生理学研究所年報 第26巻
 研究会報告 年報目次へ戻る生理研ホームページへ

5.上皮輸送の新たなる展開:生体防御の最前線

2004年11月16日−11月17日
代表・世話人:丸中良典(京都府立医科大学生理機能制御学)
所内対応者:岡田泰伸(細胞器官研究系機能協関部門)

(1)
Meniere’s disease (内リンパ水腫)の病態生理と新しい治療法の開発
河原 克雅,川田 英明(北里大学医学部・生理)
長沼 英明,岡本 牧人(北里大学医学部・耳鼻科)
(2)
高浸透圧刺激による活性化するカチオンチャネルの上皮細胞容積調節における役割
清水 貴浩,岡田 泰伸,サビロブ ラブシャン(生理研・機能協関)
ベーナー フランク(生理研・機能協関,マックスプランク・分子生理)
(3)
アミノ酸トランスポーターの上皮細胞における極性集積と細胞膜移行を規定する因子の探索
金井 好克(杏林大学医学部・薬理学)
(4)
骨シアロタンパク質の転写に対するフラボノイドの影響
小方 頼昌(日本大学松戸歯学部・歯周病学講座)
(5)
ヘリコバクター・ピロリ菌病原因子CagAによるSHP-2シグナルの脱制御
畠山 昌則(北海道大学遺伝子病制御研究所・分子腫瘍分野)
(6)
血圧調節における腎遠位尿細管細胞でのナトリウム再吸収の制御機構
新里 直美,青井 渉,宮崎 裕明,丸中 良典
(京都府立医科大学大学院・生理機能制御学)
(7)
胃幽門線粘液Ca2+調節性開口放出のインドメサシンによる修飾;アラキドン酸による活性化
中張 隆司(大阪医科大学・第一生理)
(8)
変異解析とホモロジーモデリングによる胃酸分泌プロトンポンプの構造機能相関の解明
浅野 真司(立命館大学・情報理工学部)
森井 孫俊(富山医科薬科大学・薬学部)
(9)
大腸イオン輸送とProtease-activated receptor
鈴木 裕一,池原 修(静岡県立大学・食品栄養科学部)
(10)
抗酸化性食品成分による消化管粘膜ホモジネート酸化抑制作用
室田 佳恵子,寺尾 純二
(徳島大学大学院・ヘルスバイオサイエンス研究部食品機能学分野)
(11)
生体内で有効なポリフェノール・フラボノイド
金沢 和樹(神戸大学農学部・生物機能化学科・食品・栄養化学教室)
(12)
ヘリコバクター・ピロリの空胞化致死毒素の作用機序
和田 昭裕(長崎大学・熱帯医学研究所・病原因子機能解析分野)
(13)
偽性低アルドステロン症II型原因遺伝子WNK4キナーゼの膜輸送体局在機構に対する影響
内田 信一,楊 松 昇,山内 小津枝,佐々木 成
(東京医科歯科大学・腎臓内科)
(14)
Isoliquiretigeninの大腸がん予防効果に向けて―ILTGのCOX-2依存性アポトーシス誘発効果―
高橋 徹行,馬場 正樹,奥山 徹(明治薬科大学・天然薬物学)
西野 輔翼(京都府立医科大学・分子生化学)

【参加者名】
河原 克雅(北里大学医学部・生理),川田 英明(北里大学医学部・生理),長沼 英明(北里大学医学部・耳鼻科),岡本 牧人(北里大学医学部・耳鼻科),清水 貴浩(生理研・機能協関),サビロブ ラブシャン(生理研・機能協関),岡田 泰伸(生理研・機能協関),ベーナー フランク(生理研・機能協関,マックスプランク・分子生理),金井 好克(杏林大学医学部・薬理学教室),小方 頼昌(日本大学・松戸歯学部・歯周病学講座),畠山 昌則(北海道大学・遺伝子病制御研究所・分子腫瘍分野),新里 直美(京都府立医科大学大学院・生理機能制御学),青井 渉(京都府立医科大学大学院・生理機能制御学),宮崎 裕明(京都府立医科大学大学院・生理機能制御学),丸中 良典(京都府立医科大学大学院・生理機能制御学),中張 隆司(大阪医科大学・第一生理),浅野 真司(立命館大学・情報理工学部),森井 孫俊(富山医科薬科大学・薬学部),鈴木 裕一(静岡県立大学・食品栄養科学部),池原 修(静岡県立大学・食品栄養科学部),室田 佳恵子(徳島大学大学院・ヘルスバイオサイエンス研究部・食品機能学分野),寺尾 純二(徳島大学大学院・ヘルスバイオサイエンス研究部・食品機能学分野),金沢 和樹(神戸大学農学部・生物機能化学科・食品・栄養化学教室),和田 昭裕(長崎大学・熱帯医学研究所・病原因子機能解析分野),内田 信一(東京医科歯科大学・腎臓内科),楊松 昇(東京医科歯科大学・腎臓内科),山内 小津枝(東京医科歯科大学・腎臓内科),佐々木 成(東京医科歯科大学・腎臓内科),高橋 徹行(明治薬科大学・天然薬物学),馬場 正樹(明治薬科大学・天然薬物学),奥山 徹(明治薬科大学・天然薬物学),西野 輔翼(京都府立医科大学・分子生化学)

