生理学研究所年報 第26巻 | |
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9.カルシウムシグナリング研究の新潮流2004年11月18日−11月19日
【参加者名】 【概要】 カルシウムシグナリングにおいては,カルシウム結合蛋白質がシグナルを受容し,それを次の蛋白質・酵素との相互作用により実現することが一般的である。1980年代から1990年代かけては,シグナル伝達の一大潮流として世界中で多くの研究がなされたが,1990年代後半からは研究者の数も減り,「カルシウムシグナリング」という名において体系的な整理が十分になされていない状態である。しかしながら現在においても,カルシウムシグナルは非常に多くの生理機能において重要な役割を果たしていることに変わりはない。そして研究課題の解析法・アプローチ法の一部として,カルシウム濃度を測定したり,カムキナーゼによるリン酸化による効果解析などを用いることは一般的であり,カルシウムシグナル系を扱っている研究者数は,潜在的には決して少なくない。 本セミナーでは,そのように重要な機能を有しているカルシウムシグナリングにおいて,ダイナミックな情報処理基礎過程を担う重要な分子の制御機構と働きに注目して,最新の知見の発表と議論を行う。そしてこのセミナー全体をとおして,再びカルシウムシグナリングを中心に据えた形での体系化を試みたい。こうしてかつてのブームから10余年経った今,我々の手で,カルシウムシグナリング研究の新しい潮流を築くことを目的としている。 第一部では『EFハンドカルシウム結合蛋白質の新たな展開』として,(1)〜(6) 課題で,カルモデュリンをはじめ最近注目されているEFハンドカルシウム結合蛋白質のカルシウム受容機構とその後のシグナル伝達様式および新しい機能を紹介する。それを受けて,第二部では『カルモデュリン依存性酵素の新しい展開』として,(7)〜(15) の課題で,カムキナーゼを中心としたカルモデュリン依存性酵素の機能およびそのシグナリング機構を,神経組織ばかりでなく様々な組織において全容の解明に迫る。
(1)カルモデュリンの構造と機能矢沢 道生,中冨 晶子(北大・院・理) カルシウムシグナリングの歴史を考えるとき,まずカルシウムイオンの細胞内シグナル伝達物質としての役割の生化学的な認識があり,それは江橋らの骨格筋筋肉収縮制御蛋白質トロポニンの発見に始まる。Kretsingerによるコイ筋肉パルブアルブミンの立体構造の解析結果は,この蛋白質がカルシウムイオンを結合していることを明らかにしたばかりではなく,カルシウムイオンを特異的に結合する構造モチーフ−EFハンド構造−を提唱し,それが広く受け入れられる結果となった。その後,トロポニン複合体のカルシウムイオン結合成分であるトロポニンCの一次構造中にもEFハンドモチーフが4カ所で確認された。これと相前後して,筋収縮以外の細胞生理機能の調節にカルシウムイオンが鍵を握るという事実が生化学的に示され,トロポニンとは異なるカルシウムイオン結合蛋白質としてカルモデュリンが発見された。カルモデュリンの一次構造中にも4カ所でEFハンドモチーフが確認された。トロポニンCは横紋筋の収縮制御に特化しているが,カルモデュリンは真核細胞の多様な生理機能のカルシウムシグナル制御因子として機能しており,EFハンドカルシウム結合蛋白質の典型,またはプロトタイプとしてとらえることができる。この講演では,まず,カルモデュリンの分子構造の組み立てについて,カルシウムイオン結合構造,および生理機能発現に至る標的酵素の認識・活性化の構造的要因といった面から,我々の得た酵母カルモデュリンについての結果も紹介しながら復習する。後半では,カルモデュリン依存性プロテインホスファターゼ カルシニューリンを例にとって他のシグナル伝達機構とのクロストークについて紹介し,細胞の生理機能の調節過程をより体系的に理解する流れについてふれる。T細胞の活性化過程で起きる転写因子NF-ATの核内移行は,カルシウムシグナルによりカルシニューリンが活性化しNF-ATが脱リン酸化されることで進行する。一方で,NF-ATのリン酸化レベルを維持・増強して細胞質内に留めたり戻したりする過程は,カルシウムシグナルとは別の経路で制御されるという。このように,カルシウムシグナルは他のシグナル伝達過程と協調して調節過程を作りあげている。精子形成過程では,カルシニューリンは減数分裂直後に精細胞核内に顕著に観察できる。我々は,カルシニューリンの機能を明らかにしようとする過程で新規カルシニューリン結合蛋白質(CaNBP75)を発見した。CaNBP75はカルシニューリンと特異的に結合するばかりではなく,そのC末端ドメインで核内外輸送制御タンパクとして知られる低分子量G蛋白質Ranとも結合し,さらに核膜孔複合体に見いだされるFXFGモチーフを3つもつことが明らかになった。この蛋白質の機能を解明する過程で,精子形成過程でのカルモデュリンを介したカルシウムシグナルと,これとクロストークするRanを介するシグナル伝達過程の新たな協調が明らかになると考える。カルシウムシグナリング研究の新潮流の1例としてこれらの結果について紹介したい。
