2004年11月29日−11月30日
代表・世話人:三浦正幸(東京大学大学院薬学系研究科)
所内対応者:岡田泰伸
- (1)
- 細胞死シグナル分子と増殖・分化シグナル間ネットワーク
米原 伸(京都大学大学院生命科学研究科 高次遺伝情報学分野)
- (2)
- TGF-βのBim/caspase-9を介する細胞死誘導シグナルは同時に異なったシグナルにより阻害されている
大串雅俊,米原 伸(京都大学大学院生命科学研究科 高次遺伝情報学分野)
- (3)
- Apaf-1様分子群を介したアポトーシスとNF-κ B活性化のメカニズム
須田貴司(金沢大学がん研究所 分子標的薬剤開発センター)
- (4)
- 抑制性Apaf-1様分子群
木下 健,須田貴司(金沢大学がん研究所 分子標的薬剤開発センター)
- (5)
- CD40シグナルによるBリンパ球アポトーシス制御と自己免疫
鍔田武志(東京医科歯科大学大学院 疾患生命科学研究部)
- (6)
- キナーゼによる細胞死制御
後藤由季子(東京大学分子細胞生物学研究所 情報伝達研究分野)
- (7)
- AKTによる生存促進機構の解析
青木一郎,後藤由季子(東京大学分子細胞生物学研究所 情報伝達研究分野)
- (8)
- 神経回路再編成時におけるグリア細胞による軸索分岐の除去機構
粟崎 健(東京大学分子細胞生物学研究所 高次構造研究分野)
- (9)
- ショウジョウバエカスパーゼの活性化と生理機能
近藤 周,三浦正幸(東京大学大学院薬学系研究科 遺伝学教室)
- (10)
- 無尾両生類の変態で退縮している尾の筋細胞死の分子機構
矢尾板芳郎(広島大学大学院理学研究科 附属両生類研究施設 発生遺伝学研究部門)
- (11)
- アポトーシス細胞の貪食
長田重一(大阪大学生命機能研究科 時空生物学専攻遺伝学)
- (12)
- ショウジョウバエにおけるアポトーシス細胞貪食反応の解析:線虫CED-1ホモログDroperの役割
中西義信(金沢大学大学院医学系研究科 生体防御反応学)
- (13)
- 精巣セルトリ細胞によるアポトーシス精子形成細胞貪食除去の機構と意義
白土明子,中西義信(金沢大学大学院医学系研究科 生体防御反応学)
- (14)
- 変異SOD1による運動ニューロン変性のメカニズム
高橋良輔(理化学研究所脳科学総合研究センター 運動系神経変性研究チーム)
- (15)
- 神経変性疾患におけるVCPの役割の解析
垣塚 彰(京都大学大学院生命科学研究科 高次生体統御学分野)
- (16)
- 神経軸索消失機構とポリグルタミン病
柳 茂(神戸大学大学院医学系研究科 機能ゲノム学分野)
- (17)
- 細胞死・変性シグナルの遺伝学的解析
三浦正幸(東京大学大学院薬学系研究科 遺伝学教室)
- (18)
- ミトコンドリア仲介性アポトーシスと虚血・再還流性心筋細胞死におけるROS感受性クロライドチャネルの役割
岡田泰伸(生理学研究所 機能協関部門)
- (19)
- Bcl-2たんぱくによるnon-apoptoticプログラム細胞死の制御
清水重臣,辻本賀英(大阪大学大学院医学系研究科 遺伝子学)
- (20)
- ストレス応答性SAPK/JNKの細胞死,増殖,老化制御における役割
仁科博史(東京大学大学院薬学系研究科 生理化学教室)
- (21)
- TNFαにより誘導されるシグナル伝達経路
中野裕康(順天堂大学医学部 免疫学教室)
- (22)
- ASKファミリーによるストレス応答機構
一條秀憲(東京大学大学院薬学系研究科 細胞情報学教室)
【参加者名】
粟崎 健(東大・分生研),一條秀憲(東大・院薬),三輪崇志(東大・院薬),永井宏彰(東大・院薬),櫻井友子(東大・院薬),下薗利恵子(東大・院薬),岡田泰伸(生理研),清水貴浩(生理研),王 暁明(生理研),高橋信之(生理研),垣塚 彰(京大・院生命),大沼洋平(京大・院生命),小池雅昭(京大・院生命),嶋田深志(京大・院生命),後藤由季子(東大・分生研),青木一郎(東大・分生研),森永光一郎(東大・分生研),岩井謙一(東大・分生研),大橋淳一郎(東大・分生研),須田貴司(金沢大・がん研),木下 健(金沢大・がん研),長谷川瑞穂(金沢大・がん研),高橋良輔(理研・脳セ),辻本賀英(阪大・院医),清水重臣(阪大・院医),恵口 