生理学研究所年報 第26巻
 研究会報告 年報目次へ戻る生理研ホームページへ

15.電子位相顕微鏡法の医学的・生物学的応用−Tomographyへの展開をめざして

2005年3月24日−3月25日
代表・世話人:臼田信光(藤田保健衛生大学・医学部)
所内対応者:永山國昭(自然科学研究機構岡崎統合バイオサイエンスセンター)

(1)
位相差電子顕微鏡の今昔
永山國昭(自然科学研究機構・岡崎統合バイオサイエンスセンター)
(2)
200 kV 透過電子位相顕微鏡の開発
新井善博(日本電子株式会社)
(3)
Applicability of Phase Contrast TEM to Biological Specimens
Radostin Danev(自然科学研究機構・岡崎統合バイオサイエンスセンター)
(4)
電子位相顕微鏡による細胞内構造の観察
厚沢季美江(藤田保健衛生大学・医学部)
(5)
位相差像トモグラフィーの可能性
元木創平(日本電子株式会社)
(6)
電子線トモグラフィの最新アプリケーション
青山一弘(日本エフイー・アイ株式会社・アプリケーションラボラトリー)
(7)
TEM トモグラフによる3次元計測 3-Dimensional observations and measurements by TEM-Tomography
及川哲夫(日本電子株式会社)
(8)
機能中のアクトミオシン複合体の3次元構造解析
片山栄作(東京大学・医科学研究所)
(9)
電子顕微鏡による単粒子解析法の開発とIP3受容体チャンネルの構造決定
佐藤主税(産業技術総合研究所)
(10)
クライオ電子顕微鏡法の可能性−位相顕微鏡からトモグラフィーまで−
木村能章(生物分子工学研究所)
(11)
高配向高分子薄膜上へのナノスケールパターン形成
登阪雅聡(京都大学・化学研究所)
(12)
Structure of Carbon Nanotubes and Their Bio-medical application.
遠藤守信(信州大学・工学部)
(13)
HDC-TEM によるシアノバクテリアSynechococcus sp. PCC 7942 の微細構造観察
金子康子(埼玉大学・理学部)
(14)
超高圧電顕による細胞小器官の立体観察
野田 亨(藍野大学・医療保健学部)
(15)
嗅球神経回路の三次元構造解析
樋田一徳(徳島大学大学院・ヘルスバイオサイエンス研究部)
(16)
電子顕微鏡で染色体を見る
前島一博(独立行政法人理化学研究所)
(17)
プラスミドの運動を制御する螺旋状構造体
仁木宏典(国立遺伝学研究所・放射線・アイソトープセンター)
(18)
微小管の枝分かれによる形成
村田 隆(自然科学研究機構・基礎生物学研究所)
(19)
膜電位センサーをもつ酵素
岡村康司(自然科学研究機構・岡崎統合バイオサイエンスセンター)

【参加者名】
青山一弘(日本エフイー・アイ株式会社),厚沢季美江(藤田保健衛生大・医),新井善博(日本電子株式会社),臼田信光(藤田保健衛生大・医),内田仁(岡崎統合バイオ),遠藤守信(信州大学・工),及川哲夫(日本電子株式会社),大河原浩(生理研),岡村康司(岡崎統合バイオ),片岡正典(計算科学研究センター),片山栄作(東大・医科学研),加藤貴之(科技構ICORP超分子ナノマシンプロジェクト(阪大)),加藤幹男(大阪府立大・総合科学),金子康子(埼玉大・理),喜多山篤(基生研),木村能章(生物分子工学研),佐藤主税(産総研),重松秀樹(岡崎統合バイオ),瀬藤光利(岡崎統合バイオ),田中雅嗣(東京都老人総合研),樋田一徳(徳島大院・ヘルスバイオサイエンス),登阪雅聡(京大・化学研),仁木宏典(遺伝研・放射線アイソトープセンター),新田浩二(埼玉大・理),野田亨(藍野大・医療保健医学),花市敬正(株式会社花市電子顕微鏡技術研),花市佳明(株式会社花市電子顕微鏡技術研),早坂孝宏(岡崎統合バイオ),福田善之(総研大),前島一博(理化学研),真柳浩太(生物分子工学研),水田龍信(東京理科大・生命科学研),村田隆(基生研),元木創平(日本電子株式会社),諸根信弘(国立精神神経センター・神経研),安田浩史(岡崎統合バイオ),Radostin Danev(岡崎統合バイオ),中沢綾美(藤田保健衛生大・医),深澤元晶(藤田保健衛生大・医),中杉光宏(藤田保健衛生大・医),水谷謙明(藤田保健衛生大・医),廣川秀夫(上智大学名誉教授),渡辺良雄(株式会社八神製作所),沖代美保(科技構),新間秀一(岡崎統合バイオ),鈴木邦律(基生研),有田佳代(岡崎統合バイオ),伊東康支(名大・医),宮田裕貴(日大)