(2)カルモデュリン結合認識の多様性松原 守(カルナバイオサイエンス株式会社) カルモデュリン (CaM) は,細胞内シグナル伝達に不可欠なカルシウム結合蛋白質で,100種類以上にもおよぶ蛋白質と結合することにより様々な細胞機能を調節している。CaMがどのようにして標的蛋白質を認識するのかについては,CaMと標的蛋白質複合体の様々な立体構造から,非常に多様性のあることが明らかになっている。一般的には,ミオシン軽鎖キナーゼ,CaMキナーゼIIやCaMキナーゼキナーゼのCaM結合ドメインペプチドで見られるように,αへリックス構造をとってCaMと結合し,10残基以上離れた特定の2箇所に存在する疎水性残基が,CaMのN末端ドメインとC末端ドメインに存在する疎水性ポケットにはまり込むようになっている。2箇所の疎水性残基の位置から1-10, 1-14, 1-16 モチーフと呼ばれており,似たようなモチーフをもつ領域はCaM結合ドメインであると予想されている。一方,近年,このような結合認識とは異なった新しいタイプのCaM結合蛋白質も見つかってきた。Ca2+-activated K+ cannel,Edema factor,glutamate decarboxylaseとCaMとの複合体の構造は非常にユニークなものである。本発表では,更に新しい結合認識を持つCaM結合蛋白質として,我々がこれまで解析してきたMARCKSとCAP-23/NAP-22を取り上げて議論する。 MARCKSはprotein kinase C (PKC) の主要な基質の一つで,胎児期の中枢神経系の発達に不可欠な蛋白質である。分子のほぼ中央部にCaM結合ドメインがあり,CaM以外にも細胞膜やアクチンなどとも結合できる。これらの結合はPKCのリン酸化で抑制される。CaM結合ドメインの機能構造を理解するために,このドメインとCaM複合体のX線結晶構造解析を行った。2Åで解かれた構造から,一部にαヘリックス構造は含むものの,大部分に2次構造が存在しなかった。これまでのCaM結合ドメインがαへリックスを形成して結合するという認識機構と全く異なるものであった (1-3)。 CAP-23/NAP-22も脳神経系で特異的に発現しているPKCの基質蛋白質であり,CaMと結合する。CaMとの結合にはN末端のミリスチル基が必須である (4)。どのようにしてCAP-23/NAP-22のミリスチル基がCaMを認識しているのかを明らかにするために,N末端ミリスチル基を含む9残基のペプチドとCaMの複合体を2.3Åの分解能で構造決定した。その結果,ミリスチル基はCaMのN末端ドメインとC末端ドメインから形成される疎水性ポケットの真ん中を貫通するという全く新しい蛋白質間認識であった (5)。このように,今回得られた2つの複合体の構造から,CaMと標的蛋白質の認識機構は,従来考えられてきた以上に複雑であることが明らかとなった。 1. Matsubara, M. et al. (1998) FEBS Lett. 421, 203-207
(3)penta-EFハンドカルシウム蛋白質ALG-2 の相互作用因子とメンブレントラフィック制御牧 正敏(名大・院・生命農学) 当初,カルパインは,C末端側にカルモジュリン様の連続した4つのEFハンドをもつと考えられていたが,そのすぐ上流にさらにもう一つのEFハンドが存在することが判明した。現在,このような5つの連続したEFハンドモチーフは,penta-EFハンド(以下,PEFと略す)と呼ばれている1)。ALG-2はapoptosis-linked gene 2として発見されたが2),演者らは,ALG-2もPEF蛋白質であることを見出し1),以来,この蛋白質の生理機能とその相互作用因子に注目して研究している。 PEF蛋白質は,構造的特徴によりグループI (ALG-2,peflin)とグループII(カルパイン大小サブユニット,sorcin,grancalcin)に分類され,ALG-2は進化的に最も古く真核生物に広く存在するPEF蛋白質である3)。ALG-2はホモダイマーおよびpeflinとのヘテロダイマーとして存在し4),EF5がダイマー形成部位となっている5,6)。ALG-2の生理機能は不明な点が多いが,カルシウム存在下で膜画分に移行することから,メンブレンを介した何らかの制御に関与していると思われる。 ALG-2のカルシウム依存的相互作用因子として,Alix(別名AIP1),アネキシンVII,アネキシンXIが同定され,PPIIへリックス構造が予想されるPxYの繰り返し配列がALG-2の認識モチーフの一つとなっている7)。最近,このようなモチーフをもつリン脂質スクランブラーゼとも結合することが明らかになった8)。一方,Alixの相互作用因子として,エンドサイトーシスおよびエンドソームにおける選別輸送に関与する因子群が見つかった9)。また,細胞性粘菌は多細胞構築のモデル下等真核生物であるが,Alixホモローグの遺伝子を破壊すると,低カルシウム環境下での分化・発生に異常が認められた10)。最近の知見も含め,ALG-2とその相互作用因子について話題を提供したい。 1) Maki et al. (1997) Biochem. J. 328, 718.
