生理学研究所年報 第26巻
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13.第3回 大脳皮質・視床・基底核の神経回路

2004年10月6日−10月7日
代表・世話人:金子武嗣(京都大学大学院・医学研究科・高次脳形態学)
所内対応者:川口泰雄(大脳神経回路論研究部門)

(1)
大脳皮質発達過程におけるGABA応答性の変化と制御機構
山田順子
(静岡大学大学院・電子科学研究科・生体情報処理講座)
(2)
Depolarization waveによる中枢神経系の機能発達制御
佐藤 勝重
(東京医科歯科大学大学院 細胞生理学分野)
(3)
GABA性シナプス入力とGlutamate性シナプス入力の相互作用の非線形ダイナミクスとその数理モデル
森田 賢治
(東京大学大学院 新領域創成科学研究科 複雑理工学専攻)
(4)
From neural stem cell to the human neocortex: A potential mechanism to produce the human thick neocortex
玉巻伸章
(熊本大学大学院 医学薬学研究部先端生命医療科学 脳神経科学講座 脳回路構造学)
(5)
視床微小神経回路における情報処理機構
井上 剛
(生理学研究所・神経シグナル研究部門)

【参加者名】
玉巻伸章(熊本大学院・医),小林真之(大阪大学院・歯),宋文杰(大阪大学院・工),金子武嗣,藤山文乃,中村公一,日置寛之,倉本恵梨子,田中康代(京都大学院・医)青柳富誌生,野村真樹(京都大学院・情報),黒谷亨,吉村由美子(名古屋大学・環境医学研),福田敦夫,窪田寿彦,古川智範,井上浩一(浜松医科大学・医),山田順子(静岡大学院・電子科学),森琢磨(京都大学・霊長類研),山下晶子(日本大学・医),内田豪,小島久幸,一戸紀孝(理化学研究所),伊藤哲史(福井大学・医),坪泰宏(玉川大学・工),森田賢治(東京大学院),津元国親(ERATO合原),井本敬二,鍋倉淳一,張一成,等誠司,川口泰雄,窪田芳之,大塚岳,苅部冬紀(生理学研究所)

【概要】
 今年は浜松医大福田先生にオーガナイズをお願いして平成16年10月6〜7日には以下の5人の方々による話題提供と議論を行いました。「大脳皮質発達過程におけるGABA応答性の変化と制御機構」山田順子氏は,ラット生後間もない時期には大脳皮質細胞内のCl濃度が高く,GABAが脱分極性の反応を引き起こすこと,その原因としてNaKCC1というCl取り込みのトランスポーターが一過性に強く発現していることを示し,これと関連して「GABA性シナプス入力とGlutamate性シナプス入力の相互作用の非線形ダイナミクスとその数理モデル」森田賢治氏は脱分極性のGABA反応がもつシナプス伝達に対する影響を数理的に解析した議論を提供しました。「Depolarization waveによる中枢神経系の機能発達制御機構」佐藤勝重氏は胎児期に脳幹全体に広がるゆっくりとした脱分極波が存在することを示し,その役割についての議論を誘い,「From neural stem cell to the human neocortex」玉巻伸章氏は大脳皮質のニューロンの発生の総括的な話しを自分の仮説を中心に提供しました。「視床微小神経回路における情報処理機構」井上剛氏はminimal刺激 + double whole-cell clamp法を用いて,視床あるいは大脳皮質の局所神経回路の解析結果を報告しました。

 昨年・一昨年と同じく主に比較的若い講演者に現在進行形の話題を提供していただいて,参加者の多くが大脳皮質・視床・線条体の神経回路について様々な議論を交わすことが出来ました。議論は白熱して1時間の持ち時間のところを実質1時間半ずつ議論すると云った学会などでは出来ないレベルの密度の高い討議が出来たものと感じています。また,システム的神経科学をボトムアップの方向で研究するという意味で志を同じくする研究者が集まって議論を交わすことにより,新たな着想を得る,客観的な批判にさらされるなど大脳皮質・視床・線条体研究の発展に役立つ様々な効果があったと思います。

 

(1)大脳皮質発達過程におけるGABA応答性の変化と制御機構

山田順子(静岡大学大学院・電子科学研究科・生体情報処理講座)

 中枢神経系において,主要な抑制性伝達物質であるはずのGABAが,脳の発達初期にはむしろ興奮性伝達を担っている可能性がある。我々はこの原因として,内向きCl-トランスポーター NKCC1と外向きCl-トランスポーター KCC2の作用が発達に伴い変わるため [Cl-]iが変化しGABAA受容体を介するGABA応答を変えているためではないかと考えた。そこで,Cl-トランスポーターの発達に伴う発現変化とGABA応答性を調べる為,大脳皮質形成期のラット脳スライス標本を用いて,グラミシジン穿孔パッチクランプ法によりGABA応答を記録し,[Cl-]iを計測した。また,記録終了後細胞質を抽出し,単一細胞におけるCl- 共輸送体mRNAのタイプ別発現量の差をsingle-cell multiplex RT-PCR法により解析した。Ca2+イメージング法を用いGABA投与に対する [Ca2+]i の変化も観察した。その結果,幼若細胞では [Cl-]iは成熟細胞に比べ有意に高く,GABAによる脱分極と [Ca2+]i 上昇がみられた。また,[Cl-]iとNKCC1には正の相関が見られ [Cl-]i とKCC2には負の相関があることがわかった。以上の結果より,幼若期のニューロンではNKCC1が主に働き高い [Cl-]iを維持し,発達に伴いKCC2が優位に働くようになるため,GABAの応答性が変化するという可能性が示唆された。