【概要】
 5年目を迎える今年の会合は節目の研究会となった。研究会と軌を一にして開発した300kVの位相差電子顕微鏡が順調に稼動し,2004年春から先進的な生物電顕のデータが撮れ始めたからである。これらの最新データをもとに位相差法の生物応用への将来性について,構造生物学,細胞生物系,分子生物学,生理学,基礎医学など多様な分野において議論が行われた。

 研究会は24日の午後から始まり,まず位相差法の方法論的側面について歴史と200kV最新鋭機の紹介があった。次に既設の300kV位相差電顕を用いた種々の応用例が紹介された。位相差法により生物試料の無染色観察が可能になったため,同一試料について“生”状態での光顕-電顕ハイブリッド観察が現実的なものとなり,将来の大きな発展を予見させた。次に,位相差電顕の最大ターゲットとしてのトモグラフィー法の現状紹介が続いた。無染色生物試料を5nmの分解能で立体観察できれば全く新しい生物学がスタートすると言ってよい。その方向での議論が行われた。

 2日目(25日)は方法の異なる3つの高分解能生物電顕の発表があり,その先端性が披露された。また生物の近辺分野である高分子材料への位相差電顕の応用例も紹介され,その威力が示された。午後は高次の生物系について位相差法の応用および生理研1,000kV電顕を用いた立体像観察の紹介があり,両者の結合も有効と予見させた。最後は位相差法がこれから応用されるであろう様々な分野のトピックスが集められ,各講演者からの位相差法への期待が寄せられ2日間の研究会の幕を閉じた。

 

(1)位相差電子顕微鏡の今昔

永山國昭(自然科学研究機構・岡崎統合バイオサイエンスセンター)

 位相差電子顕微鏡のアイデアは既に1940年代,電顕発明の当初から存在していたと思われる。不朽のCTF(コントラスト伝達関数)理論を打ち立てたScherzerの論文(J. Appl. Phys. 20 (1949) 21) は,Zernikeの位相差法と完全に相補的であるし,またBoerschが電場制御による位相板のアイデアを提出したのが1947年である(Z. Naturforschg. 2a, 615)。その後Kanaya らの実験報告が1958年に発表され,Fargetら(1962),Baddeら(1970),Unwin(1970),Johnsonら(1973),Willasch(1975),Krakowら(1975)と続いた。しかし1970年代を最後に約30年間位相差電子顕微鏡は完全に沈黙した。

 その背景には,材料分野における,defocus phase contrast法とシミュレーション法の結合による定量解析の成功および生物分野における種々の染色法の成功があったと思われる。しかし位相物体を相手にする電子顕微鏡の正しい測定法は今も昔も位相板を使う位相差法であることに変わりはない。いくつかの具体例を岡崎で開発した位相差電子顕微鏡で示した。

 

(2)200 kV 透過電子位相顕微鏡の開発

元木創平,細川史生,新井善博(日本電子株式会社)
Radostin Danev,永山國昭(自然科学研究機構・岡崎統合バイオサイエンスセンター)