(4)S100の新しい機能 -シャペロン活性-小林 良二(香川大・医) 現在までに約20種のS100タンパク質(S100,低分子EF-handタンパク質)が同定されているが,S100の細胞内シグナル伝達における役割については明確な答は得られていない。少なくとも20-30種のS100の標的分子が想定されているが,S100受容体 (RAGE) の発見およびS100A1によるtwitchin kinaseの活性化が確度の高い研究として挙げられるのみである。私達は,(1) S100の標的分子を同定し,S100による機能調節の仕組みを解明する。(2) S100の選択的拮抗薬 (S100 antagonist)を見いだし,これを利用することによりS100の生理的役割を明らかにすることを目的に研究を進めている。 最近の研究(1)において,S100A1が細胞内の分子シャペロン複合体の新たな構成分子であり,同時にS100A1そのものが強力な分子シャペロン機能を有することを見いだしたので話題として提供したい。分子シャペロン複合体は,HSP70, HSP90に加え,co-chaperoneと呼ばれる一群のタンパク質(Hop, FKBP52, Cyclophilin40, p23など)によって構成され,細胞内タンパク質のfolding, refolding, translocationなどに関与している。S100A1はHsp70, FKBP52, Cycophilin40とカルシウム非依存的に複合体を形成し,Hsp90とはカルシウム依存性に結合する。In vitro (GST-pull down , BIAcore) での結合のみならず,組織抽出物のIPによっても結合が認められS100 A1とシャペロン分子は生理的条件下でも複合体を形成するものと思われる。Citrate synthaseまたはrhodaneseを基質とするシャペロン活性測定系において,S100A1, S100A2, S100Bは強いシャペロン活性を示す。Cos7細胞へのS100A1とb-galactosidaseまたはluciferaseの共発現系においてもS100A1は強いシャペロン活性を示し,intact cell内でもS100A1が分子シャペロンとして作動している可能性が高い。また,S100A12はその結合タンパク質であるaldolase, GDPDH, isocitrate dehydrogenaseなどの熱安定性を制御している(2)などから,少なくとも数種のS100は分子シャペロンとして機能している可能性が高い。Calmodulinやneuronal calcium sensor proteinにはシャペロンとの結合性は認められず,シャペロン活性も無い。従って,S100 のシャペロン機能は,このfamilyに特有なシグナル経路と考えられる。一方,Calmodulinなどとは相互作用を持たずS100 familyに選択性の高い拮抗薬の探索においては,抗アレルギー薬 (DSCG, amlexanox, olopatadine) がS100 antagonistである可能性を見いだした(3,4,5,6)。この中で,DSCG, amlexanoxはHsp90や14-3-3との拮抗作用を持つ(7)ため,intact cellには応用しにくいが,olopatadineの選択性は高く,S100 antagonistのリード化合物となりうると思われる。 (1) Okada et al (2004) J Biol Chem 279, 4221
(5)トロポニンの結晶構造と筋収縮調節メカニズム武田壮一(循環器病センター研,理化研・播磨) 【発表要旨】1970年代に筋繊維のX線回折の結果を基に「立体障害仮説」が提案され,現在まで筋収縮制御機構の基本モデルとしてしばしば引用されている。この提案では,カルシウムイオンの結合に伴いトロポニン (Tn) が繊維状分子トロポミオシン(Tm)のアクチン上での位置を変化させモーター分子ミオシン頭部のアクチンへの相互作用を立体障害的に調節するとしているが,X線回折データの解釈にTn/Tmがアクチンらせん上に等しく質量分布することを仮定している点で矛盾を抱えている。筋収縮制御機構の本質的な理解のために制御分子Tn/Tmについての高分解能の立体構造情報が必須となっている。一方,若年者の突然死の主原因の一つである肥大型心筋症 (Hypertrophic cardiomyopathy, HCM) や心臓移植を必要とする拡張型心筋症 (Dilated cardiomyopathy, DCM) における原因遺伝子の解析から筋節(サルコメア)を構成するタンパク質群の異常が見つかってきている。これらトロポニンを含む心筋タンパク質群の異常はいずれも心筋張力発生のカルシウム感受性の変化,即ちTnCの第二カルシウム結合部位の親和性の変化として表現されることがスキンドファイバーを用いた実験等で示され,心筋症の発症過程にカルシウム感受性の変化に応答した張力発生の異常が関与していることが示唆されている。したがってTm/Tnよるカルシウム調節機構の解明は,心筋症発症のメカニズムの理解や将来の創薬への応用展開という点でも重要な意味を持つ。 我々はTn/Tm複合体のX線結晶構造解析に取り組み,制御機構の要となるヒト心筋Tnコアドメインのカルシウム結合型の結晶構造を明らかにすることに成功した(Takeda et. al. Nature 424, 35-41 (2003)) 。