受容体の単粒子構造解析を行った。バキュロウイルスベクターを用いて昆虫細胞Sf9に、P2X2受容体のN-末端にFLAG tagを付加した蛋白を発現させ、その膜分画分から、FLAG tag抗体によるアフィニテイ精製とゲルろ過により精製した。精製産物を用いたグルタルアルデヒドによる架橋実験により、P2X2蛋白が3量体であることを明らかにした。精製産物を用いて、酢酸ウランで負染色して電子顕微鏡撮影を行い、多数の単一蛋白粒子像を取得した。単粒子構造解析によって、P2X2蛋白が3量体であることを確認し、また大きな細胞外領域を持つ逆ピラミッド状をしていることが示唆された。この研究は、P2X2受容体の分子構造を解明するために、積極的に共同研究を行って、新たな手法にチャレンジし、着実に成果を挙げている点を評価したい。

B. 代謝型グルタミン酸受容体の分子構造と活性化機構およびその生理的意義に関する研究

久保教授は約10年前に代謝型グルタミン酸受容体が細胞外カルシウムによって活性化されるという意外な事実を発表した。それ以来、代謝型グルタミン酸受容体は久保研究室の主要な研究対象のひとつであり、立山准教授のグループが研究を推進してきた。代謝型グルタミン酸受容体1型(mGluR1)はホモ2量体を形成しているが、立山准教授らは、mGluR1にグルタミン酸が結合することによってこの2量体サブユニット間の配置に変化が細胞内領域で起こることを、全反射顕微鏡とFRET法を巧みに用いて示した。この結果、1)サブユニットの内部では構造変化は起こらない、2) 2量体サブユニットの細胞内ループ1が相互に遠ざかる、3) 2量体サブユニットの細胞内ループ2が相互に近づく、という配置の変化が起こることが想定された。

また、Gd3+がmGluR1を活性化することと、点変異E238Qによって、mGluR1のグルタミン酸に対する感受性は変わらず、Gd3+に対する感受性が消失することを久保教授らが示していたが、Gd3+は細胞外液中に存在しないため、その生理的機能は不明であった。そこで、点変異E238Qを持つ遺伝子改変マウスを作製して、現在解析中である。

mGluR1はGqのみならず、Gs、Giとも共役して多様な細胞応答をもたらすこと知られていたが、立山准教授らは細胞内Ca2+濃度とcAMP濃度を同時に測定することで、mGluR1のGqとGsへの機能的共役の度合いを評価する実験系を確立した。そして、リガンドの種類によってmGluR1の活性化構造が異なり、これが原因で共役しうるG蛋白質の種類が異なることを明らかにした。さらに、mGluR1αのC末端の系統的なdeletion を行うことにより、C末端の1126から1129番のEEDE配列がmGluR1のGs応答に必須であることを同定した。また、細胞内骨格蛋白質の一種の4.1GがmGluR1のC末端の1131から1135番のEEEED配列と相互作用して、Gq応答には影響せず、Gs応答を特異的に阻害することを発見した。

以上のように、代謝型グルタミン酸受容体の分子構造と活性化機構の研究は、立山准教授と久保教授によって大きく進展しており、問題解決のために全反射顕微鏡、FRET法、遺伝子改変マウスなどの手法を積極的に取り入れている姿勢は高く評価できる。in vitroの発現系を用いた研究に加え、最近では小脳スライスを用いたmGluR1によるslow EPSCの解析にも着手している。E238Qを持つ遺伝子改変マウスの機能解析では、当然のことながら、急性スライスでの実験や行動解析が必要になる。この場合、研究室内のスタッフ・学生が解析に取り組むのも重要であるが、研究所内外の専門家との共同研究も考える必要があると思われる。

