生理学研究所年報 第26巻
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1.糖鎖病態研究会

2004年7月8日−7月9日
代表・世話人:等 誠司(自然科学研究機構・生理学研究所)
所内対応者:等 誠司(自然科学研究機構・生理学研究所)

(1)
サポシンD変異マウスの作成とその表現型の解析: サポシンD欠損マウスは腎および小脳にセラミド(HFA/d18:1)が蓄積し,腎尿細管変性と小脳プルキンエ細胞特異的な神経細胞死を呈する
松田純子1),木戸真希子1),冨永久美子1),山崎明子1)
有冨桂子2),石塚稲夫2),鈴木邦彦3),黒田泰弘1)
1)徳島大学医学部発生発達医学講座小児医学分野,2)帝京大学生化学,
3)東海大学未来科学技術共同研究センター・糖鎖工学研究施設)

(2)
小脳性運動障害マウスの中枢神経組織における糖鎖構造の変化
中北愼一1,2,長束俊治1,岡本潤1,池中一裕3,長谷純宏1
1大阪大学・大学院理学研究科・化学専攻,
2香川大学総合生命科学実験センター・糖鎖機能解析研究部門,
3自然科学研究機構・生理学研究所・分子神経生理研究部門)

(3)
脳特異膜貫通型パートタイムプロテオグリカンNGCの構造・発現様式・機能
大平敦彦1,2,周尾卓也1,2,時田義人1,中西圭子1,青野幸子1
1愛知県心身障害コロニー・発達障害研究所・周生期学部,
2名古屋大学大学院・医学系研究科・神経生化学)

(4)
Guillain-Barré症候群と抗糖脂質抗体:診断的および病因的意義について
楠 進,森田大児,平川美菜子(近畿大学医学部神経内科)

(5)
糖鎖修飾異常による先天性筋ジストロフィー
遠藤玉夫((財)東京都高齢者研究・福祉振興財団・
東京都老人総合研究所・糖蛋白質研究グループ)

(6)
造血細胞とラクトサミン糖鎖生物学
中村 充(産業技術総合研究所・糖鎖工学研究センター・細胞制御解析チーム)

(7)
インフルエンザの糖鎖生物学
鈴木康夫(静岡県立大学薬学部生化学教室)
(8)
感染及び免疫をモジュレートするGPIアンカーグリカン
山下克子(佐々木研究所・生化学部)

(9)
構造・比較・機能グライコプロテオミクスのための装置およびシステム開発
平林 淳(産業技術総合研究所・糖鎖構造解析チーム
(併)香川大学総合生命科学実験センター・糖鎖機能解析 研究部門)

(10)
2次元HPLCおよびcDNAマクロアレイを用いたglyco-genomics解析と応用
池中一裕(自然科学研究機構・生理学研究所・分子神経生理研究部門)

(11)
糖鎖の硫酸化によるがん転移の制御を目指して
本家孝一,池田直樹(高知大学医学部遺伝子病態制御学教室)

(12)
がん細胞における異常糖鎖の出現の機構
神奈木玲児(愛知県がんセンター研究所・分子病態)

(13)
スフィンゴ糖脂質代謝酵素のノックダウンによって観察されるゼブラフイッシュ初期発生系の異常
伊東 信(九州大学大学院 農学研究院 生物機能科学部門)

(14)
GAG合成に関わる糖ヌクレオチド輸送体
西原祥子,神山伸,須田健(創価大学,工学部,生命情報工学科)

(15)
ヒトのLacdiNAc合成酵素,β1,4GalNAc-T3,-T4のクローニングと機能解析
佐藤 隆, 後藤雅式,清原克恵,成松 久 (産業技術総合研究所・
糖鎖工学研究センター・糖鎖遺伝子機能解析チーム)

(16)
コア3合成酵素のクローニングと機能解析
岩井俊恵1,工藤崇1,2,川本理沙1,久保田智巳1,栂谷内晶1,2,川本徹3,成松久1
1産総研・糖鎖工学研究セ・糖鎖遺伝子機能解析チーム,
2NEDO,3筑波大学臨床医学系消化器外科)

