生理学研究所年報 第26巻
 研究会報告 年報目次へ戻る生理研ホームページへ

8.痛み情報伝達におけるATPおよびアデノシンの生理機能

2004年8月26日−8月27日
代表・世話人:井上 和秀(国立医薬品食品衛生研究所,九大・院・薬学)
所内対応者:井本 敬二(神経シグナル)

(1)
青斑核P2X3受容体を介した痛覚抑制機構
南雅文,福井真人,中川貴之,金子周司,佐藤公道(京大院・薬・生体機能解析学)
(2)
神経因性慢性疼痛による扁桃体シナプスの可塑的変化
池田亮1,2,藤井克之1,加藤総夫2(慈恵医大・1整形外科,2神経生理)
(3)
神経因性疼痛モデルにおけるグリア細胞の活性化様式
津田誠1,国房恵美子1,小泉修一2,井上和秀1,3
(国立衛研・1代謝生化学, 2薬理,3九大・院・薬・分子制御)
(4)
脊髄後角シナプス後細胞に発現するP2X受容体の機能意義
塩川浩輝1,中塚映政2,古江秀昌1,吉村恵1
1九州大・医・統合生理学,2佐賀大・医・神経生理)
(5)
ラット脊髄後角の痛覚情報伝達に及ぼすアデノシンのシナプス前性および後性作用
柳涛,楊鯤,労力軍,藤田亜美,中塚映政,熊本栄一(佐賀大・医・神経生理)
(6)
実験的脊髄損傷後疼痛に対するアデノシンの効果
尾形直則,森野忠夫,堀内秀樹,濱本雄一郎,山本晴康(愛媛大・医・整形外科)
(7)
ラットアジュバンド関節炎モデルにおけるAdenosine Deaminase (ADA)インヒビターの効果
中町祐司1,小柴賢洋1,小坂英和1,辻剛1,関信男2,黒坂昌弘3,熊谷俊一1
(神戸大・院医・1臨床病態免疫,3運動機能,2藤沢薬品探索研究所)
(8)
ATP release and activation of maxi-anion channel in rat cardiomyocytes in hypotonic, ischemic or hypoxic conditions
Amal K. Dutta, Ravshan Z. Sabirov, Hiromi Uramoto and Yasunobu Okada(生理研・機能協関)
(9)
膀胱上皮におけるATP放出機構について−TRPV1欠損マウスを用いた検討−
中村靖夫1, Lori A. Birder2, Michael J. Caterina3, 河谷正仁1, William C. de Groat2
1秋田大・医・機能制御医学,2Dept. of Pharmacol., Univ. of Pittsburgh Sch. of Med.,
3Dept. of Biological Chemistry and Neuroscience, Johns Hopkins Univ. Sch. of Med. )
(10)
自身の発現密度に依存するATP受容体P2X2の性質の変化
藤原祐一郎,久保義弘(生理研・神経機能素子)
(11)
マウス網膜コリン作動性アマクリン細胞のP2X2受容体応答
金田誠1,石井勝好2,森島陽介3,赤木巧2,山崎泰広2,中西重忠3,端川勉2
1慶應大・医・生理,2理研・脳センター・神経構築,3京大・院医・生体情報科学)
(12)
海馬ネットワーク興奮性制御における介在ニューロンP2Y1受容体の役割とその機構
川村将仁1,加藤総夫21慈恵医大・薬理1,2神経生理)
(13)
表皮のP2X受容体と皮膚バリアー再生の関係
傳田光洋,藤原重良,井上かおり(資生堂ライフサイエンス研究センター)
(14)
脂肪細胞におけるP2Y受容体の機能
尾松万里子,松浦博(滋賀医大・第2生理)
(15)
α,β-methyleneATPはウサギ脳底動脈のUTP収縮を増強する
宮城靖1,佐々木富男1,John Zhang21九大・医・脳外,2ミシシッピ大学・脳外)
(16)
ラット培養マイクログリアからのフリーラジカル・サイトカイン放出に対するATPの効果
森野忠夫,尾形直則,堀内秀樹,濱本雄一郎,山本晴康(愛媛大・医・整形外科)
(17)
脳スライス培養系でのATPγSによるMCP-1産生誘導機構に関する検討
片山貴博,伊藤美聖,神谷明裕,山崎裕子,金子周司,佐藤公道,南雅文
(京都大・薬・生体機能解析)
(18)
アデノシンは濃度依存性にヒト単球由来樹状細胞の分化を抑制する
小柴賢洋,中町祐司,中澤隆,辻剛,熊谷俊一(神戸大学臨床病態・免疫学)
(19)
ATPによるアストロサイトの酸化ストレスからの細胞保護作用
篠崎陽一1,3,小泉修一2,井上和秀1,3
(国立衛研・1代謝生化学,2薬理,3九大・院・薬・分子制御)
(P1)
頭痛と脳血管径調節能
山田真久(理研・脳科学・山田ユニット)
(P2)
末梢神経傷害モデルラットにおけるDRG神経細胞のP2X受容体に対するnoradrenalineの作用
圓尾圭史2,足立克2,山本悟史1,立石博臣2,西崎知之1
1兵庫医大・医・生理学第2,2整形外科学)
(P3)
ラット脊髄・後根神経節・交感神経節におけるAdenosine受容体mRNAの発現と坐骨神経切断後の変化
小林希実子,福岡哲男,山中博樹,野口光一(兵庫医科大学・解剖2)
(P4)
P2X7受容体活性化による細胞死の誘導に小孔の形成は必要か?
月本光俊,原田均,五十里彰,高木邦明(静岡県立大・薬)
(P5)
孤束核シナプス伝達制御におけるアデノシン受容体の下流機構:Ca channel is all?
繁冨英治1,山崎弘二1,西田基宏2,森泰生3,加藤総夫1
1慈恵医大・神経生理,2九州大院・薬・薬物中毒,
3京都大院・工・合成・生物化学・分子生物化学)
(P6)
MNTBニューロンにおける内因性のATPによる抑制性シナプス後電流の制御
綿野智一,松岡功,木村純子(福島医大・医・薬理)
(P7)
ATPによる血管周皮細胞ペリサイト-アストロサイト連関
小泉修一1,藤下加代子2,井上和秀2, 3
(国立衛研・1薬理,2代謝生化学,3九大・院・薬・分子制御)
(P8)
脳スライス細胞外ATPの可視化
加藤総夫,川村将仁,繁冨英治(慈恵医大・神経生理)
(P9)
アデノシンによるMDCK細胞からのATP放出とそのシグナリング
右田啓介,趙玉梅,桂木猛(福岡大・医・薬理)
(p10)
ラット脳視床下部スライス標本の細胞外ATPにおよぼすUTPの作用
小野委成,松岡功(福島医大・医・薬理)
(P11)
細胞外マトリックスとミクログリアのP2受容体
国房恵巳子1,多田薫2,小泉修一2,津田誠1,井上和秀1,3
(国立衛研・1代謝生化学,2薬理,3九大・院・薬・分子制御)
(P12)
ATP受容体および新規α7ニコチン性アセチルコリン受容体によるミクログリアの活性制御
鈴木智久,松原明代,秀和泉,仲田義啓(広島大・院・薬効解析)
(P13)
β1インテグリンを介するミクログリアの増殖・ケモタキシスとP2Y12受容体
多田薫1,小泉修一1,井上和秀2,3
(国立衛研・1薬理,2代謝生化学,3九大・院・薬・分子制御)
(P14)
P2Y6受容体活性化によるミクログリア細胞のファゴサイトーシス能の増大
重本-最上由香里1,小泉修一2,多田薫2,津田誠1,井上和秀1,3
(国立衛研・1代謝生化学,2薬理,3九大・院・薬・分子制御)
(P15)
アデノシンA2A受容体とP2Y受容体のヘテロダイマー形成
小柳洸志,津賀浩史,神谷敏夫,中田裕康(東京都神経研・生態機能分子)
(P16)
アデニル酸シクラーゼの内因性阻害物質3'-AMPの産生酵素の生体内分布
藤森廣幸,芳生秀光(摂南大・薬・衛生分析化学)
(P17)
マウス味蕾細胞基底膜のATP受容体分布
早戸亮太郎,吉井清哲(九州工大・院・生命体・脳情報)
(P18)
レチノイン酸による皮膚P2Y2受容体の発現制御
藤下加代子1,小泉修一2,井上和秀1,3
(国立衛研・1代謝生化学,2薬理,3九大・院・薬・分子制御)
(P19)
ATPによる大腸癌細胞の増殖抑制作用の検討
西藤勝,山本悟史,西崎知之(兵庫医科大学・医・生理学第2)

【参加者名】
井上 和秀(国立衛研,九大・院・薬),中村 靖夫(秋田大・医),松岡 功,小野 委成,綿野 智一(福島医大),加藤 総夫,池田 亮,繁冨 英治,川村 将仁,河野 優,山本 清文,安井 豊(慈恵医大),津田 誠,最上 由香里,藤下 加代子,篠崎 陽一,戸崎 秀俊,國房 恵巳子,長谷川 茂雄,小泉 修一,多田 薫(国立衛研),小柳 洸志,津賀 浩史,中田 裕康(東京都神経研),山田 真久(理研・脳科学),金田 誠(慶応大・医),傳田 光洋(資生堂ライフサイエンス研),早乙女 秀雄 (Wyeth Discovery Research),鈴木 隆一郎(医療福祉システム研究所),月本 光俊,原田 均(静岡県立大・薬),篠田雅路,水村和枝,肥田朋子,田口徹(名大・環研),平田 洋子(岐阜大),山下 勝幸(奈良医大),松浦 博,尾松 万里子(滋賀医大),南 雅文,片山 貴博(京大・薬),市川 純(関西医大),藤森 廣幸(摂南大・薬),小柴 賢洋,中町 祐司(神戸大学・医),野口 光一,西崎 知之,山本 悟史,西藤 勝,圓尾 圭史(兵庫医大・医),仲田 義啓,秀 和泉,鈴木 智久(広島大・院・薬),尾形 直則,森野 忠夫(愛媛大・医),吉村 恵,塩川 浩輝,宮城 靖(九大・医),早戸 亮太郎(九工大・院・生命体),桂木 猛,右田 啓介(福岡大・医),熊本 栄一,中塚 映政,藤田 亜美(佐賀大・医),富永 真琴(岡崎統合バイオ),岡田泰伸,Ravshan SABIROV,Amal Kumar DUTTA,温井 美帆,藤原祐一郎,立山 充,久保義弘,西巻 拓也,和気 弘明,岩井 博正,加勢 大輔,佐竹 伸一郎,東 智弘,井本敬二(生理研)

【概要】
 近年著しい発展が認められるATPおよびアデノシン受容体を介する痛み情報伝達解明に関連して,我が国でも国際的なリーダーシップをとれる質を備えた研究がなされており,2003年でもNature (Tsuda et al.), PNAS(Koizumi et al.)あるいは J. Neuroscience(Moriyama et al.)などの一流国際誌に優れた報告が数多く認められ,その隆盛ぶりがうかがい知れる。また,アデノシン(ATP製剤として)を鎮痛薬として臨床使用するグループも現れた。そこで,このような優れた研究成果をあげられている研究グループを一堂に会して,情報交換を密にし,一気に研究レベルを高めることができれば,我が国のこの分野への国際貢献に資することができると考えた。

 具体的には,中枢・末梢での痛み情報伝達に関する基礎研究,および関連する臨床知見,そして情報伝達メカニズム解明に寄与しうる基礎研究の発表と討論で構成した。

 

(1)  青斑核P2X3受容体を介した痛覚抑制機構

南雅文,福井真人,中川貴之,金子周司,佐藤公道
(京大・院・薬・生体機能解析学)

 我々はこれまでに,ATPおよび α,β-meATP (1 - 30 nmol),Bz-ATP (1 - 30 nmol) の側脳室内投与により,一過性の機械的侵害受容閾値の上昇が惹起されること,このα,β-meATPによる侵害受容閾値上昇は,βアドレナリン受容体拮抗薬propranolol (10 mg / kg) の皮下への前処置,さらにはβ2アドレナリン受容体拮抗薬butoxamine (100 nmol) およびICI-118551 (100 nmol) の側脳室への前投与により有意に抑制されることを報告し,脳内P2X受容体を介してアドレナリン(NA) 神経系を活性化させることによる中枢性痛覚抑制機構が存在する可能性を示してきた。今回は,α,β-meATPの作用点および作用機構を明らかにすることを目的として研究を行った。

