生理学研究所年報 第26巻
 研究会報告 年報目次へ戻る生理研ホームページへ

6.視知覚への多角的アプローチ - 生理,心理物理,計算論的アプローチ

2004年6月17日− 6月18日
代表・世話人:塩入 諭 (千葉大学工学部)
所内対応者:小松英彦(生理学研究所)

(1)
視知覚と皮質局所神経回路の構造
田村 弘(大阪大学大学院生命機能研究科)
(2)
視覚的注意の空間分布
塩入 諭(千葉大学工学部メディカルシステム工学科)
(3)
選択的注意課題における,非注意次元情報の処理
坂上 雅道(玉川大学学術研究所脳科学研究施設)
(4)
両眼対応とエピポーラ拘束ー垂直視差の機能的役割
朝倉 暢彦(金沢工業大学人間情報システム研究所)
(5)
多次元視覚探索課題におけるV4野のニューロン活動
−ボトムアップ性とトップダウン性注意による相互作用−
小川 正(生理学研究所)
(6)
イベントの視覚認知における知覚と記憶の相互作用
斎木 潤(京都大学大学院情報学研究科)
(7)
モジュールを超えた時空間統合
西田 眞也(NTT コミュニケーション科学基礎研究所)
(8)
視覚系細胞の高次刺激に対する反応と受容野構造について
大澤 五住(大阪大学大学院生命機能研究科脳神経工学講座)
(9)
両眼視差を用いた奥行き弁別のメカニズム
宇賀 貴紀(順天堂大学医学部生理学第一講座)
(10)
図方向決定の皮質メカニズム−計算論的アプロ−チ
酒井 宏(筑波大学電子・情報工学系)
(11)
読書の心理物理と網膜疾患
小田 浩一(東京女子大学現代文化学部)
(12)
下側頭葉視覚連合野における図形特徴の組み合わせを使った物体像の表現
谷藤 学(理化学研究所脳科学統合研究センター 脳総合機能研究チーム)
(13)
視覚的注意特性と安全性
三浦 利章(大阪大学大学院人間科学研究科)

【参加者名】
塩入 諭(千葉大・工),宇賀 貴紀(順天堂大・医),大澤 五住(阪大院),田村 弘(阪大院),酒井 宏(筑波大・電子・情報工学),谷藤 学(理研),坂上 雅道(玉川大),小川 正(生理研),西田 眞也(NTT 科学基礎研),斎木 潤(京大院),朝倉 暢彦(金沢工大),小田 浩一(東京女子大),三浦 利章(阪大院),佐藤雅之(北九州市大),松原和也(千葉大院),内川惠二(東京工大院),永井岳大(東京工大院),椎橋哲夫(東京工大院),福屋貴之(東京工大院),我妻信彦(筑波大),勝又詩織(筑波大),辻 義尚(筑波大),眞田尚久(阪大院),大谷智子(聖心女子大),瀬川かおり(産業技術総研),藤井正樹(中京大院),十河宏行(京大院),竹井成和(東大院),宮川尚久(東京医科歯科大),丸谷和史(東大),天野薫(東大),小濱 剛(愛知県立大),篠島良太(愛知県立大),豊田敏裕(豊橋技科大),杉之原英嗣(阪大院),堺 浩之(RIKEN-BSI),菊池眞之(東京工科大),則武樹郎(東京工科大),田中祥平(東京工科大),増田智洋(産業技術総研),細田謙二(東大),末光厚夫(筑波大),柴田和久(奈良先端大),下谷篤史(奈良先端大),藤原祐介(奈良先端大),廣川純也(基生研),松崎政紀(生理研),田中絵実(生理研),中村舞子(生理研),本多結城子(生理研),葭田貴子(JSPS・千葉大),古春雅郎(デンソーアイティラボラトリ),赤崎孝文(阪大),木原 健(京大・文・心),高橋伸子(愛知淑徳大),行松慎之(中京大),大杉尚之(中京大),河本健一郎(中京大),鈴木一隆(浜松ホトニクス),西村聡生(東大),金谷英俊(東大),妹尾武治(東大),中内茂樹(豊橋技科大),観音隆幸(豊橋技科大),西 由紀子(豊橋技科大),西本伸志(阪大),木村豊(阪大),鬢櫛一夫(中京大),高瀬慎二(中京大),前田青広(京都大),下ノ村和弘(阪大),斉藤孝(松下電工株),福島邦彦(東工大),松本有央(産総研),西崎誠(松下電器),遠山和也(東京工科大),八木哲也(阪大),深井英和(岐阜大),近藤光展(中京大),安松信明(生理研),河合徹弥(中部大),高木康一(中部大),平田豊(中部大),古田充平(中部大),山本麗子(中部大),中村槙佑(中部大),伊藤嘉秀(愛知学院),志村敦(デンソー),川嶋英嗣(愛知淑徳大),小松英彦(生理研),伊藤南(生理研),郷田直一(生理研),鯉田孝和(生理研),松本正幸(生理研),横井功(生理研),安田正治(生理研),松茂良岳広(生理研)