【概要】
 上皮組織は,生体における外部からの刺激に対する種々のバリアーとなり,また体内環境の恒常性を保つ上で,重要な役割を担っている。体血圧や体液量といった生命維持に不可欠な要素は上皮組織におけるナトリウム吸収により制御されている。さらに,呼吸器における防御機構はクロライド分泌を通じた水分泌により制御されており,クロライド分泌異常により,種々の感染が引き起こされ,生体機能の重篤な失調を引き起こす。体内環境恒常性維持および生体防御という観点において,上皮組織は,その経上皮輸送を介して,重要な働きを担っている。上皮輸送に関する多くの研究は,内分泌系および神経系といった内因性の制御という観点からなされてきた。しかしながら,外因的な制御物質探索という観点からの研究成果はほとんどない。生体防御および疾病予防の観点から種々の生理活性・薬理活性を有する物質の発見が望まれている。種々の生理活性を有した物質の探索を含め,種々の研究分野で発見されつつある物質の生理活性に関する研究を,生体防御および疾病予防の観点からの研究へと発展させること,および参加者間の共同研究推進を目的として,本研究会の開催した。

 

(1) Meniere’s disease(内リンパ水腫)の病態生理と新しい治療法の開発

河原 克雅,川田 英明(北里大学医学部・生理)
長沼 英明,岡本 牧人(北里大学医学部・耳鼻科)

 メニエール病 (Dr P Meniere, 1799-1862) は,めまい,難聴,耳閉塞感を伴う内耳の病気である。病理組織学的には,内リンパ水腫-膜迷路内圧の増加によるReissner膜の伸展や破断-が観察される。ホルモンと水電解質バランスの異常およびさまざまな身体的ストレス(疲労,感染,精神的圧迫)が発症要因と考えられるが,その詳細は不明である。最近の動物実験 (Kumagami et al, 1998) や臨床的研究 (Takeda et al, 1995) によれば,血中ADH(抗利尿ホルモン)濃度の増加が,内リンパ水腫をひきおこしていることを示唆している。われわれは,ABR(聴性脳幹反射)と微小電極法を用い,(自発呼吸)麻酔下ラット腹腔にADHを投与後,聴力と内リンパ電位 (EP) の一過性低下と,さらに,EPの電位振幅増大(一過性)を観察した。今回用いたADH用量は,実験的(病理組織学的)内リンパ水腫の発症に必要なADH用量の1/10以下であった。これらの結果は,血中ADHの生理的増加が,内リンパ水腫とReissner膜の破断を引き起こさないで,内耳血管条などの内リンパ産生に必要なイオン輸送機構において病的状態をひきおこし,EP低下と聴力低下を引き起こしたことを示す。われわれは,動物実験の結果を元に,メニエール病の新しい治療法の開発を推進している。

 

(2) 高浸透圧刺激による活性化するカチオンチャネルの上皮細胞容積調節における役割

清水 貴浩,岡田 泰伸,サビロブ ラブシャン(生理研・機能協関)
ベーナー フランク(生理研・機能協関,マックスプランク・分子生理)

