生理学研究所年報 第26巻
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2.細胞内シグナル伝達機構の多角的・包括的理解

2004年10月7日−10月8日
代表・世話人:宮脇 敦史(理化学研究所脳科学総合研究センター)
所内対応者:河西 春郎(生体膜部門)

(1)
Bリンパ球におけるRas-Erk活性化メカニズム
黒崎 知博(理化学研究所・免疫・アレルギー科学総合研究センター)
(2)
nNOS-GFP transgenicマウスの作製による腎マクラデンサ細胞機能の研究
安岡 有紀子,鈴木 喜郎,河原 克雅(北里大学医学部)
(3)
生きている細胞内の1分子イメージングと分子定量解析
徳永 万喜洋(理化学研究所・免疫・アレルギー科学総合研究センター)
(4)
2光子グルタミン酸法を用いた単一巣パインカルシウムシグナルのスパイン形態依存性の解析
野口 潤,松崎 政紀,河西 春郎(生理学研究所)
(5)
一酸化窒素(NO)シグナルによる神経活動でコーディングとシナプス可塑性:NO可視化を用いたアプローチ
柿澤 昌,並木 繁行,廣瀬 謙造,飯野 正光(東京大学大学院医学系研究科・細胞分子薬理)
(6)
神経ステロイドによるシナプス可塑性の誘導:膜電位イメージングによる解析
曽我部 正博,陳 玲(名古屋大学大学院医学系研究科)
(7)
破骨細胞プロトンシグナルの電位依存性調節機構
久野 みゆき,酒井 啓,川脇 順子,森 啓之,森畑 宏一,翁 昌子
(8)
心筋細胞における生理的な3量体G蛋白質サイクルモデルの構築
〜 G蛋白質制御カリウムチャネルの電流特性より〜
石井 優,鈴木 慎悟,倉智 嘉久(大阪大学大学院医学系研究科)
(9)
小脳登上線維‐プルキンエ細胞シナプスの生後発達における電位依存性カルシウムチャネルの役割
橋本 浩一,狩野 方伸(金沢大学大学院医学系研究科)
(10)
TRPM2チャネルによるシグナル・生理応答制御
原 雄二,山本 伸一郎,片野 正展,木内 祐二,清水 俊一,森 泰生
(京都大学大学院工学研究科)
(11)
マクロファージに発現するTRPV2チャネル
長澤 雅裕,小島 至(群馬大学生体調節研究所)
(12)
in vivo血小板活性化機構のリアルタイム解析
最上 秀夫,林 忠毅,村上 祐介,浦野 哲盟(浜松医科大学)
(13)
DGKとPKCの分子機能協関の解析
齋藤 尚亮,白井 康仁,山口 泰人,松原 岳大
(神戸大学バイオシグナル研究センター)
(14)
PLCzeta とCa2+ オシレーション
宮崎 俊一,河内 全,尾田 正二,依田 綾子,白川 英樹,淡路 健雄
(東京女子医科大学)
(15)
Calyx of Heldにおけるシナプス小胞エンドサイトーシスの分子機構
山下 貴之,髭 俊秀,高橋 智幸(東京大学大学院医学系研究科)
(16)
細胞内シグナル伝達機構の多角的・包括的理解
宮脇 敦史(理化学研究所脳科学総合研究センター)