【参加者名】
辻 崇一(お茶の水女子大学 糖鎖科学研究教育センター),鈴木邦彦(東海大学 未来科学技術共同研究センター),長谷純宏,長束俊治,石水 毅,青木孝文,伊東伸子,藤原由加里,橋本周子(大阪大学大学院理学研究科),中村 充,平松 淳,岩井俊恵,佐藤 隆,藤井 崇,成松由規,佐藤麻衣子(産業技術総合研究所 糖鎖工学研究センター),山下克子(佐々木研究所生化学部),神奈木玲児(愛知県がんセンター研究所),楠 進,高田和男(近畿大学医学部神経内科),森田大児,平川美菜子(東京大学大学院医学系研究科),本家孝一(高知医科大学),西原祥子,神山 伸(創価大学工学部),大平敦彦(愛知県コロニー発達障害研究所),鈴木康夫,青木千恵(静岡県立大学薬学部),遠藤玉夫(東京都老人総合研究所),伊東 信(九州大学大学院 農学研究院),松田純子(徳島大学医学部),梶本哲也(京都薬科大学),中北慎一(香川大学総合生命科学実験センター),田辺和弘(三菱化学科学技術研究センター),西巻拓也,和気弘明,溝口義人,渡部美穂,鳥居知宏,東 幹人,石井章寛,田中謙二,小野 勝彦,池中一裕,等 誠司(生理研)


【概要】
 ゲノミクス・プロテオミクスに続いて,グライコノミクスの時代と言われている。複合糖質の糖鎖発現は,一連の糖鎖関連遺伝子発現および糖鎖生合成/分解酵素の発現分布に左右されるため,その研究は困難な点を多く抱えている。しかし,本邦の研究者が中心になって糖鎖関連遺伝子のクローニングが進められた結果,糖鎖発現やその調節機構を遺伝子発現によって理解することができるようになった。さらに,遺伝子発現を調節することによって糖鎖の発現調節も可能になり,糖鎖の生物学的意義が次々に解明されている。実際,複合糖質の糖鎖が生命現象や病態に関与していることを示す知見は多い。例えば今回の研究会でも,神経筋疾患や感染症などヒトの病気に密接に関係する糖鎖の機能や病態が示され,また糖鎖関連遺伝子の改変マウスで観察される病態が発表された。正常発生にも糖鎖の働きが必須であることは今や自明のことであり,マウス・ショウジョウバエ・ゼブラフィッシュなどのモデル動物を駆使した糖鎖研究が盛んになってきている。一方でこのような研究が進むにつれ,糖鎖に関する情報量は膨大なものになってきている。ハイスループットな糖鎖(発現)解析の手法が待望され,それらの結果を理解するためのバイオインフォマティックスも含む最適な方法の研究開発が進められている。糖鎖生物学の全体像を把握することが益々困難なものになってきている中で,本研究会は,糖鎖関連遺伝子のクローニングから糖鎖の微量解析まで,各方面の専門家が一堂に会して活発な議論と情報交換をする場となっている。今回も,第一線で活躍している研究者・医師が最新の知見を発表すると同時に,その手法が抱える問題点までをも呈示して解決法を探る貴重な会であった。

 

(1) サポシンD変異マウスの作成とその表現型の解析: サポシンD欠損マウスは腎および小脳にセラミド(HFA/d18:1) が蓄積し,腎尿細管変性と小脳プルキンエ細胞特異的な神経細胞死を呈する

松田純子1),木戸真希子1),冨永久美子1),山崎明子1)
有冨桂子2),石塚稲夫2),鈴木邦彦3),黒田泰弘1)
1)徳島大学医学部発生発達医学講座小児医学分野,2)帝京大学生化学,
3)東海大学未来科学技術共同研究センター・糖鎖工学研究施設)