その結果,Tnコアドメインはさら数のサブドメインから成ること,に複それぞれのサブドメインがフレキシブルなリンカー構造で結ばれていることが明らかになった。TnT/TnI間に形成されるcoiled-coil構造を核とした長い (-80Å) サブドメイン,IT-armはその長軸の両端部にTm結合部位を有し,調節頭部(RH,TnCのN末端ドメイン)を「細い繊維」に繋ぎ止めている。RHへのカルシウム結合はTnI/TnC間の相互作用を変え,TnIの調節領域 (TnIreg) とアクチンとの結合をスイッチングすると考えられる。これらの結果からTnへのカルシウム結合はTnとアクチン及びTm間の結合を3点から2点結合へと変化させ,IT-armを介してTm分子の構造および性質(柔らかさ,あるいは動きやすさ)を変えてアクチン・ミオシン相互作用を調節している可能性が見出された。 本講演ではヒト心筋トロポニンコアドメインの結晶構造と考えられるカルシウム調節機構を中心に最近のトロポニン研究について紹介する予定である。
(6)カルパインの新しいCa2+ - 結合モチーフと構造・機能相関反町洋之,小野弥子,秦勝志,小山傑,尾嶋孝一(東京都臨床医学総合研究所) 【発表要旨】カルパインは細胞質内に存在して,細胞機能を,そしてその集合体である生体機能を制御する「モジュレータ・プロテアーゼ」の代表である。即ち,カルパインはCa2+ にレスポンスして,細胞骨格系,情報伝達系,膜輸送系などに関与する基質タンパク質の構造・機能・活性を調節・変換するために,極めて限定的な「切断(プロセシング)」を行う。その機能の重要性は,カルパイン遺伝子の変異により胎性致死や筋ジストロフィーが生じることなどで明白であるにもかかわらず,カルパインの作用機序については現状ではほぼ不明である。カルパインはヒトで14種存在し,その中で組織普遍的に発現して量的にも多いものがμ-及びm-カルパインである。これらは,4つのドメイン (I〜IV) からなる活性サブユニットと2つのドメイン(V及びVI)からなる調節サブユニットのヘテロダイマーで構成される。ドメインIV及びVIは,各々 5つのEF-ハンドモチーフを有するCa2+-結合ドメイン(PEFドメイン)であり,カルパインのCa2+依存性を担うと考えられてきた。その後,m-カルパインのCa2+-非存在下の立体構造が解明され,(1) プロテアーゼ活性ドメイン (II) は,2つのサブドメイン(IIa及びIIb)に分割され,Ca2+-非存在下では活性中心が形成されていない,(2) 一次構造上全く相同性の見いだせなかったドメインIIIがCa2+-結合型C2ドメインの立体構造に極めて類似していた,(3) ドメインIV及びVIはダイマー形成を担い,活性ドメインからは最も離れた位置に存在した,等が明らかとなった。 さらに,生化学実験によりドメインIIIがCa2+ を結合することが示され,このドメインが,カルパインのCa2+依存的な膜移行を含め,Ca2+ による制御の中心的役割をすることが強く示唆された。また,活性サブユニットのN末端のドメインIは,調節サブユニットの2つのEF-ハンドとの塩橋形成によりヘテロダイマー安定化に寄与し,かつ,Ca2+ のEF-ハンドへの結合による塩橋破壊に起因するサブユニット解離に重要な役割を果たすことが示された。この事実は,カルパインのドメインIにおける自己消化の生理的意義を明確にし,自己消化がサブユニット解離や基質特異性の変化を引き起こすことを明らかにした。さらに,カルパインのプロテアーゼドメインを組換えタンパク質として発現させたものを解析した結果,予想に反してCa2+ 依存的な活性が観察された。その後,プロテアーゼドメインのCa2+ 結合型(活性型)の立体構造も報告され,実際にサブドメインIIa及びIIbに1分子ずつ結合していることが明らかとなった。このプロテアーゼドメインに見出されたCa2+ 結合モチーフは,今までに例のない構造であり,カルパインファミリーが進化的に新規に獲得したものと考えられた。 このように,カルパインは分子全体として10分子以上のCa2+ を結合し,高度に調節を受けていることが明らかとなった。カルパインは,上述のように生理的に重要な機能を担っているため,その基質認識や活性制御の分子的なメカニズムの解明が大きく期待されている。その重要な因子であるCa2+ を基にしてこれらの点も議論したい。
(7)シナプス機能調節におけるCaM kinase IIの役割山内 卓(徳島大学大学院・薬学部) Ca2+/カルモデュリン依存性プロテインキナーゼII (CaM kinase II) は,大脳や海馬に多く存在し,記憶分子として注目されている。私達は CaM kinase II がシナプス伝達の中心部位であるシナプス後肥厚 (PSD) の主要構成分子であることに注目して,シナプス機能調節を解析した。 (1) PSDにおけるCaM kinase IIとシグナル伝達分子 (2) 神経突起伸展のCaM kinaseIIのよる調節 (3) PSDタンパク質のよるCaM kinase II作用の調節 以上の結果から,CaM kinase IIが,記憶・学習の一連の過程,すなわち,シナプス形成,シナプス後細胞における機能調節等,においてが中心的な役割を果たすと考えられる。
