8 脳機能計測・支援センター

脳機能計測センターは、本年度より組織改変が行われ、形態情報解析室、生体機能情報解析室、多光子顕微鏡室、電子顕微鏡室、伊根実験室の5室で構成されることとなった。各室はそれぞれ超高圧電子顕微鏡、核磁気共鳴装置、2光子レーザー顕微鏡、各種電子顕微鏡の管理・運用を行っている。これらは、大型機器であったり高度に専門的な管理が必要な機器であったりすることから、共同利用のために全国の大学の研究者に解放され、広く使用されている。毎年、公募されている共同利用実験や一般共同研究を通じて所外の研究者と所内の研究者との共同研究が活発に行われている。また、センターでは所内の共通利用のための組織培養室、ネットワークサービス、生体情報解析システムの運用を行っている。これらの共通業務のほか、各室の准教授、助教はそれぞれ独自の研究テーマを持ち、以下のような研究活動が行われている。

なお、伊根実験室は、実験施設としては数年後には廃止が予定されており、現在、今後の利用法の検討および事務的な手続きを行っているところである。

8.1 形態情報解析室

形態情報解析室は、形態に関連する超高圧電子顕微鏡室(別棟)と組織培養標本室(本棟2F)から構成される。超高圧電子顕微鏡室では、医学生物学用超高圧電子顕微鏡(H-1250M型;常用1,000kV)を、昭和57年3月に導入して同年11月よりこれを用いての共同利用実験を実施している。2009年度は共同利用実験計画が28年目に入ったことになる。本年度も本研究所の超高圧電顕の特徴を生かした応用研究の公募に対して全国(外国を含む)から応募があり、合計14課題が採択されている。超高圧電子顕微鏡室では、超高圧電子顕微鏡の維持と安定な運転を目指して引き続き努力している。また共同利用実験計画を援助するとともに、これらの課題を支える各種装置の維持管理及び開発、医学生物学用超高圧電子顕微鏡に関連する各種基礎データの集積および電子顕微鏡画像処理解析法の開発などに取り組んでいる。

今年度は、故障が相次ぎ約3ヶ月間の休止を余儀なくされた。その中でも韓国高麗大学との共同研究としてトリコモナスの形態の研究で新しい知見(J Electron Microsc 58:305-313) を報告している。また岡山大学と京都府立医大との共同研究で、今後さらに超高圧電子顕微鏡の新しい応用研究を期待できる二種類の染色法を同時に用いるかたちでの脊髄中の神経細胞軸索と相手側の細胞の形態を同定することに成功しEndocrinology のオンライン版に報告している。今後さらに詳細な研究が期待される。また弘前学院大学、東京女子医大との共同研究という形で、イソアワモチの多重光受容系の形態を超高圧電子顕微鏡および汎用電子顕微鏡を用いて連続切片の画像および傾斜画像を撮影して得られた電子顕微鏡画像を三次元構造解析した結果を和文誌に総合報告している。

電子線トモグラフィーに関しては、現在米国コロラド大で開発されたIMOD プログラムでの方法を用いて解析を進めている。

2009年度の組織培養標本室では、小腸絨毛上皮下線維芽細胞におけるsubstance-P受容体(NK1受容体)の局在を免疫電顕にて観察すると共に、空腸の組織標本にてCa2+測光法にて生理的に計測した。小腸絨毛上皮下線維芽細胞は腸管絨毛におけるメカノセンサーの1つであり、機械的刺激に応じてATPを放出するが、substanse-P neuron (知覚神経)およびnon-substance-P neuronとシナプス様構造を形成していることも免疫電顕で明らかにした。現在、古家園子により論文投稿準備中であり、2010年3月の第115回日本解剖学会(盛岡)で発表予定である。

