4 統合生理研究系

4.1 感覚運動調節研究部門

高次脳機能(顔認知、音楽認知、言語認知など)に関連する脳反応、各種感覚(視覚、聴覚、体性感覚、痛覚、嗅覚)に対する脳反応、運動に関連する脳反応などを、各種ニューロイメージング手法(脳波、脳磁図、機能的MRI、近赤外線分光法、経頭蓋磁気刺激)を用いて研究している。2008年に発表した論文のうち代表的な3編を紹介する。

Mochizuki H, Inui K, Yamashiro K, Ootsuru N, Kakigi R (2008)Itching-related somatosensory evoked potentials. Pain 138: 598-603.

痒みは掻きむしりたくなる不快な体性感覚であり、その認知機構の解明は医学的にも重要である。痒みの認知機構を解明するためには、脳波、脳磁図やfMRIなど様々な脳機能画像装置を用いて、痒みに伴う脳内活動を多角的に検討しなければならない。そして、そういった脳機能画像装置で脳活動を計測するためには、ミリ秒単位で痒みの持続時間を操作できる装置が必要である。しかしながら、そのような痒み刺激装置はこれまでなかった。そこで、本研究では、新しい痒み刺激装置の開発を試みた。健常成人男性9名を対象にした。皮膚に電気を流すことで痒みが誘発されることが以前から知られている。そこで、通電によって痒みを誘発する通電性痒み刺激装置を開発した。被験者の右手にこの刺激装置を装着して電気刺激を与えると、すべての被験者が純粋な痒みを感じると報告した。また、この刺激装置によって誘発された痒みに関係する脳活動を脳波計で計測できることも確認された。脳波計によって計測された脳活動データから推定した伝導速度が約1 m / 秒であることから、電気刺激によって生じる痒みは、生理的に生じる痒みと同様に、C線維によって脳へ伝達されることがわかった。以上の結果から、通電性痒み刺激装置は、脳波計、脳磁図やfMRIといった脳機能画像装置を用いた痒みの脳研究に有効であることがわかった。

Akatsuka K, Noguchi Y, Harada T, Sadato N, Kakigi R (2008)Neural codes for somatosensory two-point discrimination in inferior parietal lobule: An fMRI study. Neuroimage 40: 852-858.

二点識別覚閾値は体性感覚における空間的識別能を示すものであり、臨床的検査方法として広く用いられている。主に皮膚感覚受容器の感覚受容野、中枢神経系内の抑制機構によって規定されると考えられてきたが、二点識別覚を識別しているときのヒトの脳活動に関する報告はほとんどなく、責任部位は同定されていなかった。そこで、本研究では二点識別時に特有に活動する皮質内の神経基盤を明らかにすることを目的として機能的核磁気共鳴画像法(fMRI)を用いた実験を行った。方法としては、二点識別と強度識別の二種類の識別課題を行い、この二つを直接比較することにより二点識別時に特有に活動する脳部位を特定することにした。

二点識別課題とコントロールを比較すると、inferior parietal lobule (IPL)、anterior cingulate cortex (ACC)、pre-frontal gyrus (PFG)、inferior frontal gyrus (IFG)、left primary somatosensory cortex (SI)、anterior insula、striatum、それにthe anterior lobe of the cerebellar vermis (ALV)が有意に活動していた。強度識別課題とコントロールを比較した場合にも同様な部位が活動していた。二点識別課題と強度識別課題を直接比較すると、左のIPLが二点識別課題時に有意に活動していた (図)。強度識別課題時に有意に活動する部位は見られなかった。今回の実験により、IPLが二点識別時には重要な役割を担っていることが解明された。二点識別に関する神経基盤に関して、fMRIを用いた研究は本実験が初めてである。

Nakata H, Sakamoto K, Ferretti A, Perrucci GM, Del Gratta C, Kakigi R, Romani GL (2008)Somato-motor inhibitory processing in humans: An event-related functional MRI study. Neuroimage 39:1858-1866.