 ほとんどの上皮細胞において,高浸透圧刺激により生じる細胞収縮後でも,細胞容積は元に戻る。このメカニズムは,調節性容積増加 (RVI) と呼ばれ,NaClの取り込みに伴う水の流入によって成し遂げられる。この過程には,様々なイオン輸送経路が関与していることが知られている。今回我々は,ヒト上皮HeLa細胞において高浸透圧刺激時に活性化するイオンチャネルを見出したので,その電気生理学的性質とRVIへの寄与について検討した。この高浸透圧刺激により活性化されるチャネル活性は電位と時間に非依存的であり,イオン選択性は Na+>K+>Cs+≫Ca2+ であった。また非選択性カチオンチャネルブロッカーであるamiloride,Gd3+,flufenamate,SKF96365を投与してみたところ,amilorideには感受性がなかったが,その他のブロッカーにより阻害された。RVI過程もこれらブロッカーによって抑制された。これらの結果から,HeLa細胞のRVI過程には,高浸透圧刺激後の細胞収縮により活性化されるCa2+非透過性非選択性カチオンチャネルが重要な役割を果たしていることが示唆された。

 

(3) アミノ酸トランスポーターの上皮細胞における極性集積と細胞膜移行を規定する因子の探索

金井 好克(杏林大学医学部・薬理学)

 SLC7 (solute carrier 7) ファミリーに属する12回膜貫通型タンパク質は,その細胞膜移行に1回膜貫通型糖タンパク質を必要とする。この1回膜貫通型タンパク質としては,4F2hc (4F2 heavy chain)とrBAT (related to b0,+-type amino acid transporter) の2つが知られ,両者はそれぞれ特定の12回膜貫通型トランスーターとジスルフィド結合を介して連結し,ヘテロ二量体型アミノ酸トランスポーターを形成する。腎尿細管及び小腸の上皮細胞においては,4F2hcは側基底側に分布し,rBATは管腔側に分布する。4F2hc,rBATによる12回膜貫通型トランスーターの認識は,膜貫通領域周辺により行われ,管腔側/側基底側ソーティングが1回膜貫通型タンパク質の細胞内ドメインにより決定されることが,4F2hcとrBATのキメラ解析により示唆された。

 1回膜貫通型タンパク質rBATは,12回膜貫通型トランスーターBAT1と連結し,腎近位尿細管管腔側膜のシスチントランスポーターを形成する。その遺伝的欠損であるシスチン尿症の症例から,BAT1のC-末端細胞内ドメインの変異が見い出された。BAT1のC-末端には電位依存性CaチャネルCav1.2の"targeting domain"と相同な配列があり,この部分のdeletionによりパートナーであるrBATの糖付加が阻害され,膜移行が障害されることが明らかとなった。BAT1のC-末端には複数のタンパク質間相互作用に関わるドメインがあり,これを介して多様な調節を受ける可能性が示唆された。

 ほとんどの上皮細胞において,高浸透圧刺激により生じる細胞収縮後でも,細胞容積は元に戻る。このメカニズムは,調節性容積増加 (RVI) と呼ばれ,NaClの取り込みに伴う水の流入によって成し遂げられる。この過程には,様々なイオン輸送経路が関与していることが知られている。今回我々は,ヒト上皮HeLa細胞において高浸透圧刺激時に活性化するイオンチャネルを見出したので,その電気生理学的性質とRVIへの寄与について検討した。この高浸透圧刺激により活性化されるチャネル活性は電位と時間に非依存的であり,イオン選択性は Na+>K+>Cs+≫Ca2+ であった。また非選択性カチオンチャネルブロッカーであるamiloride,Gd3+,flufenamate,SKF96365を投与してみたところ,amilorideには感受性がなかったが,その他のブロッカーにより阻害された。RVI過程もこれらブロッカーによって抑制された。これらの結果から,HeLa細胞のRVI過程には,高浸透圧刺激後の細胞収縮により活性化されるCa2+ 非透過性非選択性カチオンチャネルが重要な役割を果たしていることが示唆された。

 

(4) 骨シアロタンパク質の転写に対するフラボノイドの影響

小方 頼昌(日本大学松戸歯学部・歯周病学講座)

 骨シアロタンパク質 (BSP) は,石灰化初期に石灰化結合組織特異的に発現し,アパタイト結晶形成能を有することから石灰化における役割が注目されている。さらにBSPは,乳ガン,前立腺ガン病巣で異所性に発現し,骨転移に関与することが報告されている。本研究では,BSPの転写に対するフラボノイドの影響を検索した。