 200 kV TEM (JEM-2011) を基に,専用型透過電子位相顕微鏡を開発した。

 特徴は;
 2つのミニレンズ (transfer doublet lens) を対物レンズ内に設け,対物レンズの回折像と共役な回折像を中間レンズの前方位置に移動形成した。
 (1)で形成した回折像面に位相板専用ステージ/ホルダーを設け,位相板の精密駆動を可能とした。
 位相板の汚染とチャージ防止のために,位相板を試料加熱ホルダーに装着した。
 通常のTEM機能を全く損なわずに,従来像と位相差像の両方を観察可能とした。
 仕様は;
 加速電圧:200 kV  分解能:0.23 nm
 レンズ諸定数:fo:2.3 mm,Cs:1.0 mm,Cc:1.55 mm
 位相板:最高加熱温度:700℃, X-Y 移動精度:0.01μm, 移動精度:1μm 
 最大倍率:位相差像 約50万倍,通常mode 150万倍
 実験結果
 最大倍率:位相差像 約50万倍,通常mode 150万倍

 位相差像として,カーボングラファイトの 0.34 nm 格子像,Au箔膜の0.204 nm格子像,アモルファスGe試料で分解能0.23 nmが確認できた。

 *本装置の開発は「科学技術振興機構」からの「新技術委託開発事業」の一環として行っている。

 

(3)Applicability of Phase Contrast TEM to Biological Specimens

Radostin Danev,Kuniaki Nagayama(自然科学研究機構・岡崎統合バイオサイエンスセンター)

 Traditionally the observation of biological specimens by Transmission Electron Microscope (TEM) is done by using the defocus phase contrast technique. Recently a few new phase contrast techniques for TEM have been developed. In particular interest among these are the Zernike Phase Contrast TEM (ZPC-TEM) [1-3] and the Hilbert Differential Contrast TEM (HDC-TEM) [4-6]. Both have been successfully applied for the observation of various biological specimens.

 In this work we compare the Conventional TEM (CTEM) utilizing defocus phase contrast with the ZPC and HDC TEMs. The advantages and disadvantages in the application of each technique to various types of specimens are discussed. Theoretical simulations and experimental results illustrate the presented ideas.

 1. K. Nagayama, J. Phys. Soc. Jpn., 68 (1999) 811.
 2. R. Danev, K. Nagayama, Ultramicroscopy, 88 (2001) 243.
 3. R. Danev, K. Nagayama, J. Phys. Soc. Jpn., 70 (2001) 696.
 4. R. Danev, H. Okawara, N. Usuda, K. Kametani, K. Nagayama: J. Bio. Phys., 28 (2002) 627.
 5. R. Danev, K. Nagayama, J. Phys. Soc. Jpn., 73 (2004) 2718.
 6. Y. Kaneko, R. Danev, K. Nitta, K. Nagayama, J. Electron Microsc., 54 (2005) 79.

 

(4)電子位相顕微鏡による細胞内構造の観察

厚沢季美江,中沢綾美,臼田信光(藤田保健衛生大学・医学部)
Danev Radostin,永山國昭(自然科学研究機構・岡崎統合バイオサイエンスセンター)

 細胞の構造は,電子線の吸収がほとんどない。位相情報を可視化する電子位相顕微鏡を用いて真核細胞を観察した。

 細胞は,カーボン薄膜を張ったグリッド上に培養した。ヒト血液より血小板を分離してグリッド上に採取した。比較のためには,twice-cycled microtubule(微小管)と,蔗糖密度勾配超遠心法により得られた細胞小器官を用いた。これらに浸漬急速凍結固定を行い,液体ヘリウム冷却試料室に移した。ゼルニケ位相板および半円π位相板を装着したJEM-3100FFC電子顕微鏡により加速電圧300kVで無染色で観察した。

 培養細胞・血小板の細胞質中に細胞小器官が明瞭に観察された。微小管においてはprotofilament,細胞小器官においてはその内部構造という小さな構造まで可視化された。細胞内構造の位相コントラストによる観察が可能であると示された。この方法により,染色を行っていない細胞の真の姿を可視化できると考える。

 

(5)位相差像トモグラフィーの可能性

元木創平,新井善博(日本電子株式会社)
Radostin Danev,永山國昭(自然科学研究機構・岡崎統合バイオサイエンスセンター)

 透過電子顕微鏡(TEM)を用いたトモグラフィー(TEMT)は,三次元形態観察の有力な方法として様々な研究分野で利用されている。トモグラフィーは,試料の二次元投影像(TEM像)を様々な方向から取得し,これらを逆ラドン変換することで三次元構造を取得する。TEM投影像のコントラストは試料深さ方向の情報を含んでおり,コントラストが小さなTEM像から得られた3D再構成像からは,多くの情報を引き出すことは望めない。透過電子位相顕微鏡の位相差による高コントラスト像は,トモグラフィーの精度向上へ大きな役割を担える可能性がある。位相差像を用いたトモグラフィーの解釈および今後の可能性について議論した。