【参加者名】
黒崎 知博(理研・免疫アレルギー科学総合研究センター),宮崎 俊一(東京女子医大),伊藤 昌彦(東京女子医大),小島 至(群大生体調節研究所),長澤 雅裕(群大生体調節研究所),最上 秀夫(浜松医大),鈴木 優子(浜松医大),斎藤 尚亮(神大バイオシグナル研究センター),足立 直子(神大自然科学研究科),筧 朋子(神大自然科学研究科),河原 克雅(北里大・医),安岡 有紀子(北里大・医),久野 みゆき(市大大院医学研究科),飯野 正光(東大大院医学系研究科),柿澤 昌(東大大院医学系研究科),林 健二(東大大院医学系研究科),高橋 智幸(東大大院医学系研究科),髭 俊秀(京大大院理学研究科)齋藤 直人(東大大院医学系研究科),堀 哲也(東大大院医学系研究科),山下 貴之(東大大院医学系研究科)渡邉 博康(東大大院医学系研究科),倉智 嘉久(阪大大院医学系研究科),石井 優(阪大大院医学系研究科),曽我部 正博(名大大院医学研究科),狩野 方伸(金沢大大院医学系研究科),橋本 浩一(金沢大大院医学系研究科),原 雄二(京大大院工学研究科),清中 茂樹(京大大院工学研究科),三木 崇史(京大大院工学研究科),片野 正展(京大大院工学研究科),加藤 賢太(京大大院工学研究科),徳永 万喜洋(理研・免疫アレルギー総合研究センター),廣島 通夫(理研・免疫アレルギー総合研究センター),吉田 希美枝(理研・免疫アレルギー総合研究センター),宮脇 敦史(理研脳科学総合研究センター),水野 秀昭(理研脳科学総合研究センター),永井 健治(理研脳科学総合研究センター),宮内 崇之(理研脳科学総合研究センター),河西 春郎(生理研),岸本 拓哉(生理研),根本 知己(生理研),高橋 倫子(生理研),松崎 政紀(生理研),兒島 辰哉(生理研),木瀬 環(生理研),安松 信明(生理研),本蔵 直樹(生理研),畠山 裕康(生理研),野口 潤(生理研),緒方 衝(生理研),東島 眞一(統合バイオ),山田 早織(東京薬科大),梶谷 仁志(東京薬科大),加勢 大輔(生理研),川口 泰雄(生理研),山下 晶子(日大),一戸 紀孝(理研),宮田 麻理子(生理研),富永 真琴(生理研),富樫 和也(生理研),西野 敦雄(生理研),前島 隆司(生理研)

【概要】
 細胞内では,外界刺激を受けて,様々のカスケード反応が起こり,細胞の分化,移動,分裂などの現象が実現される。こうした細胞内シグナル伝達系を多角的かつ包括的に理解するためには,ここに空間と時間軸を導入しなければならない。各事象が空間的,時間的に巧妙に制御されているからである。また,生化学,遺伝子,バイオイメージングなどの技術を総動員し,さまざまな分野にまたがる知識をもとに議論することが重要である。

 日本における細胞内シグナル伝達の研究は,多くの研究者がそれぞれの研究の目的に適した,異なった細胞(例えば神経細胞,上皮細胞,免疫細胞等)を用いて業績を挙 げており,国際的にも高く評価されている。しかしながら,各研究者それぞれが異なる細胞を用いて専門的な研究を行っているがゆえに他の研究システムを用いての研究の成果,及び異なった視点に立脚することが困難であり,学際的情報,及び学際的研究の重要性が強く望まれている。本研究会は細胞内シグナル伝達の研究において,問題点,課題点を多様な研究システム・研究視点から討論して解決すべきアプローチを見出していこうとして企画した。

 その結果,抄録にあるように,分野を異にする多数の研究室から新しい未発表の成果の発表が積極的に行われ,それに対して活発な討論,意見交換がなされ,新しい研究の方向性をつかむ絶好の機会となった。また,各研究室から多くの若手の参加があり深夜まで議論が続けられた。


 

(1) Bリンパ球におけるRas-Erk活性化メカニズム

黒崎 知博(理化学研究所・免疫・アレルギー科学総合研究センター・分化制御研究グループ)

 ホスホリパーゼ (PLC)-γ2 はPIP2を水解してIP3とDAGを産生する酵素であり,この酵素のノックアウトマウスの解析よりPLC-γ2がBリンパ球の分化・免疫応答に重要な役割を担っていることが明らかにされてきた。従ってBCRシグナルにおいてPLC-γ2の下流で,どのようなシグナル径路が形成され,その径路の総和として,どのような細胞反応が生じるかの研究の重要性はいうまでもない。

 モデルBリンパ球DT40を用いて,先ず,私たちは,Rasの活性化に従来考えられていたGEFファミリーであるSosとは異なり,主としてRasGRP3が用いられていることをあきらかにした。また,・結合することにより,細胞膜へリクルートされ,リクルートされたRasGRP3はPKCにより,133番目のThr残基がリン酸化されることにより,はじめて活性化されるというメカニズムを明らかにした。

 

(2) nNOS-GFP transgenicマウスの作製による
腎マクラデンサ細胞機能の研究

安岡 有紀子,鈴木 喜郎,河原 克雅(北里大学医学部・生理)