【概要】
 生理学研究所研究会,視知覚への多角的アプローチ- 生理,心理物理,計算論」は,平成16年6月17日,18日に岡崎コンファレンスセンターにおいて開催された。参加者は予想を上回り100名近くに達したため,会場は少々手狭な感があったが関係諸氏の対応により問題なく進行できた。参加者は大学院生を含む若手の研究者が多く見受けられたが,若い研究者の多くの参加は,この分野への関心の高さと学際的講演会の重要性,さらに将来性を示すものであろう。17日には8件の講演と懇親会,18日は5件の講演があり,活発な議論が行われた。講演は,生理学,心理物理学,計算論の立場の気鋭の研究者を中心とした興味深い内容で占められ,各研究領域の熱気が伝わるものばかりであった。講演内容は幅広い視機能に渡り,多様なアプローチの研究を含み,通常の学会や研究会では得ることが難しい多くの新鮮な話題に満ちていた。生理学的研究では,隣接する皮質神経細胞間情報のやり取りといった構造に主眼をおいた研究から課題依存の選択的注意に関わる高次,低次の視覚処理系の神経活動,2次特徴量(テクスチャーなど)や相対視差また図形特徴の組み合わせに対する感度を持つ神経細胞の特性などについての研究があり,ますます複雑な機能計測が実現していることが理解された。心理物理学研究では,注意の空間分布,垂直視差の機能,オブジェクトの保持機能,視覚情報の時空間統合など従来手法では簡単には扱えないテーマについて新規の手法を提案しての研究や自動車運転時など直接安全性に関わる注意機能の評価や視野欠損のある患者の読書の方略とその裏付けという視覚研究の応用的展開に繋がるものまで視覚研究の新しい切り口のものが多かった。また計算論の研究としては,周辺刺激による応答の修飾から輪郭の所属の問題を解くモデル,スパースコーディングによるテクスチャー情報の圧縮,また両眼対応のエピポーラ拘束と垂直視差の関係など生理実験,心理物理実験のみからでは予測が難しい問題をうまく扱い,生理実験や心理物理実験との対応を示しているものがあり,研究の方向性を考える上でも重要であった。全体を通してみて,視覚研究者の学際的な意見交換の場として非常に有益な研究会であり,今後の視覚研究分野の発展に貢献するものと信じている。

 

(1) 視知覚と皮質局所神経回路の構造

田村弘(大阪大学大学院・生命機能研究科・認知脳科学研究室)

 皮質神経細胞への入力の約50% は近傍の細胞に由来する。よって,視知覚の神経基盤の解明には,近傍細胞を結ぶ局所神経回路の様子を明らかにする必要がある。そこで,サルV1野とTE野において,局所神経回路の構造を複数神経細胞活動同時計測技術と相互相関解析法で調べた。コラム構造から予想されるように,V1野,TE野ともに,局所によく似た刺激に反応する細胞が集まっていた。しかし,かなりの割合で異なる刺激に反応する細胞も存在した。V1野,TE野において興奮性結合は似た刺激に反応する細胞間に,抑制性結合は異なる刺激に反応する細胞間によく観察され,これらの神経結合は刺激選択性の鋭敏化に貢献すると考えられる。また,少数ではあるが,V1野,TE野で最適刺激が異なる細胞間に共通入力または興奮性結合が存在した。これらの結合は,多様な性質の細胞を結びつけ,より複雑な視覚刺激に対する反応の獲得に貢献すると考えられる。

 

(2) 視覚的注意の空間分布

塩入 諭(千葉大学)

 視覚の空間的注意に関する研究は,注意を向けた位置の視覚処理の促進を示すのみではなく,促進効果がある空間範囲があることも示している。我々は,コントラスト感度,仮現運動時の見かけ位置,注意の捕捉効果,サッカード潜時などへの注意の影響から,注意位置の測定方法を開発してきた。本講演では,それらの測定方法は注意の位置のみならず,注意の範囲の推定にも利用できることを示し,その結果から明らかになった点について述べる。そのひとつは,運動刺激の追跡課題を課した実験条件において,複数の手法で求められた注意の範囲は類似した特性を示すことである。

