生理学研究所年報 第26巻
 研究会報告 年報目次へ戻る生理研ホームページへ

4.消化管機能ー吸収分泌機能の病態生理

2004年12月16日−17日
代表・世話人:鈴木裕一(静岡県立大学 食品栄養科学部)
所内対応者:岡田泰伸

(1)
胃酸分泌機構に関与する塩素イオン輸送蛋白質
酒井秀紀,高橋佑司,大平裕太,藤井拓人,森井孫俊,竹口紀晃
(富山医科薬科大学 薬学部 薬物生理学)
(2)
 Vibrio mimicusの溶血毒が腸管上皮細胞イオン輸送に与える影響
高橋 章(徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部
生体システム栄養科学部門 医療栄養科学講座 代謝栄養学分野)
(3)
海水ウナギの上部食道括約筋の収縮調節:飲水行動の調節
安藤正昭(広島大学 総合科学部 総合生理学研究室)
(4)
飲酒行動に関与するコレシストキニン受容体
宮坂京子,細矢博子,関目綾子,高野紗恵子,太田稔,金井節子
(東京都老人総合研究所 生体機能調節と加齢研究グループ)
(5)
消化管におけるβカロテン開裂酵素遺伝子の発現とその調節
合田敏尚,駿河和仁(静岡県立大学 食品栄養科学部 栄養生理学研究室)
(6)
小腸絨毛上皮下線維芽細胞ネットワークは小腸のメカノセンサーか
古家喜四夫1,古家園子2,曽我部正博1,3,4
1科学技術振興機構 細胞力覚プロジェクト,2生理学研究所 脳機能計測センター,
3名古屋大学大学院医学研究科,4生理学研究所 細胞内代謝部門)
(7)
消化管上皮の細胞代謝を制御するmembrane-type serine protease 1
都築 巧(京都大学大学院農学研究科)
(8)
マウス胚性幹細胞から分化誘導した腸管様細胞塊
高木 都,中山晋介,三澤裕美,中川 正
(奈良県立医科大学医学科 第二生理学,名古屋大学大学院医学研究科
医学部細胞科学)
(9)
ペプチドミルク哺育ラットにおける膵消化機能発達の遅延
木ノ内 俊,矢島 高二(明治乳業(株)食機能科学研究所)
(10)
生体エネルギー代謝に及ぼすAMPキナーゼの調節作用
箕越靖彦(生理学研究所 生殖・内分泌系発達機構研究部門)
(11)
若齢および老齢ラットにみられるNPY, orexin, ghrelinの摂食促進効果の相違
高野紗恵子1,2,金井節子1,細矢博子1,太田 稔1,植松 宏2,宮坂京子1
1東京都老人総合研究所 生体機能調節と加齢研究グループ,
2東京医科歯科大学 高齢者歯科学)
(12)
胃幽門線粘液開口放出の調節機構
中張隆司(大阪医科大学 第一生理)
(13)
上皮膜におけるCFTRクロライドチャネルとSLC26クロライド重炭酸イオン交換輸送体の機能連関
洪 繁,石黒 洋,成瀬 達
(名古屋大学大学院 病態修復内科学,名古屋大学大学院 健康栄養医学)
(14)
膵導管細胞の管腔膜を介する重炭酸イオン輸送
石黒 洋1,洪 繁2,近藤孝晴1,成瀬 達2
1名古屋大学大学院医学系研究科 健康栄養医学(総合保健体育科学センター),
2名古屋大学大学院医学系研究科 病態修復内科学)
(15)
耳下腺での重炭酸イオン分泌機構(逆転電位測定グラミシジン穿孔パッチ法による解析)
廣野 力,柴 芳樹,杉田 誠,岩佐 佳子
(広島大学大学院 医歯薬学総合研究科 病態探究医科学講座 口腔生理学研究室)
(16)
複合培養細胞系を用いた腸管上皮細胞と免疫系細胞の相互作用解析
薩 秀夫,清水 誠
(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻食糧化学研究室)
(17)
ラット小腸杯細胞が産生する酸性ムチンの変動ー寄生虫感染とカテキン投与
石原和彦1,2,伊東祐子2,高野裕子2,中村 健3
1北里大学 医療衛生学部 病態生化学,2北里大学大学院医療系研究科 生体制御生化学,
3北里大学 医学部 寄生虫学)
(18)
マウス盲腸におけるHCO3-分泌とプロピオン酸吸収
鈴木裕一,林 久由,川俣幸一(静岡県立大学 食品栄養科学部)