 骨芽細胞様細胞(ROS17/2.8細胞)をフラボノイドで刺激し,ノーザンブロット解析を行った結果,BSPmRNA量はイソフラボンであるgenisitein,daidzein およびflavone (50 µM,12h) 刺激により上昇した。次に,BSP遺伝子プロモーターの長さを調節して作成したルシフェラーゼプラスミドおよび塩基配列を一部変化させた変異ルシフェラーゼプラスミド使用して,フラボノイドのBSPの転写に対する効果を検索した結果,genistein刺激で転写開始位置より-116塩基対上流までのBSPプロモーターを含むコンストラクト(pLUC3) とそれよりも長い配列を含むコンストラクトで転写活性が上昇した。同様にdaidzein,flavoneおよびflavanone刺激でpLUC3の転写活性が上昇した。pLUC3の変異ルシフェラーゼプラスミドを用いてフラボノイドの影響を検索した結果,逆方向のCCAAT配列が関与すると考えられた。CCAAT配列に結合する転写因子はNF-Yであることがすでに同定されているが,逆方向のCCAAT配列に対するNF-Y転写因子の結合は,フラボノイド刺激前後で変化しなかった。以上の結果から,フラボノイドはBSPの転写を促進し,その効果は,逆方向のCCAAT配列を介していると考えられた。

 

(5) ヘリコバクター・ピロリ菌病原因子CagAによるSHP-2シグナルの脱制御

畠山 昌則(北海道大学遺伝子病制御研究所・分子腫瘍分野)

 胃癌発症に重要な役割を果たすピロリ菌病原因子CagAは,IV型分泌機構を介して菌体内から接触した胃上皮細胞内に直接注入され,Srcファミリーキナーゼによりチロシンリン酸化を受ける。チロシンリン酸化CagAはSH2ドメインを介してSHP-2チロシンホスファターゼと特異的に結合し,その酵素活性を著しく増強する。CagAによるSHP-2の脱制御は,胃上皮細胞の運動性の亢進と細胞質の著しい伸長を引き起こす。CagAのチロシンリン酸化部位はGlu-Pro-Ile-Tyr-Ala (EPIYA) サイトの存在で特徴づけられる。一般にCagAは保存されたEPIYA-AサイトならびにEPIYA-Bサイトを有し,そのCOOH末側に欧米型ピロリ菌由来CagA特異的なEPIYA-Cサイトないし東アジア型ピロリ菌由来CagA特異的なEPIYA-Dサイトが出現する。チロシンリン酸化EPIYA-Cサイトは低親和性SHP-2結合部位を,またチロシンリン酸化EPIYA-Dサイトは高親和性SHP-2結合部位を形成する。CagAのSHP-2結合能は病原因子としてのCagA活性を反映するものと考えられる。本発表では,CagAにより活性化されたSHP-2の基質分子に関する最近の研究成果を報告する。

 

(6) 血圧調節における腎遠位尿細管細胞でのナトリウム再吸収の制御機構

新里 直美,青井 渉,宮崎 裕明,丸中 良典(京都府立医科大学大学院・生理機能制御学)

 腎遠位尿細管におけるナトリウム再吸収は,体液量や血圧調節にとって重要な役割を担っていることが知られており,ホルモンや血漿浸透圧により緻密に制御されている。一方,フラボン(ケルセチン)は,高血圧を正常血圧に戻す働きがあることが知られているが,その詳細なメカニズムは明らかにされていない。本研究では,食塩感受性高血圧症ラット(Dahl salt-sensitive rat; DS ラット)をモデルとした個体レベルでの血圧調節に対するケルセチンの作用機序,及び遠位尿細管上皮細胞(A6細胞)をモデルとした細胞レベルでのナトリウム再吸収に対するケルセチンの作用機序についての研究結果を踏まえ,血圧調節における上皮型ナトリウムチャネル (epithelial Na+ channel; ENaC) の生理的意義と制御機構について報告する。DS ラットでは,高食塩食による血圧上昇をケルセチンが抑制し,その際,腎臓におけるENaCの転写レベルでの減少が認められた。そこで,血圧調節に重要な役割を果たしている遠位尿細管でのナトリウム再吸収が,ケルセチンによる血圧降下に寄与しているかをA6細胞において検討した。その結果,ケルセチンはalpha-ENaCを転写レベルで抑制し,経上皮のナトリウム再吸収をENaCの活性低下を伴って減少させることが明らかとなった。我々は,A6細胞において,ケルセチンはNa+/K+/2Cl- cotranspoter を活性化してクロライド分泌を亢進することを見い出しており,このcotranspoter活性化による細胞内クロライド濃度の上昇がナトリウム再吸収抑制機序に関与している可能性について検討するため,ケルセチンとクロライドチャネル阻害剤を用いた。その結果,alpha-ENaC mRNAは,ケルセチンとクロライドチャネル阻害剤を単独で作用させたときより,同時に作用させたときに最も抑制されることが示された。これらの結果から,ケルセチンによる血圧降下作用は,細胞内クロライド濃度の上昇を介したENaCの転写抑制による遠位尿細管でのナトリウム再吸収抑制がその一因として考えられた。