豊(阪大・院医),鍔田武志(東京医科歯科大・院疾患),渡辺孝造(東京医科歯科大・院疾患),中西義信(金沢大・院医),白土明子(金沢大・院医),長田洋一(金沢大・院医),倉石貴透(金沢大・院医),中野裕康(順天堂大・医),中島章人(順天堂大・医),長田重一(阪大・院生命),仁科博史(東大・院薬),北川大樹(東大・院薬),根岸崇大(東大・院薬),菅原美郷(東大・院薬),矢尾板芳郎(広島大・両生類研),中島圭介(広島大・両生類研),藤本健太(広島大・両生類研),柳 茂(神戸大・院医),米原 伸(京大・院生命),大串雅俊(京大・院生命),小林洋平(京大・院生命),中津海洋一(京大・院生命),黒木俊介(京大・院生命),三浦正幸(東大・院薬),嘉糠洋陸(東大・院薬),倉永英里奈(東大・院薬),竹本 研(東大・院薬),近藤 周(東大・院薬),菅田浩司(東大・院薬),殿城亜矢子(東大・院薬),近藤 隆(富山医科薬科大・医),趙 慶利(富山医科薬科大・医)
【概要】
アポトーシスの基本的な実行因子が明らかにされると,研究の方向性はこれまでに得られた研究成果をいかに個体発生や疾患という生体の場で見られる細胞死の理解や応用に結びつけて行くかに移ってくる。このような流れの中で,素過程の研究から明らかにされた分子に関しては遺伝子ノックアウトや変異体を得て解析するという遺伝学的な手法を積極的に取り入れた研究がなされ,培養細胞系では得られなかった新たな分子機能が示されてきた。このような現象は,アポトーシスの生理機能を考える上で重要であり,アポトーシス研究は死の生物学という枠を越えて広がりを見せている。アポトーシス研究で先端を行く我が国の研究者が,それぞれの専門領域を越えて一同に会し研究発表や密度の濃い討論を行った。キナーゼや活性酸素を介した細胞死シグナルに関する研究の進展,非アポトーシス細胞死の分子機構についての新たな研究が発表された。マウス,カエル,ハエといったモデル動物を用いた生体での細胞死研究の話題,特に貪食の生理機能に関して興味深い研究成果が発表された。今後,生体を用いたアポトーシスシグナルの研究の進展によって細胞死の新たな生理機能が明らかにされると期待される。
米原 伸(京都大学大学院生命科学研究科 高次遺伝情報学分野)
caspase-8の活性化を抑制するFLIPの様々な機能について報告する。ヒト成人T細胞白血病ウイルスのがん遺伝子産物TaxはT細胞においてNFκBとCREBの協調作用によってc-FLIPの発現を誘導した。また,bFGFの作用や活性化Rasの発現は,繊維芽細胞においてRas/ERK/AP-1の活性化を介してc-FLIPの発現を誘導した。これらのFas刺激に耐性を獲得した細胞はDISC形成がc-FLIPの働きで阻害されており,RNAi法でc-FLIPの発現を抑制することによってFas刺激に再感受性化した。がん遺伝子の働きによって発現誘導されるc-FLIPがFas刺激に耐性を付与する分子機構は,がん化した細胞の生存維持に重要な意味を持つと考えられた。また,FLIP がWntシグナルと密接に関連することも明らかとなった。最近c-FLIP-Lがβ-cateninの安定化を誘導すると報告された(293T細胞においてのみ我々も活性が検出できた)が,この系とは異なり,v-FLIP E8やK13は多くの細胞種においてβ-catenin安定化の下流に作用してWntシグナルを強く増強することが示された。v-FLIP E8の発現によってWntシグナルを増強すると,腫瘍由来細胞と3T3細胞において,Wnt刺激によって細胞増殖増強作用と抑制作用をそれぞれ導入する興味深い現象を見いだしたので紹介したい。
大串雅俊,米原 伸(京都大学大学院生命科学研究科 高次遺伝情報学分野)
TGF-βは細胞増殖抑制をはじめとする多彩な生理活性を有するサイトカインとして知られており,細胞種に応じて様々な応答を誘起する。我々はTGF-βが胃上皮細胞に対しSmad→Bim→caspase-9という経路を介して細胞死を誘導することをこれまでに明らかとしてきたが,TGF-β刺激に対する応答性を維持しながらも生存し続ける細胞も多く存在する。そのような細胞では細胞死抑制シグナルをTGF-βが同時に導入している可能性を考え,TGF-βが導入するSmad以外の活性を阻害する解析を行った。その結果,TGF-β刺激より活性化が誘導されるJNKを阻害した場合,TGF-β刺激によってDNA断片化やカスパーゼ活性化を伴うアポトーシスが誘導されることを見いだした。このJNK阻害条件下におけるTGF-β誘導アポトーシスは,Bimを介するミトコンドリア経路を経て実行されていた。これらの結果から,TGF-βがTNF-αと同様に,アポトーシス誘導シグナルと平行してそれを阻害する生存シグナルを活性化することが示唆された。TGF-βはJNK活性化を契機とする細胞死抑制シグナルを導入することにより,自らの選択的なアポトーシス誘導活性を制御していると考えられる。