【参加者名】
古家喜四夫(科学技術振興機構 細胞力覚プロジェクト),薩 秀夫(東京大学大学院 農学生命科学研究科),宮坂 京子,太田 稔,細矢博子,関目綾子,高野紗恵子(東京都老人総合研究所 生体機能調節と加齢研究グループ)成瀬 達,洪 繁(名古屋大学大学院 医学系研究科),石黒 洋(名古屋大学 総合保健体育科学センター),柴 芳樹,廣野 力(広島大学大学院 医歯薬総合研究科口腔生理学),宮本賢一(徳島大学大学院 ヘルスバイオ研究部分子栄養分野),石原和彦(北里大学医療衛生学部 同大学院医療系研究科),桑原厚和,三井 烈(静岡県立大学 環境科学研究所),山本 武(富山医科薬科大学 和漢薬研究所),高木 都(奈良県立医科大学 第二生理),都築 巧(京都大学大学院 農学研究科),安藤正昭(広島大学 総合科学部),高橋 章(徳島大学大学院 ヘルスバイオ研究部代謝栄養学),鈴木裕一,合田敏尚,林 久由,内山尚和(静岡県立大学 食品栄養科学部),中張隆司,藤原祥子,加藤益美(大阪医科大学 生理学),酒井秀紀,藤井拓人(富山医薬大 薬学部薬物生理),矢島高二,木内 俊(明治乳業 食機能化学研究所),箕越靖彦,岡田泰伸(生理学研究所)

【概要】
 研究会は12月16日と17日の2日間行われ,34名の参加を得た。1日目の午後に10演題の発表,2日目の午前に8演題の発表が行われた。その内容として,腸管栄養素吸収,分泌腺からの分泌,上皮下線維芽細胞等に関する基礎的な研究の発表が行われた。発生分化や比較生理学的な側面の発表もあった。寄生虫感染,細菌感染,炎症モデル系の開発に関する発表もあった。また,食欲や代謝調節といった,消化管と極めて密接に関連した内容の発表も行われた。ほぼ総ての発表において,多かれ少なかれ病態生理との関連が議論された。病態生理的側面の研究は,治療に結びつく応用面での効果のみならず,学問発展の上で極めて有効なアプローチの一つであることが明らかになった。また,総ての発表に関してきわめて活発でsuggestiveな討論が行われた。今後の消化管の研究の発展につながる有意義な研究会であった。

 

(1) 胃酸分泌機構に関与する塩素イオン輸送蛋白質

酒井秀紀,高橋佑司,大平裕太,藤井拓人,森井孫俊,竹口紀晃
(富山医科薬科大学 薬学部 薬物生理学)

 胃酸 (HCl) のプロトンはH+, K+-ATPaseにより分泌されることがわかっているが,塩素イオンの分泌機構については未確定である。これまで,米国のグループにより塩素イオン分泌の分子実体としてはClC-2塩素イオンチャネルが提唱されている。我々はClC-2の胃における発現と分布を調べ,胃酸分泌への関与を検討した。また,ClC-5の発現についても検討した。ClC-2導入細胞の膜タンパク質をポジティブコントロールとしたウェスタンブロットの結果,ウサギとラットの胃粘膜にはClC-2は検出できなかった。ラット胃粘膜における免疫組織染色においてもClC-2のシグナルは検出できなかった。これらの結果から,ClC-2が塩素イオン分泌の分子実体ではないと考えられた。一方,我々はH+, K+-ATPaseに富むブタ胃ベシクルにClC-5が多く発現していることを見出した。ブタ胃粘膜においてClC-5とH+, K+-ATPaseとの細胞内局在部位が一致した。また,胃ベシクルを用いた免疫沈降により,ClC-5とH+, K+-ATPaseが分子会合していることが示唆された。

 

(2) Vibrio mimicusの溶血毒が腸管上皮細胞イオン輸送に与える影響

高橋 章(徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部
生体システム栄養科学部門医療栄養科学講座 代謝栄養学分野)