 スフィンゴ脂質活性化タンパク質(サポシンA,B,C,D)は共通の前駆体プロサポシンから誘導される相同性の糖タンパク質で,多くの疎水性スフィンゴ脂質のリソゾームにおける分解に必須である。サポシンDはin vitroで酸性セラミダーゼの活性化タンパク質であるという報告があるが,ヒトでの特異的欠損症の報告はなく,その生体内での機能は不明である。今回我々はサポシンD特異的欠損マウス (Sap-D-/-) を作成し,その表現系を解析した。Sap-D-/-は生後2ヶ月ごろより多尿,生後4ヶ月ごろより運動失調を呈し,病理学的には,腎臓では腎尿細管変性,中枢神経系では,小脳プルキンエ細胞の選択的脱落が特徴的であった。生化学的には,腎臓と脳(特に小脳)において脂肪酸に水酸基のついたセラミド(HFA/d18:1)の蓄積が認められた。以上より,サポシンDは生体内でも酸性セラミダーゼの活性化に関与していること,生体内におけるHFAセラミドと細胞死の関連が示唆された。

 

(2) 小脳性運動障害マウスの中枢神経組織における糖鎖構造の変化

中北愼一1,2,長束俊治1,岡本潤1,池中一裕3,長谷純宏1
1大阪大学・大学院理学研究科・化学専攻
2現・香川大学総合生命科学実験センター・糖鎖機能解析研究部門
3自然科学研究機構・生理学研究所・分子神経生理研究部門)

【目的】小脳性運動障害マウスの大脳および小脳に発現している糖鎖と正常なマウスに発現している糖鎖との相違点について,ピリジルアミノ化法を用いてその糖鎖構造 と発現量について調べた。

【方法および結果】3週齢のICRマウス(wild type)と3種類の小脳性運動障害マウス(jimpy, staggerer, shiverer)から大脳および小脳を摘出し,それぞれを凍結乾燥した。この凍結乾燥粉末を100℃で10時間ヒドラジン分解を行い,糖鎖を切り出した。再N-アセチル化後,ピリジルアミノ化法により蛍光標識し,ピリジルアミノ化糖鎖を得た。得られたピリジルアミノ化糖鎖を陰イオン交換HPLCによって中性糖画分と酸性糖画分に分離した。酸性糖鎖画分はシアリダーゼ消化後,再度陰イオン交換HPLCで分離することでアシアロ糖画分を得た。小脳性運動障害マウスにおいて,糖鎖の発現量および構造変化は主にコンプレックス型糖鎖で見られた。

 

(3) 脳特異膜貫通型パートタイムプロテオグリカンNGCの構造・発現様式・機能

大平敦彦1,2,周尾卓也1,2,時田義人1,中西圭子1,青野幸子1
1愛知県心身障害コロニー・発達障害研究所・周生期学部,
2名古屋大学大学院・医学系研究科・神経生化学)

 プロテオグリカンは脳における主要な細胞表面複合糖質であり,近年,脳の発達や損傷修復に関与する分子として注目されている。私達は,脳神経回路の形成機構を研究している過程で,新規な膜貫通型コンドロイチン硫酸プロテオグリカンを発見し,ニューログリカンC (NGC)と名付けた。NGCは,中枢神経特異的に発現しており,細胞外領域に酸性アミノ酸のクラスターと1個のEGF様ドメインを持つ。また,1本のコンドロイチン硫酸糖鎖を共有結合している。興味深いことに,小脳と網膜においては,発達に伴い,プロテオグリカン型からコンドロイチン硫酸糖鎖を持たない非プロテオグリカン型へと構造が変化する。NGCの細胞外領域には神経突起伸長を促進する活性があることもわかった。遺伝子改変により作製したNGC発現低下マウスには行動異常が認められたことから,NGCは脳の機能制御に関わる分子であることが示唆された。

 

(4) Guillain-Barré症候群と抗糖脂質抗体:診断的および病因的意義について

楠 進,森田大児,平川美菜子(近畿大学医学部神経内科)