 青斑核由来のNA神経を比較的選択的に破壊する神経毒DSP-4を腹腔内に前処置すると,α,β-meATPによる鎮痛作用は有意に減弱された。さらに,α,β-meATPの両側青斑核への微量投与は,i.c.v.投与の場合よりも低用量 (0.2, 2 nmol) において,有意かつ顕著な鎮痛作用を惹起した。またその鎮痛作用は,P2X受容体拮抗薬PPADS(1 nmol)の青斑核内への同時投与により有意に拮抗された。次に,青斑核内での作用機構を明らかにするために,青斑核におけるグルタミン酸およびその受容体の関与を検討した。In vivoマイクロダイアリシス法により測定した青斑核における細胞外グルタミン酸量は,灌流液中へのα,β-meATP (500 μM) 適用によって有意に増加した。また,α,β-meATP (2 nmol) の両側青斑核への微量投与による鎮痛作用は,NMDA受容体拮抗薬MK-801 (2, 20 nmol) の同時投与により有意に抑制されたが,AMPA/kainate受容体拮抗薬CNQX (20 nmol) によっては影響を受けなかった。これらの結果から,脳内P2X受容体を介した鎮痛作用には,青斑核内におけるP2X受容体刺激を介したグルタミン酸遊離とそれによるNMDA受容体の活性化が関与していることが示唆された。さらに,P2X3受容体拮抗薬A-317491 (1 nmol) の側脳室内投与により,ホルマリンのラット足底内注射により惹起される疼痛行動,および酢酸の腹腔内注射により惹起されるライジング行動が共に有意に増加したことから,内在性のATPが脳内において,侵害受容に対して抑制的に機能している可能性が示された。

 

(2) 神経因性慢性疼痛による扁桃体シナプスの可塑的変化

池田 亮1,2,藤井 克之1,加藤 総夫2
1東京慈恵会医科大学 整形外科学講座,
2神経生理学研究室)

 神経因性疼痛は,灼熱痛,発汗異常,血管運動障害とともに,非侵害性刺激によって誘発される痛覚過敏状態(異痛症)を生じる。このような疼痛に対する有効な治療法はなく,理学療法,投薬,精神科的治療などの対症療法が中心となっている。治療に難渋する原因として,損傷部位での組織的変化と主訴としての痛覚症状の発現に隔たりがあるなどの複雑な疼痛感覚形成機構の関与があげられる。他の感覚性入力と異なり,疼痛は特異的な「不快感・嫌悪感」を個体に生じさせるため,その成立には中枢神経系内の情動関連神経機構が関与していると考えられる。神経因性慢性疼痛成立時に,情動に関与する上位中枢ネットワークにおけるシナプス伝達の可塑的な変化が生じている可能性を検討した。

 扁桃体中心核外側亜核および外包核は,橋外側結合腕傍核からの興奮性入力を受けており,この投射経路は脊髄由来の侵害受容性情報を選択的に伝達する。我々はこの扁桃体中心核に投射する疼痛関連シナプス入力に注目した。異痛症の成立と扁桃体シナプス伝達との間の関係を検討するため,Wistar ratにおいて左側L5脊髄神経結紮慢性疼痛モデルを作成し,術後6-7日目に,von Frey filament 刺激による異痛症発現評価を行い,直後に麻酔下に断頭して,扁桃体脳スライスを作成し,扁桃体中心核外包核 (CeA) ニューロンから外側結合腕傍核からの入力線維刺激によって誘発される興奮性シナプス後電流(誘発EPSC)を記録した。結紮モデルの結紮対側CeAから記録された誘発EPSC振幅は,健側対側,および,Sham手術群におけるそれよりも有意に高値であった。Paired-pulse刺激による「paired-pulse ratio (PPR)」には,左右の差が認められなかったため,結紮対側における誘発EPSC振幅増大は主にシナプス後性機構の変化によるものと推定される。さらに,健側対側CeAにおける誘発EPSC振幅に対する結紮対側CeAの誘発EPSC振幅の比は,von Frey法で計測した異痛症性応答閾値の低下と相関を示した (Spearman's rank correlation, -0.79)。ATP (100 μM) およびadenosine (100 μM)は,誘発EPSC振幅を約40% 減少させたがこの効果には著明な左右差は認められなかった。

 これらの結果は,神経因性慢性疼痛の成立が,情動応答に関与する上位中枢神経核におけるシナプス伝達の変化を伴う事実を初めて示したものである。また,慢性疼痛動物モデルにおける「仮性疼痛反応」の亢進が,単に侵害入力性脊髄反射の亢進を反映しているのではなく,脳内の情動に関与する神経構造の活動の変化を伴う,主観的な慢性的「痛み」と類似した生体反応である可能性も示している。このようなシナプス伝達の可塑的変化の成立に関与する分子機構の解明は,神経因性慢性疼痛の治療法の開発につながるものと期待される。

 

(3) 神経因性疼痛モデルにおけるグリア細胞の活性化様式

津田誠1,国房恵美子1,小泉修一2,井上和秀1
(国立衛生研究所・1代謝生化学,2薬理)

 神経損傷により発症する神経因性疼痛は,損傷後に起こる一次求心性感覚神経や脊髄後角さらには脳で神経化学的な再構築が原因と推定されている。従来までは,それらの部位における神経細胞での変化のみに焦点があてられてきたが,最近では脊髄後角におけるグリア細胞に注目が集まっている。我々は,ATP受容体サブタイプのP2X4受容体の発現が神経損傷後に活性化したミクログリアで増加し,P2X4受容体の活性を阻害することにより,アロディニアを抑制できることを見出し,神経因性疼痛におけるミクログリアの必要性を明確にした。そこで今回は,末梢神経損傷後の脊髄後角ミクログリアの活性化様式について紹介する。ミクログリアの活性化は,そのマーカーであるOX42の染色レベルと形態学的変化をもとに解析した。正常ラットの脊髄後角においてOX42レベルは低く維持されているが,L5脊髄神経を損傷すると,その発現レベルは著しく増加した。その増加の経時変化は,損傷1日後より観察され,7日から14日後にピークとなった。また,損傷1日後で細胞体の肥大化や突起の退縮など,活性化型へ移行する形態上典型的な変化が観察され,2〜3日後には細胞分裂を起こした。脊髄後角の活性化ミクログリアは,表層部(第I層や第IIo層)にはあまり見られず,むしろ深層部(第III層や第IV層)で著明だった。以上の結果より,ミクログリアの活性化は,脊髄全体に一様に誘発するものではなく,空間・時間的にに非常に制御された反応であることが示唆される。

 

(4) 脊髄後角シナプス後細胞に発現するP2X受容体の機能意義

塩川 浩輝,中塚 映政2,古江 秀昌,吉村 恵
九州大学医学部大学院統合生理学,2佐賀大学医学部医学科生体構造機能学講座)

 ATP P2X受容体は末梢における痛覚受容に関与するだけでなく,脊髄後角においても侵害感覚情報を増強することが明らかとなり,大変注目されている。P2X受容体は脊髄後角細胞のシナプス前に発現しており,その活性化に伴ってグルタミン酸の遊離増強が生じ,その結果,痛覚過敏を惹起する。脊髄後角細胞のシナプス前のみならず,P2X受容体は脊髄後角表層のシナプス後細胞においても発現していることを示唆されている。しかしながら,その機能的意義は明らかでなく,特に脊髄後角深層細胞に関して,P2X受容体のシナプス後細胞における役割は全く知られていない。

 今回,ラット脊髄スライス標本を用いたパッチクランプ記録を行い,脊髄後角深層細胞のシナプス後細胞におけるATP受容体の役割を検討した。代謝安定型のATP受容体広作動域作動薬であるATP-γS (100 μM) を灌流投与すると,約40%の脊髄後角深層細胞において内向き電流と興奮性シナプス後電流の発生頻度の増強効果が観察された。一方,α,β-methylene ATP (100 μM) の灌流投与を行うと内向き電流は観察されず,興奮性シナプス後電流の発生頻度の増強効果のみが観察された。ATP-γSにより生じた内向き電流は,各種P2Y受容体作動薬の灌流投与によって再現されなかった。また,細胞膜G蛋白質阻害薬存在下において,ATP-γS灌流投与による内向き電流は抑制されなかった。さらに,ATP-γS灌流投与によって生じた内向き電流ならびに興奮性シナプス後電流の発生頻度の増強効果は,P2X受容体拮抗薬であるPPADS (10 μM) の存在下において完全に阻害されたが,TNP-ATP (20 μM) の存在下において影響されなかった。

 以上の結果から,ATP P2X受容体は脊髄後角深層細胞のシナプス前のみならず,シナプス後細胞においても発現しており,シナプス前とシナプス後細胞に発現しているP2X受容体は異なるサブタイプであることが明らかとなった。さらに,脊髄後角深層細胞のシナプス後細胞に発現するP2X受容体は,薬理学的特性からP2X5あるいはP2X2/6のいずれかであることが示唆された。

 

(5) ラット脊髄後角の痛覚情報伝達に及ぼすアデノシンのシナプス前性および後性作用

柳涛,楊鯤,労力軍,藤田亜美,中塚映政,熊本栄一
(佐賀大学医学部生体構造機能学講座神経生理学分野)

 アデノシンは中枢シナプス伝達の修飾物質として様々な生理作用に重要な役割を果たしているが,その作用の一つに痛み情報伝達の抑制がある。アデノシンの作用部位の一つとして,侵害刺激の情報伝達制御の要である脊髄後角の膠様質が知られている。我々は脊髄スライスの膠様質細胞にパッチクランプ法を適用してシナプス伝達に及ぼすアデノシン作用を調べ,次のことを明らかにした。(1) アデノシンは濃度依存性 (EC50 = 177 μM) にTEA非感受性でBa2+ や4-APにより抑制されるK+チャネルを活性化した。この膜電流は整流性を示さなかった。(2) アデノシンは後根刺激により誘起される単シナプス性のグルタミン酸作動性EPSC振幅をシナプス前性に減少させ,その程度はAδ 線維とC線維を介するEPSCの間で差はなかった。Aδ 線維EPSC振幅抑制のEC50は 217μMであった。自発性EPSCについて,その振幅の変化なしに発生頻度が減少した (EC50 = 277 μM)。(3) 脊髄後角の局所電気刺激により誘起されるGABAおよびグリシン作動性IPSCもシナプス前性にアデノシンにより濃度依存性に抑制された。これらのEC50はそれぞれ 14.5 μMと19.1 μMで,いずれの値も(1)と(2)の作用より小さかった。自発性IPSCについても,その振幅の変化なしに発生頻度が減少した。以上の(1)〜(3)と同様な作用はCPAによりみられ,また,これらのアデノシン作用はDPCPXにより抑制されたことより,いずれの作用もアデノシンA1受容体の活性化を介するものであることが示された。以上の結果より,脊髄膠様質においてアデノシンはシナプス前性に興奮性や抑制性のシナプス伝達を抑制する一方,シナプス後性に膜を過分極させると結論された。アデノシンによる膠様質細胞の膜興奮性すなわち痛み伝達の制御はその濃度に依存することが示唆された。

 

(6) 実験的脊髄損傷後疼痛に対するアデノシンの効果

尾形直則,森野忠夫,堀内秀樹,濱本雄一郎,山本晴康
(愛媛大・医・整形外科)

【目的】脊髄損傷後の痛覚異常は有効な治療法も乏しく,治療に難渋する病態である。この病態に対し,我々は脊髄圧迫にて下肢にhyperalgesiaを引き起こすモデルを開発し,一昨年の本学会において報告した。今回はアデノシンという物質に着目した。アデノシンは中枢神経系における内因性神経調節物質であり,神経細胞を過分極させることにより,細胞興奮を抑制する機能がある。本研究ではこのモデルを用いて脊髄損傷による痛覚過敏に対するアデノシンの効果を検討した。