 細菌性食中毒の主要な臨床症状の一つとして下痢が挙げられる。下痢が起こるとき,腸管での物質分泌吸収に変化が起こると考えられる。このとき腸管でのイオン分泌吸収も変化すると考えられる。本研究では,vibrio mimicusの産生分泌する溶血毒 (VMH) が,腸管上皮細胞のイオン輸送に与える影響について解析を行った。フィルター上に単層培養したヒト培養腸管上皮細胞(Caco-2細胞)に1μg/mlのVMHを添加すると,短絡電流の増加を認め,またCaco-2細胞からの125Iの流出を促進した。これはCaco-2細胞からのCl-分泌を促進するためであると考えられた。VMHは細胞内Ca2+濃度と細胞内cAMP量を増加させた。さらにVMHによる短絡電流の増加や125Iの流出促進は,細胞内Ca2+濃度増加阻害やRp-cAMPの前投与により阻害された。これらのことより,VMHは細胞内Ca2+濃度増加やcAMP量増加に依存的に腸管上皮細胞からのCl-分泌を促進させると考えられた。

 

(3) 海水ウナギの上部食道括約筋の収縮調節:飲水行動の調節

安藤正昭(広島大学 総合科学部 総合生理学研究室)

 飲水行動は大部分の陸上脊椎動物や海産魚にとって,生命維持のための必須の行動である。海水ウナギは水中に棲むので,上部食道括約筋 (UES) が弛緩すれば水は消化管に入る。そのぶん神経回路も単純で,モデルとしては哺乳類より優れていると思われる。UESは延髄のGlossopharyngeal vagal motor complex (GVC) によってCholinergic innervationを受けている。迷走神経は延髄を出た後10本の分枝に別れるが,そのうち5番目の分枝 (X5) のみがUESを支配していた。X5の至適周波数は20 Hz付近で,同様の至適周波数は除神経したUES筋でも見られ,それは温度やCa2+-ATPase阻害剤の影響を受けた。延髄のGVCニューロンの自発発火も20 Hz付近であった。このことはウナギのUESは通常強く収縮し,水が消化管に入らないようになっていることを示唆する。一方UES筋はIsotocin (IST) によって濃度依存的に弛緩する。この効果はOxytocin受容体のAntagonistである (d (CH2)51, Tyr (Me)2, Thr4, Orn8, Tyr-NH29) Vasotocinによって完全に抑えられた。また8Br-cAMP, Forskolin, IBMXもISTと同様な効果を示すことから,ISTはcAMPを介して弛緩を惹起していると考えられる。ISTはまた神経刺激によるUESの収縮を増強させた。以上の結果から,ISTは迷走神経の効果にコントラストをつけていることが考えられる。

 

(4) 飲酒行動に関与するコレシストキニン受容体

宮坂京子,細矢博子,関目綾子,高野紗恵子,太田 稔,金井節子
(東京都老人総合研究所 生体機能調節と加齢研究グループ)

 慢性膵炎のうち特に男性ではアルコールに起因する頻度が高く,70% 近くを占めている。しかしアルコール多飲(依存症)者の90% 以上が肝臓障害を伴うのに比較し,慢性膵炎と診断される割合は〜5% に留まっている。このギャップの原因は,遺伝的要因の相違が関係することが予測されているが明らかでない。アルコールや薬物に対する嗜好性は,脳におけるmesolimbic dopamine neuronが重要である。この経路には約40〜50%にCCKが混在し,側坐核ではCCK-A受容体(R)がdopamine releaseを調節している。そこでCCK-AR遺伝子多型 (A-81G, G-128T) の分布をしらべたところ,-81Gアリルの頻度がアルコール依存症で有意に高く,-81Gアリルを持つ依存症の個体は,より難治性であった。しかし,慢性膵炎では対照群と差を認めなかった。Cell line化されたCCK-ARを発現するヒト細胞が存在しないため,マウス由来STC-1細胞で検討したが,変異は転写活性をわずかに減少させたのみで有意ではなかった。そこで,CCK-AR (-/-) マウスを用いて解析した。CCK-AR (-/-)マウスは,飲酒量,飲水量が共に増加していた。また,CCK-AR (-/-) マウスは夜間の行動量が高い傾向を示した。側坐核のdopamine2R をWestern blotで測定すると,CCK-AR (-/-) マウスでは,dopamine2R発現量が有意に増加していた。ドーパミン2R (-/-) マウスは,行動量や意欲が低下し,酒を嫌うという報告があることから,CCK-AR欠損がドーパミン系の機能を変化させたことが関係していると考えられる。