須田貴司,長谷川瑞穂,松本則彦,今村 龍(金沢大学がん研究所・分子標的薬剤開発センター)
増本純也,猪原直弘 (Department of Pathology, University of Michigan Medical School)
最近,Apaf-1に類似の構造をもつ蛋白をコードすると考えられる20種を越える遺伝子群が発見された。これらの遺伝子の一部は,アポトーシスや炎症のシグナル伝達に働く分子と考えられている。Apaf-1様分子群に属すNOD1およびNOD2の両分子は細菌ペプチドグリカンの部分構造を認識して,転写因子NFκBを活性化することが判明している。他のApaf-1様分子はどのような上流シグナルに応答するのか不明であるが,複数のApaf-1様分子がASCと呼ばれアダプター分子を介して下流へシグナルを伝達していることが判明している。我々は最近,Apaf-1様分子とASCを介したシグナル伝達の上流と下流を解明することを目的とした研究を行っている。面白いことにApaf-1様分子とASCを介したアポトーシスとNFκB活性化の両方にcaspase-8が関与していることが判明した。
木下 健,王 冶陶,須田貴司(金沢大学がん研究所 分子標的薬剤開発センター)
PYPAFファミリーはN末端にPYRINドメインを有する,Apaf-1様分子である。PYPAF1, 5, 7はアダプター分子ASCを介してNFκBの活性化やcaspase-1依存性のIL-1β活性化を誘導する。我々は新規PYPAFファミリーメンバーPYNODを発見し,この分子がASC依存性NFκB活性化およびcaspase-1依存性IL-1β活性化を抑制することを見いだした。また機能未知のPYPAF2, 3についても検討したところ,PYPAF2はNFκB活性化を,PYPAF3はIL-1β産生をそれぞれ抑制した。免疫沈降試験ではPYPAF3はprocaspase-1, proIL-1β双方に結合し得た。THP-1単球系細胞株にPYPAF3を安定発現させたところ,LPS誘導IL-1β産生が顕著に抑制された。PYPAF2, 3のmRNAは正常組織及び培養細胞で広範に発現していた。興味深いことにLPSやIL-1βで刺激したTHP-1細胞ではPYPAF3の発現が増加した。以上の結果はPYNOD, PYPAF2, 3が抑制的PYPAFサブファミリーを構成することを示唆する。また,単球系細胞においてPYPAF3によるIL-1β産生のネガティブフィードバック機構が存在すると考えられる。
鍔田武志(東京医科歯科大学大学院疾患生命科学研究部)
CD40はBリンパ球(B細胞)や抗原提示細胞に発現するTNF受容体ファミリーのメンバーで,そのリガンドCD40L (CD154) は主に活性化Tリンパ球(T細胞)に発現する。Bリンパ球は抗原刺激によりアポトーシスをおこすが,抗原刺激によるアポトーシスはCD40を介するシグナルにより抑制され,抗原刺激とCD40を介する刺激の共存によりB細胞は活性化増殖する。このようなT細胞ヘルプ非存在下でおこる抗原を介するアポトーシスは,自己反応性B細胞の除去に関わると考えられる。また,全身性エリテマトーデス (SLE) 患者やそのモデルマウスのリンパ球でCD40Lの過剰発現や異所性発現が報告されている。そこで,我々は,B細胞でCD40Lを構成的に発現するCD40Lトランスジェニックマウスを樹立し,このマウスがSLE様の自己免疫疾患を発症すること,さらに,自己抗体トランスジェニックマウスを交配することにより,実際に生体内において自己反応性B細胞のアポトーシスを阻害していることを明らかにした。これらの結果は,抗原刺激によるアポトーシスが自己反応性B細胞の除去に関与し,CD40Lの過剰発現が,抗原刺激によるアポトーシスを阻害することにより自己免疫を誘導することを強く示唆する。
砂山 潤,後藤由季子(東京大学分子細胞生物学研究所 情報伝達研究分野)
