生理学研究所年報 第26巻 | |
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12.神経回路の機能の成り立ちに関する学際的研究2004年12月2日−12月3日
【参加者名】 【概要】
(1)Cajal-Retzius細胞と大脳皮質形成機構田辺 康人 (三菱化学生命科学研究所・神経構築研究チーム) Cajal-Retzius細胞は,大脳皮質の発生過程においてmarginal zone を構成する主要な神経細胞であり皮質形成機構に重要な働きを示す事が示唆されているが,Cajal-Retzius細胞の発生様式を解析することは長い間不問に付されてきた。我々は,Cajal-Retzius細胞がGFPにより蛍光標識されているトランスジェニックマウスを解析系に用い,電気的穿孔法を用いてマーカー遺伝子をマウス胎仔脳の様々な領域内へ導入していくことで,Cajal-Retzius細胞の発生起源及びその発達の軌跡を詳細に解析した。その結果,この神経細胞群は,終脳の内側・尾側部に存在するcortical hemにおいて発生し,そこから皮質半球に対して接線方向に細胞移動していき,最終的に新皮質を含む大脳皮質全体に広く分布することを明らかにした。この結果は,皮質GABA作動性介在ニューロンと同様に,Cajal-Retzius細胞の主要なものが新皮質にとり外来性の細胞である事を示す。また,Cajal-Retzius細胞が皮質パターン形成のオーガナイジングセンターであるCortical hemから発生し皮質パターン形成の一つの軸である内・尾側−外・吻側軸に沿って細胞分布勾配を示すことは,皮質層形成機構のみならず皮質領域形成機構を考える上でも新しい視点を与える。
(2)脳皮質形成におけるCdk5の役割について大島 登志男(理研・脳科学総合研究センター・発生神経生物研究チーム) 大脳などの層の形成には,厳密にコントロールされた細胞増殖と移動・位置決定が必要で,ヒト滑脳症や変異マウスの解析から,関与する分子がいくつか同定されている。我々はこうした分子のうちCyclin-dependent kinase 5 (Cdk5) を中心に研究を進めている。Cdk5はその活性化サブユニットp35, p39が神経細胞特異的に発現し,神経細胞の特異的な機能に関与している。Cdk5欠損マウスは胎生致死で,大脳皮質,小脳,海馬などの層構造が形成されず,脳幹部でも顔面神経核や下オリーブ核の形成が異常である。また軸索走行の異常があり,Cdk5欠損DRGニューロンでは神経軸索ガイダンス分子 Sema3Aに対する成長円錐退縮反応が低下している。 Cdk5欠損マウスが胎生致死であるため機能解析に制限があったが,コンディショナルKOマウスを作製・解析する事で,生後における脳の発達・機能発現に至る段階でのCdk5の役割を解明する事が可能となった。現在複数の時期・領域特異的なcreマウスを用いて,Cdk5の機能解析を進めている。
(3)プルキンエ細胞の誕生・移動・配置の謎宮田卓樹(名古屋大・院医・細胞生物学分野) プルキンエ細胞は小脳皮質を構成する主要ニューロンであるが,前駆細胞に関する知見が無く,移動中のプルキンエ細胞の形態に関する情報も欠けている。大脳皮質ニューロンに対しては今世紀に入ってスライス培養下での解析やGFP標識による生体内での解析が進み,発生時期および移動局面に応じてニューロンがさまざまな形態をとることが分ってきた。その形態的情報が,分子レベルでのニューロン移動機構の解析を裏打ちしている。プルキンエ細胞移動の研究もぜひ倣うべきである。プルキンエ細胞の配置にはリーリンが重要であることが知られているが,リーリンの具体的作用については「誘引」「移動停止信号」「いずれでもない」などの説があるものの,依然不明である。この問題の解決にも幼若プルキンエ細胞の形態を理解することが不可欠である。一方,私はプルキンエ細胞の移動〜配置に入力線維(とシナプス形成?)が関与するかもしれないと夢想している。現在,(1)胎生11-13日マウス小脳原基のスライス培養において前駆細胞および幼若プルキンエ細胞の挙動を観察,(2)GFPウイルスによる標識で生体内の細胞挙動を把握,(3)前庭神経節や脊髄などからの入力繊維の順行性標識など,プルキンエ細胞の移動・配置のメカニズムに挑むべく取り組んでいる。