 

(5) 消化管におけるβカロテン開裂酵素遺伝子の発現とその調節

合田敏尚,駿河和仁(静岡県立大学 食品栄養科学部 栄養生理学研究室)

 βカロテン開裂酵素(以下BCMO)は,β-カロテン1分子から2分子のレチナールを産生する15, 15’-BCMOと1分子のβ-アポカロテナールを産生する9’,10’-BCMOが存在し,最近,ヒトやラットなどからそれぞれのcDNAがクローニングされた。本研究では,ラットの各組織および腸管各部位における2種類のBCMO遺伝子についてその発現量をリアルタイムRT-PCR法により定量的に解析した。7週齢のSD系雄ラットの各組織の15, 15’-BCMO mRNA量は,肝臓に比べて小腸では高く,その中でも空腸上部で最も高かった。9’, 10’-BCMO mRNA量は,小腸上部と肝臓で同じ程度の発現量を示したが,空腸上部の9’, 10’-BCMO mRNA量は15, 15’-BCMOの10%に過ぎなかった。ラットに19%コーン油食を経口投与し,投与6時間後に空腸におけるこれら2種類のBCMOのmRNA量を調べたところ,15, 15’-BCMO mRNA量が脂肪投与により減少していた。ヒトとラットの15, 15’-BCMO遺伝子の5’上流域にはTATAbox近傍にDR-1型の核内レセプター応答領域があり,HNF4が顕著に結合していた。摂取したβカロテンは,小腸では主に15, 15’-型のBCMO によってレチナールに転換していると考えられるが,脂肪の摂取はその転換を抑制する可能性が考えられた。

 

(6)小腸絨毛上皮下線維芽細胞ネットワークは小腸のメカノセンサーか

古家喜四夫1,古家園子2,曽我部正博1,3,4
1科学技術振興機構 細胞力覚プロジェクト,2生理学研究所 脳機能計測センター,
3名古屋大学大学院医学研究科,4生理学研究所 細胞内代謝部門)

 小腸絨毛上皮下線維芽細胞(Subepithelial Fibroblasts)は,上皮基底層直下でネットワークを形成しており,平滑筋や血管にもその突起を伸ばし,エンドセリン,ATP,Sub-Pなど多様な受容体を持ち,細胞内cAMP濃度に応じて細胞の形態を変化させる等の特徴を持つ。さらにこの細胞はタッチやストレッチといった機械刺激に反応し,細胞内Ca2+上昇とATPの放出そして周りの細胞のP2Y1受容体活性化による細胞間Ca2+波を誘起する。この機械的刺激に対する応答性は細胞の形態に依存しており星状になった細胞では抑制された。このような性質から小腸絨毛下線維芽細胞は絨毛の機械的性質や物質の透過性を制御していると考えられる。また,小腸は水や食物による機械刺激を感知し蠕動運動を開始するなど感覚器とも考えられているが,このメカノセンサーはまだ明らかではない。小腸絨毛の知覚神経終末は絨毛下線維芽細胞のネットワーク直下まで入り込んでおりP2Xイオンチャネル型のATP受容体を持っている。小腸絨毛下線維芽細胞は,絨毛の動きを感受しATPを放出しこの神経のP2Xを活性化することによって,小腸におけるメカノセンサーとして機能していることが示唆される。

 

(7) 消化管上皮の細胞代謝を制御するmembrane-type serine protease 1

都築 巧(京都大学大学院農学研究科)