C.カフェインによるTRPA1チャネルの活性化

大学院生の長友克広氏は、小腸上皮細胞STC-1の細胞膜上に、カフェインに対する感受性を持つ分子が存在することを示した。数mMのカフェインの投与により、STC-1の細胞内Ca2+濃度が上昇し、この上昇がPLC inhibitorで消失することから、カフェインは膜受容体を介してGqからPLC活性化を引き起こすのだろうと、予想した。しかし、その後の実験で、細胞外の Ca2+ を除去すると、カフェイン投与による細胞内Ca2+ 濃度上昇が消失することを見いだし、カフェインに応答する分子は、Gq 結合型の受容体ではなく、PLC inhibitor により機能が抑制されるCa2+ 透過性チャネルであろうと考えた。候補分子として、TRPチャネルファミリーメンバーを想定して、アフリカツメガエル卵母細胞発現系を用いて機能解析を行い、細胞膜上のTRPA1チャネルがカフェイン感受性を持つことを明らかにした。また、TRPA1チャネルをHEK細胞に発現させて、Ca2+イメージングを行った実験によっても、数mMのカフェインがTRPA1チャネルを活性化することを確認した。

この研究は、機能的解析によって未知の分子の存在を示し、その分子実体を明らかにし、さらに発現系によってその分子の機能を解析するという、いわば生理学の王道に沿った研究であり、高く評価できる。

以上、今回の研究室訪問で特に印象に残った3つの研究について紹介したが、久保教授の研究室では、中條浩一助教によるKCNQチャネルの構造機能連関に関する研究、伊藤研究員や学振サマースチューデントのKristin Rule氏 (Caltech)らによる膜電位-細胞長変換素子プレスチンの研究など、その他にも注目すべき研究が行われている。このように多様な研究が行われているのは、研究員・学生の独自性を尊重して、それぞれが興味を持つ分子・現象を追求させようという久保教授の方針に基づいている。一見すると、教室員のテーマがばらばらで、教室全体としてまとまりがないような印象もないわけではないが、「神経機能素子の分子としての機能のメカニズムと動的構造機能連関に関する研究」という点では一貫している。今後は神経素子の生理学的意義の追及のためにスライスや丸ごとの動物を対象にした研究をどう取り入れていくかが課題であろう。研究リソースとマンパワーを集約する努力が必要になるかもしれない。久保教授は教室員と密にデイスカッションの機会を持ち、教室員も自由で明るい雰囲気の中でのびのびと研究している印象を受けた。着実に研究成果を挙げており、これまでの教室運営は順調であり、高く評価することができる。今後とも、この方向性を維持し、次世代を担う若手生理学者・神経科学者を多く育てていただくことを期待する。

1.3 慶應義塾大学 柚﨑通介教授

分子生理研究系 神経機能素子研究部門(久保義弘教授)の外部評価

慶應義塾大学医学部生理学
柚﨑通介

このたび外部評価委員の一人として、久保研究室におけるプロジェクトの概要と進行状況を改めて包括的に聞く機会を得た。7つのプロジェクトについて5時間を越えるプレゼンテーションであったが、時間の過ぎるのを忘れるほど、何れも興味深くかつレベルの高い仕事であった。最初に総括的な評価を記し、次に個々のプロジェクトについての所感を示す。

【総論】

久保研究室の特徴は、まさに部門の名前(神経機能素子研究部門)が表しているように、機能素子としてのイオンチャネルの構造・活性相関に関する電気生理学的および分子生物学的解析を、さまざまな素子に関して幅広く行っている点である。近年では、FRETを含むイメージング技術や、産総研の佐藤研究室との共同研究として単粒子解析にまで手法が広がっている。現在研究対象としている素子としては、Kチャネル、代謝型グルタミン酸受容体mGluR1、内耳有毛細胞のモーター蛋白プレスチン、ATP受容体チャネルP2X2、TRPチャネルTRPA1にわたっている。したがって、久保研究室の仕事を評価する際に、問題とされる可能性が高いのは、研究室全体としてのプロジェクトの収束性、統一性が見えにくいことであろう。この点については、久保教授も十分認識されており、冒頭に研究室の方向性について説明があった。確かに一つの素子、例えばKチャネルなど、に集中して深く掘り下げるタイプの研究の進め方もあると思う。しかし、素子レベル、特に膜タンパク質に対するアプローチ方法には共通のものが多いことから、さまざまな神経機能素子を横断的に研究する久保研究室のようなアプローチ方法も非常に有効である。実際に今回紹介された7つのプロジェクトでは、見事に久保研究室の実力がそれぞれ発揮されている。現在日本国内で、神経機能素子、特にイオンチャネルを、このようなレベルの高さで研究できる研究室は他にはほとんど見あたらず、久保研究室はユニークかつ非常に貴重な地位を占めており、是非、生理学研究所に存続させるべきであると強く信じる。