 

(6)電子線トモグラフィの最新アプリケーション

青山一弘(日本エフイー・アイ株式会社・アプリケーションラボラトリー)

 TEMを用いた電子線トモグラフィは電子顕微鏡法関連の手法の中でも比較的新しい手法であり,近年非常に注目され,大きな展開を見せている。これは,元々は生物試料向けに開発された手法ではあるが,半導体など無機材料などにも応用され,高分解能3次元構造情報が得られている。今回は,通常のトモグラフィに加え,最新のアプリケーションを紹介する。

 STEMトモグラフィSTEMモードにおいてもトモグラフィの実行は可能であり,基本的なトモグラフィ取得のシステムは通常のTEMモードと共通である。STEMトモグラフィはTEMと比較し2つの点において優れた特徴をもっている。第一に試料の結晶性による回折波が引き起こすコントラスト変化がおきないこと。第二に傾斜による同一像内のフォーカス不均一を回避できることである。

 クライオトモグラフィ FEIでは新しいコンセプトの液体ヘリウム冷却ステージを持つ極低温電子顕微鏡TECNAI-Polaraを開発した。Polaraの一番重要な特徴はヘリウムステージでありながら70度という高傾斜のユーセントリックステージを実現していることである。Polaraを用いれば生体細胞もしくは組織の凍結切片を用いたクライオトモグラフィが可能となる。さらに,クライオトランスファー機構をもつので,急速凍結→クライオセクションにより作成された氷包埋試料の観察も可能である。

Thin vitrified film of drug-loaded liposome vesicles

 

(7)TEM トモグラフによる3次元計測 3-Dimensional observations and measurements by
TEM-Tomography

及川 哲夫,元木 創平(日本電子株式会社)
清水 美代子,古河 弘光(日本電子システムテクノロジー)

 透過電子顕微鏡 (TEM) は,ナノスケール・オーダーでの材料研究において最も有力な観察・分析装置として広く利用されており,その空間分解能は 0.1 nm 前後と極めて高いにもかかわらず,試料の厚み方向の情報を精度よく求めることは困難であった。そこでこの欠点を補うために,CT (Computed Tomography) 法の原理を応用したTEM-CT法1) が最近一般化し,高分子材料2) や生物試料などで応用が広まりつつある。この方法では試料内部の3次元構造の観察や計測ができるが,実際の応用では,いくつかの観察テクニックが必要である3)。本講演では,これらの技法を中心にその応用例を紹介した。

引用文献
 Furukawa, H., Shimizu, M., Suzuki, Y. and Nishioka, H.; JEOL News 36 (2001) 12.
 Yamaguchi, K, Takahashi, K., Hasegawa, H., Iatrou, H., Hadjichristidis, N., Kaneko, T., Nishikawa, Y. Jinnai, H., Matsui, T., Nishioka, H., Shimizu, M. and Furukawa, H.; Macromolecules 36 (2003) 6962.
 S. Motoki, M. Naruse, T. Oikawa, N. Endo, K. Kawamoto, M. Shimizu, and H. Furukawa; Proc. European Microscopy Congress (2004). (Antwerp).

 

(8)機能中のアクトミオシン複合体の3次元構造解析

片山栄作,木森義隆(東京大学・医科学研究所)
小口洋介,野中和哉,馬場則男(工学院大学 電気工学科)

 機能状態のアクトミオシンの立体構造解析は滑り運動分子機構の理解に必須であるが,複合体の結晶化は望み難く電子顕微鏡解析が中心となる。硬直複合体ではらせん対称性を利用できるが,ATPを加えると親和性が大きく低下し,細かい刻み,広範囲の傾斜角度で撮影した多数の画像を逆投影するトモグラフィ法以外には術がない。しかし,試料傾斜角度の制限のため高さ方向の分解能は著しく劣化し,滑り運動中ミオシン頭部の高分解能構造解析は事実上不可能であった。われわれはin vitro滑り運動アッセイ系を急速凍結ディープエッチレプリカ法と組み合わせて機能中のアクトミオシンの表面構造を捉え,その立体構造解析を進めてきたが,その過程で,従来の逆投影法とは全く異なる新しい原理の3次元再構成法の開発に至った。最近のアルゴリズムの改良により,その手法はレプリカ画像以外の奥行きのある構造物にも応用できる。原子モデルからシミュレーションした画像と蛋白質表面像のパターン比較による構造解析法を紹介した。