 Membrane-type serine protease 1 (MT-SP1) は上皮細胞で発現する膜結合性のセリンプロテアーゼである。本酵素は悪性腫瘍の浸潤・転移に関与すると考えられているが,正常組織における生理的役割については十分に明らかでない。著者らは正常ラットを用いた検討によりMT-SP1のmRNAが小腸絨毛の先端部で最も強く発現していることをみいだした。In vitroにおいてリコンビナントMT-SP1はフィブロネクチンやラミニンといった基底膜を構成する蛋白質を分解することや,ウロキナーゼ型プラスミノーゲンアクチベーターを活性化することもわかった。正常組織における本酵素の細胞内局在は完全にはわかっていないが,Caco-2細胞を用いた検討から,本酵素は基底膜側(バソラテラル側)にソートされるということがわかった。活性化後はectodomain sheddingにより膜から遊離するので,本酵素は基底膜に接触することが可能であることが示唆された。著者らは本酵素が上皮細胞と基底膜の接着を制御し,このことによって上皮細胞の増殖・分化または細胞死(細胞代謝)に大きな役割を果たしているものと推察している。

 

(8) マウス胚性幹細胞から分化誘導した腸管様細胞塊

高木 都,中山晋介,三澤裕美,中川 正
(奈良県立医科大学医学科 第二生理学,名古屋大学大学院医学研究科 医学部細胞科学)

 私たちはこれまでマウス胚性幹(ES)細胞から分化誘導した腸管様細胞塊(ES腸管)が,1) 蠕動様の自発運動を起こすこと,2) 形態学的には粘膜,ペースメーカー細胞(ICC),平滑筋層,ギャップジャンクション等が誘導されていること,3) 電気生理学的にはプラトー電位や電気的な徐波 (slow wave) を発生させること,4) Caイメージング法によりCaオッシレーションを起こしていること等を報告してきた (Stem Cells 2004; 20: 41-149, Am J Physiol Cell Physiol 2004; 286: C1344-1352)。しかし,蠕動様の運動の発生に必須と思われる壁内神経系(壁内神経節からなるネットワーク)は見いだすことができなかった。そこで,ES腸管における蠕動様の自動運動における壁内神経系の関与を解析するために,ES腸管に壁内神経系を構築する方法をESの培養方法を工夫することによって分化誘導する方法を見つけることができた(詳細は特許出願予定のため省略)。ついで,壁内神経系を分化誘導できたES腸管において,蠕動様の運動のビデオ記録を始めとしてES腸管の壁内神経系が生理的な機能を果たしているかどうかの解析を試みたので,その予備的な結果を報告する。

 

(9) ペプチドミルク哺育ラットにおける膵消化機能発達の遅延

木ノ内 俊,矢島高二(明治乳業(株)食機能科学研究所)

 乳児用ミルクの中には,乳タンパク質の代わりの原料として低アレルゲン性のペプチドを利用したものがある。そこで,ペプチドミルクの膵消化機能発達に対する影響について検討した。その結果,1)乳タンパク質分解ペプチドの膵酵素分泌促進作用は未分解の乳タンパク質に比べて顕著に弱いことが確認された。2)膵臓重量はいずれの日齢においてもペプチドミルク群が有意に低く,膵アミラーゼ量,膵トリプシン量はペプチドミルク群が顕著に低いことが確認された。3)ペプチドミルク群は摂取タンパク質に応答して膵消化酵素分泌量を増加させる機能が明らかに弱いことが示された。以上の結果から,ペプチドミルクでの哺育は膵消化機能発達の遅延の原因となる可能性があることが示唆された。

 

(10) 生体エネルギー代謝に及ぼすAMPキナーゼの調節作用

箕越靖彦(生理学研究所 生殖・内分泌系発達機構研究部門)

 AMPキナーゼ (AMP-activated protein kinase) は,5’-AMPによって活性化するserine/threonine kinaseである。AMPキナーゼは,細胞内のエネルギーレベルが低下(AMP/ATP比が上昇)によって活性化し,代謝,イオンチャネル活性,遺伝子発現を変化させて細胞内ATPレベルを回復させる。しかし最近の研究により,AMPキナーゼは,メトホルミンやチアゾリジン系誘導体などの糖尿病治療薬,運動,レプチンやアディポネクチンなどのホルモン,さらには自律神経系によって活性化することが報告され,細胞内エネルギー代謝だけでなく,個体全体の糖・脂質代謝調節ならびにエネルギー消費の調節に関与することが明らかとなった。さらにごく最近,視床下部AMPキナーゼが摂食行動に対して制御作用を営むことが判明し,AMPキナーゼは摂食行動とエネルギー消費機構の両調節に関わるシグナル分子として注目されている。本発表では,脂肪細胞産生ホルモン・レプチンの調節作用に関する私どもの研究成果を中心に,生体エネルギー代謝調節におけるAMPキナーゼの働きについて紹介する。