 これは,これらの測定方法が共通のメカニズムを捉えていることを支持する。もうひとつは,注意の範囲は,追跡刺激のみではなく検査刺激の呈示範囲の影響も受けることである。これは,視覚系は課題に応じた注意の範囲を設定していることを示唆する結果である。

 

(3) 選択的注意課題における,非注意次元情報の処理

Summer Sheremata,渡邊武郎(ボストン大学心理学科)
坂上雅道(科学技術振興機構「さきがけ21」)
(玉川大学学術研究所脳科学研究施設)

 反応決定のプロセスは,完全にシリアルではない。複数の刺激-反応処理が並列的に働き,最も適切なものが選ばれる。そのため,しばしばStroop現象のような刺激-反応コード間の干渉がおこる。どのような刺激が干渉を起こしやすいのであろうか? ヒトを被験者とし,色付のランダムドットを用いた選択的注意課題における刺激のsalienceの干渉効果への影響を解析した。動き課題ではランダムドットの動く方向によって,色課題では色によって左あるいは右のボタンを押すことを要求された。色課題では非注意次元であるドットの動く方向が判断に干渉を起こした。salienceはランダムドットのcoherencyで制御された。この干渉は,coherencyが閾値を越えたとたんに発生し,驚くことにcoherencyが上がるほど少なくなった。このことは,salientな刺激ほど注意による抑制が働きやすいことを示唆する。

 

(4) 両眼対応とエピポーラ拘束ー垂直視差の機能的役割

朝倉暢彦(金沢工業大学 人間情報システム研究所)

 両眼対応問題の計算論的研究においては,両眼対応の多義性を解消する方略として,エピポーラ拘束がしばしば用いられる。エピポーラ拘束を適用することにより,対応候補の探索を1次元のエピポーラ線上に制限することが可能となり,大幅な計算量の削減と偽対応の回避が実現される。エピポーラ拘束の適用には 両眼位置情報が必要であるが,この情報は眼球位置に関する視覚的手がかりである垂直視差から得ることができる。本研究では,視野周辺に呈示した垂直視差により,視野中心の多義的な両眼対応が解消されることを心理物理学的に示すとともに,その過程が,垂直視差からの両眼位置情報に基づいたエピポーラ拘束の適用として理解できることを示す。この結果は,両眼対応決定後の水平視差の較正の段階で機能すると考えられてきた垂直視差が,対応問題を解決する段階においてもエピポーラ拘束として機能することを示唆している。

 

(5) 多次元視覚探索課題におけるV4野のニューロン活動
−ボトムアップ性とトップダウン性注意による相互作用−

小川 正(生理学研究所)

 ある刺激が周囲の刺激と異なる色や形を持っている場合,その刺激は目立ち,注意が自動的に惹きつけられる(ボトムアップ性)。日常の視覚環境下では,そのような刺激が複数存在し異なる次元で目立つ。しかしながら,目標となる刺激がどの次元で目立つかを知っていれば,その次元に対して注意を向ける(トップダウン性)ことにより目標刺激を選択することができる。これら2つの注意がV4野のニューロン活動に与える影響を視覚探索課題を用いて調べた。実験では6つの刺激が同時に呈示され,その中には色及び形次元で異なる刺激が1つずつ含まれる。サルは教示された次元(色または形)で目立つ刺激に向かってサッカードを行うと報酬がもらえる。受容野内の刺激が目標となる場合,V4野ニューロンの活動が増大したが,この増強は特定の次元(色または形次元)で目立つ刺激が目標となる場合のみに生じた。この結果は,ボトムアップ性とトップダウン性注意の相互作用がV4野で生じていることを示唆する。

 

(6) イベントの視覚認知における知覚と記憶の相互作用

齋木 潤(京都大学大学院情報学研究科)

 物体やシーンの理解の研究において,我々は4個程度の視覚的オブジェクトを短期的に保持できるとされている。しかし,オブジェクトの重要な特性である属性のバインディングと,(運動を含む)変化に伴う表象の更新の過程は厳密に検討されていない。この点を明確にするため,複数の運動物体を用いて属性のバインディングと運動に伴う表象の更新を同時に検討する多物体恒常性追跡法を用いたところ,我々が保持できる視覚的オブジェクトは2に満たないことがわかった。限られたオブジェクトの記憶で外界を効率的に認知するために我々は選択的注意のメカニズムを効率的に活用していると考えられる。多物体恒常性追跡法を用いて視覚記憶と視覚的注意の相互作用を検討した心理物理実験,属性情報と位置情報が統合されたオブジェクト表象の神経基盤を検討したfMRI実験を紹介し,これらの知見と視覚認知機構におけるバインディング問題との関連を議論する。

