4 統合生理研究系

4.1 感覚運動調節研究部門

高次脳機能(顔認知など)に関連する脳反応、各種感覚(視覚、聴覚、体性感覚、痛覚、嗅覚)に対する脳反応、運動に関連する脳反応などを、各種ニューロイメージング手法(脳波、脳磁図、機能的MRI、近赤外線分光法、経頭蓋磁気刺激)を用いて研究している。2009年に発表した論文のうち代表的な2編を紹介する。

Mochizuki H, Inui K, Tanabe HC, Akiyama LF, Otsuru N, Yamashiro K, Sasaki A, Nakata H, Sadato N, Kakigi R (2009) Time course of activity in itch-related brain regions: A combined MEG-fMRI study. J Neurophysiol 102:2657-2666.

痒みは掻きむしりたくなる不快な体性感覚であり、その認知機構の解明は医学的にも重要である。昨年度に我々は、痒みの認知機構を解明するため、通電によって痒みを誘発する通電性痒み刺激装置を新しく開発した (Mochizuki et al., PAIN, 2008)。被験者の右手にこの刺激装置を装着して電気刺激を与えると、すべての被験者が純粋な痒みを感じると報告した。また、この刺激装置によって誘発された痒みに関係する脳活動を脳波計で計測できることも確認された。脳波計によって計測された脳活動データから推定した伝導速度が約1 m/秒であることから、電気刺激によって生じる痒みは、生理的に生じる痒みと同様に、C線維によって脳へ伝達されることがわかった。今年度は、この刺激装置を用いて、fMRIと脳磁図を記録した。fMRIでは、「痒み」に対する活動部位は、「痛み」と共通の部位がかなり見られたが、頭頂葉内側部楔前部では、「痒み」刺激によってのみ活動が見られ、この部位の痒み認知における重要性が明らかになった。脳磁図では、両側半球の島と第2次体性感覚野(SII)と楔前部に明瞭な反応が見られ、楔前部の重要性が確認された。また、この3つの部位の活動潜時はほぼ同じであり、楔前部の活動はSII-島から送られるシグナルによるものではなく、視床から直接に独立した回路を経てシグナルが送られるものと考えられた。

なお本研究は、読売新聞、毎日新聞、中日新聞などで研究内容が紹介された。

Kaneoke Y, Urakawa T, Hirai M, Kakigi R, Murakami I (2009) Neural basis of stable perception of an ambiguous apparent motion stimulus. Neuroscience 159:150-160.

じっと見ていると老婆に見えたり若い娘にみえたりするような視覚刺激は以前から多くの研究者の興味を集めている。我々は、2通りの運動知覚(上下または左右)が交代して起こる視覚刺激(仮現運動)をもちいて、この謎にせまった。視覚刺激は1秒に4回の早さで与え続けると、250 msごとにその刺激に対する反応が脳磁図(MEG)で記録される。頂点潜時は150 - 160 msで、これまでに調べられた視覚性運動刺激に対する反応と変わりなかった。従って、認知などに関係するといわれる潜時300 msの反応とは異なり、単純に刺激に視覚野が反応したものである。刺激はまったく同じにも関わらず、被験者が上下の運動を知覚しているときの反応と左右の運動を知覚しているときの反応を比べると潜時160 ms付近で明瞭な振幅の差が見られた。また、刺激を物理的に変えて強制的に上下や左右の運動しか見えない刺激を与えて反応を記録しても、知覚も刺激も違うにもかかわらず反応には明瞭な差はみられなかった。したがって、あいまいな刺激のみに反応が変化したことは方向選択性ニューロンの特性などでは説明できず、あいまい刺激から明瞭な知覚を得るときのみに起こる神経活動が存在し、それは初期視覚野にあることを示された。また、数十秒も同じ知覚が持続することは、視覚野のその刺激に対する反応特性がその間維持されていることを示す。つまり、250 msごとに繰り返される刺激にどう反応するかあらかじめ決定されているのである。このメカニズムはまだ不明であるが、もっとも考えやすいのは視覚野neural network のシナプス特性に反応特性が刻み込まれるというものである。これは、ラジオで受信回路の特性をある一定の周波数に合わせることに対応する。本研究は、東京大学大学院総合文化研究科村上郁也准教授との共同研究である。また、本研究に関連する図が表紙に採用された。

4.2 生体システム研究部門

本研究部門は、脳をシステムとして捉え、大脳皮質・大脳基底核・小脳・脳幹などの脳領域がいかに協調して働くことによって随意運動を可能にしているのか、そのメカニズムや、これらの脳領域が障害された際に、どのような機構によって症状が発現するのかなどの病態生理を明らかにし、さらにはこのような運動障害の治療法を開発することを目指して、霊長類やげっ歯類を用い神経生理学的手法、あるいは神経生理学的手法と神経解剖学的手法を組み合わせて研究を行っている。

2009年に発表した論文を紹介する。

Hatanaka N, Tokuno H, Nambu A, Takada M (2009) Transdural doppler ultrasonography monitors cerebral blood flow changes in relation to motor tasks. Cereb Cortex 19:820-831.

神経活動に伴って脳血流が変化することは広く知られており、それを用いた脳機能イメージングも多く用いられている、しかし、それらは特定の血管内の脳血流変化を直接、計測したものではない。本研究は、超音検査法およびカラードプラー法により大脳皮質にある細動脈を描出し、パルス波ドプラー法により、細動脈内の血流変化を計測したものであり、経硬膜ドプラー超音波計測法と呼ぶことにした。本方法を覚醒下サルに応用し、運動課題遂行中の運動野の脳血流変化を調べた。運動課題としては、片手あるいは両手のキー押し課題である。具体的には、使用する手(左あるいは右の片手、あるいは両手)を指示する手がかり刺激が、眼前に設置したLEDで与えられる。4秒の遅延期間の後、go刺激が別のLEDで与えられるので、事前の手がかり刺激に応じた手を用いてキーを押す。一次運動野(MI)の脳血流は、反対側の手の運動に伴って増加したが、同側の運動では変化しなかった。また、補足運動野(SMA)では、片手あるいは両手運動において、手がかり刺激と運動そのものに応じて2相性に血流増加が観察された。このような血流変化を運動課題の学習経過と共に計測してみると、SMAの血流変化は学習初期において顕著であり、学習が成立するにつれて後減少する一方、MIの変化は学習過程に拘らず一定であった。また、遅延期間がない単純片手運動から、手がかり刺激によって運動する手を左・右・両手など選択させる課題に移行し、運動が複雑になると、SMAの血流変化は顕著になった。以上、本方法が運動野の活動をはじめとする脳機能の計測に優れた方法であることが示された。


図5.5. 運動課題遂行中の一次運野の血流変化。A, Nissl 染色した前額断切片。B, Cに相当する部位。 CgS, 帯状溝;CS, 中心溝; Put, 被殻; SPS, 上中心前溝; Th, 視床。B, 超音波断層像。外耳道より15mm前。 C, カラードプラー像。一次運動野の手の領域に相当する小四角形の部位の血流変化を計測している。 D, 両側、対側、同側の手の運動時の脳血流変化を示す。手がかり刺激の開始時間(時間0)を基準にして50回加算。 両側、対側の運動の際には有意に血流が増加するが、同側では認められない。 運動の開始時点を、それぞれにヒストグラムに示す。