8 脳機能計測・支援センター

8.1 形態情報解析室

形態情報解析室は。形態に関連する超高圧電子顕微鏡室(別棟)と組織培養標本室(本館2F)から構成される。

超高圧電子顕微鏡室では、これまで30年間教室を運営してきた有井達夫准教授が昨年度をもって定年退職したため、新しく着任した村田和義准教授がこれを引き継いだ。新体制では、これまで行われてきた超高圧電子顕微鏡の維持管理のために必要な基礎データの集積、共同利用実験を支援する各種装置の開発、ならびに3次元画像解析法の開発を引き続き進めることに加えて、生物学的な課題を設定し実験を行っている。

その一つは、筋肉の興奮収縮連関に関与するトライアドジャンクションの3次元構造解析である。これまでにこのT管膜にある電位依存性カルシウムチャネルの構造を電顕の単粒子解析の手法で明らかにした。現在はこれとカルシウムリリースチャネルが機械的に相互作用するトライアドジャンクション本体の構造解析をめざしている。現在、ウサギ骨格筋から構造を保ったトライアド膜の抽出に成功しており、今後はこのイメージをより高いコントラストで撮影することが課題である。この研究により、興奮収縮連関における構造的基盤が確立され、これをもとに創薬などの研究開発が進むと期待される。

2番目の課題は、超高圧電子顕微鏡による細胞一個丸ごとの構造解析である。このモデル試料として酵母を用い、酵母の三次元内部構造を1回のトモグラムデータから明らかにすることをめざす。本年度は、この下準備として酵母の培養系を立ち上げ、培養した酵母を一平面に並べて固定する方法を千葉大の山口正規准教授の指導を受けて確立した。そして、これより作製された電顕試料を超高圧電子顕微鏡で観察した。無染色の氷包埋試料では、十分なコントラストが得られず、内部の液包が確認できる程度であった。一方、急速凍結置換により樹脂に包埋した試料では、核をはじめミトコンドリアまで確認できた。今後さらに、像コントラストを上げること、細胞内部構造のセグメンテーション法を検討していく。この酵母でのデータの蓄積がその他の細胞の内部構造を3次元的に解析する時に応用できると期待される。

組織培養標本室では、古家園子助教が、小腸絨毛上皮下線維芽細胞における substance-P受容体(NK1受容体)の発現時期について形態的、生理的に検討を行った。小腸絨毛上皮下線維芽細胞は腸管絨毛におけるメカノセンサーの1つであり、substanse-P neuron(知覚神経)およびnon-substance-P neuronとシナプス様構造を形成する特殊な細胞である。この細胞におけるNK1受容体発現 の生理的意義を検討中である。

8.2 生体機能情報解析室

「意志システム」や「運動システム」の中枢神経機構を解明することを目指してサルの大脳皮質フィールド電位を研究しており、その一環として前頭葉シータ波活動についての解析を行った。ヒトの前頭葉周辺で観察されるシータ波はFrontal midline theta (Fmシータ)波と呼ばれ、「注意集中」を要求される状況下でしばしば観察される。その発生領域や発生メカニズムなどの生理学的な基盤の解明が望まれるところであるが、ヒトで侵襲的な実験を行うことは極めて困難である。この難点を克服するために、当研究室ではサルにおけるFmシータ波のモデルの作成を試みた。その結果、自発性運動課題を行うサルの前頭前野(9野)と前帯状野(32野)の大脳皮質フィールド電位に認められる特徴的なシータ波は、その周波数分布、空間分布、出現状況の類似性から、ヒトのFmシータ波に相同と考えて矛盾ないことを見出した(Tsujimoto et al. 2006)。しかしこの解釈が妥当であるかどうかは、さらに多くの状況で確認する必要がある。そのために別の運動課題(予告-命令刺激課題)においてサルのFmシータ波モデルの妥当性を検証した。この課題には、予告刺激に対する注意、運動の準備、時間測定、結果の評価など、色々な注意負荷因子が含まれている。実験の結果、これらの多種多様な原因による注意負荷の増減と9野と32野のシータ波の振幅の増減が相応していることを確認し、モデルが妥当で首尾一貫していることを実証できた(Tsujimoto et al. 2010)。サルのこの皮質領域は、以前に報告した「やる気」に相関して局所脳血流変化を示す大脳皮質領域(Tsujimoto et al. 2000)ともよく一致し、この皮質領域が「注意」や「意志」のシステムに関係していることを示唆する。現在はこのサルのモデルを用いて、シータ周波数領域での皮質間相互作用(皮質間結合の強度や情報の流れの方向性など)についての研究を進行中である。

