6 遺伝子改変動物作製技術の開発

6.1 霊長類

脳科学研究戦略推進プログラムのうち、「独創性の高いモデル動物の開発」の拠点整備事業(課題C)に、生理学研究所の伊佐教授が拠点長に選ばれた。自然科学研究機構としては、ウィルスベクターを用いてコモンマーモセットやニホンザルの脳の遺伝子発現を操作し、分子ツールを活用した高次脳機能の新しい研究パラダイムの構築、高次脳機能の分子基盤を解明する研究を担当することとなった。そのため、霊長類遺伝子導入実験室を明大寺地区動物実験センター本館1階に設置した。使用するベクターは、当面、アデノ随伴ウイルスやレンチウイルスであるので、P2あるいはバイオセーフティレベル2(BL2)として整備された。

施設は、①ベクターを脳内に注入したり、注入後、行動テストや神経活動を記録するためのin vivo実験室、②注入後の飼育設備、③遺伝子導入をスライスレベルで調べるためのin vitro実験室、などからなっている。  現在、課題Cに参加している3研究部門(伊佐研、南部研、山森研)が参加し、霊長類に適したプロモータチェック、ハロロドプシンやチャネルロドプシンを導入し光により神経細胞の興奮性のコントロール、RNA干渉によって特定の遺伝子の働きを弱めるなどの実験が試みられている。今後、他研究部門、さらには大学共同利用機関の特徴を生かして全国共同利用にも供したいと考えているが、その具体的方法や、霊長類の搬出・搬入に伴うルール作りが課題である。

6.2 げっ歯類

生理学研究所では、トランスジェニックマウスならびにトランスジェニックラット、およびノックアウト(KO)マウスの作製サービスを提供しつつ、ラットにおいてKO動物作製技術の開発を試みている。これまでに、ENU(エチルニトロソウレア)ミュータジェネシスによるKOラット作製システムの構築を芹川忠夫 教授(京都大学・院・動物実験施設)と共同で目指し、KURMA(Kyoto University Rat Mutant Archive)と顕微授精(ICSI)技術を利用してKOラットの作製に成功した(Mashimo et al. 2008, Nat Genet)。しかし、過大な労力・コストがかかるうえに、ENUミュータジェネシス法では変異の導入はあくまでも「ランダム」に起こることが問題点として挙げられる。一方、生殖幹細胞を経由したKOラット作製法の開発(篠原隆司 教授 京都大学・院・遺伝医学講座と共同)では、個体の遺伝情報を次世代に伝えることができるラット精子幹細胞(Germline Stem Cells; GSCs)の長期間培養法を確立し、 GSCsへレンチウイルスを用いて外来遺伝子を導入することでトランスジェニックラットの作製にも成功した(Kanatsu-Shinohara et al. 2008, Biol Reprod)。

また最近、ラットの胚性幹細胞(Buehr et al. 2008, Cell)や人工多能性幹細胞樹立(Li et al. 2008, Cell Stem Cell)の報告が相次いでなされ、中内啓光 教授(東京大学・医科学研究所)らとの共同研究によって我々もラット胚性幹細胞の樹立に成功している(Hirabayashi et al. 2010, Mol Reprod Dev)。この細胞株の利用することで近い将来、変異導入幹細胞の胚盤胞へのインジェクション法を介したKOラットの作製も可能になるであろう。

以上のように、生理学研究所ではラットの遺伝子改変動物技術の開発に精力的に取り組んできた結果、その技術開発も最終局面を迎えつつある。今後は、KOラット作製を通して精神・神経疾患の解析、分子病態の解明や治療法の開発に貢献できるものと考えている。