【方法】Wistar系雌ラットを用い,第11胸椎レベルで椎弓を切除し,20gの重錘を硬膜上に20分間置くことによって脊髄に障害を加えた。痛覚閾値の測定は脊髄損傷3日後に足底部の熱刺激によるwithdrawal latencyの変動をモニターすることにより行った。アデノシンの効果を検討するためnon selective adenosine receptor agonist であるCl-adenosine,および,adenosine A1 receptorのselectiveなagonist,antagonistを痛覚測定の1時間前に硬膜内投与した。

【結果】normalラットにadenosine A1receptor antagonist (DPCPX10μg) を投与すると,疼痛閾値の低下が認められた。脊髄圧迫モデルは, 圧迫後2-5日目まで両足底部に有意なhyperalgesiaが発生する。脊髄圧迫3日後にCl-adenosine 10 nmolを投与した群では,hyperalgesiaが有意に抑制されていた。adenosine A1receptor antagonist (DPCPX10μg)はCl-adenosineの痛覚過敏抑制効果を阻害した。また,脊髄圧迫モデルにadenosine A1receptor agonist(R-PIA10nmol)を投与すると,疼痛閾値改善がみられた。

【考察】本研究では圧迫を行っていないラットにおけるadenosine A1receptor antagonist投与により痛覚過敏が出現したことから,アデノシンは生理的状態において抑制系物質として作用しているのではないかと考えられた。また,脊髄損傷モデルにおいてCl-adenosine投与より痛覚過敏が抑制されたことから,脊損後疼痛においてアデノシンの抑制効果が低下している可能性が考えられた。これらの結果よりadenosine receptor agonistsは疼痛緩和のための治療薬として有効である可能性が示唆された。

 

(7) ラットアジュバンド関節炎モデルにおけるAdenosine Deaminase (ADA)インヒビターの効果

中町祐司1,小柴賢洋1,小坂英和1,辻剛1,関信男2,黒坂昌弘3 ,熊谷俊一1
(神戸大・院医・1臨床病態免疫,2藤沢薬品探索研究所,神戸大・院医・3運動機能学)

【目的】関節リウマチ (RA) は滑膜の異常増殖,炎症細胞の関節への浸潤および関節破壊をともなう病因不明の慢性疾患である。RAに有効な抗リウマチ薬であるメトトレキサート (MTX) は,炎症局所の細胞外アデノシン濃度を上昇させ浸潤細胞数を減少させること,またラットアジュバンド関節炎では,アデノシン受容体アンタゴニストであるテオフィリンやカフェインがMTXによる抗炎症作用を抑制することが知られており,細胞外アデノシンがMTXの抗リウマチ作用のエフェクタ-分子であると考えられる。

 われわれは,アデノシンを不活性のイノシンに分解するアデノシンデアミナーゼ (ADA) がRAの関節液および滑膜細胞で高活性であることを見出した。このことは炎症局所におけるADAの増加が内因性アデノシンの作用を減弱させ,RAの病態に促進的に作用していると考えられる。

 そこで,今回われわれはラットアジュバンド関節炎モデルにADAインヒビターを投与し,その効果を検討した。

【方法】関節炎は,7週齢の雄Lewisラットの尾根部にMycobacterium tuberucuosis 含有不完全Freundアジュバンドを皮下投与し誘導した(発症率100%)。ADAインヒビターはFR242685(FR;藤沢薬品)をラット右後踵部に連日投与した。

 関節炎は,発赤および関節腫脹の程度により,1足当たり,1から4の4段階(最大16)で判定した。また,抗関節炎効果の指標として全身状態を反映する体重を測定した。関節炎を誘導後30日目に屠殺し,骨破壊の程度をレントゲン写真で検討し,病理組織学的評価をHE染色標本で行った。

【結果】1) FR投与群は,非投与群に比べ関節の腫脹が抑制された。2) FR投与群は,非投与群に比べ体重の増加が見られた。3) FR投与群は,非投与群に比較し骨破壊の抑制を認めた。4) FR投与群は,非投与群と比較し関節腔の狭窄が軽度であった。5) FR投与群は,非投与群と比較し滑膜の増殖および炎症細胞の浸潤が軽度であった。

【考察】ラットアジュバンド関節炎モデルでは,ADAインヒビター投与により細胞外アデノシン濃度が上昇することにより,関節炎を抑制することが示唆された。

 

(8) ATP release and activation of maxi-anion channel in rat cardiomyocytes in hypotonic, ischemic or hypoxic conditions

Amal K. Dutta1,2, Ravshan Z. Sabirov1,2, Hiromi Uramoto1,2, and Yasunobu Okada1,2
(1Department of Cell Physiology, National Institute for Physiological Sciences,
and 2School of Life Science, The Graduate University for Advanced Studies (SOKENDAI))

 The level of ATP in the interstitial space within the heart during ischemia or hypoxia is elevated due to its release from a number of cell types, including cardiomyocytes. However, the mechanism by which ATP is released from these myocytes is not known. In the present study, we examined a possible involvement of the ATP-conductive maxi-anion channel in ATP release from neonatal rat cardiomyocytes in primary culture upon hypotonic, ischemic or hypoxic stimulation. Using a luciferin-luciferase assay, we found that ATP was released to the bulk solution when the cells were subjected to chemical ischemia, hypoxia or hypotonic stress. The swelling-induced ATP release was inhibited by carboxylate- and stilbene-derivative anion channel blockers, arachidonic acid and Gd3+, but not by glibenclamide. The local concentration of ATP released near the cell surface of a single cardiomyocyte, measured by a biosensor technique, was found to exceed the micromolar level. Patch-clamp studies showed that ischemia, hypoxia or hypotonic stimulation induced activation of single-channel events with a large unitary conductance (〜390 pS). The channel was selective to anions and showed significant permeability to ATP4- (PATP/PCl〜0.1) and MgATP2- (PATP/PCl 〜 0.16). The channel activity exhibited pharmacological properties essentially similar to those of ATP release. These results indicate that neonatal rat cardiomyocytes respond to ischemia, hypoxia or hypotonic stimulation with ATP release and that the ATP-conductive maxi-anion channel serves as the conductive pathway for ATP release.

 

(9) 膀胱上皮におけるATP放出機構について
―TRPV1欠損マウスを用いた検討―

中村靖夫1,Lori A. Birder2,Michael J. Caterina3,河谷正仁1,William C. de Groat2
1秋田大・医・機能制御医学, 2Dept. of Pharmacology, Univ. of Pittsburgh Sch. of Med.,
3Dept. of Biological Chemistry and Neuroscience, Johns Hopkins Univ. Sch. of Med. )

【背景】正常膀胱においては伸展により,ATPが放出され,それが尿路上皮や求心性神経におけるmechanosensory mechanismに関与しているであろうと報告されている。TRPV1がそのATP放出機構に関与していることを示唆する知見を得られたので,報告する。

【目的】TRPV1は膀胱に存在することが知られている。カプサイシンはその受容体であるTRPV1を刺激し,脱感作を引き起こすため,脊髄損傷患者の排尿筋過反射に対する治療に使われている。しかしTRPV1が正常な膀胱機能に果たす役割はまだはっきりわかっていない。そのため,我々はTRPV1 null mutant miceの膀胱機能および膀胱からのATP放出量を評価した。

【方法】TRPV1 null およびwild type miceにウレタン麻酔下で膀胱瘻を作成し,そのカテーテルより生理的食塩水を一定速度 (0.5 ml/hr) で順に注入しながら,膀胱内圧を測定した。また,膀胱を伸展させた時の脊髄におけるc-fosの発現も測定した。さらに,摘出膀胱標本を伸展させた時および培養尿路上皮細胞に低浸透圧刺激を与えた時のATPの放出量をluciferin-luciferase法で測定した。

【結果】膀胱内圧測定において,wild type miceと比較して,TRPV1 null miceの膀胱容量は有意に高値を示したが,膀胱充満による脊髄におけるc-fosの発現は低値であった。摘出膀胱標本を伸展させた時および培養尿路上皮細胞に低浸透圧刺激を与えた時のATPの放出量はいずれもTRPV1 null miceの方が有意に低値であった。

【結語】これらの所見より,TRPV1が膀胱伸展の感知,おそらく尿路上皮や求心性神経におけるmechanosensory mechanismに関与していることが示唆された。

 

(10) 自身の発現密度に依存するATP受容体P2X2の性質の変化

藤原 祐一郎,久保 義弘
(生理学研究所・神経機能素子研究部門)

 イオンチャネル型のATP受容体P2Xは,時間依存的にイオン選択性が変化することや,記録ごとにうち向き整流性の強度がばらつくなどの特徴あるポアの性質を持つことが知られている。我々はP2X2受容体の整流性の分子機構を明らかにする目的で,アフリカツメガエル卵母細胞にP2X2を発現させ2本刺し膜電位固定下でATP投与後の電流を記録した結果,内向き整流性のばらつきが発現密度に相関することを見いだした。これを手がかりとして今回,受容体の種々の性質を発現レベルとの関連において解析し以下の知見が得られた。

 (1) PK+/PNa+の発現密度に依存した変化は観察されなかったが,PNMDG+/PNa+は発現密度と負の相関を示した。(2) 内向き整流性の強弱は発現密度と負の相関を示した。脱分極パルス直後に観察される外向き電流(Iinitial)は,経時的に減衰し定常レベルに(Isteady)に達した。IinitialおよびIsteadyの,内向き電流の大きさに対する割合はどちらもチャネルを高発現にすることによって増加した。(3) 高濃度のATP(100 μM)により弱い内向き整流性電流を呈する発現密度の高い細胞に,低濃度ATP(3 μM)を投与するとその内向き整流性は増強した。(4) [ATP] - 応答関係のKdの値は発現密度と負の相関を示した。Hill係数は発現密度に相関なく一定値2であった。(5) ポア上部の点変異I328Cにより上記の発現密度に依存したポアの性質の変化がほぼ消失した。

 以上の結果をまとめると,「P2X2 受容体の内向き整流性等の性質は,膜上に存在する「開状態」のチャネルの密度に依存して動的に変化する。」と表現できる。我々は「ATP投与により開状態に入った,ごく近傍にある P2X2 受容体チャネル間の相互作用によりポア上部においてなんらかの構造変化が起こり,ポアの性質やリガンド感受性が変わる。」というイメージが,最も自然にかつ矛盾なくデータを説明できると考えている。

 

(11) マウス網膜コリン作動性アマクリン細胞のP2X2受容体応答

金田 誠1,石井 勝好2,森島 陽介3,赤木 巧2,山崎 泰広2,中西 重忠3,端川 勉2
1慶應大・医・生理,理研・2脳センター・神経構築,3京大・院医・生体情報科学)

 網膜では外来性に投与したATPがAChの放出を抑制することが報告されている。AChの放出は薬理学的実験からP2X受容体を介する抑制機構が関与すると考えられているが,どのサブタイプが関与しているのかは明らかとなっていない。これは網膜におけるP2X受容体の分布について体系的に検討されていないことが大きな原因となっている。本研究では,マウス網膜のP2X1,P2X2,P2X4,P2X7受容体の分布について免疫組織化学的手法を用いて検討し,コリン作動性ニューロンに存在するP2X受容体のサブタイプに注目してそのシナプス部位における局在をimmunotoxin-mediated cell targeting technology (IMCT) 法を用いて検討した。またコリン作動性アマクリン細胞が選択的にGFP陽性像を示すtransgenic mouseを用いて,コリン作動性アマクリン細胞にパッチクランプ法を適用し,そのプリン受容体応答について検討した。

 免疫組織化学的には,P2X1受容体は内顆粒層と内網状層の境界部付近に点状に分布する陽性所見が観察された。P2X2受容体は一部のアマクリン細胞の細胞体と内網状層のサブラミナaで強い免疫反応陽性像が観察された。P2X4受容体は,神経節細胞層で強い免疫反応陽性像が観察された。P2X7受容体は内顆粒層と神経節細胞層の細胞体で陽性所見が観察され,内顆粒層の陽性細胞は硝子体側と強膜側に存在していた。P2X2の免疫反応はコリン作動性ニューロンのマーカーであるChATの免疫反応と一致した。またP2X2の免疫反応はコリン作動性ニューロンにGFPシグナルを発現するtransgenic mouseにおいても一致した。Transgenic mouseにIMCT法を適用してコリン作動性ニューロンを選択的に細胞死させると,GFPシグナルが消失した領域のみでP2X2の免疫反応が消失した。このことからP2X2の免疫反応はstarburstアマクリン細胞の樹状突起上に選択的に発現しているものと考えられる。