JNKはMAPキナーゼファミリーに属し,紫外線照射・ERストレスなどの刺激により活性化されアポトーシスを誘導する。前年の本研究会にて,JNKは14-3-3を直接リン酸化すること,それによって細胞死促進型Bcl-2ファミリーメンバーであるBaxが14-3-3から遊離することを報告した。一方,Bad, Nur77, FOXO3などの細胞死促進因子は,Aktでリン酸化されると14-3-3と結合し,その細胞死促進活性を失うことが知られている。最近我々は,14-3-3がJNKによってリン酸化されると,14-3-3とBadあるいは14-3-3とFOXO3の結合も低下することを明らかにした。JNKの活性化により,Badは細胞内で14-3-3から解離し,ミトコンドリア移行してBcl-2, Bcl-XLに結合し細胞死誘導に貢献することが示唆された。従ってAktの生存シグナルとJNKの細胞死シグナルは14-3-3を介して拮抗することが示唆された。
青木一郎,小川原陽子,後藤由季子(東京大学分子細胞生物学研究所 情報伝達研究分野)
PI3K-Akt経路は様々な系で細胞の生存を促進することが知られている。例えばγ線やエトポシドなどのDNA損傷により引き起こされるアポトーシスはAktの活性化により抑制される。我々はAktがDNA損傷によるアポトーシスを抑制する際のターゲットを検討し,以前にp53ユビキチンリガーゼであるMdm2をAktが直接にリン酸化し活性化することを報告した。すなわちAktによってリン酸化されたMdm2はp53をユビキチン化・分解し,p53依存的なアポトーシス誘導を抑制する。癌抑制遺伝子p53を不活性化するというこの機能は,Aktによる癌化誘導作用の一部を説明すると考えられる。DNA損傷によるアポトーシス誘導はp53依存的経路だけでなく,p53非依存的な経路も存在するが,我々はAktが後者も抑制する事を見いだした。さらにp53非依存的経路のAktのターゲット候補も見いだしたので,本研究会ではこれについて報告したい。
粟崎 健(東京大学分子細胞生物学研究所 高次構造研究分野)
発生過程において形成された神経回路網を個体制御のために適した機能的な状態に完成させるためには,回路の一部の局所的な作り替えが不可欠である。この過程では,すでに伸長した軸索分岐や樹状突起を特異的に除去したり再伸長させるプロセスが必要である。神経線維の一部が特異的に除去される現象は,神経回路を再編成する時だけでなく障害や発病などによっても生じることが知られている。しかしながらこうした神経線維除去の制御機構についてはほとんど分かっていない。私たちは変態期において再編成することが知られているショウジョウバエの幼虫キノコ体神経回路を実験系に用いて,神経回路再編成時にいかにして不要になった軸索分岐が除去されるのか? この制御機構を明らかにすることを目的として研究を行っている。これまでに,(1) 軸索分岐の除去には周辺から浸潤するグリア細胞の貪食作用が必要であること,(2) スカベンジャー受容体をコードするdrpr遺伝子ならびにそのC末端部位と相互作用すると考えられるアダプター分子ced-6遺伝子がグリア細胞の浸潤・貪食作用に必要であること,(3) グリア細胞の貪食細胞としての分化ならびに軸索分岐の貪食標的としての分化はエクダイソンにより協調的に制御されていることを明らかにしたのでこれらについて紹介する。
近藤 周,三浦正幸(東京大学大学院薬学系研究科 遺伝学教室)
広海 健(国立遺伝学研究所 総合研究大学院大学 遺伝学専攻)
ショウジョウバエの胚をTUNEL法などで染色すると,多くの細胞がアポトーシスを起こしていることが観察される。しかしそれらの細胞の大部分に関しては,いったいそれがどの細胞なのか,その細胞死が組織構築にどのような意義を持っているのか全く分かっていない。ショウジョウバエの胚発生における細胞死の理解を目的として,現在我々は二つのアプローチで研究を行っている。一つ目は新たな細胞死の可視化手法の確立である。既存の細胞死検出方法はいずれも胚発生において細胞を同定するには時空間的解像度が不十分であった。単一細胞レベルにおいてアポトーシスの早い段階を検出するシステムとして,今回新たにカスパーゼの活性を検出する蛍光タンパク質を作成した。当発表ではトランスジェニックバエを用いた観察結果を報告する。二つ目のアプローチは細胞死が起こらない変異体の解析である。ショウジョウバエにおいても全てのアポトーシスはカスパーゼに依存すると考えられているが,これまで細胞死に関わるカスパーゼの機能欠損変異体は得られていなかった。我々はショウジョウバエゲノム中に7個存在するカスパーゼのうち,新たに3個について機能欠損変異体を作成し,その内の2つがアポトーシスの実行に不可欠であることを見出した。現在までに行った表現型解析の結果について報告する。