 腎ネフロンは,ヘンレループを経て元の糸球体に戻ってくる。この糸球体に接する部分の尿細管上皮(遠位直尿細管の血管極に面する部分)の細胞は,背が高く核が密集して見えるため緻密班と呼ばれている。緻密班は通過する濾液の流量をCl-濃度により感知し,輸入細動脈を収縮/拡張させることにより糸球体濾過量をコントロールしている。緻密班細胞にはCOX-2,neuronal NOS (nNOS)の特異的発現も知られているが,腎尿細管細胞に占める細胞数が極端に少なく単離法が確立していないため,シグナル伝達の機序に未解明の部分が多い。緻密班の生理機能を隣接する他の細胞との相互関係を維持しながら調べるためには,腎スライスあるいは単離ネフロンの状態で緻密班を同定する必要がある。本研究では,緻密班がnNOSを特異的に強発現していることに着目し,nNOS promoter+EGFP+IRES+Creを含むvector (pNEIN) を構築し,培養細胞およびトランスジェニックマウス作製により,緻密班細胞をGFPで標識することを試みた。

 

(3) 生きている細胞内の1分子イメージングと分子定量解析
−1分子イメージングによる細胞質‐核間輸送の分子機構−

徳永 万喜洋(国立遺伝学研究所,総研大,理化学研究所・免疫センター)

 生きている細胞での蛍光1分子イメージングおよび分子定量解析に必要な顕微鏡技術を開発している。例えば,マイクロインジェクションで,現在観察している細胞を狙い打ちして蛍光標識タンパク質を導入し,そのまま1分子イメージングすることもできている。

 今本尚子博士(遺伝研,現:理研・細胞核機能)との共同研究により,細胞質−核間輸送の1分子イメージングと定量解析を行ってきた。細胞質−核間輸送に関しては,これまでセミインタクト細胞を用い,1分子イメージングによる分子機構の定量解析,1細胞レベルでの輸送速度定量により分子機構を明らかにしてきた。これらの知見をもとに,細胞質−核間輸送の分子機構に関するモデルが考えられた。弱い結合部位は約100個の分子を集め,局所的に分子濃度を高めることにより,選択的な通過でありながら十分に速い速度が必要であるという,一見相反する機能を実現している。約8個の分子を結合できる強い部位は,Gタンパク質Ran-GTPや輸送基質の有無により反応性が変化するとともに,Ran-GTPにより反応がおこって核内に荷物を降ろす。

 細胞レベルの定量解析により,細胞内での分子濃度をnMからuMのレインジで計測することができる。核内移行の輸送活性を蛍光像から直接計測したところ,以上の1分子計測で求めた値から計算される活性値とよく一致した。

 さらに,基質濃度の変化による解析を進め,生細胞での1分子イメージングとの比較を行い,分子機構を解明している。

 これらの,生細胞における分子イメージング・定量解析技術を用い,例えば細胞膜における情報伝達の場の可視化,刺激による動的な変化など,シグナルの動的な変化を分子レベルで定量的に明らかにしてゆきたい。

 

(4) 2光子グルタミン酸法を用いた単一スパインカルシウムシグナルの
スパイン形態依存性の解析

野口 潤,松崎 政紀,河西 春郎(生理学研究所・生体膜部門)

 大脳錐体細胞スパインのNMDA受容体 (NMDAR) の発現及びNMDARによるCa2+ シグナルのスパイン形態依存性を2光子グルタミン酸法及び2光子Ca2+ 画像解析により海馬急性スライス標本のCA1錐体細胞で調べた。NMDARの発現は大きいスパインほど大きいが,AMPA受容体とは異なり小さいスパインにも発現が見られ,小さいスパインは所謂サイレントシナプスにほぼ該当することがわかった。大きいスパインではNMDAR発現量は大きいにも関わらず,Ca2+上昇は小さかった。これはスパイン頭部体積によるCa2+の稀釈効果によるのではない。何故ならば,スパインのCa2+上昇に際してはCa2+ がネックを介して本幹に流出するのが観察され,樹状突起のスパイン基部でもCa2+上昇が見られたが,この本幹のCa2+上昇は逆にスパイン頭部が大きい程大きかった。即ち,スパインネックの形態によって決まる「ネックのCa2+コンダクタンス」は頭部が大きくなるにつれて(その二乗に比例して)増大し,この流出の増大により,頭部のCa2+上昇が減少し,基部のCa2+上昇が増加すると考えられた。ネックの形態は頭部よりも更に多様性に富み,ネック形態はスパインのCa2+ シグナルを定量的に調節している決定的な因子である。更に,スパインCa2+ コンダクタンスは長期増強に伴うスパイン頭部長期増大に際して増大し,ネックも可塑的であることがわかった。また,スパイン頭部増大の長期化はネックが初期に小さいものに多く観察され,スパインネックはシナプス長期可塑性の発現や定着の調節因子である可能性もでてきた。この様にスパインの頭部やネックの形態はスパイン機能や可塑性の重要な決定因子であることが示唆された。