 

(2)Depolarization waveによる中枢神経系の機能発達制御

佐藤 勝重(東京医科歯科大学大学院細胞生理学分野)

 中枢神経系の個体発生過程は大きく2つのphaseに分けられている。1つは遺伝情報に基づくactivity-independent phaseであり,他方はニューロン群の時空間的活動パターンに依存するactivity-dependent phaseである。後者に関して,視覚系で行われた研究で,critical periodが存在することが示され,個体発生のある特異的な一時期に,ある特定のニューロン群が同期して発火することが,神経回路網形成の制御因子として重要であることが明らかにされた。

 我々は,これまでニューロン電位活動の光学的イメージング法を用いて,中枢神経系の機能発生・機能形成・機能構築過程について解析を行ってきた。その過程で,脳・脊髄神経を介した外来性入力,あるいは中枢神経系の自発興奮活動によって,大脳から脊髄まで中枢神経系のほぼ全領域にわたって広範に伝播する脱分極波(depolarization wave) が誘発されることを発見した。この脱分極波は,発生のある一時期に特異的に出現し,これまで報告がない数々の特性を備えており,限局した領域の特定のニューロン群/シナプスに関して想定されていた従来のactivity-dependent developmental regulationとは異なる,新しい機能的役割を担っているものと考えられる。

 

(3)GABA性シナプス入力とGlutamate性シナプス入力の相互作用の
非線形ダイナミクスとその数理モデル ル

森田 賢治(東京大学大学院 新領域創成科学研究科 複雑理工学専攻)

 近年,陰イオン濃度の撹乱を抑えたGramicidin-perforated patch-clamp法によって,成熟した大脳皮質錐体細胞のGABAA受容体チャネルの反転電位は静止電位よりも10mV程度高いことが報告された (Gulledge & Stuart 2003)。本研究では神経細胞の数理モデルを用いて,この事実の持つ機能的意義を推察する。まず二次元数理モデルによってGulledgeらの実験結果を定量的に再現できることを示す。その上で,脱分極性のGABAA入力が単一神経細胞の入出力関係(興奮性入力−出力発火率の関係)に及ぼす影響を調べた。その結果,入力がtonicな場合には,脱分極性でない(反転電位が静止電位と等しい)GABAA入力がsubtractiveな効果を持つのに対して,脱分極性のGABAA入力はall-or-none的な効果を持つことが示唆された。また大きな揺らぎのある入力の場合には,脱分極性のGABAA入力は,それが興奮性入力と高い時間相関を持つ場合にのみ入出力関係に対してsubtractiveな効果を持つことが示唆された。

 

(4)From neural stem cell to the human neocortex:
A potential mechanism to produce the human thick neocortex

玉巻伸章(熊本大学大学院 医学薬学研究部先端生命医療科学
脳神経科学講座 脳回路構造学)

 これまでの既成概念を少しの間忘れて語るならば,大脳皮質の形成は,神経上皮の肥厚化と特殊化により形成されたと考えることができる。神経上皮細胞は非常に長く伸びて放射状グリアと呼ばれるようになり,神経細胞は,神経上皮細胞体層と基底膜の間に,生まれた順番に堆積する。

 これまでに,マウス大脳皮質で興奮性神経細胞と抑制性神経細胞がどのように分化してくるかを,ウイルスによる細胞標識を利用して調べてきた。結果,神経幹細胞が分裂して大脳皮質神経細胞が作られることは永くは続かず,多くの場合,中間の分裂能を保持した神経前駆細胞が作られることが明らかとなった。前駆細胞は分裂能を保持しているが,興奮性神経細胞のみを産生したり,抑制性神経細胞を産生したりする。つまり,分裂能を保持しつつ一段階分化の階段を降り,分化の範囲が狭まった細胞が脳実質内に多く存在することを示唆していた。このような分裂能を保持した神経前駆細胞の性質を調べるためには,確認する標識が必要となるが,興奮性神経前駆細胞は,NEX (Math2) bHLH分子を発現している細胞集団に含まれ,抑制性神経細胞は,GABA合成酵素のGAD67陽性細胞の集団に含まれていた。これらの標識分子の発現に伴って細胞運命は規定され,さらに分裂を繰り返す間に細胞運命の範囲が狭められるとする仮説を提唱する。

 

(5)視床微小神経回路における情報処理機構

井上 剛(生理学研究所・神経シグナル研究部門)

 脳(神経回路)形成を理解するためには,神経細胞同士の1対1のシナプス結合 (point-to-point connections) 理解に加え,多対多のシナプス結合 (divergent/convergent connections) の理解が必須である。しかし後者を電気生理学的に調べるには最低でもトリプルパッチクランプ記録を必要とし,その技術的困難故に報告例は非常に少ない。ここで我々は,この発散性結合 (divergent connections) を容易に測定することが可能となる新しい実験手法を紹介する。我々は2つのポストシナプス細胞からのパッチクランプ同時記録と,単一のプレシナプス細胞由来繊維を刺激する“minimal stimulation” 法を併用することにより,この問題を解決した。この手法を用いることにより,nucleus reticularis 由来の単一抑制性繊維は体性感覚野における複数の視床神経細胞群 (thalamic relay cells) に投射していることがわかった。しかし対照的に,上行性の単一興奮性繊維 (lemniscal fiber) は複数の視床神経細胞群に投射していないことが明らかになった。これらの結果は,なぜ視床が感覚情報を大脳皮質に“リレー”し,またなぜ視床がその視床細胞群の神経活動を“同期”させるのか,そのシナプス結合様式を実証している。


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