矢尾板芳郎,中島圭介(広島大学大学院理学研究科附属両生類研究施設 発生遺伝学研究部門)
無尾両生類幼生の変態において血中甲状腺ホルモン濃度が上昇することにより,ほぼ全身の再構成が生じる。体幹の2倍以上の長さの尾が1週間程で消失する。蛋白,RNA合成阻害剤により尾の退縮が抑制されることや甲状腺ホルモン受容体が転写因子であることから,新しい遺伝子発現により尾の細胞死が誘導されていると考えられている。しかし,尾の退縮に関係する遺伝子はまだ,同定されておらず,その分子機構さえも明らかにされていなかった。私たちは,まず,幼生尾由来の筋芽細胞株を樹立し,それが甲状腺ホルモンの存在下でアポトーシスをおこすことを見出し,細胞自律的な死(自殺)が誘導されることを示した。両生類幼生の尾にドミナントネガティブ甲状腺ホルモン受容体 (DNTR) 発現型ベクターDNAを注入して甲状腺ホルモンシグナルを個々の筋細胞レベルで抑制して,それらの筋細胞を自然変態の前後で観察した。その実験結果に基づいて,甲状腺ホルモンは尾の退縮する前のNF stage 57-62の間では尾の筋細胞の自殺を誘導し,尾が急速に退縮するNF stage 62-64では筋細胞を早く完全に取り除くために他殺と自殺の両方の機序を介して筋細胞死を執行するという仮説を提唱した。
長田重一(大阪大学生命機能研究科 時空生物学専攻遺伝学)
アポトーシス細胞のDNAは死細胞内で活性化されるCADによるばかりでなく,マクロファージに存在するDNase IIによっても分解される。DNase II遺伝子欠損マウスの胎仔は胎生後期に死滅するが,このマウス胎仔の種々の組織には死細胞由来の未分解DNAを蓄積したマクロファージが認められ,また胎仔肝のblood islandを構成するマクロファージにも赤芽球由来の核DNAが未消化の状態で大量に残存する。DNase II遺伝子欠損マウスが死滅する原因を明らかにするため,DNAマイクロアレイにより遺伝子発現の変化を調べたところ,DNase II-/-胎仔ではインターフェロン (IFN) 誘導遺伝子群の発現が特異的に増強していた。実際,IFNβおよびIFNγの発現が確認された。特にIFNβ遺伝子はDNAを蓄積したマクロファージが特異的に発現していた。そこでIFNα, βのシグナルを媒介するタイプ1IFN レセプターとDNase II遺伝子を共に欠損するマウスを作製したところ,このマウスはメンデルの法則に従い誕生した。以上の結果はアポトーシス細胞のDNAや赤血球前駆細胞から脱核したDNAが適切に分解されなければ,未分解DNAを蓄積したマクロファージがIFNβを産生し,この因子が胎仔に対して致死的に作用することを示している。
真中純子,白土明子,東田陽博,中西義信(金沢大学医学系研究科)
倉石貴透,中井雄治(金沢大学自然科学研究科)
Peter Henson (National Jewish Medical and Research Center)
アポトーシス細胞貪食反応の機構と意義はおもに線虫と哺乳類で解析されているが,まだ統一的な理解はなされていない。線虫での遺伝学的解析では,貪食受容体とその下流の情報伝達経路が二通り存在することが示されている。しかし線虫には貪食を専門とする細胞は存在せず,マクロファージなどの専門食細胞を持つ哺乳類に線虫での様式があてはまることは自明ではない。私たちは,専門食細胞を持ち組織構築が哺乳類ほど複雑ではない昆虫を使って,線虫の貪食受容体CED-1のホモログであるDraperの役割を検証した。
ショウジョウバエ幼虫食細胞由来の細胞株によるアポトーシス細胞貪食反応では,RNAiでDraperの発現を阻害すると貪食程度が半分以下に低下した。次に,新たに確立したショウジョウバエ胚丸ごとで貪食を検出する実験系を使った解析を行うと,RNAiでのDraper発現の阻害によって貪食が4割程度減少することが分かった。さらに,胚中の細胞を取り出して調べると,RNAiの適用でマクロファージ及びグリアによる貪食とも阻害されていた。これらの結果より,線虫CED-1のホモログがショウジョウバエの食細胞においてもアポトーシス細胞貪食受容体として働くことが明らかとなった。