 

(5) 一酸化窒素(NO)シグナル系による神経活動のデコーディングと
シナプス可塑性: NO可視化プローブを用いたアプローチ

柿澤 昌,並木 繁行,廣瀬 謙造,飯野 正光(東京大学大学院医学系研究科・細胞分子薬理)

 一酸化窒素(NO)はガス性の細胞間シグナル伝達因子で,様々な生命現象への関与が示唆されている。中枢神経系においては,シナプス可塑性などの神経機能調節へのNOの関与が示唆されているが,神経活動依存的なNO放出の時空間的挙動については,多くの点で不明である。そこで我々は,NOと特異的に結合する可溶性グアニル酸シクラーゼのヘム結合領域 (Heme-Binding Region) とGFPを融合させた蛍光性NO可視化プローブ,HBR-GFPを作成し,神経系におけるNOシグナル系のダイナミクスの解明を目指した。生後3週齢のマウス小脳プルキンエ細胞に,Sindbis virusを用いてHBR-GFP遺伝子を導入し,急性スライス標本上で,HBR-GFPの発現が見られるプルキンエ細胞に入力する平行線維にバースト刺激 (BS: 5 pulses at 50 Hz) を繰り返し与えたところ (60 BS at 1 Hz),HBR-GFP蛍光強度の上昇が見られた。このシグナル上昇は,NO合成酵素阻害薬,L-NAMEにより阻害されることから,平行線維刺激によるNO放出によるものと考えられる。蛍光強度上昇が見られた領域は,細胞内Ca2+ シグナル上昇から推測されるシナプス入力領域とほぼ一致しており,NOはシナプス限局的にシグナルを伝達することが示唆された。また,このNO放出刺激により,平行線維−プルキンエ細胞シナプスにおいて,刺激されたシナプス特異的にLTPが誘導された。さらに,BS間の間隔を変えて刺激したところ,NO放出量には,1Hzをピークとした二相性の周波数依存性が見られ,NO放出が見られない周波数の刺激では,平行線維シナプスLTPも誘導されなかった。以上の結果から,二相性の周波数依存的なNO放出制御機構を通じて,NOシグナル系は神経活動をデコードし,シナプス可塑性を入力特異的に制御していることが示された。

 

(6) 神経ステロイドによるシナプス可塑性の誘導:
膜電位イメージングによる解析

曽我部 正博1,2,3,,陳 玲21名古屋大学大学院医学系研究科・細胞生物物理,
2科技振・ 国際共同・細胞力覚プロジェクト,3生理学研究所・分子生理系・細胞内代謝)

 いくつかの神経ステロイドは,核内受容体を経由せずに,細胞膜受容体に急性に作用して,シナプス伝達を修飾することが明らかになりつつある。海馬での合成が知られている硫酸プレグネノロン (PREGS) を海馬に注入すると,若齢ラットの学習能力の促進,加齢マウス,ラットの記憶学習の改善,あるいはβアミロイド負荷ラットでみられる学習能力低下の防止効果などが報告されている。しかしながら,そのシナプス機構は不明で,PREGSの標的受容体も定まってはいない。最近我々は,ラット脳海馬スライスにPREGSを急性投与すると,歯状回のシナプス伝達に用量依存的な長期増強(LTP) が誘導されることを発見した。本研究では,膜電位感受性色素 (RH482,RH155) を負荷した4週齢ラット海馬スライスを用いて,歯状回顆粒細胞のシナプス後電位(EPSP)と,その周囲に分布するグリア細胞の膜電位(SIGD,前終末からのグルタミン酸放出量を反映する)をイメージングし,PREGSによるシナプス長期増強の誘導機構を薬理学的に解析した。その結果,PREGSによる長期増強は,少なくとも短期と中長期の2段階からなることが判明した。EPSPの短期増強はNMDA受容体阻害剤 (AP5) の影響を受けず,低Ca2+ の環境では抑制され,グリア細胞の膜電位増強を伴うことが判明した。また,この短期増強はCa2+ 透過性α7ニコチン受容体の選択的阻害剤 (α-BTX) によって抑制された。PREGSは前終末のα7ニコチン受容体の活性化と終末内Ca2+上昇を介して,グルタミン酸放出機構の感作を導き,シナプス伝達の短期増強を誘導する可能性が強く示唆された。一方,中長期増強は,前述の短期増強に完全に依存するとともに,シナプス後膜のNMDA受容体チャネル活性の亢進と,引き続く細胞内Ca2+ の上昇-PKC-ERKというシグナルカスケードの活性化を必要とすることが分かった。