 Guillain-Barré症候群(GBS)は,急性の運動麻痺をきたす末梢神経障害であり,感染が先行することが多く,急性期を過ぎれば回復に向かう単相性の疾患である。しかし症状のピーク時には寝たきりとなったり,呼吸筋麻痺をきたしてレスピレータ管理が必要になる例もある。治療として,急性期の血漿交換と免疫グロブリン大量静注 (IVIg) が有効であるが,早期診断・早期治療開始がきわめて重要である。近年GBSの急性期に高率(約60%)に抗糖脂質抗体が上昇することがわかり,補助診断マーカーとして用いられている。抗体産生の機序として,先行感染因子のもつ糖鎖に対する免疫反応が考えられている。ある種の抗体は,対応する抗原糖脂質の局在部位に特異的に結合して臨床病型を規定する。今後さらに未同定の抗原に対する抗体が見出されると予想される。

 

(5) 糖鎖修飾異常による先天性筋ジストロフィー

遠藤玉夫
(財団法人東京都高齢者研究・福祉振興財団 東京都老人総合研究所 
糖蛋白質研究グループ)

 最近特定の糖蛋白質,α-ジストログリカンのO-Man型糖鎖異常が,ある種の先天性筋ジストロフィーの原因であることが分かったので紹介したい。

 我々は,これまでにO-Man型糖鎖の合成に関わるprotein O-mannose β1,2 N-acetylglucosaminyltransferase (POMGnT1)の遺伝子が,先天性の筋ジストロフィーに眼奇形,神経細胞移動障害を伴う常染色体劣性遺伝病であるmuscle-eye-brain (MEB) 病の原因遺伝子であることを明らかにした。一方,MEBと類似の病態を示すWalker-Warburg syndrome (WWS)の原因遺伝子POMT1 (protein O-mannosyltransferase 1)は,酵母のO-Man転移酵素に相同性があることから糖転移酵素であろうと予想されていたが,詳細は不明であった。最近我々は,POMT1及びもう一つのホモローグPOMT2はO-Man転移酵素であり,活性発現にPOMT1-POMT2複合体形成が必要であることを示した。

 以上より,WWSとMEBはO-Man型糖鎖不全であり,神経細胞移動障害を伴う筋ジストロフィーの発症機序にO-Man型糖鎖が深く関わると考えられる。

 

(6) 造血細胞とラクトサミン糖鎖生物学

中村 充(産業技術総合研究所・糖鎖工学研究センター・細胞制御解析チーム)

 ヒト造血細胞では,2型のラクトサミン(繰り返し)構造が発現している。本構造は,糖タンパク質糖鎖・糖脂質糖鎖の骨格構造として生合成され,末端がルイスX・シアリルルイスX・硫酸基など,機能性糖鎖構造で修飾されている。本骨格構造は分岐しやすく,末端機能性糖鎖構造が多価性(ポリバレンシー)を示す。分岐することによって,対応する受容体との結合力が増している。今回は,ラクトサミンに関する我々の最近のトピックを紹介したい。

 

(7) インフルエンザの糖鎖生物学

鈴木康夫(静岡県立大学薬学部)

 インフルエンザは地球上に広く分布する人獣共通感染症であり,病原体であるインフルエンザウイルスの自然宿主はカモなどの野生水トリである。カモにはインフルエンザウイルスへマグルチニン亜型(H1〜H15)およびノイラミニダーゼ亜型(N1〜N9)が全て貯留されており,カモのウイルスは,自然界で偶発的に他の動物に入り込む。今までヒトの間で世界的大流行を起こしたインフルエンザウイルスは,ヒトと他の動物インフルエンザウイルスとの遺伝子再集合体であり,ウイルスに大きな抗原変異がもたらされている。また,ウイルスは遺伝子点変異も常に起こしており,ウイルスが宿主細胞内で増殖すると同時に新しい変異ウイルスが生まれてしまう仕組みがある。私達は,ウイルスの変異や宿主の壁を越える機構が,シアル酸を含む糖鎖と深く関わることを見出して来た。今回,インフルエンザの流行やウイルスの宿主間伝播と糖鎖生物学との深い関わりを述べる。