(8)不活性型CaM Kinase II α 遺伝子改変マウスを用いた脳機能の解析山肩葉子,井本敬二,八木 健,小幡邦彦,柳川右千夫 【発表要旨】Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼ II (CaMKII) は,中枢神経系に豊富に存在するプロテインキナーゼとして,神経活動の制御やシナプス可塑性,特に,学習・記憶を始めとする高次脳機能に,また,てんかん発作の発現の抑制,脳虚血の際の脳障害の抑制に重要な働きをすると考えられている。CaMKII蛋白には,大きく分けて,(1) 他の蛋白質をリン酸化するプロテインキナーゼとしての機能,(2) Ca2+ 結合蛋白であるカルモジュリンを結合する機能,(3) CaMKIIサブユニット同士が結合して,あるいは他の蛋白質と結合して構造蛋白として働く機能,という三つの異なる作用機序が存在する。このうち特に重要と考えられるプロテインキナーゼとしての生体内での作用を解明し,脳機能への関与を明らかにするために,キナーゼ活性を失活させた機能的ノックアウトマウスの作成を行った。 具体的には,CaMKIIの前脳での主要なサブユニットであるα(アルファ)をターゲットとして,ATP結合に必要な42番目のアミノ酸残基,リジン (Lys-42) をアルギニン (Arg-42) に置き換えた点変異型のノックインマウスを作成した。ホモ接合型の変異マウスの前脳ホモジネートにおけるCaMKII活性は,野生型に比べて約60%減少していたが,CaMKIIαならびにCaMKIIβ の蛋白レベルには,顕著な変化は認められなかった。CaMKIIの残存活性は正常な CaMKIIβ によるものと考えられた。一方,αに比べてβ が優位である小脳ホモジネートにおいては,CaMKII活性はほぼ正常に保たれていた。従って,作成したノックインマウスにおいては,CaMKIIαの蛋白としての発現は保たれているものの,その活性のみが選択的に失活しているものと考えられた。現在このマウスを用いた様々な脳機能の解析を行っている。
(9)神経系におけるCaM kinase I の発現と機能阪上 洋行(東北大・院・医)
【発表要旨】CaM kinase Iは,1980年代にシナプシンIに対するリン酸化能により脳から精製されたにも関わらず,その機能解析は,他の多機能型CaM kinaseII及びIVに比べて驚く程遅れている。しかしながら,近年,CaM kinase Iが,少なくとも4つの分子種(α, β, γ, δ)よりなる分子ファミリーを形成し,CaM kinase IVとともにCaM kinase kinaseによる特異なリン酸化カスケードによる活性化調節機構が存在することが明らかとなり,その分子多様性と生理機能の解析がようやく始まった感がある。本発表では,これまで行ってきた神経系における発現解析のうち,CaM kinase Iγとδ分子に関する最近の所見を中心に発表する。 CaM kinase Iγは,横倉らの部分的なcDNAが単離され,その存在が明らかになったものであるが,我々は,PCRクローニングにより,2つのalternative splicing variantを見いだし,γ1,γ2分子と名付けた。γ1分子は,477アミノ酸残基よりなる推定分子量約53 kDaよりなり,α, β1β2分子とそれぞれ63%,64%,61% の相同性を示したのに対して,γ2分子は,カルモデュリン結合部位を含むC末領域が欠損し,477アミノ酸残基,推定分子量43kDaよりなることが明らかになった。次に,成熟期ラット神経系におけるγ分子の遺伝子発現局在を検討した結果,視床腹内側核と松果体に際立った強い発現が検出された。このγ分子の遺伝子発現様式は,神経細胞に広く分布するα 分子や脳幹領域に比較的限局する β 2分子のそれと大きく異なるもので,特異な神経機能に関与する可能性が示唆された。 一方,CaM kinase Iδは,顆粒球に特異的に発現するCaM kinase I-like kinase (CKLiK) のsplicing variantとして,Hela細胞から,石川らにより単離されたものである。遺伝子発現分布を検討した結果,CaM kinase Iδは,特に海馬錐体神経細胞に際立った強い発現を示した。初代海馬神経培養細胞に遺伝子導入したCaM kinase Iδは,大部分の神経細胞 (80%) において,細胞質と神経突起に局在し,残りの20%の神経細胞では,核と細胞質に均一に分布した。次に,グルタミン酸及び脱分極によるカルシウム刺激を与え,その細胞内局在の変化を検討した結果,核に局在を示す神経細胞の割合が刺激前の20% から刺激1分後に40% と増加した。この核への局在は,刺激後30分以内にすみやかにbasal level に戻った。また,CaM kinase Iδを過剰発現したPC12細胞において,脱分極刺激によりCRE luciferase活性が増加すること,また,CREBのリン酸化が増強していることより,CaM kinase Iδは,神経活動依存性に核内に移行し,核に恒常的に局在しているCaM kinase IVとともに,CREBなどの転写因子のリン酸化を介した遺伝子発現の調節に関与している可能性が考えられた。