8.2 生体機能情報解析室

脳の「意志システム」や「運動システム」を神経回路レベルで解明することを目指して、サルの大脳皮質フィールド電位を解析する研究を行っている。

その一環として前頭葉シータ波活動についての研究を行った。ヒトの前頭葉周辺で観察されるシータ波はFrontal midline theta (Fmシータ) 波と呼ばれ、「注意集中」を要求される状況下でしばしば観察される。その発生領域や発生メカニズムなどの生理学的な基盤の解明が望まれるところであるが、ヒトで侵襲的な実験を行うことは極めて困難である。この難点を克服するために、当研究室ではサルにおけるFmシータ波のモデルの作成を試みた。その結果、自発性運動課題を行うサルの前頭前野(9野)と前帯状野(32野)の大脳皮質フィールド電位に認められる特徴的なシータ波は、その周波数分布、空間分布、出現状況の類似性から、ヒトのFmシータ波に相同と考えて矛盾ないことを見出した(Tsujimoto et al. 2006)。しかしこの解釈が妥当であるかどうかは、さらに多くの状況で確認する必要がある。そのために別の運動課題(予告-命令刺激課題)においてサルのFmシータ波モデルの妥当性を検証した。その結果、課題に含まれる多種多様な原因による注意負荷の増減と9野と32野のシータ波の振幅の増減が相応していることを確認し、モデルが妥当で首尾一貫していることを実証できた(Tsujimoto et al. in press)。サルのこの皮質領域は、以前に報告した「やる気」に相関して局所脳血流変化を示す大脳皮質領域(Tsujimoto et al. 2000)ともよく一致し、この皮質領域が「注意」や「意志」のシステムに関係していることを示唆する。さらにこのサルのモデルを用いて、シータ周波数領域での皮質間相互作用(皮質間結合の強度や情報の流れの方向性など)について研究を進めている。 また平行して、運動野と感覚野による筋収縮制御についての研究を行った。一次運動野は近隣の運動関連領野と関係しながら筋収縮をコントロールしていると考えられるが、その神経機構は十分には解明されていない。この点を詳解する目的で、サルの大脳皮質フィールド電位と上肢筋電図活動の記録及び解析を行った。その結果、大脳皮質一次運動野と一次体性感覚野のベータ波領域の活動が筋電図活動と有意な相関を示すことを確認した。さらに同じベータ波領域で運動野と体性感覚野の間の情報は双方向性に流れるが、感覚野から運動野への流れが優位であることを見出した(Tsujimoto et al. 2009)。この情報の流れは感覚野による運動のフィードバック制御を反映している可能性がある。

8.3 多光子顕微鏡室

多光子顕微鏡室では、多光子顕微鏡室、機能協関、生体恒常機能発達機構の各部門の個人研究および機構内連携プロジェクトで購入された機器を統一的に管理し効率的な運用を図る共に、研究所の内外への技術協力も行っている(技術相談、見学等20件以上)。多光子顕微鏡は、低侵襲性で生体および組織深部の微細構造および機能を観察する装置であり、近年国内外で急速に導入が進んでいるが、安定的な運用を行うためには高度技術が必要であるため、本室が国内唯一の共同利用可能な研究機関である。また、この学際的な新手法を普及させるため、研究所枠を越えた勉強会、セミナー等を定期的に実施した。専任の根本知己准教授のグループでは(1)非線形光学や光化学を活用した新しいバイオ分子イメージング手法の開発、(2)小胞輸送、開口放出・分泌現象などの分子細胞生物学的基盤とその生理機能の研究を中心に研究を推進している。なお、9月30日をもって根本知己准教授は北海道大学電子科学研究所に転任し、2010年3月まで兼任教授となった。以下、主な研究項目について述べる。