 

(8) 感染及び免疫をモジュレートするGPIアンカーグリカン

山下克子(佐々木研究所)

 グリコシルホスファチジルイノシトール (GPI) アンカーのグリカンはEtNH-PO3-→6Manα1→2Manα1→6Manα1→4GlcN-Inositol-PO3-を基本骨格として生物界に広く存在することが知られている。我々は最近,ヒト胎盤アルカリホスファターゼのGPIアンカーグリカンの2番目のマンノースにGlcNAcβ1→PO3-残基が結合していることを見出した。このGPIアンカーの側鎖は少なくとも哺乳動物に共通して存在し,ある種の細菌感染のトリガーとなっていることを明らかにした。また,一連のサイトカインの中で,TNF-α及びIL-18がGPIアンカーのグリカン鎖を認識し,生理活性をモジュレートしていることを紹介する。

 

(9) 構造・比較・機能グライコプロテオミクスのための
装置およびシステム開発

平林 淳
(産業技術総合研究所・糖鎖構造解析チーム(併)香川大学総合生命科学実験センター・糖鎖機能解析研究部門)

 構造グライコミクスはタンパク質の翻訳後修飾として起こる糖鎖修飾に関し基盤的情報を提供する。すなわち,グライコプロテオミクスのための装置,およびシステム開発によって,ゲノム上にコードされるどの遺伝子の産物が(ゲノム情報),そのアミノ酸配列のどの位置に(位置情報),どのような糖鎖修飾が施されるのかを(構造情報)精密かつ,ハイスループットに決定することが可能に成りつつある。また,糖鎖構造を高速,高感度に同定,ないしプロファイリングするための方策として,物理 (MS),化学 (LC),ないし生化学的手法(レクチン親和力)を選択できる。これらの手法は相補的であるため,互いを効率よく組み合わせることが得策である。糖鎖機能を網羅的に解明する機能グライコミクスの本格稼動を睨み,構造,および比較グライコミクスについて述べる。

 

(10) 2次元HPLCおよびcDNAマクロアレイを用いたglyco-genomics解析と応用

池中 一裕,石井 章寛,等 誠司
(自然科学研究機構・生理学研究所・分子神経生理研究部門)

 これまでの糖鎖研究は主に生化学および細胞生物学手法を用いて行われ,遺伝子のクローニングによって発現臓器,基質特異性などが,2次元HPLCを用いて各種臓器,糖タンパク質上の糖鎖構造解析が行われてきた。この結果,糖鎖が(1)細胞間相互作用や外来性刺激の認識分子として機能する事,(2)個体の発生・分化,組織形成とその維持などに必要である事,(3)N-結合型糖鎖の発現は個体差なく空間的,時間的に非常に厳密に保たれている事などが明らかとなった。しかしながら,その制御機構,生理学的意義については解明されてない。当研究室では糖鎖発現制御機構を解明するために2次元HPLCシステムを用いた糖鎖構造解析系ならびにcDNAマクロアレイを用いた糖鎖修飾関連遺伝子の網羅的解析系を確立した。これらの解析系を用いる事で,糖鎖生合成系の酵素遺伝子の発現および発現糖鎖にいくつかの相関関係がある事を見出した。例えば,Glucosidase I, II, ER-mannosidaseおよびGoldi-mannosidase IBといった生合成経路の一連の酵素は同様の発現制御を受けている事が明らかとなった。現在,我々は種々の検体の糖鎖発現解析ならびに糖鎖修飾関連遺伝子の発現解析を行っており,本研究会にて紹介したい。

 

(11) 糖鎖の硫酸化によるがん転移の制御を目指して

本家 孝一,池田 直樹
(高知大学医学部遺伝子病態制御学教室)

