4 自然科学研究機構 生理学研究所 再任評価委員会 報告書

2008年10月2日

1. 任期のある研究教育職員の任期更新可否について

1.1 はじめに

本報告書は、生理学研究所 研究教育職員の任期が終了するにあたり任期更新の可否を審査するためのデータ、考え方等をまとめたものである。今回の任期更新可否に関する審査は、生理学研究所では初めてのことであり、試行錯誤的な要素が多い。任期更新に関する調査・審査を行なう過程で、任期制の問題点も明らかになってきている。

1.2 任期制の法的根拠

任期制の基礎となる法律は、「大学の教員等の任期に関する法律(平成九年六月十三日法律第八十二号)」であり、その第一条に目的が次のように定義されている。

「この法律は、大学等において多様な知識又は経験を有する教員等相互の学問的交流が不断に行われる状況を創出することが大学等における教育研究の活性化にとって重要であることにかんがみ、任期を定めることができる場合その他教員等の任期について必要な事項を定めることにより、大学等への多様な人材の受入れを図り、もって大学等における教育研究の進展に寄与することを目的とする。」

1.3 生理学研究所における任期制

生理学研究所では、2002(平成14)年に「研究教育職員の任期に関する規則」を定め、任期制を開始した。教授、助教授、助手が採用される際に教授は10年間、助教授及び助手は7年間の任期を付けることとし、教授においては同じ期間の任期更新を、助教授においては3年間、助手には1年間の任期更新を認めることとした。規則には、法律に基づき任期制を定めるとあり、それ以上に特に目的は示されていない。10年又は7年という比較的長い期間を設定したのは、サルを用いた実験等の様に長期の実験期間を必要とする研究では、5年間で成果をあげることは困難であり、評価が不完全になるという理由であった。2004年の法人化により制度が変更されたため、この2002年からの制度による任期更新の審査は行なわれていない。

2004年4月の法人化の際に任期制の制度が変更され、法人化後採用される研究教育職員の任期は5年、任期更新後は任期なしとなった(資料1)。任期が5年に短縮されたのは、当時法令の解釈に混乱があり、5年以上の任期は認められないという意見に従ったためである。なお現在では、この解釈は正しくなく、5年以上の期間の任期制も法的に問題ないとされている。

法人化に際して、任期制導入以前に採用された職員にも任期制を付すことが議論されたが、結局実施には移されなかった。また既に任期のある職員については、これまでの任期期間に関係なく、任期の開始時点を2004年4月とすることとした。任期が10年又は7年から5年に短縮されたため、任期期間が短縮される場合があった。なお岡崎統合バイオサイエンスセンターと動物実験センターを含む岡崎共通研究施設の研究教育職員には、任期は設けられていない。

法人化後、生理学研究所に採用される教授、准教授、助教には全員任期制が付されている。任期更新の可否に関する審査をどのように行なうかについては、重要な課題として認識はされていたが、生理学研究所内で任期制・任期更新審査について具体的な議論がされることはほとんどなかった。

1.4 再任評価委員会での審議

再任評価委員会は、2007年 3月に開催された生理学研究所運営会議で設置が決められ、運営会議委員から所外3名、所内3名計6名が委員として選ばれた(資料3)。

再任評価委員会では、審査方法等について議論を行った結果、論文の発表数を基本的な指標にする、今回は対象者が多いために3分の1程度に絞り込む予備調査が必要である、との合意が得られた。2007年夏から秋にかけて2004年以降に発表された論文数を調査し、その調査結果により予備審査を行なった。その結果、更なる検討(本審査)が必要な任期更新審査対象者は7名となった(このうち2名は、他の職場への異動のため退職)。

5名の本審査対象者(いずれも助教)には、2004年からの研究の進捗状況、論文の準備状況、将来のキャリアについての考え方、を書類として再任評価委員会に提出していただいた。書類から、対象者全員はいずれも十分に研究に励んでいること、論文の投稿の準備も進んでいる事が明らかであったため、この時点で面談調査を行なう必要はないと判断された。

2008年5月に本審査対象者に研究の進捗状況等の報告を更新してもらい、各自研究に励んでいることを確認した。任期更新の可否を決定するには運営会議での審議が必要との考えから、秋に開催される運営会議(10月2日開催予定)に先立ち面談を行なった。

1.5 任期更新の可否について

本審査対象者の書類審査および面談審査を通して、いずれもが難しい研究に挑戦していることが明らかとなった。これまでの研究成果および予期される研究の発展を考慮した結果、論文数が少ないという判断基準のみで任期更新の可否を決定することは適切ではなく、総合的に判断すべきであると考えられた。

個別評価については、別個の報告書を作成し生理学研究所長に答申する。

1.6 本審査対象者に共通の問題点

5名の本審査対象者には共通の問題点が見られる。これは研究所としての問題としてとらえるべきかも知れないので、問題点等を示しておく。

1.7 生理学研究所における任期制、任期更新審査の問題点

この任期制および任期更新審査制度には、次のような問題点が指摘されている。

(1) 任期制という一種の契約の条件の中に、任期更新の条件が具体的に示されていない。定量的な指標による判断条件を定めることは難しく、任期更新の可否については個別の事例毎に総合的に判断せざるを得ないであろう。しかしそのことを契約に書くことは可能。