白土明子,中西義信(金沢大学大学院医学系研究科 生体防御反応学)
個体の一生を通じて,体内で生じたアポトーシス細胞の貪食排除は組織恒常性や機能維持に必須であり,これは生殖細胞の形成時にも当てはまる。哺乳類の精巣で起こる精子形成過程では,精子形成細胞は哺育細胞であるセルトリ細胞からの分化情報を得て精子へと分化する。この途中で大多数の精子形成細胞がアポトーシスにより死ぬことが知られていたが,死の意義やその後の運命に関する情報はこれまで十分ではなかった。演者は共同研究者とともに,ラットとマウスを用いて,精巣初代培養細胞によるin vitroアッセイ系および生きた動物を使ったin vivoアッセイ系を構築し,死んだ精子形成細胞の運命と死の意義とを解析した。その結果,精子形成細胞はセルトリ細胞にアポトーシス選択的に貪食され,この反応はアポトーシス精子形成細胞表層に出現する膜リン脂質ホスファチジルセリンとセルトリ細胞表層のクラスBスカベンジャー受容体タイプIとの結合を介して行われると判明した。さらに,精子形成細胞の貪食を阻害すると精子形成の遅延が観察され,アポトーシス精子形成細胞の貪食除去が精子形成過程の進行に必要だと考えられた。これは,アポトーシス依存的な細胞貪食反応が生理的現象に必要であることを示す初めての研究成果となった。
高橋良輔,舘野美成子,井上治久,漆谷 真,金 然正
(理化学研究所脳科学総合研究センター 運動系神経変性研究チーム)
筋萎縮性側索硬化症 (ALS) は選択的な全身の運動ニューロンの変性脱落を特徴とする難病であるが,約10年前に常染色体優性遺伝性の家族性ALS (FALS) の病因遺伝子としてスーパーオキサイドディスムターゼ1 (SOD1)が同定されたことにより,分子機構の解明が進んでいる。SOD1はubiquitousに発現しているが,FALSにおいて変性するのは運動ニューロン系を中心とした一部の神経系のみである。これまで同定された100種類以上の変異がほとんど点変異であり,タンパクを欠損する例はない。SOD1は酸素ラジカルであるスーパーオキサイドを解毒する酵素であるが,酵素活性がほぼ正常な変異ヒトSOD1のトランスジェニックマウス(変異SOD1マウス)でもALS類似の症状と病理所見を呈することなどから,変異によって酵素の機能低下でなくSOD1に新たに細胞毒性が付与される (gain of toxic function) ことが運動ニューロン変性の原因になると考えられている。最近になって,変性部位でのみ変異SOD1がミスフォールド化し凝集形成する驚くべき現象が見出され,gain of functionの実体と目されている。しかし部位特異的な構造変化を促進させる因子についてはよくわかっていない。本講演では我々が見出したSOD1の構造変化を促進させる因子を紹介し,そのALSの病態への関連について議論する。
垣塚 彰(京都大学大学院生命科学研究科 高次生体統御学分野)
ハンチントン病,Machado-Joseph病 (MJD) 等の遺伝性神経変性疾患は原因遺伝子内の伸長したCAGリピートが作り出すグルタミンリピート(ポリグルタミン)の凝集によって発症すると考えられるため,「ポリグルタミン病」と呼ばれる。しかし,何故ポリグルタミンが神経細胞変性や細胞死を引き起こすかは十分に解明されていない。我々は当初より異常タンパク質の蓄積・凝集が神経変性・神経細胞死を引き起こす本体であると考え,ポリグルタミンをモデルに用いて神経変性疾患の発症メカニズムの解析を行ってきた。その結果,AAA ATPase蛋白質の一つp97/VCPが神経変性疾患において重要な役割を果たす可能性を見出した。本発表では,1) ATPase活性の消失したVCPは,細胞に空胞変性と細胞死を誘導すること,2) VCPがいろいろな蛋白質修飾を受けること,3) 神経変性疾患で共通するVCPの蛋白質修飾が起きている可能性があること,4) 蛋白質修飾によってVCPのATPase活性が制御されること,5) ショウジョウバエのポリグルタミン病モデルにおいて蛋白質修飾をうけるVCPのアミノ酸を変異させたVCPを強制発現させた場合におこるショウジョウバエの複眼の変性に対する影響を紹介し,VCPが関わる神経変性疾患に共通する発症機構と神経変性疾患の治療ターゲットとしてのVCPの可能性を議論する。