アクチビンによるスパイン形態とシナプス可塑性の制御井ノ口 馨(三菱化学生命科学研究所 (MITILS)) LTPなどのシナプス可塑性に伴い樹状突起スパインの形態がダイナミックに変化し,それがLTPの誘導や持続に重要な役割を果たしていることなどが近年明らかになりつつある。我々のグループもスパインアクチンの動態やスパイン形態がLTPの後期相(L-LTP)に重要な役割を果たしていることを示してきた。 また,L-LTPや長期記憶の成立には遺伝子の発現が必要であることから,我々は海馬のL-LTPに伴い発現が調節される多数の遺伝子群を単離しそれらの機能を明らかにしてきた。それらのうちの一つアクチビンはTGF-βファミリーに属するリガンド蛋白質であり,LTP誘発後1時間以上経過してから発現が誘導される。本研究会では,アクチビンがスパイン形態の制御を通じてL-LTPの保持に重要な役割を果たしていることをお話しするとともに,「LTPの誘導---アクチビン遺伝子の発現---スパインアクチン動態の変化---シナプス形態の変化---L-LTPの持続」という経路がL-LTPの一つのメカニズムであることを提唱して,「シナプス可塑性」と「シナプス形態の可塑性」に関する議論の種としたい。
(5)αN-カテニンによるシナプス結合安定性の制御安部 健太郎,竹市 雅俊 シナプスは新生・消失,構造変化などを示すことが知られており,この構造的可塑性にともない,シナプスの結合構造はダイナミックに制御されると考えられるがその制御機構に関してはあまり知られていない。 α N-カテニンはカドヘリンとアクチン骨格と接続することによってカドヘリンの接着活性を制御する分子である。我々は,αN-カテニンのノックアウトマウスを作成し,海馬初代神経細胞分散培養系を用いてシナプスへの影響を観察した。 α N-カテニンを欠損する神経細胞はスパインの形態に異常が見られた。また,経時的観察により,スパインの動きを観察した結果,α N-カテニン欠損細胞ではシナプス結合が不安定であること,逆に,αN-カテニンを過剰発現させるとより安定なシナプス結合を形成し,その結果として,スパインとシナプスの過剰形成が起きることを見い出した。また,シナプスに集積するαN-カテニンの量は神経活動によって制御することを見い出した。 これらの結果から,αN-カテニンにはスパインおよびシナプス結合を安定化する働きがあり,神経活動に応じたスパインの形態変化を制御してシナプス可塑性になんらかの影響を及ぼしている可能性が示唆された。
(6)シナプス形成と可塑性を制御する古くて新しい分子 −デルタ受容体とシナプトトロフィン−柚崎 通介,松田 恵子,飯島 崇利,幸田 和久, δ2型グルタミン酸受容体とシナプトトロフィン(StpnI)は,10-20年前に発見された分子であり,小脳プルキンエ細胞の遠位樹状突起部と,そこにシナプスを形成する平行線維を送る顆粒細胞にそれぞれ特異的に発現する。遺伝子欠損マウスの解析から,δ2受容体は平行線維−プルキンエ細胞シナプスの正常な発達に必要不可欠であることがこれまでに分かっていたが,この受容体がどのようにして活性化され,どう機能するのかについてはよく分かっていなかった。私たちは,機能阻害性抗体とトランスジーンによるδ2受容体欠損マウスの表現型回復能を解析することにより,δ2受容体は,1) 発達段階のみでなく,成熟動物においても活性をもつ,2) シナプス後膜のAMPA受容体の数を調節する,3) 細胞外からの信号により活性が制御される,4) 他のグルタミン酸受容体とかなり異なった形で活性化される,ことを明らかにした (Nature Neurosci '03; EMBO R, in press)。一方,StpnIの機能や信号経路も謎のままであったが。私たちは,渡辺やMorganらと共同してStpnI遺伝子欠損マウスを解析したところ,1) シナプス可塑性 (LTD) の欠損,2) プルキンエ細胞の登上線維による多重かつ遠位型支配,3) 平行線維の結合しない「裸の棘突起」の出現,といったδ2受容体欠損マウスと酷似した所見を得た(Nature Neurosci, in revision)。このように平行線維−プルキンエ細胞シナプスにおいて,シナプス前部と後部に発現しているこれらの2つの古くて新しい分子は,シナプス可塑性と形成に関与する新しいユニークな信号系を構成すると考えられる。