(10)CaM kinase カスケードのシグナル伝達と生理機能徳光 浩,小林 良二(香川大・医) 多様な細胞応答においてタンパク質リン酸化酵素によるカスケード反応は重要な細胞内情報伝達機構として機能する。本研究会のテーマである細胞内カルシウム情報伝達経路においてもCaM-KK/CaM-KI,CaM-KK/CaM-KIVの独立した2つのCaM キナーゼカスケードの存在が明らかとなっている。本発表では,これまでに得られている解析結果から導き出されたCaMキナーゼカスケードのシグナル伝達の分子メカニズムについて報告するとともに,その生理機能のひとつである遺伝子発現制御機構についても最近の知見を紹介する。また独自に開発したCaM-KK阻害剤 (STO-609) を用いたCaMキナーゼカスケードの生理機能解析法について,阻害剤研究の問題点である特異性評価や,その解析結果も含めて議論したい。
(11)CaM kinase ファミリーを中心としたプロテインキナーゼの網羅的検出と解析亀下 勇,末吉 紀行(香川大学・農学部) タンパク質リン酸化反応は様々な生命現象と深い関わりを持っており,その反応に関与するプロテインキナーゼ (PK) の数は数百種類以上も存在することが知られている。生命現象のメカニズムを明らかにするためには,様々な状況下の細胞内で発現しているPKの全貌を知ることが重要である。そこで我々は,細胞内に存在するPKを広く検出するための網羅的解析法について検討してきた。本研究では細胞内に存在する多様なPKを同時に検出するための抗体を作製し,その利用法について検討した。 PKの触媒ドメインには,アミノ酸配列が保存された12ヶ所のサブドメインが存在し,その中でも特にサブドメインVIB配列が高度に保存されている。そこでCaMKII のサブドメインVIBのアミノ酸配列に基づく様々なペプチドを抗原として合成し,マウスを用いて抗体の作製を試みた。得られた抗血清を用いてウエスタンブロットを行ったところ,長さが10個以下のアミノ酸からなるペプチドを抗原として免疫したマウスでは,抗体産生がみられなかったが,14から16アミノ酸のペプチドを抗原として用いた場合に広い反応性を示す抗体が得られることがわかった。作製したモノクローナル抗体(Multi-PK抗体)は,ウエスタンブロットでCaMKI,II,IV,CaMKK,PKA,MAPK,MAPKK をはじめとして様々なPKを検出できるだけでなく,細胞抽出液中に含まれる種々のPKの免疫沈降にも利用できることが確認された。さらに様々な生物から調製したcDNA発現ライブラリーをMulti-PK抗体でスクリーニングしたところ,CaMKファミリーを含む様々な既知のPKだけでなく,新規のPKの遺伝子を単離することができた。 本研究会では,Multi-PK抗体の性質について紹介するとともにその利用例についても併せて報告する予定である。
(12)神経型NO合成酵素のリン酸化による調節渡邊泰男,徳田雅明(香川大・医) 【発表要旨】多彩な生理作用を有する一酸化窒素 (NO) シグナルはNO産生を触媒するNO合成酵素 (NOS) の活性制御はカルモデュリン (CaM) 結合とリン酸化によって調節されている。これまでnNOSのSer741,Ser847がそれぞれCaMキナーゼI (CaM-KI),CaM-KIIによってリン酸化される部位として同定され,共にCaMとの親和性の低下によってNOS活性が阻害されることが判明している (1, 2, 3)。Thr1296もCaM-KIIによってリン酸化を受け,その結果活性が阻害された。リン酸化擬似体nNOS(Thr1296をAspに置換した変異型:Thr1296Asp)の酵素学的解析や,Thr1296リン酸化nNOSの生化学的性質より活性阻害は補酵素の1つであるNADPHに対する親和性の低下(Km値が20倍)によるものであった。Ser1412もCaM-KIIによるリン酸化部位であったが,現時点で酵素学的意義は見いだせていない。脱リン酸化酵素による可逆的調節も観察され,少なくともprotein phosphatase 2Aの関与が示唆されている (4)。生理学的意義の解析では,ラット脳一過性虚血モデルを用いて,虚血シグナルで海馬神経の介在神経においてSer847リン酸化が一過性にCaM-KIIにより触媒されていた。この現象が皮質ではみられないことより海馬神経での虚血耐性におけるnNOSのSer847リン酸化の関与が示唆された (5)。神経細胞のカルシウムシグナルによるリン酸化応答現象をシナプスに存在するクラスタリング分子との相互作用に着目して解析した結果,中枢神経系では直接結合を介してnNOSのシナプス後膜での局在化機構の中心的役割を担っているpost synaptic density 95がSer 847リン酸化の調節因子として細胞内で機能していることが判明した (6)。In vitroならびに分子薬理学的な解析により,以上のリン酸化反応はカルシウムシグナル以外のキナーゼによっても部位選択的に触媒されていることが分かってきた。以上のように,nNOSは同じCaMを活性化因子として利用するCaM-Kのリン酸化によりその活性をダイナミックにコントロールされていることに加え,複数のキナーゼによってより複雑に制御されているものと考えられる。