 

(9)電子顕微鏡による単粒子解析法の開発とIP3受容体チャンネルの構造決定

小椋俊彦,三尾和弘,佐藤主税(産業技術総合研究所・脳神経情報研究部門&生物情報解析センター)

 IP3受容体チャンネルや電圧感受性Naチャンネルは6回膜貫通ドメインを基本単位とする4回対称の膜タンパク質である。このグループのタンパク質は結晶作成が難しく,電子顕微鏡を基にした単粒子解析によって構造が決定された。その構造は外殻と中心構造の2つの部分により構成されるベル型であった。これらの構造決定のため開発した方法と,それらを用いて行ったIP3受容体の構造解析について述べた。

 結晶を用いずにタンパク質構造を決定する単粒子解析において,分解能を規定する最も重要な条件の一つは,粒子画像の枚数である。我々は人間が画像を拾い上げなくても良い完全自動拾い上げプログラムの作成に挑むために,情報工学的手法の一つである焼きなまし法(SA法)を応用した自動集積化法(auto-accumulation法)を開発した1)。さらに,この方法により拾い上げた画像を,これまでに開発してきたニューラル・ネットワーク (NN)法の学習データとすることで,さらなる高精度化と高速化を達成した2,3)。また,結晶を作成して構造を解析する従来法は,非常に高度な蛋白試料の精製を必要とするという問題点を含んでいた。その克服のため,我々が電顕画像用に改良・開発してきたNN法の一種であるGNG (Growing Neural Gas) を用いた分類プログラムをさらに改良した。その結果3次元的な向きの違いを分類・平均化できるだけでなく,精製が不十分で多少の混入タンパク質が存在する場合でも,それは別の分子として排除できるシステムを構築できた4)

 IP3受容体は細胞内小胞に存在するCaチャンネルで,細胞内での情報伝達に重要な役割を果たしている。開発された新たな手法を用いて,その構造を決定した5)。本IP3受容体の構造は,藤吉研究室と御子柴研究室との共同研究である。

 1. Ogura, T., Sato, C.: J. Struct. Biol, 146, 344-358 (2004).
 2. Ogura, T., Sato, C.: J. Struct. Biol, 136, 227-238 (2001).
 3. Ogura, T., Sato, C.: J. Struct. Biol, 145, 63-75 (2004).
 4. Ogura, T., Iwasaki, K., Sato, C.: J. Struct. Biol, 143, 185-200 (2003).
 5. Sato, C. et al: J. Mol. Biol., 336, 155-164 (2004).

 

(10)クライオ電子顕微鏡法の可能性−位相顕微鏡からトモグラフィーまで−

木村能章(生物分子工学研究所・構造解析研究部)

 生命科学の諸現象は,蛋白質などの生物由来の高分子の構造解析により,機能解明が急速に進んでいる。しかし,X線結晶解析や多次元NMRの解析には,結晶作成や高濃度均一溶液などの諸条件が必要だが,1990年代を通じて急速に発展しているクライオ電子顕微鏡は,生理的条件に近い状態の試料を急速凍結して測定し,複雑な蛋白や核酸などの共同作用の観測が可能である。しかし,クライオ法で観測する位相コントラスト像は,コントラストが非常に低いことから,応用も,分解能も限られていた。この問題は,結晶試料を用いることにより単一格子当たりの電子線(従ってコントラスト)が限られていても,容易に積算ができ,様々な補正・修正が可能となり結果として現在は2.4オングストロームでX線結晶解析と全く遜色のない構造解析が可能となっている。このことから,さらに結晶試料でない観察への道標ができ,位相顕微鏡からトモグラフィーまでのクライオ電子顕微鏡の可能性を紹介した。