 

(11) 若齢および老齢ラットにみられるNPY, orexin, ghrelinの摂食促進効果の相違

高野紗恵子1,2,金井節子1,細矢博子1,太田 稔1,植松 宏2,宮坂京子1
1東京都老人総合研究所 生体機能調節と加齢研究グループ,
2東京医科歯科大学,高齢者歯科学)

 加齢に伴う食欲低下は健康な高齢者においてもしばしば認められ,食物摂取に関する液性あるいは神経性調節の加齢変化による生理的現象として出現する。

 そのメカニズムを探るため,摂食促進因子であるorexin-A, -B, NPY, およびghrelinの脳室内投与による効果を若齢,老齢ラット間で比較検討した。Orexin-AとNPYは若齢ラットにおいて用量依存的に食物摂取を増加させたが,老齢ラットでは全く効果がみられなかった。Ghrelinはどのラットにおいても用量依存的に摂食行動を亢進させた。Orexin-Bはどのラットでも有意な摂食量の増加を認めなかった。

 老齢ラットでorexin-Aの摂食促進効果が欠如した原因を調べるため,視床下部におけるorexin受容体 (OX1R , OX2R) のタンパク発現量をWestern blottingにより測定した。OX1Rは若齢ラットと比べて老齢ラットでは有意に減少しており,OX2Rは若老間で有意な変化は見られなかった。

 老齢ラットにおけるorexin-Aの摂食促進効果の欠如には視床下部のOX1Rの減少が関与していることが示唆される。NPY,ghrelinについても今後実験を進める予定である。

 

(12) 胃幽門線粘液開口放出の調節機構

中張隆司(大阪医科大学 第一生理)

 胃幽門腺粘液細胞開口放出は一過性の高い開口放出頻度を持った初期相と持続的な低い頻度の定常相からなるCa2+-調節性開口放出により主に調節されている。一方cAMP-調節性開口放出の頻度はCa2+-調節性開口放出の5-10%低いが,Ca2+-調節性開口放出の二つのステップを修飾することにより著明に増強している。さらに,アセチルコリンによる細胞内Ca2+濃度の上昇はプロスタグランディンE2 (PGE2) 産生,放出を増加させていた。細胞内Ca2+濃度の上昇はCa2+調節性開口放出のみならず,PGE2を介したautocrine mechanismにより,開口放出を増強していることが明らかとなった。このautocrine mechanismは,PGE2合成阻害薬であるindomethacin (IDM),或はaspirin (ASA) により抑制される一方で,IDM単独では開口放出を僅かではあるが活性化した。またAAは胃幽門線において開口放出を活性化した。以上より,胃幽門腺粘液細胞では,ACh刺激時にはPGE2によるautocrine mechanismにより維持されていることが明らかとなったが,さらにAAにより修飾されていることが示唆された。

 

(13) 上皮膜におけるCFTRクロライドチャネルとSLC26クロライド重炭酸イオン交換輸送体の機能連関

洪 繁,石黒 洋,成瀬 達
(名古屋大学大学院 病態修復内科学,名古屋大学大学院 健康栄養医学)

 外分泌上皮膜はクロライドイオン (Cl-) と重炭酸イオン (HCO3-) を分泌する。最近このCl-とHCO3-輸送にCFTR Cl-チャネルとSLC26陰イオン輸送体が重要な役割を果たしていると考えられている。以前我々はSLC26に属するDRAの陰イオン輸送活性がCFTRにより著明に活性化されることを報告したが,これらの蛋白間相互作用部位についてはわかっていない。そこで今回はSLC26輸送体のうちDRAとCFTRの蛋白間相互作用部位およびSLC26がCFTRに及ぼす影響について検討した。HEK293細胞にCFTR及びSLC26輸送体を遺伝子導入により発現させ,その機能を細胞内pH測定法およびパッチクランプ法にて測定するとDRAの陰イオン交換活性は約6倍に,CFTR Cl- 電流は約2.5倍に増加した。DRAの細胞内ドメインであるSTASのみをCFTRと共に細胞に発現させてもCFTR Cl-電流は約3倍に増加した。遺伝子変異(I668ins)を導入したSTASは逆にCFTR Cl-電流を抑制した。以上よりSLC26輸送体はCFTRとそのSTASを介して結合し,機能的に連関していると考えられた。