(13)14-3-3 によるCaMKKの調節市村 徹,松永 耕一,笹本 要,礒辺 俊明(東京都立大) CaMキナーゼキナーゼ (CaMKK) は,CaMキナーゼカスケードの最上流に位置する蛋白質キナーゼであり,カルシウムを2次メッセンジャーとする細胞内シグナル伝達,とりわけ神経細胞におけるカルシウムシグナリングに重要な役割を担っている。また,CaMKKはカルシウム以外のシグナリング(例えばcAMPシグナリング)の標的分子としても知られており,シグナル伝達のクロストーク,フィードバックといった観点からも注目されている。一方,14-3-3蛋白質も特に神経細胞に豊富に存在する蛋白質であり,キナーゼが調節するリン酸化反応に依存して多彩な蛋白質と複合体を形成することで,細胞内シグナル伝達経路の反応に深く関わることが知られている。本講演では,14-3-3をbaitとして用いた機能プロテオミクス解析によって新規に見出した“14-3-3-CaMKKα複合体”の性質を検討したので報告する。 大腸菌で発現したCaMKKα とグルタチオンS-トランスフェラーゼ (GST) との融合蛋白質として発現した14-3-3ηを用いたプルダウン実験により,PKAでリン酸化したCaMKKαが14-3-3hと直接結合することが明らかとなった。一方,この相互作用はリン酸化しなかったCaMKKαやCaMを加えることで自己リン酸化したCaMKKαでは起こらなかったことから,PKAによるリン酸化に特異的であることが示唆された。次に,CaMKKαとGST-14-3-3ηを発現するヒト腎臓由来の培養細胞をPKAの活性化剤で処理したところ,PKAの活性化に依存してGST-η-CaMKKα複合体が細胞内でも形成されることが分かった。またこの相互作用はCaMKKβアイソフォームでも同様に検出された。 CaMKKαはCaMKIまたはCaMKIVを効率良くリン酸化し活性化することが知られている。一方,こうしたCaMKKα の活性はPKAによるリン酸化で低下することが報告されている。そこで,14-3-3ηとの複合体形成がCaMKKαのキナーゼ活性に影響を及ぼすのかをGST-CaMKI (1-293) K49Eを基質として用いたin vitroリン酸化実験で検討した。その結果,14-3-3ηと複合体を形成したCaMKKα のキナーゼ活性は単体のものと比べてさらに低下することが分かった。さらに,この14-3-3による効果は,高濃度のCaMを反応系に加えることで抑制されたことから,CaMとの競合阻害効果である可能性が示唆された。 以上の結果より,14-3-3-CaMKKα 複合体はPKAによるCaMKKα のリン酸化に依存して形成されること,さらにCaMのCaMKKαへの結合を阻害することでそのキナーゼ活性を負に制御していると推測した。
(14)シナプス後肥厚部におけるタンパク質相互作用のリン酸化による調節鈴木 龍雄,田 慶宝,宮沢 昌子(信大・院・医) 著者らは5年以上前から,新規のシナプス後部タンパク質およびそれらをコードする遺伝子を発見・同定するプロジェクトを行っている。シナプス後部に存在するタンパク質種の全貌についてはまだ明らかになっておらず,未発見のものもかなりあると予想される。シナプス伝達の制御や可塑性,また,シナプス機能に起因する脳や精神の疾患の理解する上で,これら未知の分子を発見し,機能を明らかにすることが大きな役割を果たすと考えられる。本シンポジウムでは,このプロジェクトの中で新たに同定したシナプス後肥厚部 (postsynaptic density, PSD) タンパク質について,タンパク質-タンパク質相互作用の観点から現在までの知見を総括する。 本講演では以下のタンパク質について述べる。1) p55 protein,2) TANC (protein containing TPR domain, ankyrin repeat and coiled-coil region),3) LRP4 (LDL receptor-related protein 4,4) synArfGEF (synaptic GEF for Arf),5) NIDD (nNOS-interacting DHHC-containing protein with dendritic mRNA) 6) BAALC 1-6-8 (brain and acute leukemia, cytoplasmic). p55 proteinはMembrane-associated guanylate kinase (MAGuK) familyの一員である。このタンパク質は赤血球においてはmembraneと細胞骨格-膜裏打ちタンパク質をクロスリンクする役割を果たしていることがよく知られているが,シナプス後部においても同様の機能を果たしていることが示唆された。TANCは新規proteinで,p55 proteinとともにPSDにおいてscaffold protein(足場タンパク質)の役割を果たしていることが示唆された。LRP4, synArfGEFおよびNIDDは,C末端部分にPDZ domain結合配列を有することが特徴である。これらタンパク質のうち,LRP4, synArfGEFはそのC末配列を介してPSD-95,SAP97などと結合したが,NIDD proteinはこれらとは結合せず,nNOSに特異的に結合した。また,LRP4については,カルモジュリンキナーゼIIによってリン酸化を受け,C末PDZ domain-binding motif近傍のSer残基のリン酸化により,PSD-95やSAP97との相互作用が制御される可能性が示された。BAALC 1-6-8 proteinはある種の急性白血病と正常では脳に特異的に発現されているタンパク質であるが,カルモジュリンキナーゼIIと特異的に結合することが明らかになった。 以上の新規のシナプス後部タンパク質のPSD proteinとの相互作用とその制御について述べる。
