研究総括

この第Ⅲ部は今年度より設けられた新しい部であり、生理学研究所の研究の柱にそって、研究の進捗状況の概要をまとめ、将来的な展望を検討するための材料を提供することを目的としたものである。これまでの点検評価報告書では、各研究部門の活動状況が記載されていたが、これだけでは研究所としての取り組みが見えてこないという指摘を受けていた。また一方、研究所内でも他の研究部門でどのような研究が行われているかは、あまり知られていない。このような問題に対する一つの対応策として、2008年12月25日に生理学研究所研究発表会を開催し、各研究部門等の代表者が2008年に行われた研究の概略を発表した。各部門の発表時間が25分間と限られていたため、議論のための時間がほとんどとれなかったのは残念であるが、8時間以上にわたる発表により、生理研の研究活動状況がよりよく理解されたと思われる。この研究発表会が、研究所内でのリソースの共有、共同研究の開始等の契機となることが望まれる。

以下の総括の文章は、研究発表会での発表等を資料としてまとめられたものである。総括の文章では、各研究分野の世界的な動向を分析し、大学共同利用機関としての生理研がどのように研究の発展に貢献しうるか、またそのためにはどのような措置が必要かという分析と、それらに対する具体的な提案が求められる。このような研究分野の総括は今回は初めてのことであり、どのような形式がふさわしいのかわからないため、文章の構成は各分野の責任者に任せた。どのような形でまとめることが今後の役に立つのかという視点からも、検討していただきたい。

1  機能分子の働きとその動作・制御メカニズム

生理研の研究のひとつの柱として、イオンチャネル・受容体・センサー等の膜機能分子や、G 蛋白質等のシグナル分子等を対象とした研究が進められている。その研究目的は、分子機能の新規側面の発見、精妙につくられた分子機能の成り立ちのメカニズムとその調節機構の解明、神経細胞等の細胞における分子機能の意義の解明、分子動態とその制御機構の解明等である。現在、分子生理研究系(神経機能素子研究部門)、細胞器官研究系(生体膜研究部門、機能協関研究部門、細胞生理研究部門)などにおいてこの分野の研究が活発に進められている。今年度の特筆すべき研究成果としては、以下が挙げられる。

1.1 TRPA1 チャネルの新規分子機能の発見

TRPA1 チャネルは、侵害刺激の受容体として知られている。細胞生理研究部門では、TRPA1 チャネルが細胞内のアルカリ化によって活性化されることを見いだした。この発見は、世界初のアルカリセンサー分子の同定と位置づけられるもので重要な意義を持つ。この研究成果はJ Clin Invest 誌に発表された。神経機能素子研究部門では、マウスTRPA1 チャネルがカフェインによって活性化されることを見いだした。多様な薬理作用を持つカフェインの新たな作用機序を明らかにしたものである。また、ヒトTRPA1 の場合には、カフェインによって活性が抑制されるという質的種間機能差異も見いだした。この成果はProc Natl Acad Sci USA 誌に発表された。

1.2 G 蛋白質の細胞内局在の制御機構

細胞内シグナル伝達の鍵分子であるG 蛋白質の細胞内局在制御については、未だ統一的理解がなされていない。生体膜研究部門では、脂質修飾による制御に着目し、パルミトイル脂質転移酵素群 DHHC の寄与を解析した。その結果、DHHC3 および 7 が G 蛋白質αサブユニットのパルミトイル化を介して、細胞膜への移行に重要な役割を果たしていることを突き止め、さらに、G 蛋白質αサブユニットの細胞内局在が、パルミトイル化依存的に動的に変化することを見いだした。この成果はMol Cell Biol 誌に発表された。

1.3 メカノセンサーチャネル TRPM7のモーダルシフト

機能協関研究部門では、昨年度、細胞膨張をセンスして開口しCa2+ 流入をひきおこすメカノセンサーカチオンチャネルが、TRPM7 であることを見いだしたが、今年度、このチャネルのCa2+ 透過性を決定するポア領域のアミノ酸残基 Asp1054 を同定し、その成果を Channels 誌に発表した。また、TRPM7 チャネルが、酸性条件下ではプロトンチャネルにモーダルシフトするという現象を見いだし、さらに、その際にもAsp1054 残基が鍵となることを明らかにした。この成果はJ Biol Chem 誌に発表された。

1.4 酸味受容体の活性化機構

細胞生理研究部門では、昨年度、PKD2L1/PKD1L3複合体が酸刺激によって活性化することを報告したが、今年度、さらに精密な解析を行い、活性化が、酸刺激の最中ではなく酸刺激をoff にした時に起こるという極めて特異な活性化現象を見いだし、また、その構造基盤を明らかにした。この成果はEMBO Report 誌に発表された。

以上のように、充実した研究成果が着々と挙げられており、今後もそれぞれの研究を発展的に継続することが最も重要であると考えられる。それに加えて、これらの研究が、確実な解析の遂行という点で高い専門性を有する稀少なものであることを考慮して、所内外の、関連研究分野や上位階層分野の研究者との共同研究等をこれまで以上に推進し、研究の発展に積極的に寄与することも重要であろう。