(2) 研究業績の判断基準。論文発表数を基本的な指数とする場合、生理学・神経科学といった比較的狭い研究領域でも、専門領域によって“論文の出やすさ”は異なる。今回の予備審査では、その点をある程度考慮に入れ、サルを用いる研究については基準点を半分としたが、この半分という数値の根拠は“まあこの程度”といった決め方で客観性に欠いている。言うまでもないが、論文発表以外にも審査で顧慮すべき点はいろいろあるが、どこまで含めるか、誰がそれを決めるか等、多くの問題が残されている。

(3) 技術開発に重点をおいている場合は、論文の数とは異なる基準が必要である。新しい測定系などの技術開発は、大学共同利用機関として重要な要素である。

(4) 現在の生理学研究所の任期制では、任期更新の場合には任期なし(すなわちテニュア)となるが、テニュアの身分を与えることに関しては慎重であるべきだとの意見があった。

(5) 生理学研究所では、原則的に内部昇進が禁止されているので、テニュアとなっても研究所から転出することが求められる。言い方を変えれば、昇進して転出できる見込みのある者以外にテニュアを与えることは慎重にならざるを得ない。テニュアと内部昇進禁止の関係を議論して整理する必要がある。

(6) 厳しい任期制は、生理学研究所に多くの優れた人材を引き寄せるためには、マイナスの要因となるであろう。

(7) 大学等の立場から見れば、ほぼ研究に専念できる研究所という恵まれた環境にあって、大学並みもしくはそれ以下の研究業績で任期なしの任期更新となることには、異論があるであろう。大学共同利用機関として研究者コミュニティの意見を無視することはできない。

(8) 任期制が、研究教育職員全員には適用されていない。統合バイオサイエンスセンター等の岡崎共通研究施設所属の研究職員が採用される時には適用されない。 また任期制導入前に採用された研究教育職員には適用されていない。論文発表数の予備調査は、任期制が適用されていない研究職員も対象にして行なわれたが、論文の発表数という指標で見た場合、任期制導入以前に採用された研究職員(准教授、助教)に基準値に達しない者が多かった。

1.8 現行の任期制について検討すべき点

2 任期のついていない研究教育職員の処遇について

2.1 背景

この問題は、再任評価委員会に求められた任期更新の可否に関する評価という作業の範囲を越えるものであるが、所長より再任評価委員会での議論を求められたので合わせて報告する。

任期更新の可否に関する審査過程で行った研究教育職員の研究業績の調査で、論文発表数で判断すると、任期更新可否の審査対象になっている職員よりも任期のついていない職員に、業績のふるわない職員が多くいることが示された。

現在のポジションで期待される業務が長期にわたって達成されていない研究教育職員に対して、研究所としてどのように処遇するかという問題は、任期のついていない職員だけにあてはまる問題ではなく、これからテニュアを獲得する職員も同様にあてはまる問題である。

2.2 研究以外の職務に配置換えすることは可能か?

まず考えられることは、研究に専念する職以外への配置換えである。専門的な知識を要する管理事務的業務が急激に増加している現在、研究所と事務をつなぐコーディネータ的な職務の必要性が増して来ている。資金的な面のリソースがあれば、そのような職に配置換えをすることが考えられる。

検討すべき点としては、身分が、教授・准教授・助教のままでよいのか、それとも特任の職なのかということである。またそれに関連して、業務が特任職(特任准教授等)である場合、身分変更による待遇等の調整をどのように行うかが実際上の問題点として残る。

2.3 研究業績が乏しいことを理由に解雇することは可能か?

研究成果が乏しい場合に、「勤務成績または業務能率が著しく不良(就業規則第35条 一)」(資料2)という理由で解雇することが可能かについては、議論のあるところである。たとえ成果が論文として発表されていなくても、行っている研究が無意味であると法律的な意味で立証することは困難である。また労働裁量性をとっている研究教育職員は、勤務成績がよほど悪いという明確は証拠がない限り、勤務成績のために解雇されることはない。しかし一方、所長もしくは指導に当たる者が、研究の進捗状況を定期的に把握して指導を行っているにもかかわらず、それに応えられない場合は、やはり解雇の理由になりうるという考え方もある。勤務成績についても同様である。 なお、研究教育職員は、教育研究評議会の審査の結果によるものでなければ、その意に反して解雇されることはない(就業規則第35条 2)。 研究論文の捏造等の不正がある場合は、懲戒解雇がありうる。

2.4 当面の対策

研究業績が乏しい職員に対して現時点でとるべき対応策は、所長もしくはそれに代わる管理的立場にある者が、研究面と勤務成績面において、十分な状況把握と指導を行うことであると考えられる。

また、研究所全体の活性化を図るために、業績が出ずに目立たなくなってしまっている研究者を後押しする企画も必要であろう。例えば、研究所内で定期的な(義務としての)研究発表の場を設定すること等が考えられる。

(資料1)略
(資料2)略


(資料3)

生理学研究所 再任評価委員会 委員名簿

(所外)
伊藤 和夫(岐阜大学 大学院 医学研究科 教授)
水村 和枝(名古屋大学 環境医学研究所 教授)
山本 哲朗(三重大学 大学院 医学系研究科 教授)
(所内)
井本 敬二(教授、研究総主幹)(委員長)
小松 英彦(教授)
永山 國昭(岡崎統合バイオサイエンスセンター 教授)