(15)Homer-3 のCaM kinase II によるリン酸化水谷 顕洋,御子柴 克彦(JST・カルシウム振動),古市 貞一(理研・脳研) Homer 蛋白質ファミリーは3種類の遺伝子からコードされ,いずれも中枢神経系(神経細胞)に高度に発現し,主に,興奮性シナプスのポストシナプスに局在している。N-末のEVH1 domain には,種々の分子 (mGluRs, IP3Rs, RyRs, TRPC, drebrin, SHANK) が結合し,C-末部分でmultimerを形成することで,ポストシナプス領域に於いて上記結合分子群を物理的にカップルさせていると考えられている。 我々は,小脳Purkinje 細胞のspineに極めて豊富に発現・局在するHomer-3 蛋白質の,顆粒細胞平行繊維-Purkinje細胞間のシナプス可塑性における機能について研究を進めているが,最近,Homer-3 にはリン酸化フォームが存在し,このリン酸化フォームは,非リン酸化フォームに比して,可溶性画分に回収されやすいことを見出した。in vitro リン酸化実験によってCaM kinase II がHomer-3 の3箇所のSer残基をリン酸化し,これによって結合分子との親和性を低下させることを発見した。また,リン酸化部位特異的抗体を用いることで,これらのリン酸化がPurkinje細胞内で神経活動依存的に起きることを見出した。これらの事実は,Homer-3 のリン酸化によって,spine 内の分子間相互作用が調節され,顆粒細胞平行繊維-Purkinje細胞間シナプスの構造的可塑性を調節している可能性を示唆している。
(16)タウのCaMキナーゼIIによるリン酸化反応のアルツハイマー病への関与山本 秀幸(熊本大・院・医薬) Ca2+/カルモデュリン依存性蛋白質リン酸化酵素II(CaMキナーゼII)は,脳の神経細胞に多量に存在し,神経細胞の活性化によって引き起こされる様々な神経細胞機能に関与している(1, 2)。本酵素の異常が,種々の精神神経疾患の病態生理に関与している例も報告されてきた。我々は,本酵素が微小管附随蛋白質の中のタウをリン酸化してその機能を阻害することを見い出した。最近,質量分析法によりリン酸化部位を同定した。その結果,チューブリン結合部位にある262番目と356番目のセリンがリン酸化されることが明らかになった(3)。さらにタウのリン酸化によりチューブリンとの結合が阻害された。また,416番目のセリン (S416) もCaMキナーゼIIによりリン酸化されることが報告されている。我々の検討から,本部位を含む合成ペプチドは調べた酵素の中ではCaMキナーゼIIによってのみリン酸化されることが明らかになった。そこで,S416がリン酸化されたペプチドを合成し,家兎に免疫して,リン酸化特異抗体を作製し精製した。蛋白質脱リン酸化酵素阻害剤を含まない条件でラット脳から調製した粗抽出液を用いた免疫ブロットでは,in vitroでCaMキナーゼIIでリン酸化した時にのみ,タウが抗体と反応した。これに対し,蛋白質脱リン酸化酵素阻害剤を含む条件では,粗抽出液中のタウが抗体と反応した。すなわち,in vivoでS416がリン酸化されていることが確認された。本部位のリン酸化は,生後10日以内の脳で著明に認められた。また,出生前のラット脳から培養した神経細胞での免疫染色により,タウが細胞体でリン酸化されていることが明らかになった。なお,アルツハイマー病脳では,過剰にリン酸化されたタウがpaired helical filaments (PHF) を形成して神経細胞体と神経突起内に蓄積していることが知られている。リン酸化特異抗体を用いた検討から,アルツハイマー病脳から調製したPHFタウではS262とS356に加えてS416もリン酸化されていることが明らかになった。さらにアルツハイマー病脳の免疫組織学的検討により,細胞体に存在するPHFタウでS416のリン酸化が認められた。これに対し,神経突起内のPHFタウではリン酸化は認められなかった。これらの結果から,胎児期及び出生直後の脳では,神経細胞体でタウがCaMキナーゼIIによりリン酸化されていることが示唆された。また,アルツハイマー病脳では,神経細胞体でのCaMキナーゼIIによるタウのリン酸化が過剰に起こっている可能性が示唆された。現在,培養神経細胞を用いてCaMキナーゼIIによるタウのリン酸化反応の調節機構と生理的意義を検討している。 1. Matsumoto, K. et al. (1999) J. Biol. Chem. 274, 2053-2059
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