不適切な動作・行動を抑制することは、我々の日常生活で多く見られることではあるが、実際の脳内の抑制活動を記録することができないため、筋電図や反応時間といった行動指標をもとに研究を進めていくことは非常に困難である。そのため、機能的MRIを用いて、脳内の抑制過程に関わる神経活動を明らかにすることは非常に有用であると考えられる。そこで本研究では、機能的MRIを用いて体性感覚刺激Go/No-go課題を行なっている際の脳内の活動部位を明らかにすることにより、ヒト脳の抑制過程に関する神経ネットワークの一端を明らかにすることを目的とした。被験者は(1)動作Go/No-go課題、(2)計数Go/No-go課題を行ない、左手の正中刺激をGo刺激、尺骨神経をNo-go刺激とし、呈示確率を50:50とした。動作課題ではGo刺激時に右手親指でボタン押しを行ない、計数条件ではGo刺激の数を数えた。

その結果、動作課題のNo-go刺激時において、前頭前野、前補足運動野、前帯状回、後頭葉などの活動を記録することができた。またこれらの活動部位は、計数課題のNo-go刺激時にも同様に見られたことから、動作を我慢する際も思考や情動に関わる心の抑制をする際も、ほぼ同一の脳領域で処理が行なわれている事が示唆された。つまり、我々が「何かをしない」という我慢・抑制とは、その種類に関係なく、同様の脳内ネットワークによって統率されていることが明らかとなった。

なお本研究は、イタリアのダヌンチオ大学との共同研究である。毎日新聞、中日新聞などで研究内容が紹介された。

4.2 生体システム研究部門

本研究部門は、脳をシステムとして捉え,大脳皮質・大脳基底核・小脳・脳幹などの脳領域がいかに協調して働くことによって随意運動を可能にしているのか,そのメカニズムや,これらの脳領域が障害された際に,どのような機構によって症状が発現するのかなどの病態生理を明らかにし,さらにはこのような運動障害の治療法を開発することを目指して,霊長類やげっ歯類を用い神経生理学的手法、あるいは神経生理学的手法と神経解剖学的手法を組み合わせて研究を行っている。

2008年に発表した論文を紹介する。

Chiken S, Shashidharan P, Nambu A (2008) Cortically evoked long-lasting inhibition of pallidal neurons in a transgenic mouse model of dystonia. J Neurosci 28:13967-13977.

ジストニアは、不随意かつ持続的な筋肉の収縮と異常姿勢によって特徴づけられる神経疾患である。有病率はパーキンソン病の数分の一と稀ではないが、病理学的な変化が殆どないなど、病態については不明な点が多い。ジストニアの病態生理を調べるため、ヒトDYT1ジストニア患者の原因遺伝子であるDYT1を組み込んだ遺伝子改変マウスの神経活動を調べた。このマウスは、持続的に回転運動をするなど行動が亢進している。筋電図を記録してみると、主動筋と拮抗筋の同時収縮、持続的収縮などジストニアに特徴的な異常な筋活動を示した。覚醒下で大脳基底核から神経活動を記録すると、淡蒼球外節と内節において、バースト発射やポーズ(休止期間)を伴う発射頻度の減少が見られた。大脳皮質運動野を電気刺激すると、淡蒼球外節・内節において、正常例においては観察されない早い興奮とそれに引き続く長い抑制という応答が観察された。また、淡蒼球外節・内節の体部位局在を調べてみると、正常とは異なり乱れていた。これらの実験結果から、ジストニアにおいては、大脳皮質からの入力によって淡蒼球内節に生じる長く続く抑制が、視床・大脳皮質を脱抑制し、不随意運動が起こっていると考えられた。

図1. 大脳基底核における情報処理を、正常(A)とジストニア(B)の場合について示す。ジストニアの場合、大脳皮質から線条体(Striatum)を介する入力によって、淡蒼球内節(GPi)の広い領域が長時間抑制される。その結果、視床・大脳皮質が脱抑制され、運動亢進や不随意運動につながると考えられる。STN, 視床下核。