 がんの血行性転移の最初のステップであるがん細胞の接着には,血管内皮細胞上に発現するE-セレクチンとがん細胞上の糖鎖リガンドとの結合が重大な役割を果たす。この糖鎖リガンドとして,シアリルルイスa(CA19-9抗原,sLea)とシアリルルイスx (sLex)が知られている。一方,ガラクトースの3位にシアル酸の代わりに硫酸基のついた3'-sulfoLeaや3'-sulfoLexが正常の大腸組織や肺組織に存在する。シアリルルイス抗原とスルホルイス抗原を合成するシアル酸転移酵素と硫酸転移酵素が競合し,がん化によって相対的な硫酸転移酵素の勢力が弱まることによって,シアリルルイス抗原ができるようになると想像させる。我々は,シアリルルイス抗原を高発現しているがん細胞に,硫酸転移酵素GP3STの遺伝子を導入することにより,がん細胞表面の糖鎖構造を正常化させ,がん転移を制御することを目指している。

 

(12) がん細胞における異常糖鎖の出現の機構

神奈木玲児(愛知県がんセンター研究所・分子病態)

 細胞が悪性化するとさまざまな糖鎖異常が出現することは古くから知られている。悪性細胞に出現する異常糖鎖に機能上の病理的意義があるのかどうか,また,悪性細胞にどのような機構で糖鎖異常がもたらされるのか,が解明されるべき問題点である。悪性細胞の異常糖鎖の機能としては,細胞接着活性を持ち血行性転移に関与する,という一応の解答が出てきている。また最近では,腫瘍巣の血管形成への関与や,免疫監視における機能も指摘され始めている。一方,悪性細胞に糖鎖異常をもたらすメカニズムについてはまだわからないことが多い。細胞の悪性化に伴う糖鎖変化の機構として古くから「糖鎖不全現象 incompletesynthesis」と「新規糖鎖の合成誘導 neo-synthesis」という二つのメカニズムが知られている。この糖鎖病態研究会の開かれる機会に,箱守博士らによって提唱されたこの古典的なコンセプトのもつ今日的な意味について考えてみたい。

 

(13) スフィンゴ糖脂質代謝酵素のノックダウンによって観察されるゼブラフイッシュ初期発生系の異常

伊東 信(九州大学大学院 農学研究院 生物機能科学部門)

 スフィンゴ糖脂質は,ゴルジ装置において脂質アンカーであるセラミドに単糖が順次転移することで合成された後,主として形質膜に輸送され,最終的にはリソソームに運ばれてエキソグリコシダーゼおよびセラミダーゼにより分解される。形質膜では,コレステロール依存的あるいは非依存的にミクロドメイン (Raft, DIM, DIG, GEM)を形成し,細胞間,細胞内シグナルの伝達,調節に重要な役割を果たしている。スフィンゴ糖脂質の分解・合成の異常は,生物学的にも重大な機能異常を惹起すると考えられ,実際に幾つかの遺伝的代謝疾患が知られている。今回,スフィンゴ糖脂質の合成,分解酵素を特異的にノックダウンした時のゼブラフイッシュ初期発生の異常について報告する。

 

(14) GAG合成に関わる糖ヌクレオチド輸送体

西原祥子,神山伸,須田健(創価大学,工学部,生命情報工学科)

 合成されたタンパク質はゴルジ装置で,様々な糖転移酵素による糖鎖修飾を受ける。プロテオグリカンも例外ではなく,ゴルジ装置で,グリココサミノグリカン鎖が付加される。しかし,糖転移酵素の基質となる多くの糖ヌクレオチドや硫酸転移酵素の基質であるPAPSは細胞質で合成され,それらが,糖鎖付加の場であるゴルジ装置内腔に供給されるためには,糖ヌクレオチド輸送体が必要となる。これらも,また,糖鎖合成を制御していると考えられる。

 我々は,GAG付加の各々のステップに関与する2種の輸送体を同定した。一つは,ショウジョウバエfrcのヒトホモログとして同定したhfrc1であり,UDP-GlcNAc輸送活性を示し,ヘパラン硫酸鎖伸長へ関与が認められた。他は,硫酸転移酵素の基質であるPAPSの輸送活性を示し,PAPS輸送体と同定された。これらの2種の輸送体について,病態と関連する可能性をも含めて議論する。