8.3 多光子顕微鏡室

多光子顕微鏡室では、現在2台の正立顕微鏡と1台の倒立顕微鏡に多光子励起システムを組み込んだ下記を一括管理しており、所内外の共同研究を推進している。多光子励起顕微鏡を購入および購入を予定している大学や研究機関から、その管理・機器の選定における相談を年間10件以上受けた。また、2光子励起法の実際の生物応用に関して、来所を伴う相談も20件以上うけ、実際の実験を見学して頂くとともに、各研究目的に対して技術的なアドバイスを行っている。

2光子顕微鏡室として、今年度は脳内血管・血流のイメージングの技術確立を行い、大~小血管における血流の広範囲同時観察および血流定量的解析法による、血管作薬の評価法の隔確立を行った(Marumo et al. Br J Pharm 2010)。また、 昨年度末に正立顕微鏡に導入したツインレーザーシステムの調整・高度化を行った。これにより、2波長の励起光による組織内微細構造の観察が可能となった。さらに、観察と操作の同時試行を目指して、光感受性化合物の2光子励起による組織内でのピンポイント領域における活性化技術の構築をおこない、 現在caged glutamateなどの各種caged化合物の組織内での活性制御技術の構築を行っている。

問題点として、多光子励起法を用いたイメージングや操作の精度・効率の心臓部機器である4台の高出力フェムト秒パルスレーザーのなかで、初期に導入したものは5年を経過し、さらに、共同研究などによる使用時間が1万時間を超え、生物用同システムに組み込んだフェムト秒パルスレーザーとして世界も最も使用時間が長い。そのため、2ヶ月毎にレーザー内部の調整を試みているが次第に出力レーザーパワーが落ちてきている。近々、コア部品の取り替えなど大規模な修理等が必要になることが予想される。また、根本知巳前准教授の後任人事を行っている。

8.4 電子顕微鏡室

電子顕微鏡室は、生理学研究所と基礎生物学研究所の共通実験施設で、透過型および走査型電子顕微鏡、共焦点レーザー顕微鏡、生物試料作製機器、画像処理装置などが装備され、試料作製から観察、画像処理、作画までの一連の工程が一度に行えるようになっている。現在。明大寺分室には透過型電子顕微鏡が2台、走査型電子顕微鏡が1台、共焦点レーザー顕微鏡(正立)が1台ある。山手分室には透過型電子顕微鏡が7台(施設所有のものが2台)稼働しており、研究目的に応じて利用できるようになっている。

本施設は、両研究所の超微形態解析の中心として多くの研究者に利用され、脳科学をはじめとする最先端の研究成果を挙げている。以下に本年度における成果の一端を記す。

1) 電位依存性カルシウムチャネルの細胞膜上分布
Parajuli LK, Fukazawa Y, Watanabe M, Shigemoto R (2010) Subcellular distribution of α1G subunit of T-type calcium channel in the mouse dorsal lateral geniculate nucleus. J Comp Neurol. 518:4362-74.

神経細胞の興奮性は細胞膜上に発現している電位依存性カルシウムチャネルにより制御されている。この中でも周期的な神経細胞活動に関与することが知られるT型カルシウムチャネルα1Gサブユニットの外側膝状体細胞膜上の分布を凍結割断免疫標識法によって定量的に解析したところ、 α1Gは樹状突起細胞膜上に均一の密度で発現していた。これまで外側膝状体細胞の周期的活動には遠位樹状突起により多くのチャネルが発現していることが必要であると考えられていたが、今回の解析結果はこれまでの予想を覆すものであった。

2) 海馬錐体細胞のGABAA受容体分布
Kasugai Y, Swinny JD, Roberts JDB, Dalezios Y, Fukazawa Y, Sieghart W, Shigemoto R, Somogyi P (2010) Quantitative localisation of synaptic and extrasynaptic GABAA receptor subunits on hippocampal pyramidal cells by freeze-fracture replica immunolabelling. Eur J Neurosci 32:1868-88.

哺乳類の中枢神経系において、抑制性信号は主にGABAA受容体を介して行われる。凍結割断免疫標識法を利用し、海馬CA1領域の細胞体上に発現するGABAA受容体α1、α2、β3サブユニットの分布を定量的に解析したところ、シナプス内における各サブユニットの標識密度はシナプス外領域の約80倍であり、細胞体表面上の約40%がシナプスに集中していることが明らかとなった。またほとんどのシナプスにおいてこれらのサブユニットは共局在していることが示された。


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