 ホールセルクランプ下にATPをコリン作動性アマクリン細胞に投与し,発生したATP応答をGABA応答で正規化して,OFF型コリン作動性アマクリン細胞とON型コリン作動性アマクリン細胞のATP応答の大きさを比較した。OFF型コリン作動性アマクリン細胞で観察されるATP応答はON型コリン作動性アマクリン細胞で観察されるATP応答より大きかった。またα,β-methyleneATPではATP応答が惹起されず,PPADS存在下でATPを投与したときにも応答は生じなかった。

 以上の結果から,マウス網膜においてATPは網膜内網状層ではP2X2受容体を介してOFF経路のアセチルコリン信号伝達に関与するが,ON経路のアセチルコリン信号伝達には関与しない可能性が示唆された。

 

(12) 海馬ネットワーク興奮性制御における介在ニューロンP2Y1受容体の役割とその機構

川村将仁1,加藤総夫2
1慈恵医大・薬理学第1,2慈恵医大・神経生理)

 海馬には各種ATP受容体,アデノシン受容体,および,ATPからアデノシンへの細胞外変換酵素系が豊富に発現している。細胞外プリンによる海馬ネットワークの興奮性制御におけるこれらの機能分子群の役割を解明するためには,これらの分子を発現するニューロンおよびグリア細胞の空間的細胞構造がin situに近い状態で維持されている急性スライス標本を用いた検討が必須である。現在までに,海馬急性スライス標本における細胞外ATPの効果とその機序を薬理学的手法および遺伝子ノックダウン法を用いて検討した報告が多くなされているが,その大部分は,海馬初代培養細胞を用いた研究の結論とは異なり,海馬スライスにおいてATPはアデノシンに加水分解された後にアデノシン受容体活性化を介してシナプス伝達を修飾する,と結論している。

 我々はこれらの海馬スライス標本を用いた研究の大部分が錐体細胞への興奮性シナプス入力のみを検討していることに着目した。海馬錐体細胞の興奮性は,興奮性シナプス入力のみならず,周囲の介在ニューロンからの抑制性シナプス入力によっても制御されている。昨年,本研究会で細胞外ATPがアデノシンに代謝された後,アデノシンA1受容体の活性化を介してCA3錐体細胞のEPSC頻度を減少させる事実を報告した。この時,同時に観察されたIPSCの頻度はATPにより有意に増加した。今回は,ATPによるこのIPSC頻度増大効果の分子機構の解明を試みた。以下の4つの実験成績に基づき,ATPによるIPSC頻度増加は,介在ニューロンに発現するP2Y1受容体を介した介在ニューロンの直接的興奮によると結論された。(1) IPSC頻度増加は2meSATPにより最も強く引き起こされ,MRS2179によりほぼ完全に抑制された。(2) P2Y1受容体のノックアウトマウスでは,2meSATPによるIPSC頻度の増加が観察されなかった。(3) 2meSATPは介在ニューロンに内向き電流を生じさせ,これはMRS2179により抑制された。またこの内向き電流は,介在ニューロンを脱分極させ,錐体細胞のIPSC頻度増加と時間的に一致して活動電位を発生させた。および,(4) 海馬スライスにおける細胞内カルシウム濃度イメージングを行ったところ,2meSATPは錐体細胞層外に局在する一部の介在ニューロンの[Ca2+]iを細胞外Ca2+ 依存的に増加させた。2meSATPはアストロサイトの[Ca2+]i も増加させたが,これは細胞外カルシウム非存在下にも生じた。いずれもMRS2179により抑制された。2meSATPは錐体細胞の[Ca2+]i に変化を及ぼさなかった。

 以上の結果は,ATPが介在ニューロンのP2Y1受容体の活性化を介して介在ニューロンを直接的に興奮させ,錐体細胞への抑制性入力を増加させることを証明したものである。この効果は,同時に起こるアデノシン受容体の活性化と協働的にはたらき,海馬ネットワークの興奮性を低下させると結論された。また,本研究は,中枢神経系の神経細胞においてP2Y1受容体の活性化が直接的にイオンチャネルを活性化させ,ニューロンの興奮を引き起こす事実を示した初めての報告である。

 

(13) 表皮の P2X 受容体と皮膚バリアー再生の関係

傳田光洋,藤原重良,井上かおり
(資生堂ライフサイエンス研究センター)

 陸上の生命にとって皮膚は生体と環境の境界であるだけではない。皮膚は,太古海で生まれ,今なおその海と同様流れる水に満ちた組織を,環境から保護するバリアーでもある。これが火傷などで損傷すると生体は水を喪いたちまち死に至る。このバリアーは皮膚表面に形成されているわずか10-20ミクロンの層状構造,角質層によって担われている。角質層は表皮細胞が分化して死んだ細胞とその間隙を埋める脂質によって構成される複合素材である。それは他のあらゆる生体膜より1000倍も水を透し難い,同じ厚さのプラスチック膜に匹敵するバリアー機能を持っている。このバリアー機能はセロテープや有機溶媒による処理によって容易に破壊されるが,健康な皮膚では,その後,一連のホメオスタティックな修復システムが加速され,速やかにもとのバリアー機能の回復が起こる。しかしアトピー性皮膚炎などの多くの皮膚疾患ではこのバリアー機能の恒常的な低下が認められる。今回,我々はこのバリアー機能の修復過程とATPとの関連について検討した。

 ヘアレスマウスの皮膚角質層をセロテープで剥がして皮膚バリアー機能を破壊すると,直ちに表皮からATPが放出された。またバリアー機能破壊後,皮膚表面にATPを塗布するとバリアー回復が遅延した。P2X系のアゴニストα,β-methylene ATPの塗布も回復を遅延させた。一方,Suramin,およびP2X特異的アンタゴニストPPADS,TNP-ATPの塗布はバリアー回復を促進させた。P2X受容体アンタゴニストの Reactive Blue2 の塗布はバリアー回復速度に影響しなかった。

 ヒトケラチノサイト培養系ではα,β-methylene ATPがケラチノサイト内のカルシウム濃度を上昇させ,その変化がTNP-ATPによってブロックされることが確認された。これらの結果は表皮を形成するケラチノサイトにP2X受容体が存在することを示唆している。表皮の免疫染色およびRT-PCRによる観察ではP2X3が存在することを示唆する結果が得られた。

 我々は以前,乾燥環境下で軽微なバリアー破壊を起こした場合,アトピー性皮膚炎や乾癬,接触性皮膚炎などに共通して観察される表皮増殖性異常を惹起することを見出している。今回,この系でバリアー破壊後,TNP-ATPを塗布したところ,表皮増殖性異常が抑制されることが見出された。

 以上の結果は表皮のバリアー機能の恒常性や表皮ケラチノサイトノ増殖にATPおよびP2X受容体が関与していることを示している。そしてATPによる情報伝達系の制御が皮膚疾患の臨床において新しい治療法を創出しうる可能性を示している。

参考文献

J Invest Dermatol 119:1034-1040, 2002
J Invest Dermatol 111:873-878, 1998

 

(14) 脂肪細胞におけるP2Y受容体の機能

尾松万里子,松浦 博
(滋賀医大・第2生理)

 マウス胎児由来前駆脂肪細胞3T3-L1細胞は,脂肪細胞分化のモデルとして最もよく研究されている株細胞である。この細胞を成熟脂肪細胞に分化させるためには,コンフルエントになるまで培養して接触障害により細胞周期を停止した後,dexamethasone,1-methyl-3-isoxanthine及びinsulinを分化誘導因子として加える手法が最も一般的に行われている。

 我々は,3T3-L1前駆脂肪細胞における細胞外ATPの作用を調べたところ,ATP (10〜100 μM) が約30%の低い細胞密度において分化誘導因子による成熟脂肪細胞への分化を促進することを見出した。この脂肪細胞分化促進作用がATPの他にADP及びUTPによっても引き起こされること,P2受容体阻害剤スラミンならびにPPADSによって阻害されること,及びphospholipase C阻害剤U73122によって阻害されることから,P2Y受容体を介すると考えられた。一方,駆脂肪細胞において,細胞運動が活発になり,離れた場所にある脂肪細胞クラスターへの移動が盛んになることで脂肪組織の増大が起こることは古くから報告されているため,ATP,ADPならびにUTPの効果について調べてみたところ,濃度依存性に細胞遊走を促進することがわかった。今回,P2Y受容体による脂肪細胞分化促進作用に関与する細胞内情報伝達機構を調べるために,脂質ラフト分画を抽出し,プロテオミクスの手法を用いて細胞内シグナル分子の同定を開始したので,その経過について報告する。

 

(15)α,β-methyleneATPはウサギ脳底動脈のUTP収縮を増強する

宮城 靖1,佐々木富男1,John Zhang2
1九州大・医・脳外,2ミシシッピ大学・脳外)

 くも膜下出血では,くも膜下腔に放出された血液成分が頭蓋内主幹動脈を刺激し,遅発性に異常収縮を惹起し,重篤な脳循環障害を発生させる(脳血管攣縮)。血腫中のATPやUTPは脳血管のP2受容体を非選択的に刺激すると考えられる。ウサギ脳底動脈においてATP収縮は非常に弱く一過性で,UTP収縮は強力であるが持続性に乏しい。我々はUTP収縮に関与するP2受容体の特性を薬理学的に検討した。その結果,α,β-methyleneATPそのものはウサギ脳底動脈に対して全く収縮作用がないが,α,β-methyleneATPの同時刺激がUTP収縮を約1.5倍に増強することを発見した。その機序として,α,β-methyleneATPによる細胞外ecto-nucleotidase阻害の作用が考えられたが,Ni2+添加やCa2+除去,Evans blue前処置はいずれも,α,β-methyleneATP によるUTP収縮増強作用を消失させ得なかった。また,α,β-methyleneATP はecto-nucleotidase抵抗性のATPγS 収縮に対しても増強効果があった。以上の結果から,脳動脈ではUTP受容体(おそらくP2Y4)をヌクレオチドによる過剰刺激から防御するための,α,β-methyleneATP感受性の機構が存在することが示唆された。

 

(16) ラット培養マイクログリアからのフリーラジカル・サイトカイン放出に対するATPの効果

森野忠夫,尾形直則,堀内秀樹,濱本雄一郎,山本晴康
(愛媛大,医,整形外科)

【目的】脊髄が傷害を受けたときには,軸索の断裂や組織の浮腫等の急性期のダメージに引き続いて,傷害後数時間以後に起こってくる遅発性の神経障害過程があり,この一つとして傷害された組織内でのマイクログリアの増殖,活性化が注目されてきている。本研究ではこのマイクログリアの機能を抑制することによって神経を保護する方法を開発する目的で,マイクログリアから放出されるフリーラジカル・サイトカインの量を測定し,機能抑制の候補物質の効果を評価した。

【方法】ラット胎仔の脊髄より採取した培養マイクログリアをLipopolisaccharide (LPS) で刺激したときにマイクログリアから放出されるサイトカインであるTNF-α及びIL-6の量をELISA法で,NO放出量をGriess法で測定した。

【結果】培養マイクログリアは24時間のLPS(100ng/ml)暴露により,培養液中に多量のTNF-α及びIL-6を放出するが,この量はLPS暴露時にATPを同時投与することによりATPの濃度依存性に抑制された。一方,LPS暴露によるNO放出量はATPを加えても明らかな変化は見られなかった。P2yレセプターのアゴニストである2-Methylthio-ATPは,ATPと同様にLPSにより誘導されるマイクログリアからのTNF-α及びIL-6放出を濃度依存性に抑制した。