久保研究室の将来の方向性については、何の危惧もない。しかし、敢えて留意していただきたい点を挙げるとするならば、やはり横断的アプローチをとる以上、対象とする素子を広げすぎてしまうと、一つのプロジェクトについての人的資源が手薄になる可能性であろう。これまでのところは、久保教授の適切な指導と研究者個々の高い能力により顕在化していなかったものの、場合によっては、戦略的にみて非効率的になることもあるであろう。関連する問題として、横断して広げた各素子の解析をどのレベルまで掘り下げるかという問題がある。素子レベルの知見をさらに推し進めて個体レベルの知見と関連づけていくためには遺伝子変異マウスを作成し、その行動や回路レベルでの解析を進める必要がある。しかし、このような解析をそれぞれの素子レベルでのプロジェクトで展開することは、人的資源の吸い込み口の一つとなってしまう可能性がある。最後に、イオンチャネルなどの神経機能素子の構造・活性相関研究の大きな流れは、おそらく構造生物学との融合領域であろうと思う。久保研究室は前述のように、近年は単粒子解析を手がけている。今後も是非この方向の研究をさらに発展させ、より解像度の高い構造解析へと進めて行かれることを期待している。

【各論】

1. P2X2 のイオン選択性機構とゲート機構

4量体構造を取るグルタミン酸受容体、5量体構造のアセチルコリン受容体などのイオンチャネル型受容体とは全く異なり、ATP受容体チャネルP2Xは3量体構造を取るユニークなファミリーである。イオン選択性が時間経過に依存して変化する興味深い現象がこれまでに知られていたが、その分子基盤は不明であった。藤原・久保らはこの問題にアプローチし、イオン選択性が開口状態にあるP2X2チャネルの密度により規定されていることを明らかにした(J Physiol, 2004)。このイオン選択性はおそらくチャネルのポアサイズの変化そのものによるものと考えられ、P2X2チャネルのC末端領域がリン脂質と結合することがその原因の一つであることを明らかにした(J Physiol, 2006)。さらに、構造的基盤に迫るために単粒子解析を行い、P2X2チャネルが3回対称構造を取ることを明らかにした(BBRC 2005)。今後、さらにATP結合や開口密度によるチャネルポアのサイズの変化の構造解析と分子基盤の解明に進むための第一歩として非常に重要な仕事である。

一方、P2X2はATP作動性チャネルでありながら膜電位依存的なゲーティングを受けることを藤原・久保らは見出している。電位依存性チャネルにみられる膜電位センサー構造はなく、かつスペルミンなどの細胞内荷電粒子による膜電位感受性ではないことから、新しい様式の膜電位依存的ゲーティング機構と考えられる。P2X2チャネルのATP結合部位に対する点変異体の解析から、ATP結合部位そのものが膜電位感受性を生み出していると推論している。非常に興味深い新しい膜電位感受性機構であると思うが、ATP結合部位そのものへの変異体の解析からはこれ以上推論の域を越えないため、今後の研究の進め方にさらに一工夫が必要であるように感じた。

2. mGluR1の構造活性相関

立山・久保らは、グルタミン酸結合に伴うmGluR1の構造変化について全反射顕微鏡とFRETを用いて報告した(Nature Strucural & Molecular Biology, 2004)。さらにmGluR1が通常のGq経路のみでなく、Gs経路を活性化して細胞内cAMP濃度を上昇させることをFRETにより明らかにした。かつて久保らはmGluR1がグルタミン酸のほかにCa2+イオンそのものやGd3+イオンによっても活性化されることを報告したが(Science, 1998)、Gd3+の結合部位の構造変化によりGs経路への活性化が起きなくなることを発見した(PNAS, 2006)。さらにmGluR1のC末端部もGs経路の活性化に必要であり、この部位を欠くスプライスバリアントmGluR1βではGq経路のみを活性化させる。面白いことに通常はGs経路を活性化しうるmGluR1αでも、C末端部分に4.1Gタンパク質が結合するとmGluR1βと同様に、Gs経路を活性化しないことも発見した(MCN, 2007)。またmGluR1αもβも細胞種によってはGi経路すら活性化することがあるが、これもC末端領域の配列によることを発見した。これらの業績は、mGluR1の構造と機能を考える上で極めて重要であり、第一級の仕事であると思う。