 This work was supported by Grants-in-Aids from Japan Society of the Promotion and Science (15590189), the Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology (15659052, 15790120).

 

(7) 胃幽門線粘液Ca2+ 調節性開口放出のインドメサシンによる修飾;アラキドン酸による活性化

中張 隆司(大阪医科大学・第一生理)

 アセチルコリン (ACh) は,[Ca2+]i上昇を介し,幽門腺粘液細胞開口放出を活性化すると同時に,プロスタグランディンE2 (PGE2) 産生を増加させる。PGE2はcAMPの集積を介してCa2+調節性開口放出を増強している。PGE2合成阻害薬であるindomethacin (IDM) はACh による開口放出を抑制したが,IDM単独では開口放出を活性化した。本研究では,IDMの開口放出に対する効果について,コラゲナーゼ処理により得られた幽門腺粘液細胞の開口放出をビデオ顕微鏡を用い検討した。

 IDM (10 µM or 100υM) は,開口放出を活性化した。一方で,IDMはAChによる開口放出を30% 抑制した。cAMPの阻害剤 (20 µM H89),PGE2 receptor 阻害剤 (100 µM ONO8713) はAChによる開口放出を50% 抑制した。 また,H89 (20 µM) にIDMを加えることにより,開口放出は増加しIDMと同じレベルになった。COXはarachidonic acid (AA) からPGHと 15(R)-HETEを合成する。IDMはPGHと 15(R)-HETEの二つの合成を阻害する。このことはIDMではAAが蓄積することを示唆している。一方で,aspirin (ASA) はPGH合成を阻害するが15(R)-HETEを合成は保たれることが知られている。ASAはAChによる開口放出を50% 抑制したが,20 µM AA or IDMをASAに加えるとAChによる開口放出は増加しIDMと同じレベルになった。

【結論】IDMはモルモット胃幽門腺粘液細胞のAChによる開口放出に対しPGE2合成阻害による開口放出抑制だけで,AA蓄積を介して開口放出を活性化していた。

 

(8) 変異解析とホモロジーモデリングによる胃酸分泌プロトンポンプの構造機能相関の解明

浅野 真司(立命館大学・情報理工学部)
森井 孫俊(富山医科薬科大学・薬学部)

 胃は消化管における生体防御の最前線にあり,胃酸分泌酵素であるプロトンポンプによって酸分泌が行われ,一次消化や殺菌が行われる。私達は胃酸分泌酵素の作動,調節機構を研究すると共に,これに対する可逆的な阻害剤(Acid Pump Antagonists:APA) の結合部位の探索を行った。

 プロトンポンプのα,β鎖のcDNAをHEK-293細胞に導入すると,膜画分にH+,K+-ATPase活性が検出でき,安定発現細胞はプロトンポンプ阻害剤に対して感受性のRbイオンの取り込み,プロトンの細胞外への輸送を示した。

 ポンプの膜貫通領域を中心に変異導入を行い,上記の系に発現させたところ,M4,M6領域の酸性アミノ酸などがカリウムイオンの親和性を決定することが明らかになった。また,APA感受性を検討したところ,M5領域に存在するTyr-801, Leu-811などの側鎖がAPAとの反応に関与することが明らかになった。