柳 茂(神戸大学大学院医学系研究科 機能ゲノム学分野)
神経回路形成の反発因子セマホリンは軸索の反発と不要な軸索を除去する。今回,セマホリンのシグナル伝達に関与するCRMPの結合蛋白質として新規GTPase CRAG(CRMP-Associated GTPase) を同定した。CRAGはUVなどの活性酸素種(ROS)を発生するストレスによって核移行し,ユビキチンを伴う封入体を形成する。そして核内においてPMLと結合し,PML bodyの形態変化 (Large ring-like structure) とPMLのユビキチンリガーゼを活性化することが見いだされた。その結果,核内転写調節によるストレス応答を伝達することにより,細胞の生存に有利に作用しているものと推測される。一方,CRAGはROS依存性にポリグルタミン変性蛋白質の核封入体形成とユビキチン・プロテアソーム経路による分解を促進することにより,ポリグルタミン病の病態に関与していることが示された。また,セマホリンによるROS発生依存性に,CRAGはCRMPとともに封入体を形成し,細胞外へと放出されるという軸索消失機構と関連する現象を観察した。今回のCRAGの発見により,軸索消失機構とポリグルタミン病においてROSシグナルという共通の分子メカニズムと新しいシグナル伝達機構の存在が示された。
三浦正幸(東京大学大学院薬学系研究科 遺伝学教室)
我々は,Reaperの作用機序に含まれる細胞死制御因子を同定する目的で,Reaperの細胞死誘導活性に基づく表現型を指標に,ゲノムの80% 以上をカバーする染色体欠失系統のスクリーニングを行った。その結果それぞれJNK経路を活性化する能力を有するDrosophila ASK1 (DASK1)とDrosophila TRAF1 (DTRAF1) がReaperの細胞死誘導活性に関与するものとして同定された。さらに,DTRAF1,DASK1を介したJNKの活性化がどのようにしてReaperに制御されているのか知るために,遺伝学的・生化学的な解析を行ったところ,(1) DTRAF1による細胞死誘導とJNKの活性化はDIAP1により制御され,その抑制はE3ユビキチンligase活性を持つDIAP1によるDTRAF1の分解に依存していること,(2) Reaperの発現でDIAP1はユビキチン化が亢進されて分解されるため,DTRAF1が安定化してJNKカスケードの活性化が見られる事が明らかとなった。我々のスクリーニングにより新たに同定されたAPTX7は,キナーゼドメインを持ちJNK活性化能を有していた。さらにAPTX7タンパク質はDIAP1の分解を促進しReaperと同程度に細胞死を誘導する事が明らかになった。今回,個体レベルでの研究により遺伝学的に明らかとなった,IAP分解機構と細胞死実行カスケードに関与するJNKの活性化機構について報告したい。
清水貴浩,高橋信之,前野恵美,王 暁明,田辺 秀,浦本裕美,沼田朋大,岡田泰伸
(生理学研究所 機能協関部門)
スタウロスポリン (STS) によるミトコンドリア刺激の場合も,FasリガンドやTNFαによるデスレセプター刺激の場合にも,カスパーゼ活性化に先んじて細胞丸ごとの縮小化 (apoptotic volume decrease:AVD) が多くの細胞で発生する。このAVDはCl- チャネルブロッカーによって阻止され,このときにはその後のアポトーシス諸反応も消失する。培養心筋細胞にSTSを投与したときも同様の結果が得られた。DIDSの効果は外液からのHCO3-除去によっても全く影響を受けず,アニオンエクスチェンジャーに作用しているものではないことが結論された。HeLa細胞にSTSやFasリガンドやTNFαを投与するとAVD発生時期に対応してCl-電流の活性化が認められた。STSの場合にはROS産生がこれに共役しており,スカベンジャーでCl-電流活性化もAVD発生も阻止された。FasリガンドやTNFαの場合にはそのような早期ROS産生もスカベンジャーのCl-電流阻止効果も認められなかった。心筋細胞の虚血・再灌流性アポトーシス死の場合にも,ROS産生とスカベンジャー感受性が認められた。
清水重臣,辻本賀英(大阪大学大学院医学系研究科 遺伝子学)