 

(14) 膵導管細胞の管腔膜を介する重炭酸イオン輸送

石黒 洋1,洪 繁2,近藤孝晴1,成瀬 達2
1名古屋大学大学院医学系研究科 健康栄養医学(総合保健体育科学センター),
2名古屋大学大学院医学系研究科 病態修復内科学)

 モルモットの膵臓から単離した小葉間膵管は,管腔内を高濃度(125 mM)のHCO3-溶液で満たした状態でも,secretinで刺激するとHCO3-を管腔内に分泌する。この時,細胞内HCO3-濃度(BCECFによるpH測定)は約20 mM,細胞内電位(微小電極による)は約-60 mVであり,管腔膜を介するHCO3-の電気化学勾配は細胞内から管腔に向かう。今回は,細胞内pH測定による管腔膜HCO3- conductanceの概算を試みた。単離膵管の表層をHCO3--free溶液で,管腔を125 mM HCO3-溶液で灌流し,表層灌流液にはH2DIDSとmethyl-isobutyl-amilorideを加えて基底側膜を介するHCO3-輸送を阻害した。この状態で,表層灌流液のK+濃度を70 mMに上げて脱分極(-40 mV)させると,細胞内pHは上昇した。この管腔膜を介する起電性のHCO3-流入速度からHCO3- conductanceを概算した。

 

(15) 耳下腺での重炭酸イオン分泌機構(逆転電位測定グラミシジン穿孔パッチ法による解析)

廣野 力,柴 芳樹,杉田 誠,岩佐佳子
(広島大学大学院 医歯薬学総合研究科 病態探究医科学講座 口腔生理学研究室)

 ラット耳下腺でのカルバコール(CCh)による陰イオン分泌をグラミシジン穿孔パッチ法で解析したところ,腺房細胞ではCl-が分泌されHCO3-の分泌は少ないこと,導管細胞では主にHCO3-が分泌されることが示唆された。導管でのHCO3-分泌におけるCl-チャネル透過性とHCO3-濃度の関与を明らかにするため,−80 mVに電位固定した条件下で陰イオン電流とコンダクタンスを測定し,陰イオン電流の逆転電位を計算した。CChにより陰イオン電流の誘導とコンダクタンスの増加が起こり,陰イオン電流の逆転電位が−80 mVから数 mV正の方向に上昇した。炭酸脱水酵素阻害剤メタゾラミドはコンダクタンスを抑制せずCChによる逆転電位の上昇と陰イオン電流を抑制したことから,この逆転電位の上昇は細胞内HCO3-濃度の上昇を反映していることが示唆される。CCh刺激によりHCO3-産生亢進によるHCO3-濃度の上昇とイオンチャネル透過性の亢進のもとでHCO3-分泌が維持されていると推定した。HCO3-電流の逆転電位を求めたところ−80 mV付近から約−60 mVに変化した。以上より−80 mVで静止時の細胞内HCO3-濃度はほぼ平衡(1.2 mM)になっているが,刺激時にはHCO3-産生系の活性化でHCO3-濃度が2倍に上昇する結果HCO3-が分泌されることが示唆された。

 

(16)複合培養細胞系を用いた腸管上皮細胞と免疫系細胞の相互作用解析

薩 秀夫,清水 誠
(東京大学大学院農学生命科学研究科,応用生命化学専攻食糧化学研究室)