【考察】ATPは細胞のエネルギー源となることの他に,P2 receptorを介して,様々な生理活性を持っている。我々はこの物質が神経障害の軽減に有用ではないかと考えた。マイクログリアは神経組織内の免疫を司る細胞であるが,虚血などの際に病的に活性化され,傷害性の強いサイトカインやNOなどのフリーラジカルを放出し,神経障害を増悪させると考えられている。本研究では,ATP及びP2y レセプターアゴニストが炎症性サイトカインであるTNF-α及びIL-6の産生を抑制することがわかった。一方,NOについては効果が観られなかった。P2y レセプターアゴニストは炎症を伴う急性の神経障害の治療薬として有効である可能性が示された。

 

(17) 脳スライス培養系でのATPγSによるMCP-1 産生誘導機構に関する検討

片山貴博,伊藤美聖,神谷明裕,山崎裕子,金子周司,佐藤公道,南雅文
(京大・院・薬・生体機能解析学)

 Monocyte chemoattractant protein-1 (MCP-1,CCL2) は脳虚血や多発性硬化症,頭部外傷など,様々な病理的条件下の脳内で産生誘導され,細胞傷害の増悪への関与が示唆されているケモカインの1つである。一方で,脳組織切片培養系は,細胞構築や個々の細胞の活性化状態が分散培養系と比較して,よりin vivoに近い状態にあるため,活性化状態の違いが細胞の反応性を大きく左右するグリア細胞の研究に非常に有用であると考えられる。本研究では,MCP-1産生誘導に対するATPγSの効果について,この脳切片培養系を用いて検討を行った。

 生後2-3日齢Wistar/STラットの大脳皮質-線条体領域から冠状切片(300 μM厚)を作製し,10-11日間静置界面培養後,実験に用いた。

 ATPγS処置により,mRNAレベル,タンパクレベルともに濃度依存的なMCP-1発現誘導が観察された。そのタイムコースは,処置開始後1時間で既に観察され,3-4時間をピークとする一過性のものであった。また,その主な産生細胞はアストロサイトであった。一度NMDA処置により,切片内の神経細胞を特異的に傷害,除去した切片においても,同様にMCP-1産生誘導が惹起された。このATPγSによるMCP-1産生・遊離に対するP2受容体拮抗薬の効果を検討したところ,PPADSはほぼ完全な抑制効果を示したのに対し,Reactive Blue 2は部分的な抑制を示し,suraminに関しては全く影響を与えなかった。最後にMAPキナーゼ阻害薬の効果を検討したところ,ATPγSによるMCP-1の培地中への遊離は,MEK阻害薬PD98059およびJNK阻害薬SP600125により部分的に抑制され,反対にp38 MAPキナーゼ阻害薬SB203580によって増強された。また,PD98059,SP600125はMCP-1 mRNA発現に関しても同様に抑制効果を示した。

 以上の結果より,脳組織切片培養系においてATPγSは,アストロサイトに直接作用し,アストロサイトでのMCP-1産生・遊離を惹起することが明らかとなった。また,このATPγSによるMCP-1産生誘導に関して,複数のサブタイプのプリン受容体が関与していること,またERKおよびJNKキナーゼは促進的に,逆にp38MAP キナーゼは抑制的にそれぞれ関与していることが示された。

 

(18) アデノシンは濃度依存性にヒト単球由来樹状細胞の分化を抑制する

小柴賢洋,中町祐司,中澤隆,辻剛,熊谷俊一
(神戸大・院医・臨床病態免疫学)

【目的】関節リウマチ (RA) の病因は不明であるが,自己免疫機序による関節滑膜の炎症性増殖とそれに引き続く関節構造の破壊が,その病理組織学的特徴とされている。現在最も頻用されている抗リウマチ薬の一つ,メトトレキサート (MTX) は炎症局所の細胞外アデノシン濃度を上昇させ浸潤細胞数を減少させる。またラット関節炎モデルにおいてアデノシン受容体アンタゴニストであるテオフィリン,カフェインがMTXの抗リウマチ作用を抑制する。以上のことから,細胞外アデノシンがMTXの抗リウマチ作用のエフェクター分子であると考えられている。しかしながらアデノシンが作用する細胞や受容体に関しての詳細は不明である。

 樹状細胞 (DC) は関節リウマチ(RA)の病態形成に重要な役割を果たしていると考えられているので,ヒト末梢血単球からDCの分化に与えるアデノシンの影響をin vitroで検討した。

【方法】健常人末梢血中のCD14陽性細胞を,磁気ビーズを用いて分離精製した。この細胞をGM-CSFとIL-4の存在下に5日間培養し,未熟DC (iDC) へと分化誘導した。さらにTNF-α存在下でiDCを48時間培養し,成熟DC (mDC) へ分化させた。この分化誘導の際にADA抵抗性のアデノシンアナログであるNECAを同時に投与し,その影響を主に細胞表面マーカーの発現により解析した。

【結果と考察】(1)単球からの分化過程にNECAが存在するとCD1a,CD80,CD83の発現がiDC,mDCともに抑制された。(2)この発現抑制はNECAの濃度に依存性であった。(3) iDCからmDCへの分化段階においてはNECAはほとんど影響しなかった。以上の結果から,アデノシンの抗リウマチ作用機序の一つとして,単球からDCへの分化を抑制性に制御することによりRAにおける免疫応答を抑制することが考えられた。

 

(19) ATPによるアストロサイトの酸化ストレスからの細胞保護作用

篠崎陽一1,3,小泉修一2,井上和秀1,3
(国立衛研・1代謝生化学,2薬理,3九大・院・分子制御)

 細胞外ATPは中枢神経系のgliotransmitter及びglia-neuron transmitterとして,グリア細胞間及びグリア-ニューロン間の情報伝達を担う重要な因子である。しかしATP及びP2受容体を介するこれら情報伝達の生理的意義については不明な部分が多い。本実験ではgliotransmitterとしてのATPに注目し,特にアストロサイトの細胞死・機能維持の観点から,その生理的役割を追求した。

 過酸化水素 (H2O2) は様々な脳の疾患時における酸化ストレスの原因物質の一種である。H2O2は濃度依存的にラット初代培養アストロサイトの細胞死を引き起こした。ATP (1〜1000 μM) は濃度及び処理時間依存的にこのアストロサイトの細胞死を抑制した。薬理学的な検討により,この細胞保護作用の責任受容体は,P2Y1受容体であることが明らかとなった。GeneChipを用いた解析の結果,P2Y1受容体活性化による抗酸化的ストレス関連遺伝子の発現亢進が明らかとなった。また神経細胞死に対して強力な保護効果を有するadenosineはアストロサイトの細胞死には全く影響しなかった。更にアストロサイトのgliotransmitterとしても知られる興奮性伝達物質グルタミン酸には,細胞保護効果は認められなかった。一方,H2O2により誘発されるアストロサイトの細胞死には,MAPキナーゼERK1/2の持続的な活性化が強く関与していた。ATP/P2Y1受容体の活性化によるアストロサイト保護効果は,このERK1/2リン酸化を抑制することに起因していた。

 以上ATPは,アストロサイトに対する強力な細胞保護因子であり,この保護作用は神経細胞保護因子adenosineや他のgliotransmitterグルタミン酸では再現されなかった。 ATPはアストロサイトの保護及び機能を維持することにより,中枢神経系のグリアーニューロン連関を保持している可能性が考えられる。

 

(P1) 頭痛と脳血管径調節能

山田真久(理化学研究所 脳科学総合研センター 山田研究ユニット)

 頭痛発症において,血管の炎症にともない血小板から放出されるセロトニンが脳内血管を収縮させることから始まり。この血管収縮が血管周囲の炎症を引き起こし,脳血管の拡張とともに放出される発痛物質が三叉神経を刺激して痛みを伝達すると考えられている。このように血管の拡張収縮能は,頭痛の発症機序に深く関与している。従って,脳血管の拡張収縮能をコントロールすることは,頭痛予防に重要であると考えられる。予防薬の開発においては,慢性投与による脳機能の変化を予測する必要がある。この研究では,慢性的に脳血管の拡張能を失った遺伝子組換えマウスを用いて,脳血流量の低下による脳機能への影響を検討した。

 アセチルコリンはATPと同様に血管内皮細胞に作用して,一酸化窒素 (NO) を放出し,脳血管を拡張させる働きを持っている。我々は,ムスカリン性アセチルコリン受容体のM5受容体遺伝子欠損マウスを作成したところ,このマウスは脳梗塞を伴わない慢性的脳血管拡張障害マウスであることを示した (Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 98 (2001) 14096-14101)。このマウスは,脳循環の自動調節能の破綻や神経突起の萎縮などの特徴を示した。さらに,神経突起の萎縮に相関し,海馬依存記憶学習機能に異常を示した。本研究によって,脳循環は,脳機能を保持する為に重要な役割を担っていることが示唆された。

 

(P2) 末梢神経傷害モデルラットにおけるDRG神経細胞のP2X受容体に対するnoradrenalineの作用

圓尾圭史2,足立 克2,山本悟史1,立石博臣2,西崎知之1
(兵庫医科大・医・1生理学第2,2整形外科学)

 末梢神経傷害後に発生する allodynia をはじめとする神経因性疼痛は,組織の創傷治癒後にも持続する難治性の病態である。この疼痛の発生機序は未だ不明であるが,末梢神経傷害が交感神経節後ニューロンの発芽を誘起し,その軸索が脊髄後根神経節 (dorsal root ganglion; DRG)に到達しているという事がわかっている。また,DRG神経細胞には疼痛発生への関与が示唆されているATP受容体が発現していることも知られている。これらの事実より,交感神経終末から放出されたnoradrenaline (NA) がDRG神経細胞のカテコールアミン受容体を介して,ATP受容体機能を変化させて疼痛制御に関わっている可能性があると推測される。そこで今回の研究では,末梢神経傷害モデルラットを作製し,神経傷害後DRG神経細胞のATP受容体(P2X受容体)機能に対するNAの作用について電気生理学的に検討したので報告する。

 

(P3) ラット脊髄・後根神経節・交感神経節におけるAdenosine受容体mRNAの発現と坐骨神経切断後の変化

小林希実子,福岡哲男,山中博樹,野口光一
(兵庫医科大学・解剖学第2講座)

 痛み情報伝達におけるATP・Adenosineの役割を解明するための基礎的情報として,我々はこれまでにATP受容体 (P2X, Y) のラット脊髄・後根神経節 (DRG) における詳細な発現パターンの解析を施行し,各サブタイプ別の特異的な発現パターン,神経障害に対する動態などを報告してきた。

 AdenosineはATPの代謝産物としてエネルギー代謝に関与するだけでなく,種々の組織・細胞の機能制御に関わることが知られている。Adenosine受容体はラットではA1,A2a,A2b,A3の4種類がクローニングされており,Gタンパク共役型受容体で,A1, A3 受容体がGiと,A2a, A2b 受容体がGsと共役している。

 末梢神経から脊髄後角に至る痛み情報伝達がAdenosineにより抑制されることが報告されているが,Adenosine受容体の詳細な分布についての報告は少ない。そこでラットの脊髄,DRG,交感神経節でのAdenosine受容体の発現をin situ hybridization法を用いて詳細に検討した。

 その結果,DRGニューロンではA1, A2a, A2b受容体が発現しており,A3受容体は発現していなかった。A1受容体は約7割のニューロンでみられ,多くは小型・中型neuronであった。A2a受容体は約3割のニューロンに発現し主に小型から中型に発現しており,A2b受容体は小型neuron中心に約2割のneuronに発現していた。交感神経節ではA1受容体のみがほぼ全てのneuronに発現しており,そのほかのA受容体は発現していなかった。脊髄ではA1受容体が灰白質のほぼ全てのneuronに発現し,A2a受容体がmotoneuronに発現していた。A2b, A3 受容体は脊髄では発現が見られなかった。

 また,坐骨神経切断モデル7日後では,DRGではA1, A2a, A2b 受容体すべて,発現細胞数が減少した。脊髄ではA1, A2a, A2bの発現は変化が見られなかったが,A3受容体が術側のgliaで発現が見られるようになった。

 以上のことから,坐骨神経損傷後の脊髄においてA1やA3受容体がAdenosineを介したneuron-glia 細胞間又はglia-glia 細胞間の情報を制御する役割を果たしていることが示唆される。

 

(P4) P2X7受容体活性化による細胞死の誘導に小孔の形成は必要か?