アポトーシスのシグナル伝達機構にはミトコンドリアの膜透過性変化が関与しており,Bcl-2ファミリー蛋白質はこれを調節することにより細胞死を制御している。Bcl-2ファミリー蛋白質のうち,Bax/Bakはアポトーシスに不可欠であることが,ダブルノックアウトマウスの解析より明らかにされている。我々は,これを確認するためにBax/Bakダブルノックアウトマウスを作製し,embryonic fibloblastや胸腺細胞の解析を詳細に行った。その結果,(1)これらの細胞にアポトーシス刺激を加えても,アポトーシスは観察されないが,non-apoptoticな細胞死は観察されること,(2)この細胞死には,オートファジー様の形態変化を伴うこと,(3)オートファジーを抑制することにより緩和されること,を見いだした。これらの結果より,Bcl-2ファミリー蛋白質はアポトーシスのみならず,non-apoptoticな細胞死をも制御している可能性が示された。この細胞死に関する詳細な解析結果,ならびにミトコンドリアの膜透過性亢進機構に関する最新の知見を報告する。
仁科博史(東京大学大学院薬学系研究科・生理化学教室)
我々は,ストレス応答性SAPK/JNK系シグナル伝達系の生理的な役割を解明する目的で,2種類の活性化因子SEK1/MKK4やMKK7を欠損するマウスや細胞を作出してきた。その結果,1) SEK1やMKK7欠損マウスは肝形成不全を伴う胎生致死となること,2) SEK1, MKK7→SAPK/JNK→ c-Junシグナル伝達系が細胞周期制御因子CDC2の遺伝子発現を誘導して肝芽細胞の増殖を制御すること,3) SEK1, MKK7→SAPK/JNK→c-Junシグナル伝達系は繊維芽細胞の増殖を促進し,また細胞老化を抑制すること,4) ES細胞ではSAPK/JNK活性化はストレス誘導性のアポトーシスに必須ではないこと,5) SEK1やMKK7を欠損しSAPK/JNK活性化が著しく低下している繊維芽細胞を継代するとストレス誘導性アポトーシスに耐性の細胞株が出現することを見い出した。これらの結果は,SAPK/JNKシグナル伝達系が細胞の増殖,老化,生死の制御に深く関与していることを示している。
中野裕康(順天堂大学医学部・免疫学教室)
これまでの研究によりERストレスと酸化ストレスとのクロストークが示唆されているものの,その詳細なメカニズムは明らかとなっていない。そこで,本研究ではTNFα刺激によりROS依存性にネクローシスの誘導されるL929細胞を用いて,TNFα刺激がこの細胞にROS依存性にERストレスを誘導するかを検討した。TNFα刺激によりERストレス時に活性化される3つの経路(すなわちPERK, ATF6およびIRE1/XBP1経路)のすべてが活性化されることが明らかとなった。この活性化はTNFα刺激によってROS産生の認められない野性型の胎児線維芽細胞 (MEF) では誘導されず,さらに抗酸化剤であるBHAでほぼ完全に抑制されたことより,TNFα刺激によりL929細胞に誘導されるERストレス応答はROS依存性であることが明らかとなった。一方,興味深いことに,ERストレスを誘導することの知られているtunicamycinで細胞を前処理することにより,その後のTNFα刺激により誘導されるROS産生が著明に抑制されることより,ERストレス時に誘導される遺伝子群の中にTNFα刺激により誘導され,ROS産生を抑制する遺伝子が存在することが明らかとなった。
一條秀憲(東京大学大学院薬学系研究科 細胞情報学教室)
Apoptosis Signal-regulating Kinase (ASK)1はJNKとp38MAPキナーゼの上流に存在するMAPKKKである。これらのMAPキナーゼ経路は,様々な環境ストレスに応答して細胞の生死や分化をはじめとする多様な生物活性をコントロールするためのシグナル伝達系として機能している。ASK1ノックアウトマウスの解析により,ASK1が酸化ストレスや小胞体ストレスによるアポトーシスに必要なシグナルであることが明らかになり,またASK1がポリグルタミン病やアルツハイマー病において認められる神経細胞死のメディエーターとしてこれらの疾患に関わっていることも示唆されている。一方,ASK1は一部のToll-like Receptorの下流で主にp38の活性化を選択的に担うことによって自然免疫応答に必須の働きをすることも明らかになってきた。本講演では,活性酸素 (ROS) によるASK1の新たな活性制御機構について紹介するとともに,ASKファミリー経路を介するストレス応答機構ならびにその病態生理的役割について討論したい。