 これらのアミノ酸残基の立体的な配置を明らかにするために,骨格筋のカルシウムポンプの立体構造を元にホモロジーモデリングを行ってプロトンポンプの立体構造モデルを構築した。その結果,イオン親和性を決定するアミノ酸残基は膜中でクラスターを作り,イオン結合部位を構成すること,APA感受性に関与するアミノ酸残基は,管腔側の表面に位置してAPAがフィットするcavity構造を形成することが確認された。

 

(9) 大腸イオン輸送とProtease-activated receptor

鈴木 裕一,池原 修(静岡県立大学・食品栄養科学部)

 Proteaseはヒトでは五百数十種類もあり,細胞内外で様々な生理的役割を果たしている。この中で最近,thrombinやtrypsinなどの細胞外protease活性化されるGタンパク共役型の受容体 (PAR1〜4) の働きが注目されている。われわれは,切り出したマウス盲腸を用いUssing chamber実験系で,trypsinの短絡電流 (Isc) に及ぼす効果と,さらにPARの関与を検討した。得られた結果:漿膜側に投与したtrypsinは粘膜下神経活性化を介して粘膜上皮Clイオン分泌を活性化した。この反応は,ムスカリン受容体阻害剤のatropinやNK1受容体阻害剤で抑制された。また,P450の阻害剤で抑制された。trypsinの効果はPARを介するか否かを次に検討した。PAR1-AP (PAR1受容体活性化ペプチド) は,trypsin同様粘膜下神経を解して上皮Clイオン分泌を活性化した。またPAR1-APによるこの反応は,atropin,NK1受容体阻害剤,およびP450の阻害剤で抑制された。さらに,trypsinとPAR-APによるClイオン分泌活性化は,相互に少なくとも一部cross desensitizationが見られた。結論:粘膜下神経にPAR1が存在し,その活性化により,粘膜防御作用を持つと信じられているClイオン分泌が惹き起こされることが明らかになった。生理的にどのようなproteaseが関与しているのかについては今後検討する必要がある。

 

(10) 抗酸化性食品成分による消化管粘膜ホモジネート酸化抑制作用

室田 佳恵子,寺尾 純二(徳島大学大学院・ヘルスバイオサイエンス研究部食品機能学分野)

 消化管粘膜は常に食品由来のプロオキシダントに暴露された状態にある。食事由来のものを含めさまざまな要因により蓄積する脂質過酸化物から生ずるより有害な二次生成物は,消化管粘膜において炎症やガン化に関与するとの報告がある。食物中に含まれる代表的な抗酸化成分であるフラボノイドは,一部は吸収されるものの大部分はそのまま消化管下部へと移行するため,消化管管腔に高濃度で存在していると推定される。すなわち,消化管粘膜は食事性フラボノイドが抗酸化性を発揮する生理的標的であると考えられる。本研究では,ラット消化管粘膜ホモジネートをモデルとして用い,鉄イオン誘導酸化ストレスに対するフラボノイドの防御作用について検討した。

 植物性食品中のフラボノイドは主に配糖体として存在するが,代表的なフラボノイドであるケルセチンにおいて配糖体はアグリコンよりは弱いものの鉄イオンによる脂質過酸化を抑制した。特に,4’位配糖体 (Q4’G) は3位配糖体 (Q3G) に比べて抗酸化性が強かった。反応後の溶液の分析結果より,Q4’GはQ3Gに比べアグリコンに変換されやすいことが明らかとなった。配糖体はアグリコンに比べてラジカル捕捉活性が弱く,また金属イオンキレート能も弱いことからも,ケルセチン配糖体が消化管粘膜に存在するグルコシダーゼ活性によりアグリコンへと変換され抗酸化性を発揮したことが示唆された。

 

(11)生体内で有効なポリフェノール・フラボノイド

金沢 和樹(神戸大学農学部・生物機能化学科・食品・栄養化学教室)