月本光俊,原田均,五十里彰,高木邦明
(静岡県立大・薬)

【目的】P2X7受容体の活性化は陽イオンの流入を誘導するとともに分子量約900 Da程度までの分子を通す小孔を形成する。また,多くの細胞系において細胞死を誘導する。しかしながら,細胞死誘導の詳細な機構は明らかでない。今回我々はラットP2X7 cDNAをニワトリB細胞由来DT40株に導入して得られたP2X7受容体強制発現株(DT40/P2X7細胞)を用い小孔の形成と細胞死誘導との連関について解析した。

【方法】細胞の大きさの変化はフローサイトメーターを用いて前方散乱光および側方散乱光を測定することにより解析した。小孔の形成は臭化エチヂウムの取り込みを指標とした。また,細胞障害性は細胞外に漏出した乳酸脱水素酵素 (LDH) の活性を測定することにより調べた。

【結果および考察】生理的イオン存在下DT40/P2X7細胞の細胞径に対するP2X7受容体選択的アゴニスト2'-&3-O-(4-benzoyl-benzoyl)-ATP(BzATP) 処置の影響を調べたところ,処置濃度ならびに時間に依存したアポトーシスの初期の特徴である細胞の縮小が観察された。この細胞の縮小に対する細胞外イオンの影響を検討したところ,Na+ を除去すると受容体刺激後10分程度の早い段階でNa+ 存在下では見られなかった一過性の細胞の膨張が観察された。P2X7受容体活性化による小孔の形成に細胞外のNa+ が関与するとの報告がある。そこで小孔の形成について検討したところ,Na+ 非存在下で膨張した細胞において特に小孔の形成が増強していた。また,著しく小孔を形成するスクロース緩衝液中では受容体刺激による細胞膨張はより顕著であった。しかしながら,細胞外にNa+ が存在する生理的条件下では小孔の形成はそれほど顕著でないにもかかわらず細胞の縮小は上述の通り進行する。また,細胞外液中からCa2+ あるいはMg2+ を除去することにより受容体をより活性化しやすくした場合には細胞の縮小が顕著に認められたのに対して小孔の形成には大きな変化はなかった。一方,興味深いことに細胞外液中からCl- を除去すると細胞の縮小が抑制された。さらに,細胞障害性に及ぼす影響を調べたところ,細胞外Cl- 非存在下で受容体活性化による細胞障害性の上昇は抑制され,Na+ 非存在下では増強された。

 以上の結果より,1) P2X7受容体による細胞死は生理的条件下では細胞の縮小を伴うアポトーシス様のものが主で細胞外のCl- によって制御される,2) 細胞の縮小には強い小孔の形成が必須ではない,3) 細胞外のNa+濃度が低い小孔が形成しやすい条件下ではネクローシス様の細胞膨張も生じ細胞死を増強する,ならびに4) 細胞外のNa+ による小孔の形成抑制の作用点は受容体活性化より下流にあることが明らかになった。

 

(P5) 孤束核シナプス伝達制御におけるアデノシン受容体の下流機構:Ca channel is all?

繁冨英治1,山崎弘二1,西田基宏2,森泰生3,加藤総夫1
1慈恵医大・神経生理,2九州大院・薬・薬物中毒学, 3京都大院・工・合成・生物化学・分子生物化学)

 中枢神経系に広範に発現するアデノシンA1受容体の多くはシナプス前に局在し,神経伝達物質,特にグルタミン酸の放出の制御に関与している。海馬CA1,小脳,内側台形体核,舌下神経核を含む多くの神経核において,神経終末の電位依存性カルシウムチャネル (VDCC),特にN型VDCCの抑制がA1受容体活性化による伝達物質放出抑制の主たる細胞内メカニズムである事実が示されている。

 内臓知覚情報の中継・統合核である延髄孤束核における1次求心線維→孤束核2次ニューロン間の興奮性シナプス伝達(以下,孤束核シナプス)も,細胞外アデノシンによるシナプス前A1受容体活性化によって抑制される (Kato & Shigetomi, J Physiol, 2001; Tsuji & Kato, 2003)。一方,この孤束核シナプスにおけるグルタミン酸放出の約半分の成分がシナプス前N型VDCCからのCa2+流入に依存している (Yamazaki, Shigetomi & Kato, 2003)。孤束核シナプス前A1受容体によるグルタミン酸放出の制御におけるVDCCの関与を同定するため,N型VDCCノックアウトマウス(α1B-/-マウス)の孤束核スライスにおいて,1次求心線維電気刺激によって誘発される興奮性シナプス後電流 (eEPSC) を記録し,アデノシンによる抑制に及ぼす各種VDCC遮断の影響を検討した。

 α1B+/+マウスにおいてアデノシン(100 μM)はeEPSC振幅を30.4±3.5%抑制した。この抑制は,omega-conotoxin GVIA(CgTx)によって12.5±4.0%まで有意に減少した。α1B-/-マウスにおいて,CgTx はeEPSC振幅を変化させなかったが,アデノシンはwild typeとほぼ同程度まで (35.6±2.5%) eEPSC振幅を減少した。この抑制効果はCgTxによって影響されなかった(CgTx存在下32.3±3.7%)。この結果は,α1B-/-マウスにおけるシナプス前A1受容体によるeEPSC振幅の減少が,N型VDCC抑制以外のメカニズムを介していることを示唆する。そこで,中枢神経系の伝達物質放出に関与する他のタイプのVDCC遮断の影響を検討した。α1B-/-マウスにおけるアデノシンによるeEPSC振幅抑制は,omega-agatoxin GIVA,NiCl2およびnifedipineによって影響を受けなかった。したがってα1B-/-マウスにおけるA1受容体活性化の下流機構として,P/Q, R, およびL型VDCCが関与する可能性は低いと結論した。これらの結果は,シナプス伝達抑制に関与するA1受容体活性化の標的となる標的分子機構が,シナプス前VDCCのタイプおよびタンパク質発現量により,flexibleに変化する可能性を示している。

 

(P6) MNTBニューロンにおける内因性のATPによる抑制性シナプス後電流の制御

綿野 智一,松岡 功,木村 純子
(福島医大・医・薬理)

 Medial nucleus of the trapezoid body (MNTB) は脳幹において音源定位に関わる聴覚中継に重要な働きをしている神経である。我々はMNTBニューロンにおいて,プリン受容体を介するシナプス後電流の制御について検討し,外から添加したATPやATPγSがadenosineに分解されることにより,抑制性誘発シナプス後電流 (eIPSC) を抑制することを見出し昨年の本研究会で発表した。しかし,内因性のATPあるいはその分解産物であるadenosineがこのような制御を行っているかどうかは明らかにされていない。今回我々は内因性のATPによる制御の有無を明らかにするため,eIPSCに対する ecto-ATPase阻害薬のARL67156 およびadenosine A1受容体アンタゴニストのDPCPXの作用を検討した。9-14日齢のWistar系ラット脳幹より180-200μmのスライスを作成し,ホールセルパッチクランプ法により電流を記録した。昨年度報告したように,二極性の白金刺激電極をMNTBニューロンから離れた正中線において刺激するとeIPSCの電流値は小さく,ばらつきも大きいため電流値の増強を見るのは困難であった。しかし,刺激電極をMNTBニューロンの近傍に置くことにより安定したeIPSCを記録することができ,評価が可能になった。刺激により同時に発生する興奮性誘発シナプス後電流(eEPSC)はkynurenic acid で抑制しeIPSCのみを記録した。ARL67156 (50 μM)はeIPSCを増強し,DPCPX (10および100 nM) も濃度依存的にeIPSCを増強した。これらの増強作用は薬物添加後直ちに観察されたことから,正常状態で常にATPが遊離しecto-ATPaseおよび他の分解酵素によりadenosineにまで分解されA1受容体を介してeIPSCを抑制していると考えられた。また,外から加えたGABAにより誘発される電流はARL67156およびDPCPXで影響されなかったことより,これらの制御部位はプレシナプスであることが明らかとなった。しかし,その制御を行っているATPが神経終末から放出されたものか,グリア細胞から遊離したものか,あるいはそれ以外の機序によるのかは明らかでなく今後の検討課題である。

 

(P7) ATPによる血管周皮細胞ペリサイトーアストロサイト連関

小泉修一1,藤下加代子2,井上和秀2
(国立衛研・1薬理,2代謝生化学)

 グリア細胞,特にアストロサイトが,中枢神経系のシナプス伝達に積極的に関与していることが明らかとなり,グリアーニューロン連関の研究は近年大変盛んになってきている。アストロサイトはシナプスとのコミュニケーションを司る一方,他方で血管系にも手足を伸ばしている。アストロサイトは,血管内皮細胞,血管周皮細胞(ペリサイト)と共にBBB形成能に強い影響を与える。また,近年の報告では,ニューロンの活動がアストロサイト由来の細胞外液性因子の情報に置き換わり,これが脳血管の血流を制御するとの報告もなされている (Zonta et al., Nat Neusosci.,6, 43-50, 2003)。我々はこれまでに,アストロサイトが細胞外ATPを介し,近傍ニューロンのシナプス伝達をダイナミックに制御していることを報告してきた。今回,このアストロサイトと血管系の関係を,特にペリサイトとの関連で明らかとしたので報告する。

 ヒトペリサイトは各種P2受容体を発現しており,P2X4, P2X7, P2Y2及びP2Y6受容体が主たる受容体であった。ペリサイトは自身も収縮能を有するが,常に血管の収縮・弛緩による機械刺激にさらされている。ペリサイトに機械刺激を与えると,ペリサイト間にCa2+ waveが伝播し,これはapyrase及びP2受容体拮抗薬により消失した。また,ペリサイトは機械刺激に応答してATPを放出した。従って,ペリサイトは血管の物理的な形態変化に応答してATPを放出し,周辺細胞とコミュニケーションを取っている可能性が示唆された。さらに,海馬の初代培養系の免疫組織学的検討により,この培養系にはニューロン,アストロサイトに加え,ペリサイトが存在していることが明らかとなった。ペリサイトに刺激を与えると,その情報は,ATP依存的にアストロサイトに伝わった。Zontaらは,シナプス伝達が,glutamate→アストロサイト→NOの経路で血管系に伝わって血管の弛緩を引き起こすことを報告したが,我々は,逆に血管周皮細胞ペリサイトの機械刺激(伸展刺激)がアストロサイトに伝わること,またこのときATPが重要な役割を果たしていることを示した。さらに本実験結果は,血管系に端を発するペリサイト→アストロサイト→シナプスへのフィードバックシグナルが存在する可能性,またそのフィードバック経路における細胞外ATPの重要性を示唆する興味深い結果であると考える。

 

(P8) 脳スライス細胞外ATPの可視化

加藤総夫,川村将仁,繁冨英治
(東京慈恵会医科大学神経生理学研究室))