 

(7) 破骨細胞プロトンシグナルの電位依存性調節機構

久野 みゆき,酒井 啓,川脇 順子,森 啓之,森畑 宏一,翁 昌子
(大阪市立大学大学院医学研究科・分子細胞生理学)

 破骨細胞はprotonの動きがmain functionに直結する細胞のひとつで,大量の酸 (H+) を骨吸収窩に放出して骨を溶解し,骨リモデリングや生体Caホメオスターシスに貢献している。H+分泌の主体は細胞膜に高密度に発現したVacuolar type H+-ATPase (V-ATPase) と考えられているが,膜電位依存性H+チャネル (Hv channel) も迅速に大量の酸を分泌し得る機構として共存している。Hv channelの駆動は細胞内外のpH勾配と電位によって決定される。一方,V-ATPaseはエネルギーを消費してH+のup-hill transportを行うポンプとして働くが,その作用を調節する細胞要因についてはあまり知られていない。私達は,破骨細胞のH+分泌測定結果から,Hv channel のみならずV-ATPaseを介するH+分泌も電位によって調節されると推測した。そこで,破骨細胞V-ATPaseの膜サブユニットをCOS細胞に発現させて,H+分泌の電位依存性を検討した。Subunit-c発現細胞では,脱分極下でのみH+分泌が起こったが,V-ATPaseのブロッカー(DCCD)で抑制された。Subunit-c発現細胞からは,細胞内ATP非存在下で電位依存性のDCCD-sensitive currentが検出された。逆転電位より過分極電位で,僅かではあるが内向き電流が認められ,細胞外から細胞内へH+ を取り込む経路としても働く可能性が示唆された。これらの結果から破骨細胞では,HvチャネルだけでなくV-ATPaseを介するH+シグナリングにおいても電位が調節因子として働いていることが明らかになった。

 

(8) 心筋細胞における生理的な3量体G蛋白質サイクルモデルの構築
〜G蛋白質制御カリウムチャネルの電流特性より〜

石井 優,鈴木 慎悟,倉智 嘉久(大阪大学大学院医学系研究科・情報薬理学,
文部科学省リーディングプロジェクト「細胞・生体機能シミュレーション」)

 3量体G蛋白質サイクルはホルモン・神経伝達物質などの膜受容体とイオンチャネルやアデニル酸シクラーゼ,ホスホリパーゼなど種々の効果器を連関し,細胞外からの情報を細胞内へ伝達する最も基本的かつ重要な機構である。これまでG蛋白質サイクルに関しては様々な数理モデルが立てられてきたが,いずれも不完全なものであった。その理由の多くは,G蛋白質サイクルは多段階反応であり,従来の生化学的な手法では,それぞれのステップの時定数が十分な精度で測定することが困難であり,恣意的な仮定に基づいていることにあった。心筋や神経に発現するG蛋白質制御カリウム(KG)チャネルは,3量体G蛋白質のβγサブユニットが結合することにより直接活性化する内向き整流性カリウムチャネルである。KGチャネルは,それ自体電位・時間依存性ゲート機構を持たないため,この電流をモニターすることにより,3量体G蛋白質サイクルの状態を極めて高い時間分解能で捉えることができる。特に,最近我々はRegulators of G protein signaling (RGS) 蛋白質と呼ばれるG蛋白質サイクル制御分子が,時間依存性にサイクルを調節し,これがKGチャネルに以前から報告されていたある特徴的な現象を形作っていることを明らかにしてきた。この我々の結果に基づきパラメータフィッティングを行い,3量体G蛋白質サイクルの新しい数理モデルを構築した。その結果,これまでの数理モデルでは再現できなかった現象(KGチャネルの急速な活性化や見かけ上の電位依存性性質)などが再構成できた。今後はこの数理モデルを活動電位モデルに組み込み,心筋活動電位の生理的な副交感神経制御モデルの構築を目指す。またこの数理モデルをアデニル酸シクラーゼやホスホリパーゼなどの他のG蛋白質システムについても応用していくことも現在検討中である。