 

(11)高配向高分子薄膜上へのナノスケールパターン形成

登阪雅聡(京都大学・化学研究所)

 我々は配向の制御された100nm以下の周期をもつ格子状パターンを,広範な物質から比較的簡単な方法で作成できることを見出した。スライドガラス等の平滑な基板を加熱し,その表面にpoly (tetrafluoroethylene) (PTFE) の棒を擦りつける事により,一軸配向したPTFE薄膜が形成される。このPTFE薄膜上に,高分子や低分子有機化合物など種々の物質から作成した希薄溶液をキャストすると,溶媒の蒸発後,格子状のパターンが観察された。パターンを形成する棒状構造の幅は60nm程度であり,格子の周期は100nm程度であった。Zernike位相板を用いたTEMにより撮影されたポリスチレンによるパターンの像から,格子状パターンは数本の分子が凝集して出来た粒子により形成されたと考えられた。この様な構造が形成されるメカニズムについて現在検討中である。

 

(12)Structure of Carbon Nanotubes and Their Bio-medical application.

Morinobu Endo (Faculty of Engineering, Shinshu University)

 Carbon nanotubes, which consist of rolled graphene layers built from sp2 carbon units, have attracted the attention of scientists, not only from a fundamental point of view but also from technological grounds [1, 2]. In addition to numerous physicochemical properties of carbon nanotubes, such as their electronic, mechanical, optical and chemical characteristics, newly proved property, that is, high bio-compatibility of carbon nanotubes, make us possible to use carbon nanotubes in this promising field. Recently, we have fabricated micro-catheter prepared from carbon nanotube/nylon based composite [3]. In this presentation, carbon nanotubes will be described from the point of synthesis and structure. And then, I will evaluate the performance of nanotube-reinforced nanocomposite as microcatheter in terms of thrombogenicity and blood coagulation. The novel micro-catheter, fabricated by incorporating carbon nanotube into nylon-12, thereby improving the mechanical properties and reducing the thrombogenicity and coagulability, is very promising for use in medical applications, such as hemodialysis, cardiopulmonary bypass, intra-vascular catheters, left ventricular support and vascular dilating devices. On top of that, the increased mechanical strength derived from the intrinsic nature of the carbon nanotubes resulted in a high resistance to fracture and highly improved handleability in operation. As well as the smoother intraluminal surface, the fact that no carbon nanotubes are exposed on the outer surface of the catheters means that the possibility of direct reaction of the carbon nanotubes with blood is small.

Reference
 A. Oberlin, M. Endo and T. Koyama, Filamentous Growth of Carbon through Benzene Decomposition, Journal of Crystal Growth, 32, 335-349, (1976).
 M. Endo, Grow Carbon Fibers in the Vapor Phase, CHEMTECH, American Chemical Society, September, 568-576, (1988).
 M. Endo, S. Koyama, Y. Matsuda, T. Hayashi, Y. A. Kim, Thrombogenicity and Blood Coagulation of a Micro-Catheter Prepared from Carbon Nanotube-Nylon Based Composite, Nano Letters, 5, 101-106 (2005).

Figure 1
(a) Photographs of control catheter (transparent) and nanotube-incorporated catheter (black), SEM observations of outer (b), inner (d) surfaces of control and outer (c), inner (e) of nanotube-based catheter, respectively. It is noteworthy that novel catheter exhibit lower reactivity to blood.

 

(13)HDC-TEM によるシアノバクテリアSynechococcus sp. PCC 7942 の微細構造観察

金子康子(埼玉大学理学部生体制御学科)

 ヒルベルト微分電子顕微鏡法 (HDC-TEM) により,氷包埋したシアノバクテリア(Synechococcus sp. strain PCC 7942)を細胞ごと観察したところ,様々な細胞内微細構造を確認することができた。これにより,生物電子顕微鏡分野における積年の夢であった,実際に細胞内で活動している分子や微細構造をそのままの状態で捉えることが可能となった。しかし,ヒルベルト微分法により得られる像は従来法による透過電子顕微鏡像とは極めて異質であるため,細胞内構造・分子の同定には慎重な検討を要する。シアノバクテリアのヒルベルト微分像を解読するために次の試みを行った。1)従来法である化学固定・樹脂包埋・超薄切片・電子染色像との詳細な比較,2)蛍光顕微鏡像との比較,3)単離・精製分子のネガティブ染色像との比較,4)細胞内で大量発現させた分子の追跡。これらの検討結果をもとに,ヒルベルト微分法の可能性と今後の課題について考察した。