 中枢神経系における細胞外ATPシグナリングの意義を理解する上で,ATPの細胞外放出機構を解明することは避けられない重要課題である。特に,in situあるいは脳スライスなどのex vivo標本における細胞外ATP動態は,ATPがどのような状況下において細胞間シグナルとして機能するのかを解明する上で重要な情報をもたらす。現在までに,1) スライス潅流液中のATP含量のluciferine-luciferase法による定量 (very bad time resolution - no spatial information),2) スライス内に刺入した2層酵素バイオセンサーを用いた細胞外ATPもしくはアデノシンのリアルタイム定量 (not yet commercially available) ,3) 電気刺激および薬理学的単離によるシナプス後P2X受容体電流の計測 (not found everywhere),4) 連続的高頻度刺激後に観察されるATP投与と類似した反応の観察(unidentified source of release),あるいは,5) photomultiplier管を用いたATP依存性生物発光の計測(no spatial information),などの手法によって脳スライス内でのATP放出を観察したとする報告がある。我々は,超高感度フォトン・カウンティングCCDカメラを用いて,luciferin-luciferase反応によって生じるATP依存性生物発光を検出することによって脳スライスにおけるATP放出の画像化を試みた。ラット孤束核,海馬,大脳皮質スライスを作成し,luciferin-luciferaseを含む人工脳脊髄液中に浸して電気刺激を行った。生物発光をイメージインテンシファイアーで増感しVIMカメラで撮像した(露出時間, 2.5 - 30 s; 空間分解能, 0.48 micron/pixel; 640 by 480 pixels)。下記の結果を得た。(1) 0.5 - 1 mA, 10 Hz, 10-30 sの電気刺激で,細胞外ATP濃度の上昇を表す発光検出密度(以下[ATP]o)の増大が刺激電極設置部位の近傍で認められた。(2) 最高2.5 sの時間分解能で [ATP]o の増大およびその減衰の経時的変化を検出し得た。(3) 求心性線維の刺激によって,線維の終末部ではなく刺激部の近傍において[ATP]oの上昇が認められた,(4) 刺激電極近傍の [ATP]o上昇は,TTX 1μMあるいは細胞外Ca2+ 除去によって消失しなかった。(5) 20 mM KCl投与によって [ATP]oは上昇しなかった。ならびに,(6) [ATP]o上昇は海馬において,部分的に5-nitro 2-(3-phenylpropylamine) benzoic acid (NPPB) で減弱したが,皮質ではその影響はなかった。以上の結果から,1) シナプスにおいて放出されるATPは,本法の検出限界以下である,および,2) 連続的電気刺激は非シナプス性に神経興奮を介さないATP放出を惹起する,可能性が示された。現在までの研究において用いられてきた脳スライスにおける連続電気刺激(例, 海馬LTP)は,刺激部位近傍において放出されたATPの効果を含んでいる可能性がある。

参考文献

 Hamann M & Attwell D (1996). Non-synaptic release of ATP by electrical stimulation in slices of rat hippocampus, cerebellum and habenula. Eur J Neurosci 8, 1510-1515

 

(P9) アデノシンによるMDCK細胞からのATP放出とそのシグナリング

右田啓介,趙玉梅,桂木猛
(福岡大・医・薬理)

【背景】多くの非神経細胞から,ATPの細胞外放出が確認されている。放出されたATPは細胞外のATP代謝に関わるecto-nucleotidaseにより,ADP,AMP,アデノシンへと代謝される。最終産物のアデノシンは,細胞外での重要な情報伝達の役割を果たしている。今回,我々はアデノシンによりATPが細胞外へ放出されることをMDCK細胞で見出した。そこで,本研究では,アデノシン刺激によるATP放出における細胞内シグナルについて検討した。

【方法】実験にはMDCK細胞を用いて,灌流実験を行った。アデノシン刺激により灌流液中に放出されたATP量は,ルシフェリン・ルシフェラーゼを用いて測定した。また,灌流実験により,Fluo-4 /AMを用いて細胞内カルシウムの測定を行った。

【結果および考察】10μMアデノシンを灌流すると,MDCK細胞からATPの遊離がみられた。この遊離は,10 μM CPT(アデノシンA1受容体拮抗薬)により抑制され,10 μM DMPX(A2受容体拮抗薬)では抑制されなかった。また,ATPの放出は,10 μM U-73122(ホスホリパーゼC拮抗薬),50 μM 2-APB(IP3受容体拮抗薬),1 μM thapsigargin(Ca2+-ATPase阻害剤)および50 μM BAPTA/AM(細胞内Ca2+キレート剤)で優位な抑制がみられた。また,細胞内カルシウム測定実験から,10 μMアデノシンにより細胞内カルシウムの上昇がみられ,その反応は10 μM CPTにより抑制され,10 μM DMPXおよび10 μMMRS-1191(A3受容体拮抗薬)では抑制されなかった。さらに,アデノシンによる細胞内カルシウムの上昇は10 μM U-73122,50 μM 2-APB,1 μM thapsigarginで優位に抑制されたが,10 μM nifedipine(L型カルシウムチャネル拮抗薬)では抑制されなかった。これらの結果から,アデノシン刺激により引き起こされるA1受容体を介したATPの細胞外放出は,IP3受容体を介した細胞内カルシウムの上昇が必須であること,およびATP放出におけるその代謝産物によるpositive feedback機構の存在が示唆された。

 

(P10)ラット脳視床下部スライス標本の細胞外ATPにおよぼすUTPの作用

小野 委成,松岡 功
(福島県立医科大学・医学部・薬理学講座)

 中枢神経系には多くのATP受容体サブタイプが分布し,神経伝達の制御に関与することは明らかであるが,ATPがどのように放出されるかについては未だ不明である。これまで私達は,電気刺激によるラット脳スライス標本からのATP放出反応は,末梢神経系と異なりテトロドトキシン抵抗性で,Cl-チャネル阻害薬で抑制されることを報告した。本研究では,ラット脳視床下部スライス標本を用いて,細胞外ATP動態におよぼす種々の生理活性物質の作用を検討し,UTPが細胞外ATPを上昇させることを見い出したのでその作用機序について検討した。Wistar系雄性ラット(3-16 W)の脳から視床下部スライス標本を作製し,灌流装置のグラスファイバーフィルター上に保持しKrebs-Ringer液で表面灌流した。薬物は,灌流液中に添加し,2本のリング状白金電極を介して電気刺激を行った。灌流液中のATP量は,ルシフェリン・ルシフェラーゼ法で測定した。視床下部スライス標本をノルアドレナリン,ドパミン,カルバコール,ニコチン,グルタミン酸,GABA,ブラジキニンで刺激しても細胞外ATP量の上昇は認められなかった。これに対し,UTP(10μM)は,それ自身で灌流液中のATP量を増加させるとともに電気刺激によるATP放出量を増強した。しかし,UDP (10μM)ではこれらの作用は認められなかった。一方,ADP (10μM)もそれ自身で著明に灌流液中のATP量を増加させたが,ADP特異的な受容体にアゴニストとして作用するADPβS(10μM)ではATP量は変化しなかった。さらに,他のヌクレオチド三リン酸(CTP,GTP)でも灌流液中のATP量の増加が認められたことから,UTPの作用はP2Y受容体を介したものではないと考えられた。低濃度のADP(10nM) 存在下にUTPを作用させるとATP量の上昇は著しく増強された。このADPの効果はADPβSでは認められなかった。[3H]Adenineで標識したスライス標本を用いて内因性のアデニンヌクレオチドの放出を測定した結果,UTP(10μM)は,それ自身でわずかな放射活性の放出を生じたが,ADP(10 nM) による放射活性放出の増強は認められなかった。以上の結果から,UTPは細胞外に存在するヌクレオチド変換酵素の基質となり,スライス標本に微量に存在するADPをATPに変換し,細胞外ATP量を上昇させることが示唆された。

 

(P11)細胞外マトリックスとミクログリアのP2受容体

国房恵巳子1,多田薫2,小泉修一2,津田誠1,井上和秀1,3
(国立衛研・1代謝生化学,2薬理,3九大・院・薬・分子制御)

【緒言】ミクログリアは中枢神経系に特化した細胞で,様々な障害に応答することで脳内の恒常性維持に重要な役割を果たしている。ミクログリアの活性化因子の一つに細胞外ATPが挙げられる。ATPは,ミクログリアに発現しているP2XやP2Y受容体を活性化し,ミクログリアのATPの濃度勾配に従った走化性やサイトカインの産生及び放出を引き起こす。中枢神経系の障害部位では,ATPの他にも細胞外マトリックスのフィブロネクチンやラミニンが増加し,また,活性化型ミクログリアはそれらの受容体であるインテグリン分子も多く発現している。しかし,細胞外マトリックスのインテグリンを介したシグナルが,P2XやP2Y受容体発現に与える影響は不明である。そこで今回,初代培養ミクログリアを用いて,ATP受容体の遺伝子発現に対するフィブロネクチンの効果について検討した。

【方法】実験にはウィスター系新生仔ラットの前脳から初代培養したミクログリアを用いた。ATP受容体mRNA発現量は,リアルタイムRT-PCR法により定量化した。P2X4受容体タンパク質は,ウェスタンブロッティングにより検出した。ATPによるミクログリアの細胞内カルシウム応答は,Fura-2蛍光法によりカルシウムイメージングにより観察した。

【結果】ミクログリア細胞をフィブロネクチン上で培養することにより,ミクログリアのP2X4受容体mRNAの発現が増加し,一方,P2Y6受容体の発現は低下した。また,P2X4受容体は発現タンパク質レベルも増加した。さらに,ATP50μMに対する細胞内カルシウム応答も増大し,そのカルシウム応答は細胞外カルシウムイオンを除外することでその殆どが消失した。

【結論】ミクログリアにおいて,フィブロネクチンは,おそらく細胞接着分子インテグリンを介したシグナルにより,P2X4受容体およびP2Y6受容体の発現を制御していることが示唆され,フィブロネクチンがそれらP2受容体の発現変化を介してミクログリア機能を制御している可能性が予想される。

 

(P12)ATP受容体および新規α7ニコチン性アセチルコリン受容体によるミクログリアの活性制御

鈴木智久 松原明代 秀 和泉 仲田義啓
(広島大・院・医歯薬総合・薬効解析)

 グラム陰性菌の細胞膜構成成分であるリポポリサッカライド (LPS) はその特異的受容体 TLR4を介してミクログリアを強力に活性化し,大量のTNFを放出させることにより炎症性組織破壊を誘導する。それに対し,ATPはミクログリアのP2X7受容体を介して適度なTNF放出を引き起こし,グルタミン酸神経毒性に対し保護作用を発揮する。私達は昨年の当研究会において,おもに神経細胞に発現し神経保護などの機能制御を担うα7ニコチン性アセチルコリン受容体(α7受容体)がラット脳ミクログリアにも発現し,LPS誘発TNFを抑制する一方,ATP誘発TNFを促進することを報告した。今回さらに,ミクログリアのα7受容体は神経に発現するイオンチャネル型α7受容体とは異なり,細胞外Ca2+に依存せずphospholipase Cの活性化を介しIP3感受性Ca2+貯蔵部位からCa2+遊離を引き起こすことを明らかにした。また,ニコチンはこの新規α7受容体を介して,LPS刺激によるJNKおよびp38活性化を抑制し,TNF産生の転写後調節の段階を抑制することが示された。一方,ATPおよびP2X7受容体アゴニストBzATPはニコチンと同様,あらかじめミクログリアを活性化することによりLPS誘発TNF遊離を著しく抑制し,この効果はP2X7受容体遮断薬Brilliant Blue Gで抑制された。

 以上の結果から,P2X7受容体は神経保護作用を発揮するTNFの放出を引き起こすが,α7受容体はこのP2X7受容体の機能を高めること,さらにP2X7受容体とα7受容体はいずれもLPSによる有害なTNF放出を抑制することにより炎症を抑える可能性が明らかとなった。従って,P2X7受容体とα7受容体はともにこれら複数のメカニズムを介してミクログリアの性質を神経保護に向け制御することが示唆された。

 

(P13)β1インテグリンを介するミクログリアの増殖・ケモタキシスとP2Y12受容体

多田 薫1,小泉修一1,井上和秀2, 3
(国立衛研・1薬理,2代謝生化学,3九大・院・分子制御)

 ミクログリアは中枢神経系における免疫担当細胞として知られ,その神経保護作用と過剰な活性化による神経ダメージの二面性が注目を浴びている。インテグリンはα鎖とβ鎖から成るヘテロダイマーの接着分子であるが,ミクログリアはβ1インテグリンを介してフィブロネクチンに接着し活性化を受ける事が知られている。フィブロネクチンは細胞外基質分子の一つで,生体での役割は細胞の接着,移動,分化など多岐にわたる。CNS内ではその発現は限られており,フィブロネクチンやその他の細胞外基質分子はCNS形成時に特にアストロサイトによって産生され,その後は特にCNSの傷害・病態時に発現されることがわかっている。細胞外ヌクレオチドは信号伝達物質としての作用を有するが,近年ATPとADPがGi/o-coupled P2Yを介し,ミクログリアの遊走誘導因子 (chemoattractant) として機能していることが判明した (Honda. et.al. J. Neurosci. 2001)。P2Y12受容体はP2Yファミリーに属するGi共役型の受容体で,血小板やミクログリア上で多く発現されている。前回の報告では,ADPにより誘導されるケモタキシスの責任受容体がP2Y12受容体である事を確認し,このケモタキシスはフィブロネクチン存在下ではβ1インテグリンに依存的である事,ADP刺激によりβ1インテグリンはメンブレン・ラッフリングへtranslocationを起こし,これはcAMP/PKA依存的な抑制制御を受けている事を示した。