 

(9) 小脳登上線維-プルキンエ細胞シナプスの生後発達における
電位依存性カルシウムチャネルの役割

橋本 浩一,狩野 方伸(金沢大学大学院医学系研究科・シナプス発達・機能学分野)

 成熟動物の小脳プルキンエ細胞は,ほとんどの細胞が一本の登上線維によってのみ支配を受けるが,発達初期には一時的に複数の登上線維による支配を受けている。生後発達に伴い,徐々に登上線維の本数が減少し,マウスでは生後21日目までに一本支配に移行する。

 これまでの我々の研究から,生後2〜3日のプルキンエ細胞は,シナプス強度が比較的同等な複数の登上線維により多重支配されているが,生後7日目までに,一本の強い登上線維入力とそれ以外の弱い登上線維入力が一つのプルキンエ細胞上で混在するようになることが明らかになった。これは,最終的に残存してプルキンエ細胞を単一支配する登上線維と,除去される登上線維の機能的選別の結果であると考えられる。

 この過程の詳細な機構は現在のところ不明である。私たちは,プルキンエ細胞の主要な電位依存性カルシウムチャネルである,P/Q型カルシウムチャネルが重要であると仮定し,P/Qチャネルを構成するα1Aサブユニットノックアウトマウスを調べた。

 α1Aノックアウトマウスにおいては,プルキンエ細胞における高閾値型電位依存性カルシウム電流は大幅に減少しているが,興奮性シナプス伝達は比較的正常であった。生後18-29日において,80% 以上のプルキンエ細胞で登上線維の多重支配が残存していた。登上線維の生後発達過程を解析したところ,生後10日目までに起こる登上線維除去過程が障害されていた。さらに,多重登上線維間の強弱形成過程を解析した。その結果,通常生後1週目に集中して起こるべき多重登上線維間の強弱形成がα1Aノックアウトマウスで障害されており,生後20日ころまでに徐々に強弱が形成されることが判明した。これらの結果は,生後発達初期に起こる登上線維の機能分化に,P/Q型電位依存性カルシウムチャネルが必要であることを示している。

 

(10) TRPM2チャネルによるシグナル・生理応答制御

原 雄二1,山本 伸一郎1,森 恵美子1,片野 正展1,山村 みどり1
石井 正和2,木内 祐二2,清水 俊一2,森 泰生1
1京都大学大学院工学研究科,2昭和大学薬学部)

 TRP (Transient receptor potential) は細胞外の環境変化を感知し,それに対する適応を統合する陽イオンチャネル群として注目を集めている。TRPMサブファミリーの一員であるTRPM2チャネルは,細胞内レドックス状態変化により活性化される非選択的陽イオンチャネルである。TRPM2C末端にはNudixモチーフと呼ばれるADP-ribose水解ドメインが存在するが,Nudixモチーフの役割について詳細は不明であった。そこで我々はTRPM2チャネル活性化とNudixモチーフとの連関について検討を行った。Nudixモチーフ点変異体,キメラタンパク質等の解析により,レドックス状態の変化により生成されたADP-riboseが直接Nudixモチーフに作用して,TRPM2チャネルが活性化されることを明らかにした。またADP-ribose水解活性はチャネル活性に必須ではないことから,ADP-riboseはエネルギー供与体ではなく,細胞内リガンドとしてチャネル構造を変化させる分子であると考えられる。

 さらに我々はTRPM2チャネルの生理的役割について検討を行った。炎症時,免疫系細胞では細胞内レドックス状態変化により,形質膜越えのCa2+流入依存的なシグナリング経路が活性化される。そこで免疫系細胞におけるTRPM2チャネルの役割について着目した。単球細胞株U937ではTRPM2チャネルは高発現しており,過酸化水素刺激により形質膜越えのCa2+流入が見られた。興味深いことに,Ca2+流入によりNF-кBを介したIL-8産生が顕著に誘導されること,これらの効果はTRPM2特異的siRNA導入により有意に抑制されることが明らかになった。IL-8は免疫細胞の遊走誘導因子であることから,TRPM2は感染に対する免疫応答に必須なイオンチャネルであると考えられる。

