7 行動・代謝分子解析センター

7.1 遺伝子改変動物作製室

遺伝子改変動物作製室では、ラットにおける遺伝子改変技術の革新、遺伝子改変マウスを用いた脳機能解析を推進すると同時に、これら発生工学技術の提供も行っている。さらに、遺伝子ターゲッティングによってノックアウトラットを作製することを目指している。これまでにトランスジェニック (Tg) 動物の作製効率改善やES細胞、精原細胞株の樹立を試みるとともに、核移植や顕微授精など、実験小動物における発生工学技術の高度化に取り組んできた。以下に2009年に発表した論文12編のうち代表的な1編を紹介する。

Hirabayashi M, Kato M, Kitada K, Ohonami, N, Hirao M, Hochi S (2009) Activation regimens for full-term development of rabbit oocytes injected with round spermatids. Mol Reprod Dev 76: 573-579.

マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、ヒトでは円形精子細胞注入法 (ROSI: Round spermatid injection) により生存産子が誕生しているが、ウサギではSofikitisら (1994, 1996, 1999) による報告しかない。円形精子細胞は卵子活性化能力を持たないか、持っていたとしても僅かなので、通常ROSI卵子には何らかの活性化誘起処理が施される。そこで、ウサギROSI胚の個体発生に及ぼす卵子活性化処理の影響について検討した。まず、5μMイオノマイシンで5 分間の活性化誘起処理をROSI前後にそれぞれ1回ずつ計2回行った場合、ROSI前およびROSI後に1回だけ行った場合に比べ、24時間後の分割率は有意に高かった (55% vs. 29-39%).

しかしながら、これら分割卵子をレシピエントの卵管に移植しても産仔を得ることができなかった。次に、活性化誘起処理を5?20 μMイオノマイシンでROSI前、および5 μMイオノマイシンでROSI後の計2回に加え、5 mg/ml シクロヘキシミドと2 mM 6-ジメチルアミノプリン (CHX + DMAP) で1時間処理した場合、24時間後の分割率は10 μM および20 μMのイオノマイシン区で5 μMイオノマイシン処理区に比べ有意に高かった(82-91% vs. 53%)。これらROSI卵子の移植後の産仔率は5 μM、10 μMおよび20 μM区でそれぞれ、2% (2/84)、4% (5/132)および0% (0/119;着床痕1)だった。以上、ウサギROSI胚を産仔発生させるにあたり、ROSI前後にイオノマイシン処理とCHX + DMAP処理を併用することが有効だった。

7.2 行動様式解析室

行動様式解析室では、各種遺伝子改変マウスに対して網羅的行動テストバッテリーを行うことで精神疾患様行動を示すマウスを同定し、そのマウスの脳を解析することによって遺伝子と行動・精神疾患の関係、さらには精神疾患の中間表現系を明らかにすることを目指している。遺伝子改変マウスの行動レベルでの表現型を解析することにより、遺伝子と行動・精神疾患の関係、さらには精神疾患の中間表現系を明らかにしていくことを大きな目標としている。

2009年には4系統の遺伝子改変マウスに対して、網羅的行動テストバッテリーによる解析を行ったのに加え、16系統の遺伝子改変マウスについても複数の行動テストによる解析を行っている。このうち、2つの系統の結果については論文として出版された。以下にその内容を紹介する。

Tanaka H, Ma J, Tanaka K, Takao K, Komada M, Tanda, K, Suzukki A, Ishibashi T, Baba H, Isa T, Shigemoto R, Ono K, Miyakawa T, Ikenaka K (2009) Mice with altered myelin proteolipid protein gene expression display cognitive deficits accompanied by abnormal neuron-glia interactions and decreased conduction velocities. J Neurosci 29:8363-8371.

生理学研究所 池中一裕教授との共同研究で、脳の神経細胞ではないグリア細胞という神経細胞以外の細胞のわずかな異常が、神経の電気信号の伝わり方を遅くさせ、それが統合失調症で見られるような認知障害の原因になっているということを明らかにした。

Kaidanovich-Beilin O, Lipina TV, Takao K, Eede M, Hattori S, Lalibert C, Khan M, Okamoto K, Chambers JW, Fletcher PJ, MacAulay K, Doble BW, Henkelman M, Miyakawa T, Roder J, Woodgett JR (2009) Abnormalities in Brain Structure and Behavior in GSK-3α Mutant Mice. Molecular Brain 2:35.

カナダ マウントサイナイ病院・トロント大学James R Woodgett教授との共同研究で、グリコーゲン合成酵素キナーゼ3のサブユニットの1つGSK-3αを欠失したマウスでは脳の構造異常と共に活動量の低下や運動機能の低下をはじめとした精神疾患様の行動異常が見られ、GSK-3αの遺伝子が中枢神経系の機能や精神疾患の発症に関わっていることが示唆された。