 

(14)超高圧電顕による細胞小器官の立体観察

野田 亨(藍野大学医療保健学部理学療法学科)

 超高圧電顕を用いて,細胞の厚切り切片を観察することは,細胞を立体と捉え,その立体の投影像を得るということとほぼ同義である。そのためには観察する対象と背景との間に明瞭なコントラストをつける必要がある。その代表的方法が酵素組織化学とオスミウム等を用いた組織化学的な方法である。酵素組織化学には鉛やオスミウムブラックを最終的な反応産物とするものがあるが,ややコントラストが低く,これらが描出する小器官の立体像はやや不明瞭であったが,それに比べて,直接,還元オスミウムの沈着で描出される構造はより明瞭であった。また実際の試料を観察し,その中から意味のある細胞小器官の立体的な情報を得るためには,像のコントラストのみならず,観察対象とする構造のサイズ,その構造の観察に適した切片の厚さ,そして適切な組織化学的手法の選択等,いくつかの方法論の観点から総合的に検討し,目的に合った観察方法を選択すべきである。

 

(15)嗅球神経回路の三次元構造解析

樋田一徳(徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部)

 分子レベルの解析により嗅球は嗅覚の一次中枢として匂い識別に関する高度な情報処理を行っていることがわかってきた。嗅球への入力と高次中枢への出力の間には多様な局所ニューロンが介在し,嗅覚情報処理に関係する嗅球神経回路を形成している。この神経回路機能の基礎となるシナプスは現時点においても電子顕微鏡(電顕)による同定が最も確実な手段であるが,電顕は解析領域が限られ,ニューロンの複雑な全体像のどの部分を解析しているのかを知るのはしばしば困難となることから,光学顕微鏡(光顕)によるニューロン像と電顕シナプス像の直接的な対応は神経回路の正確な理解には不可欠である。我々はこれまで,化学的性質と形態的特徴を光顕で同定した嗅球ニューロンのシナプス結合を電顕連続切片再構築法により直接解析することを試みてきた。今回はこれまで解析を進めてきたラット嗅球神経回路に関する知見を紹介し,電顕の有用性について論じた。

 

(16)電子顕微鏡で染色体を見る

前島一博(理化学研究所・細胞核機能研究室)

 染色体は細胞が分裂する際,複製された遺伝情報(DNA)を2つの娘細胞に正確に分配するために必須な構造体である。長さが合計2mにも及ぶヒトゲノムDNAをわずか数μmの40数本の染色体に短時間に束ねるメカニズムは,まさに驚異的である。この染色体がどのようにして1本の長いDNAの糸から形成されるのか? という問題は長年に渡って生物学者たちの興味を集めてきた。この10年間,染色体が作られるのに必須な蛋白質複合体であるCondensinの単離など,染色体研究に著しい進歩があった。DNAがヒストンという塩基性蛋白質に巻かれてクロマチンとよばれる繊維になるのは周知の事実である。それではCondensinはどのようにクロマチンを折り畳んでいるのだろうか? この問いに答えるために,電子顕微鏡などを用いて,染色体中のクロマチンを実際に「見る」ことは非常に重要である。しかしながら,通常の電顕はもとのイメージのprojectionを見ているので,空間的な情報は得られない。このため,私たちは比較的厚い切片を電子顕微鏡で角度を変えて撮影し,コンピュータで三次元再構築をおこなうtomographyというテクニックを使って,染色体構造の解明をおこなっている。厚さ200nmの染色体の「輪切り」を1度づつ角度を変えて撮影し,再構築をおこなうと,個々のクロマチン繊維(直径30nm)がはっきりと見え,解析に十分な解像度を持つことがわかった。1本のクロマチン繊維に注目すると,1μm程度辿っていくことが可能である。染色体の末端では多くのループが中心部から放射線状にのびていることが観察され,中心部では2本のクロマチンの融合が見られた。これら得られた知見から考えられる染色体の構造について提案した。