 

(7) モジュールを超えた時空間統合

西田眞也(NTTコミュニケーション科学基礎研究所)

 モジュール性は脳の処理の大きな特徴の一つであり,異なる感覚モダリティ(視覚・聴覚など)や,各モダリティにおける異なる感覚属性(視覚における形や動きなど)は別個の神経メカニズムで処理されると考えられている。しかし,モジュール間の境界は曖昧であり,モジュール間の相互作用の仕組みには多くの謎が残されている。物理世界において,また感覚世界において,異種情報が統合的に表現される場が時空間である。ここでは,時空間の情報統合という視点から,モジュール構造の意味を考え直した最近の我々の研究をいくつか紹介する。一つは,マルチスリット視の特性を分析し,形態知覚に運動情報の処理が密接に関わり合っていることを示した研究である。もう一つは,異なるモジュール間で処理されたイベントの時間判断のメカニズムに関する研究である。後者には,視聴覚の同時性の判断が順応によって変化するという新しい現象の発見も含まれる。

 

(8) 視覚系細胞の高次刺激に対する反応と受容野構造について

大澤五住(大阪大学大学院生命機能研究科脳神経工学講座)

 テクスチャー強度を空間上で変化させた刺激は2次の刺激,エンベロープ刺激などと呼ばれる。このような刺激を利用することにより,視覚神経系での高次の受容野構造を探ることができる。2次視覚野ではエンベロープ刺激に反応する細胞があることは従来から知られているが,その両眼特性については生理学的には検討されていない。ネコの18野において,高空間周波数carrierを正弦波エンベロープで振幅変調した刺激と通常の輝度正弦波グレーティング刺激を両眼に各種の組合わせで提示し,両眼間の刺激位相差に対する細胞の反応を測定した。エンベロープ刺激に反応する細胞のうち輝度刺激の位相差に選択性を持つ細胞は,エンベロープ刺激についても同じ位相差選択性を持っていた。このことは,細胞がテクスチャーと輝度について同じ両眼視差選択性を持つことを示す。

 

(9) 両眼視差を用いた奥行き弁別のメカニズム

宇賀貴紀(順天堂大学医学部生理学第一講座)

 立体視とは両眼視差,すなわち物体が両眼に落とす網膜像の位置のズレから生じる奥行き知覚のことである。立体視は従来,大脳皮質視覚野の背側(空間視)経路の機能であると言われてきた。しかしごく最近,腹側(物体視)経路にも立体視機能があることがわかった。本研究では,2つの視覚経路での立体視機能の違いを理解するため,サルに情報処理過程が異なる2つの奥行き弁別課題(絶対視差および相対視差弁別課題)を課し,背側経路MT野での微小電気刺激がそれぞれの弁別課題の遂行にどのような影響を与えるか検討した。その結果,絶対視差弁別課題では知覚判断に影響が見られたのに対し,相対視差弁別課題では影響は見られなかった。以上の結果から,MT野は絶対視差を用いた奥行き弁別には関与するが,相対視差を用いた奥行き弁別には関与しないと考えられ,絶対視差と相対視差の情報処理が,2つの大脳皮質視覚経路で並列に行われていると考えられる。

 

(10) 図方向決定の皮質メカニズム−計算論的アプロ−チ

酒井 宏・西村 悠(筑波大学 大学院 システム情報工学研究科)

 視野中のどの部分に対象とする物体(図)があるかを決め,背景(地)から分離することは,物体認識などの高次プロセスの基礎となる重要な問題である。最近の生理学的研究により,V2・V4に図方向 (DOF) に選択性を持つ神経細胞が存在することが報告された (e.g.Zhou et al., J.Neurosci, 2000)。本研究では,境界線分の周囲のコントラスト情報から図方向を決定する皮質メカニズムを提案する。初期視覚領野の神経細胞に見られる,古典的受容野の外側からの周辺抑制・促進は,多くの場合に空間的な非対称性を示す (e.g.Jones, et al, J. Neurophysiol, 2002)。計算論的研究から,このコントラスト情報の文脈依存性が,図方向決定に主要な役割を果たしている事が示唆された。このメカニズムに基づく回路網モデルは,Zhouらの報告したDOF選択性細胞の特徴を定量的によく再現した。

 