 今回我々は,フィブロネクチンやβ1インテグリンのクロスリンクがミクログリアの増殖を促進する事を見出した。ADPをβ1インテグリンのクロスリンク培養系に加えるとその増殖が失われる事より,ADPはミクログリアの増殖に対して抑制的であることがわかった。このADPの抑制作用はARC-69931で阻害される事より,ミクログリア増殖の抑制にはP2Y12受容体からのシグナルが関与していることが示唆された。更に,β1インテグリンによるミクログリア増殖はKT-5720を加えると失われる事より,PKAが増殖促進に関与している事が示された。

 ミクログリアのケモタキシスと増殖はCNS内の様々な障害,病態と深く関わっている。そのメカニズムや制御機構の解析は重要であり,この2つの細胞機能におけるPKAを介してのP2Y12受容体の関わりは非常に興味深い。

 

(P14)P2Y6受容体活性化によるミクログリア細胞のファゴサイトーシス能の増大

重本-最上由香里1,小泉修一2,多田薫2,津田誠1,井上和秀1,3
(国立衛研・1代謝,・2薬理,3九大院・分子制御)

 ミクログリアは脳の病態時や損傷時に活性化し神経組織の再生修復など,さまざまな役割を果たしている。この活性を制御する主要な伝達系として近年,P2受容体が注目されている。前回我々はラットミクログリアにおいて,これまでに報告されていたP2受容体に加え,機能的なP2Y6受容体が発現していることを報告した。また,P2Y6受容体アゴニストUDPは,濃度依存的にミクログリアのCa2+上昇およびMAPKの活性化,細胞膜のラッフリングを引き起こした。さらにP2Y6受容体活性化にともなう細胞膜の変形によりビーズの細胞膜への接着が増大し,結果として,ミクログリアのファゴサイトーシス能が増大している可能性を報告した。

 今回我々は,フローサイトメトリーを用いて,ミクログリアのファゴサイトーシス能を定量的に測定することを試みた。その結果,UDPは5µMと低濃度から,濃度依存的にミクログリアのファゴサイトーシスを増大した。さらにこの反応はP2Y6受容体アンタゴニストおよび,PLC阻害剤U73122,ストアのCaを枯渇するthapsigargin,PKC阻害剤staurosporinによって有意に抑制された。一方,PI3Kinase阻害剤であるwortomannin及びLy294002は,ほとんど影響を与えなかった。以上の結果から,ミクログリアにおいて,P2Y6受容体活性化によりPLC活性化,[Ca2+]i上昇,PKC活性化といったシグナルを介して,ファゴサイトーシス能が増大していることが示唆された。さらに,Fc受容体の凝集によって生じるファゴサイトーシスに重要なシグナルであるPI3Kinaseは,この反応には関与していなかった。以上,ミクログリアのファゴサイトーシス能とP2Y6受容体及びその細胞内シグナル経路の一端が明らかとなった。現在,脳の病態・損傷時におけるミクログリアのファゴサイトーシスとP2Y6受容体の関与についての検討が進行中であり,病態とP2Y6受容体の直接的な連関についても考察する予定である。

 

(P15)アデノシンA2A受容体とP2Y受容体のへテロダイマー形成

小柳洸志,津賀浩史,神谷敏夫,中田裕康
(東京都神経研・生態機能分子)

【目的】血小板中には,種々のプリン受容体(P2Y1受容体,P2Y12受容体,P2X1受容体,アデノシンA2A受容体)が存在して,血液凝固系をコントロールしていると考えられているが,その詳細,とりわけプリン受容体間の相互作用は不明なところが多い。そこで,これらのプリン受容体系のモデルとして,今回はP2Y1受容体とアデノシンA2A受容体を共発現させたHEK293T細胞を用い,免疫沈降法,Binding assayを利用し,受容体間の直接的な相互作用の解析を行った。

【操作】myc-P2Y1受容体とHA-A2A受容体のcDNAをそれぞれ単独もしくは一緒にHEK293T細胞に導入し,培養48時間後の細胞膜画分を分析した。各受容体の発現やヘテロダイマー形成の有無は,抗myc抗体及び抗HA抗体などによるWestern blottingと免疫共沈降法によって解析した。

【結果・考察】両受容体を同時に発現させたHEK293T細胞膜の抽出画分の免疫沈降を行い,Western blottingで分析したところ,P2Y1受容体とA2A受容体が共沈降することが確認できた。また,P2Y2受容体とA2A受容体を共発現させた系でも両受容体が共沈降することが確認できた。これらの結果,培養細胞系においては,P2Y1受容体とA2A受容体,およびP2Y2受容体とA2A受容体のヘテロダイマー形成の可能性が示唆された。あわせて受容体共発現によるリガンド結合活性及びエフェクター活性の変化についても報告する。

 

(P16)アデニル酸シクラーゼの内因性阻害物質3'-AMPの産生酵素の生体内分布

藤森 廣幸,芳生 秀光
(摂南大・薬・衛生分析化学)

 ATPの代謝産物の一種であるadenosine (Ado) は細胞外からAdo受容体を介してadenylate cyclase活性を調節しているが,adenylate cyclase本体の” P ”サイトを介してcAMPの産生を抑制することも薬理学的には知られている。Adoの3’ 位の水酸基にリン酸が結合した3’-AMPは内因性の” P ”サイト阻害物質に分類されており,そのadenylate cyclase阻害活性はAdoより強いことが知られている。しかし,3’-AMPの生体内運命あるいは生体内意義は未だ不明である。

 細胞内の3’-AMPは,基質となりえる各種のリボ核酸からリボ核酸分解酵素 (RNase) により産生されることが推定される。最近,我々は偶然に肝ミトコンドリア内でexo型のRNaseにより3’-AMPが産生されることを見いだし,このRNaseを3’-AMP産生酵素と呼ぶことにした。今回は,3’-AMP産生酵素の生体内意義解明の一端として,まず3’-AMP分析系を確立した後,マウスの臓器中の3’-AMP産生酵素の生体内分布について検討した。

 組織中の3’-AMP等を含む酸可溶性物質を過塩素酸で抽出した。3’-AMP産生酵素活性は基質poly(A)を用いて測定した。3’-AMP等のadenine類は標識試薬chloroacetaldehydeで蛍光化した後,HPLC法により分離・定量した。

 膵臓,胸腺,肝臓,脳,心臓,脾臓等のマウス臓器中の遊離3’-AMPは5’-AMP含量より低いが,比較的多量に存在していることが明らかとなった。脳中の3’-AMP含量は生後1週間後に最大となり3週齢まで持続したが,5週齢では約1/5に減少した。3’-AMP産生酵素活性は3’-AMPを含む諸臓器中には存在することが明らかとなった。以上の結果より,3’-AMPはATP等の5’-AMP系とは異なった代謝経路で産生され,その産生酵素は脳を含む諸臓器の機能に影響を及ぼしていることが示唆された。

 

(P17)マウス味蕾細胞基底膜のATP受容体分布

早戸亮太郎 吉井清哲
(九州工業大学大学院・生命体工学研究科・脳情報専攻)

 味蕾は,味情報を受容し生体信号に変換して脳に情報を伝達する。哺乳類の味蕾は,約50個の味蕾細胞から構成されている。我々の研究により,味刺激に対し,約50%味蕾細胞が脱分極性あるいは過分極性応答を示すこと,応答を示した細胞はその受容器電位の極性に従ってグループを形成すること,がわかった。この結果は,味蕾細胞間にネットワークが存在する事を示唆する。

 ATP受容体が味蕾細胞内に存在する事はすでに報告されている。そこで我々は,細胞内カルシウム濃度変化を指標として,マウス味蕾細胞基底膜のATP受容体分布を光学的に測定した。その結果,8味蕾中4味蕾でATPによる細胞内カルシウム濃度増加が生じること,ATPに応答を示した細胞数は応答した1味蕾あたり4.5 ± 1.7(mean ± SD) 個であること,ATPに応答を示す細胞は味蕾内中心部に多く分布していることがわかった。これらの結果は,ATPを用いた味情報修飾が,味蕾内で行われていることを示唆する。

 

(P18)レチノイン酸による皮膚 P2Y2 受容体の発現制御

藤下 加代子1,小泉 修一2,井上 和秀1,3
(国立衛研・1代謝生化学部,2薬理部,3九州大学・院・薬・分子制御)

 皮膚は,分化に伴い,基底細胞層から角質層までの層構造を形成している。現在のところ,各分化段階に特異的な P2 受容体の発現が知られており,各々が異なるシグナルを伝達することにより,細胞の分化や増殖を制御する可能性が示唆されている (J. Invest. Dermatol., 2002, 120(3): 440-447; J. Invest. Dermatol., 2003, 120(6): 1007-1015)。皮膚は乾燥や紫外線などの外部刺激に直接曝されることから,ダメージを受けやすい組織であるが,その対処法の1つとして,ビタミンAの活性代謝物であるレチノイン酸 (RA) を使用した化粧品や医薬品が臨床で実際に応用されている。そこで,ヒト正常表皮角化細胞 (NHEKs) をRA及びその類似化合物で処置した時,P2 受容体の遺伝子発現や蛋白質の機能にどのような変化が誘導されるのか,検討を行なった。

 RA 処置後,NHEKs における mRNAs の発現量変化を DNA chip 及びリアルタイム RT-PCR を用いて検討した。RAは基底細胞層の増殖と強く関連しているP2Y2 受容体 (J. Invest. Dermatol., 2003, 120(6): 1007-1015) mRNAの発現量を濃度及び処置時間依存的に著しく増加させた。また,fura-2 法に基づくCa2+ imaging 法により細胞内 Ca2+濃度を測定すると,RA処置後の NHEKs では,P2Y2 受容体アゴニストに対する Ca2+応答が増大することが明らかとなった。この作用は,RAR (retinoic acid receptor) 合成アゴニストAm80でも再現された。NHEKs は機械刺激依存的にも自発的にもATPを放出し,NHEKs 細胞間に Ca2+waveを発生させる。RAは機械刺激依存的なATP放出能には影響しなかったが,刺激非依存的な ATP放出量を低下させた。本研究より,RAが機能的な P2Y2受容体を増加させる一方で細胞外 ATP放出量を制御し,表皮の増殖/分化を巧妙に調節していること,またこれらP2Y2受容体増加及びATP放出量の制御がRAの臨床効果と関係している可能性が示唆された。

 

(P19)ATPによる大腸癌細胞の増殖抑制作用の検討

西藤 勝,山本悟史,西崎知之
(兵庫医科大・医・生理学第2)

 本研究はCaco-2ヒト大腸癌細胞株の細胞増殖に対するATPの効果を検討した。ATPはCaco-2細胞生存率を濃度および処理時間依存性に,有意に減少させた。このATP効果は非アポトーシス性であり,細胞増殖をS期でとめる作用によるものであることが明らかとなった。ATPと同様の効果が2-methyltio ATP,UTPで認められたが,α,β-methylene ATP,β,γ-methylene ATPでは認められなかった。また,ATPの効果はsuraminで抑制されたが,PPADSでは影響されなかった。これらの結果は,ATPがP2Y受容体を介してCaco-2細胞増殖を抑制することを示唆している。現在クローニングされているほとんどのP2Y受容体はGq蛋白質と共役しており,PKCの活性化に関与している。しかしながら,ATPの効果はPKC阻害剤で増強され,逆にPKC活性化剤で抑制された。さらに,ATPはCaco-2細胞におけるPKC活性ならびにMAPキナーゼ活性を抑制していた。このように,ATPは新しいP2Y受容体を介してPKC活性を低下させ,その結果,PKCの下流標的の一つであるMAPキナーゼ活性を低下させることによりCaco-2細胞増殖を抑制しているかもしれない。

 


このページの先頭へ年報目次へ戻る生理研ホームページへ
Copyright(C) 2005 National Institute for Physiological Sciences