 腸管上皮細胞とその直下に存在する免疫系細胞との間では,サイトカインなど液性因子を介した相互作用が起きていることが考えられる。そこで我々は腸管上皮細胞とマクロファージ様細胞の複合培養細胞系を構築し,このモデル系において両者の間でどのような相互作用が起きているか解析することとした。腸管上皮細胞のモデルとしてヒト結腸癌由来株化細胞Caco-2を用い透過性膜上で単層培養して小腸上皮様に分化させた。またマクロファージ様細胞のモデルとしてTHP-1を用い,PMA処理によりマクロファージ様に分化させた。THP-1の接着したプレート上にCaco-2を分化させた透過性膜を移すことで,複合培養を開始した。その結果THP-1細胞と複合培養したCaco-2細胞について,LDH毒性試験及び経上皮電気抵抗(TER)を測定したところ,複合培養48時間以降でLDH放出率の増加及びTER値の低下が認められた。そこで,複合培養時にTHP-1が分泌することが確認されたサイトカイン類の中和抗体を加えたところ,抗TNF-α抗体によってCaco-2細胞のLDH放出率の増加及びTER値の低下が有意に抑制された。これよりTHP-1との複合培養によるCaco-2の細胞障害は,THP-1が分泌したTNF-αに起因することが示唆された。

 

(17) ラット小腸杯細胞が産生する酸性ムチンの変動ー寄生虫感染とカテキン投与

石原和彦1,2,伊東祐子2,高野裕子2,中村 健31北里大学 医療衛生学部 病態生化学,
2北里大学大学院医療系研究科 生体制御生化学,3北里大学 医学部 寄生虫学)

 消化管の病態生理とムチンの量的・質的変動との関係を研究するため,我々は抗ムチンモノクローナル抗体(mAb)を開発して来た。今回は,酸性ムチンの特定の糖鎖を認識するmAbであるPGM34(スルホムチンと反応)と,HCM31(シアロムチンと反応)を主として用いた。齧歯類腸管寄生線虫Nippostrongylus braziliensis (N.b)は感染成立後,宿主小腸粘膜の粘膜抵抗性によって排除され,再感染を試みても最終寄生部位に定着することはない。N.bの排虫現象には宿主小腸粘液の量的・質的変動が関与するといわれている。方法:Wistar系ラットにN.b第III期幼虫を感染させ経時的に宿主消化管を採取した。mAbを用いた免疫組織化学染色で消化管を観察すると共に,消化管の各部位からムチンを抽出・分離し,その量的変動およびELISAを用いたmAbとの反応性の変化を調べた。結果:最終寄生部位である小腸上部の重量,ムチン量はN.b感染後増加し,虫体排除が完成する感染15日目で最大となり,その後減少した。組織染色およびELISAの結果から,杯細胞におけるHCM31陽性ムチンの産生が15日前後で顕著となったのに対して,PGM34陽性ムチンの変動は乏しかった。また虫体排除後に再感染を試みた場合,投与6日目前後に同様の変動が見られた。まとめ:腸管寄生虫の感染に伴って,特定の化学的性質をもつ酸性ムチンが宿主小腸の特定の部位で大きく変動することがわかった。

 

 (18) マウス盲腸におけるHCO3-分泌とプロピオン酸吸収

鈴木裕一,林 久由,川俣幸一(静岡県立大学 食品栄養科学部)

 未消化の糖質は大腸で腸内細菌の発酵作用により短鎖脂肪酸(酢酸,プロピオン酸,酪酸)となる。その一部は大腸で代謝され残りの大部分は吸収される。今回Ussing chamberでマウス盲腸プロピオン酸吸収を検討した。管腔側液プロピオン酸25 mM存在下での14C-プロピオン酸吸収速度は(漿膜側液はプロピオン酸を含まない),漿膜側液がHEPES緩衝系(100% O2)のときに比較し,HCO3-/CO2緩衝系(95% O2/5% CO2)のほうが大きく,またこの増大は炭酸脱水酵素阻害剤で抑制された。同様に,漿膜側液HCO3-/CO2依存性の管腔側アルカリ分泌速度と管腔側total CO2分泌速度が観察され,いずれも炭酸脱水酵素阻害剤で抑制された。HCO3-/CO2依存性・炭酸脱水酵素感受性のプロピオン酸吸収速度,管腔側アルカリ分泌速度,および管腔側total CO2分泌速度の3者はほぼ等しい値であった。漿膜側液HCO3-/CO2依存性・炭酸脱水酵素感受性のプロピオン酸吸収は短絡電流変化を引き起こさなかった。結論:マウス盲腸でのプロピオン酸吸収の少なくても一部は,非起電性のプロピオン酸/HCO3-交換輸送により起こる。

 


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