 食品に含まれるポリフェノールは百万種類以上と言われ,多様な機能が知られている。種類が多いのは,アグリコンと呼ばれる骨格構造に糖が結合した配糖体として存在し,糖の種類と結合様式が多様だからである。しかし,生理活性はアグリコン部位にある。抗酸化能とタンパク質機能調節作用に分けられるが,アグリコンの構造で整理すると活性は理解しやすい。生体内でも有効な抗酸化能を示すのはカテコール構造を持つものだけである。体内吸収時に希釈されるので低濃度でも強い活性のものが有効であり,また吸収時に活性部位の水酸基が抱合を受けるからである。タンパク質機能調節とは,受容体にアンタゴニズムを示す,あるいは酵素活性を調節する作用である。タンパク質のポケットに作用するので,そのサイズに合う立体構造が要求される。フラボンとフラボノール類はアリール炭化水素受容体やCYP酵素類に顕著な作用を示す。イソフラボン類はエストロゲン受容体に,カテキン類はグルコース輸送担体に作用が顕著である。しかし,ポリフェノールは生体にとっては異物であり,吸収時に小腸細胞で速やかにグルクロン酸あるいは硫酸抱合される。その体内半減期は2-9時間であり,ほとんどのポリフェノールがヒト体内では生理活性を示さない。しかし,有効なものもある。今回の発表では,有効なものの例をいくつかあげて議論する。

 

(12) ヘリコバクター・ピロリの空胞化致死毒素の作用機序

和田 昭裕(長崎大学・熱帯医学研究所・病原因子機能解析分野)

 ヒトの胃に棲息するグラム陰性桿菌であるヘリコバクター・ピロリは胃炎,消化性潰瘍,MALT リンパ腫などの各種消化器疾患に関与し,胃癌との関連も指摘されている。本菌の病原因子のうち,空胞化致死毒素 (VacA) は標的細胞の細胞質内に空胞を形成させ,細胞を死滅させる毒素であり,本菌の病原性との関わりが指摘されている。現在までに,VacA の宿主細胞への初期作用を理解するため,ヒト腎臓癌由来株化細胞G401 細胞あるいはヒト胃癌由来株化細胞AZ-521 細胞よりVacA 受容体を精製して,VacA 受容体が2 種の受容体型チロシンフォスファターゼ (RPTP), RPTPαとRPTPβであることを明らかにした。さらに,これら2 種のRPTP のうち RPTPβをKOしたマウスではVacA投与によって認められる胃炎や潰瘍を発症しないことを明らかにした。一方,VacA の細胞障害のシグナル伝達の流れを分子レベルで明らかにすることを目的に,VacA の空胞化形成にダイナミンとシンタキシン7が関与していることを,VacA がミトコンドリア障害を引き起こすことを報告した。

 VacA がその受容体であるRPTPβとの結合にいかなる構造が重要であるのか明らかにするために,RPTPβの細胞外領域を削った種々のデリージョン変異体を作製した。RPTPβ-B のデリージョン変異体とVacA との結合は,VacA および抗VacA 抗体を用いた免疫沈降法にてVacA 結合活性の解析をおこなった。その結果,746 残基めのセリン残基までを欠損させたRPTPb変異体(△747)はVacA 結合活性が認められたが,752 残基めのプロリンまでを欠損させたRPTPβ変異体(△747)はVacA 結合活性が認められなくなり,747-752 残基のアミノ酸配列 (QTTQP) が,VacA 結合に重要であることがわかった。

 

(13) 偽性低アルドステロン症II型原因遺伝子WNK4キナーゼの膜輸送体局在機構に対する影響

内田 信一,楊松 昇,山内 小津枝,佐々木 成(東京医科歯科大学・腎臓内科)

 偽性低アルドステロン症II型は高血圧,高K血症,アシドーシスをきたし優性遺伝形式で発症する疾患である。原因としてWNK4のコイルドメイン付近に集中した3つのミスセンス変異ならびにWNK1のイントロン部分の欠損により引きおこされることが判明しているものの,その病態メカニズムは明らかでない。昨年,我々はWNK4キナーゼの標的因子の一つとしてclaudinを同定し,さらに変異型WNK4はMDCK細胞において細胞間クロライド透過性を上昇させることを報告した。一方,oocyte発現系においては,サイアザイド感受性Na-Cl co-transporter (NCC) やROMK channel の膜表面への移行をWNK4が阻害することを示した報告もあり,輸送体を直接制御する可能性も示唆されている。今回我々は,これら輸送体への作用を極性をもつ上皮細胞内で検証するため,1) MDCK細胞にNCCとWNK4キナーゼの共発現安定細胞株を作成し,NCCの局在への影響を観察した。2) CLCNKB遺伝子プロモーターを用いて,変異型WNK4を腎臓遠位側尿細管に発現するトランスジェニックマウスを作成し,生体内での変異型WNK4発現の影響を検討した。