(11) 読書の心理物理と網膜疾患

小田浩一(東京女子大学)

 読書は高次認知活動と一般にはみなされるが,視知覚の次元に生じた障害によって大きな影響を受けることもまた知られている。ロービジョンと読書困難の研究である。そこに視覚次元で読書を心理物理的に扱う可能性があり,読書行動に必要な視覚の刺激次元が明らかになってきた。ここでは,その中で,比較的最近注目されている網膜疾患と読書の関係について取り上げる。先進国で失明原因のトップになっている加齢黄斑変性という疾患では網膜中心部に感度低下が起こり,読書が著しく阻害される。このことは,網膜中心部と周辺部の処理の違いを疑わせている。また,Scanning Laser Ophthalmoscopeを用いて視覚刺激が網膜のどの部位を刺激しているのかを in vivoでモニタしながら読書をさせる方法からは,障害された網膜の使い方によって読書の成績が変わってくることが分かってきた。

 

(12) 下側頭葉視覚連合野における図形特徴の組み合わせを使った物体像の表現

谷藤 学,内田豪,角田和繁,山根ゆか子(理化学研究所脳科学総合研究センター)

 サル下側頭葉TE野は物体像の知覚とそれに基づく認識に関わる連合皮質である。この領野の細胞が中程度に複雑な図形特徴によく反応することは知られているが,それらの組み合わせとして物体像がこの領野でどのように表現されているかについてはわかっていない。我々は内因性信号のイメージング法を用いることによって,物体像のイメージがその物体像を構成する図形特徴に選択的なTE野のカラムの組み合わせとして表現されていることを明らかにした。

 この研究は一部の細胞が物体像のイメージの局所的な図形特徴―空間的に局在している特徴―を表現していることも示唆している。IT野の細胞の中に部分的な特徴を表現するものがあるとすると,それらの空間的な位置関係を特定するメカニズムが必要になる。我々はIT野の細胞の一部が空間的な関係を表現するための図形特徴を表現しているという可能性をイメージング法によって検討した。その結果,部分と部分の空間的な配置に対して選択性を持つが,それぞれの部分を特徴付けるために必要な様々な視覚属性(たとえば,色,形,きめ)に対してはそれほど選択性の高くない細胞群がカラムを作っていることが明らかになった。この結果は,TE野の細胞が空間的に局所的な図形特徴ばかりでなく,部分の空間的な配置のような物体像のもつ全体的な特徴も表現できることを示している。この結果から即座に,Structural Description すなわち「パーツとパーツの空間的な配置」によって物体像が表現されることを結論することができないが,少なくとも部分的にはこのような表現方法を使っていると考えられる。

 自然な条件の下では,多くの物体像が同時に視野に入る。これらの物体像が同時に上に述べたようなカラムの組み合わせとして分散的に表現されているとすると,何らかの方法で,活動しているカラムの内どれがどの物体像の部分特徴に関係しているかを明らかにしなければならない。我々はそのひとつのメカニズムとして細胞同士の同期的発火に着目した。その結果,(1) 自発的な発火活動について同期の見られなかった2箇所の細胞について,両者を興奮させる視覚刺激を提示すると同期的な発火が生じること,(2) 自発的な発火活動について同期発火の見られる2箇所の細胞について,片方についてのみ興奮を引き起こす視覚刺激を提示すると,同期的な発火が失われることを見出した。本講演ではこのような同期的な発火の出現と消失の背景にある神経メカニズムについても考察する。

 

(13) 視覚的注意特性と安全性

三浦 利章(大阪大学・人間科学研究科・適応認知行動学研究分野)

 視覚的注意の三側面について,自動車運転時の視覚的注意に関する実験結果から述べる。1) 視覚的注意の二次元特性,すなわち眼球運動と有効視野について。課題要件(注意の必要性)の高い場合に有効視野が狭窄すること,有効視野での処理の広さと深さのトレイド・オフが示された。2) 視覚的注意の三次元特性,すなわち奥行き方向での注意の移動特性について。注意移動の遠近での異方性 (rubber band metaphor) が見いだされた。3) 視覚的注意の時間的特性について。具体的にはカーナビゲーションの使用前後で視線が前方に向けられていても注意が劣化することが見いだされた。

 これら行動場面における視覚的注意研究より,注意機構の新しい知見と研究手掛かり,および一般的な安全性問題の解決手掛かりが得られる。視覚的注意に関するこのような行動場面での基礎研究が待たれている。

 


このページの先頭へ年報目次へ戻る生理研ホームページへ
Copyright(C) 2005 National Institute for Physiological Sciences