(7)線虫C.elegansにおける感覚情報処理の分子機構石原 健(九州大学大学院・理学研究院・生物科学) 動物は,環境から様々な情報を感覚神経を通じて受容し,神経回路上で情報処理を行い適切な応答をする。我々は,このような感覚情報処理に関わる新しい分子機構を明らかにすることを目的として,C. elegansをモデルとした遺伝学的解析を行っている。 我々が同定したhen-1変異体は,二つの感覚情報の統合と一種の連合学習に異常を示す変異体である。この変異体の原因遺伝子産物HEN-1は,LDL受容体モチーフを持つ分泌タンパク質であり,成熟した神経系において細胞非自律的に機能している。 C. elegansの受容体型チロシンキナーゼSCD-2は,ヒトALKの相同タンパク質である。最近,ショウジョウバエのALK相同分子DAlkは,ショウジョウバエのHEN-1類似分子Jebの受容体として機能するが明らかになったことから,SCD-2がHEN-1の受容体である可能性がある。GFP融合遺伝子の解析から,scd-2遺伝子は多くの感覚神経と介在神経で発現していることが示唆された。また,scd-2変異体は,感覚情報統合の行動測定系と,連合学習の行動測定系において,hen-1変異体と類似の表現型を示す。さらに,SCD-2はHEN-1とは異なる介在神経で機能していることが推定された。これらのことより,SCD-2は,HEN-1の受容体として介在神経間の情報処理を制御しているのではないかと考えている。
(8)ショウジョウバエによる加齢性記憶障害の分子機構の解析齊藤 実(東京都神経科学総合研究所・神経機能分子治療) いかなるヒトも老化に伴って起こる学習・記憶力の低下から逃れることは出来ない。このような加齢性記憶障害 (Age-related Memory Impairment, AMI) はどのような遺伝子の働き,失調により起こるのであろうか? AMIは学習による記憶情報の獲得から,その統合・安定化に至る複雑な学習記憶過程(分子機構)の非特異的な障害と考えられてきた。しかし,従来の哺乳類モデルでは,例えばマウスでもその寿命が2〜3年に及ぶことが障害となり,AMIの分子機構の解明は殆ど進んでこなかった。ショウジョウバエの遺伝子はその約8割が哺乳類と共通であり,哺乳類と極めてよく似た学習記憶の分子機構を持つ。さらにショウジョウバエは寿命が約1ヶ月と短い。我々は寿命が短いショウジョウバエを新たなモデル動物として,AMIの行動遺伝学的解析を行ってきた。その結果,加齢によりamnesiac (amn)という遺伝子に依存する記憶成分(中期記憶)が,極めて特異的に障害されることを明らかにした。さらに興味深いことにamn変異体は寿命が野生型と比べ約40%も延びており,逆に長命変異体の中にはamn遺伝子依存性の中期記憶に障害を示すものがあった。これらのことから脳の高次機能と老化とに共役した何らかの分子機構が示唆された。
(9)脳機能解析を目的とした遺伝子改変マウスの作成とその使い方柳川右千夫(群馬大・大学院医学系研究科・遺伝発達行動学) 脊椎動物の脳には多種類の神経細胞が存在するが,特定の細胞を標的として遺伝子を発現させるのは簡単ではない。そこで,機能プローブを特定の細胞に容易に発現させることを目的として,以下の2種類のシステムについて,検討した。 (1)(Cre-loxPシステムを利用したトランスジェニックマウス)シナプトフルオリン(SpH;シナプス小胞内のpH動態をモニターする)遺伝子を組み込んだloxPターゲティングマウス(loxP-SpHマウス)を作成した。loxP-SpHマウス一方,海馬の顆粒細胞にCre recombinaseが発現するCaMKII-Creマウスと交配して生まれた仔では,海馬の苔状線維にSpHの発現が観察された。以上の結果は,Cre-loxPシステムに基づいて2種類のトランスジェニックマウスを使用することにより,機能プローブを特定の細胞に発現できることを示している。 (2)(Thy-1プロモーターを利用したトランスジェニックマウス)Thy-1プロモーターの下流にSpH遺伝子を配置したトランスジェニックマウスを作成した。6ライン樹立して解析した結果,それぞれ異なる発現パターンを観察した。中でも,海馬錐体細胞,小脳顆粒細胞にSpHが発現することから,これらの細胞に機能プローブを発現させたい場合には有効なシステムであることが示唆された。
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