 結果として,MDCK細胞ではNCCおよびROMKのapical側への局在が,野生型,変異型いずれのWNK4発現によっても阻害された。このことは変異型WNK4にはNCCの膜局在阻害作用がないというoocyteでの報告と異なっていた。トランスジェニックマウス腎臓内でのNCCおよびROMK細胞内発現部位は,変異型WNK4発現に関わらず,apical側への局在に変化はなかった。

 以上の結果よりWNK4の輸送体細胞内局在に対する影響は,発現する細胞の種類による異なる可能性がある。真の影響を検討するためには,ヒトと同じ変異を持つノックインマウスの作成が必須と思われた。

 

(14) Isoliquiretigeninの大腸がん予防効果に向けて−ILTGのCOX-2依存性アポトーシス誘発効果−

高橋 徹行,馬場 正樹,奥山 徹(明治薬科大学・天然薬物学)
西野 輔翼(京都府立医科大学・分子生化学)

【目的】Isoliquiritigenin (ILTG)は甘草,アルファルファ,ラッキョウ等に含有されている黄色のフラボノイドである。Genistein,Apigenin等のフラボノイドがin vitro及びin vivoの様々な化学発がんを抑制する報告がされている事から,今回我々はILTGの大腸発がん予防物質としてのポテンシャルについて,各種検討を行った。

【方法】1. 大腸発がんにおける重要な因子としてCyclooxygenase-2 (COX-2)の過剰発現が提唱されている。これに基づき,Lipopolysaccharide (LPS) 処理によるCOX-2過剰発現誘導系を用い,ILTG共処理が及ぼす影響をRT-PCR,Western Blot,ELISA (Prostaglandin E2, PGE2)により検討した。

 2. マウス大腸癌細胞Colon 26(COX-2恒常発現株)に対する直接的な増殖抑制作用をMTT法にて検討し,更にFACS解析によりアポトーシス細胞の増加を検討した。

 3. 限外希釈法により,Colon 26をクローニングし,COX-2高発現株を得た。これを用いてILTG誘発アポトーシスに対する感受性を親株との比較を行う事により検討した。比較する項目は,FACS解析によるアポトーシス細胞の増加,Western BlotによるPARP,Caspase-3の開裂を選択した。

 4. Azoxymethane (AOM) 誘発大腸粘膜異常腺窩巣(ACF) に対するILTG混餌投与による抑制作用をddYマウス及びF344ラットを用いて行った。ILTGは試験期間中自由摂取させた。

【結果】1. ILTG共処理はCOX-2 mRNA発現には影響を及ぼさなかったが,COX-2タンパクの発現誘導を用量依存的に抑制した。また,産生されるPGE2量も有意に減少させた(IC50=1.17μM)。

 2. ILTG処理により用量依存的な増殖抑制の傾向が認められた。更にアポトーシス細胞の顕著な増加が認められた(約40%)。

 3. クローニングにより得られたCOX-2高発現株(Co26-18) はColon 26に比して約2.2倍COX-2発現レベルが亢進していた。ILTG処理によるアポトーシス細胞の割合は親株が46.97%,Co26-18は30.14%とアポトーシス誘発に抵抗性が認められ,開裂型PARP及びCaspase-3も親株に比して減少傾向が認められた。また,ILTGのアポトーシス誘導はlipoxygenasase inhibitor処理下では増強され,PGE2,Prostaglandin I2 (PGI2),Thromboxane B2 (TXB2)の共処理によってその増強は打ち消された。しかし,Co26-18のアポトーシス誘発抵抗性は保持されていた。

 4. ddYマウスにおいては,総ACF数が対照群72.4±30.0個に対しILTG投与群が45.4±16.8個であった。F344ラットにおいては対照群172.3±54.9個に対しILTG投与群が108.8±30.1個であった。

【まとめ】ILTGはCOX-2発現誘導によるプロスタノイド産生系をCOX-2タンパクレベルで抑制し,またCOX-2タンパク発現レベルがILTG誘導アポトーシスを抑制的に調節している事が示された。これより,ILTG誘発アポトーシスの作用点の一つにアラキドン酸代謝経路が関与する事が示唆された。また,ILTG混餌投与がAOM誘発大腸ACF形成をマウス,ラット両種において抑制した事より,ILTGが大腸発がん予防に有効である可能性が示唆された。


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