 

(15) ヒトのLacdiNAc合成酵素,β1,4GalNAc-T3,-T4のクローニングと機能解析

佐藤 隆, 後藤雅式,清原克恵,成松 久
(産業技術総合研究所・糖鎖工学研究センター・糖鎖遺伝子機能解析チーム)

 LacdiNAc構造 (GalNAcβ1,4GlcNAc-) は黄体形成ホルモン (LH) や甲状腺刺激ホルモン (TSH)などの糖タンパク質ホルモンのN-結合型糖鎖に特異的に報告されている糖鎖構造であり,ホルモンの代謝において重要な役割を果たしている。

 我々はβ1,4-結合モチーフをクエリー配列にデータベースを検索し,LacdiNAc構造を合成する2つの糖転移酵素を見いだした。これらの酵素は,それぞれ999アミノ酸,1039アミノ酸から構成されていたが,コンドロイチン硫酸合成酵素のように複数の糖転移酵素ドメインを持ってはいなかった。糖転移酵素の触媒部位と予想されるのはC末端側3分の1の領域で,β1,4-結合モチーフとDXDと同じ機能を持つと予想されるDLHモチーフが存在したが,N末端側3分の1の領域は既知のあらゆるアミノ酸配列と相同性を示さなかった。

 これらのリコンビナント酵素をHEK293細胞で発現させ,基質特異性を解析した結果,ともにβ1,4結合でGalNAcを転移し,GalNAcβ1,4GlcNAc-構造を合成する酵素であることがわかった。さらに様々な基質に関して活性を検討したところ,2本鎖のN-結合型糖鎖やCore 3やCore 6などのO-結合型糖鎖も基質とした。これらの酵素は発現組織が大きく異なり,β4GalNAc-T3は胃や大腸で遺伝子発現が見られたのに対し,β4GalNAc-T4は脳や卵巣で高い発現が見られた。このことからLHやTSHに報告されているLacdiNAc構造はβ4GalNAc-T4が作っている可能性が考えられた。

 

(16) コア3合成酵素のクローニングと機能解析

岩井俊恵1,工藤崇1,2,川本理沙1,久保田智巳1,栂谷内晶1,2,川本徹3,成松久1
1産総研・糖鎖工学研究セ・糖鎖遺伝子機能解析チーム,
2NEDO,3筑波大学臨床医学系消化器外科)

 UDP-N-acetylglucosamine:GalNAc-peptide β1,3-N-acetylglucosaminyltransferase (β3Gn-T)によって合成されるO-グリカンのcore 3構造 (GlcNAcβ1-3GalNAcα1-serine/threonine) は,ムチン生合成において重要な前駆物質である。我々がクローニングしたβ3Gn-T6は,その基質特異性,反応生成物の結合様式,組織発現分布から,core 3 合成酵素であると結論した。次いで,抗β3Gn-T6モノクローナル抗体 (G8-144 Mab) を作製し,胃腸におけるβ3Gn-T6 の発現を免疫組織染色法により調べたところ,正常組織においてβ3Gn-T6は上皮細胞のゴルジ領域に強い染色が見られたが,癌組織での発現は顕著に低下していた。さらに家族性大腸ポリポーシス (FAP) における発現解析の結果,β3Gn-T6が良性と悪性の境界病変を識別するマーカーとなりうる可能性が示された。また,Caco-2細胞の分化誘導時におけるβ3Gn-T6の発現量を調べた結果,β3Gn-T6の発現は分化・脱分化の過程で厳密に調節されていることが示唆された。今後は,core 3構造をキャリアーする蛋白の同定および糖タンパク質としての機能解析が課題である。本研究は,経済産業省の産業科学技術研究開発制度の一環として,新エネルギー・産業技術総合開発機構より委託を受けて実施したものである。

 


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