 

(11) マクロファージに発現するTRPV2チャネル

長澤 雅裕,小島 至(群馬大学生体調節研究所)

 RPV2チャネルはPurkinje細胞などの神経細胞,肝臓・腎臓の上皮細胞,膵ランゲルハンス島の内分泌細胞や消化管の神経内分泌細胞,さらに肺・脾臓などに高発現している。肺・脾臓では主にマクロファージに限局して発現している。そこでマクロファージに発現するTRPV2の機能とその調節機構を下垂体由来のマクロファージ細胞株であるTtTM87細胞を用いて検討した。まずTtTM87細胞におけるTRPV2の発現をRT-PCRにより確認した。TRPVファミリーに属する他のチャネルの発現は極めて低かった。またパッチクランプ法によりRuthenium red感受性のCs+電流を確認した。この電流はdominant-negative型の変異TRPV2遺伝子導入により消失した。TT87細胞をfMLPで刺激すると一過性の細胞内カルシウム濃度([Ca2+]c)の増加とそれに続くオシレーションが観察された。GFP標識したTRPV2をモニターすると,fMLPの投与によりTRPV2は細胞膜にトランスローケーションした。Ruthenium red 投与あるいはdominant-negative型変異TRPV2遺伝子導入によりTRPV2チャネルを抑制すると,fMPLにより惹起される[Ca2+]cのオシレーションは抑制された。FMPLによるTRPV2チャネルのトランスローケーションはPI3キナーゼを抑制するLY294002の投与により抑制され,また百日咳毒素の前処置によって消失した。以上の結果から,マクロファージ細胞株TtTM87細胞にはTRPV2チャネルが発現し,fMLPによりPI3キナーゼ依存的機構によって細胞膜にトランスローケーションする。これがfMLPによる [Ca2+]cのオシレーションに関与していると考えられる。

 

(12) in vivo血小板活性化機構のリアルタイム解析

林 忠毅,村上 裕介,最上 秀夫,浦野 哲盟(浜松医科大学・生理学第二)

 血管内血栓形成過程は血管内皮細胞の障害部位における内皮下組織への血小板の粘着により開始される。粘着血小板は形態変化とともに細胞内カルシウム濃度([Ca2+]i)の上昇がトリガーとなりフィブリノーゲンを分子糊として血小板凝集塊を形成する(血小板血栓)。この血小板凝集塊を足場として血液凝固反応が惹起されフィブリノーゲンはフィブリンとなり,血小板血栓はより強固な凝固血栓に至る。凝固反応の開始には,血小板内[Ca2+]i の持続的上昇よるphosphatidylserine (PS) の細胞内膜から外膜へのexposureが必須である。我々は,in vivo血流環境下における血栓形成過程を検討するために,マウス腸間膜静脈を用いて細胞外膜へのPSのexposureを血小板活性化の指標としてリアルタイム解析を行った。マウス腸間膜静脈においてレーザー照射により血管内皮細胞を傷害しGFP標識血小板とPSの特異的なリセプターであるalexa568標識annexin V用いて血小板凝集及び血液凝固開始シグナルとしてPSを可視化し,共焦点レーザー-蛍光顕微鏡にてそれぞれの蛍光強度の時間的・空間的変化をモニターした。これらの結果をin vitro の結果と合わせてお話します。

 

(13) DGKとPKCの分子機能協関の解析

齋藤 尚亮,白井 康仁,山口 泰人,松原 岳大(神戸大学・バイオシグナル研究センター)

 ジアシルグリセロール (DAG) は,細胞膜から産生される脂質メッセンジャーであり,様々な標的タンパク質に作用して,細胞内の情報伝達を調節する因子である。DAGの標的タンパク質の中でも,最もよく知られるものはPKCであり,DAGの産生はPKCの活性化を引き起こし,PKCによるリン酸化を介して,増殖・分化,遺伝子発現などの多くの細胞応答を調節している。細胞膜で産生されたDAGはジアシルグリセロールキナーゼ (DGK) によりリン酸化を受け,フォスファティィジン酸 (PA) に変換され,そのPKCの活性化物質としての機能を失う。つまり,DGKは間接的にPKCによる伝達経路を終了させる酵素である。