3. KCNQチャネルの構造活性相関

ムスカリニック受容体mAChRの活性化により抑制されるM電流の実体はK+チャネルKCNQである。中條・久保らは、mAChRによるプロテインキナーゼC活性化経路とリン脂質PIP2分解経路により、それぞれKCNQを別々の機構で制御していることを明らかにした(J Physiol, 2005)。また個々のアミノ酸残基をシステイン残基に置換し、化学修飾剤への反応速度を見るSCAM法を用いることにより、KCNE1はKCNQの電位センサードメインの動きを遅くし、KCNE3は逆に速くすることにより、KCNQチャネルの活性化ゲートを調節していることを解明した(J Gen Physiol)。さらにKCNQチャネルの細胞内のcoiled-coilドメインの役割について解析し、このドメインはShakerにおけるT1ドメインとは異なり、サブユニット間の会合そのものには関与しないこと、しかしイオン結合を介して適切なヘテロマー形成を安定化することを発見した。このような一連のKCNQチャネルの構造活性相関に関する研究も、派手さはないものの非常にしっかりした研究であり、久保研究室の実力を示していると思う。

4. 膜電位ー細胞長変換素子プレスチンの分子構築と動的構造変化

プレスチンは内耳有毛細胞に発現している12回膜貫通構造を持つCl-トランスポータに属するタンパク質である。機能素子としての大きな特徴は、10 kHzにおよぶ膜電位変化に応答して細胞長を変化させるという点である。久保研究室では、この特徴がどのような構造と分子基盤によるのかを明らかにするために、単粒子解析法(JBC, 2007)、FRET法による動的構造変化の解析、さらに共役沈降法と酵母2ハイブリッド法を用いて結合タンパク質の探索、という3つのアプローチを行っている。

FRETについてはいくつかの技術的困難点はあるが、おそらく久保研究室のことなので、何れ何らかの結果は出してくると思う。しかし、FRETによりプレスチン分子間の距離が膜電位により小さくなることを証明できたとしても、この素子の性質には迫り切れないだろう。FRETの速度上の制限があるからである。また、結合タンパク質を同定しても、そこからプレスチンの構造・機能に繋げるには一筋縄ではいかないと思う。結局、プレスチンによる速い細胞長変換をin vitro系でアッセイできるシステムの開発が重要になってくるように思う。

5. カフェインによるTRPA1の活性化

TRPA1が、未知のカフェインの細胞膜受容体として働いていることを、HEK細胞を用いたCa2+イメージング法および電気生理学により初めて明らかにした、画期的な業績である。TRPA1が味蕾に発現していない点については議論が若干残るところではあるが、最初の小さな発見を掘り下げて発展させていく点において、やはり久保研究室の実力を感じる仕事である。

6. 小脳第X葉における外向き電流

小脳平行線維を高頻度刺激すると、シナプス後部の細胞であるプルキンエ細胞において、mGluR1の活性化によるゆっくりとした興奮性シナプス電流slow EPSCが観測されることが知られている。石井・久保らは、マウス小脳の第X葉においては、このslowEPSCに先立って、外向き電流が観測されることを新たに発見し、この電流はGABAB受容体の活性化によることを示した。

久保研究室にこれまでにあまり蓄積のなかった分野において、実質的に一人の研究者の手によってよくぞここまで研究を進めたことに感銘を受けた。同時に、前述したように、このような形のプロジェクトを広げていくことについては若干の危惧を覚えた。また、他のプロジェクトのような素子レベルの解析とは異なり、シナプスレベルでの現象の解析からスタートしている以上、なぜ第X葉(と一部III, IX葉)で特異的に見られるのか、GABAはどの細胞から放出されるのか、さらにはどのような生理学的意義があるか、などの疑問点に答えることが必要となってくるであろう。

7. mGluR1とGABABRの相互作用

GABABRはmGluR1と共役して機能し、mGluR1のアゴニストに対する感受性を亢進させるとの報告がある。松下・立山・久保らは、HEK細胞を用いることにより、この相互作用の分子機構の解明を試みている。ただし、現在のところ293細胞においては、GABABRとmGluR1は共役免疫沈降するものの、mGluR1のDHPGに対する感受性の変化は観察されていない。このプロジェクトに関しては、これからの発展に期待したい