7 行動・代謝分子解析センター

7.1 遺伝子改変動物作製室

遺伝子改変動物作製室では、ラットにおける遺伝子改変技術の革新、遺伝子改変マウスを用いた脳機能解析を推進すると同時に、これら発生工学技術の提供も行っている。さらに、遺伝子ターゲッティングによってノックアウトラットを作製することを目指している。これまでにトランスジェニック (Tg) 動物の作製効率改善やES細胞、精原細胞株の樹立を試みるとともに、核移植や顕微授精など、実験小動物における発生工学技術の高度化に取り組んできた。以下に2010年に発表した論文8編のうち代表的な1編を紹介する。

Hirabayashi M, Kato M, Kobayashi T, Sanb M, Yagi T, Hochi S, Nakauchi M (2010) Establishment of rat embryonic stem cell lines that can participate into germline chimerae at high efficiency. Mol Reprod Dev 77:94.
遺伝子ターゲッティングによるゲノム改変ラット個体の作製は脳神経系遺伝子を含む数万にも及ぶ遺伝子の役割を研究するために切望されているが、従来からのマウスでの手法をラットに適用してもES細胞株を樹立することは困難だった。しかし、3種類のインヒビターセットを添加した培養液を用いることによりラットES細胞株が樹立できると報告された(Cell 135; 2008)。本実験ではCAG/venusトランスジェニック (Tg) ラット由来の胚盤胞からES細胞株を樹立することを試みた。CAG/venus-Tgラット由来の4.5日目胚盤胞9個から酸性タイロード処理により透明帯を除去し、 FGFレセプターインヒビター、MEK活性化インヒビター、GSK3インヒビター、およびラットLIFを含むN2B27培地とともにマイトマイシン処理マウス繊維芽細胞上に播種した。7日後に増殖したICMを単離し、ガラスキャピラリーで数個の小塊にばらしてさらに7日間培養した。0.05%トリプシン処理を経て増殖コロニーを数回継代し、3ラインのアルカリフォスファターゼ陽性ES細胞株を樹立した。In vivoでの多分化能を調べるためF344/Jcl-rnu/rnuラットの皮下にES細胞2.5×105個を移植したところ、5週間後に肝・消化管 (内胚葉)、骨・軟骨・筋肉 (中胚葉)、神経組織・上皮 (外胚葉) を含むテラトーマの形成が確認できた。Crlj:WIおよびCrlj:WIとDA/SlcのF1由来の4.5日目胞胚腔内に継代6〜8代目のES細胞10個を顕微注入し、偽妊娠雌の子宮角に移植することによりキメラの作製を試みた。その結果, すべてのE15.5胎仔でvenus遺伝子の発現が確認でき (22/22; 100%), 出産産仔におけるキメラ率も極めて高かった (9/11〜17/17; 82〜100%)。これらの2ラインのES細胞由来のキメラ個体は、後代検定により生殖系列に寄与することを確認した。

7.2 行動様式解析室

行動様式解析室では、各種遺伝子改変マウスに対して網羅的行動テストバッテリーを行うことで精神疾患様行動を示すマウスを同定し、そのマウスの脳を解析することによって遺伝子と行動・精神疾患の関係、さらには精神疾患の中間表現系を明らかにすることを目指している。遺伝子改変マウスの行動レベルでの表現型を解析することにより、遺伝子と行動・精神疾患の関係、さらには精神疾患の中間表現系を明らかにしていくことを大きな目標としている。

2010年には8系統の遺伝子改変マウスに対して、網羅的行動テストバッテリーによる解析を行ったのに加え、13系統の遺伝子改変マウスについても複数の行動テストによる解析を行っている。個別の遺伝子改変マウスについての行動解析のほか、これまでに遺伝子改変マウス等の表現型解析を行う際にコントロールマウスとして使われた2,000匹以上におよぶ野生型マウスの行動データを解析することで得られた結果についても論文に発表した。以下にその内容を紹介する。

Matsuo N, Takao K, Nakanishi K, Yamasaki N, Tanda K, Miyakawa T (2010) Behavioral profiles of three C57BL/6 substrains. Front Behav Neurosci 4:29.
遺伝子改変マウスのバックグラウンド系統としてよく使われるC57BL6の3種類の亜系統C57BL/6J、C57BL/6Nそして C57BL/6Cについて行動特性を比較した。 実験条件を厳しく統制した通常のスケールでの行動解析に加え、各種遺伝子改変マウスの行動解析で用いられた野生型のコントロールマウスのデータをまとめて再解析することでこれらの3つの亜系統のマウスがどのような行動特性の違いがあるかを検討した。活動性や運動能力、不安様行動、プレパルス抑制、うつ様行動、作業記憶などで亜系統間に有意な違いが認められた。亜系統間の遺伝的な違いはごくわずかであるが、その違いが行動特性に大きく影響することが明らかとなった。

7.3 代謝生理解析室

今年度より新たに発足した代謝生理解析室では、遺伝子改変動物及び様々な病態生理学的状況に置ける実験動物の代謝、神経活動を、in vivo において解析し、標的遺伝子、タンパク質の機能を明らかにすることを目的とする。同室では、遺伝子改変動物作製室あるいは各研究者が作成、保有する遺伝子改変動物などを用いて以下の項目を計測する。

  1. 運動系を中心とした覚醒下での単一ニューロン活動などの神経活動の計測
  2. 自由行動下における脳内特定部位での神経伝達物質の分泌計測
  3. フラビン及びヘモグロビン由来の内因性シグナルを利用した脳領域活動と膜電位感受性色素を用いた回路活動のイメージング
  4. 自由行動下における摂食,エネルギー消費の計測
  5. 自由行動下における体温,脈拍数,血圧の計測
  6. 自由行動下における脳波測定

これらの解析については、計画共同研究「マウス・ラットの代謝生理機能解析」として平成23年度より公募を開始する。当面、マウスを中心に解析を行う予定である。


Copyright (C) 2010 NIPS