(1)新規蛍光タンパク質による1波長励起4波長蛍光同時測定システム
多光子顕微鏡の同時多重励起可能性を活用し、新しい短波長蛍光タンパク質を用いた4事象同時ライブイメージングのシステムを開発した。その結果、Ca2+とアポトーシスのDual FRETに世界で初めて成功した。(北海道大学との計画共同利用研究、Nature Methods)
(2)生体肝代謝活性のin vivo測定法の開発
新たに2光子in vivo FRAP法の開発に成功し、麻酔下のマウス生体肝細胞における代謝活性を非侵襲的に定量することを可能とした(特許申請準備中)。
(3)膵臓外分泌腺の開口放出における水チャネルの生理機能
東京医科歯科大腎臓内科グループの作成したAQP12ノックアウトマウスを用いて、水チャネルの開口放出における生理的な役割についてCa2+依存性開口放出の可視化解析による検討を行った結果、急性膵炎発症の初期過程と強く関係することが明らかになった(科学研究費特定領域研究、Am J Physiol)
(4)リンパ節内の細胞運動のin vivoイメージング法の確立
麻酔下のマウスのリンパ節内部での蛍光標識を行った免疫細胞の運動を長期間観察する方法論を確立した。その結果、細胞接着因子とその上流のシグナル分子が動態に深く関与することが明らかになった(関西医大との計画共同利用研究。Blood)。
(5)ノックアウト動物によるSNARE分子複合体の機能
大阪大学医学部解剖学教室グループの作製したノックアウトマウスをもちいてCa2+依存性開口放出におけるSNARE複合体機能の解析をおこなった(計画共同利用研究)。
(6)膵臓ランゲルハンス島β細胞のインシュリン開口放出
GABA受容体と結合しリン酸脂質系の細胞シグナルに重要な役割を持つことが推定されてきた分子のノックアウトマウスの提供を受け、インシュリン開口放出の定量的な解析を実施したところ、cAMPを介してreadily releasable poolの制御を行っていることが明らかになった。(九州大学との計画共同利用研究)
(7)ベクトルレーザービームによる超解像イメージング法の開発
新しい光ベクトルレーザー光を用いて、古典的な光の回折限界を打ち破る蛍光ナノイメージング法の開発に着手した(JST, CREST)。
(8)がんモデルにおける多光子in vivoイメージング方の開発
がんの発症転移の分子機構を解明することを目的として新たなin vivoイメージング法の開発プロジェクトを発足させた(JST, CREST)。
(9)身体左右差獲得のCa2+イメージング
哺乳動物の身体の左右非対称性はノード流の一方向性に由来するが、その細胞生理学的な分子機構は不明である。そこで、マウス初期胚のCa2+イメージングからその分子機構を検討し、非対称なCa2+振動の存在が明らかになった。(バイオ分子センサープロジェクト、基礎生物学研究所)

8.4 電子顕微鏡室

電子顕微鏡室は、生理学研究所と基礎生物学研究所の共通実験施設として設置され、各種電子顕微鏡、共焦点レーザー顕微鏡、生物試料作製のための実験機器、写真処理・スライド作成に必要な機器が設備され、試料作製から電子顕微鏡観察、写真処理・作画までの一連の工程が行える施設である。明大寺地区(共通施設棟Ⅰ地下電子顕微鏡室)には透過型電子顕微鏡が2台、走査型電子顕微鏡が1台あり、共焦点レーザー顕微鏡(正立)が1台ある。山手地区(山手2号館3階西電子顕微鏡室)には透過型電子顕微鏡が7台設置され、研究目的に応じて利用できるようになっている。 電子顕微鏡の利用率については、明大寺地区と山手地区との間で大きな差がみられ、山手地区の電子顕微鏡ならびに付随機器は総じて利用率が高いが、明大寺地区の電子顕微鏡ならびに付随機器の利用率は総じて低いという傾向がみられる。これは電子顕微鏡を利用する研究室が山手地区に集中しているためであり、今後、研究者の流動と共に変わる可能性がある。

電子顕微鏡室は本年度より保守契約費を見直し、2台保守契約していたものを1台に減らした。保守契約を停止した明大寺地区の電子顕微鏡については原則として部品を取り寄せ、技術職員により交換を行っている。

電子顕微鏡室の問題点としては、①技術職員が1名であるため、山手地区と明大寺地区を往復する為連絡がとりにくく、即時に対応ができない。②電子顕微鏡画像の電子化促進のため記録装置としてCCDカメラ(2000×2000ピクセル以上)の装着が望まれる。③走査型電子顕微鏡が明大寺地区にしかないため山手地区にも1台設置が望まれる。④電子顕微鏡が全て旧式となり、故障が多発してきたため新型機の導入が望まれる。といった点が挙げられていた。