 

(17)プラスミドの運動を制御する螺旋状構造体

仁木宏典(国立遺伝学研究所)

 今まで存在しないと思われていた細胞骨格系タンパク質が,原核細胞にも存在していることが次々と分かって来ている。まず細胞分裂の収縮環として知られていたFtsZタンパク質がバクテリアチューブリンであること,さらに桿状の細胞形体形成に必須であるMreBタンパク質がアクチンであることが明らかにされた。これらタンパク質は細胞内で重合し,繊維状の構造体を形成し,さらに螺旋状になる。これらの発見以降,螺旋状に分布するバクテリアタンパク質が今も新たに見つかっている。今回,紹介するSopAタンパク質も螺旋状構造を形成する。しかも,動的に重合・脱重合がおこり細胞内での極性を変えるものと思われる。SopAタンパク質は,大腸菌のFプラスミドの均等分配を司り,Fプラスミドの移動のための,モータータンパク質と考えられている。SopAタンパク質の構造とその動態変化をさらに細かく見ることの意義について紹介した。

 

(18)微小管の枝分かれによる形成

村田 隆(自然科学研究機構・基礎生物学研究所)

 高等植物の細胞は中心体を持たず,間期の微小管は細胞膜に沿って並ぶ。この微小管構造(表層微小管)は細胞の伸長方向を制御すると考えられている。我々は細胞質中のγ-チューブリンが既存の表層微小管に結合し,微小管に結合したγ-チューブリンから新たな表層微小管が枝分かれして作られることを明らかにした。GFP-チューブリンを発現させたタバコ培養細胞を用いて微小管の挙動を観察したところ,新たに生じた微小管の全ては微小管上,もしくは直前まで微小管の存在していた場所から生じた。細胞膜−微小管複合体を単離し,細胞質抽出液とインキュベートすると細胞膜上の微小管から微小管が生じた。複合体に精製チューブリンを加えても微小管分枝は起こらないが,微小管重合阻害剤を含む細胞質抽出液で前処理すると抽出液中のγ-チューブリンが微小管に結合し,その後の精製チューブリン処理で微小管分枝が起きた。抗γ-チューブリン抗体ビーズを用いて抽出液中のγ-チューブリンを除くと,微小管分枝は阻害された。今後は,微小管分枝の微細構造の解析と関与する因子の同定を行い,分子機構に迫る予定である。

 

(19)膜電位センサーをもつ酵素

岡村康司,村田喜理,岩崎広英,佐々木真理(自然科学研究機構・岡崎統合バイオサイエンスセンター)

 従来,電位センサー構造はチャネル分子に固有のものであり,細胞の膜電位変化によるシグナル伝達は,すべてイオンチャネルの開口によってCaイオンなどが出入りすることにより起こると考えられてきた。今回,電位依存性チャネルの膜貫通領域と類似する領域を有するが,チャネルのポアの構造の代わりに酵素のドメインを有するタンパク(VSP: voltage sensor-containing protein)について報告した。

 酵素ドメインのみからなるGST融合タンパク質は,Malachite green assay法による吸光度測定,及びTLCによる解析により,リン脂質の脱リン酸化活性を有することが確認された。また,ツメガエル卵母細胞にcRNAを強制発現させたところ,数マイクロアンペアにも到る顕著な「ゲート電流」を認めた。この「ゲート電流」は,電位センサーの陽電荷を減らすようなアミノ酸置換により消失し,従ってVSPは膜電位を感知する分子である。更に,膜電位を変化させつつ酵素活性を検出する電気生理学的実験により,酵素活性が電位センサーの働きによって膜電位依存的に変化するという証拠を得た。VSPはホヤおよびマウスでは精巣に著明に発現が認められることから,VSPは膜電位変化を通じて精子の機能や形態形成の調節に関与することが推測された。

 この分子は,膜電位変化により機能を変化させる膜タンパクとして,イオンチャネル以外の経路の初めての例であり,従来イオンチャネルに限定した特質であると考えられてきた電位センサーが,より広い生理機能に使われている可能性が示された。また,現在チャネルの構造生物学分野で大論争になっている電位センサーの作動原理について新たな視点を提供した。

 


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