 我々はすでにDGKがPKCともに,受容体刺激により,細胞膜に一過性にトランスロケーションすること,また,そのトランスロケーションは,PKCのトランスロケーションとは時間的にわずかに異なっていることを明らかにし,この時間的ずれによってDGKがPKCの活性を巧妙に調節していることを示唆してきた。今回,このDGKによるPKCの機能調節機構を明らかにすることを目的として,PKCとDGKの直接的な相互作用,機能調節機構について,検討した。その結果,DGKはPKCの活性に依存して,PKCに結合し,PKCによるリン酸化を受けること,また,PKCによるリン酸化部位はDGKのAccessory Domainに存在し,リン酸化によって,DGK活性が上昇すること,が明らかになった。この相互作用により,DGKによる時間的・空間的なPKC活性化の巧妙な調節が,行われていると考えられる。

 

(14) PLC zetaとCa2+ オシレーション

宮崎 俊一1)・河内 全1)・尾田 正二2)・依田 綾子3)・白川 英樹1)・淡路 健雄1)
1)東京女子医科大学・第二生理,2)東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学,
3)順天堂大学医学部産婦人科)

 様々な細胞において,持続的な刺激に対し,IP3レセプターを介する小胞体からの反復性のCa2+ 遊離に起因するCa2+ オシレーションがおり,Ca2+ 依存性の活性を維持する機構が作動する。受精から初期発生においても,反復性のCa2+spikeが細胞周期依存性におこる。哺乳類では,精子‐卵融合に際して卵に移行しCa2+ オシレーションを誘起する精子因子があるとされ,その有力候補としてphospholipase Cの新規イソフォームzeta (PLCζ) が発見された。PLCζ(蛍光蛋白質’Venus’と連結)のRNAをマウス卵に注入してPLCζを強制発現させた場合でも,recombinant PLCζ蛋白そのものをマウス卵に注入した場合でも,精子1個〜数個分の微量でCa2+オシレーションが誘起できる。recombinant PLCζのin vitroでのPLC活性(PIP2分解活性)は,Ca2+が存在しないとゼロであり,100nM という低い濃度(静止時の細胞内Ca2+レベル)でも最大活性の70% を示す。即ちPLCζは極めて高いCa2+依存性を有する。細胞内発現させたPLCζの経時的分布変化をVenusの蛍光で観察すると,前核形成とともに核内に蓄積されることが示された。即ちPLCζは核移行能を有する。これらのPLCζの特異的性質に関連づけて,Ca2+ オシレーションの開始および停止機構を論ずる。

 

(15) Calyx of Heldにおけるシナプス小胞エンドサイトーシスの分子機構

山下 貴之,髭 俊秀,高橋 智幸(東京大学大学院医学系研究科・神経生理学教室)

 神経終末端における小胞エンドサイトーシスには,速さと分子機構が異なる複数のメカニズムが存在することが知られている。今回我々は,脳幹スライス標本を用いてCalyx of Heldターミナルにおける小胞エンドサイトーシスの速さと分子機構を膜容量測定によって調べた。ボツリヌスE毒素を神経終末端に注入することにより,キス・アンド・ラン様の一過性膜容量変化は伝達物質放出と無関係であることが明らかとなった。伝達物質放出に関係する膜容量変化から測定される小胞エンドサイトーシスは,エキソサイトーシスの量が多くなるほど遅くなり,時定数は10〜25秒であった。神経終末端に非加水分解GTPアナログやダイナミン・プロリン・リッチ・ドメイン・ペプチドを注入すると,エキソサイトーシスの量に関係なくエンドサイトーシスのほとんどがブロックされた。これらアナログおよびペプチドは,エキソサイトーシスに即座に影響を与えなかったが,使用依存的な抑圧を引き起こした。これらの結果から,Calyx of Heldターミナルにおける小胞エンドサイトーシスには,ダイナミンによるGTP加水分解が不可欠であると結論された。

 

(16) 細胞内シグナル伝達機構の多角的・包括的理解

宮脇 敦史(理化学研究所・脳科学総合研究センター)

 細胞内シグナル伝達の時空間的制御の包括的理解を目指して,我々が蛍光イメージング技術を使ってできることを議論したい。

 


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