①に関してはこれまでPHS電話の利用やEメール、連絡ボードを利用して情報伝達の円滑化を図ってきたがまだ十分でない。今後更にweb等を利用した双方向の情報伝達手段の強化が求められる。②に関しては本年度採択され、山手地区JEM1010に新型のCCDカメラが導入される予定である。③④に関しては予算の問題から実現には至っていない。この点、③④が実現されなくとも研究が出来ないわけではないが、今後優れた研究遂行には必要な対応と考えられるため、特に④に関しては長期的な計画を立て対応を進めてゆきたい。

最後に本年度の電子顕微鏡室の運営に関してであるが、従来の運営保守業務に加え、電子顕微鏡操作方法ならびに電子顕微鏡用試料作成方法のマニュアル化、電子化を進めてきた。

また電子顕微鏡室に関する情報の公開を企図したデータベースの作成も遂行中である。 更に、本年度も近隣中学校の学生を対象とした職場体験を実施し、研究所、技術職員、電子顕微鏡技術職員の業務ならびに電子顕微鏡操作に関する体験を行ってもらった。今後は電子顕微鏡利用者に対する講習を強化し、電子顕微鏡室利用の敷居を下げ、利用者の増加を図れる様努めてゆきたい。

8.5 機器研究試作室

機器研究試作室は、生理学研究所および基礎生物学研究所の共通施設として、生物科学の研究実験機器を開発・試作するために設置された。当施設は、床面積400m2で規模は小さいが、生理学医学系大学の施設としては、日本でも有数の施設である。最近の利用者数は年間延べ約1,000人である。また、旋盤、フライス盤、ボール盤をはじめ、切断機、横切盤等を設置し、高度の技術ニーズにも対応できる設備を有しているが、機器の経年劣化を考慮して、今後必要な更新を進めていく必要がある。特に、金属加工用のNCフライスと樹脂加工用の三次元プリンターの導入が希望されている。

最近では、MRIやSQUID装置用に金属材料を使用できない装置や器具も多々あり、樹脂材料や新素材の加工への対応に迫られ、エンジニアリングプラスチックの試用を開始した。また、遺伝子改変マウス・ラットの表現型解析のための行動解析の研究が進められ、その実験装置の改良のために、機器研究試作室内に実験動物飼養保管エリアを設け、試作機器の試運転および改良がスムースに行えるようにした。

しかし、1996年4月以降は技術職員1人で研究支援を行っており、十分に工作依頼を受けられないという問題を抱えている。そこで、簡単な機器製作は自分でと言う観点から、『ものづくり』能力の重要性の理解と機械工作ニーズの新たな発掘と展開を目指すために、当施設では、2000年から、医学・生物学の実験研究に使用される実験装置や器具を題材にして、機械工作の基礎的知識を実習主体で行う機械工作基礎講座を開講している。これまでに200名近い受講があり、機器研究試作室の利用拡大に効果を上げている。2009年度も、安全講習と汎用工作機械の使用方法を主体に簡単な器具の製作実習を行う初級コースと応用コースを開講し、合わせ27名が参加した。機械工作基礎講座以外でも、随時、初心者には安全講習と機器の操作指導を行っているため、簡単な機器は自分で製作するユーザーか多くなり、ここ数年は、事故も起こっていない。

8.6 伊根実験室

伊根実験室は、神経軸索伝導やイオンチャネル等の研究において数々の見知が生み出されたイカ類などの海洋生物を利用できる世界でも特筆できる研究施設である。しかし、これらの生物を研究材料として用いる研究者人口の減少のため、近年、同施設を用いた共同実験はほとんど行われていない。そのため、実験施設としての利用は閉鎖が決定され、施設内の物品の整理を進めている。今後の同施設の運用に関しては、自然科学研究機構本部で検討がなされている。